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更新日:2023/01/10 Tue 18:59:01
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セブンスカラー
セブンスカラー
とある研究室で複数の人間が青白い光を放つモニターの前に座り、キーボードを打ち込む。
その研究室の内装はまるで一切の汚れを許さぬと言っているような、病的なまでに白で統一されていた。
そして研究員達もどこか狂気に染まったような、ギラギラとした光を目に宿し、一心不乱にモニターを見つめる。
そのモニターには一人の少女がランニングしている姿があった。
少女が刻む記録に研究員の誰もが釘付けになる。そして、ピーっと電子音が鳴り響くと少女は徐々に減速していき、そしてその場に立ち止まる。
「結果は。」
「素晴らしいですよ主任!」
黒髪をオールバックにし、何処か陰鬱な濁った目をしている男性が尋ねると、研究員は興奮したように言う。
「100メートルを十秒○ニで走りながら一万メートルで二十八分で切る!しかも0.7気圧、標高三千メートルの薄い空気の中で行うなんて!オリンピックの金メダリストだって到底出せるものではないですよ!」
「そうか。想定以上だな。」
興奮して沸き立つ研究員とは対照的に平坦な声音の男性がそう返して、受け取ったデータに目を落としていると。
「で、砂郷(さごう)君。自慢の玩具の調子はどうだね?」
男性──砂郷が振り返ると、そこにはプカプカと葉巻を吸うでっぷりと太った中年の男性がいた。その男性の後ろにはどこか退廃とした雰囲気の軽くウェーブをかけた長い茶髪で眼鏡をかけた秘書の女性が控えている。
砂郷はその男性を見ると眉を顰めながら、近づく。
「貝塚(かいづか)さん。ここは禁煙です。葉巻は控えて頂きたい。」
砂郷はそう言うと、貝塚の手から葉巻を掠め取り、床に落として踏み付ける。
その行動に貝塚は少しムッとするが、肩を竦めると砂郷に言う。
「君は相変わらず神経質だねぇ。」
「俺と貴方の付き合いです。いい加減覚えて頂きたい。」
砂郷はそう言いながら、データを貝塚に手渡す。しかし軽く目を通すと、彼はこめかみの部分を押さえて少し難しそうな顔をすると、後ろに控えていた女性にそれを渡す。
「…塩田君。どうだね?」
「はい。データを見させて頂きましたが、我が社の新型兵器のテストプレイを行うには問題ないかと。」
秘書の言葉に研究員は色めき立ち、砂郷もありがとうございますと礼を言う。
しかし、そんな砂郷達に水を差すように貝塚は彼に言う。
「しかしねぇ。あんな少女に我が社の新商品のテストが出来るのかね?カタログスペックは立派だが、実際に使う環境では全く動かない、では困るのだが。」
貝塚の嫌味に砂郷は眉一つ動かさず、答える。
「彼女には実戦に向けて数々のトレーニング、生理管理システムによる状況に応じた薬物投与。実戦でも問題ないことはこれから立証して差し上げますよ。」
砂郷がそう言うと、扉が開き、先程モニタリングされていた少女が中へと入ってくる。
「トレーナー。只今テストを終えました。」
「よい成績だった。今お客様が来ているから、お前も挨拶をしなさい。」
その少女は雪のように白い肌、薄い色の金髪を黒いリボンで二つに結んでいるが、何よりも印象深いのは整った顔立ちにあるにも関わらず、まるで人形のような無機質な表情だ。
少女はニコリともせず、砂郷に言われるまま来客二人を視認するとペコリと頭を下げる。
そんな彼女に砂郷は近寄ると、ポンっとその少女の肩に両手を置く。
「私の白雪姫《スノウ・ホワイト》が彼女の“作品”をも超えた最高傑作であることをね。」
砂郷の言葉に少女──白雪姫はコクリと頷いた。
その研究室の内装はまるで一切の汚れを許さぬと言っているような、病的なまでに白で統一されていた。
そして研究員達もどこか狂気に染まったような、ギラギラとした光を目に宿し、一心不乱にモニターを見つめる。
そのモニターには一人の少女がランニングしている姿があった。
少女が刻む記録に研究員の誰もが釘付けになる。そして、ピーっと電子音が鳴り響くと少女は徐々に減速していき、そしてその場に立ち止まる。
「結果は。」
「素晴らしいですよ主任!」
黒髪をオールバックにし、何処か陰鬱な濁った目をしている男性が尋ねると、研究員は興奮したように言う。
「100メートルを十秒○ニで走りながら一万メートルで二十八分で切る!しかも0.7気圧、標高三千メートルの薄い空気の中で行うなんて!オリンピックの金メダリストだって到底出せるものではないですよ!」
「そうか。想定以上だな。」
興奮して沸き立つ研究員とは対照的に平坦な声音の男性がそう返して、受け取ったデータに目を落としていると。
「で、砂郷(さごう)君。自慢の玩具の調子はどうだね?」
男性──砂郷が振り返ると、そこにはプカプカと葉巻を吸うでっぷりと太った中年の男性がいた。その男性の後ろにはどこか退廃とした雰囲気の軽くウェーブをかけた長い茶髪で眼鏡をかけた秘書の女性が控えている。
砂郷はその男性を見ると眉を顰めながら、近づく。
「貝塚(かいづか)さん。ここは禁煙です。葉巻は控えて頂きたい。」
砂郷はそう言うと、貝塚の手から葉巻を掠め取り、床に落として踏み付ける。
その行動に貝塚は少しムッとするが、肩を竦めると砂郷に言う。
「君は相変わらず神経質だねぇ。」
「俺と貴方の付き合いです。いい加減覚えて頂きたい。」
砂郷はそう言いながら、データを貝塚に手渡す。しかし軽く目を通すと、彼はこめかみの部分を押さえて少し難しそうな顔をすると、後ろに控えていた女性にそれを渡す。
「…塩田君。どうだね?」
「はい。データを見させて頂きましたが、我が社の新型兵器のテストプレイを行うには問題ないかと。」
秘書の言葉に研究員は色めき立ち、砂郷もありがとうございますと礼を言う。
しかし、そんな砂郷達に水を差すように貝塚は彼に言う。
「しかしねぇ。あんな少女に我が社の新商品のテストが出来るのかね?カタログスペックは立派だが、実際に使う環境では全く動かない、では困るのだが。」
貝塚の嫌味に砂郷は眉一つ動かさず、答える。
「彼女には実戦に向けて数々のトレーニング、生理管理システムによる状況に応じた薬物投与。実戦でも問題ないことはこれから立証して差し上げますよ。」
砂郷がそう言うと、扉が開き、先程モニタリングされていた少女が中へと入ってくる。
「トレーナー。只今テストを終えました。」
「よい成績だった。今お客様が来ているから、お前も挨拶をしなさい。」
その少女は雪のように白い肌、薄い色の金髪を黒いリボンで二つに結んでいるが、何よりも印象深いのは整った顔立ちにあるにも関わらず、まるで人形のような無機質な表情だ。
少女はニコリともせず、砂郷に言われるまま来客二人を視認するとペコリと頭を下げる。
そんな彼女に砂郷は近寄ると、ポンっとその少女の肩に両手を置く。
「私の白雪姫《スノウ・ホワイト》が彼女の“作品”をも超えた最高傑作であることをね。」
砂郷の言葉に少女──白雪姫はコクリと頷いた。
僅かに空いているカーテンの隙間から光が差し込み、ピピピと目覚まし時計電子音が鳴り響く中、布団を頭から被り、モゾモゾと蠢きながら少女は布団から手を伸ばす。
「うるさい……。」
彼女はそう言うと音を撒き散らす時計をパチンと叩いて音を止める。
音を撒き散らす存在を止めた少女はふぅと一息つくと、また再び眠りにつこうとしたその時。
「はいまた寝ようとしない。起きるの。」
腰まで届く程の長い金髪をした穏やかな雰囲気を纏った糸目の女性がパッと布団を引き剥がす。
するとコロコロッと少女は布団から転げ落ちる。乱暴に起こされて少し不満げに唸りながら身体を起こす。
「もー、お姉ちゃん。もう少し優しく起こしてよ。」
「だって藍。アナタちょっとやそっと揺らしても起きないじゃない。」
まだあどけなさが残る幼い顔つきにセミロングの金髪の少女…藍に対して、姉である亜美がそう返す。
「ほら、早くしないと遅刻しちゃうわよ。」
「むー……」
「むーじゃないの。」
眠気まなこを擦る藍を立たせると亜美はリビングへと彼女を連れて降りる。
