鮒おじさん
更新日:2022/08/30 Tue 12:54:32
ーしっかし、驚いたわねー
カエデは川に投げたウキを見つめながら思った。
ーヒスイのお姉さんがこんなに素敵な場所を知ってたなんてー
~~~数日前、学校にて
「キャンプ場?」
「そうそう。カヤは知ってると思うけど、うちの従姉妹、報道関係の仕事としててね」
カエデの言葉に、ヒスイは頷き、説明した。
「この前の日曜日に一緒に出掛けたんだけど、来週の金曜から日曜にかけて、ロケで使うキャンプ場の下見をしに行きたいんだけど、ヒスイも友達と一緒にどうかって」
「面白そう!是非行きたいな!」
はしゃぐカヤを尻目に、ベティは乗り気では無いらしい。
「キャンプかぁ、私、あんまり運動は得意じゃないんだよなぁ···」
ヒスイは胸を張り、得意気に言う。
「キャンプと言っても、別に激しい山登りしたりとかそういうのじゃ無いんだよ。テントは大人の人が張ってくれるし、夜にはキャンプファイアーもするし」
「オッケー、それじゃあ私でも安心かな。カエデはどうする?」
カエデは行きたい気持ちはあるけど、と前置きをしてから言った。
「私は巫女の仕事があるかもしれないから···数日となると厳しいかも···」
カエデの言葉に、ヒスイはすかさず付け加える。
「新鮮なお肉やお野菜でバーベキューをして、魚釣りして、お菓子も食べれるよ」
「う、う~ん、でも···」
カエデは神社仕事と友達とおかしを天秤にかけた。
「い、行きたい!」
晴れた日の教室に、物欲に支配された女子の声が木霊した。
~~~金曜日、夕方
「それじゃあ皆、キャンプファイアーの準備をするから、どこかで遊んできて。面白い場所や危なそうな場所を確認してくれると嬉しいな」
そう声をかけたのは、ヒスイの従姉妹である宝生珊瑚である。
髪の色や目の色はヒスイと少し違うが、どことなく似た顔立ちの、二十代後半くらいの人だった。
ハキハキとカエデ達に伝えると、テントを張る作業をしている人達の方へと向かっていった。
髪の色や目の色はヒスイと少し違うが、どことなく似た顔立ちの、二十代後半くらいの人だった。
ハキハキとカエデ達に伝えると、テントを張る作業をしている人達の方へと向かっていった。
「遊ぶって言っても、どうしようね」
「そうだね、移動だけで疲れちゃったよ」
「そう?私は大丈夫だけどなぁ」
カエデの言葉に、ベティはぼやく。対してカヤは元気そうだ。
学校が終わってから直ぐに車に乗り込み、ロケ地の山へと来たので、辺りはもう夕方···若干暗がり始めている。
学校が終わってから直ぐに車に乗り込み、ロケ地の山へと来たので、辺りはもう夕方···若干暗がり始めている。
「ふっふっふ!私にはこれがある!」
ヒスイは珍しくはしゃいで、あるものを皆に見せた。
「竿?」
「そうだよ!」
カエデの言葉に、ヒスイは力強く返事した。
「今から鮒釣りをしに行きます!」
ビシッとどや顔を決めるヒスイは、いつになく輝いて見えた。
「鮒かぁ、釣れたら焼いて食べられそうね。私は行きたいわ」
カエデは乗り気だ。ヒスイはガッツポーズした。
「ええ···私はちょっと疲れたから、今日は休みたいな」
「私は他のスタッフ達に挨拶して、怖い話の情報収集するわ」
ベティとカヤは思ったより乗り気では無いらしい。
「ええ、そんなぁ」
ヒスイの残念そうな顔を見て、カヤは頭を掻いた。
「鮒釣りだったらいつも付き合ってるでしょ!また明日も出来るでしょ?今日は情報収集したいの」
「私もテント設置見届けてから休んでるけど···そうだ、二人共、これ持ってく?」
ベティはあるものを取り出した。ふわふわした長い棒状の物だ。大きさからして、キーホルダーのようだ。
ヒスイは首をかしげた。
ヒスイは首をかしげた。
「···何かの尻尾?」
「フォックステールって言うんだ。昨日入った雑貨屋でたまたま見つけて、買ってきたの」
「へぇ、どうしてこれを?」
カエデが首をかしげると、ベティはそれを左右に振った。鈴の音が響く。
「鈴がついてるから居場所分かるし、いないと思うけど、熊や猪避けになるかなって」
「へぇ~!気が利くじゃんベティ!」
カヤが瞳を輝かせる。
「まあ、高かったから二つしか買えなかったんだけどね、黒いのと黄色いの、どっちがいい?」
「付き合ってもらうし、カエデ選んでよ」
「ヒスイ、いいの?じゃあ、黒い方を貸してもらっていいかしら?」
「オッケー!どうぞ持ってって!」
~~~山の川沿いにて
ベティとカヤと別れた二人は、キャンプ場から近い場所にある川にやって来た。
時間は四時半。少し肌寒い気がするが、空気が美味しく感じるような場所だ。マイナスイオンのような物が出てるのかもしれないなと、カエデは思った。
