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世界の半田晴久 その天才性を探る
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世界の半田晴久 その天才性を探る
引用記事
西オーストラリアの国際的な私
"THE WEEKEND AUSTEALIAN(April 6-7, 2002)"より
西オーストラリアの国際的な私
"THE WEEKEND AUSTEALIAN(April 6-7, 2002)"より
「謎の男 ミスター半田」
男は金持ちで、日本で宗教的カルト集団を主宰している。オーストラリアの芸術グループに多額の金をばらまいているので、メンバー達はその男のオペラを我慢して聴いている。
男の名前は半田晴久。彼は一体何者なのだろう?
謎の国際人
西オーストラリアの芸術団体に多額の金を寄付している金持ち慈善家がいる。
金を出してくれることはありがたいとは皆思っているが(だから彼のオペラを我慢して聴いているのだが)、一体彼が何者で、どうやってそんな金持ちになったかを知っている人は殆どいない。
むかしむかし、遠いところに、芸術家たちがいつもケンカしている土地がありました。
ある日のこと、歌の大好きな予言者が海をわたってやってきて、見たこともないほどたくさんのお金を寄付してくれました。
みんなは予言者に感謝してよろこんでむかえ入れ、総裁として祭り上げました。
予言者が「歌を歌いたいなぁ」と言えば、いつでも好きなときに歌わせてあげることにしました。 それいらい、ケンカもなくみんな幸せにくらしたそうな。めでたしめでたし
異様なおとぎ話のように思われたかもしれない。
しかしながら、半田晴久とパース(西オーストラリア州の州都)の間の蜜月関係はこの通りの奇妙な話ではあるが、実話なのだ。
しかしながら、半田晴久とパース(西オーストラリア州の州都)の間の蜜月関係はこの通りの奇妙な話ではあるが、実話なのだ。
日本人ビジネスマンであると同時に新時代の教祖である彼は西オーストラリア州首都の芸術団体に数百万ドルもの金をばらまき、誰もが認める西オーストラリア一番の収入源となっている。
金を受け取る側は、芸術大学・オペラ学校・美術館など多岐に渡るが、皆喜んで彼の善意を受け入れるどころか、 彼のことを褒めちぎり、名誉博士号を二つ授けた。
そして、オペラを歌いたいという半田の強い希望を受け入れ、人前で自由に歌わせてやったのである。
この神々しいばかりの偉業に驚いた人はさほど多くはなかった。
それよりも前に、Doranが次のように発表していたからだ。
それよりも前に、Doranが次のように発表していたからだ。
何と、半田はPIAFの主催する一連の国際イベントを取り仕切るのだという。
開催地でこれを聞いた人々は不思議に思うことだろう。
「アイルランド人が日本人を招聘して、オーストラリアの芸術祭の世界総裁にさせるって? 一体どうしたらそんなことになるんだ?」
(とりわけ、半田がイタリア語の歌を歌い始めたら余計にその感は強まるはずだ)
(とりわけ、半田がイタリア語の歌を歌い始めたら余計にその感は強まるはずだ)
「そもそもその半田って男は一体何者なんだ?」
「で、一体そいつの金の出所はどこなんだ?」
匿名で話してくれたパースの芸術団体のメンバーは言う。
「疑ったらダメだよ。"ごっつぁんです"とだけ言っておけば良いのさ」
彼も半田の金離れの良さの恩恵を受けているのだ。
「彼の滞在日程はハワード・ヒューズ並みだよ」
別の芸術団体の職員は、オーストラリアで活動中の半田を見た感想を述べる。
別の芸術団体の職員は、オーストラリアで活動中の半田を見た感想を述べる。
「10時2分 ミスター半田入室。10時4分 ミスター半田お付きの女性、ペコペコとお辞儀..... 謎の金持ちってところだな、彼は」
※ハワード・ヒューズはアメリカの実業家、金持ちの代名詞
半田晴久が西オーストラリアに資産形成を始めたのは1980年代後半である。
半田と東京本社のコスモメイトグループ各社(経営者は半田)はコスモメイトオーストラリアの 発行済み株式を管理している。
コスモメイトオーストラリアが所有するのは、
・フレマントルにある400隻停泊可能なマリーナ
