(新しい家、新しい学校)
更新日:2020/07/07 Tue 20:40:58
目次
ガタ、ゴト
愛歩は病院からの帰り道、もう戻ってこないであろう場所を見つめていた。
「愛歩ちゃん、大丈夫かい?」
前の席からの気遣わしげな声に、愛歩はドキリとした。夫妻が恐いわけではない。敬語が苦手なのだ。
「大丈夫……です。ちょっと…あいや、少し考え事をしてただけで」
たどたどしい敬語を使う愛歩。バックミラーから大石夫妻の優しげな瞳が見える。
大石婦人が何か言いたそうに口を開け、すぐ閉じた。
愛歩はそれを見なかった事にし、後部座席に頭をつけた。リンゴの芳香剤のいい匂いがする。
「これから新しい家に行くんだ。今日はゆっくり休むんだよ」
「ぅ…はい」
大石夫妻と愛歩を乗せた車は高速道路に入り、住み慣れていた場所から出ることになったのだった。
愛歩は病院からの帰り道、もう戻ってこないであろう場所を見つめていた。
「愛歩ちゃん、大丈夫かい?」
前の席からの気遣わしげな声に、愛歩はドキリとした。夫妻が恐いわけではない。敬語が苦手なのだ。
「大丈夫……です。ちょっと…あいや、少し考え事をしてただけで」
たどたどしい敬語を使う愛歩。バックミラーから大石夫妻の優しげな瞳が見える。
大石婦人が何か言いたそうに口を開け、すぐ閉じた。
愛歩はそれを見なかった事にし、後部座席に頭をつけた。リンゴの芳香剤のいい匂いがする。
「これから新しい家に行くんだ。今日はゆっくり休むんだよ」
「ぅ…はい」
大石夫妻と愛歩を乗せた車は高速道路に入り、住み慣れていた場所から出ることになったのだった。
~~~~~~
青空市青空町青空小学校…5年1組。
今日この教室に転校生がやって来る……。
その話はとある噂好きにより広められ、5年生、とりわけ5年1組の生徒達は一昨日からこの話題で持ちきりだった。
どんな子が来るか?仲良く出来るか?
「男の子かな?女の子かな?」
「喋りやすい子だったらいいなぁ」
朝のホームルーム前、生徒達は期待と不安で一杯になっていた。
「皆~静かにするのよ~」
そんな生徒達を注意しながら担任の宇佐美アザミが入ってきた。後ろに一人子供を連れている。
深く青い髪をポニーテールにした、背の小さな女の子。
「わぁ!女の子だ!」
「なんて名前かな?」
「何が好きなんだろう?」
注意したにも関わらず一向に静かにならない教室を見て、宇佐美は肩を竦めて黒板に名前を書き込み始める。
その間、転校生の青色の瞳が何かを探すかのように動いていた。
「今日からみんなの仲間になる、大石愛歩さんなの。仲良くしてね~」
ほらと宇佐美に促され、転校生は喋り出した。
「転校生してきた大石愛歩です。よろしく」
「うん、それじゃあ愛歩ちゃんは……」
宇佐美が片耳に手を当てた。考える時にやる癖だ。その目がある一点に集中した。
教室の後ろから二列目、日の当たる窓側の席。
机に突っ伏して居眠りしている銀髪をポニーテールにした少女だ。
「蟹乃群鮫、あの子の隣ね」
「えーっと」
愛歩は困ってしまった。先生が名前を呼んでも、隣人が起きる気配はない。
「むらサメちゃん」
むらサメと呼ばれた少女の後ろの席の、紫髪の少女が気を使って居眠り少女の背中をつつく。
それでも眠り姫は目覚めず、あと五分~などと寝言を言っている。唐突に少し離れた席の、髪にメッシュが入った少女が声をあげた。
「むらサメちゃん!起きろ!」
愛歩はビクりとした。かなり大きな声ではっきりとした発音だったからだ。しかもマイクのような物を持っている。メッシュの少女と目が合う。彼女は申し訳なそうな顔で微笑んだ。
と、むらサメが起き上がった。
「はうぇ?!何?あれ、ここはどこ?」
「転校生が来てるんだよ」
寝ぼけて何か言っているむらサメに、後ろの席にいる紫髪の女の子が状況を伝える。
「ええ!九番ちゃん起こしてくれるっていったやん!」
「何度も起こそうとしたけど起きなかったんだよ!」
九番と呼ばれた子がムッとする。が、二人が喧嘩しないうちに先生が割って入った。
「寝てたんだからむらサメちゃんが悪いよ。転校生の面倒見てあげてね」
「げぇうちぃ?!」
むらサメは目を見開き、愛歩の姿を凝視したのだった。
青空市青空町青空小学校…5年1組。
今日この教室に転校生がやって来る……。
その話はとある噂好きにより広められ、5年生、とりわけ5年1組の生徒達は一昨日からこの話題で持ちきりだった。
どんな子が来るか?仲良く出来るか?
