雨空の昴星 第7話『三年前の真実』
突然、実験室のような場所に飛ばされた私。そこで見たものは、診療台の上に横たわる金髪の少女....転校生を名乗り、青空小の生徒を狙っていた『PleiaDeath』の刺客、荊姫 カレンだった。
「何でカレンが此処に........!」
不意に背後からドアが開く音が聞こえ、振り向くとそこに立っていたのは白衣姿のお父さんだった。
「お父さん!」
「よし、最終調整に入るぞ。」
お父さんは私に気付くことなく、机に置いてあるパソコンのキーボードを打ち始める。
「お父さん!お父さんってば!」
何度呼びかけても返事はない。此方の姿や声は相手に認知出来ないのだろうか。
「........よし、これであとはこのプログラムデータを本体にインストールするだけだ。何とか初の誕生日に間に合いそうだぞ。」
「え........?」
机の上に置いてある写真立てを手に取り、お父さんは微笑みを浮かべた。写真には、お父さんとお母さん、そして小さい頃の私が写っている。私の手には、昔お父さんに貰った覚えがある金髪の女の子を模したロボットが握られていた。
「前は小さなロボットだったが、今度は本当に初と友達になってくれるような高性能のアンドロイドだからな。性格も優しく明るい子になるよう完璧にプログラミングした....きっと喜んでくれる筈だ。」
「...........!」
そんな。カレンが、アンドロイドだったなんて。三年前の私が貰う筈だった、誕生日プレゼントだったなんて。
「さぁ、最後の仕上げだ。初の笑顔の為に...........!」
再び背後からドアが開く音が聞こえる。お父さんが顔を上げると同時に、私も釣られて振り向いた。
「.........音羽 悠弦博士だな?」
カツッ、と杖で床を鳴らしながら入ってきたのは、両腕が機械と化し、身体中から管を生やした老年の男だった。
「だ、誰だ貴方は!」
「ほう......本物の人間そっくりじゃないか。噂通り、いや.....それ以上の腕だな。」
男は舐め回すような目線でじっくりとカレンを見つめる。その様子だけでも嫌悪感が湧くのに、目の焦点が左右共に合っておらず常にギョロギョロ動くせいで余計に気色が悪い。
「誰だと聞いている!!」
「おっと、失敬。ワシはDr.アトラ.....お前も一度は聞いたことのある名前じゃないか?」
「「!!」」
そうか.........こいつが........!!こいつが『PleiaDeath』の親玉か!!!!!!
「Dr.アトラ.......まさか、学会で強烈なバッシングを受けた末に追放されたというマッドサイエンティストか!?」
「人聞きの悪い覚え方はやめていただきたいね.....ワシの研究は人智を超えている、それを理解出来ないバカが多いだけだ。だがお前なら、少しは理解出来ると思ってね......どうだ、ワシの研究に協力する気はないか?」
「断る。大体、理解しろという方が無理な話だろう....貴方の研究は人道に反している!そんな人間と関わりたくはない、帰ってくれ。」
「やれやれ......真面目な男だ。案ずるな、こっちに来ればすぐに分かる。ワシの研究が如何に偉大か......」
「帰れ!!私は忙しいんだ!!娘の誕生日まで、もう時間がない.....!」
「ほう......それは良い事を聞いた。フンッ!」
アトラはバッと手を翳すと、指先からコードを伸ばし棚に置いてある薬品の瓶を爆発させた。たちまち他の薬品も誘爆し、研究室の中は炎に包まれた。
「な、何をする!!」
「そっちがその気なら、此方も実力を行使するだけだ。」
「くっ.....!」
お父さんは炎の中を潜り抜け、研究室を飛び出していった。残されたアトラは、カレンを抱き起こして背中に負ぶい始めた。
「此奴も利用させて貰う......ワシの開発品としてな..........」
そう言い残し、アトラも研究室を後にする。私もお父さんの後を追って部屋を出た。
「お父さん......!」
「皆逃げろ!!こっちだ!!」
お父さんは、逃げ惑う研究員達を火の手が来る前に逃そうとしていた。
「チーフも早く逃げて下さい!」
「私のことは気にするな!早く、向こうに.....!」
全員が避難出来たことを確認し、お父さんは再び研究室に戻ろうとする。しかし、そこはもう既に火の海で戻ることは不可能だった。
「くそ.....初へのプレゼントが.......!」
「此奴のことか?」
「!!」
炎の中から、カレンを背負ったアトラが現れる。その周りには、黒服を着た『PleiaDeath』の職員達も居た。
「返せ!!それは.....!」
「ならば、今一度問おう。ワシと共に来る気はないか?」
「......断ると言っているだろう........!私は、人を笑顔にする研究がしたいんだ!!」
「...........お父さん.......っ......」
私はグッと唇を噛み、必死に涙を堪える。命の危機に晒されても、お父さんは決して自分の夢を捨てなかったんだ。
「........残念だ。」
アトラは小さく溜め息を吐き、再び手を翳す。すると、お父さんの足元が突然爆発した。
「ぐわぁああああああああ!!!!」
「お父さん!!!!!」
お父さんの身体は、あっという間に爆発の炎に包まれた。やがて爆発がおさまった時、お父さんの姿は何処にもなかった。ただ一つ、炎の中で何かが蠢いている。
「.........これさえあれば十分だ。」
アトラはその蠢く何かを拾い上げる。それは、人間の脳だった。
「..............お父.....さん...........?」
「撤収しろ。」
お父さんの脳とカレンを持ち去り、アトラ達は炎の中に消えていった。
「...........................」
私はもう何も言えなかった。三年前のお父さんの事故死.....その真実を目の当たりにし、色んな感情がぐちゃぐちゃになった。
「...............ラ」
ただ一つ、言えることがあるとすれば。
「..........絶対に許さない...............」
「ドクターアトラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」
.......................................