・豪邸2件
・旅行会社
・パース郊外の農場 である。
・豪邸2件
・旅行会社
・パース郊外の農場 である。
しかし、彼の持つオーストラリアの”小帝国”は、日本のコスモメイト社の前ではずっと小さく見える。
コスモメイト社の扱うビジネスは、時計製造工場・出版社・大学受験予備校があり、半田の公式プロフィールには「日本・海外に13の企業を持ち、経営している」とある。
コスモメイト社の扱うビジネスは、時計製造工場・出版社・大学受験予備校があり、半田の公式プロフィールには「日本・海外に13の企業を持ち、経営している」とある。
以前、半田は10000ドルを寄付した西オーストラリア書家組合の会合でこう言ったことがある。
「いつも聞かれるんですよ、僕がどうやってこんなに成功したかってね」
さらに半田は自分の業績を説明し始め、自分は書道だってできるのだと実演した上に、 歌まで歌い始めたのだ-日本から連れてきた聖歌隊30人と一緒に。
「そりゃあ異様だったよ…あいつの歌が長すぎるんだな。年寄りが倒れちゃ困るからって スタッフは駆け回ってイスを探し回る羽目になったよ」 とは、ある招待者の回想である。
半田から寄付を受けている別の人物は言う。
「僕は彼のことを『わがまま半田ちゃん』って呼んでいるんだ」
「僕は彼のことを『わがまま半田ちゃん』って呼んでいるんだ」
「お付きの者が『先生が今から歌いたいと仰っているんですが』って僕に言うから、 『ダメダメ、ここじゃ駄目だよ』って言ったこともあるよ」
半田のプロフィールを読むと、彼の業績が面々と書き連ねられていて、あまりの長さに驚く。
- 慈善家でブラインドゴルフの国際スポンサー
- ビジネスマンとして「経済評論家として高い評価を受けており、60冊の著書は現代文明・宗教・経済など多岐に渡る」。
さらにプロフィールは続く。
「作曲家・指揮者・声楽家・歌人・俳人・書道家・茶人・華道家・能楽師・演説家・バレエダンサー・舞台俳優」
そして深見東州という法名で得度した禅僧でもある、と。
Geoff Gibbsは以前WAAPAの理事長だったが、現在は半田のためにIFACを運営している。Gibbsはきっぱりと言う。
「彼は最高だ。彼は人に元気を与え、やる気を起こさせる。僕の仕事は刺激的なプロジェクトを彼に提供することだ」
「彼は最高だ。彼は人に元気を与え、やる気を起こさせる。僕の仕事は刺激的なプロジェクトを彼に提供することだ」
半田が芸術活動に盛んに参加したがるのを、Gibbsは特に敬服していると言う。とは言え、そんな彼もシドニーのオペラハウスでのイベント中に半田が歌うことに対しては上司に意義を申したてた。
「もし彼があんなところで歌ったら、彼にとって得にならないと思ったからね」
また、Gibbsは自分の仕事は「ミスター半田の名声とイメージを守り、彼が笑い者にならないように対処すること」でもあると言う。
半田への接見は厳しく制限されている-コスモメイトのパースでの経理担当者Michael Gassonによれば
「事前に質問を提出してもらい、確認の為に記事の概要を渡してもらわなければ、この件に関してのインタビューは許可できない」とのことだった。
「事前に質問を提出してもらい、確認の為に記事の概要を渡してもらわなければ、この件に関してのインタビューは許可できない」とのことだった。
当誌は後者の要求を拒否したため、書面インタビューの申し入れをしたものの、却下された。
当誌は先月、半田がPIAFの「世界総裁」となった際に、半田からのコメントが欲しいとGibbsに依頼した。Gibbsの返答は
「彼は喜んでいたよ。彼の発言に関しては僕からコメントを取るようにしてくれよ」
「彼は喜んでいたよ。彼の発言に関しては僕からコメントを取るようにしてくれよ」
「僕らの中でも彼と特に仲が良い人間だけがメールかファックスで彼と話せるんだ。
で、それをお付きの女性が翻訳するんだ。その子は団体の中では大した役職じゃないんだけどね」
で、それをお付きの女性が翻訳するんだ。その子は団体の中では大した役職じゃないんだけどね」
Gibbsはさらに説明する。
「半田から直接コメントを取ろうとするなんて、女王陛下と連絡を取ろうとするようなもんだね」
