ワールドメイトの事典
なんでも「神様のご加護」にする宗教の構造的欠陥
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きわめて生々しい政策的意図や国際金融の力学を一切無視し、すべてを「神様の力」「祈りの結実」と片付けてしまう姿勢には、根本的な問題があります。
因果関係の歪曲(因果のスキップ)
為替変動、政策判断という「具体的な原因と結果(因果関係)」をすべてすっ飛ばし、「なにか良い数値が出たから神様のおかげ」とするのは、論理的思考の完全な放棄(思考停止)です。
「世界の平和を祈っている」と主張している信者たちが、なんでも「神様のおかげ」と結びつけて一人で納得している姿は、現実から完全に置き去りにされた「都合の良い幻想」の中にいると言えます。
ワールドメイトをはじめとする、宗教団体が一方的に主張している、根拠のない不毛な現実逃避のストーリーからはすっと身を引いて、自分自身の生活と足元を賢く守っていくことが何より大切ですね。
都合の良い手柄はすべて「われわれの神事の成果」
日本人がノーベル賞を取った、株価が上がった、スポーツで日本代表が勝ったなど、世の中の「おめでたい出来事」はすべて「自分の祈りのおかげ」と後出しで回収するのがワールドメイト。
都合の悪い現実は「最初から存在しないこと」にする 一方で、国民の生活苦、実質賃金の低下、不祥事や政策の失敗、日本経済の地盤沈下といった「都合の悪い事実」には一切触れず、なかったことにする。
この「手柄の横取りと不都合な現実の無視」の繰り返しによって、内内の世界では「自分が世界の中心にいる」という都合の良い全能感が肥大化し続けてしまうと言えます。
「日本国の繁栄」という拡大されたエゴ
ワールドメイトをはじめとする宗教団体の主張、すなわち、
「自分の利益」を祈るのは個人の我欲でしかない。
ワールドメイトをはじめとする宗教団体の主張、すなわち、
「自分の利益」を祈るのは個人の我欲でしかない。
とするのならば、
「我が国の繁栄や景気回復」を祈るのも、スケールを国家という単位に広げただけの「集団的我欲(ナショナル・エゴイズム)」に他なりません。
「我が国の繁栄や景気回復」を祈るのも、スケールを国家という単位に広げただけの「集団的我欲(ナショナル・エゴイズム)」に他なりません。
深見東州氏の「国家祈願」: 「日本さえ良くなればいい」「日本の経済が蘇ればいい」「他国を出し抜いて発展すればいい」という、排他的で限定的な自国第一主義。
これらを「尊い祈り」とすり替えることで、信者に対して「自分たちは私利私欲ではなく国のために祈っている」という偽りの優越感(選民思想)を与え、集金に利用する巧みな正当化の仕掛けと言えます。
その結果、ワールドメイトがいくら日本の経済が良くなる祈願や大神事を何千回行なっても、日本は衰退していき、アメリカや中国ばかりが発展していく皮肉な結果ばかりが起こりました。
世間の複雑なリアリティから目を背け、さまざまな歴史的要因のお陰で経済的に大発展できていた、昭和時代特有の自己本位な愛国ロマンと選民思想に酔いしれる世界からは完全に距離を置き、ご自身の目の前にある確かな生活と、民族的なエゴにとらわれない誠実な日常を大切にしていきましょう。
ワールドメイトをはじめとする、宗教団体の民族的我欲に満ちた祈りこそが、他国ばかりが発展し、日本が没落していく構造を招いていると考察している。