ベティとカヤと別れた二人は、キャンプ場から近い場所にある川にやって来た。
時間は四時半。少し肌寒い気がするが、空気が美味しく感じるような場所だ。マイナスイオンのような物が出てるのかもしれないなと、カエデは思った。
「この辺りでいいかな」
ヒスイは大きなクーラーボックスと釣竿を携えており、既に何十年も釣ってきたかのようなベテランのような風格を漂わせて言った。
「大将、そういえば餌はどうするんですか!」
「大将って···いや、新人!勿論私は持ってきているぞ!」
ヒスイはクーラーボックスの中から餌となるゴカイの入ったパックを取り出した。
カエデはそれを見た瞬間飛び上がる。
カエデはそれを見た瞬間飛び上がる。
「ヒッ、蟲?!」
「虫じゃなくて、ゴカイだよ。もしかして怖かった?」
「こ、怖くないけど、トラウマがあるって言うか···」
「うーん、じゃあ練り餌を使おうか?」
ヒスイは再びクーラーボックスに腕を突っ込んで、挽き肉のような物が入ったパッケージを取り出した。
「そ、そっちを先に見せてほしかったわ···」
カエデはまだ冷や汗を垂らしつつ、そうぼやいた。
~~~回想終わり、現在、秘密の釣り場にて
「よし!釣れた!」
「や、やるわね、私もおかずをゲットしないと···」
やはり慣れているのか、ヒスイは着々と鮒を釣り上げていく。
対するカエデは全くと言うほどヒットが来ない。
対するカエデは全くと言うほどヒットが来ない。
「ふっふん!こう言うのは運もあるけど経験も必要だから!魚の気持ちを知るとか?」
ヒスイはニヤニヤして呟いた。
「カエデは物欲センサーが強いから鮒に勘づかれるのかもよ?」
「な、なによぉ!私だって一匹は釣れるんだから!」
カエデは躍起になって釣竿の先のウキを見つめる。
しかし、悲しい程に状況は変わらない。
数十分してよくやく水面がパシャリと揺れた。カエデの竿にかかったのだ。
しかし、悲しい程に状況は変わらない。
数十分してよくやく水面がパシャリと揺れた。カエデの竿にかかったのだ。
「き、来た!お、重い···?!引っ張られる!」
「え、もしかしたら鯉かも!カエデ、頑張って!」
カエデはなんとか竿が折れないように必死になって耐えた。
「わ、わあ!」
「か、カエデ?!」
引っ張られながら藪の中へ入っていく。
ようやく竿が大人しくなった頃には、辺りの様子が暗くなっていた。
ようやく竿が大人しくなった頃には、辺りの様子が暗くなっていた。
「捕まえ···た!!」
勢いよく振り上げる。そこには何もいなかった。
「え?逃げられた···の?」
カエデがヒスイに聞こうとした所、ヒスイはそこにいなかった。
カエデはヒスイと離ればなれになってしまっていたのだ。
カエデはヒスイと離ればなれになってしまっていたのだ。
~~~秘密の釣り場
「カエデ、どこ行ったんだろう。一通り探したけど、見つからないや···」
ヒスイは元の場所に戻ってきた。カエデが藪の中に引き込まれた後、探しに行ったが、どこにも見当たらなかった。
「今日はよく釣れたんだけどなぁ」
まさか溺れて···最悪の可能性が一瞬頭をよぎる。
「いやいや!カエデはそんなタマじゃないよね!全く、何考えてるんだろ···」
頭を振ってその考えを頭から振り落としていると、どこからかガサガサと茂みを踏み分ける音がした。
ーあ、カエデ帰ってきたんだー
ヒスイはホッとして音の方を向いた瞬間、尻餅をついた。
茂みを掻き分けて出てきたのは、カエデでは無かった。
だが、化け物の類いにも見えなかった。背丈こそ小学5年生の自分と同じくらいだが、普通のおじさんのようだ。
おじさんは体についた草の葉を払いながら、キョロキョロと辺りを見渡すと、ヒスイを見つけて、にこやかに声をかけてきた。
茂みを掻き分けて出てきたのは、カエデでは無かった。
だが、化け物の類いにも見えなかった。背丈こそ小学5年生の自分と同じくらいだが、普通のおじさんのようだ。
おじさんは体についた草の葉を払いながら、キョロキョロと辺りを見渡すと、ヒスイを見つけて、にこやかに声をかけてきた。
「お嬢ちゃん、釣れてるかい?」
変わった格好だが、普通の優しそうな声だった。
「あ、は、はい。釣れてます」
ヒスイは立ち上がって答えた。怖いという感じは全然しない。
白と黒の着物に、頭の上に黒くて長い、独特な形の帽子をつけているそのおじさんは、にこにこ微笑んでいて、とても優しそうに見えた。
白と黒の着物に、頭の上に黒くて長い、独特な形の帽子をつけているそのおじさんは、にこにこ微笑んでいて、とても優しそうに見えた。
ーなんだろう?格好からして、神職の人なのかな?ー
ヒスイは前に見せてもらったカエデの巫女装束を思い出した。
「お嬢ちゃん、お魚見せてもらえるかな?」