「男の子かな?女の子かな?」
「喋りやすい子だったらいいなぁ」
朝のホームルーム前、生徒達は期待と不安で一杯になっていた。
「皆~静かにするのよ~」
そんな生徒達を注意しながら担任の宇佐美アザミが入ってきた。後ろに一人子供を連れている。
深く青い髪をポニーテールにした、背の小さな女の子。
「わぁ!女の子だ!」
「なんて名前かな?」
「何が好きなんだろう?」
注意したにも関わらず一向に静かにならない教室を見て、宇佐美は肩を竦めて黒板に名前を書き込み始める。
その間、転校生の青色の瞳が何かを探すかのように動いていた。
「今日からみんなの仲間になる、大石愛歩さんなの。仲良くしてね~」
ほらと宇佐美に促され、転校生は喋り出した。
「転校生してきた大石愛歩です。よろしく」
「うん、それじゃあ愛歩ちゃんは……」
宇佐美が片耳に手を当てた。考える時にやる癖だ。その目がある一点に集中した。
教室の後ろから二列目、日の当たる窓側の席。
机に突っ伏して居眠りしている銀髪をポニーテールにした少女だ。
「蟹乃群鮫、あの子の隣ね」
「えーっと」
愛歩は困ってしまった。先生が名前を呼んでも、隣人が起きる気配はない。
「むらサメちゃん」
むらサメと呼ばれた少女の後ろの席の、紫髪の少女が気を使って居眠り少女の背中をつつく。
それでも眠り姫は目覚めず、あと五分~などと寝言を言っている。唐突に少し離れた席の、髪にメッシュが入った少女が声をあげた。
「むらサメちゃん!起きろ!」
愛歩はビクりとした。かなり大きな声ではっきりとした発音だったからだ。しかもマイクのような物を持っている。メッシュの少女と目が合う。彼女は申し訳なそうな顔で微笑んだ。
と、むらサメが起き上がった。
「はうぇ?!何?あれ、ここはどこ?」
「転校生が来てるんだよ」
寝ぼけて何か言っているむらサメに、後ろの席にいる紫髪の女の子が状況を伝える。
「ええ!九番ちゃん起こしてくれるっていったやん!」
「何度も起こそうとしたけど起きなかったんだよ!」
九番と呼ばれた子がムッとする。が、二人が喧嘩しないうちに先生が割って入った。
「寝てたんだからむらサメちゃんが悪いよ。転校生の面倒見てあげてね」
「げぇうちぃ?!」
むらサメは目を見開き、愛歩の姿を凝視したのだった。
「あ~さっきはごめんな、昨日の夜、今日が楽しみで寝れへんくて」
「ううん、いいよ。実は私もあんまり寝れてなくて」
二時間目の後、昼放課が終わるまでの間、愛歩は次々にやってくるクラスメイトに自己紹介しつつされつつ、蟹乃群鮫とも交流を深めていた。
「そういやさ、アユミンって女児符号持っとんの?」
初めの数分は愛歩の事を恐る恐る観察していた彼女だったが、あまり人見知りしない愛歩にもう慣れたのか、可愛らしいあだ名までつけてくれていた。
「うん、ガールズコードとも言うんだっけ?私の前のお家にも似たような能力の子がいたよ」
「前の家?」
「うん、ちょっと前に孤児院が焼け落ちてたった一人を遺して死にましたってニュースが話題になってたでしょ?あの生き残り、私の事なんだ」
むらサメは息を飲み、おずおずと謝った。
「ご、ごめんな。そんな話させてもうて」
「大丈夫、時間はかかったけど、もう乗り越えたから」
愛歩は気遣ってくれたむらサメに心の奥で感謝して話題を切り替えようとした。
「その子、ずっと前にどこかにもらわれちゃったんだけど、いつも壁に話しかけてたよ」
「あ、じゃあその子は」
「うん、どこかで生きてるんじゃないかな?あ、それで私の女児符号なんだけどね」
ここで愛歩はハッとする。自分の能力を説明するのって、凄く難しいんじゃないだろうか?