そこにはトーストと簡単なサラダが用意してあった。藍はウトウトしながらトーストを齧る。
「いただきまふ…。」
「もう。藍も女の子なんだから。もうちょっとシャンとしなさいな。」
亜美はそう言いながら櫛を使って雪花の寝癖を直していく。
藍の寝癖を亜美が直すと同時に雪花は朝食を全て食べ終わっていた。
「ご馳走様ー。」
藍はそう言って食器を台所へ持っていく。そんな彼女を見ながら、亜美はしばし迷ったような表情をした後。
「……ねぇ、藍。アナタにお話があるの。」
「んー、なにー?なんの話?」
藍がそう言うと、亜美はちょっと困ったような顔をした後はにかんで。
「…仕事から帰ったら、話すわね。学校には遅れず行くのよ。」
そう言って出て行く姉を不思議そうに見送りながら藍は呟いた。
「……?変なの。」
「うるさい……。」
彼女はそう言うと音を撒き散らす時計をパチンと叩いて音を止める。
音を撒き散らす存在を止めた少女はふぅと一息つくと、また再び眠りにつこうとしたその時。
「はいまた寝ようとしない。起きるの。」
腰まで届く程の長い金髪をした穏やかな雰囲気を纏った糸目の女性がパッと布団を引き剥がす。
するとコロコロッと少女は布団から転げ落ちる。乱暴に起こされて少し不満げに唸りながら身体を起こす。
「もー、お姉ちゃん。もう少し優しく起こしてよ。」
「だって藍。アナタちょっとやそっと揺らしても起きないじゃない。」
まだあどけなさが残る幼い顔つきにセミロングの金髪の少女…藍に対して、姉である亜美がそう返す。
「ほら、早くしないと遅刻しちゃうわよ。」
「むー……」
「むーじゃないの。」
眠気まなこを擦る藍を立たせると亜美はリビングへと彼女を連れて降りる。
そこにはトーストと簡単なサラダが用意してあった。藍はウトウトしながらトーストを齧る。
「いただきまふ…。」
「もう。藍も女の子なんだから。もうちょっとシャンとしなさいな。」
亜美はそう言いながら櫛を使って雪花の寝癖を直していく。
藍の寝癖を亜美が直すと同時に雪花は朝食を全て食べ終わっていた。
「ご馳走様ー。」
藍はそう言って食器を台所へ持っていく。そんな彼女を見ながら、亜美はしばし迷ったような表情をした後。
「……ねぇ、藍。アナタにお話があるの。」
「んー、なにー?なんの話?」
藍がそう言うと、亜美はちょっと困ったような顔をした後はにかんで。
「…仕事から帰ったら、話すわね。学校には遅れず行くのよ。」
そう言って出て行く姉を不思議そうに見送りながら藍は呟いた。
「……?変なの。」
青空が広がる晴天の下で、体操服姿の生徒達がわー、きゃーとはしゃぎながらボールを投げ合う、所謂ドッジボールをしていた。
そして二つに分かれるように白線が引かれたコートの片方に3人の少年が、そしてもう片方に一人の少女がいた。
「投げろ投げろ!」
「やれやれー!」
周りにいる子供達は頑張ってボールを回して投げつけるが、その少女、雪花はそれを軽々と避ける。
「頑張ってー!雪花ちゃーん!」
「頼むー!避けてくれ雪花ー!」
当てられてしまい、外野でヤジを飛ばす生徒達の中で薄紫色の髪をポニーテールに纏めた少女、龍香と黒茶の髪の快活そうな少年、藤正も手に汗握りながら応援していた。
「ぜぇ、ぜぇ…な、中々やるわね雪花ちゃん…!」
一方内野にいる相手サイド、桃色の髪をアクセサリーで二つに纏めた少女、桃井を含めたクラスメイト三人が肩で息をする中、雪花は涼しげな顔でステップを踏む。
(ま、シードゥス達の猛攻に比べたら…これ位全然余裕よね。)
雪花には新世界になる前の記憶、経験がある。前の世界で襲いかかって来たシードゥス達とやり合った身からすれば子供同士のドッジボールなど、文字通り児戯に等しい。
「どーしたの?アタシに全然当たってないわよ。」
余裕綽々に言う雪花にかおりは歯噛みをすると、ボールを振りかぶる。
「言ってくれるじゃない!」
かおりがボールを雪花に投げつけるが、疲れてヘロヘロの状態で投げたボールはあっさり雪花にキャッチされる。
「私の番ね。」
「あ。」
次の瞬間雪花が投げた豪速球がクラスメイトの一人を捉え、バウンドしたボールがさらにもう一人を捉える。
「すげぇっ!」
「二人アウトだ!」
歓声が湧く中、ヤバいと思ったかおりが慌ててボールを拾おうとするが、彼女が手を伸ばすより先に外野へと出たボールは龍香に拾われる。
「あっ。ち、ちょっと待って龍香。私達友達だよね?」
かおりが懇願するように龍香を見るが、龍香は少し困ったように微笑むと。
「ごめんねかおり。これ、ゲームだから。」
零距離で投げられたボールがボスンとかおりにヒットした。
そして二つに分かれるように白線が引かれたコートの片方に3人の少年が、そしてもう片方に一人の少女がいた。
「投げろ投げろ!」
「やれやれー!」
周りにいる子供達は頑張ってボールを回して投げつけるが、その少女、雪花はそれを軽々と避ける。
「頑張ってー!雪花ちゃーん!」
「頼むー!避けてくれ雪花ー!」
当てられてしまい、外野でヤジを飛ばす生徒達の中で薄紫色の髪をポニーテールに纏めた少女、龍香と黒茶の髪の快活そうな少年、藤正も手に汗握りながら応援していた。
「ぜぇ、ぜぇ…な、中々やるわね雪花ちゃん…!」
一方内野にいる相手サイド、桃色の髪をアクセサリーで二つに纏めた少女、桃井を含めたクラスメイト三人が肩で息をする中、雪花は涼しげな顔でステップを踏む。
(ま、シードゥス達の猛攻に比べたら…これ位全然余裕よね。)
雪花には新世界になる前の記憶、経験がある。前の世界で襲いかかって来たシードゥス達とやり合った身からすれば子供同士のドッジボールなど、文字通り児戯に等しい。
「どーしたの?アタシに全然当たってないわよ。」
余裕綽々に言う雪花にかおりは歯噛みをすると、ボールを振りかぶる。
「言ってくれるじゃない!」
かおりがボールを雪花に投げつけるが、疲れてヘロヘロの状態で投げたボールはあっさり雪花にキャッチされる。
「私の番ね。」
「あ。」
次の瞬間雪花が投げた豪速球がクラスメイトの一人を捉え、バウンドしたボールがさらにもう一人を捉える。
「すげぇっ!」
「二人アウトだ!」
歓声が湧く中、ヤバいと思ったかおりが慌ててボールを拾おうとするが、彼女が手を伸ばすより先に外野へと出たボールは龍香に拾われる。
「あっ。ち、ちょっと待って龍香。私達友達だよね?」
かおりが懇願するように龍香を見るが、龍香は少し困ったように微笑むと。
「ごめんねかおり。これ、ゲームだから。」
零距離で投げられたボールがボスンとかおりにヒットした。
「いやー、すげぇな雪花。あっこから逆転しちまうなんてよ。」
「ま、この程度お茶の子さいさいよ。」
「女子なのにすげぇよなぁ。体育の成績クラスでトップクラスじゃん。」
「憧れちゃうわ。」
クラスメイト達が雪花の周りに集まり、キャイキャイと騒ぎ立てる。
雪花は前の世界の経験もあってか運動神経抜群の転校生として軽く学校中の有名人になっていた。
「すっかり有名人だね。雪花ちゃん。」
クラスメイトの集まりから抜け出した雪花に龍香が声をかけると、彼女はフッと胸を張る。
「まぁね。これでも昔だいぶ鍛えていたんだから。」
「この前ソフトボールクラブの山本先生がぼやいていたよ。もっと早く転校してくれればエースになれたのに、って。」
なんでも小学生離れした記録を叩き出す雪花は、聞けば数々のクラブから声がかかっているらしい。
しかし雪花が転校してきたのはつい最近。もう少しすれば卒業というタイミングだったので先生達は皆、雪花の才能を開花させる時間がないことを惜しがっているようだ。
龍香の話に雪花は得意げに笑みを浮かべながら言う。
「私、昔っから運動は得意だったのよ?“デイブレイク”だって一発で動かせたし。」
「でも、思い返すと凄いよね。私、カノープスのサポートありきで戦ってたのに。シードゥスとガンガン戦ってたし。」
「我ながら勝負勘だけは強かったわ。」
雪花がそう言いながらケラケラと笑っていると。
「あれ。雪花ちゃん、怪我してるよ。」
「ん?」
龍香が指す場所を見ると、確かに雪花の腕に擦り傷がついていた。
「さっきの時にどこかで擦ったかしら?」
