ここに作品タイトル等を記入
更新日:2023/05/21 Sun 01:08:00
霧雨がシトシトと降る少し肌寒い夜道を一人の男が歩いていた。
「うぅ〜、寒む寒む。」
おでこが見えるようにかきあげてセットしている少し朱が入った黒茶の前髪を弄りながら男はボヤく。
「早く帰ろ…。」
寒さに耐えかねた男の脚が温かい家を目指して、前へ前へと徐々に速くなる。
帰りを急ぎ、少し浮かれ気分の彼が丁度曲がり角に差し掛かったその時。
「うわっ」
同じく反対側から出てきた青年とぶつかる。ぶつかった衝撃と驚いた拍子に互いにすっ転んで尻餅をつく。
「あぁ、すみません。よそ見してました…。」
「あ、いえ。俺も良く見てませんでしたから……。」
男は立ち上がると、青年に謝罪をする。その青年は青い制服に身を包んだ黒髪を短髪に切り揃えたの男性の警察官の姿があった。
警察官は男の手を借り、立ち上がるとパンパンと服を払いながら尋ねる。
「俺は三古井岳人。貴方の名前は?」
「僕の名前は紫水昇鯉(しすい しょうり)。しがない研究員ですよ。」
警察官、岳人に尋ねられた男、昇鯉はそう答える。
「こんな夜遅くまで、ご苦労様です。ですが最近この辺物騒な事件があって危ないからもうちょっと早く帰るようにした方がいいですよ。」
「事件?」
オウム返しのように彼が尋ね返すと、岳人がため息混じりに言う。
「殺人事件さ。丁度今夜みたいな夜にね。この街で人が殺されているんだよ。だから君達も早く帰った方がいい。」
「この辺で殺人事件?そんなニュースやってたかな?」
「……まぁちょっと訳アリでね。」
頭に疑問符を浮かべる昇鯉に岳人少し気まずそうに言葉を濁した次の瞬間。
「きゃー!!」
暗い夜道に絹を裂いたような、女性の悲鳴が聞こえる。その声に岳人が反応する。
「悲鳴!?」
彼はすぐさまそこから離れ、声の元へと向けて走り出す。
「あっ、待ってお巡りさん!」
そんな彼を追いかけるように昇鯉も走り出した。
「早く帰ろ…。」
寒さに耐えかねた男の脚が温かい家を目指して、前へ前へと徐々に速くなる。
帰りを急ぎ、少し浮かれ気分の彼が丁度曲がり角に差し掛かったその時。
「うわっ」
同じく反対側から出てきた青年とぶつかる。ぶつかった衝撃と驚いた拍子に互いにすっ転んで尻餅をつく。
「あぁ、すみません。よそ見してました…。」
「あ、いえ。俺も良く見てませんでしたから……。」
男は立ち上がると、青年に謝罪をする。その青年は青い制服に身を包んだ黒髪を短髪に切り揃えたの男性の警察官の姿があった。
警察官は男の手を借り、立ち上がるとパンパンと服を払いながら尋ねる。
「俺は三古井岳人。貴方の名前は?」
「僕の名前は紫水昇鯉(しすい しょうり)。しがない研究員ですよ。」
警察官、岳人に尋ねられた男、昇鯉はそう答える。
「こんな夜遅くまで、ご苦労様です。ですが最近この辺物騒な事件があって危ないからもうちょっと早く帰るようにした方がいいですよ。」
「事件?」
オウム返しのように彼が尋ね返すと、岳人がため息混じりに言う。
「殺人事件さ。丁度今夜みたいな夜にね。この街で人が殺されているんだよ。だから君達も早く帰った方がいい。」
「この辺で殺人事件?そんなニュースやってたかな?」
「……まぁちょっと訳アリでね。」
頭に疑問符を浮かべる昇鯉に岳人少し気まずそうに言葉を濁した次の瞬間。
「きゃー!!」
暗い夜道に絹を裂いたような、女性の悲鳴が聞こえる。その声に岳人が反応する。
「悲鳴!?」
彼はすぐさまそこから離れ、声の元へと向けて走り出す。
「あっ、待ってお巡りさん!」
そんな彼を追いかけるように昇鯉も走り出した。
「大丈夫ですかー!?」
岳人はそう叫びながら、声がした現場へと駆けつける。
そこには恐怖で尻餅をついているベージュのカーディガンを羽織った長い茶髪の女性。そして頭を金に染め、黒のパーカーにグレーのダボダボのズボンといかにも柄の悪そうな出立ちの男性──の首を掴んで持ち上げているフード付きのレインコートに身を包んだ長身の人物がいた。
フードで顔を覆っているせいで容貌どころか男か女かすらも判別出来ないが、男の首を締め上げて地面から足が離れているのを見る限り、かなりの膂力の持ち主である事が伺える。
男性は首を締め上げられているせいで言葉を発する事が出来ず、酸素を求めて口をパクパクさせており、恐怖で顔が青ざめている。
「そこの君!その男性を離しなさい!」
岳人がそう言ってフードの人物にそう言いながら、引き離そうと歩を進めようとしたその時。
突然風が吹き、フードが取れ、男を締め上げる人物の容貌が顕になる。
一言で言えば。その顔は人間とは程遠いものだった。叩き潰したサメのようなブヨブヨの醜い顔は、雨で濡れてヌラヌラと不気味な光沢を放ち、大きく裂けた口からは赤黒く汚れた鋭い牙を覗かせている。
「うっ、おっ…」
あまりに醜悪なビジュアルに岳人は思わず面喰らい、歩が止まる。
それと同時に遅れて昇鯉が到着する。
「ちょっ、お巡りさん速すぎ……って何だあれ…」
男を締め上げる怪物を見た昇鯉が思わず声を漏らす。
一方の怪物は岳人に対して全く興味を示さず、目の前の男に顔を近づける。
「───」
怪物は男に向かって何かを呟いた、二人にはそう見えた。それを裏付けるように男の目が大きく見開かれる。
すると怪物は鋭い牙がビッシリと生えた口を裂けんばかりに大きく開ける。
「─ッやめろっ」
ここから起こる事を察した岳人が叫ぶより早く、怪物の大きく開いた口が男の顔に齧り付く。
硬いものが砕ける音と、何かがグチャリと潰れた鈍い音が噴き出す鮮血と共に響く。
強靭な顎によって噛み砕かれた男の顔はまるで柘榴のような赤黒く、ゲロデスクな断面を残すだけとなっており、素人目からしても即死である事が伺える。
怪物は二、三回咀嚼するように口を動かすと、ペッと男の顔の残骸を吐き捨てる。
「うおぉっ……」
あまりに凄惨な光景を前に岳人と昇鯉の二人は気圧されて動く事が出来ない。
だが、そんな彼らを現実に引き戻すように無造作に放り捨てられた男の死体を見た女性が悲鳴を上げる。
その悲鳴を聞いて、ハッと我に戻った岳人が腰のホルスターから銃を抜き取ると怪物に突きつける。
「──動くなッ!動けば撃つ!」
カチリ、と激鉄が上がる音に初めて怪物は彼に気づいたよう振り向く。
怪物はクルルと短く喉を鳴らし、女性を一瞥するとダッと脇目も振らず逃げ出す。
「あっ、待てっ!」
岳人は逃げ出す怪物に向けて銃を発砲する。
ズギューンという火薬の弾ける音と共に銃弾が飛ぶ。だが怪物は素早く物陰に身を隠し、衣服の一部を切り裂かれながらも銃弾をやり過ごす。
岳人は怪物を追いかけるように物陰に飛び込む。しかし、彼がそこに辿り着く頃には怪物の姿は影も形もなくなっていた。
「逃げた…?」
岳人が辺りを見回し、怪物を探している間、女性に昇鯉が話し掛ける。
女性は茶髪の長い髪に、少し濃い目のメイクをし、ベージュのワンピースにカーディガンを羽織ったラフな格好をしていた。
「大丈夫ですか?怪我は……?」
「ああっ、あ、あっ、ケンジは……ケンジが…」
女性は顔を青ざめさせ、恐怖で震えながら、辿々しくケンジと呼ばれた男の死体を見つめる。
「……彼は、残念ですが。」
凄惨な殺され方をした死体に目をやった昇鯉が首を振ると、女性が嗚咽を上げて泣き崩れる。
そんな彼女を気の毒そうに昇鯉が見つめていたその時。
「ん……?」
ふと何かが落ちている事に気づいた昇鯉がそれを拾い上げる。
それは随分と年季の入ったボロボロの布切れだった。恐らく先程の銃撃で一部が裂けたのだろう。
拾い上げた彼はその布をマジマジと見つめる。
その布には破損していて見辛いがIKのイニシャルが刺繍されていた。
「……これは?」
昇鯉が破片を顔に近づけたその時。
「君、大丈夫か?」
どうやら怪物を見失ったらしく、戻ってきた岳人が女性に話し掛ける。
話しかけられた女性が顔を上げると、視線が合う──次の瞬間岳人の姿を見た女性は半狂乱になりながら縋り付くように彼の服を掴む。
「た、助けてお巡りさん!!あ、アイツ!ケンジを殺した!!前はキヨミ、ケイスケも!…今度は、アタシ、アタシを殺しにくるに決まっている!!」
物凄い形相で半狂乱気味に叫ぶ彼女に岳人は困惑しながらも、落ち着かせるべく語り掛ける。
「落ち着いて下さい。何故、あの怪物の狙いが……」
「だ、だって……!!」
女性は叫ぶ。
「アイツは“サメジマ”よ!!サメジマの亡霊なのよ!!」
岳人はそう叫びながら、声がした現場へと駆けつける。
そこには恐怖で尻餅をついているベージュのカーディガンを羽織った長い茶髪の女性。そして頭を金に染め、黒のパーカーにグレーのダボダボのズボンといかにも柄の悪そうな出立ちの男性──の首を掴んで持ち上げているフード付きのレインコートに身を包んだ長身の人物がいた。
フードで顔を覆っているせいで容貌どころか男か女かすらも判別出来ないが、男の首を締め上げて地面から足が離れているのを見る限り、かなりの膂力の持ち主である事が伺える。
男性は首を締め上げられているせいで言葉を発する事が出来ず、酸素を求めて口をパクパクさせており、恐怖で顔が青ざめている。
「そこの君!その男性を離しなさい!」
岳人がそう言ってフードの人物にそう言いながら、引き離そうと歩を進めようとしたその時。
突然風が吹き、フードが取れ、男を締め上げる人物の容貌が顕になる。
一言で言えば。その顔は人間とは程遠いものだった。叩き潰したサメのようなブヨブヨの醜い顔は、雨で濡れてヌラヌラと不気味な光沢を放ち、大きく裂けた口からは赤黒く汚れた鋭い牙を覗かせている。
「うっ、おっ…」
あまりに醜悪なビジュアルに岳人は思わず面喰らい、歩が止まる。
それと同時に遅れて昇鯉が到着する。
「ちょっ、お巡りさん速すぎ……って何だあれ…」
男を締め上げる怪物を見た昇鯉が思わず声を漏らす。