愛歩は筆箱の中からペンを一本取りだし、机の上に立たせてからむらサメに見せた。
「このペンを見ててね」
愛歩はペンから手を離す。当然ペンはバランスを崩し机の上に転がる。
そこで愛歩は能力を使い、先程と同じような形でペンを持ってむらサメに問いかけた。
「このペン、どうなった?」
「どうなったって……ずっとアユミンの手の中にあったやん」
「うーん、やっぱそうかぁ」
むらサメは首をかしげている。同じ符号保持者でも、自分の能力は理解されないのかと思うと、少し残念に思えた。
「ううん、いいよ。実は私もあんまり寝れてなくて」
二時間目の後、昼放課が終わるまでの間、愛歩は次々にやってくるクラスメイトに自己紹介しつつされつつ、蟹乃群鮫とも交流を深めていた。
「そういやさ、アユミンって女児符号持っとんの?」
初めの数分は愛歩の事を恐る恐る観察していた彼女だったが、あまり人見知りしない愛歩にもう慣れたのか、可愛らしいあだ名までつけてくれていた。
「うん、ガールズコードとも言うんだっけ?私の前のお家にも似たような能力の子がいたよ」
「前の家?」
「うん、ちょっと前に孤児院が焼け落ちてたった一人を遺して死にましたってニュースが話題になってたでしょ?あの生き残り、私の事なんだ」
むらサメは息を飲み、おずおずと謝った。
「ご、ごめんな。そんな話させてもうて」
「大丈夫、時間はかかったけど、もう乗り越えたから」
愛歩は気遣ってくれたむらサメに心の奥で感謝して話題を切り替えようとした。
「その子、ずっと前にどこかにもらわれちゃったんだけど、いつも壁に話しかけてたよ」
「あ、じゃあその子は」
「うん、どこかで生きてるんじゃないかな?あ、それで私の女児符号なんだけどね」
ここで愛歩はハッとする。自分の能力を説明するのって、凄く難しいんじゃないだろうか?
愛歩は筆箱の中からペンを一本取りだし、机の上に立たせてからむらサメに見せた。
「このペンを見ててね」
愛歩はペンから手を離す。当然ペンはバランスを崩し机の上に転がる。
そこで愛歩は能力を使い、先程と同じような形でペンを持ってむらサメに問いかけた。
「このペン、どうなった?」
「どうなったって……ずっとアユミンの手の中にあったやん」
「うーん、やっぱそうかぁ」
むらサメは首をかしげている。同じ符号保持者でも、自分の能力は理解されないのかと思うと、少し残念に思えた。
「ちょっといい?あなた愛歩ちゃんだね」
愛歩に声をかけてくれたのは、茶髪を緩く結んだ、太い眉の女の子だった。
「私は玲亜。このクラスの学級委員長です。よろしくね」
「よろしく!あ、そうだ。むらサメちゃん、玲亜ちゃん、あのさ」
愛歩は一番気にしていた事を口に出した。
「図書室ってどこ?」
愛歩に声をかけてくれたのは、茶髪を緩く結んだ、太い眉の女の子だった。
「私は玲亜。このクラスの学級委員長です。よろしくね」
「よろしく!あ、そうだ。むらサメちゃん、玲亜ちゃん、あのさ」
愛歩は一番気にしていた事を口に出した。
「図書室ってどこ?」
放課後、玲亜とむらサメの案内で図書室に来ていた。
「本、好きなんだ?」
図書室の本棚に目を通す愛歩の様子を見ていた玲亜が言う。
「ううん、好きってわけではないんだけど…」
「好きじゃないのに図書室来よったん?」
「うん、ちょっと調べものにね」
愛歩は青空町の歴史という本をパラパラ捲りながら言う。
最近の事件ならば新しい本に載っているかもしれない。
愛歩は事件の載っていそうな本を片っ端から机に並べていった。
玲亜とむらサメは呆気にとられている。
「自分、考古学者にでもなりよるんか?」
「確しかにたくさん持ってるけど…もうすぐ下校時間だよ?何をそんなに調べたいの?」
愛歩はむらサメと玲亜の目をじっと見た。彼女達に理由を話すべきだろうか?
