ダイワスカーレット(競走馬)

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&font(#6495ED){登録日}:2023/02/08 Wed 06:57:25 &font(#6495ED){更新日}:&update(format=Y/m/d D H:i:s) &new3(time=24,show=NEW!,color=red) &font(#6495ED){所要時間}:約 ? 分で読めます ---- &link_anchor(メニュー){▽}タグ一覧 &tags() ---- #center(){&bold(){&sizex(7){&color(red){明日も、緋色の風が吹く。}}}} &bold(){&ruby(Daiwa Scarlet){ダイワスカーレット}}とは日本の元競走馬。 メディアミックス作品『[[ウマ娘 プリティーダービー]]』にも登場しているが、そちらでの扱いは当該項目参照。 →[[ダイワスカーレット(ウマ娘 プリティーダービー)]] 目次 #contents *データ 生年:2004年5月13日 父親:[[アグネスタキオン>アグネスタキオン(競走馬)]] 母親:スカーレットブーケ [[馬主]]:大城敬三 調教師:松田国英 (栗東) 主戦騎手:安藤勝己 生産者:社台ファーム 産地:千歳市 セリ取引価格:- 獲得賞金:7億8,668万円 通算成績:12戦8勝 [8-4-0-0] 主な勝鞍:07'桜花賞・秋華賞・エリザベス女王杯、08'有馬記念 *概要 2004年5月13日生まれの牝馬。 母はスカーレットインクを祖とし、数多くの名馬を送り出してきた牝系の一つ「スカーレット一族」に連なるスカーレットブーケ。父は[[アグネスタキオン>アグネスタキオン(競走馬)]]。 主戦騎手はデビューから引退まで一貫して「アンカツ」こと安藤勝己。 半兄((異父兄。父サンデーサイレンス))に皐月賞をはじめG1で5勝をあげたダイワメジャーが存在。 ちなみにこのダイワメジャー、血統的には&bold(){兄であると同時に叔父でもある}。 *戦歴 2006年の11月に京都競馬場の芝2000mでデビューし、1.8倍の圧倒的な支持に応えて勝利。 実はこの日のメインレースはG1・マイルCS。半兄ダイワメジャーがG1競走3勝目を挙げたレースとなり、メディアでは兄妹揃って大きく取り上げられた。 12月にオープン戦で2勝目をあげ、2戦2勝でクラシックシーズンを迎える。 2007年初戦はシンザン記念。後に高松宮記念を勝つローレルゲレイロ((キングヘイロー産駒))ら牡馬相手との対決となったが、ここで初めてアドマイヤオーラ((父アグネスタキオン。半妹に後の牝馬二冠馬ブエナビスタがいる。))の2着に敗れる。 次走は桜花賞の前哨戦、チューリップ賞。このレースで本命視されていたのは[[ウオッカ>ウオッカ(競走馬)]]。前年に阪神JFを勝利し、最優秀2歳牝馬に選ばれた牝馬3冠路線の大本命である。これがダイワスカーレットにとって、競走馬時代に最後まで好敵手として立ちはだかりことになる彼女との初対決だった。 結果は逃げたスカーレットを最後の最後にウオッカが捉え、クビ差で差し切っての勝利。3着以下には6馬身以上の差がつくなど、この頃から2頭の突出した能力を見せつける形となった。 桜花賞本番、1番人気はウオッカ。それに阪神JF2着のアストンマーチャンが続き、僅差の3番人気がダイワスカーレット。 ダイワスカーレットは第4コーナーでアストンマーチャンを捉えると、最終直線で猛追するウォッカを突き放し勝利、これが初のG1制覇となる。 なお、このときも3着以下はウオッカから3馬身半以上はなされており、2頭の能力がずば抜けていることを改めて明確にするレースとなった。 アストンマーチャンはこの敗戦後スプリント路線に転向したため、スカーレット達との対戦はこれが最後となった。その後は、3歳でスプリンターズステークスを勝利するなど、変更先の路線で活躍した。 一方のダイワスカーレットは、桜花賞後にオークスへ向かうことに。対抗と目されていたウオッカは、なんと日本ダービー出走を表明。 これには各方面から驚きの声が上がり「ウオッカはダイワスカーレットを恐れてダービーに逃げた」と揶揄する者もいた。 ダイワスカーレットは、最大のライバル不在となり、当然オークスでは本命視されていた。しかしなんとレースの&bold(){3日前}に感冒、熱発が発覚。同レースを回避せざるを得なくなり、3冠牝馬の夢は幻になってしまう。 一方のウオッカは、牡馬相手に日本ダービーを完勝。64年ぶりに牝馬でダービー制覇という快挙の主役となった。 ダイワスカーレットはそのまま夏の終わりまで休養に入り、秋の始動戦にローズSを選択。スタートからハナを切るとそのまま逃げ切り勝ちを決める。 そしていよいよ牝馬3冠最後のレースであり、ウオッカ・NHKマイルカップ馬ピンクカメオ・JRA史上初の外国産オークス馬ローブデコルテと言った同世代G1馬(及び後のエリザベス女王杯馬クィーンスプマンテ)との決戦でもある秋華賞。 1番人気はウオッカ、2番人気はダイワスカーレットだったが、単勝オッズでは2.7倍と2.8倍という互角の数字。 