一方の怪物は岳人に対して全く興味を示さず、目の前の男に顔を近づける。
「───」
怪物は男に向かって何かを呟いた、二人にはそう見えた。それを裏付けるように男の目が大きく見開かれる。
すると怪物は鋭い牙がビッシリと生えた口を裂けんばかりに大きく開ける。
「─ッやめろっ」
ここから起こる事を察した岳人が叫ぶより早く、怪物の大きく開いた口が男の顔に齧り付く。
硬いものが砕ける音と、何かがグチャリと潰れた鈍い音が噴き出す鮮血と共に響く。
強靭な顎によって噛み砕かれた男の顔はまるで柘榴のような赤黒く、ゲロデスクな断面を残すだけとなっており、素人目からしても即死である事が伺える。
怪物は二、三回咀嚼するように口を動かすと、ペッと男の顔の残骸を吐き捨てる。
「うおぉっ……」
あまりに凄惨な光景を前に岳人と昇鯉の二人は気圧されて動く事が出来ない。
だが、そんな彼らを現実に引き戻すように無造作に放り捨てられた男の死体を見た女性が悲鳴を上げる。
その悲鳴を聞いて、ハッと我に戻った岳人が腰のホルスターから銃を抜き取ると怪物に突きつける。
「──動くなッ!動けば撃つ!」
カチリ、と激鉄が上がる音に初めて怪物は彼に気づいたよう振り向く。
怪物はクルルと短く喉を鳴らし、女性を一瞥するとダッと脇目も振らず逃げ出す。
「あっ、待てっ!」
岳人は逃げ出す怪物に向けて銃を発砲する。
ズギューンという火薬の弾ける音と共に銃弾が飛ぶ。だが怪物は素早く物陰に身を隠し、衣服の一部を切り裂かれながらも銃弾をやり過ごす。
岳人は怪物を追いかけるように物陰に飛び込む。しかし、彼がそこに辿り着く頃には怪物の姿は影も形もなくなっていた。
「逃げた…?」
岳人が辺りを見回し、怪物を探している間、女性に昇鯉が話し掛ける。
女性は茶髪の長い髪に、少し濃い目のメイクをし、ベージュのワンピースにカーディガンを羽織ったラフな格好をしていた。
「大丈夫ですか?怪我は……?」
「ああっ、あ、あっ、ケンジは……ケンジが…」
女性は顔を青ざめさせ、恐怖で震えながら、辿々しくケンジと呼ばれた男の死体を見つめる。
「……彼は、残念ですが。」
凄惨な殺され方をした死体に目をやった昇鯉が首を振ると、女性が嗚咽を上げて泣き崩れる。
そんな彼女を気の毒そうに昇鯉が見つめていたその時。
「ん……?」
ふと何かが落ちている事に気づいた昇鯉がそれを拾い上げる。
それは随分と年季の入ったボロボロの布切れだった。恐らく先程の銃撃で一部が裂けたのだろう。
拾い上げた彼はその布をマジマジと見つめる。
その布には破損していて見辛いがIKのイニシャルが刺繍されていた。
「……これは?」
昇鯉が破片を顔に近づけたその時。
「君、大丈夫か?」
どうやら怪物を見失ったらしく、戻ってきた岳人が女性に話し掛ける。
話しかけられた女性が顔を上げると、視線が合う──次の瞬間岳人の姿を見た女性は半狂乱になりながら縋り付くように彼の服を掴む。
「た、助けてお巡りさん!!あ、アイツ!ケンジを殺した!!前はキヨミ、ケイスケも!…今度は、アタシ、アタシを殺しにくるに決まっている!!」
物凄い形相で半狂乱気味に叫ぶ彼女に岳人は困惑しながらも、落ち着かせるべく語り掛ける。
「落ち着いて下さい。何故、あの怪物の狙いが……」
「だ、だって……!!」
女性は叫ぶ。
「アイツは“サメジマ”よ!!サメジマの亡霊なのよ!!」
「……まさか。僕まで警察のお世話になっちゃうとは。」
「…すみませんね。一応事件現場にいた証人なんで。」
用意された部屋で椅子に座りながら昇鯉がぼやくと岳人が謝る。
昇鯉は天井を見上げながら呟く。
「……にしても、まぁ信じてもらえませんよね。鮫の怪物があの男を殺しました、なんて。」
「…まぁ、正直俺もこの目で見なかったから信じてないよ。今でもアレは夢じゃないか、って思う。」
「まぁ、ですよね。」
昇鯉はあの後警察に事件現場に居合わせたとして、一応参考人として事情聴取を取られたが、見たままを喋ったら物凄く怪訝な顔をされた。
なんだったら薬でもやっているのかと疑われた。実際の被害者である女性の証言と岳人の報告もあり、一応は信じて貰えたが。
「……にしても、あの女の人が言っていた“サメジマ”ってのは何なんでしょうね。」
「さぁな。後は警察の仕事。君は関わらなくていい事だ。」
昇鯉の質問に岳人は突き放すような対応する。
その対応に彼はしばし岳人を見据えた後肩を落として言う。
「まぁ、そうですね。部外者には流石に、話せませんよね。」
「そうだ。一般人が気軽に首を突っ込むもんじゃない。」
「分かってますよ。」
岳人がそう言うと、昇鯉はそう答え、ふぅ、と一息つくと岳人に尋ねる。
「あ、それで結局僕はいつ帰れますかね?」
「…すみませんね。一応事件現場にいた証人なんで。」
用意された部屋で椅子に座りながら昇鯉がぼやくと岳人が謝る。
昇鯉は天井を見上げながら呟く。
「……にしても、まぁ信じてもらえませんよね。鮫の怪物があの男を殺しました、なんて。」
「…まぁ、正直俺もこの目で見なかったから信じてないよ。今でもアレは夢じゃないか、って思う。」
「まぁ、ですよね。」
昇鯉はあの後警察に事件現場に居合わせたとして、一応参考人として事情聴取を取られたが、見たままを喋ったら物凄く怪訝な顔をされた。
なんだったら薬でもやっているのかと疑われた。実際の被害者である女性の証言と岳人の報告もあり、一応は信じて貰えたが。
「……にしても、あの女の人が言っていた“サメジマ”ってのは何なんでしょうね。」
「さぁな。後は警察の仕事。君は関わらなくていい事だ。」
昇鯉の質問に岳人は突き放すような対応する。
その対応に彼はしばし岳人を見据えた後肩を落として言う。
「まぁ、そうですね。部外者には流石に、話せませんよね。」
「そうだ。一般人が気軽に首を突っ込むもんじゃない。」
「分かってますよ。」
岳人がそう言うと、昇鯉はそう答え、ふぅ、と一息つくと岳人に尋ねる。
「あ、それで結局僕はいつ帰れますかね?」
「ふぅ、ただいま〜」
「お帰りなさい。」
玄関の扉を閉めながら昇鯉がそう言うと、奥から一人の女性が出て来る。
「遅かったわね。」
桃色の腰まで届く長い髪をポニーテールに纏め、翡翠色の瞳に柔和な雰囲気を醸し出す彼女が昇鯉に話し掛ける。
彼女の眼鏡を掛けて、耳に鉛筆を挟んでいる姿を見た昇鯉は彼女に苦笑しながら言う。
「龍那さん、原稿が仕上がらない感じ?」
「そうなの。今ちょっと煮詰まってて。」
「だったら聞いてよ龍那さん。少し興味深い事があったんだ。もしかしたら参考になるかも。」
「あらあら。話は後で聞きますから。まずご飯にします?お風呂にします?」
「お風呂かなぁ。」
彼女、龍那にスーツの上着を預けて、彼は風呂場へ向かう。
そして、シャワーを浴びた昇鯉がリビングに入ると、机の上に温かそうに湯気を立てる夕食が並べられていた。
それを見た彼は嬉しそうに目を輝かせながらいそいそと食卓につく。
「お、これこれ。やっぱり龍那さんの作るご飯が一番美味しそうだよ。」
「あら。嬉しいわ。ビール開けます?」
「うん。ありがとう。」
彼女がビールを注ぐ音を聞きながら、昇鯉がキョロキョロとリビングを見回した後、尋ねる。
「あれ?龍賢と龍香は?」
「二人とももう寝てるわ。日付超えちゃってるもの。」
「あっ、もうそんな時間か。」
「龍賢ったらさっきまで貴方にこの事を直接言おうとしてたわよ。」
そう言うと、龍那は一枚のプリントを差し出す。それはどうやら学校行事のお知らせのようで、学校対抗の試合をするようだった。
「龍賢がバスケットの選手として出るから是非見に来て欲しい、って言ってたわ。」
「あちゃあ……そりゃ悪い事しちゃったな。」
「どう?その日、行けそう?」
「そりゃ、勿論行くともさ。だって親は子を一番に考える物だからね。」
そう言ってプリントを手に取り、食事をしながら彼はプリントに目を走らせる。
そこでふと、気になるものを見つける。それは対戦学校の名前の一覧。学校名の横にその学校の校章が記載されていた。
そしてその一覧の中にある一華学園と記載されている学校の校章に彼は見覚えがあった。
「これは…」
昇鯉はそう言うとスーツのポケットに入れていた布切れを取り出し、見比べて見る。
「……やっぱり。」
布切れについていた校章はボロボロで色褪せているが、それでもプリントにあったソレと寸分違わなかった。
「どうしたの、それ?」
昇鯉が手に取った布切れに龍那が興味を持つ。
「ん、あぁ。これはね……」
昇鯉が説明しようとして、龍那が顔を近づけると、何かに気づいたのか眉を顰める。
「……うん?香水?」
「へ?」
彼女の言葉に昇鯉が目を丸くしていると、それとは対照的に匂いを嗅いでいる龍那の表情が段々と険しくなる。
「…昇鯉さん。この香水……女物……」
「え。ホント?」
昇鯉も続くように匂いを嗅ぐと、確かに仄かな甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「……まさか」
龍那のジトっとした視線に昇鯉は一瞬キョトンとなるが、すぐに彼女の考えている事を察すると、慌てて手を振って弁明する。
「……あ!違う違う!龍那さんが思っているようなとこには行ってないよ!これには事情があって──」
昇鯉はそう言って今夜あった事件について龍那に喋り出す。警察にあった事、悲鳴が聞こえて駆けつけたら、サメの怪物がいた事、そしてその怪物は人を襲う事、それで今まで事情聴取として警察署にいたことを全て語り終えること
「…それで、この布切れが現場に落ちてたもの、ってこと?」
「そうそう!そう言う事!」
昇鯉が便乗するようにそう言うと、龍那はジッ、とそれを見つめる。
目を凝らして見つめるその様に、疑いの眼を向けられている気がした昇鯉の背筋を冷や汗が伝う。
(やっぱ無理あるかこの話……!)