「むらサメちゃーん!」
愛歩の思考をぶっ飛ばすような甘い声が図書室に響いた。
「何してるの~?」
緑色の髪をツインテールにした背の高い少女だ。
「お、キオンやん」
むらサメの言葉を借りると、少女の名はキオンと言うらしい。
「転校生のアユミンに図書室を案内しとったんやで」
「ふーん」
愛歩は彼女の目を見てゾッとした。青いターゲットマーカーのような双眼は全く笑っていない。顔色は暗く、まるで獲物を見るかのような雰囲気を漂わせている。
愛歩は咄嗟に本に目をやった。視界の端に玲亜が見えたが、彼女も別のところに目をやっている。
「あ、そんな事よりもむらサメちゃん。手伝って欲しいことがあるんだけどいいかな?」
「なんや?」
「ここじゃ言いにくくて……ねぇ向こうにいかない?」
「うーん、アユミンを案内しとるしなぁ」
「あ、私の事はお構い無く。ここまで案内してくれてありがとう」
「アユミンがそう言うならいっか、じゃあ行くで~」
そう言ってむらサメとキオンは図書室を出ていった。
「ねえ、今の子って」
ようやく本から目を離した愛歩は、玲亜に問いかけた。
「2組の御城キオンって子だよ。四年生の時は私やむらサメちゃんと同じクラスだったの」
そっかと呟きながらキオンが出ていった扉を見つめた。
「彼女、ちょっと怖くない?」
愛歩の同意を求める声に頷く玲亜。
「うん、ちょっと威圧感があるよね。むらサメちゃんにだけだよ。あの子が普通に接するのは」
キオンと言う少女に不安感を感じるのは自分だけでは無いらしい……愛歩は少し安心した。
「本、好きなんだ?」
図書室の本棚に目を通す愛歩の様子を見ていた玲亜が言う。
「ううん、好きってわけではないんだけど…」
「好きじゃないのに図書室来よったん?」
「うん、ちょっと調べものにね」
愛歩は青空町の歴史という本をパラパラ捲りながら言う。
最近の事件ならば新しい本に載っているかもしれない。
愛歩は事件の載っていそうな本を片っ端から机に並べていった。
玲亜とむらサメは呆気にとられている。
「自分、考古学者にでもなりよるんか?」
「確しかにたくさん持ってるけど…もうすぐ下校時間だよ?何をそんなに調べたいの?」
愛歩はむらサメと玲亜の目をじっと見た。彼女達に理由を話すべきだろうか?
「むらサメちゃーん!」
愛歩の思考をぶっ飛ばすような甘い声が図書室に響いた。
「何してるの~?」
緑色の髪をツインテールにした背の高い少女だ。
「お、キオンやん」
むらサメの言葉を借りると、少女の名はキオンと言うらしい。
「転校生のアユミンに図書室を案内しとったんやで」
「ふーん」
愛歩は彼女の目を見てゾッとした。青いターゲットマーカーのような双眼は全く笑っていない。顔色は暗く、まるで獲物を見るかのような雰囲気を漂わせている。
愛歩は咄嗟に本に目をやった。視界の端に玲亜が見えたが、彼女も別のところに目をやっている。
「あ、そんな事よりもむらサメちゃん。手伝って欲しいことがあるんだけどいいかな?」
「なんや?」
「ここじゃ言いにくくて……ねぇ向こうにいかない?」
「うーん、アユミンを案内しとるしなぁ」
「あ、私の事はお構い無く。ここまで案内してくれてありがとう」
「アユミンがそう言うならいっか、じゃあ行くで~」
そう言ってむらサメとキオンは図書室を出ていった。
「ねえ、今の子って」
ようやく本から目を離した愛歩は、玲亜に問いかけた。
「2組の御城キオンって子だよ。四年生の時は私やむらサメちゃんと同じクラスだったの」
そっかと呟きながらキオンが出ていった扉を見つめた。
「彼女、ちょっと怖くない?」
愛歩の同意を求める声に頷く玲亜。
「うん、ちょっと威圧感があるよね。むらサメちゃんにだけだよ。あの子が普通に接するのは」
キオンと言う少女に不安感を感じるのは自分だけでは無いらしい……愛歩は少し安心した。
「あれ、見ない顔だね」
今度は薄紫色の髪をポニーテールにした少女が愛歩に近付いてきた。
