都の外れ、住民は誰も近寄らない廃屋だらけの地区。
区画整理によって打ち捨てられたこの場所には、
住む場所を失った者達や疫病などで隔離された者達が
身を寄せ合うようにして暮らしている。
華やかな都の、闇の部分と言うわけじゃな。
区画整理によって打ち捨てられたこの場所には、
住む場所を失った者達や疫病などで隔離された者達が
身を寄せ合うようにして暮らしている。
華やかな都の、闇の部分と言うわけじゃな。
───彼岸花の処刑時刻まで、あと三時間。
事態は一刻を争うと言うのに、
狐は「こちらの方が優先じゃ」と聞かぬので
しぶしぶ着いて来たが……一体何があると言うのじゃ?
事態は一刻を争うと言うのに、
狐は「こちらの方が優先じゃ」と聞かぬので
しぶしぶ着いて来たが……一体何があると言うのじゃ?
「まさかオヌシの方から協力を依頼して来るとはな。
今回の件はそれほどの事態、と言うわけか」
「うむ、気に入らんがの。
本当に心の底から気に入らんが、
お主の力を借りねばならん程に状況は逼迫しておる。
……さ、着いたぞ。ここにあの男を打倒する鍵となる
人間がおるはずじゃ」
ワシと狐は、廃屋地区のさらに奥。
ゴミ溜めのようになっている廃屋にやって来た。
こんなところに住んでいるとなれば、
まずまともな者ではあるまい。
今回の件はそれほどの事態、と言うわけか」
「うむ、気に入らんがの。
本当に心の底から気に入らんが、
お主の力を借りねばならん程に状況は逼迫しておる。
……さ、着いたぞ。ここにあの男を打倒する鍵となる
人間がおるはずじゃ」
ワシと狐は、廃屋地区のさらに奥。
ゴミ溜めのようになっている廃屋にやって来た。
こんなところに住んでいるとなれば、
まずまともな者ではあるまい。
「邪魔するぞ。
……また随分と汚くなったのぉ、葛(かずら)。
調子はどうじゃ?」
「良い訳がないだろう、女狐め。
こんな場所にしか居られない俺を笑いに来たのか?」
そこに居たのは、住まいに似つかわしく
薄汚れた身なりの男。葛と呼ばれたその男は、
突然の来訪者を意に介する様子もなく、
横になったままこちらを向いた。
「紹介しよう。
此奴はつい五年前までこの都の代官だった、葛じゃ。
……今となっては見る影もないがの」
「な、先代の代官じゃと……!?
それがなぜこんな所に……」
……また随分と汚くなったのぉ、葛(かずら)。
調子はどうじゃ?」
「良い訳がないだろう、女狐め。
こんな場所にしか居られない俺を笑いに来たのか?」
そこに居たのは、住まいに似つかわしく
薄汚れた身なりの男。葛と呼ばれたその男は、
突然の来訪者を意に介する様子もなく、
横になったままこちらを向いた。
「紹介しよう。
此奴はつい五年前までこの都の代官だった、葛じゃ。
……今となっては見る影もないがの」
「な、先代の代官じゃと……!?
それがなぜこんな所に……」
「余計なお世話だ、人には色々あるのさ。
気ままに生きてる妖どもには分からないだろうがな」
「ふん、今日はその『色々』の仔細を聞かせて貰うぞ。
なぜお主が代官を降りる羽目になったのか、
そしてお主の後に代官になった、
あの大仁田という男についてな」
気ままに生きてる妖どもには分からないだろうがな」
「ふん、今日はその『色々』の仔細を聞かせて貰うぞ。
なぜお主が代官を降りる羽目になったのか、
そしてお主の後に代官になった、
あの大仁田という男についてな」
「…………チッ、いつかは来ると思ってたが。
いいだろう、教えてやる。
あの男はな、五年前に突然この都にやって来た。
そして、あれよあれよと言う間に自らの地位を
確立して行った。ロクな実績もないのに民から信頼され、
素晴らしい人間だと持て囃され、
気付けば俺の居場所はなくなっていた。
明らかにまともな手段じゃねぇ。
だが、賄賂や不正を行った様子もない。
……まるで狐にでも化かされた気分さ。
そして俺はと言えば、汚職をした訳でもねぇのに
史上最低の代官の烙印を押され、
都から追放されたってわけだ。
……ま、未練たらしくこうして
廃屋地区で暮らしてるわけだが」
いいだろう、教えてやる。
あの男はな、五年前に突然この都にやって来た。
そして、あれよあれよと言う間に自らの地位を
確立して行った。ロクな実績もないのに民から信頼され、
素晴らしい人間だと持て囃され、
気付けば俺の居場所はなくなっていた。
明らかにまともな手段じゃねぇ。
だが、賄賂や不正を行った様子もない。
……まるで狐にでも化かされた気分さ。
そして俺はと言えば、汚職をした訳でもねぇのに
史上最低の代官の烙印を押され、
都から追放されたってわけだ。
……ま、未練たらしくこうして
廃屋地区で暮らしてるわけだが」
まるで、狐にでも化かされたよう……か。
都に来てからずっと感じていた、違和感。
子供が行方不明になっても騒ぎ立てない住民たち。
神か何かのように大仁田を崇拝する
その様子は、確かに奇妙ではあった。
あの、実体のない不可思議な攻撃に加えて
人心を操る能力でも持っておるのか?