全部事実とは言え、明らかに荒唐無稽な話。いくらなんでも信じてもらえないか……と考えあぐねていると、龍那の目が見開かれる。
「……面白い。」
「へ?」
「雨の日の怪物……残された謎。中々面白いじゃない。次のお話の題材にさせて貰おうかしら。」
「あ、え?」
「そうと決まれば早速調査をしましょう!昇鯉さん明日お休みでしょ?」
「え、うん。いや、そうだけど。」
「二人は明日学校でいないし、丁度いいわ。」
「そうだね。丁度いい……じゃなくて!この話信じるの!?」
昇鯉がそう言うと、龍那はキョトン、とした顔をして呆気からんと言う。
「?だって昇鯉さん私に嘘つけないでしょ?」
「いや、それは……そうだけど。」
口籠る彼に、龍那は頬杖をつきながら笑みを浮かべて言う。
「それに、昇鯉さんが一番愛しているのは私だから。」
その言葉を聞いた彼は少し目をぱちくりとさせた後、後頭部をかきながら言う。
「……こりゃ、すごい殺し文句だね。」
「でしょ?浮気なんて絶対出来ないんだから。」
照れる彼に龍那はそうウィンクして返すのだった。
「お帰りなさい。」
玄関の扉を閉めながら昇鯉がそう言うと、奥から一人の女性が出て来る。
「遅かったわね。」
桃色の腰まで届く長い髪をポニーテールに纏め、翡翠色の瞳に柔和な雰囲気を醸し出す彼女が昇鯉に話し掛ける。
彼女の眼鏡を掛けて、耳に鉛筆を挟んでいる姿を見た昇鯉は彼女に苦笑しながら言う。
「龍那さん、原稿が仕上がらない感じ?」
「そうなの。今ちょっと煮詰まってて。」
「だったら聞いてよ龍那さん。少し興味深い事があったんだ。もしかしたら参考になるかも。」
「あらあら。話は後で聞きますから。まずご飯にします?お風呂にします?」
「お風呂かなぁ。」
彼女、龍那にスーツの上着を預けて、彼は風呂場へ向かう。
そして、シャワーを浴びた昇鯉がリビングに入ると、机の上に温かそうに湯気を立てる夕食が並べられていた。
それを見た彼は嬉しそうに目を輝かせながらいそいそと食卓につく。
「お、これこれ。やっぱり龍那さんの作るご飯が一番美味しそうだよ。」
「あら。嬉しいわ。ビール開けます?」
「うん。ありがとう。」
彼女がビールを注ぐ音を聞きながら、昇鯉がキョロキョロとリビングを見回した後、尋ねる。
「あれ?龍賢と龍香は?」
「二人とももう寝てるわ。日付超えちゃってるもの。」
「あっ、もうそんな時間か。」
「龍賢ったらさっきまで貴方にこの事を直接言おうとしてたわよ。」
そう言うと、龍那は一枚のプリントを差し出す。それはどうやら学校行事のお知らせのようで、学校対抗の試合をするようだった。
「龍賢がバスケットの選手として出るから是非見に来て欲しい、って言ってたわ。」
「あちゃあ……そりゃ悪い事しちゃったな。」
「どう?その日、行けそう?」
「そりゃ、勿論行くともさ。だって親は子を一番に考える物だからね。」
そう言ってプリントを手に取り、食事をしながら彼はプリントに目を走らせる。
そこでふと、気になるものを見つける。それは対戦学校の名前の一覧。学校名の横にその学校の校章が記載されていた。
そしてその一覧の中にある一華学園と記載されている学校の校章に彼は見覚えがあった。
「これは…」
昇鯉はそう言うとスーツのポケットに入れていた布切れを取り出し、見比べて見る。
「……やっぱり。」
布切れについていた校章はボロボロで色褪せているが、それでもプリントにあったソレと寸分違わなかった。
「どうしたの、それ?」
昇鯉が手に取った布切れに龍那が興味を持つ。
「ん、あぁ。これはね……」
昇鯉が説明しようとして、龍那が顔を近づけると、何かに気づいたのか眉を顰める。
「……うん?香水?」
「へ?」
彼女の言葉に昇鯉が目を丸くしていると、それとは対照的に匂いを嗅いでいる龍那の表情が段々と険しくなる。
「…昇鯉さん。この香水……女物……」
「え。ホント?」
昇鯉も続くように匂いを嗅ぐと、確かに仄かな甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「……まさか」
龍那のジトっとした視線に昇鯉は一瞬キョトンとなるが、すぐに彼女の考えている事を察すると、慌てて手を振って弁明する。
「……あ!違う違う!龍那さんが思っているようなとこには行ってないよ!これには事情があって──」
昇鯉はそう言って今夜あった事件について龍那に喋り出す。警察にあった事、悲鳴が聞こえて駆けつけたら、サメの怪物がいた事、そしてその怪物は人を襲う事、それで今まで事情聴取として警察署にいたことを全て語り終えること
「…それで、この布切れが現場に落ちてたもの、ってこと?」
「そうそう!そう言う事!」
昇鯉が便乗するようにそう言うと、龍那はジッ、とそれを見つめる。
目を凝らして見つめるその様に、疑いの眼を向けられている気がした昇鯉の背筋を冷や汗が伝う。
(やっぱ無理あるかこの話……!)
全部事実とは言え、明らかに荒唐無稽な話。いくらなんでも信じてもらえないか……と考えあぐねていると、龍那の目が見開かれる。
「……面白い。」
「へ?」
「雨の日の怪物……残された謎。中々面白いじゃない。次のお話の題材にさせて貰おうかしら。」
「あ、え?」
「そうと決まれば早速調査をしましょう!昇鯉さん明日お休みでしょ?」
「え、うん。いや、そうだけど。」
「二人は明日学校でいないし、丁度いいわ。」
「そうだね。丁度いい……じゃなくて!この話信じるの!?」
昇鯉がそう言うと、龍那はキョトン、とした顔をして呆気からんと言う。
「?だって昇鯉さん私に嘘つけないでしょ?」
「いや、それは……そうだけど。」
口籠る彼に、龍那は頬杖をつきながら笑みを浮かべて言う。
「それに、昇鯉さんが一番愛しているのは私だから。」
その言葉を聞いた彼は少し目をぱちくりとさせた後、後頭部をかきながら言う。
「……こりゃ、すごい殺し文句だね。」
「でしょ?浮気なんて絶対出来ないんだから。」
照れる彼に龍那はそうウィンクして返すのだった。
「行って来まーす。」
「行って来ます。」
「気をつけて行ってらっしゃい。」
翌日。龍香と龍賢の子供達二人を見送ると、昇鯉達は出発の準備を始める。
そして動きやすいラフな格好に着替えた二人は玄関を開けて外へと出る。
「さっ、行きましょうか。」
「行くって言ったってまずはどこに行こうか。」
昇鯉が尋ねると、彼女は携帯をカチカチッと操作しながら言う。
「知り合いの伝手で、昇鯉さんが手に入れた切れ端の学校“一華学園”の卒業生にアポ取ってもらったから、まずはその人に会いに行くわ。」
「龍那さんホントに行動が早いね…。」
妻の行動力に関心しながら昇鯉達は待ち合わせ場所まで行く。そこはテラス席のある小洒落た木造の落ち着いた雰囲気が漂う喫茶店だった。
少し奥の仕切りがある席には三十代位と思われるウェーブをかけた茶髪に白いパーカーを羽織ったチャラそうな雰囲気の男性がいた。
その男性に龍那が話し掛ける。
「おはようございます。貴方が取材を受けてくださる…」
「はい。麻田 洋一(あさだ よういち)でっす。」
龍那が話しかけた男性、麻田が手を上げて陽気にそう答えると、龍那と昇鯉が向かい側の席に座る。
「急なお願いに応えて頂きありがとうございます。私、作家をしています紫水龍那です。そしてこっちがアシスタントの昇鯉さん。」
「えっ、あっ、どうもアシスタントの昇鯉です。」
龍那の言葉に昇鯉が合わせる。
二人の自己紹介が終わると、麻田は嬉しそうに笑みすら浮かべながら口を開く。
「いえいえ、あの紫水龍那さんの取材を受けれるなんて、光栄ですよー。あっ、サインいいっすか?あと写真。」
「あら、それくらい全然いいわよ。」
自己紹介の通り、龍那は小説家を仕事にしている……と言っても小遣い稼ぎと自身の趣味を兼ねている、気が向いたら執筆する程度のものだが。
なので大して有名でもない……のだが、妙にコアなファンな一定数いるのだ。
龍那は早速ペンを取り出すと、取材を開始する。
「では、早速取材に入らせて頂きます。……貴方の通っていた学校…一華学園で、何か事件とか、ありましたか?例えば……公にはなってないような、ちょっとヤバい事件とか。」
「おォッ。いきなりぶっ込むねぇっ。紫水さん。」
「面白い小説にするためには、少し位過激な情報が欲しいのよ。」
龍那の切り込んだ質問に、麻田は少し冷や汗を浮かばせながらもニヤリと笑みを浮かべて、辺りをキョロキョロと見回す。
「……これ、俺が話した、って言わないで下さいよ。」
男はそう前置きをすると、ヒソヒソと禁忌を犯す背徳感と秘密をバラすことによるある種の開放感による喜びで震える声で話し出す。
「……ウチの学校ではね、絶対喋ってはいけないヤバい事件ってのがあったんですよ。…今の現役の子は知らないでしょうが。」
「……喋ってはいけない事件?」
「そ。……俗に言うイジメ、って奴です。」
「……イジメ。」
飛び出た言葉を龍那が反芻する。