愛歩はその子の髪を見て不思議に思った。プラスチックっぽい恐竜の髪飾りをつけている。
男の子の玩具っぽいそれは、大人びた雰囲気の少女には似合わないような気がした。
「あ、龍香さん。今日転校してきた大石愛歩さん。愛歩さん、彼女は紫水龍香さん。3組の子だよ」
玲亜の紹介に、龍香はニコリとして手を差し出した。
「よろしく愛歩さん」
「うん、よろしく龍香ちゃん」
キオンと違い危険な香りがしない……と言うか凄く落ち着いている雰囲気の龍香に、愛歩はホッと胸を撫で下ろしたのだった。
今度は薄紫色の髪をポニーテールにした少女が愛歩に近付いてきた。
愛歩はその子の髪を見て不思議に思った。プラスチックっぽい恐竜の髪飾りをつけている。
男の子の玩具っぽいそれは、大人びた雰囲気の少女には似合わないような気がした。
「あ、龍香さん。今日転校してきた大石愛歩さん。愛歩さん、彼女は紫水龍香さん。3組の子だよ」
玲亜の紹介に、龍香はニコリとして手を差し出した。
「よろしく愛歩さん」
「うん、よろしく龍香ちゃん」
キオンと違い危険な香りがしない……と言うか凄く落ち着いている雰囲気の龍香に、愛歩はホッと胸を撫で下ろしたのだった。
「それで、何の本を読んでいたの?」
龍香は高く積まれた本の山に興味を示していた。
「うーん、長くなるかも知れないけど聞きたい?」
「勿論」
龍香は即答する。玲亜は図書室に置かれている時計を気にしながら少し考える素振りを見せたが、頷いて話すよう促した。
「是非聞かせて」
龍香は高く積まれた本の山に興味を示していた。
「うーん、長くなるかも知れないけど聞きたい?」
「勿論」
龍香は即答する。玲亜は図書室に置かれている時計を気にしながら少し考える素振りを見せたが、頷いて話すよう促した。
「是非聞かせて」
愛歩がポツリポツリと話し始めた出来事に、二人は驚いたり頷いたりしながら聞いてくれた。
「って訳よ」
愛歩が話し終わると、二人は黙ったまま考え込んでいた。
紫水龍香は兄の事が頭によぎった。
虹留玲亜は姉の事が頭によぎった。
「私も何か協力できないかな?」
「うん、私も何か手伝えない?」
愛歩はポカンとし、次第にその顔に笑みを浮かべた。
「手伝ってくれるの?」
実は、この事を喋りだした時点で、この二人に協力を要請するつもりだった。が、愛歩が言い出す前に自分から申し出てくれた。
「手伝うよ。貴方にとっては血は繋がっていないし、なにも知らないけどお姉さんでしょ?」
その言葉に愛歩はハッとした。そうだ、あの子は私の血の繋がらない姉なのだと。
虹留玲亜は考える。愛歩の語った名前、どこかで聞いた事がある。だがどこだったか思い出せない。
「やっぱり図書室じゃ無理があると思う。今日は木曜日だから……土曜日。土曜日に図書館に行かない?」
紫水龍香はカノープスをギュっと握った。失う恐怖を思い出したのだ。何かを失って、それが戻らない辛さは死ぬまで消えないのだと既に知っているのだ。
「ありがとう…二人ともありがとう!」
愛歩は笑いながら目に涙を浮かべた。こんな私の悩み事でも協力してくれる人がいる。それが嬉しかった。そして、ようやく大石夫妻に恩返しが出来るんだ。
「……げ!時間が!」
各々の思考が混じり会う三人だったが、校内に響き渡る鐘の音が台無しにした。
「あ!ヤバい!かおりが待っててくれたの忘れてた!」
龍香が叫ぶと同時に、玲亜も青ざめる。
「私も初ちゃんと帰る約束してたんだ!怒ってたらどうしよう!」
「え、えっとごめんね?」
まだ一緒に帰るほど仲の良い友達がいない愛歩は、そんな二人に冷や汗をかきながら謝罪するのだった。
「って訳よ」
愛歩が話し終わると、二人は黙ったまま考え込んでいた。
紫水龍香は兄の事が頭によぎった。
虹留玲亜は姉の事が頭によぎった。
「私も何か協力できないかな?」
「うん、私も何か手伝えない?」
愛歩はポカンとし、次第にその顔に笑みを浮かべた。