「半田から直接コメントを取ろうとするなんて、女王陛下と連絡を取ろうとするようなもんだね」
それに引き換え、半田自身が要人に接見できる能力は身分不相応にさえ見える。2年前には、法皇ヨハネパウロ2世とカトリックの巡礼者6万人が集まったサン・ピエトロ広場で、彼の作曲した曲を披露している。
Gibbsとコスモメイトオーストラリアの従業員2人がローマに飛び、このイベントの現場に立ち会った。
「法皇はとても驚かれていたね。何せ、着物を着た人が40人も集まって法皇のために『主よ、憐れみたまえ』を歌ったんだから」
半田の個人資産はどうやって蓄えたのかという今さら問うまでもない質問について、Gibbsは次のように話した。
「半田は10社以上の会社のオーナーで独身だから、自分の好きなように金を使えるんだ」
「半田は10社以上の会社のオーナーで独身だから、自分の好きなように金を使えるんだ」
来週には、半田の芸術活動に対する支援はさらに度を超すことになる。何と140万ドルをさらに他のところ--オーストラリアの新世代のオペラ歌手を養成する学校--にポンと渡すのである。
オーストラリアオペラスタジオはこの2月に一期生を入学させたばかりで、今週正式に開校予定である--半田直々の参加の下で。
この計画は、かつてオーストラリアオペラでバリトンを務めたGregory Yurisichの発案によるものである。
Yurisichは半田を 「僕が会った人の中で、ルネッサンスマンと呼べるのは彼だけだ」と評している。
さらにYurisichは続ける 「秘書を何十人も従えて、ビジネスや慈善事業をきっちり管理している人間なんて他に見たことがない」
「彼はほとんど眠らないんだ。僕は年に2,3回日本に行って彼に歌のレッスンをするんだけど、朝の3時にレッスンするなんてことはざらだからね」
パトロンである半田のことを「大英博物館に作品が常設された現代書家20人のうちの一人で、フランスでも彼の芸術作品はべた褒めだったし、彼の作曲も賞賛を受けているんだ」と評する。
そして真面目に「彼の歌は悪くないよ」と言う。
「金を寄付したから手にした栄誉があることも確かさ。でも実際に才能があるから手に入れられるものもあるんじゃないかな」
「オーストラリア人には富を得ると自分だけのものにしようとする人もいるけど、彼はそんなことはしない」
半田の金が西オーストラリアに押し寄せてきたのは1987年のことであった。
スワン川をわたる船上にいた彼は、きらめく水の中に神が降臨するのを感じたという。
スワン川をわたる船上にいた彼は、きらめく水の中に神が降臨するのを感じたという。
半田は宗教セクトのカリスマ的リーダーでもあるのだ。
元々はパワフルコスモメイトという団体名で、日本の土着宗教である神道の新派として1984年に設立された。
元々はパワフルコスモメイトという団体名で、日本の土着宗教である神道の新派として1984年に設立された。
現在はワールドメイトと改称され、公式ホームページによると、41000人の会員がおり、神々への取次ぎをしてくれる存在としてリーダーの半田を崇めているという。
会員は神霊的な幸福を得るために、お守りを買ったり、除霊を受けたり、個人的に神への取次ぎを受けたり、祈祷を受けたりもする(半田が直々にする事もある)。
想像上の星ツアーはよくあるイベントだが、星ツアー中に奇跡が起こり、昇進・増収・健康増進などがもたらされることもあるらしい。
ワールドメイト会員が作ったホームページには、ワールドメイトに入会した印に「額に菊の御紋が神霊的に現れる」
という様子が書かれている。
という様子が書かれている。
また、「退会した瞬間に、退会者は魂が不安な状態になることがある」ことが書かれ、結果として退会者の多くはすぐに再入会するのだという。
プラチナ会員になるためには月430ドル以上払うが、ゴールド会員にはもっと小額でなれるし、高校生のための学割もある。 会費が高ければ高いほど、祭典での特典がある。「(ワールドメイトの)皇大神社でより深い神域に」近づくことができたり、半田自身に近づくこともできる。
「神様をもっと思い通りに動かしたいんだったら」
信者は半田の本(『神社で奇跡の開運』という類の題名の本)
を読むようにアドバイスされる。
信者は半田の本(『神社で奇跡の開運』という類の題名の本)