もしそうだとしたら、狐の言う通り厄介極まりない
存在じゃの。衆目の前で奴の正体を明かしたところで、
操られている住民達は何とも思わぬじゃろう。
都に来てからずっと感じていた、違和感。
子供が行方不明になっても騒ぎ立てない住民たち。
神か何かのように大仁田を崇拝する
その様子は、確かに奇妙ではあった。
あの、実体のない不可思議な攻撃に加えて
人心を操る能力でも持っておるのか?
もしそうだとしたら、狐の言う通り厄介極まりない
存在じゃの。衆目の前で奴の正体を明かしたところで、
操られている住民達は何とも思わぬじゃろう。
「ふむ。奴が代官になった経緯は分かった。
さて、そこで本題じゃ。
あやつは明らかに人を超えた力を持っておる。
じゃが奴本人から妖の気配は感じられない。
これはどういうカラクリなのじゃ?
そして、奴を攻略するにはどうしたら良いと思う?」
「……そんな事を只の人間の俺に聞かれてもな。
そういうのはアンタらの領域だろう」
「そうじゃぞ狐。
いくらこやつがこの都の代官だったとは言え、
そんな事を知っているはずが……」
「いいや、知っておるはずじゃ。
なにせお主は人を使って何度も大仁田を暗殺しようと
しておるのじゃからな。じゃと言うのに、
今でもこうして無事に生きておる。
奴への対抗策を知っておるのじゃろう?」
あ、暗殺ぅ!?こやつ……いくら代官の座を
引き摺り下ろされたからと言って、
あの男を暗殺しようとしたのか!?
なんとも無茶苦茶な真似をする男じゃの……。
さて、そこで本題じゃ。
あやつは明らかに人を超えた力を持っておる。
じゃが奴本人から妖の気配は感じられない。
これはどういうカラクリなのじゃ?
そして、奴を攻略するにはどうしたら良いと思う?」
「……そんな事を只の人間の俺に聞かれてもな。
そういうのはアンタらの領域だろう」
「そうじゃぞ狐。
いくらこやつがこの都の代官だったとは言え、
そんな事を知っているはずが……」
「いいや、知っておるはずじゃ。
なにせお主は人を使って何度も大仁田を暗殺しようと
しておるのじゃからな。じゃと言うのに、
今でもこうして無事に生きておる。
奴への対抗策を知っておるのじゃろう?」
あ、暗殺ぅ!?こやつ……いくら代官の座を
引き摺り下ろされたからと言って、
あの男を暗殺しようとしたのか!?
なんとも無茶苦茶な真似をする男じゃの……。
「……そこまで知ってんのか。それなら話は別だ。
良いだろう、教えてやる。
アンタらがあいつを倒してくれるってんなら
大歓迎だからな。よく聞け、
まず、あいつの正体は───」
良いだろう、教えてやる。
アンタらがあいつを倒してくれるってんなら
大歓迎だからな。よく聞け、
まず、あいつの正体は───」
……………………
………………………………
…………………………………………
「さて皆々様、本日はようこそお集まり下さいました。
これより我々青天京が誇る兵たちがひっ捕らえた
邪悪な鬼『彼岸童子』の、公開処刑を行います!!」
都の中心部。
普段から多くの人が行き交う大通りの真ん中に、
特別に作らせたと思しき大きな舞台が鎮座している。
そしてその上には、鎖で雁字搦めにされた彼岸花と、
大きく手を振って民衆を煽る大仁田の姿があった。
これより我々青天京が誇る兵たちがひっ捕らえた
邪悪な鬼『彼岸童子』の、公開処刑を行います!!」
都の中心部。
普段から多くの人が行き交う大通りの真ん中に、
特別に作らせたと思しき大きな舞台が鎮座している。
そしてその上には、鎖で雁字搦めにされた彼岸花と、
大きく手を振って民衆を煽る大仁田の姿があった。
妖の公開処刑。こんな残酷な見世物、本来ならば
嫌悪感を催す者もいるじゃろうが……
住民達はまるで祭りを楽しむように盛り上がっている。
異様な光景じゃが、気付かれないように奴の近くまで
進むのには好都合じゃな。
「……それで、どうするのじゃ、狐。
葛が言うておった大仁田の対抗策は、
確かに有効じゃとは思うが確実性に欠ける。
一か八かと言う状況では使えんぞ」
「そんな事は承知の上じゃ。
なぁに、妾は負ける戦いは仕掛けぬよ。
いくつか秘策もあるしの」
にぃ、と意地の悪い笑みを浮かべるのじゃ狐。
全く誰に似たんだかのぉ……。
嫌悪感を催す者もいるじゃろうが……
住民達はまるで祭りを楽しむように盛り上がっている。
異様な光景じゃが、気付かれないように奴の近くまで
進むのには好都合じゃな。
「……それで、どうするのじゃ、狐。
葛が言うておった大仁田の対抗策は、
確かに有効じゃとは思うが確実性に欠ける。
一か八かと言う状況では使えんぞ」
「そんな事は承知の上じゃ。
なぁに、妾は負ける戦いは仕掛けぬよ。
いくつか秘策もあるしの」
にぃ、と意地の悪い笑みを浮かべるのじゃ狐。
全く誰に似たんだかのぉ……。
「では早速処刑に参りましょう。
多くの子供達を拐って喰らってきた邪悪な鬼に
相応しい末路は、やはり火刑に限ります!!