「手伝ってくれるの?」
実は、この事を喋りだした時点で、この二人に協力を要請するつもりだった。が、愛歩が言い出す前に自分から申し出てくれた。
「手伝うよ。貴方にとっては血は繋がっていないし、なにも知らないけどお姉さんでしょ?」
その言葉に愛歩はハッとした。そうだ、あの子は私の血の繋がらない姉なのだと。
虹留玲亜は考える。愛歩の語った名前、どこかで聞いた事がある。だがどこだったか思い出せない。
「やっぱり図書室じゃ無理があると思う。今日は木曜日だから……土曜日。土曜日に図書館に行かない?」
紫水龍香はカノープスをギュっと握った。失う恐怖を思い出したのだ。何かを失って、それが戻らない辛さは死ぬまで消えないのだと既に知っているのだ。
「ありがとう…二人ともありがとう!」
愛歩は笑いながら目に涙を浮かべた。こんな私の悩み事でも協力してくれる人がいる。それが嬉しかった。そして、ようやく大石夫妻に恩返しが出来るんだ。
「……げ!時間が!」
各々の思考が混じり会う三人だったが、校内に響き渡る鐘の音が台無しにした。
「あ!ヤバい!かおりが待っててくれたの忘れてた!」
龍香が叫ぶと同時に、玲亜も青ざめる。
「私も初ちゃんと帰る約束してたんだ!怒ってたらどうしよう!」
「え、えっとごめんね?」
まだ一緒に帰るほど仲の良い友達がいない愛歩は、そんな二人に冷や汗をかきながら謝罪するのだった。
~~~~~
時は数日遡り
時は数日遡り
「ここが……」
招かれた一軒家を物珍しそうに眺める愛歩を、大石夫妻は優しい目で見守った。
本棚や玩具が置かれたリビングは、孤児院の物より輝いて見えて、暖かいオレンジの光で満たされている。
「綺麗…」
大石家は孤児院と比べ、圧倒的に狭く、だが物が多かった。
埃の被ってないテレビ、洋服だんす。
リビングの中心に置かれたテーブルと三脚の椅子を、愛歩は眺めた。
今までの数年間、孤児院の無造作に並べられた椅子を使っていたので、こんなに綺麗で隣との感覚の幅が大きい椅子は始めてだったのだ。
「お風呂とトイレはあっちでキッチンはあっちだよ。何か分からない事があったらいつでも聞いてね」
親切な大石さんに、愛歩はお辞儀した。
「ありがとう!…ございます」
「いいのよ、そうだ。夕食の前に貴方の部屋に案内するわ」
「私の部屋……?」
愛歩は聞きなれない言葉を思わず呟いたのだった。
「そうよ、今日から貴方の部屋。そこで寝起きするのよ」
「え?!」
「どうかしたのかい?」
「え、あいや、なんでもな…なんでもありません」
愛歩は衝撃を受けた。今までは孤児院で大勢の子達と寝ていた。病院の時だって一人で寝たのは重症だった時(主に心がだが)だけで、回復してからは数人部屋だった。だが今日からはずっと一人で寝ることになるのだ。
招かれた一軒家を物珍しそうに眺める愛歩を、大石夫妻は優しい目で見守った。
本棚や玩具が置かれたリビングは、孤児院の物より輝いて見えて、暖かいオレンジの光で満たされている。
「綺麗…」
大石家は孤児院と比べ、圧倒的に狭く、だが物が多かった。
埃の被ってないテレビ、洋服だんす。
リビングの中心に置かれたテーブルと三脚の椅子を、愛歩は眺めた。
今までの数年間、孤児院の無造作に並べられた椅子を使っていたので、こんなに綺麗で隣との感覚の幅が大きい椅子は始めてだったのだ。
「お風呂とトイレはあっちでキッチンはあっちだよ。何か分からない事があったらいつでも聞いてね」
親切な大石さんに、愛歩はお辞儀した。
「ありがとう!…ございます」
「いいのよ、そうだ。夕食の前に貴方の部屋に案内するわ」
「私の部屋……?」
愛歩は聞きなれない言葉を思わず呟いたのだった。
「そうよ、今日から貴方の部屋。そこで寝起きするのよ」
「え?!」
「どうかしたのかい?」
「え、あいや、なんでもな…なんでもありません」
