雨空の昴星 第9話『巨人の生贄』
「スベテハ、『昴の子計画』ノタメニ........」
アトラにチップを埋め込まれたカレンが、最初に口にしたのはその一言だった。
「『昴の子計画』..........質問、それが貴方達の.......『PleiaDeath』の計画というわけですね。」
「その通りだ、だが貴様が知った所で無駄だったな。何故なら貴様には.........」
カレンは、両腕を巨大な爪を携えたロボットアームに変形させた。
「此処で死んで貰うからな!!」
嬉々とした表情でアトラがそう笑うと共に、カレンは杏に襲いかかってきた。
「くっ!!」
杏は刃を抜き、咄嗟に身を翻す。しかし、腕が巨大化し間合いの変わったカレンの攻撃をかわしきることは出来ず、尖った爪の切っ先で頰を斬り裂かれた。
「.......判断、此処では明かに分が悪い。一時退避する。」
頰から垂れる血を拭い、杏は跳び上がって木の上に着地する。そして、枝を次々と飛び越え森の出口へと駆け出した。
「ククク、所詮は餓鬼だな.......考えが甘い。逃げられるとでも思っているのか?」
余裕を崩すことなくほくそ笑むアトラ。カレンは両腕を振り翳しながら、逃げる杏を追いかけた。
「!」
そのスピードは杏をも上回り、あっという間に追い抜いてしまう。そして今度は両腕をノコギリのような形状に変形させ、周りの木々をなぎ倒し、杏の足場を奪っていく。
「馬鹿、な.......ッ!」
足場を奪われながらも、杏は巧みな跳躍力で残っている木に飛び移る。しかし、その木も無惨に斬り倒され、更に振り翳した腕の風圧で杏の身体は簡単に煽られてしまう。
「かはっ!」
得物を失い、地面に叩きつけられた杏を、カレンは機械の腕で持ち上げる。感情を失った無機質な目は、殺気立った視線で杏を睨みつける。
「.......無念........此処までか...........っ」
徐々に力が強まっていくカレンの手に握り潰されそうになりながら、杏は表情を歪ませる。
「...........シネ」
カレンがそう言ってとどめを刺そうとした、次の瞬間だった。
「その手を離せ!!」
凛とした少女の声が、空気を振動させ、木々が消えた森中に響き渡る。すると、カレンの腕は突然制御が効かなくなり、力が緩んでしまった。
「好機!」
杏はその隙を見逃さず、素早く脱出する。地面に降り立った杏の元に駆けつけてきたのは、他でもない初だった。
「大丈夫?」
「........何故、戻ってきたのですか.........他の人達は........?」
「皆は学校に向かわせてる。君が私の友達を守ってくれたことは旭から聞いた......そんな君を置いて逃げるなんて、私には出来ないから。」
「..............驚愕、貴女がそんなに命知らずな人間だとは思いませんでした。」
「確かに命知らずかもね。でも、私は死ぬ覚悟で戻って来たんじゃないよ。」
初は『隻翼』を構え直し、機械の魔物と化したカレンと対峙する。
「私は、生きて皆と帰る。杏も、カレンも、そして父さんも........全員助けて、生きて学校に帰る!その為に戦うんだ!」
その言葉に、杏は一瞬だけ目を見開き....そしてすぐに、力強く頷いた。
「賛成、私も貴女と共に戦います。先ずは.....荊姫 カレンを正気に戻す為に。」
「そうだね、まずはそれが最優先だ。......行くよ、杏!」
「了解!」
並び立つ初と杏。カレンは全身から駆動音を発し、電流を帯びた無数のコードを張り巡らせながら二人に攻撃し始めた。
「計画ノジャマヲスルモノハ.......ゼンイン排除スルッ!!」
「却下!その計画は、此処で《断絶》するッ!!」
杏が身体を高速で回転させ、黒い旋風となって空中を飛び回る。旋風はコードを断ち斬り、カレンが放つ攻撃も全てかわしきった。
「カレン!私の話を聞いて!」
尚も飛び交うコードを《言羽》の力で防ぎつつ、私はカレンに向かってそう叫ぶ。
「......ハナスコトナド、ナニモナイ。ワタシノ役目ハ、計画ノジャマヲスルモノヲ排除スルコト............!」
カレンは片腕をレーザー砲に変形させ、私目掛けてエネルギー弾を放った。
「違う!!」
私は光の翼を展開させ、それを受け止め消失させる。
「私は見たんだ.......カレン、君が生まれる筈だったあの瞬間を。お父さんが私に見せた、過去の記憶を!」
三年前、私の誕生日の前日。カレンは私の友達として、お父さんの手で開発されたアンドロイドだった。
「君は、『PleiaDeath』の計画に加担する為に生まれてきたんじゃない!私の友達になる為に生まれてきたんだよ!」
私の言葉に、カレンの手元が一瞬だけ震える。
「チガウ.........ワタシハ、主様ノ命デコノ計画ヲ.........!」
「だったら!どうしてそんなに.....そんなに辛そうな顔してるのさ!」
「ダマレェッ!!!」
カレンは別の片腕を分離させ、ミサイルのように発射した。飛んできた腕は自律して動き、私の身体を掴もうと飛び回る。
