後始末1
ルキアニスは、機体を野戦整備足場へと寄せた。そしてゆっくりと片膝をつき、足場の中に囲われるようにするのだ。
甲蓋から這い出すと、すでに機付長のシバチゲ士は、足場を登っていた。
「怪我はされなかったようで何よりです」
「すみません。傷だらけにしてしまって」
彼は、少し驚いたような顔をしたあと、いつもの真面目な顔を崩して、くすくす笑うのだ。
「いや、すみません」
いつもは見せない笑みをかみ殺し、機付長は言う。
「あなたは本当に面白いひとだ。傷で済まないことだってあるんですよ?」
「……すみません」
彼はもう一度笑いかけ、彼は咳払いをした。
「とにかく、損害確認点検を念入りにしましょう」
それから、いつもの通りのやり方にもどる。違和感の伝達をし、逆に機付長からの問い返しがある。表に受けた傷ほど、機体の感触は悪くない。むしろ調子は良いほうです、とルキアニスは答えた。
外から観察して、機体についた傷を、一つ一つ白墨で印をつけて行く。百八まで数えたところでやり方を変えた。砂利弾の擂り傷は、濡れ跡のように機甲を覆っていて、普段のようなやり方はできない。記録簿の図には、砂利弾を浴びたところを模様のように塗ることで、しめすことにする。
それから、機体を覆う甲をはずして、中を確かめるのだ。甲をはずした機装甲というのは、ほかに言いようのないほど入り組んでいる。正直に言うと、ちょっと気味が悪いとも思う。工部の者らは構わず、それら一つ一つの部材を検鎚で打ったり、あるいは差金をあてて、確かめてゆく。ルキアニスは作業進行を見つめていた。特に何かを知らせてくる様子ではない。それは特段の異常が無いということだ。表の傷ほど、機体は悪くないらしい。だから、少し安堵していた。
「アモニス、ちょっと来てくれ」
背後からの呼び声に、ルキアニスは振り向いた。アルヴィヌス小隊先任上騎だ。
「こちらはいいですよ」
機付シバチゲ士がルキアニスへと振り返る。
「すみません、行ってきます」
一つ頭を下げて、ルキアニスは駆け出した。
機体のいつもの手当ては、小隊で行う。ただ、傷を受けた機の点検と手当てをする所は、小隊の位置から離れている。それは連隊陣地の中のほうで、一方、小隊は、連隊陣地の外側に近いところにいる。
駆けていったルキアニスへ、アルヴィヌス上騎は言う。
「悪いな。中隊に報告する速報のまとめをやってくれ。お前たち二人を分遣させちまったからな」
アルヴィヌス上騎は歩き始めながら続ける。
「レオニダスのほうは、稼動機搭乗員で、機側待機中だ。引っ張ってくるなら点検不稼動中のお前が筋になる」
「はい」
ルキアニスはうなずいた。敵地にあれば、搭乗員は機側待機が原則だ。何かの理由で、機体を割り当てられなかった搭乗員は、無聊を楽しめるかというとそうでもなく、こまごまとした雑用をしなければならない。そして第一小隊は、定数より多くの機体を抱えた上、その機体の稼働率も今のところ悪くないものだから、騎士は機体の側にいるが、雑用をするものがいない。
「それで、だ。お前がとりまとめて、レオニダスが確かめて、印筆して、小隊長が確かめて印筆して、中隊に提出する」
「はい」
「まったく、手間なことだが、最初の実戦だからな。いろいろと残しておかないとまずいんだろう」
小隊は、小さな地のうねりの背後に陣を占めていた。九機の機装甲のうち、四機が四角を作り、互いに背を向け合って四方を見張り、残りの機体と小隊幕舎がその四角の中に立てられている。いつもの躍進中の防護陣だ。
「ルキアニス、機体はどうだった」
小隊のニコルの声だ。彼は膝をついた機体の脇から、伸び上がるように手を振る。
「今のところ、大丈夫みたい」
「よかったねー」
応えてルキアニスは手を振り、そしてアルヴィヌス上騎のすぐあとを追いかけて、小隊天幕の入り口をくぐる。
「頼む」
ヴィルヌス小隊長は、いつもどおり、そっけない。
「日誌分冊は一号筐だ」
「はい」
ルキアニスは、小隊文章行李から、それを抜き出して、幕舎の組み立て卓へと着いた。
今回の、小隊の行動は、今までにないものだった。
小隊は、一まとめに扱われる最も小さな結びの節だ。定数で七機、戦列維持には五機を保つよう手入れをしなければならない。五機というのは己を守り、保てる数として限りなく少ない、と教えられていた。それより少ない数で動こうとするな、と厳しく教えられてもいた。
それでも、ルキアニスと、マルクスは騎兵分隊に守られながらだけれど、二機で行動した。ルキアニス達の小隊の担当目標が、連隊の目標のなかで最も遠く、だから最も敵を取り逃がしやすいところだったからだ。しかも、村の前には、見張りの前哨砦が置かれていて、道沿いに行けば間違いなく取り逃がすとも思われていた。
だから、ルキアニスとマルクスの機体は、森を刺し貫くように動いて、その村の背後に出た。二人の機体には魔道の六分儀が取り付けられていて、森の中でも、夜でも、向きを見失わずに進むことができる。連隊で、ほかにそのようなものを取り付けているのは、オゼロフ第一中隊長機くらいなものだ。
野盗どもは、まったく油断しているようだった。村は静かで、見張りも少なく、たまに前哨砦へと交代の者らが出てゆき、また戻ってくるくらいだった。
ただ、前哨砦と村との間には、連絡があるらしく、村の側の一番高い見張り台で、松明をかざし、振る姿が良く見えた。
だとしても、小隊の行動ははじめと変わらなかった。
ルキアニス達が意を釣るために先んじて動き、見張り台をことごとく叩く。その間に小隊は、街道側から前哨砦の前を抜く。もちろん、前哨砦が抗う前に投擲で黙らせる。
定めの時に、定めの通りに攻撃した。
何が悪かったのだろう。
ルキアニスは硬筆の手を止めた。紙を汚さないように筆箱へと置く。
もちろん、速報は何が悪かったなどと書くための文章ではない。どんな行動をし、どんな結果を得たかを取りまとめるものだ。
攻撃中に三号機は被弾。戦闘行動に問題なし。時刻不明、直後に敵は士気崩壊の兆候を見せる。集団で村落を放棄、逃亡する。時刻詳細不明、直後。小隊本隊は戦列をもって前進を開始。
それで、戦闘は終わったも同じだった。逃亡した者らは座り込んで降伏した。それらは騎兵分隊へと任せ、機装甲小隊は村へと迫り、さらに降伏を命じた。そのときに、ルキアニスとマルクスの分遣隊は小隊に復帰し、ルキアニスの書くべきことは終わる。
その次は、中隊へとそれを届けるために、あれこれと手続きをすることだ。
その役も、ルキアニスがやることになった。
最終更新:2010年02月03日 20:32