愛歩は衝撃を受けた。今までは孤児院で大勢の子達と寝ていた。病院の時だって一人で寝たのは重症だった時(主に心がだが)だけで、回復してからは数人部屋だった。だが今日からはずっと一人で寝ることになるのだ。
愛歩の部屋は、階段を上った先、つまり2階にあった。
「わぁ…」
ピンク色の壁紙にベージュのフローリング。
同じ色のベッドやドレッサー。本棚にはファッション雑誌や歌の本や小説も。
「これ、私のために…?」
愛歩の言葉に、大石夫妻の視線が揺れた。暫しの沈黙が部屋に漂ったが、やがてポツリポツリと話し始めた。
「……これはね、私達の娘が使っていたものなんだ」
「娘?」
愛歩は聞き返す。大石夫妻に娘がいたなんて初耳だ。
「…娘は、そう歌が好きな子だった。ダンスも。飼い犬のブルーベルといつも一緒にいた」
そういってドレッサーの上に見れないように伏せられた写真立てを持ち上げた。
「あの子がどこにいるか分からない。どうしていなくなったのかも全く分からない。事故に遭ったのか…拐われたのか…それとも……。幾日も夜明けまで探した。警察にも駆け込んだ。でも見つからないんだ。どうしようもないんだよ」
そういって写真立てを渡してきた。
茶色の髪を二つに結んだ女の子が、真っ白な犬を抱き上げて笑っている。ピンク色の服を着て、幸せそうな顔で。
写真立てには名前が掘ってある。愛歩はそれを指でなぞった。
「この子が…」
「ねえ愛歩ちゃん、お願いがあるの」
大石婦人が娘の入った写真立てを見ないようにしながら愛歩に呼び掛けた。
「私達の家族になって。敬語なんかいらない。一人が嫌なら私達と一緒に寝ていい。決してどこにも行かないで」
涙を堪えながら言う婦人に、愛歩はひしひしと胸が痛んだ。この人達は善良だ。優しい人だ。
(許せない……)
だから愛歩は怒っていた。夫妻を悲しませた実の娘に。夫妻を不幸にした"何か"に。
娘の入った写真立てを握り締める。
「あのね…」
愛歩はその激しい感情を必死に隠しながら言った。
「私、どこにも行かないよ。二人と一緒にいる。だからね、この子の事を悔やまないで」
大石早生……絶対この子を見つけ出すから
「わぁ…」
ピンク色の壁紙にベージュのフローリング。
同じ色のベッドやドレッサー。本棚にはファッション雑誌や歌の本や小説も。
「これ、私のために…?」
愛歩の言葉に、大石夫妻の視線が揺れた。暫しの沈黙が部屋に漂ったが、やがてポツリポツリと話し始めた。
「……これはね、私達の娘が使っていたものなんだ」
「娘?」
愛歩は聞き返す。大石夫妻に娘がいたなんて初耳だ。
「…娘は、そう歌が好きな子だった。ダンスも。飼い犬のブルーベルといつも一緒にいた」
そういってドレッサーの上に見れないように伏せられた写真立てを持ち上げた。
「あの子がどこにいるか分からない。どうしていなくなったのかも全く分からない。事故に遭ったのか…拐われたのか…それとも……。幾日も夜明けまで探した。警察にも駆け込んだ。でも見つからないんだ。どうしようもないんだよ」
そういって写真立てを渡してきた。
茶色の髪を二つに結んだ女の子が、真っ白な犬を抱き上げて笑っている。ピンク色の服を着て、幸せそうな顔で。
写真立てには名前が掘ってある。愛歩はそれを指でなぞった。
「この子が…」
「ねえ愛歩ちゃん、お願いがあるの」
大石婦人が娘の入った写真立てを見ないようにしながら愛歩に呼び掛けた。
「私達の家族になって。敬語なんかいらない。一人が嫌なら私達と一緒に寝ていい。決してどこにも行かないで」
涙を堪えながら言う婦人に、愛歩はひしひしと胸が痛んだ。この人達は善良だ。優しい人だ。
(許せない……)
だから愛歩は怒っていた。夫妻を悲しませた実の娘に。夫妻を不幸にした"何か"に。
娘の入った写真立てを握り締める。
「あのね…」
愛歩はその激しい感情を必死に隠しながら言った。
「私、どこにも行かないよ。二人と一緒にいる。だからね、この子の事を悔やまないで」
大石早生……絶対この子を見つけ出すから