火をこちらへ!!」
従者が燃え盛る松明を大仁田に手渡す。
「おいまずいぞ狐、そろそろ動かねば…!」
「まだじゃ。もう少し様子を見ておけ」
「馬鹿な事を言うな!
もう今にも火を付けようとしておるのじゃぞ、
彼岸花が焼き殺されてしまうではないか!!」
慌てて飛び出そうとするも狐に身体を掴まれて動けない。
そうこうしているうちに、
大仁田は松明を彼岸花に近付け───。
多くの子供達を拐って喰らってきた邪悪な鬼に
相応しい末路は、やはり火刑に限ります!!
火をこちらへ!!」
従者が燃え盛る松明を大仁田に手渡す。
「おいまずいぞ狐、そろそろ動かねば…!」
「まだじゃ。もう少し様子を見ておけ」
「馬鹿な事を言うな!
もう今にも火を付けようとしておるのじゃぞ、
彼岸花が焼き殺されてしまうではないか!!」
慌てて飛び出そうとするも狐に身体を掴まれて動けない。
そうこうしているうちに、
大仁田は松明を彼岸花に近付け───。
ゴォッ!!!
「あ…………あぁ…………!!」
油でもかけられていたのか、火がついた途端に
一気に彼岸花の身体が燃え上がる。
彼岸花は必死にもがき苦しむが、
鎖で縛られて逃げる事もできない。
観客からは歓声が上がり、大仁田は
高笑いを上げながら手を広げて彼らを煽り立てる。
油でもかけられていたのか、火がついた途端に
一気に彼岸花の身体が燃え上がる。
彼岸花は必死にもがき苦しむが、
鎖で縛られて逃げる事もできない。
観客からは歓声が上がり、大仁田は
高笑いを上げながら手を広げて彼らを煽り立てる。
そしてしばらく燃え続けた彼岸花の身体は、
真っ黒に焼け爛れて舞台の上にどさりと崩れ落ちた。
真っ黒に焼け爛れて舞台の上にどさりと崩れ落ちた。
「……狐……!!貴様ぁ…………!!
何故あやつを見殺しにした!!!
ワシらならば助ける事ができた!!
何もせずに見守る必要などどこにも……!!!」
「落ち着かんか阿呆め。戦いはここからじゃぞ」
「戦いじゃと!?彼岸花は既に
焼き殺されてしもうたと言うのに、今更……!!」
何故あやつを見殺しにした!!!
ワシらならば助ける事ができた!!
何もせずに見守る必要などどこにも……!!!」
「落ち着かんか阿呆め。戦いはここからじゃぞ」
「戦いじゃと!?彼岸花は既に
焼き殺されてしもうたと言うのに、今更……!!」
バサッ。
黒焦げになった彼岸花の身体の表面で、
何かが動いたような気がした。
あれは……翼?
黒焦げになった彼岸花の身体の表面で、
何かが動いたような気がした。
あれは……翼?
「さぁ本番じゃ。隙を見逃すでないぞ、猫」
「狐、オヌシ一体何を……」
ワシが言い終えるが早いか、
彼岸花だと思っていた物がいくつもの黒い物体に分裂し、
バサバサと空へと羽ばたいて行く。
あれは……蝙蝠?
まさか、これまでにも何度か見た、
神楽坂の擬態能力か!!
「狐、オヌシ一体何を……」
ワシが言い終えるが早いか、
彼岸花だと思っていた物がいくつもの黒い物体に分裂し、
バサバサと空へと羽ばたいて行く。
あれは……蝙蝠?
まさか、これまでにも何度か見た、
神楽坂の擬態能力か!!
「な……何ですか、これは!!