を読むようにアドバイスされる。
ワールドメイトは現代日本の宗教的ムーブメントのうちの一つであり、英国のアジア宗教研究グループは「オカルト・不思議・奇跡などの要素に重きを置く」と掲載している。
"the Overview of World Religions"(英国St.Martin's collegeの宗教・倫理学科で編纂)によると、「オウム真理教は1990年代に地下鉄サリン事件で悪名を馳せたが、その他の殆どの新新宗教グループは害のないものである」
「この手の宗教団体が保証してくれる通りの奇跡を起こせるかどうかはともかくとして、現代のハイテク日本に暮らす何百万人の人々に新しい形の(と言うより、多くは伝統的なものを再構成して)人間関係を提供することはできている」
とのことである。
とのことである。
半田は、企業人としての自分と宗教団体ワールドメイトとの間にはきっちり線を引いている。
そのワールドメイトを彼は宗教法人として認可(認可がおりれば、ワールドメイトの宗教式典への寄付には課税されない)してもらおうと努力してきた-いまだ認可は下りていないが。
そのワールドメイトを彼は宗教法人として認可(認可がおりれば、ワールドメイトの宗教式典への寄付には課税されない)してもらおうと努力してきた-いまだ認可は下りていないが。
2000年に警察庁・法務省・厚生省に向けて書かれた宗教的カルトに関する公式のレポートでは、ワールドメイトの前身であるパワフルコスモメイトは「神道系カルト」と書かれている。
しかし、ワールドメイトのホームページによると、会員は「絶対に強制を受けることはないし、出家を強要されることもない」し、団体の目標としては、信仰心を奨励し「日本と世界の平和」を勧めることだ、と述べている。
1994年、東京で記者会見を行った半田は、神道では踊り・歌・遊びまでもが「宗教的活動の全て」なのだと発言した。
豪華ヨットでパースを航行することでさえも宗教的な面を持ち得るのだ。
「だって、神様はスワン川によく降臨されるのですよ」
「だって、神様はスワン川によく降臨されるのですよ」
パースの30キロ南のバイフォードに位置するコスモメイトの牧場。ここに高さ4メートルの赤い鳥居が建てられた。
この鳥居が建てらた後、半田のオーストラリアでの経済活動と宗教活動について知る人々は困惑した。
「日本からカルト信者が大挙して押し寄せてくるのでは?」というメディアの憶測が乱れ飛ぶこととなった。
「日本からカルト信者が大挙して押し寄せてくるのでは?」というメディアの憶測が乱れ飛ぶこととなった。
実際には、もうとっくに日本から観光客が何百人もやってきていて農村生活を楽しんでいた。やったことと言えば、半田のやる気のでる講義を聴いたり、新鮮な卵を収穫したり、星を眺めたりするような、当たり障りのないことだった。
150万ドルの費用でファームステイ複合施設を作る計画を地方議会に提出した時に、コスモメイトの弁護士が即座に確約したのは
「これは純粋に経済的事業(結局実現しなかったが)であって、宗教団体だからと言って公的な税率からの免税を要求するものではない」ということだった。
「これは純粋に経済的事業(結局実現しなかったが)であって、宗教団体だからと言って公的な税率からの免税を要求するものではない」ということだった。
その一方で、日本のテレビ局が4社パースに到着した。
日本の国税当局は半田の会社に査察に入り、隠し資産をオーストラリアで「宗教上の」備品購入に当てたと推測していた。テレビ局が取材に来たのはこれを受けてのことである。
日本の国税当局は半田の会社に査察に入り、隠し資産をオーストラリアで「宗教上の」備品購入に当てたと推測していた。テレビ局が取材に来たのはこれを受けてのことである。
オーストラリアの資産を保有するコスモメイトオーストラリアは、「毎年会計検査を受けていたが、それまで査察を受けたことなど一度もなかった」と強調した。
さらに、半田は査察の事実に憤慨し、東京で記者会見を開き、「マルサによる強制捜査は、我々のような小さい宗教グループに対する国家権力の甚だしい濫用そのものである」と主張した。
「査察は失敗に終わり、何の処罰も受けなかったし、脱税ということで重加算税を科せられることもなかった」とMichael Gassonは小誌に語った。