雪花が腕を見ていると、龍香が少し心配そうに尋ねる。
「大丈夫?絆創膏張る?」
そう言って絆創膏を取り出す龍香に雪花は。
「良いわよこの程度。水で傷口だけ洗っとけば治るわ。それに、私土手っ腹ぶち抜かれても生きていた女よ?これくらいヘーキヘーキ。」
ワハハと雪花が笑いながら言うと、龍香は少し暗い顔をして。
「……ジョークでもそう言うのは聞きたくないかな。」
「わ、悪かったわよ…。」
龍香の物悲しそうな言葉に雪花は気圧されて口をつぐむ。少し気まずい雰囲気になった空気になり、どう切り出すか雪花が悩んでいると。
「おーす。龍香と藍ちゃーん。二人で何してんのー?」
横から呑気な声と共にかおりが現れる。
「あ、かおり。」
「ちょっと、お喋りしてただけよ。」
「おー?何々?何話してたの?」
かおりがケラケラ笑いながら二人の間に入ってくる。
「雪花ちゃんが怪我してたから、絆創膏貼るかどうか話してたの。」
「私は擦り傷ぐらい良いって言ってんだけどね。」
雪花がそう言うとかおりははぁ、と相槌を打つ。
「傷口からバイ菌でも入ったら大変だから、一応やっとけば?龍香も心配して言ってるんだし。」
雪花はいいよ、悪いと遠慮しようとすると、ギョロッと龍香が睨みつけてくる。それに根負けした雪花は渋々と絆創膏を受け取る。
「…うん、まぁ。貰っとくわよ。」
雪花がそれを受け取ると、龍香はニコッと笑顔を見せる。
そんな二人のやり取りを見ていたかおりが二人に不思議そうな顔をしながら尋ねてくる。
「二人とも仲良いわね。何かいつも一緒にいるような気がするし。」
かおりの質問に二人は一瞬どう答えようか悩む。まさか前の世界で一緒に戦った仲だから、とは言えないよなぁと考えていると龍香があたふたと目を逸らしながら言う。
「え、えーとその、あ、アレだよう、牛が合う!」
「それを言うならウマが合うでしょうが。」
龍香にツッコミを入れる雪花。そのやりちとりを見てかおりは笑いながら二人に言う。
「はいはい。もうお腹いっぱいよ。」
「お腹いっぱいって何よ。」
「まぁまぁ。で、ところでさ。今日放課後空いてる?空いてたら遊ぼうよ。」
かおりが放課後遊びに行こうと提案してくる。龍香はうんと了承するが、雪花はあー、と唸り。
「あー、ごめん。今日はパス。お姉ちゃんに呼ばれてるから。」
「あら、残念。じゃあまた今度だね。んじゃ、龍香。放課後正門前ね。」
「うん、分かった。」
かおりはそう言ってその場を離れる。龍香はかおりを見送りながらふと雪花に尋ねる。
「あれ、そう言えば雪花ちゃんのお姉ちゃんって学生?」
「ん。いや、私とお姉ちゃん結構歳離れてるから。働いてるわよ。えーっと研究員なんだけど。今確か…研究しているのは……。」
「ま、この程度お茶の子さいさいよ。」
「女子なのにすげぇよなぁ。体育の成績クラスでトップクラスじゃん。」
「憧れちゃうわ。」
クラスメイト達が雪花の周りに集まり、キャイキャイと騒ぎ立てる。
雪花は前の世界の経験もあってか運動神経抜群の転校生として軽く学校中の有名人になっていた。
「すっかり有名人だね。雪花ちゃん。」
クラスメイトの集まりから抜け出した雪花に龍香が声をかけると、彼女はフッと胸を張る。
「まぁね。これでも昔だいぶ鍛えていたんだから。」
「この前ソフトボールクラブの山本先生がぼやいていたよ。もっと早く転校してくれればエースになれたのに、って。」
なんでも小学生離れした記録を叩き出す雪花は、聞けば数々のクラブから声がかかっているらしい。
しかし雪花が転校してきたのはつい最近。もう少しすれば卒業というタイミングだったので先生達は皆、雪花の才能を開花させる時間がないことを惜しがっているようだ。
龍香の話に雪花は得意げに笑みを浮かべながら言う。
「私、昔っから運動は得意だったのよ?“デイブレイク”だって一発で動かせたし。」
「でも、思い返すと凄いよね。私、カノープスのサポートありきで戦ってたのに。シードゥスとガンガン戦ってたし。」
「我ながら勝負勘だけは強かったわ。」
雪花がそう言いながらケラケラと笑っていると。
「あれ。雪花ちゃん、怪我してるよ。」
「ん?」
龍香が指す場所を見ると、確かに雪花の腕に擦り傷がついていた。
「さっきの時にどこかで擦ったかしら?」
雪花が腕を見ていると、龍香が少し心配そうに尋ねる。
「大丈夫?絆創膏張る?」
そう言って絆創膏を取り出す龍香に雪花は。
「良いわよこの程度。水で傷口だけ洗っとけば治るわ。それに、私土手っ腹ぶち抜かれても生きていた女よ?これくらいヘーキヘーキ。」
ワハハと雪花が笑いながら言うと、龍香は少し暗い顔をして。
「……ジョークでもそう言うのは聞きたくないかな。」
「わ、悪かったわよ…。」
龍香の物悲しそうな言葉に雪花は気圧されて口をつぐむ。少し気まずい雰囲気になった空気になり、どう切り出すか雪花が悩んでいると。
「おーす。龍香と藍ちゃーん。二人で何してんのー?」
横から呑気な声と共にかおりが現れる。
「あ、かおり。」
「ちょっと、お喋りしてただけよ。」
「おー?何々?何話してたの?」
かおりがケラケラ笑いながら二人の間に入ってくる。
「雪花ちゃんが怪我してたから、絆創膏貼るかどうか話してたの。」
「私は擦り傷ぐらい良いって言ってんだけどね。」
雪花がそう言うとかおりははぁ、と相槌を打つ。
「傷口からバイ菌でも入ったら大変だから、一応やっとけば?龍香も心配して言ってるんだし。」
雪花はいいよ、悪いと遠慮しようとすると、ギョロッと龍香が睨みつけてくる。それに根負けした雪花は渋々と絆創膏を受け取る。
「…うん、まぁ。貰っとくわよ。」
雪花がそれを受け取ると、龍香はニコッと笑顔を見せる。
そんな二人のやり取りを見ていたかおりが二人に不思議そうな顔をしながら尋ねてくる。
「二人とも仲良いわね。何かいつも一緒にいるような気がするし。」
かおりの質問に二人は一瞬どう答えようか悩む。まさか前の世界で一緒に戦った仲だから、とは言えないよなぁと考えていると龍香があたふたと目を逸らしながら言う。
「え、えーとその、あ、アレだよう、牛が合う!」
「それを言うならウマが合うでしょうが。」
龍香にツッコミを入れる雪花。そのやりちとりを見てかおりは笑いながら二人に言う。
「はいはい。もうお腹いっぱいよ。」
「お腹いっぱいって何よ。」
「まぁまぁ。で、ところでさ。今日放課後空いてる?空いてたら遊ぼうよ。」
かおりが放課後遊びに行こうと提案してくる。龍香はうんと了承するが、雪花はあー、と唸り。
「あー、ごめん。今日はパス。お姉ちゃんに呼ばれてるから。」
「あら、残念。じゃあまた今度だね。んじゃ、龍香。放課後正門前ね。」
「うん、分かった。」
かおりはそう言ってその場を離れる。龍香はかおりを見送りながらふと雪花に尋ねる。
「あれ、そう言えば雪花ちゃんのお姉ちゃんって学生?」
「ん。いや、私とお姉ちゃん結構歳離れてるから。働いてるわよ。えーっと研究員なんだけど。今確か…研究しているのは……。」
研究所にて亜美がパソコンとその前にある機械仕掛けの腕と睨めっこしていると、声をかけられる。
亜美が振り返ると、そこには自信に溢れ、何処か愛嬌を感じる顔に亜麻色の長い髪を三つ編みにし、ピョコンと跳ねるアホ毛を揺らしている一人の女性がいた。
「人工駆動義肢研究所の若きエースの雪花さん。お疲れ様です。」
「お疲れ月乃助ちゃん。その呼び方やめてよ。なんだかくすぐったいわ。」
女性……月乃助に亜美は苦笑しながら振り返る。
「良いじゃないか。今や君は運動補助のパワードスーツや人工義肢を実用レベルまで昇華させた、まさしく天才なのだから。」
月乃助の言う通り、亜美が発明した工事現場や被災現場の救助などで働く人々の筋力を底上げし、サポートするために開発した簡易式パワードスーツや、手足を失った人のための従来の物を遥かに凌ぐ耐久性と精密性を併せ持った義肢は多くの人々に使われており、その業種に就けば人工駆動技師研究所の名前を知らない者はいない、と言わしめている。
その功績を讃えられ、数多くの賞を貰っているにも関わらず亜美はその事を歯牙にかけるわけでもなく、微笑む。
「もう、月乃助ちゃんったら。」
「そんな天才に、“もう一人の天才”からプレゼントだ。」