「昔、鮫島、って奴がいたんですよ。ネットが趣味で少し陰気な奴だったけど、大人しくて物静かで悪いやつじゃなかった。……けど、そういう奴っていじめっ子からしたら格好のマトなんですよ。」
「……。」
「ケンジ、キヨミ、ケンスケ、アヤ。四人はよく鮫島を呼び出したり、絡んだりしてイジメを繰り返していた。……んで、鮫島の奴。その愚痴をネットの掲示板に書いてたんだ。吐き出せる場所があったからアイツも耐えられていたんだろうが……ある日、その愚痴がアイツらに見つかって、キレたアイツらがとうとう……って感じ。同じ不満を持つ生徒を装って…出て来たアイツを、ね。」
「………それは。」
「けど、ヤバいのはこれからさ。ただのイジメによる殺人ならニュースになるし、皆も知ってる。けどアンタ達聞いた事ないだろ。これ。」
「確かに……昇鯉さん聞いた事ある?」
「……いや、ないな。」
「だろ?だってこの事件はよ──警察に揉み消された事件なんだぜ。」
「なっ。」
麻田の言葉に龍那は驚き、昇鯉も目を細める。
「イジメっ子達の一人、ケンジって奴。親が警察の偉い人でさ。子供がイジメで殺人、なんて外聞きが悪いだろ?だからこう、上手いことやったみたいでさ。」
「だからって……」
「それに、そんなことをしても親御さんが黙ってないんじゃないか?」
昇鯉の問いに麻田はへっ、と肩を竦めて。
「だったら今度はその親を黙らせる、って寸法よ。……鮫島、母子家庭で母親が一人いたんだけど、行方不明さ。でも“三条海岸”の崖で遺書が見つかったから自殺なんだろうけど。」
衝撃の事件の内容に二人とも真剣な眼をして、聞き入る。
「……とまぁ、こんな感じかな。俺達はそれを“鮫島事件”って呼んでんだけど。……参考になった?」
麻田が笑いながら言う。龍那は聞いた情報を手帳に書き留めると、少し思案をした後に言う。
「ありがとうございます。良い刺激になったわ。…ねぇ。最後にもう一つ伺いたいのだけれど。」
「行って来ます。」
「気をつけて行ってらっしゃい。」
翌日。龍香と龍賢の子供達二人を見送ると、昇鯉達は出発の準備を始める。
そして動きやすいラフな格好に着替えた二人は玄関を開けて外へと出る。
「さっ、行きましょうか。」
「行くって言ったってまずはどこに行こうか。」
昇鯉が尋ねると、彼女は携帯をカチカチッと操作しながら言う。
「知り合いの伝手で、昇鯉さんが手に入れた切れ端の学校“一華学園”の卒業生にアポ取ってもらったから、まずはその人に会いに行くわ。」
「龍那さんホントに行動が早いね…。」
妻の行動力に関心しながら昇鯉達は待ち合わせ場所まで行く。そこはテラス席のある小洒落た木造の落ち着いた雰囲気が漂う喫茶店だった。
少し奥の仕切りがある席には三十代位と思われるウェーブをかけた茶髪に白いパーカーを羽織ったチャラそうな雰囲気の男性がいた。
その男性に龍那が話し掛ける。
「おはようございます。貴方が取材を受けてくださる…」
「はい。麻田 洋一(あさだ よういち)でっす。」
龍那が話しかけた男性、麻田が手を上げて陽気にそう答えると、龍那と昇鯉が向かい側の席に座る。
「急なお願いに応えて頂きありがとうございます。私、作家をしています紫水龍那です。そしてこっちがアシスタントの昇鯉さん。」
「えっ、あっ、どうもアシスタントの昇鯉です。」
龍那の言葉に昇鯉が合わせる。
二人の自己紹介が終わると、麻田は嬉しそうに笑みすら浮かべながら口を開く。
「いえいえ、あの紫水龍那さんの取材を受けれるなんて、光栄ですよー。あっ、サインいいっすか?あと写真。」
「あら、それくらい全然いいわよ。」
自己紹介の通り、龍那は小説家を仕事にしている……と言っても小遣い稼ぎと自身の趣味を兼ねている、気が向いたら執筆する程度のものだが。
なので大して有名でもない……のだが、妙にコアなファンな一定数いるのだ。
龍那は早速ペンを取り出すと、取材を開始する。
「では、早速取材に入らせて頂きます。……貴方の通っていた学校…一華学園で、何か事件とか、ありましたか?例えば……公にはなってないような、ちょっとヤバい事件とか。」
「おォッ。いきなりぶっ込むねぇっ。紫水さん。」
「面白い小説にするためには、少し位過激な情報が欲しいのよ。」
龍那の切り込んだ質問に、麻田は少し冷や汗を浮かばせながらもニヤリと笑みを浮かべて、辺りをキョロキョロと見回す。
「……これ、俺が話した、って言わないで下さいよ。」
男はそう前置きをすると、ヒソヒソと禁忌を犯す背徳感と秘密をバラすことによるある種の開放感による喜びで震える声で話し出す。
「……ウチの学校ではね、絶対喋ってはいけないヤバい事件ってのがあったんですよ。…今の現役の子は知らないでしょうが。」
「……喋ってはいけない事件?」
「そ。……俗に言うイジメ、って奴です。」
「……イジメ。」
飛び出た言葉を龍那が反芻する。
「昔、鮫島、って奴がいたんですよ。ネットが趣味で少し陰気な奴だったけど、大人しくて物静かで悪いやつじゃなかった。……けど、そういう奴っていじめっ子からしたら格好のマトなんですよ。」
「……。」
「ケンジ、キヨミ、ケンスケ、アヤ。四人はよく鮫島を呼び出したり、絡んだりしてイジメを繰り返していた。……んで、鮫島の奴。その愚痴をネットの掲示板に書いてたんだ。吐き出せる場所があったからアイツも耐えられていたんだろうが……ある日、その愚痴がアイツらに見つかって、キレたアイツらがとうとう……って感じ。同じ不満を持つ生徒を装って…出て来たアイツを、ね。」
「………それは。」
「けど、ヤバいのはこれからさ。ただのイジメによる殺人ならニュースになるし、皆も知ってる。けどアンタ達聞いた事ないだろ。これ。」
「確かに……昇鯉さん聞いた事ある?」
「……いや、ないな。」
「だろ?だってこの事件はよ──警察に揉み消された事件なんだぜ。」
「なっ。」
麻田の言葉に龍那は驚き、昇鯉も目を細める。
「イジメっ子達の一人、ケンジって奴。親が警察の偉い人でさ。子供がイジメで殺人、なんて外聞きが悪いだろ?だからこう、上手いことやったみたいでさ。」
「だからって……」
「それに、そんなことをしても親御さんが黙ってないんじゃないか?」
昇鯉の問いに麻田はへっ、と肩を竦めて。
「だったら今度はその親を黙らせる、って寸法よ。……鮫島、母子家庭で母親が一人いたんだけど、行方不明さ。でも“三条海岸”の崖で遺書が見つかったから自殺なんだろうけど。」
衝撃の事件の内容に二人とも真剣な眼をして、聞き入る。
「……とまぁ、こんな感じかな。俺達はそれを“鮫島事件”って呼んでんだけど。……参考になった?」
麻田が笑いながら言う。龍那は聞いた情報を手帳に書き留めると、少し思案をした後に言う。
「ありがとうございます。良い刺激になったわ。…ねぇ。最後にもう一つ伺いたいのだけれど。」
「……ここが、鮫島さんの家、か。」
あの後麻田から鮫島氏が住んでいた住所を教えて貰った二人は車を走らせ、その場へと向かった。
人気のない田舎町を進んだ二人の目の前には空き家と化し、ボロボロになった鮫島家が建っている。
「……随分と使われてないね。」
「そりゃそうよ。だって事件が起きたのは二十年前だそうだし…。」
二人はマジマジとその家を見つめる。周辺に家もなく、ポツンと一軒だけで、月日が流れて老朽しているその家は、まるで人々から忘れ去られ、埋もれていく事件そのものように思えた。
「……一応塩持って来たけど、いる?」
「…あー、貰っとこうかしら。」
昇鯉から小袋に入った塩を龍那は受け取りながら、二人してノスタルジックな想いを馳せていると、ふと、昇鯉の眼にあるものが止まる。
「……ん?」
カーテンが少しだけ空いている窓から部屋の中が見えたのだ。……そして、その見えた部屋は二十年の月日が経っているにも関わらず、綺麗に整頓されているように見えた。
「誰か、入っているのか?」
「昇鯉君?」
昇鯉が家に近づく。そしてドアノブに手を掛けると、それを引っ張る。
どうやら鍵はかかってないようで、錆びて、動きは鈍いものの、その扉は開き、昇鯉を中へと迎えてくれる。
「……うおっ。」
だが昇鯉を歓迎してくれたのは、じんわりとした湿気とカビの匂いだった。
猛烈に気持ちの悪い歓迎に、昇鯉は苦虫を噛み潰したような表情になるが、ポケットからハンカチを取り出すと、それで口を押さえて中へと入っていく。
「昇鯉さん?どうしたの?……うわっ。」
家へと入る昇鯉に続くように龍那も入ろうとするが、同じく手厚い歓迎に足が止まる。
「龍那さんは待っててくれ。ここ結構ジメジメしてる。」
昇鯉はそう言うとさっき見た部屋へと進んでいく。
部屋へと向かう廊下にある物も、年月による劣化こそあるが、綺麗に整頓してあり、埃も被っていなかった。
(……明らかに誰かが出入りして、整頓している。…掃除だってしている。……誰だ?鮫島君は殺された。母親は自殺。なら親族が?……いや、なら何故湿気とカビは放置しているんだ?)