「くっ!」
「コレガワタシノ全テナンダ!!計画ヲ成功サセ、主様ノ願望ヲカナエルコトガ、ワタシノ意思ナンダァアアアアアアアア!!!」
すると、今度は杏がカレンの前に立ちはだかった。
「否定.....それは意思等とは呼べません。例え自分の上に仕える者が居ても、其奴が間違った道を示すなら.....自分が信じる道を往くのが、自分の意思というものです!」
「何ィ........!!」
「今の貴女は、上の者が示す間違った道だけを信じて進もうとしている....其処に貴女の意思はない、誰かに動かして貰わなければ動くことすら出来ない操り人形と同じです!」
杏はそう叫び、飛んでくる腕に刃を突き立て真っ二つに斬り裂いた。斬り裂かれた腕は四方に飛び散り、地面に堕ちると同時に爆発する。
「ドウシテ......ドウシテ今ノワタシガワタシジャナイダナンテ言エルンダ!!」
再び片腕を失ったカレンが、私の胸ぐらを掴み上げる。私は抵抗することなく、静かに真実を告げた。
「.....だって君は、私のお父さんに造られたアンドロイドだから。お父さんに造られた君が、悪いことをするなんて思えないから.......」
「......!?主様ガ.........キサマノ父親、ダト..............!?」
「そうだよ。音羽 悠弦......化学を人の為に役立てた、偉大な科学者。それが君の、そして私のお父さんなんだ。」
「ソンナ..........ワタシハ、Dr.ノ手デ造ラレテ..........主様ニ従ウヨウプログラミングサレタハズジャ.............」
私の言葉に、カレンはその場に立ち尽くしてしまう。すると、その背後から誰かが走ってくるのが見えた。
「!カレン...........!」
泥で汚れ、所々破けている黒いスーツを着た男。
「お父さん!」
お父さんの表情には、初めて再会した時のような無機質さは無かった。私がさっき見た過去の記憶と同じ、何かを守ろうと必死になる生前のお父さんと同じ顔をしていた。
「......お父さん、私が分かる.........?初だよ......?」
「................初............」
お父さんは私の顔を見ると、唇を歪ませて瞳に涙を浮かべ.....そして、私に駆け寄り思い切り抱きしめてくれた。
「初...........っ!!」
「お父さん........お父さん.............っ!」
やっぱりそうだ。お父さんはアトラに従ってなんかいなかった。あの時、「自分の意思で組織に忠誠を誓っている」と叫んだお父さんの声は、まるで強がっているように震えていた。お父さんもカレンと同じで、アトラに逆らえなくて自分の意思を抑え込んでいたんだ。最初に会った時から、ずっと。
「初.....許してくれ........私は.....私はとんでもない過ちを.........!」
「.......もう良いよ........大丈夫..............私こそ、酷いこと沢山言ってごめんね..........」
お父さんが、私の知っている元のお父さんに戻ってくれた。今はそれだけで十分だった。私も涙を零しながら、優しく抱きしめてくれるお父さんの胸元に抱きついた。
「.........質問。音羽 悠弦、貴方が荊姫 カレンの開発者だと聞きました。今の彼女の状況....貴方なら分かるのではないですか?」
「.....ああ、カレンは今、Dr.が埋め込んだチップのせいで暴走している。すぐ元に戻したいところだが、一先ずは此処から逃げよう。」
お父さんはそう言うと、カレンの首筋から何かを抜き取った。すると、カレンの目から光が消え、糸が切れたようにお父さんの腕の中に崩れ落ちる。
「カレン!」
「カレンの人工思考回路、人間で言うところの脳にあたるパーツを抜いて強制停止させた。この回路は今バグを起こしている、元の状態に戻すにはこれを修理する必要があるからな。」
良かった、元に戻せるんだ。お父さんの言葉に安心していると、杏が何かに気づいて叫んだ。
「......!報告!Dr.アトラが間近まで迫っています!」
「逃げるぞ!彼はきっと私を許しはしない.....君、カレンを頼めるか?私も初を守らなければならない!」
「了解!」
杏はカレンを抱き抱え、私はお父さんに手を引かれて走り出した。しかし。
「愚かな.........敵が背後からしか来ないとでも思っているのか.......?」
森中に響いたその声と共に、目の前の地面に大きな亀裂が入った。
「っ、皆下がれ!」
お父さんは、私を庇いながらその亀裂から距離を取った。すると、亀裂と共に隆起し崩壊した地面の中から、巨大な機械の怪物が姿を現した。
「何....これ........!?」
「ワシが造り上げた殺戮兵器の一体だ。被験体が万一逃げてしまった時、生かして帰さぬ為のな。」
怪物の上には、私がお父さんの記憶の中で見たアイツが乗っていた。身体が半分機械と化した、最低最悪のマッドサイエンティスト.......