月乃助はスッと資料を亜美に差し出す。
亜美は資料を受け取ると、先程とは打って変わって真剣な表情で読み進める。
そんな彼女を見ながら月乃助が尋ねる。
「君に頼まれた物を作成してきたんだが……にしてもこんなもん何に使うんだ?“到底一般人に扱える”代物ではないが。」
そう尋ねれた亜美の月乃助が差し出した資料を見る手が止まる。
そして亜美は少し迷ったように眉を顰めるが、意を決したように決意の色を瞳に浮かばせると、月乃助の眼を見つめる。
「な、なんだね。」
言いしれない何かを感じたのか月乃助が少したじろぐ。だが、亜美は気にせず立ち上がると月乃助の手を掴む。
「“私以上の天才”と見込んで、他言無用の話があるんだけど、いいかしら?」
亜美が振り返ると、そこには自信に溢れ、何処か愛嬌を感じる顔に亜麻色の長い髪を三つ編みにし、ピョコンと跳ねるアホ毛を揺らしている一人の女性がいた。
「人工駆動義肢研究所の若きエースの雪花さん。お疲れ様です。」
「お疲れ月乃助ちゃん。その呼び方やめてよ。なんだかくすぐったいわ。」
女性……月乃助に亜美は苦笑しながら振り返る。
「良いじゃないか。今や君は運動補助のパワードスーツや人工義肢を実用レベルまで昇華させた、まさしく天才なのだから。」
月乃助の言う通り、亜美が発明した工事現場や被災現場の救助などで働く人々の筋力を底上げし、サポートするために開発した簡易式パワードスーツや、手足を失った人のための従来の物を遥かに凌ぐ耐久性と精密性を併せ持った義肢は多くの人々に使われており、その業種に就けば人工駆動技師研究所の名前を知らない者はいない、と言わしめている。
その功績を讃えられ、数多くの賞を貰っているにも関わらず亜美はその事を歯牙にかけるわけでもなく、微笑む。
「もう、月乃助ちゃんったら。」
「そんな天才に、“もう一人の天才”からプレゼントだ。」
月乃助はスッと資料を亜美に差し出す。
亜美は資料を受け取ると、先程とは打って変わって真剣な表情で読み進める。
そんな彼女を見ながら月乃助が尋ねる。
「君に頼まれた物を作成してきたんだが……にしてもこんなもん何に使うんだ?“到底一般人に扱える”代物ではないが。」
そう尋ねれた亜美の月乃助が差し出した資料を見る手が止まる。
そして亜美は少し迷ったように眉を顰めるが、意を決したように決意の色を瞳に浮かばせると、月乃助の眼を見つめる。
「な、なんだね。」
言いしれない何かを感じたのか月乃助が少したじろぐ。だが、亜美は気にせず立ち上がると月乃助の手を掴む。
「“私以上の天才”と見込んで、他言無用の話があるんだけど、いいかしら?」
『“サンダウン”の調子はどうかしら。“白雪姫”?』
様々な障害物が置いてある空間にいる一人の少女にスピーカー越しに塩田が話しかける。
少女、白雪姫は全身に纏った装甲が散りばめられた機械的なスーツを身に纏い、掌を握ったり開いたり、軽くジャンプをしながら動作確認を行うと、抑揚の無い平坦な、機械的な声音で答える。
「問題ありません。テストの開始をお願い致します。」
白雪姫がそう答えたのを確認すると、塩田は別のマイクを手に取り。
『では、始めて下さい。』
塩田がそう言うとビーッと音が鳴ったかと思うと障害物のあちこちから黒い的が現れる。
白雪姫はホルスターからハンドガンを抜き取ると、黒い的に銃口を向けて引き金を引く。
発砲音と共に放たれた弾丸は正確に的を撃ち抜いていく。そして彼女が弾倉の弾を全て撃ち尽くした頃には的は一つ残らず撃ち抜かれ、破壊されていた。
「ほう。射的は中々上手いじゃないか。」
それをモニター越しに見ていた貝塚が砂郷に向かって言う。
「この位。彼女は出来て当然です。」
砂郷がそうサラッと言うと、貝塚はふんっと鼻を鳴らし、ニヤリと下卑た笑みを浮かべて言う。
「なら、次のテストに行こう。」
そう言うとガラガラと音を立てて壁に備え付けてあるシャッターが開き、完全武装した男達が続々と入って来る。
「こ、これは?」
聞かされていたテストとは全く違う内容に研究員の一人が困惑していると、貝塚はニヤニヤしながら砂郷に言う。
「私の私兵だよ。性格と素行にはちと問題があるが、実戦のテスト相手には問題ないだろう?」
予定外のテストに研究員の一人が砂郷に言う。
「所長!こんな予定外のこと…!」
だが研究員の言葉を彼は片手を上げて制すると、マイクを手に持ち。
『白雪姫。次のテストだ。今入ってきた男達を迎撃しろ。ただし。』
白雪姫に対し、砂郷はこう続けた。
『一応はお客人のお友達だ。“素手”で無力化しろ。いいな?絶対に殺すな。』
砂郷の言葉に研究員だけでなく、貝塚までも目を丸くする。
「なっ、所長!?」
「何。せっかくだ。貝塚さんにどこまでやれるか見せて差し上げようじゃないか。」
あっさりと言う砂郷に貝塚は眼をぱちくりさせながら少し面食らいながらも彼に煽るように言う。
「良いのかね?せっかくの傑作が壊れてしまうかもしれないのに?」
貝塚が意地悪く言うが、砂郷は黙って見ていろとでも言わんばかりにモニターに目を移す。
男達は武器を構えて白雪姫に向かっていく。白雪姫は素早く周りの状況、敵の数を把握すると。
「任務、了解。」
彼女がそうつぶやいた次の瞬間、目にも止まらぬ速さで障害物に隠れ、乗り越え、貝塚の私兵へと向かっていく。
私兵も銃を構え、彼女へと向かって引き金を引くが、パルクールの要領で遮蔽物を飛び越え、縦横無尽に動く彼女を放たれた弾丸が捉えることは無かった。
そしてとうとう彼女は私兵の一人との距離を詰めると強烈な拳が彼の顎を打ち抜く。
一瞬で意識を刈り取られた私兵を抱えると射線上に入った仲間に引き金を引くのを躊躇った私兵達に投げつける。
それに巻き込まれて、何名かが倒れる中、白雪姫の飛び蹴りがもう一人に炸裂する。大きく吹っ飛び、背中を強烈に打ち付けた私兵が気絶する。
そこからは彼女の独壇場だった。彼女の繰り出す拳が、蹴りが私兵を紙の如く吹き飛ばしていき、そして最後の私兵に足払いをして転ばせた彼の鳩尾の一撃を入れ、気絶させる。
「任務、完了。」
彼女の周りは呻き声を聞こえるが、私兵達があちこちに横たわり、立っているのは彼女一人だけと言うまさしく死屍累々といった有り様だった。
白雪姫のあまりの戦闘力に貝塚を始めとし、研究員達も唖然とする中ただ一人砂郷だけはまるでこの結果は当然とでも言わんばかりに飄々として、マイクを手に取る。
『白雪姫。よくやった。では、次の武装テストに移る。5分後に行うからそこで待機だ。』
「はい。」
砂郷がそう言うと、彼女はそのまま機械のように立ち尽くす。
彼はマイクを置くと貝塚に振り返って言う。
「ご満足頂けましたでしょうか?」
彼の問いに貝塚は忌々しそうに舌打ちすると。
「……成る程、性能は問題ないようで安心したよ。この調子で引き続き頑張ってくれたまえ。」
そう言うと貝塚は不機嫌そうに椅子に沈む。だがそんな事など関係ないとでも言わんばかりに砂郷は彼に尋ねる。
「……ところで一つ質問なのですが…あのスーツ、“サンダウン”の設計者は、“雪花亜美”ですか?」
彼の質問に貝塚はギョッと眼を丸くする。彼はその様子を見ながら察したように
「大方彼女の図面だけ作ったデータを抜き取って作成したんでしょう?テスト前にカタログスペックを見せて頂きましたが、あの完成度の代物は彼女にしか作ることは出来ない。」
砂郷の指摘にむぐぐと貝塚は唸る。だが砂郷は少し態度を崩して貝塚に語りかける。
「別にだからどうこう言う訳ではありません。むしろ感謝しているんです。ある意味これは“叶わなかった俺と彼女の合作”ですから。」
彼の瞳に暗くどんよりと濁った危険な光が灯る。貝塚は異様な雰囲気を発する砂郷に気圧されながらも尋ねる。
「な、なんだね。君はあの雪花亜美と知り合いだったのかね?」
貝塚の問いに砂郷はフッと何処か自嘲気味に笑いながらモニターに目を移す。
「えぇ。彼女とは一時期……協力して研究を行っていたのですがね。土壇場で、彼女は俺の傑作を持って、逃げた。彼女は最後の最後で怖気ついたんですよ。」
砂郷はモニターに映る武装を構えてデモンストレーションの目標を破壊する白雪姫を見ながら言う。
「最強の人間を作る、禁忌にね。」