また、バイフォードの農地についても「鳥居があるだけのちっぽけな場所だよ。何気なく神社と呼んではいるのは確かだし、ミスター半田が(ワールドメイト信者と)一緒に拝みには来るけれども、宗教的施設ではないよ」と述べた。
Gregory Yurisich は言う。
「そんな過去の事実を蒸し返すなんて正当じゃないよ。そんなのまったくオーストラリア人らしくない 」
「そんな過去の事実を蒸し返すなんて正当じゃないよ。そんなのまったくオーストラリア人らしくない 」
経歴についてあれこれ問いただされることに半田自身が過敏になっているのかはまだよく分かっていない。
2月に半田はBlack Swan劇団の公演"The Career Hilights of the Mamu"の初日のためにアデレード祭に飛んだ。
パースが地元のこの劇団の公演には、半田がビデオクリップで登場し、4万ドルの寄付をしている。
パースが地元のこの劇団の公演には、半田がビデオクリップで登場し、4万ドルの寄付をしている。
記者はこの公演を観に行き、幕間にロビーで半田を見つけた。私が自己紹介をすると彼は機嫌よく握手をしてくれたが、殆ど言葉を交わさないうちに、お付きの女性がイライラしながら会話を打ち切った。
公演の最後にスポンサーの半田は壇上に呼ばれ日本の歌を披露した。多少音程は外していたものの、楽譜をチラチラと盗み見ながらの元気な歌声だった。翌日、空港で我々がパース行きの飛行機を待っていると、座っている半田を囲んで取り巻きが7人立っていた。
「ミスター半田はいつもああやって歌うのかい?」
前日の半田の歌に関して、私は取り巻きの一人に恐る恐る聞いてみた。彼はニッコリ微笑んだ。
「ええ、もちろんですとも。先生は国際的なオペラ歌手なんですよ」
グーグルによる翻訳
東アジア文化における個人の謙虚さについて
なぜ日本、中国、韓国には、これほど多くの自己中心的な人間が生まれるのだろうか。批判が不足しているからだろうか。
先週の土曜日、私はイタリア人の友人に連れられて、これまで公の場で耳にした中で最悪の音楽公演を体験することになった。
スミス・スクエアにあるセント・ジョンズという美しいホールで、ロビン・ステープルトン指揮の優れたイングリッシュ・チェンバー・オーケストラ(ECO)が、オペラのアリアの名曲の数々を演奏した。
そのうち4曲を、半田晴久という、ふくよかな体格の日本人実業家であり、スピリチュアルな自己啓発の起業家でもある人物が歌った。
カリブ海クルーズ船の安っぽいエンターテイナーのような風貌の半田氏は、モーツァルト、ベッリーニ、ワーグナーの楽曲を、唸るような声や不明瞭な歌唱で披露した。
フィナーレには、半田氏自身が作曲した『ムー大陸』がECOによって演奏された。
この光景を単に「平凡」と評するのは、この驚くべき出来事に対して不公平というものだろう。なお、この公演の司会を務めたのは、コンサート界のベテランであるリチャード・ベイカー(OBE勲章受章者)であった。
さて、半田氏(オーストラリアの複数の機関から名誉博士号を授与されている)は、非常に立派で慈善心に富んだ人物だと聞いている。今回の公演費用を全額自己負担しただけでなく、チケットの売り上げはすべて英国王立盲人協会(RNIB)に寄付されたという。
半田氏は、アルバニア、中国、オーストラリア、イギリスの様々な教育機関を支援しているほか、世界盲人ゴルフ協会のパトロンも務めている。こうした活動は実に素晴らしいことであり、その見返りとして彼の気まぐれな振る舞いに付き合うことくらい、大した問題ではないのかもしれない。
ローマで教皇と6万人の巡礼者を前に自作の『アヴェ・マリア』を歌ったり、ニューヨークの国連プラザで能を演じたり、あるいはロンドンで『タンホイザー』のアリアをたどたどしく歌ったりすることなど、彼にとっては些細なことなのだろう。
とはいえ、私は、こうした自己顕示欲むき出しのパフォーマンスに見られる、驚くべき謙虚さの欠如や、奇妙なまでの厚顔無恥さについて考えずにはいられなかった。もし「客観的な視点」――あるいは「ユーモア」と呼ぶべきもの――を持っていれば、普通の人ならこのような振る舞いに耽ることはないはずだ。