そう思案を張り巡らせながら、先程窓から見た部屋の扉を開ける。そこはどうやら子供部屋のようで昔のミュージシャンのポスターや、恐らく鮫島氏が書かれたと思われる子供っぽい大小まちまちな大きさの文字で書かれた名前が書いてあるシールを貼ったCD、ラジカセ、ノートなどが綺麗に整頓されて置かれている。
机に眼を向ければ何世代も前の古い、クリーム色のパソコンがあった。そして隣には一枚の紙。その紙には短いが、文がしたためてあった。
「……これは。」
昇鯉は紙を手に取ると、その文を読む。
そこにはこう、記されてあった。
あの後麻田から鮫島氏が住んでいた住所を教えて貰った二人は車を走らせ、その場へと向かった。
人気のない田舎町を進んだ二人の目の前には空き家と化し、ボロボロになった鮫島家が建っている。
「……随分と使われてないね。」
「そりゃそうよ。だって事件が起きたのは二十年前だそうだし…。」
二人はマジマジとその家を見つめる。周辺に家もなく、ポツンと一軒だけで、月日が流れて老朽しているその家は、まるで人々から忘れ去られ、埋もれていく事件そのものように思えた。
「……一応塩持って来たけど、いる?」
「…あー、貰っとこうかしら。」
昇鯉から小袋に入った塩を龍那は受け取りながら、二人してノスタルジックな想いを馳せていると、ふと、昇鯉の眼にあるものが止まる。
「……ん?」
カーテンが少しだけ空いている窓から部屋の中が見えたのだ。……そして、その見えた部屋は二十年の月日が経っているにも関わらず、綺麗に整頓されているように見えた。
「誰か、入っているのか?」
「昇鯉君?」
昇鯉が家に近づく。そしてドアノブに手を掛けると、それを引っ張る。
どうやら鍵はかかってないようで、錆びて、動きは鈍いものの、その扉は開き、昇鯉を中へと迎えてくれる。
「……うおっ。」
だが昇鯉を歓迎してくれたのは、じんわりとした湿気とカビの匂いだった。
猛烈に気持ちの悪い歓迎に、昇鯉は苦虫を噛み潰したような表情になるが、ポケットからハンカチを取り出すと、それで口を押さえて中へと入っていく。
「昇鯉さん?どうしたの?……うわっ。」
家へと入る昇鯉に続くように龍那も入ろうとするが、同じく手厚い歓迎に足が止まる。
「龍那さんは待っててくれ。ここ結構ジメジメしてる。」
昇鯉はそう言うとさっき見た部屋へと進んでいく。
部屋へと向かう廊下にある物も、年月による劣化こそあるが、綺麗に整頓してあり、埃も被っていなかった。
(……明らかに誰かが出入りして、整頓している。…掃除だってしている。……誰だ?鮫島君は殺された。母親は自殺。なら親族が?……いや、なら何故湿気とカビは放置しているんだ?)
そう思案を張り巡らせながら、先程窓から見た部屋の扉を開ける。そこはどうやら子供部屋のようで昔のミュージシャンのポスターや、恐らく鮫島氏が書かれたと思われる子供っぽい大小まちまちな大きさの文字で書かれた名前が書いてあるシールを貼ったCD、ラジカセ、ノートなどが綺麗に整頓されて置かれている。
机に眼を向ければ何世代も前の古い、クリーム色のパソコンがあった。そして隣には一枚の紙。その紙には短いが、文がしたためてあった。
「……これは。」
昇鯉は紙を手に取ると、その文を読む。
そこにはこう、記されてあった。
“許さない”
「!」
打って変わっておどろおどろしく寒気のする雰囲気を醸し出す文字に昇鯉が思わず身を引く。
そして身を引いた拍子にドンっと何かに背をぶつける。
「うおっ。」
何にぶつかったのか、確認しようと昇鯉が振り返ると同時に、彼の鼻腔を仄かな甘い香りが擽る。そして背後にいた何かを視認した瞬間──昇鯉が固まる。
何故なら昨日の醜悪な顔の怪物がそこに立っていたからだ。
「なっ。」
突然の襲来に驚いた昇鯉が動くより早く、醜く腫れて膨らんだ怪物の手が昇鯉の首根っこを掴んで持ち上げる。
「──ァッ──!?」
万力の如き力で締め上げられた昇鯉の口から思わず声が漏れる。
バタバタと手足を動かし、何とか離させようと昇鯉が怪物を蹴るが、怪物は昇鯉の妨害を全く意にも介した様子がなく、昇鯉をジッと見つめたかと思うとしわがれた聞き取りづらい声で咆哮する。
「⬛︎■◼︎■◾︎⬛︎◻️⬛︎■◾︎◼︎▪︎⬛︎!!」
そして暴れる昇鯉をよそにガバッと口を開く。それは昨日殺された男の末路を彷彿とさせ、昇鯉の背筋に冷や汗が伝う。だが、昇鯉は怪物が口を開けたのを確認した瞬間、ポケットからライターを取り出すと、それを点火させて怪物の大きく開いた口に投げ込む。
「!!」
流石に口内に炎を投げ込まれたのは予想外だったのか、怪物は昇鯉から手を離し、口を押さえる。
「ごっほっ、ぐっ…」
怪物から解放された昇鯉は締め上げられた喉を押さえてぜーはーと荒い呼吸を繰り返しながら、すぐ隣の窓に手をかけると鍵を開けて、外へと逃げ出す。
「昇鯉さん!?」
慌てた様子で飛び出た彼を見て龍那が駆け寄る。
「こ、こっちに来ちゃダメだ!」
そんな彼女にまだ痛む喉を押さえながら彼は叫ぶ。それを聞いた彼女が一瞬ピタリと止まる。
しかし、彼女の目線は昇鯉ではなく、その後ろへと向いている。
「昇鯉さん危ない!!」
龍那の声に昇鯉が後ろを振り向くと、さっきの不意打ちから持ち直した怪物が腕を振り上げていた。
「!うおっ!!」
それを見た彼が慌てて頭を押さえて、姿勢を低くすると、さっきまで彼の頭があった位置に空気を切り裂く轟音と共に腕が振るわれる。
「おおおおおお!!?」
追撃を避ける為に、姿勢を崩しながらも昇鯉が駆け出そうと脚を前に出す。
しかし攻撃を避けた姿勢から無理に走り出そうとしたせいか、足がもつれ、派手にすっ転んでしまう。
「あ痛ッ!」
「昇鯉さん!?」
ズサーッと派手にすっ転んだ彼に、怪物が咆哮を上げながら一直線に迫る。
「や、やばいっ……!!」
迫り来る怪物に昇鯉が殺される!と顔を青ざめさせたその時だった。
飛んできた何かが怪物に当たる。それは当たった拍子に、ブワッと小粒のような何かが撒き散らされる。
「うわっぷっ!」
撒き散らされた何かが怪物の身体と昇鯉の顔にかかる。
「離れて!昇鯉さんから離れて!」
昇鯉へと近寄りながら、龍那がそう叫ぶ。彼女はそう叫びながらさらに手近にあるもの、小石など次々と投げる。
昇鯉が逃げようと顔に降りかかった小粒を拭いながら、立ち上がる。
一方の小袋を当てられ、中の小粒を浴びた怪物は何故かプルプルと震え出すと、身を強張らせ、身体中を掻きむしりながら絶叫する。
「⬛︎■◼︎■◾︎◼︎■◼︎■◾︎⬛︎■◼︎⬛︎⬛︎!!?」
怪物の耳を劈くような絶叫に、昇鯉は走りながらも反射的に耳を塞ぐ。
怪物は顔を押さえながら、バタバタと走り出すと、家へと飛び込んでしまう。
「……?逃げた?」
怪物の行動に昇鯉が目をぱちくりさせていると、駆けつけて来た龍那がグイと彼の首根っこを掴んで立ち上がらせる。
「ぐえっ」
「昇鯉さんっ!ポケッとしてないで早く逃げるわよ!あんな怪物ホントに存在するなんて!」
未知との遭遇に少々興奮気味の彼女にグイグイと引っ張られ、首を絞められた彼は思わず舌を出してしまう。
「いや、ちょっと待って、ぐえ…って、しょっぱっ!?」
舌に広がるしょっぱさに彼がぺっ、ぺっと舌を出して咽せる。
「何これ……塩?」
「あら、ごめんなさい。昇鯉さんが襲われてたから、無我夢中で持ってた物を投げちゃったの。」
どうやら、昇鯉の顔に降りかかったのは先程彼女に渡したお清め目的の塩だったらしい。
「……塩、か。」
改めて間近で見た怪物の肌の質感、整理整頓された家の中の不自然な湿気、恐ろしい雰囲気の手紙。初めて怪物と会った日。
そして……怪物から微かに香った“匂い”。
一つ一つが昇鯉の頭の中で組み立てられていく。
顎に手を当て、考え込んでしまった昇鯉に龍那が声をかける。
「昇鯉さん?考え事の途中で悪いけど、あの怪物がいつ戻ってくるか分からないし、早く戻りましょう?」
龍那の言葉に反応してかせずか、昇鯉は立ち上がると、龍那に向き直ると、言う。
「龍那さん。“三条海岸”に行こう。少し確かめたい事があるんだ。」
打って変わっておどろおどろしく寒気のする雰囲気を醸し出す文字に昇鯉が思わず身を引く。
そして身を引いた拍子にドンっと何かに背をぶつける。
「うおっ。」
何にぶつかったのか、確認しようと昇鯉が振り返ると同時に、彼の鼻腔を仄かな甘い香りが擽る。そして背後にいた何かを視認した瞬間──昇鯉が固まる。
何故なら昨日の醜悪な顔の怪物がそこに立っていたからだ。
「なっ。」
突然の襲来に驚いた昇鯉が動くより早く、醜く腫れて膨らんだ怪物の手が昇鯉の首根っこを掴んで持ち上げる。
「──ァッ──!?」
万力の如き力で締め上げられた昇鯉の口から思わず声が漏れる。
バタバタと手足を動かし、何とか離させようと昇鯉が怪物を蹴るが、怪物は昇鯉の妨害を全く意にも介した様子がなく、昇鯉をジッと見つめたかと思うとしわがれた聞き取りづらい声で咆哮する。
「⬛︎■◼︎■◾︎⬛︎◻️⬛︎■◾︎◼︎▪︎⬛︎!!」
そして暴れる昇鯉をよそにガバッと口を開く。それは昨日殺された男の末路を彷彿とさせ、昇鯉の背筋に冷や汗が伝う。だが、昇鯉は怪物が口を開けたのを確認した瞬間、ポケットからライターを取り出すと、それを点火させて怪物の大きく開いた口に投げ込む。
「!!」
流石に口内に炎を投げ込まれたのは予想外だったのか、怪物は昇鯉から手を離し、口を押さえる。
