雨空の昴星 第10話『許さない』
お父さんの脳を飲み込み、完全体となったアトラの最終兵器、ATLAS。アトラが背負う業の全てを注ぎ込まれた鋼の巨人が、地割れの音にも、或いは慟哭の声にも似た咆哮をあげながら、二対の刃を振り回す杏に掴みかかった。
「覚悟!!!《断絶》ッ!!!!」
杏は刃を振り、巨人の指を斬り裂いた。しかし、その切断面から溢れ出た黒いオイルが瞬く間に凝固し、元の指へと再生してしまう。
「な、何故.....!?」
「ッハハハハハハハハ!!成功だ!本来一度壊れればその都度修理しなければならない機械が、自動修復能力を手に入れた!もうこの世には、根暗な科学者も無能なエンジニアも必要ない.....このワシを除いてなァ!!!」
「くっ....!否定......お前は、人間として存在してはならない存在だ!!」
再び宙を舞いながら、杏はATLASに攻撃する。一瞬傷は付くものの、やはりすぐに回復し元通りになってしまう。
「フン、無駄なことを。せいぜい足掻くが良い。」
「.....どうして...........」
私はようやく身体を起こし、震える足に鞭を打って立ち上がる。
「どうして.....こいつの完成に、お父さんが必要だったんだ.........」
「あぁ.....説明しそびれていたな。此奴には脳だけでなく、身体の各箇所に人間の内臓が使われている。」
「......!?」
「もう何十年も前のことだ。ワシが科学者として初めて完成させた、機械の自動修復能力の研究....その技術の粋を集めて作り上げたのが此奴だ。機械が人間の手を借りずとも、自ら壊れた部分を修復することが出来る方法....それは生物が持つパーツを原動力にすることだ。ワシは独自にその研究、実験を行い、そして完成させた。」
「.....その実験の為に.......生きてる人を犠牲にしたっていうの..........?」
「初めはマウスを使っていた。だがマウスは身体が小さすぎて、大型の機械に実装するにはコスパが悪すぎる。そこでワシは身体の大きな人間に目をつけた。幾ら怪我をしても大抵は回復出来る程度には、人間にも高度な自己修復能力が備わっていることはお前も知っているだろう。此奴は内部に仕込まれた人間の内臓から細胞を抽出し、外部を覆う特殊な人工筋肉や人工皮膚に循環させる。そうすることで人間と同程度、いやそれ以上の回復能力を得たというわけだ。」
「....じゃあ.......今までお前達が誘拐してきた子ども達は、皆内臓を抜かれてその巨人に使われたってこと.......?」
「あぁ、他の実験で不要になった廃棄物が殆どだがな。そのまま捨てられずにこうしてATLASの一部になったのだから、無駄ではないだろう?実験材料にも限りがある、有効活用しなくてはな。」
「.......................ッ」
身体が熱い。胸の奥で、また怒りの炎が燃えているのを感じる。駄目だ、抑え込まなければと、私は『隻翼』を握る手に力を込める。
「だが、ほぼ完成したものの此奴には判断能力が無かった。一度暴れ始めたら最後、疲れ果てるまで破壊活動を続けてしまう。そこに必要だったのが、人体において判断能力を司るパーツ.....即ち脳というわけだ。未成熟児の脳では、お前達のように聞き分けのないただのデカブツになるからな。十分に成熟した人間、その中でも特に優れた知能を持つ脳が必要だった。」