もちろん、ユーモアというものは、半田氏が名を成すに至ったような事業にとっては天敵のようなものなのだろう。
プログラムの解説には、彼が「60冊以上の著書を執筆している」と記されていた。
『天に運を任せよ(Let Heaven Make Your Fortune)』といったタイトルの書籍がある。そこには、霊界の秘儀を知ることで、読者が「自分にふさわしいと信じる個人的・職業的な成功」へと導かれる方法が明かされると謳われている。
『天に運を任せよ(Let Heaven Make Your Fortune)』といったタイトルの書籍がある。そこには、霊界の秘儀を知ることで、読者が「自分にふさわしいと信じる個人的・職業的な成功」へと導かれる方法が明かされると謳われている。
混乱した世俗的な現代において、精神的な高揚感を提供するビジネスは大きな市場となっている。半田氏は、不動産や経営コンサルティング、その他の金融関連事業に巧みに投資を行ってきた。
彼は自らを歌手、能楽師、「モチベーショナル・スピーカー(自己啓発の講演者)」、芸術家、華道家、写真家、書家、禅僧、そして神道の推進者であると宣伝している。
それだけでなく、『アストラル・ピアノ・コンチェルト』(「聴く人誰もが感じ取れる霊的な共鳴」を伴う作品とされる)や『日本の魂(The Japanese Soul)』、『口笛のメロディー(Whistling Melody)』(「創造力の絶頂にある芸術家が奏でる」口笛の旋律)といった楽曲の作曲も手がけている。
こうした活動のすべてには、どこか「作り事」のような雰囲気が漂っている。だが、結局のところ、半田氏の著書を買ったり、彼の口笛のメロディーを聴いて精神的な高揚感を得たりすることを、誰かに強制されているわけではないのだ。
先週の土曜の夜、私の頭をよぎったのは次のような疑問だった。
日本、中国、韓国といった、個人の謙虚さが伝統的な美徳とされる国々から、なぜこれほど多くの「自己陶酔者(エゴマニア)」が生まれてくるのだろうか。
彼らはニューヨーク・タイムズ紙の紙面を買い取って人生の神秘を説いたり、新たな宗教的カルトを立ち上げたり、あるいは金銭を支払って他人に「自分は芸術的・知的な天才である」と演じさせたりする。
それは伝統が崩壊してしまったからだろうか。それとも、特に日本において、批判的な文化が欠如しているからだろうか。
日本には優れた芸術家や音楽家、作家が大勢いるが、彼らが公的な批判の目にさらされることはほとんどない。メディアにおける書籍や映画、音楽の批評は、単なる内容紹介に終始しているか、あるいは宣伝(PR)のように読めてしまうものばかりだ。
つまり、権力や地位を持つ人間であれば、誰であれ、嘲笑されることを恐れずに、自らを滑稽な存在に仕立て上げることができるということだ。だが、もしかすると理由は別にあるのかもしれない。
東アジア文化における「個人の謙虚さ」とは、形而上学的なものではなく、あくまで社会的な規範に過ぎないということではないだろうか。
唯一絶対の神が存在せず、数多の神々がいる世界であれば、人間が「自分もその神々の一人である」と信じ込むことは、より容易なのかもしれない。
私には、その答えはわからない。
しかし、権力や名声、そして金によって自我が解き放たれると、それは瞬く間に怪物的なまでに膨れ上がることがある。これはどこでも起こりうることだが、とりわけ東アジアでは顕著だ。
しかし、権力や名声、そして金によって自我が解き放たれると、それは瞬く間に怪物的なまでに膨れ上がることがある。これはどこでも起こりうることだが、とりわけ東アジアでは顕著だ。
半田氏が「怪物」だという証拠はない。
スピリチュアルな胡散臭い言説が飛び交う世界において、彼はどちらかといえば無害な部類に入るだろうし、その慈善活動に疑いの余地はない。
それでも、この気前の良い「道化」が著名なオーケストラと共演する姿を見るのは、私にとって少々屈辱的な体験だった。
それは芸術的な基準を無意味なものにしてしまう行為だったからだ。私たちは、ある富豪の空想を見せられ、彼が金をばら撒いているという理由だけで、それを楽しんでいるふりをしなければならなかった。
彼の活動は盲人にとっては大きな恩恵をもたらしたかもしれないが、音楽を心から愛する人々にとっては侮辱に等しいものだった。