「ごっほっ、ぐっ…」
怪物から解放された昇鯉は締め上げられた喉を押さえてぜーはーと荒い呼吸を繰り返しながら、すぐ隣の窓に手をかけると鍵を開けて、外へと逃げ出す。
「昇鯉さん!?」
慌てた様子で飛び出た彼を見て龍那が駆け寄る。
「こ、こっちに来ちゃダメだ!」
そんな彼女にまだ痛む喉を押さえながら彼は叫ぶ。それを聞いた彼女が一瞬ピタリと止まる。
しかし、彼女の目線は昇鯉ではなく、その後ろへと向いている。
「昇鯉さん危ない!!」
龍那の声に昇鯉が後ろを振り向くと、さっきの不意打ちから持ち直した怪物が腕を振り上げていた。
「!うおっ!!」
それを見た彼が慌てて頭を押さえて、姿勢を低くすると、さっきまで彼の頭があった位置に空気を切り裂く轟音と共に腕が振るわれる。
「おおおおおお!!?」
追撃を避ける為に、姿勢を崩しながらも昇鯉が駆け出そうと脚を前に出す。
しかし攻撃を避けた姿勢から無理に走り出そうとしたせいか、足がもつれ、派手にすっ転んでしまう。
「あ痛ッ!」
「昇鯉さん!?」
ズサーッと派手にすっ転んだ彼に、怪物が咆哮を上げながら一直線に迫る。
「や、やばいっ……!!」
迫り来る怪物に昇鯉が殺される!と顔を青ざめさせたその時だった。
飛んできた何かが怪物に当たる。それは当たった拍子に、ブワッと小粒のような何かが撒き散らされる。
「うわっぷっ!」
撒き散らされた何かが怪物の身体と昇鯉の顔にかかる。
「離れて!昇鯉さんから離れて!」
昇鯉へと近寄りながら、龍那がそう叫ぶ。彼女はそう叫びながらさらに手近にあるもの、小石など次々と投げる。
昇鯉が逃げようと顔に降りかかった小粒を拭いながら、立ち上がる。
一方の小袋を当てられ、中の小粒を浴びた怪物は何故かプルプルと震え出すと、身を強張らせ、身体中を掻きむしりながら絶叫する。
「⬛︎■◼︎■◾︎◼︎■◼︎■◾︎⬛︎■◼︎⬛︎⬛︎!!?」
怪物の耳を劈くような絶叫に、昇鯉は走りながらも反射的に耳を塞ぐ。
怪物は顔を押さえながら、バタバタと走り出すと、家へと飛び込んでしまう。
「……?逃げた?」
怪物の行動に昇鯉が目をぱちくりさせていると、駆けつけて来た龍那がグイと彼の首根っこを掴んで立ち上がらせる。
「ぐえっ」
「昇鯉さんっ!ポケッとしてないで早く逃げるわよ!あんな怪物ホントに存在するなんて!」
未知との遭遇に少々興奮気味の彼女にグイグイと引っ張られ、首を絞められた彼は思わず舌を出してしまう。
「いや、ちょっと待って、ぐえ…って、しょっぱっ!?」
舌に広がるしょっぱさに彼がぺっ、ぺっと舌を出して咽せる。
「何これ……塩?」
「あら、ごめんなさい。昇鯉さんが襲われてたから、無我夢中で持ってた物を投げちゃったの。」
どうやら、昇鯉の顔に降りかかったのは先程彼女に渡したお清め目的の塩だったらしい。
「……塩、か。」
改めて間近で見た怪物の肌の質感、整理整頓された家の中の不自然な湿気、恐ろしい雰囲気の手紙。初めて怪物と会った日。
そして……怪物から微かに香った“匂い”。
一つ一つが昇鯉の頭の中で組み立てられていく。
顎に手を当て、考え込んでしまった昇鯉に龍那が声をかける。
「昇鯉さん?考え事の途中で悪いけど、あの怪物がいつ戻ってくるか分からないし、早く戻りましょう?」
龍那の言葉に反応してかせずか、昇鯉は立ち上がると、龍那に向き直ると、言う。
「龍那さん。“三条海岸”に行こう。少し確かめたい事があるんだ。」
「また、雨か。」
傘をさしながらシトシトと雨を降らせる曇天を見上げて、岳人がボヤく。
「まぁ、そうボヤくなよ。これも仕事さ。」
別の場所に待機するもう一人の警察官が通信機越しに岳人に笑い掛ける。
「ま、それでもこんな日に見回りなんて貧乏くじですけどね。」
同じく別の場所で待機する通信機ごしに婦警もボヤく。このアパートには件の被害者女性がおり、三人は上から警護を命じられたのだ。
「しっかし、ただでさえ夜なのに、雨まで降って来ちゃったんじゃあねぇ。しかも相手は“怪物”なんでしょ?」
彼女の言葉に岳人は少し眉を顰める。どう聞いてもどうやらあんまり信じていないように見受けられる。
「…まぁ、相手が相手だ。警戒するに越した事はない。」
岳人がそう言うと、警察官はそれを一笑に伏しながら。
「いや、でもなぁ。怪物かぁ。それは是非ともお目にかかりた──」
そこまで言った瞬間ゴンっ!と鈍い音が鳴ったかと思うと地面に何かが倒れる音がし、彼の言葉が途切れる。
「…おい。どうした?おい?」
通信機に向かって声をかけるが、返事は一切無い。不穏な状況に岳人と婦警の間に緊張が走る。
「わ、私見て来ます!」
「俺も向かう!」
婦警の言葉を皮切りに岳人も通信が途切れた場所へと向かう。しかし場所はただのアパート。それ程距離が離れている訳ではない。二分も掛からず、岳人は同僚がいた場所に辿り着く。
果たして、そこには鈍器で頭から流血し、倒れている同僚の姿があった。
「おい…!」
岳人が慌てて駆け寄り、頬を叩くが、完全に意識を失っているのか、起きる様子はない。
彼を介抱していると、向かいの角からベキっと何か潰れるような音と婦警の短い悲鳴が聞こえて来る。
岳人が音がした方に駆け寄ると、そこには顔を青ざめさせ、へたり込む婦警と例の被害者の女性がいるドアを強引にこじ開けようとする怪物の姿があった。
「やっぱりかよ!」
岳人はそう悪態をつきながら拳銃を抜き取り、構えると叫ぶ。
「動くな!それ以上動けば撃つ!」
岳人がそう警告するが、それに対して怪物は彼の警告など知ったことかと扉を強く殴りつけて応える。
恐るべきことに一撃殴りつけただけで扉へ大きく凹み、ひしゃげる。あれでは長くは持たないだろう。
「……警告はしたぞ!」
岳人が引き鉄にかける指に力を込める。次の瞬間静寂を切り裂く火薬が弾ける音が響く。
放たれた弾丸は見事怪物を捉え、グジュリと怪物のブヨブヨとした醜い肌を貫き、肉を抉る。
しかし撃たれた怪物は少し身震いするが、次の瞬間その視線が岳人の方へと向く。
「……!」
すると次の瞬間地面を蹴ったかと思うと一瞬にして岳人との距離をゼロになり、目の前に怪物の身体が広がる。
「うおおっ!!?」
岳人が次の動きに入るより速く、怪物の腕が岳人の首と銃を持つ腕を握り締める。
「う、ぉ、おォォッ…!?」
万力の如き握力で締め上げられ、岳人の口から空気が漏れ、手から拳銃が落ちる。
抵抗しようと蹴りを放って引き剥がそうと試みるが、怪物はビクともしない。
「おォォッ……!」
岳人は助けを求めるように婦警に目をやるが、彼女は完全に気圧されて怪物を見るだけだ。
被害者女性も怪物に恐れをなして、出てくる気配はない。
万事休す。もはやこれまでか……と岳人が諦めかけたその時。
ボスっと何か袋が怪物に当たる。それと同時に袋から何か粉のようなものがばら撒かれて、怪物と岳人に降り掛かる。
その瞬間拳銃で撃たれても、蹴られてもビクともしなかった怪物が悲鳴を上げて、岳人を離すと粉がかかった部分を掻きむしり始める。
「ごっ、ほっ……!」
解放されて咳き込む彼に、聞き覚えのある声がとぶ。
「警官さん!そこから離れて!」
岳人が目をやると、そこには例の参考人の男……紫水昇鯉の姿があった。
「大丈夫ですか?」
一方、もう片割れの女性…龍那は腰を抜かして動けない婦警を何とか連れて、その場から引き離している。
「き、君…!どうしてここに…!」
「事件を、解決しに来たんですよ!」
「は…!?」
何のことか分からず、岳人が困惑していると怪物はギョロリと昇鯉の方を向く。
昇鯉は自分に注意が向いたのを確認した瞬間、手に持っていた“消火器”の黄色の安全ピンを引っこ抜き、噴出口を怪物に向ける。
「これで、チェックメイトですよ。……“鮫島光代(さめじま みつよ)”さん。」
「!」
その言葉に怪物が反応して、ピタッと止まる。
「鮫島……光代…?」
岳人が聞き返すと、昇鯉が続けて言う。
「そうです。彼女は鮫島光代。その部屋にいる伊藤アヤさん。彼女を含めた四人に殺された……鮫島さんのお母さんですよ。」
「何!?」
昇鯉の言葉に岳人が思わず聞き返す。何せ目の前にいる銃も効かない怪物の正体は“人間”だと言うのだから。
「何を、馬鹿な…!それに、鮫島光代は身投げして自殺したハズだ。死人が蘇ったとでも言うのか!?」
岳人の質問に昇鯉は首を振る。
「いいえ。死者は蘇りませんよ。ですが、一つお尋ねしますが警察は彼女の遺体を確認しましたか?」
昇鯉の質問に岳人は言い淀んで首を振る。
「い、いや。確かに彼女の遺体は確認出来ていないが…」
「実際に僕達は“三条海岸”を見て来ました。確かに断崖絶壁……ですが彼女が落ちた場所は下に草木が在り、落ちれば確実にタダでは済みませんが…運が良ければ“即死”は免れる事は可能のように見えました。」
「馬鹿な。そもそも怪物と彼女に何の結びつきが…」
「まず、最初に彼女から漂う香水の匂い、これが女性向けのものである事。次に、不自然な程に整理整頓されていた家。埃の具合から家はかなりの頻度で手入れがさていることが伺えます。住むもののいない家なのに、片付けていた人物は余程その家に対して愛着があったように思えます。そして何より子供部屋にあった手記の一文。あれは周りにあった亡くなられた子供さんが書いた文字とは明らかに筆跡が違いました。」
「っ、なら、何で彼女は怪物に…?」
「警官さんは“食屍鬼”という存在を知っていますか?」
今度は龍那が岳人に答える。