「.......それが、私のお父さんだった.....ってことか...........」
「そういうことだ。彼はこれだけ凄い頭脳を持っていながら、人の為だの何だのとつまらん事ばかり言いおって......我々科学者が根暗者だと言われるのはそういうところだというのに。」
そう言って、アトラは嘲笑う。
その顔を見た瞬間、私の頭の中で、プツン、と何かが切れる音がした。
「.....お前にお父さんの何が分かる............」
心の奥底で燃える怒りの炎、その熱が最高潮に達する。同時に、瞳の色が赤みを帯びた金色へと変わっていく。
「お父さんは........世界一の科学者だ.......!!.....私を、皆を、笑顔にしたいと思うお父さんの夢が........!!!」
「つまらないわけねぇだろうがあぁあああああああああああッッッ!!!!!!!!」
怒りを爆発させた私は、片翼を広げATLASではなくアトラ本人目掛けて羽毛の刃を飛ばした。
「フンッ!」
アトラは白衣を翻し、その刃を全て叩き落す。しかし、その隙をついて私は後ろに回り、アトラの足元から火柱を噴出させた。
「.....この程度か、お前の怒りは?」
地面をも焦がす程の炎でも、アトラは火傷一つ負っていなかった。
「はあぁああああああああああッッッッ!!!!」
それでも、私は攻撃の手を緩めなかった。氷の剣、雷の雨、毒の煙幕.....思いつく限り、あらゆる攻撃を繰り出してアトラを攻撃した。
「ぬるい........ぬるすぎる!!遊び相手にもならんなァ!!!!」
アトラはその攻撃を全てかわしきり、逆に成す術のなくなった私はATLASが振り下ろした拳に吹き飛ばされた。
「ぐはぁ......ッ!!」
「《言羽》に覚醒した人間が、その程度の力しか出せないとは......全く、お前には期待外れだったな.....音羽 初。」
ほとんど剥き出しになった眼球をギョロリと動かし、此方を見下ろすアトラ。その顔には、落胆の表情が浮かんでいた。
「がはっ!!」
私のすぐ側に、杏が落下してきた。ATLASにやられたんだろう、身体中傷だらけだった。
「杏....っ!」
「二人まとめて処分してやる、こんな傷だらけの身体では使い物にならんからな。ATLAS、殺れ。」
倒れ伏した私達を見ながら、ATLASが片足を上げ始める。その巨大な足で、私達を踏み潰すつもりだ。
「......無念..........此処まで、か............」
「駄目だ、杏.....!諦めないで....!!」
「ククク.......さらばだ、ガキ共!!」
巨人はゆっくりと上げきった足を、今度は私達目掛けて勢いよく陥してきた。その影がどんどん迫ってきて、視界が暗くなっていく。
「──────────────っ!!!」
「そうはさせへんで!」
突然、此処に居る誰のものでもない声が響く。
その瞬間、ズドンッ!!と地響きがして、さっきまで暗かった頭上が一気に明るく晴れた。
「な.........」
恐る恐る目を開けると、ATLASが仰向けに倒れていた。必死に起き上がろうとしているけど、身体が重すぎて動けないようだ。
「ぎ、疑問.....一体何が起きたのですか.....?」
「わ....私にも分からない......」
「見〜あ〜げて〜ごらん〜♪」
頭上から歌声がして、私達は揃ってその方向を見上げた。すると.......