目標を破壊し、武器の調子を確認する白雪姫を眺めながら彼は続ける。
「……だからこそ、彼女が必要だ。私の白雪姫が世界最強に至るには……ね。」
様々な障害物が置いてある空間にいる一人の少女にスピーカー越しに塩田が話しかける。
少女、白雪姫は全身に纏った装甲が散りばめられた機械的なスーツを身に纏い、掌を握ったり開いたり、軽くジャンプをしながら動作確認を行うと、抑揚の無い平坦な、機械的な声音で答える。
「問題ありません。テストの開始をお願い致します。」
白雪姫がそう答えたのを確認すると、塩田は別のマイクを手に取り。
『では、始めて下さい。』
塩田がそう言うとビーッと音が鳴ったかと思うと障害物のあちこちから黒い的が現れる。
白雪姫はホルスターからハンドガンを抜き取ると、黒い的に銃口を向けて引き金を引く。
発砲音と共に放たれた弾丸は正確に的を撃ち抜いていく。そして彼女が弾倉の弾を全て撃ち尽くした頃には的は一つ残らず撃ち抜かれ、破壊されていた。
「ほう。射的は中々上手いじゃないか。」
それをモニター越しに見ていた貝塚が砂郷に向かって言う。
「この位。彼女は出来て当然です。」
砂郷がそうサラッと言うと、貝塚はふんっと鼻を鳴らし、ニヤリと下卑た笑みを浮かべて言う。
「なら、次のテストに行こう。」
そう言うとガラガラと音を立てて壁に備え付けてあるシャッターが開き、完全武装した男達が続々と入って来る。
「こ、これは?」
聞かされていたテストとは全く違う内容に研究員の一人が困惑していると、貝塚はニヤニヤしながら砂郷に言う。
「私の私兵だよ。性格と素行にはちと問題があるが、実戦のテスト相手には問題ないだろう?」
予定外のテストに研究員の一人が砂郷に言う。
「所長!こんな予定外のこと…!」
だが研究員の言葉を彼は片手を上げて制すると、マイクを手に持ち。
『白雪姫。次のテストだ。今入ってきた男達を迎撃しろ。ただし。』
白雪姫に対し、砂郷はこう続けた。
『一応はお客人のお友達だ。“素手”で無力化しろ。いいな?絶対に殺すな。』
砂郷の言葉に研究員だけでなく、貝塚までも目を丸くする。
「なっ、所長!?」
「何。せっかくだ。貝塚さんにどこまでやれるか見せて差し上げようじゃないか。」
あっさりと言う砂郷に貝塚は眼をぱちくりさせながら少し面食らいながらも彼に煽るように言う。
「良いのかね?せっかくの傑作が壊れてしまうかもしれないのに?」
貝塚が意地悪く言うが、砂郷は黙って見ていろとでも言わんばかりにモニターに目を移す。
男達は武器を構えて白雪姫に向かっていく。白雪姫は素早く周りの状況、敵の数を把握すると。
「任務、了解。」
彼女がそうつぶやいた次の瞬間、目にも止まらぬ速さで障害物に隠れ、乗り越え、貝塚の私兵へと向かっていく。
私兵も銃を構え、彼女へと向かって引き金を引くが、パルクールの要領で遮蔽物を飛び越え、縦横無尽に動く彼女を放たれた弾丸が捉えることは無かった。
そしてとうとう彼女は私兵の一人との距離を詰めると強烈な拳が彼の顎を打ち抜く。
一瞬で意識を刈り取られた私兵を抱えると射線上に入った仲間に引き金を引くのを躊躇った私兵達に投げつける。
それに巻き込まれて、何名かが倒れる中、白雪姫の飛び蹴りがもう一人に炸裂する。大きく吹っ飛び、背中を強烈に打ち付けた私兵が気絶する。
そこからは彼女の独壇場だった。彼女の繰り出す拳が、蹴りが私兵を紙の如く吹き飛ばしていき、そして最後の私兵に足払いをして転ばせた彼の鳩尾の一撃を入れ、気絶させる。
「任務、完了。」
彼女の周りは呻き声を聞こえるが、私兵達があちこちに横たわり、立っているのは彼女一人だけと言うまさしく死屍累々といった有り様だった。
白雪姫のあまりの戦闘力に貝塚を始めとし、研究員達も唖然とする中ただ一人砂郷だけはまるでこの結果は当然とでも言わんばかりに飄々として、マイクを手に取る。
『白雪姫。よくやった。では、次の武装テストに移る。5分後に行うからそこで待機だ。』
「はい。」
砂郷がそう言うと、彼女はそのまま機械のように立ち尽くす。
彼はマイクを置くと貝塚に振り返って言う。
「ご満足頂けましたでしょうか?」
彼の問いに貝塚は忌々しそうに舌打ちすると。
「……成る程、性能は問題ないようで安心したよ。この調子で引き続き頑張ってくれたまえ。」
そう言うと貝塚は不機嫌そうに椅子に沈む。だがそんな事など関係ないとでも言わんばかりに砂郷は彼に尋ねる。
「……ところで一つ質問なのですが…あのスーツ、“サンダウン”の設計者は、“雪花亜美”ですか?」
彼の質問に貝塚はギョッと眼を丸くする。彼はその様子を見ながら察したように
「大方彼女の図面だけ作ったデータを抜き取って作成したんでしょう?テスト前にカタログスペックを見せて頂きましたが、あの完成度の代物は彼女にしか作ることは出来ない。」
砂郷の指摘にむぐぐと貝塚は唸る。だが砂郷は少し態度を崩して貝塚に語りかける。
「別にだからどうこう言う訳ではありません。むしろ感謝しているんです。ある意味これは“叶わなかった俺と彼女の合作”ですから。」
彼の瞳に暗くどんよりと濁った危険な光が灯る。貝塚は異様な雰囲気を発する砂郷に気圧されながらも尋ねる。
「な、なんだね。君はあの雪花亜美と知り合いだったのかね?」
貝塚の問いに砂郷はフッと何処か自嘲気味に笑いながらモニターに目を移す。
「えぇ。彼女とは一時期……協力して研究を行っていたのですがね。土壇場で、彼女は俺の傑作を持って、逃げた。彼女は最後の最後で怖気ついたんですよ。」
砂郷はモニターに映る武装を構えてデモンストレーションの目標を破壊する白雪姫を見ながら言う。
「最強の人間を作る、禁忌にね。」
目標を破壊し、武器の調子を確認する白雪姫を眺めながら彼は続ける。
「……だからこそ、彼女が必要だ。私の白雪姫が世界最強に至るには……ね。」
「ただいまー。」
「お帰りなさい藍。」
藍が帰ると、リビングから亜美の声がする。雪花はランドセルを近くに置くと亜美と向かい合うように反対側の椅子に座る。
「そういやお姉ちゃん。朝言ってた話って、何?」
藍の問いに亜美は少し困ったような、躊躇うような素振りを見せるが、意を決したように表情を固くすると、スッとポケットから何かを取り出し机の上に置く。
亜美が机の上に置いたのは銀色の菱形のヘアアクセのようなものだった。
中央に青く光るクリスタルがはめ込まれた“よく見慣れた”それを見た藍は思わず驚いて眼を見開く。
そう、それは紛れもなく前の世界で藍が使用していた転送式機動装甲“デイブレイク”だった。
「これ…は?」
驚きの余り思わず漏れた声に亜美は固い表情のまま答える。
「……これはね。貴方を守るために作ったものなの。名前は“デイブレイク”。…貴方の運命に夜明けが訪れる事を祈って。」
「私の……運命?」
「…貴方にはいつか伝えておかなきゃ、と思っていたの。これから私が言うことは…貴方には非常にショッキングな出来事だと思うけど。話す前にこれだけは言わせて。どんな事があっても、私は貴方の姉よ。」
「な、何よお姉ちゃん…。そんなかしこまって。」
神妙な面持ちの姉に何を言われるのか、藍が困惑する中亜美が話を続けようとする。
だがその瞬間、けたたましい音と共に家の窓ガラスが割れ、軍人のような物々しい装備をした男が二人入ってくる。
「何!?」
突然の来訪者に亜美が驚く中、男達は懐から黒い棒のようなものを取り出すとそれを構えながらこちらに来る。
「雪花亜美だな?我々と共に来てもらおう。」
そう言って近づいてくる二人に危険なものを感じた藍は亜美の前に立つと“デイブレイク”を構える。
「姉さん下がって!」
「藍!?」
そして藍は慣れた手つきでデイブレイクを頭につけ、起動させる。デイブレイクが右左に分かれて展開し、光を発したかと思うと、そこには雪の如く白い鎧に身を包んだ藍の姿があった。
「またこれを使うことになるなんて。」
藍は身に纏ったそれに郷愁に似た物を感じるが、今は懐かしさに浸っている場合ではない。
藍が構えると男二人は突然変身した藍に驚くが、すぐさま襲いかかってくる。
「勝手に人の家の窓ガラスを割って!!」
藍は思い切り突き出された棒を避けると同時にその腕を掴み、背負い投げの要領で男を床に投げ飛ばす。