....................
「......ん.........初ちゃん!」
「!」
誰かに身体を揺さぶられ、ハッと我に返るとユーマが心配そうに此方を見つめていた。
「ユーマ.....」
「良かった、急に何も言わなくなっちゃったから.......」
「..............」
私は立ち上がり、辺りを見回す。すると、目を開いたまま気を失っているお父さんが目に入った。
「お父さん.........」
アトラの手で再び生を受けた......お父さんがいっていた言葉の意味がようやく分かった。今居るお父さんは、脳以外の全てが機械となったサイボーグなんだ。ゆっくりと近づき、その顔を覗き込むとたちまち目頭が熱くなってきた。
「......ごめん.......私、お父さんのこと......」
冷たくなったお父さんの頬に、私の涙が落ちていく。私は何も知らなかった.....自分の意思で『PleiaDeath』に協力していると思っていたお父さんが、本当は最後までアトラに抵抗し続けていたなんて。
「初ちゃん...........」
「.........ごめんね、ユーマ.......大丈夫だから..........」
涙を拭って立ち上がり、ユーマの手を取って歩き出そうとした........その時。
「.....................主様?」
背後から声がして、振り向くと両腕を失ったカレンが立っていた。断面からはナットやボルトがポロポロと零れ落ち、配線も露出してバチバチと火花をあげている。
「カレン...............」
「.......どういう.......ことっスか..........?まさか.........アナタが主様を..............」
「っ、それは......」
「..........................................」
カレンは俯き、黙ってしまう。しかし、すぐに顔を上げ、鬼のような形相で吼えた。
「..............アナタが.............キサマがあああああァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!」
次の瞬間、カレンは地面を蹴ってまるでミサイルの如く私に突進した。
「ぐぁ........ッ!?」
私の身体は大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。ユラリと体勢を立て直しながら、カレンはギリギリと歯を軋ませて私を睨みつけた。
「よくも.......よくもよくもよくも!!!!敬愛なる我が主様を!!!!!!!」
「く.....カレン、君は.........!」
「喋るなァアアアアアア!!!!!!!」
今度は足をグルグルと高速回転させ、連続蹴りを喰らわせてくる。咄嗟に《言羽》でシールドを生み出すも、簡単に破られてしまった。
「カレン.....っ!やめて!君とは.....もう戦いたくない......!!」
「うるさい黙れ!!!!!!殺してやる!!!!!!!!」
私を蹴り飛ばし、カレンは自分の足を槍のように尖った形状に変形させた。
「死ね.......音羽 初.............!!!!!!」
その尖った足の尖端を、倒れた私目掛けて振り下ろすカレン。私にはもう、避ける程の体力も残されていない。
「........................ッ!!」
ぎゅっと目を瞑り、私は覚悟を決めた。
.....................................
.......................
..............
何も起きない。
「.............?」
「.....グ....グ...........ッ」
うっすら目を開くと、ユーマが口を使ってその足を止めていた。
「ユーマ!!」
「.....にげ.......へ..........!!」
ユーマは足をガッシリと歯で咥えたまま私にそう言った。
「こいつ......ッ!!離せ!!」
「グゥ....ウウウウッ.................!!」
一気に力を込めるユーマ。すると、尖端からヒビが入り始め、カレンの右足が粉々に砕け散った。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
バランスを崩し、その場に倒れるカレン。無残にも噛み砕かれた足の断面が火花をあげ、細かい部品やオイルが流れ出してくる。
「はぁっ、はぁっ......ごめん、キミに恨みはないけど......今はこうするしかないから。」
ユーマは口に入った鉄の残骸を噛み砕き、私の手を取って走り出した。
「ユーマ......!」
「ボクも、守られてばかりは嫌なんだ!キミを見ていたら生きる希望が湧いてきた......今度はボクが君を助ける!」
その言葉に、私は思わず頬を熱くする。誰かに守って貰うなんて、考えたこともなかったから。
「ま......てぇええッ..........!!!」
両腕と右足を失いとうとう片足だけになったカレンが、這うようにして追いかけてくる。しかし、圧倒的に此方の方が有利だった。
「こっちが出口だよ!急いで!」
「う、うん.........!」
ユーマとしっかり手を握り合いながら、必死に走り続け.......私達は遂に、研究所を抜け出した。
続く