「うわぁっ!?」
「なっ!?」
「っへへー、待たせたな!ウチが来たで!」
そこには、私達の背の何倍もある巨躯をした、銀髪ポニーテールの女の子が立っていた。
「何....!?巨人がもう一人.....!?」
「ふふん、そこのオッチャン見とったか?ウチの華麗なツッコミを!」
あのアトラですら、予想外の展開に目を見開いて驚いている。が、すぐに咳払いをし落ち着きを取り戻した。
「な、何者だお前は!」
「浪花から来た雨女!青空小学校五年生、蟹乃 群鮫や!!」
蟹乃 群鮫さん。関西弁が特徴の、私のクラスメイトだ。
「....雨女は余計じゃねーか?」
「じゃかしいなぁ、名乗りにはちょうど良かってん!」
「初ちゃん、杏ちゃん!大丈夫!?」
「皆まで!逃げてって言ったのに....!」
群鮫さんの肩には、みっちゃんや旭、久乱さん、ユーマも乗っていた。
「すまん!どーしても気になってもうて、助太刀に来たんや!」
「やっぱり逃げるのは性に合わねえ、アタシ達ももう一度戦うぞ!」
「.......っ」
「賛成、先程は私も貴女達を逃してしまいましたが.....やはり、人数は多い方が心強いです。」
「せやろー!?ってなわけや初ちゃん、ウチらも参戦してええか?」
「..................た」
「へ?」
「.......正直、助かった...........ありがとう.............」
「んもー!初ちゃんが言うてたんやないか!困った時は助け合いやって!」
「....っはは、そうだったね。分かった、一緒に戦おう!」
「よっしゃ!いっちょかましたるでー!!」
「チッ......揃いも揃って馬鹿なガキ共だ!ATLAS!!」
アトラが怒鳴ると、ATLASはようやく起き上がって体勢を立て直した。
「子ネズミが七匹......一匹は失敗作だが、まぁ良いだろう。『昴の子計画』の実行には事足りる数だ、全員再起不能にしてやる!」
「やれるものならやってみろよ........私達を敵に回したこと、後悔させてやる!皆、行くよ!!」
「うんっ!」
「おう!」
「はい....!」
「うん...っ!」
「っしゃあ!」
「了解!」
「おう!」
「はい....!」
「うん...っ!」
「っしゃあ!」
「了解!」
最狂最悪のマッドサイエンティスト、Dr.アトラ。奴の凶行を阻止する為、戦いの火蓋がついに切って落とされた。
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.......ワタシは、ずっとアナタの傍に居た。
アナタが小さかった頃から、ずっと。
「カレン!ただいまー!」
「こらこら、遊ぶ前に手を洗わなきゃ駄目よ?」
「はーい!」
幼稚園から帰ってくると、アナタはいつも真っ先にワタシと遊んでくれた。
「きょうね、おえかきのじかんにカレンのえをかいたんだよ!せんせーにみせたらとってもじょうずだねってほめてくれたの!」
ふふ、そうだったんスね。アナタが嬉しそうだと、ワタシも嬉しくなってきまス。
「カレンはおとうさんがつくってくれた、せかいいちのロボットだよ!××ね、カレンのことがだいすき!」
......だいすき.....でスか。ワタシには、その言葉の意味がよく分からないっスけど......でも、アナタが笑顔で居てくれるなら、ワタシはそれで............
「......おとうさん........おとうさぁああああん!!」
.......ある日、アナタから笑顔が消えた。
「ぐす....ぐすっ....いやだよ、あいたいよぉ........」
泣いている。ワタシには目もくれず、ずっとずっと泣いている。
ほら、泣かないで?ワタシは此処でスよ?
ワタシは、アナタの笑顔を取り戻したい.........
「××ちゃん、それ仕舞っちゃうの?」
「......うん。カレンをみてると、おとうさんのことおもいだして....かなしくなるから......」
..........そんな。
..............ワタシが、アナタを泣かせているっていうのでスか?
「さよなら、カレン.......」
待って。待って下サいよ。
どうしてワタシを閉じ込めようとするんでスか?
アナタを笑顔にすることが、ワタシの役目なんじゃなかったんでスか?
.........そうでスよね?
................主様.........?
「ひっ!?」
「ど、どうしたの××ちゃん?」
「い、いま....カレンのくびがカクンッてうごいた!」
「えっ....?」
「こわい!カレンがこわいよ、おかあさん!」
「落ち着いて、大丈夫....お母さんがちゃんと仕舞っておくから......」
.............ワタシが.....怖い................?
ついこの間まで、大切にしてくれたのに.......
世界一だって、言ってくれたのに............
許さない。
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない
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オマエはワタシを殺した
ワタシの存在意義を殺した
それなのに
ワタシのことを忘れただなんて
覚えていないだなんて
「とぼけても無駄っスよ」
「この人殺し」
続く