「“食屍鬼”とは文字通り人の屍を食べる鬼です。彼らの出自は文献によって差異はありますが、人の肉を食べ続けた、もしくは墓場、食屍鬼の社会で生活し続けた人間が後天的に“食屍鬼”になった、という伝承もあります。それに、日本にも恋するあまり自身を龍へと変貌させた“清姫伝説”……古今東西、強い想いは人間を変貌させるという伝承はあちこちで散見されます。」
龍那がそう言うと、今度は昇鯉が怪物……鮫島光代を見据えながら言う。
「……息子を失い、貴女を守るハズの正義からも見捨てられ、絶望した貴女は恐らく本当にあの日自ら命を断とうと身投げしたのでしょう。ですが……幸か不幸か貴女は死ねなかった。そして、潮風や海に晒され、痛みに耐えながら、貴女にある感情が湧き上がった。自分達を追い込んだ犯人達への強い怒りと執念と復讐心。特異な環境と強い感情はやがて貴女を怪物へと変貌させ……復讐出来るだけの力を得た。」
昇鯉がそこまで言うと、怪物は地面を蹴り付けて咆える。
そこまで分かっているなら、何故邪魔をするのか?と言いたげな、悲痛さと怒りが入り混じった咆哮をまっ正面から受け止め、彼女を見つめながら、言う。
「…貴女の復讐を否定するつもりはない。貴女への仕打ちを考えれば、止むに止まれぬ事でもあるでしょう。……だけど、僕は目の前で殺人が起こるのを、黙って見過ごすことは、出来ない。“殺人”を正しい手段に、させたくはない。」
彼がそう言った瞬間、怪物、鮫島光代が唸り声と共に襲いかかる。
一瞬──昇鯉の顔に憐憫の色が混じる。同じ子を持つ親として同情もある。同じ立場に立たせられれば、彼女と同じような事はしないと言い切る事は出来ない。
しかしそれでも。人殺しが正しい手段だとは、彼は認めたく無かった。
彼の手に力が入る。次の瞬間レバーが押し込まれた消火器からものすごい勢いで消火剤が噴射され、怪物を飲み込む。
消火剤の粉を大量に浴びた怪物は苦しみのあまり、絶叫する。
「───!!」
しかし、怪物は悲鳴を上げながらも、粉塵を突き破って昇鯉へと突進する。
「!」
怪物の腕が昇鯉に迫る。消火器による攻撃が効いているのか、その攻撃に先程までの勢いはない。
だがそれでもその一撃は慌てて消火器を盾にした昇鯉を吹っ飛ばす威力を秘めていた。
「だあっ!?」
あまりの衝撃に昇鯉が地面を転がる。鮫島光代は地面に倒れた昇鯉にさらに追撃を加えようと腕を振り上げる。
「させないっ!」
そうはさせまいと龍那が塩の入った袋をさらに投げつけようとしたその時。
鉄が弾ける音がし、グチュリ、と肉を抉る音が数回聞こえた同時に鮫島光代の動きが止まり、火薬の匂いが漂ってくる。
「……これ以上、好き勝手はさせない。」
銃口から硝煙を漂わせる拳銃を構えた岳人が言う。怪物は数歩、よろめくと壁に拳がめり込む程強く叩くと最後に耳を劈かんばかりに絶叫する。
「──────!!!」
聞いたものの全身を強張らせる程の凄まじい断末魔を上げた彼女の身体から力が抜ける。
倒れた同時にグチャッ!という音共に彼女の身体はまるで床に叩きつけた水風船のように弾け、辺りに血と何かが腐ったような匂いが漂よいはじめる。
「昇鯉さん。大丈夫?」
「……これが、子を想う、母親の最期か。」
龍那に手を借りて立ち上がりながら、昇鯉は鮫島光代の遺体を見つめ、哀しそうに呟く。
あまりに凄惨な最期に、皆が複雑な顔を浮かべる中、殴りつけられてひしゃげた扉がギギッと音を立てて開く。
中から極度の恐怖とストレスでガタガタと震え、随分とやつれた様子のアヤが出てくる。
「あ、」
岳人が声をかけようとした、その時。遺体。見たアヤは大きく目を見開き、えづいた後うずくまって肩を震わせると。
「……じ、自首します……。ぜ、全部、全部喋りますから……ごめんなさいごめんなさい……許して……」
そう言ってか細い謝罪と許しを乞う彼女の肩に岳人が手を置く。
「……続きは、署で伺います。」
そう言って彼女を彼が連れて行く。雨はいつのまにか小雨になって止もうとしていた。
傘をさしながらシトシトと雨を降らせる曇天を見上げて、岳人がボヤく。
「まぁ、そうボヤくなよ。これも仕事さ。」
別の場所に待機するもう一人の警察官が通信機越しに岳人に笑い掛ける。
「ま、それでもこんな日に見回りなんて貧乏くじですけどね。」
同じく別の場所で待機する通信機ごしに婦警もボヤく。このアパートには件の被害者女性がおり、三人は上から警護を命じられたのだ。
「しっかし、ただでさえ夜なのに、雨まで降って来ちゃったんじゃあねぇ。しかも相手は“怪物”なんでしょ?」
彼女の言葉に岳人は少し眉を顰める。どう聞いてもどうやらあんまり信じていないように見受けられる。
「…まぁ、相手が相手だ。警戒するに越した事はない。」
岳人がそう言うと、警察官はそれを一笑に伏しながら。
「いや、でもなぁ。怪物かぁ。それは是非ともお目にかかりた──」
そこまで言った瞬間ゴンっ!と鈍い音が鳴ったかと思うと地面に何かが倒れる音がし、彼の言葉が途切れる。
「…おい。どうした?おい?」
通信機に向かって声をかけるが、返事は一切無い。不穏な状況に岳人と婦警の間に緊張が走る。
「わ、私見て来ます!」
「俺も向かう!」
婦警の言葉を皮切りに岳人も通信が途切れた場所へと向かう。しかし場所はただのアパート。それ程距離が離れている訳ではない。二分も掛からず、岳人は同僚がいた場所に辿り着く。
果たして、そこには鈍器で頭から流血し、倒れている同僚の姿があった。
「おい…!」
岳人が慌てて駆け寄り、頬を叩くが、完全に意識を失っているのか、起きる様子はない。
彼を介抱していると、向かいの角からベキっと何か潰れるような音と婦警の短い悲鳴が聞こえて来る。
岳人が音がした方に駆け寄ると、そこには顔を青ざめさせ、へたり込む婦警と例の被害者の女性がいるドアを強引にこじ開けようとする怪物の姿があった。
「やっぱりかよ!」
岳人はそう悪態をつきながら拳銃を抜き取り、構えると叫ぶ。
「動くな!それ以上動けば撃つ!」
岳人がそう警告するが、それに対して怪物は彼の警告など知ったことかと扉を強く殴りつけて応える。
恐るべきことに一撃殴りつけただけで扉へ大きく凹み、ひしゃげる。あれでは長くは持たないだろう。
「……警告はしたぞ!」
岳人が引き鉄にかける指に力を込める。次の瞬間静寂を切り裂く火薬が弾ける音が響く。
放たれた弾丸は見事怪物を捉え、グジュリと怪物のブヨブヨとした醜い肌を貫き、肉を抉る。
しかし撃たれた怪物は少し身震いするが、次の瞬間その視線が岳人の方へと向く。
「……!」
すると次の瞬間地面を蹴ったかと思うと一瞬にして岳人との距離をゼロになり、目の前に怪物の身体が広がる。
「うおおっ!!?」
岳人が次の動きに入るより速く、怪物の腕が岳人の首と銃を持つ腕を握り締める。
「う、ぉ、おォォッ…!?」
万力の如き握力で締め上げられ、岳人の口から空気が漏れ、手から拳銃が落ちる。
抵抗しようと蹴りを放って引き剥がそうと試みるが、怪物はビクともしない。
「おォォッ……!」
岳人は助けを求めるように婦警に目をやるが、彼女は完全に気圧されて怪物を見るだけだ。
被害者女性も怪物に恐れをなして、出てくる気配はない。
万事休す。もはやこれまでか……と岳人が諦めかけたその時。
ボスっと何か袋が怪物に当たる。それと同時に袋から何か粉のようなものがばら撒かれて、怪物と岳人に降り掛かる。
その瞬間拳銃で撃たれても、蹴られてもビクともしなかった怪物が悲鳴を上げて、岳人を離すと粉がかかった部分を掻きむしり始める。
「ごっ、ほっ……!」
解放されて咳き込む彼に、聞き覚えのある声がとぶ。
「警官さん!そこから離れて!」
岳人が目をやると、そこには例の参考人の男……紫水昇鯉の姿があった。
「大丈夫ですか?」
一方、もう片割れの女性…龍那は腰を抜かして動けない婦警を何とか連れて、その場から引き離している。
「き、君…!どうしてここに…!」
「事件を、解決しに来たんですよ!」
「は…!?」
何のことか分からず、岳人が困惑していると怪物はギョロリと昇鯉の方を向く。
昇鯉は自分に注意が向いたのを確認した瞬間、手に持っていた“消火器”の黄色の安全ピンを引っこ抜き、噴出口を怪物に向ける。
「これで、チェックメイトですよ。……“鮫島光代(さめじま みつよ)”さん。」
「!」
その言葉に怪物が反応して、ピタッと止まる。
「鮫島……光代…?」
岳人が聞き返すと、昇鯉が続けて言う。
「そうです。彼女は鮫島光代。その部屋にいる伊藤アヤさん。彼女を含めた四人に殺された……鮫島さんのお母さんですよ。」
「何!?」
昇鯉の言葉に岳人が思わず聞き返す。何せ目の前にいる銃も効かない怪物の正体は“人間”だと言うのだから。
「何を、馬鹿な…!それに、鮫島光代は身投げして自殺したハズだ。死人が蘇ったとでも言うのか!?」
岳人の質問に昇鯉は首を振る。
「いいえ。死者は蘇りませんよ。ですが、一つお尋ねしますが警察は彼女の遺体を確認しましたか?」
昇鯉の質問に岳人は言い淀んで首を振る。
「い、いや。確かに彼女の遺体は確認出来ていないが…」
「実際に僕達は“三条海岸”を見て来ました。確かに断崖絶壁……ですが彼女が落ちた場所は下に草木が在り、落ちれば確実にタダでは済みませんが…運が良ければ“即死”は免れる事は可能のように見えました。」
「馬鹿な。そもそも怪物と彼女に何の結びつきが…」