男の下敷きになった机が割れ、けたたましい音が響くがそんな彼女の背後からもう一人の男が棒を振るう。
「喰らうか!」
藍は背後の一撃を避けながらクルリとターンをすると、その勢いのまま痛烈な回し蹴りを彼にお見舞いする。
蹴り飛ばされた男は割れた窓から吹き飛ばされて庭を転がる。
その男が気絶しているのを傍目で確認した藍は背中を強烈に打ち付けて呻く男に近寄ると、近くに転がる棒を蹴り飛ばし、腰のホルスターにある拳銃を抜き取ると男の額に突きつける。
「アンタどこの誰?なんで私達を襲ったのか答えなさい。3秒以内に。」
「ぐぅ……!」
男が悔しそうに顔を歪めながら藍を睨みつける。だが彼女はそれを何処か冷めた目で見ながらカウントを始める。
「さーん、にぃー。」
冷たい瞳とガチリと上げられた撃鉄の音に男はギョッとしたような顔をする。
「ま、待てっ、おまえ、マジで撃つ気……!?」
「いーち。」
藍が引き金に指をかけた瞬間。
「ダメっ!藍!」
亜美が藍を静止するように飛び込んでくる。突然の事に驚いた藍は素早く銃を天井に向けて誤射を防ぐ。
突然飛び込んできた姉に顔を青くしながら藍は言う。
「脅しだって!人間相手に本気で撃たないわよ!」
藍の言葉に亜美は荒い息遣いをしながらも、真っ直ぐ藍を見つめて言う。
「良い?藍。貴方は人の命を奪っちゃいけないの。貴方は、貴方は絶対にそんな人になっちゃ、いけない。この力は貴方を守る為の力で、人の命を奪う力じゃないわ。」
何処か強迫観念に駆られたかのような、ある種の危うさを滲ませながら言う姉の姿に藍は困惑を隠せない。
「ど、どうしたのよお姉ちゃん。なんか、怖いよ?」
藍の言葉に亜美はハッとなり、深呼吸をして自身を落ち着かせる。
「ごめんね藍。ちょっと、お姉ちゃんびっくりしちゃって。ごめんね。」
謝る姉に藍は目をぱちくりとさせるが、ふと視界の先に倒れていた男がいつの間にか立ち上がっており、亜美に襲いかかろうとする様が見え、サッと藍から血の気が引く。
「お姉ちゃん危ない!」
藍が亜美を避けさせて男を迎撃しようとしたその瞬間。突然横から飛んできた何かが男にぶつかり、大きく吹き飛ばす。
吹き飛ばされた男は壁に強く打ち付けられて意識を失う。
「何?」
男を吹き飛ばした何か……それはワイヤーのついた機械的なデザインの鋏だった。
キュルルと巻き上げる音と共にそれは何処かへと回収されていく。雪花がそれを目で追いかけると、そこには薄い金髪を角のような機械のデバイスでツインテールに纏め、海のように青い瞳の機械的なデザインの鎧に身を包んだ少女がいた。
右腕には彼女の腕と一体化するように装着された掘削機のような物々しい槍、左腕には先程巻き上げた鋏を装備をした物々しい格好の少女のただならぬ雰囲気に藍は警戒する。
「……私達に何か用かしら?友達になりたい、って訳じゃなさそうだけど。」
藍がそう尋ねるが、目の前の少女は特に反応を示さない。まるで機械を相手にしているかのような反応の薄さに藍が気味悪いものを感じていると、一方の亜美はその少女を見て大きく目を見開く。
「貴方は──っ」
「何?知り合い?」
藍が尋ねると、その少女はスッと左手に通信機のような物を掲げる。するとそこからザザっとノイズのような音がしたかと思うと。
『やぁ、雪花。久しぶりだな。元気そうで何よりだよ。』
聞いた事がない男の声が流れる。しかしどうやら亜美はこの声の主を知っているようで苦虫を噛み潰したかのような顔をする。
「やっぱり……砂郷。貴方だったのね。」
「?砂郷?」
「昔の研究仲間よ。」
亜美がそう答える。亜美と会話をする砂郷は何処か嬉しそうな声音で亜美に言う。
『雪花。見てくれ。この俺の最高傑作を。名前は白雪姫(スノウ•ホワイト)だ。彼女こそこの世界において最強の兵士だ。』
「……。」
白雪姫と呼ばれた少女は特に反応も見せずまるで本当に止まっているかのように姿勢を崩さない。ますます機械のような奴だと藍が思っていた時。
『そして、そこにいる君の妹の“本当の姉妹”に当たる。』
「……は?」
突然の事に藍は一瞬本気で何を言われたのか分からずフリーズする。
「砂郷!やめて!そのことは」
亜美が懇願するように叫ぶが、意に介さず砂郷は続ける。
『君と雪花は本当の姉妹じゃない。何故なら、君は数々の優秀な遺伝子を組み合わせて、戦うために産み出されたデザインベイビーなんだからね。』
「……何を、言って」
あまりの衝撃的な一言に藍の思考が追いつかない。最早訳がわからず縋るように亜美の方を藍は向く。
「ねぇ、お姉ちゃん…?本当なの?私は…」
しかし、亜美の強張った表情が否が応でもそれが事実だと教えてくる。
だが、それと同時に前の世界で何故一人だけシードゥスの力を借りていないのにシードゥスと渡り合えたのか、傷の治りが早かったことにも説明がつく。
『良かったじゃないか。君の本当の出生が知れて。けど今回私がここに“白雪姫”を送り込んだのは自慢をするためだけじゃない。亜美。君に協力してほしいからだ。』
砂郷がそう言った次の瞬間藍は拳銃を構えると、何の躊躇いもなく白雪姫に向けて引き金を引く。
銃声が鳴り響き、弾丸が彼女に向けて飛ぶが、彼女はクローと一体化した盾でそれを防ぐ。
「……デザインベイビーだとか、何とか知らないけど。アンタらにお姉ちゃんを渡さないわ。」
「藍…。」
『成る程。先行試作型とは言え、姉。彼女のテストにはうってつけの相手になる。』
砂郷は白雪姫に指令を下す。
『やれ。白雪姫。目の前の姉を倒して亜美をここに連れてきなさい。』
「了解。」
次の瞬間、彼女が強く踏み込むと電光の如き速さで藍との間合いを詰める。
「チィッ!」
藍もすぐさま防御のため構えるが、白雪姫の右腕の槍が唸りを上げて回転しながら振るわれ、藍の腕部装甲と火花を散らしながらぶつかる。
だが白雪姫のパワーは凄まじく、藍は大きく吹き飛んで壁に叩きつけられる。
「藍!?」
亜美が心配そうに声をかけるが、藍はすぐに立ち上がる。
「いったいわね……!」
藍は悪態をつきながらもデイブレイクに手を添える。目の前にいる敵は巨大な武器を持ち、推定だが“デイブレイク”以上の出力を持っている。
武器も何もない状態では勝てる相手ではないと踏んだ藍は武器を取り出して応戦しようとする。
「………あれ?」
しかし何回やってもデイブレイクはうんともすんとも言わず、武器が出ることもない。
「あ、あのお姉ちゃん!武器は?」
「……ない、ないの。その“デイブレイク”はあくまで護身用に作ったから……」
藍が尋ねると、亜美は申し訳なさそうに答える。
「ええええ!!?ちょ、ちょっとそれは聞いてな」
言葉の途中で藍はまたもや距離を詰めて来た白雪姫に気付き、突き出された槍の一撃を辛うじて回避する。
「くっそ!ちょ、ちょっと!アンフェアとは思わないの!?そっちだけ武器アリなのズルくない!?」
「ズルくない。準備不足のそっちが悪い。」
そう冷淡に言い放つとさらに白雪姫が槍を振るう。藍はそれをも避けるが、壁が嫌な音を立てて抉られる。
「くっ、この野郎!人の家で暴れんな!」
藍はそう言うと白雪姫に組み付いて引っ張ると、攻撃の体勢で不安定になっていた白雪姫と藍の二人は転がるようにして外へと出る。
藍はすぐさま立ち上がると先ほどの男から奪い取った拳銃を白雪姫に向けて撃つが、脅威的な反射速度で彼女はそれを避ける。
「ぐっ!」
「甘い。」
白雪姫は左腕に装着された鋏を藍に向けると、それを発射し、雪花の構えていた拳銃を弾き飛ばす。
「やばっ」
藍がすぐさま距離を離して逃げようとするが、それすらも予想していたと言わんばかりに白雪姫は大きく踏み込み、槍を突き出す。
突き出された鋭い一撃に対し、藍は身体を捻って避けようとするが、繰り出された鋭い一撃は回避を許さず彼女の装甲を火花を散らせながら削ぐ。
「おおおうっ!?」
藍はよろめきながらも何とか体勢を崩さず後退するが、白雪姫はそれすらも許さず攻撃の手も緩めない。
何とか身を捻り、腕部装甲で受け流すことで致命傷こそ受けないが、削がれるばかりで事態は悪化していくばかりだ。
「ぐっ、ぐっ、おっ!?」
「……。」
呻きながらも防御する藍を見ながら、白雪姫はある違和感を覚える。
(……コイツ。戦い慣れている?)
