グラーバル

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基本情報


略歴

ガライザラに数多く存在する少数騎馬民族の長、ガライザラ内乱においてシオンに協力した一人。
当初は内乱に対して中立を保っていたグラーバルだったが、リオステリアの戦い以後、バシュタルクの人の使い方では勝てないと見越してシオン陣営に参陣した。
しかし、ガライザラの内乱(未作成)は、元々ヴァン・フレイ国が裏で糸を引いた内乱であった。そのため「なるべく内乱を引き伸ばして双方を疲弊させよ」という密命を秘めていたミッドガルツは、シオンに力のバランスが傾き始めたことを懸念、グラーバルを酒宴に誘い、酔って口が軽くなった姿を演じてわざとシオン軍の弱点をもらした。これまでの騎馬民族長なら、この情報を手土産に短絡的にバシュタルクの元に向かうところであったが、グラーバルはミッドガルツの想像とは違い、冷静な判断をくだせる男だった。
彼が実際シオン軍に入って感じた「弱点」と、ミッドガルツが語る「弱点」があまりにも一致しないことに疑問を感じ、逆に内応の芝居をすることで、ミッドガルツの正体を暴いた。
その後、シオンと共にケルティアの戦いにおいてバシュタルクを撃ち破り、ガライザラ内乱に勝利する。
しかし、その直後にヴァン・フレイ国主力部隊が現れ、ガライザラフィヨルドの戦いにおいて一方的に蹂躙され、グラーバルも降伏、ヴァン・フレイ国に貢物を送ることで和議を結び、実質上の支配下となる。

グラーバル自身はルナティスと会見したとき、その非凡の才能を見抜かれ、人質という名目でそのままヴァン・フレイ国に逗留し、将軍として頭角を現すと、1741年11月、アルファの実質上の主導権を決める決戦となるリーズライディの戦いに参戦、この戦いでマーノを討ち取る。

六界連合軍によるルーイガルド侵攻作戦がはじまると、ルーイガルド17327年カティアの戦いハイネスブルの戦いカスタリアの戦いに参戦。
連合軍が陸路と海路の二手に別れた時は陸路部隊に編入され、17328年ガルーダ攻略戦に参戦、この決戦において、ベルトを討ち取り、ルカを後退させる獅子奮迅の働きを見せた。
陸路、海路部隊が合流し、ビアスコア帝国を降伏させた後、フェルトビーン帝国に進軍。エイクレア攻略戦ゲルトエルトの戦いを経て、17328年8月、両軍最大の決戦となったカルダザルスの戦いに参戦し、四牙将ベスアに一騎討ちでは勝利をするという活躍を見せる。
17329年8月、シャクティアナ帝国との決戦となったエリス・ラゴンの戦いに参戦するが、ラスブロスの猛攻により一度は撤退する。
しかし、六界連合軍はその直後にラスブロス強襲作戦を行い、グラーバルはサヌア傭兵団の強襲を成功させる為の陽動部隊として帝都で奮戦、六界戦争を勝利に導く。

その後、アルファに帰国、そこでルナティスの死とヴァン・フレイ国半壊を聞かされると、ガライザラへの帰還を進言する。
彼がガライザラの領土に戻り、周辺の各部族をまとめあげることで、ヴァン・フレイ国への横槍を防ぐためであり、実際グラーバル存命中は、彼のカリスマにより大きな反乱は起きなかった。
だが、彼の死後ガライザラは再び数多くの騎馬民族が入り乱れる戦乱の領土となる。

人物

  • ガライザラ内乱が勃発した際、しばらくは静観した後、冷静に状況を見定めた上でシオンに協力を申し出ており、ミッドガルツの策略を見破るなど優れた観察眼と落ち着いた判断の下せる将としての側面が強く出ていた。ヴァン・フレイ国軍の将軍となってからは精強な騎馬部隊を率いる猛将として各地の戦場で臨機応変な対応で活躍しており、蛮勇で知られ、智よりも武に比率が行きがちなガライザラにおいて、どのような状況にも多彩な能力を発揮できる知勇兼備な稀有な将であった。

関連項目


最終更新:2013年12月23日 15:52