「まず、最初に彼女から漂う香水の匂い、これが女性向けのものである事。次に、不自然な程に整理整頓されていた家。埃の具合から家はかなりの頻度で手入れがさていることが伺えます。住むもののいない家なのに、片付けていた人物は余程その家に対して愛着があったように思えます。そして何より子供部屋にあった手記の一文。あれは周りにあった亡くなられた子供さんが書いた文字とは明らかに筆跡が違いました。」
「っ、なら、何で彼女は怪物に…?」
「警官さんは“食屍鬼”という存在を知っていますか?」
今度は龍那が岳人に答える。
「“食屍鬼”とは文字通り人の屍を食べる鬼です。彼らの出自は文献によって差異はありますが、人の肉を食べ続けた、もしくは墓場、食屍鬼の社会で生活し続けた人間が後天的に“食屍鬼”になった、という伝承もあります。それに、日本にも恋するあまり自身を龍へと変貌させた“清姫伝説”……古今東西、強い想いは人間を変貌させるという伝承はあちこちで散見されます。」
龍那がそう言うと、今度は昇鯉が怪物……鮫島光代を見据えながら言う。
「……息子を失い、貴女を守るハズの正義からも見捨てられ、絶望した貴女は恐らく本当にあの日自ら命を断とうと身投げしたのでしょう。ですが……幸か不幸か貴女は死ねなかった。そして、潮風や海に晒され、痛みに耐えながら、貴女にある感情が湧き上がった。自分達を追い込んだ犯人達への強い怒りと執念と復讐心。特異な環境と強い感情はやがて貴女を怪物へと変貌させ……復讐出来るだけの力を得た。」
昇鯉がそこまで言うと、怪物は地面を蹴り付けて咆える。
そこまで分かっているなら、何故邪魔をするのか?と言いたげな、悲痛さと怒りが入り混じった咆哮をまっ正面から受け止め、彼女を見つめながら、言う。
「…貴女の復讐を否定するつもりはない。貴女への仕打ちを考えれば、止むに止まれぬ事でもあるでしょう。……だけど、僕は目の前で殺人が起こるのを、黙って見過ごすことは、出来ない。“殺人”を正しい手段に、させたくはない。」
彼がそう言った瞬間、怪物、鮫島光代が唸り声と共に襲いかかる。
一瞬──昇鯉の顔に憐憫の色が混じる。同じ子を持つ親として同情もある。同じ立場に立たせられれば、彼女と同じような事はしないと言い切る事は出来ない。
しかしそれでも。人殺しが正しい手段だとは、彼は認めたく無かった。
彼の手に力が入る。次の瞬間レバーが押し込まれた消火器からものすごい勢いで消火剤が噴射され、怪物を飲み込む。
消火剤の粉を大量に浴びた怪物は苦しみのあまり、絶叫する。
「───!!」
しかし、怪物は悲鳴を上げながらも、粉塵を突き破って昇鯉へと突進する。
「!」
怪物の腕が昇鯉に迫る。消火器による攻撃が効いているのか、その攻撃に先程までの勢いはない。
だがそれでもその一撃は慌てて消火器を盾にした昇鯉を吹っ飛ばす威力を秘めていた。
「だあっ!?」
あまりの衝撃に昇鯉が地面を転がる。鮫島光代は地面に倒れた昇鯉にさらに追撃を加えようと腕を振り上げる。
「させないっ!」
そうはさせまいと龍那が塩の入った袋をさらに投げつけようとしたその時。
鉄が弾ける音がし、グチュリ、と肉を抉る音が数回聞こえた同時に鮫島光代の動きが止まり、火薬の匂いが漂ってくる。
「……これ以上、好き勝手はさせない。」
銃口から硝煙を漂わせる拳銃を構えた岳人が言う。怪物は数歩、よろめくと壁に拳がめり込む程強く叩くと最後に耳を劈かんばかりに絶叫する。
「──────!!!」
聞いたものの全身を強張らせる程の凄まじい断末魔を上げた彼女の身体から力が抜ける。
倒れた同時にグチャッ!という音共に彼女の身体はまるで床に叩きつけた水風船のように弾け、辺りに血と何かが腐ったような匂いが漂よいはじめる。
「昇鯉さん。大丈夫?」
「……これが、子を想う、母親の最期か。」
龍那に手を借りて立ち上がりながら、昇鯉は鮫島光代の遺体を見つめ、哀しそうに呟く。
あまりに凄惨な最期に、皆が複雑な顔を浮かべる中、殴りつけられてひしゃげた扉がギギッと音を立てて開く。
中から極度の恐怖とストレスでガタガタと震え、随分とやつれた様子のアヤが出てくる。
「あ、」
岳人が声をかけようとした、その時。遺体。見たアヤは大きく目を見開き、えづいた後うずくまって肩を震わせると。
「……じ、自首します……。ぜ、全部、全部喋りますから……ごめんなさいごめんなさい……許して……」
そう言ってか細い謝罪と許しを乞う彼女の肩に岳人が手を置く。
「……続きは、署で伺います。」
そう言って彼女を彼が連れて行く。雨はいつのまにか小雨になって止もうとしていた。
「事件にご協力感謝します。今回の事件だけでなく、彼女の自白で数年前の事件の真相も明らかになり、上層部もだいぶ混乱してますが……正しい罰が降る事でしょう。」
「いいえ。大したことはやってませんよ。」
「そうです。結局助けて頂いたですし。」
事件から数日後、近くの喫茶店で改めて事情聴取兼、御礼がしたいと岳人から話を受けて昇鯉と龍那はそれに応じた。
「ところで、ご主人は大丈夫ですか?怪物の攻撃を受けてましたが……」
「いやー、怪我は大した事ないんですけど筋肉痛が…」
タハハと昇鯉が苦笑する。よく見ればあちこちに湿布を貼っており、動きがギクシャクしている。
「改めて自分がアラフィフなんだと思い知らされましたよ。本当に全身が痛い。」
「やっぱり、週一でランニングぐらいはしましょうよ。」
「そうだなぁ……」
昇鯉を気遣う龍那。二人のやりとりを一旦遮って、岳人が気になっていた事を尋ねる。
「そう言えばあの鮫島光代の弱点が塩だと、どうして気づいたのですか?」
岳人の問いに昇鯉が頭を掻きながら答える。
「あぁ……彼女の弱点に気づいたのは本当にたまたまなんですけど。厳密に言えば彼女の弱点は水分を奪うものですよ。」
「水分を?」
「恐らく長い間彼女は海風に晒されて、環境に適応するためにあのような姿になった。水死体のような見た目とブヨブヨの質感、彼女の家の不自然な湿気からして、恐らく衝撃や痛みに対する耐性を得た代わりにある一定以上の湿気がないと生きられない身体になったんだと思います。」
昇鯉の言葉に岳人がポンと手を叩く。
「あぁ。だから雨の日ばかりに現れたのか。」
「そうです。最後も別に水分を奪う大量の粉を浴びせられれば何でも良かったんです。ただ身近にあってすぐ用意出来たのが消火器だっただけですよ。」
「そんな、生きづらい身体になってまでも、復讐したかったのか。」
岳人の言葉に二人は一瞬口をつむぐ。だが、すぐに龍那が口を開く。
「……それだけ、彼女は子供を奪われた事が許せなかったのかもしれませんね。」
「そう……か。」
昇鯉が珈琲に口をつけると、それを机に置き。
「……彼女の気持ちは俺も分かるつもりです。僕も、子供のためなら“怪物”になるかもしれませんしね。」
昇鯉の言葉に岳人は真面目な面持ちになり。
「……そうならないよう警察も努力をしますよ。」
「まぁ、冗談ですよ。ですけど。」
昇鯉は苦笑しながら、雲の切れ間から覗く太陽に目をやって。
「それだけ親にとって子は大切ってことですよ。」
そう嘯いた。
「いいえ。大したことはやってませんよ。」
「そうです。結局助けて頂いたですし。」
事件から数日後、近くの喫茶店で改めて事情聴取兼、御礼がしたいと岳人から話を受けて昇鯉と龍那はそれに応じた。
「ところで、ご主人は大丈夫ですか?怪物の攻撃を受けてましたが……」
「いやー、怪我は大した事ないんですけど筋肉痛が…」
タハハと昇鯉が苦笑する。よく見ればあちこちに湿布を貼っており、動きがギクシャクしている。
「改めて自分がアラフィフなんだと思い知らされましたよ。本当に全身が痛い。」
「やっぱり、週一でランニングぐらいはしましょうよ。」
「そうだなぁ……」
昇鯉を気遣う龍那。二人のやりとりを一旦遮って、岳人が気になっていた事を尋ねる。
「そう言えばあの鮫島光代の弱点が塩だと、どうして気づいたのですか?」
岳人の問いに昇鯉が頭を掻きながら答える。
「あぁ……彼女の弱点に気づいたのは本当にたまたまなんですけど。厳密に言えば彼女の弱点は水分を奪うものですよ。」
「水分を?」
「恐らく長い間彼女は海風に晒されて、環境に適応するためにあのような姿になった。水死体のような見た目とブヨブヨの質感、彼女の家の不自然な湿気からして、恐らく衝撃や痛みに対する耐性を得た代わりにある一定以上の湿気がないと生きられない身体になったんだと思います。」
昇鯉の言葉に岳人がポンと手を叩く。
「あぁ。だから雨の日ばかりに現れたのか。」
「そうです。最後も別に水分を奪う大量の粉を浴びせられれば何でも良かったんです。ただ身近にあってすぐ用意出来たのが消火器だっただけですよ。」
「そんな、生きづらい身体になってまでも、復讐したかったのか。」
岳人の言葉に二人は一瞬口をつむぐ。だが、すぐに龍那が口を開く。
「……それだけ、彼女は子供を奪われた事が許せなかったのかもしれませんね。」
「そう……か。」
昇鯉が珈琲に口をつけると、それを机に置き。
「……彼女の気持ちは俺も分かるつもりです。僕も、子供のためなら“怪物”になるかもしれませんしね。」
昇鯉の言葉に岳人は真面目な面持ちになり。
「……そうならないよう警察も努力をしますよ。」
「まぁ、冗談ですよ。ですけど。」
昇鯉は苦笑しながら、雲の切れ間から覗く太陽に目をやって。
「それだけ親にとって子は大切ってことですよ。」
そう嘯いた。