事前の情報によれば彼女は生まれてこの方一回も殺し合いをした事がないハズだ。
如何な天才と言えどもいきなりかつ初戦でここまで対応出来る人間などいない。
何の経験もないかつ初戦闘の藍が、厳しい訓練による戦闘経験と潤沢な装備を持つ白雪姫相手にここまで粘れているのがどうにも彼女には腑に落ちなかった。
攻撃を防ぎながら、白雪姫の攻撃をジッと観察していた藍だが、白雪姫の振るう一撃がとうとう藍を吹き飛ばして地面へ転ばせる。
「ぐぅうぅ!」
「──これで、終わり。」
倒れた藍に白雪姫が槍を振り上げ、トドメを刺そうとする。──その瞬間ニヤリ、と藍の口角が上がる。
「──馬鹿ね。それを待っていたのよ!」
次の瞬間“近くに”倒れていたもう一人の男のホルスターから拳銃を抜き取ると白雪姫に向けて発砲する。
「!!」
勿論拳銃程度の弾丸では彼女の纏うスーツを貫くことは出来ないが、それでも着弾した衝撃が彼女を襲う。
不意打ちに白雪姫が怯んだ隙に雪花は立ち上がると思い切り彼女を殴り飛ばした。
「……!?」
『何?』
さらに追い討ちの膝蹴りが炸裂し、悶絶したところにもう一発拳が叩き込まれる。
もんどり打って倒れる彼女に藍が勝ち誇ったように言う。
「どんなモンよ!年季が違うのよ年季が!」
藍がそう言う中、白雪姫の中にある感情が巻き起こる。感情が昂り、目の前の少女に対して攻撃的な衝動が沸く。
『白雪姫。何をしている。押されているぞ。』
何処か焦っているような砂郷の声が彼女の胸中をさらにグシャ混ぜにする。
「──ッ!!」
次の瞬間その感情に突き動かされるように彼女は槍を藍に向ける。
するとドリルの一部分が展開してパチパチとスパークしたかと思うと、次の瞬間青白い光線が放たれ、藍に炸裂する。
「お゛ッッ!?」
さしもの藍もいきなりの光線を避けることは出来ず、モロにそれを食らってしまい、大きく吹き飛ばされて地面を転がる。
「がっ……い゛っ……!?」
当たった箇所からパキパキッと音を立てて凍りついていくと同時に痛みが全身を襲い、倒れながら喘ぐ彼女を見ながら白雪姫は立ち上がると槍を振り上げる。
「──トドメを刺します。」
彼女はそう言うと冷たい視線で倒れる藍にその槍を振り下ろした。
「お帰りなさい藍。」
藍が帰ると、リビングから亜美の声がする。雪花はランドセルを近くに置くと亜美と向かい合うように反対側の椅子に座る。
「そういやお姉ちゃん。朝言ってた話って、何?」
藍の問いに亜美は少し困ったような、躊躇うような素振りを見せるが、意を決したように表情を固くすると、スッとポケットから何かを取り出し机の上に置く。
亜美が机の上に置いたのは銀色の菱形のヘアアクセのようなものだった。
中央に青く光るクリスタルがはめ込まれた“よく見慣れた”それを見た藍は思わず驚いて眼を見開く。
そう、それは紛れもなく前の世界で藍が使用していた転送式機動装甲“デイブレイク”だった。
「これ…は?」
驚きの余り思わず漏れた声に亜美は固い表情のまま答える。
「……これはね。貴方を守るために作ったものなの。名前は“デイブレイク”。…貴方の運命に夜明けが訪れる事を祈って。」
「私の……運命?」
「…貴方にはいつか伝えておかなきゃ、と思っていたの。これから私が言うことは…貴方には非常にショッキングな出来事だと思うけど。話す前にこれだけは言わせて。どんな事があっても、私は貴方の姉よ。」
「な、何よお姉ちゃん…。そんなかしこまって。」
神妙な面持ちの姉に何を言われるのか、藍が困惑する中亜美が話を続けようとする。
だがその瞬間、けたたましい音と共に家の窓ガラスが割れ、軍人のような物々しい装備をした男が二人入ってくる。
「何!?」
突然の来訪者に亜美が驚く中、男達は懐から黒い棒のようなものを取り出すとそれを構えながらこちらに来る。
「雪花亜美だな?我々と共に来てもらおう。」
そう言って近づいてくる二人に危険なものを感じた藍は亜美の前に立つと“デイブレイク”を構える。
「姉さん下がって!」
「藍!?」
そして藍は慣れた手つきでデイブレイクを頭につけ、起動させる。デイブレイクが右左に分かれて展開し、光を発したかと思うと、そこには雪の如く白い鎧に身を包んだ藍の姿があった。
「またこれを使うことになるなんて。」
藍は身に纏ったそれに郷愁に似た物を感じるが、今は懐かしさに浸っている場合ではない。
藍が構えると男二人は突然変身した藍に驚くが、すぐさま襲いかかってくる。
「勝手に人の家の窓ガラスを割って!!」
藍は思い切り突き出された棒を避けると同時にその腕を掴み、背負い投げの要領で男を床に投げ飛ばす。
男の下敷きになった机が割れ、けたたましい音が響くがそんな彼女の背後からもう一人の男が棒を振るう。
「喰らうか!」
藍は背後の一撃を避けながらクルリとターンをすると、その勢いのまま痛烈な回し蹴りを彼にお見舞いする。
蹴り飛ばされた男は割れた窓から吹き飛ばされて庭を転がる。
その男が気絶しているのを傍目で確認した藍は背中を強烈に打ち付けて呻く男に近寄ると、近くに転がる棒を蹴り飛ばし、腰のホルスターにある拳銃を抜き取ると男の額に突きつける。
「アンタどこの誰?なんで私達を襲ったのか答えなさい。3秒以内に。」
「ぐぅ……!」
男が悔しそうに顔を歪めながら藍を睨みつける。だが彼女はそれを何処か冷めた目で見ながらカウントを始める。
「さーん、にぃー。」
冷たい瞳とガチリと上げられた撃鉄の音に男はギョッとしたような顔をする。
「ま、待てっ、おまえ、マジで撃つ気……!?」
「いーち。」
藍が引き金に指をかけた瞬間。
「ダメっ!藍!」
亜美が藍を静止するように飛び込んでくる。突然の事に驚いた藍は素早く銃を天井に向けて誤射を防ぐ。
突然飛び込んできた姉に顔を青くしながら藍は言う。
「脅しだって!人間相手に本気で撃たないわよ!」
藍の言葉に亜美は荒い息遣いをしながらも、真っ直ぐ藍を見つめて言う。
「良い?藍。貴方は人の命を奪っちゃいけないの。貴方は、貴方は絶対にそんな人になっちゃ、いけない。この力は貴方を守る為の力で、人の命を奪う力じゃないわ。」
何処か強迫観念に駆られたかのような、ある種の危うさを滲ませながら言う姉の姿に藍は困惑を隠せない。
「ど、どうしたのよお姉ちゃん。なんか、怖いよ?」
藍の言葉に亜美はハッとなり、深呼吸をして自身を落ち着かせる。
「ごめんね藍。ちょっと、お姉ちゃんびっくりしちゃって。ごめんね。」
謝る姉に藍は目をぱちくりとさせるが、ふと視界の先に倒れていた男がいつの間にか立ち上がっており、亜美に襲いかかろうとする様が見え、サッと藍から血の気が引く。
「お姉ちゃん危ない!」
藍が亜美を避けさせて男を迎撃しようとしたその瞬間。突然横から飛んできた何かが男にぶつかり、大きく吹き飛ばす。
吹き飛ばされた男は壁に強く打ち付けられて意識を失う。
「何?」
男を吹き飛ばした何か……それはワイヤーのついた機械的なデザインの鋏だった。
キュルルと巻き上げる音と共にそれは何処かへと回収されていく。雪花がそれを目で追いかけると、そこには薄い金髪を角のような機械のデバイスでツインテールに纏め、海のように青い瞳の機械的なデザインの鎧に身を包んだ少女がいた。
右腕には彼女の腕と一体化するように装着された掘削機のような物々しい槍、左腕には先程巻き上げた鋏を装備をした物々しい格好の少女のただならぬ雰囲気に藍は警戒する。
「……私達に何か用かしら?友達になりたい、って訳じゃなさそうだけど。」
藍がそう尋ねるが、目の前の少女は特に反応を示さない。まるで機械を相手にしているかのような反応の薄さに藍が気味悪いものを感じていると、一方の亜美はその少女を見て大きく目を見開く。