「は、はい」
おじさんはヒスイのクーラーボックスを見て、頬を緩めた。
「ほーう、大漁だねぇ、いくらかもらってもいいかな?」
「え?」
バリバリ···
ヒスイの返事も待たずに魚籠の中から一番大きい鮒を二本指ではさんでつまみ上げ、いただくよと両手で抱えて頭から囓り始めた。
「ヒッ!」
ヒスイは腰を抜かし、上ずった声をあげた。
バリバリという骨の砕ける音が聞こえてくる。
バリバリという骨の砕ける音が聞こえてくる。
「いいな、いいな、生臭いな」
おじさんはそんなような事を歌うようにつぶやいて、頭のなくなった鮒を草の上に捨てた。
「な、なにを···」
「殺生だよ!殺生はいいな、いいな」
クーラーボックスの上にしゃがみ込んで、今度は両手をつっこんで2匹の鮒を取り出すと、ヒスイに背を向けるようにして、交互に頭を囓りだした。
やはりバリバリゴリゴリと音をたてて頭だけ食べている。
生臭い臭いが強くした。
魚を捨てると立ち上がってこちらを振り向いた。
にこにこした顔はそのままだが、額と両側の頬に鮒の頭が生えていた。
鮒はまだ生きているようでぱくぱく口を開けてる。
やはりバリバリゴリゴリと音をたてて頭だけ食べている。
生臭い臭いが強くした。
魚を捨てると立ち上がってこちらを振り向いた。
にこにこした顔はそのままだが、額と両側の頬に鮒の頭が生えていた。
鮒はまだ生きているようでぱくぱく口を開けてる。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ヒスイは大声を上げてしまった。
ここから逃げなくてはいけないと思ったが、体が動かない。
ここから逃げなくてはいけないと思ったが、体が動かない。
おじさんは動物のような動きで一跳びでヒスイの側まで来た。
「お嬢ちゃんも貰っていいかな」
そう言って肩に手をかけてきた。
思わず身をすくめると、おじさんはさっと首に手をかけた。
顎をあげられて、強制的におじさんと目を合わせられる。
思わず身をすくめると、おじさんはさっと首に手をかけた。
顎をあげられて、強制的におじさんと目を合わせられる。
「···お嬢ちゃん、神徳はないねぇ、どこかにお参りにいったりしてないかい?」
ヒスイはおじさんの顔から目が離せず、口も動かす事が出来なかった。するとおじさんは急変し、その顔が黒くなり、吠えるような大声で叫んだ。
「どっかにお参りにいってないかと聞いてるんだ」
「い、い、行ってない···です···」
思わずそう返事してしまう。おじさんは元のにこにこ顔に戻った。
「じゃあ、貰おうねぇ」
「い、やだぁ···やめて···」
生きた鮒が顔から生えてるおじさんが、ヒスイの身体を抱えあげようとする。
身をすくめると、同時におじさんのほうも弾かれたように跳び離れた。
身をすくめると、同時におじさんのほうも弾かれたように跳び離れた。
「きゃ!」
ヒスイはおじさんに捨てられ、川の中に身を沈めた。
「許さない!」
声の主はおじさんのものではない、カエデのものだった。
「カエデ!」
カエデは怒髪天を衝いた表情でおじさんを睨み付けていた。
おじさんもカエデを睨む。
おじさんもカエデを睨む。
「···お嬢ちゃん、神徳があるねえ、厄介だねぇ」
「···巫女だから」
「それだけじゃないよねぇ、もっと酷いのが憑いてるよねぇ、分が悪いからまた来るよ」
ゴーッと強い風が顔に当たって、ヒスイは目をつぶった。
「逃がさんと言うたじゃろう!」
一瞬、カエデの声が太く歪んだ気がした。おじさんの叫び声がする。
ヒスイがもう一度目を開けるとおじさんの姿はなくなっていた。
カエデが幽霊のように立ち竦んで、青い顔をしている。
カエデが幽霊のように立ち竦んで、青い顔をしている。
「か、カエデ···?」
「うん、私。そこにいると、風邪引くよ。あがってきなよ」
恐る恐る声をかけると、いつものカエデだった。
「カエデ、さっきなにがあったの?」
「別に、いつもみたいに祓っただけだから、もうテントに戻ろう。暗くなってきちゃうよ」
青白い顔のカエデは目で訴えた。
ー何も聞かないで、早く行こうー
「う、うん」
二人はそれから一言も話さず、後片付けをしてその場を去ったのだった。
~~~テントにて
「ヒスイ!カエデ!」
二人を見つけたベティが酷く取り乱して抱きついてきた。
「ど、どうしたのよ?」
カエデが抱き止め、落ち着かせるように言う。
「カヤが···カヤが···」
ベティの目は不安で揺れていた。
「出てっちゃったの!今大人の人達が探してる!もう少しして日が完全に落ちたら、警察に連絡するって!」
カエデとヒスイの目が、テントにかけられた時計に飛ぶ。時刻は七時、日の入りまであと十五分ーーー。