何が起きている!?」
「残念じゃったのぉ、色男。
お主が今まで彼岸花じゃと思うておったモノも、
昨晩勝ち誇って喰ろうた猫も、ぜぇんぶ偽物じゃ。
くっふっふ……無様じゃな」
颯爽と舞台に躍り出て大仁田を煽る狐。
こやつ、あの彼岸花が神楽坂の擬態じゃと
気付いておったな。
と言うより、最初から全部仕組んでおったのか。
悪戯好きな奴め……。
何が起きている!?」
「残念じゃったのぉ、色男。
お主が今まで彼岸花じゃと思うておったモノも、
昨晩勝ち誇って喰ろうた猫も、ぜぇんぶ偽物じゃ。
くっふっふ……無様じゃな」
颯爽と舞台に躍り出て大仁田を煽る狐。
こやつ、あの彼岸花が神楽坂の擬態じゃと
気付いておったな。
と言うより、最初から全部仕組んでおったのか。
悪戯好きな奴め……。
「おのれ……貴様、私を愚弄するか……
ただの妖の分際で!!」
今までの冷静な態度はどこへやら、
大仁田は怒りを露わにし狐に襲いかかる。
「狐!!注意しろ、あやつは巨大な腕を
自在に操る力を持っておる!!」
「分かっておる。昨晩の戦いはしっかり
観察させてもらったからのぉ。
あんな小細工、妾には通じんよ」
ただの妖の分際で!!」
今までの冷静な態度はどこへやら、
大仁田は怒りを露わにし狐に襲いかかる。
「狐!!注意しろ、あやつは巨大な腕を
自在に操る力を持っておる!!」
「分かっておる。昨晩の戦いはしっかり
観察させてもらったからのぉ。
あんな小細工、妾には通じんよ」
「ほざけッ!!」
公衆の面前でもお構いなしに、
大仁田はあの巨大な腕を出現させた。
昨晩は闇の中じゃったからよう見えなんだが……
浮かんでいるのは巨大な手首だけで、
前腕や二の腕は存在しなかった。
瞬時に出現させた事から、奴の意思で
自在に出したり消したりできるらしい。
「くっふっふ……ソレを出したな。
易々と挑発に乗って、案外短絡的なんじゃのぉ」
「何…………!?」
公衆の面前でもお構いなしに、
大仁田はあの巨大な腕を出現させた。
昨晩は闇の中じゃったからよう見えなんだが……
浮かんでいるのは巨大な手首だけで、
前腕や二の腕は存在しなかった。
瞬時に出現させた事から、奴の意思で
自在に出したり消したりできるらしい。
「くっふっふ……ソレを出したな。
易々と挑発に乗って、案外短絡的なんじゃのぉ」
「何…………!?」
ザワザワ。ザワザワザワ。
気が付けば、周囲の人々は大仁田の姿を見て
不安そうな顔を浮かべている。
「なんだ、あれ……?」
「大仁田様って、妖なの……?」
派手な騒ぎにはなっていないものの、
人々の間に疑心暗鬼が広がって行く。
これまでの様子からして、
彼らは大仁田を崇拝するように洗脳されていると
思うておったが……。
なぜ急にそれが解けたのじゃ?
気が付けば、周囲の人々は大仁田の姿を見て
不安そうな顔を浮かべている。
「なんだ、あれ……?」
「大仁田様って、妖なの……?」
派手な騒ぎにはなっていないものの、
人々の間に疑心暗鬼が広がって行く。
これまでの様子からして、
彼らは大仁田を崇拝するように洗脳されていると
思うておったが……。
なぜ急にそれが解けたのじゃ?
「み、皆さん!落ち着いて下さい!!
この腕は、その……私の物ではなく、奴らの罠です!!
そう、奴らが仕組んだんですよ!」
「でも大仁田様!その大きな手はどう見ても
あなたの側に浮いているじゃないですか!」
「それに、赤くて、ゴツゴツしていて……
まるで鬼の手のよう!あぁ、恐ろしい……」
「お、恐ろしい?私が?ち、違う、これは……
止めろ、そんな目で、私を見るなッ!!」
この腕は、その……私の物ではなく、奴らの罠です!!
そう、奴らが仕組んだんですよ!」
「でも大仁田様!その大きな手はどう見ても
あなたの側に浮いているじゃないですか!」
「それに、赤くて、ゴツゴツしていて……
まるで鬼の手のよう!あぁ、恐ろしい……」
「お、恐ろしい?私が?ち、違う、これは……
止めろ、そんな目で、私を見るなッ!!」
不安は波紋のように、瞬く間に人々に広がって行く。
もう尊敬や憧れの目であやつを見る者はいない。
……見事にやりおったな、狐め。
もう尊敬や憧れの目であやつを見る者はいない。
……見事にやりおったな、狐め。