「貴方は──っ」
「何?知り合い?」
藍が尋ねると、その少女はスッと左手に通信機のような物を掲げる。するとそこからザザっとノイズのような音がしたかと思うと。
『やぁ、雪花。久しぶりだな。元気そうで何よりだよ。』
聞いた事がない男の声が流れる。しかしどうやら亜美はこの声の主を知っているようで苦虫を噛み潰したかのような顔をする。
「やっぱり……砂郷。貴方だったのね。」
「?砂郷?」
「昔の研究仲間よ。」
亜美がそう答える。亜美と会話をする砂郷は何処か嬉しそうな声音で亜美に言う。
『雪花。見てくれ。この俺の最高傑作を。名前は白雪姫(スノウ•ホワイト)だ。彼女こそこの世界において最強の兵士だ。』
「……。」
白雪姫と呼ばれた少女は特に反応も見せずまるで本当に止まっているかのように姿勢を崩さない。ますます機械のような奴だと藍が思っていた時。
『そして、そこにいる君の妹の“本当の姉妹”に当たる。』
「……は?」
突然の事に藍は一瞬本気で何を言われたのか分からずフリーズする。
「砂郷!やめて!そのことは」
亜美が懇願するように叫ぶが、意に介さず砂郷は続ける。
『君と雪花は本当の姉妹じゃない。何故なら、君は数々の優秀な遺伝子を組み合わせて、戦うために産み出されたデザインベイビーなんだからね。』
「……何を、言って」
あまりの衝撃的な一言に藍の思考が追いつかない。最早訳がわからず縋るように亜美の方を藍は向く。
「ねぇ、お姉ちゃん…?本当なの?私は…」
しかし、亜美の強張った表情が否が応でもそれが事実だと教えてくる。
だが、それと同時に前の世界で何故一人だけシードゥスの力を借りていないのにシードゥスと渡り合えたのか、傷の治りが早かったことにも説明がつく。
『良かったじゃないか。君の本当の出生が知れて。けど今回私がここに“白雪姫”を送り込んだのは自慢をするためだけじゃない。亜美。君に協力してほしいからだ。』
砂郷がそう言った次の瞬間藍は拳銃を構えると、何の躊躇いもなく白雪姫に向けて引き金を引く。
銃声が鳴り響き、弾丸が彼女に向けて飛ぶが、彼女はクローと一体化した盾でそれを防ぐ。
「……デザインベイビーだとか、何とか知らないけど。アンタらにお姉ちゃんを渡さないわ。」
「藍…。」
『成る程。先行試作型とは言え、姉。彼女のテストにはうってつけの相手になる。』
砂郷は白雪姫に指令を下す。
『やれ。白雪姫。目の前の姉を倒して亜美をここに連れてきなさい。』
「了解。」
次の瞬間、彼女が強く踏み込むと電光の如き速さで藍との間合いを詰める。
「チィッ!」
藍もすぐさま防御のため構えるが、白雪姫の右腕の槍が唸りを上げて回転しながら振るわれ、藍の腕部装甲と火花を散らしながらぶつかる。
だが白雪姫のパワーは凄まじく、藍は大きく吹き飛んで壁に叩きつけられる。
「藍!?」
亜美が心配そうに声をかけるが、藍はすぐに立ち上がる。
「いったいわね……!」
藍は悪態をつきながらもデイブレイクに手を添える。目の前にいる敵は巨大な武器を持ち、推定だが“デイブレイク”以上の出力を持っている。
武器も何もない状態では勝てる相手ではないと踏んだ藍は武器を取り出して応戦しようとする。
「………あれ?」
しかし何回やってもデイブレイクはうんともすんとも言わず、武器が出ることもない。
「あ、あのお姉ちゃん!武器は?」
「……ない、ないの。その“デイブレイク”はあくまで護身用に作ったから……」
藍が尋ねると、亜美は申し訳なさそうに答える。
「ええええ!!?ちょ、ちょっとそれは聞いてな」
言葉の途中で藍はまたもや距離を詰めて来た白雪姫に気付き、突き出された槍の一撃を辛うじて回避する。
「くっそ!ちょ、ちょっと!アンフェアとは思わないの!?そっちだけ武器アリなのズルくない!?」
「ズルくない。準備不足のそっちが悪い。」
そう冷淡に言い放つとさらに白雪姫が槍を振るう。藍はそれをも避けるが、壁が嫌な音を立てて抉られる。
「くっ、この野郎!人の家で暴れんな!」
藍はそう言うと白雪姫に組み付いて引っ張ると、攻撃の体勢で不安定になっていた白雪姫と藍の二人は転がるようにして外へと出る。
藍はすぐさま立ち上がると先ほどの男から奪い取った拳銃を白雪姫に向けて撃つが、脅威的な反射速度で彼女はそれを避ける。
「ぐっ!」
「甘い。」
白雪姫は左腕に装着された鋏を藍に向けると、それを発射し、雪花の構えていた拳銃を弾き飛ばす。
「やばっ」
藍がすぐさま距離を離して逃げようとするが、それすらも予想していたと言わんばかりに白雪姫は大きく踏み込み、槍を突き出す。
突き出された鋭い一撃に対し、藍は身体を捻って避けようとするが、繰り出された鋭い一撃は回避を許さず彼女の装甲を火花を散らせながら削ぐ。
「おおおうっ!?」
藍はよろめきながらも何とか体勢を崩さず後退するが、白雪姫はそれすらも許さず攻撃の手も緩めない。
何とか身を捻り、腕部装甲で受け流すことで致命傷こそ受けないが、削がれるばかりで事態は悪化していくばかりだ。
「ぐっ、ぐっ、おっ!?」
「……。」
呻きながらも防御する藍を見ながら、白雪姫はある違和感を覚える。
(……コイツ。戦い慣れている?)
事前の情報によれば彼女は生まれてこの方一回も殺し合いをした事がないハズだ。
如何な天才と言えどもいきなりかつ初戦でここまで対応出来る人間などいない。
何の経験もないかつ初戦闘の藍が、厳しい訓練による戦闘経験と潤沢な装備を持つ白雪姫相手にここまで粘れているのがどうにも彼女には腑に落ちなかった。
攻撃を防ぎながら、白雪姫の攻撃をジッと観察していた藍だが、白雪姫の振るう一撃がとうとう藍を吹き飛ばして地面へ転ばせる。
「ぐぅうぅ!」
「──これで、終わり。」
倒れた藍に白雪姫が槍を振り上げ、トドメを刺そうとする。──その瞬間ニヤリ、と藍の口角が上がる。
「──馬鹿ね。それを待っていたのよ!」
次の瞬間“近くに”倒れていたもう一人の男のホルスターから拳銃を抜き取ると白雪姫に向けて発砲する。
「!!」
勿論拳銃程度の弾丸では彼女の纏うスーツを貫くことは出来ないが、それでも着弾した衝撃が彼女を襲う。
不意打ちに白雪姫が怯んだ隙に雪花は立ち上がると思い切り彼女を殴り飛ばした。
「……!?」
『何?』
さらに追い討ちの膝蹴りが炸裂し、悶絶したところにもう一発拳が叩き込まれる。
もんどり打って倒れる彼女に藍が勝ち誇ったように言う。
「どんなモンよ!年季が違うのよ年季が!」
藍がそう言う中、白雪姫の中にある感情が巻き起こる。感情が昂り、目の前の少女に対して攻撃的な衝動が沸く。
『白雪姫。何をしている。押されているぞ。』
何処か焦っているような砂郷の声が彼女の胸中をさらにグシャ混ぜにする。
「──ッ!!」
次の瞬間その感情に突き動かされるように彼女は槍を藍に向ける。
するとドリルの一部分が展開してパチパチとスパークしたかと思うと、次の瞬間青白い光線が放たれ、藍に炸裂する。
「お゛ッッ!?」
さしもの藍もいきなりの光線を避けることは出来ず、モロにそれを食らってしまい、大きく吹き飛ばされて地面を転がる。
「がっ……い゛っ……!?」
当たった箇所からパキパキッと音を立てて凍りついていくと同時に痛みが全身を襲い、倒れながら喘ぐ彼女を見ながら白雪姫は立ち上がると槍を振り上げる。
「──トドメを刺します。」
彼女はそう言うと冷たい視線で倒れる藍にその槍を振り下ろした。
To be continued…
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(続編や派生作品が有れば、なければ項目ごと削除でもおk)