「Dr.アトラ............!!!!」
「フン、直接会うのは初めてだな......音羽 初。なるほど、お前がユヅルの娘か。」
「よくもお父さんを..........カレンを、ユーマを......罪もない子ども達を.........!!」
『隻翼』を持つ私の手が、怒りに震え始める。
「良いのか?ワシを殺せば、お前はまたあの時と同じ罪を繰り返すだけだぞ?」
「!!」
そうだ。カレンが前に言っていた.....一年前、私が殺したのは『PleiaDeath』の職員だったんだ。その事実を、アトラが知らないわけがない。
「フフフ.........一度は力への恐れを克服したと思っていたが、その様子だとまだまだのようだな?」
「黙れ...........お前なんか..............!!!」
「初!駄目だ!」
もう少しで奴に飛びかかりそうになったところで、お父さんが私を制した。
「Dr.........これ以上娘達に手を出さないで下さい。私はずっと貴方に従ってきましたが......貴方の凶行には、もう耐えられません。これ以上娘を傷つけるつもりなら、私が此処で相手になります。」
「ユヅル.....フン、やはりお前も裏切るか。だが、それくらいの事は想定内だ。」
アトラは地面に降り立つと、ゆっくりとお父さんの方に歩み寄ってきた。
「.......ユヅル、ワシが貴様をサイボーグとして蘇らせた時、何故脳まで改造しなかったか分かるか?」
「え................」
「それはな..................」
グッ、とお父さんの襟元を掴み上げたかと思うと、アトラはそのまま自分の背後に居る怪物目掛けてお父さんを投げ飛ばした。
「お父さん!!!」
怪物は大きく口を開けて待ち構え、投げつけられたお父さんを思い切り噛み砕いた。咀嚼する度に砕け散る機械の破片が、怪物の口からボロボロと零れ落ちていく。
「お前が持つ優れた人間の脳こそが、この殺戮兵器を完成させる最後のパーツだからだ!!」
そして、最後に口の中に残った脳を怪物が飲み込んだ瞬間、怪物の身体は全く違う形状に変形し始めた。その姿は、一言で言えば巨大な機械の巨人だろうか。コクピットのような半透明の頭頂部には、人間の.....お父さんの脳が埋め込まれ、ドクンッ、ドクンッと激しく脈打っていた。
「クハハハハハハハハ!!!!遂に完成したぞ!!ワシの最高傑作.......ATLASだ!!!」
身体を震わせ、恍惚の表情を浮かべながら笑い声をあげるアトラ。機械の巨人、ATLASは、私達の方に手を翳すと手の平からレーザー光線を放った。
「..................」
「っ!!」
お父さんが怪物に飲み込まれる様を見て、呆然と立ち尽くしていた私を、杏が勢いよく地面に伏せさせる。レーザーは私達の頭上を掠め、近くの岩を粉砕した。
「.......おとう........さん..............」
「.............外道.......Dr.アトラ、貴様だけは此処で倒す!!」
絶望に打ち拉がれる私に対し、今度は杏が怒りの炎を燃やして立ち向かっていく。
「来い、『墨桜』の新参め!ATLASへの最初の供物はお前にしてやろう!!」
「上等.........!!怪物諸共、我が刃の錆となるが良い!!!」
..................................................
..........................
「......っ」
旭に負ぶわれていた久乱が、突然顔を顰める。
「久乱ちゃん?どうしたの?」
「...........何か......とても、嫌な予感がします.................」
「嫌な予感........?」
すると、先を歩いていた美奈が立ち止まった。
「........悪りぃ、やっぱ戻るわアタシ。初を助けに行く。」
「みっちゃん!」
「分かってる......杏や初の言う通り、学校に戻った方が良いってことは。だけど、それじゃ絶対後悔するのが目に見えてる。それが分かってて逃げるなんて........アタシは嫌だ。」
「.......そう、だよね.........でも、どうすれば.......」
「やっぱり、皆気持ちはおんなじなんやな!」
「!!その声は.........!」
「やー、ごめんな三人とも!待っててってゆわれたのについて来てもうたわ!」
続く