レースはダイワスカーレットが先頭集団でレースを進め、ウオッカが後方で脚を溜める互いに得意とする展開。先頭集団の馬がスタミナ切れで次々に脱落していく中、ウオッカは最終直線で追い込みにかかる。 しかし、ダイワスカーレットだけは最後までペースが落ちることなく、そのまま押し切って2冠を達成。ウオッカは3着がやっとであった。 牝馬二冠を達成したその勢いそのままに、古馬との初対決となるエリザベス女王杯へ。 ウオッカも当然出走を予定しており、これで4度目の対決...となるはずだったのだが、レース当日の朝にウオッカが怪我で出走取消を表明するという予想外の事態が発生。 ウオッカ不在でもなお、スイープトウショウやフサイチパンドラなど歴戦の古馬らを相手にしなければいけないことに変わりはなかった。それでも、ダイワスカーレットはスタートあっさりハナを切ると、そのまま逃げ切って3つ目のG1勝利を手に入れる。 2007年最後のレースは有馬記念。 ファン人気投票では1位ウオッカ、2位はクラシック二冠に加え、この年天皇賞春秋連覇を成し遂げたメイショウサムソン、3位に半兄ダイワメジャー。ダイワスカーレットは4位であった。 結果的に最初で最後の兄妹対決となるこの対決に注目が集まったが、勝ったのは「中山マイスター」「中山の魔王」などの異名を持つほど中山競馬場を得意としメジャーと同じ父を持つマツリダゴッホ。 スカーレットは2着、今回がラストランだったメジャーは3着。ウオッカは距離の壁があったのか11着と惨敗している。 2008年。陣営はダイワスカーレットのダート挑戦を目論み、最大目標をドバイワールドカップに設定、前哨戦としてフェブラリーステークスでの始動を予定していた。 ところが、同レースに向けての調教中、飛んできたウッドチップで目を怪我するアクシデントが発生。数日間治療をしながら様子を見たがなかなか回復せず、フェブラリーステークス回避は当然として、ドバイワールドカップのプランも取り消しとなった。 結局この年の始動戦は当時G2だった産経大阪杯。 有馬記念で対決したメイショウサムソンや、前年の菊花賞馬アサクサキングス、後にこの年の宝塚記念を制するエイシンデピュティなどG1レベルと言っても差し支えないメンバーが揃うが、見事に逃げ切り勝ちを決めた。 大阪杯はあくまで前哨戦であり、その後に控えているどのG1レースに出走するのかを陣営は検討するつもりでいた。ところが、大阪杯後に脚の腫れが見つかり、その後前脚の管骨瘤((骨膜炎によっておきる骨瘤一種。左右どちらかは当時の情報媒体でもまばらであり不明))が発覚。秋まで休養を余儀なくされてしまった。 陣営が復帰戦に選んだのは天皇賞(秋)。 このレースで本命視されていたのはウオッカ。この年に入って東京競馬場で3レースをこなし、全て2着以内と好走。ダイワスカーレットは怪我明けであることと、東京競馬場未経験ということもあり2番人気となる。 3番人気はこの年NHKマイルと日本ダービーの変則二冠を達成したディープスカイ、4番人気は後にグランプリ連覇を果たす[[ドリームジャーニー]]。最大のライバルはウオッカだが、敵は彼女1頭と言い切れないほど豪華なメンバーが府中に揃っていた。 レースがスタートすると、ダイワスカーレットがいつものようにハナを切る。しかし、いつもと明確に違う点が一つあった。 &bold(){ペースが異様に速かったのだ。} 同じ距離の秋華賞や大阪杯では1000mを59秒で走っていたにもかかわらず、今回は58秒。明らかに速い。 そのうえ後ろからトーセンキャプテンがついてきてしまっていたので、ペースを落として息を入れられない。安藤騎手はこれでスタミナが持つわけないと覚悟していた。 一方のウオッカは道中7番手。6番手にいたディープスカイの様子を見ながら、末脚をためていた。 そして最終直線。残り200m程度のところでウオッカとディープスカイがダイワスカーレットに並びかける。 #center(){&bold(){新旧ダービー馬の決着になるのか!}} #center(){&bold(){最内ダイワスカーレット少し苦しくなった!}} このままダイワスカーレットは後退し、2頭のダービー馬による叩き合いで決着かと思われた残り100m。 &bold(){なんとダイワスカーレットが二の脚を使って差し返しに転じたのである。} #center(){&bold(){内からもう一度ダイワスカーレットが差し返す!}} #center(){&bold(){ダイワスカーレットが差し返す!!}} #center(){&bold(){これは大接戦!}} #center(){&sizex(6){&font(b,i){大接戦&ruby(のゴール){ドゴーン}!!!}}} #right{(フジテレビ・青嶋達也アナ)} そして、3頭もつれるようにしてゴール板を駆け抜けた。 映像では真ん中ディープスカイの体制が不利であることはある程度わかったが、残る2頭のゴールはほぼ同時。 #center(){&bold(){ウオッカか、ダイワスカーレットか!? 真ん中ディープスカイが少々不利か!}} #right{(フジテレビ・青嶋達也アナ)} #center(){&bold(){ファンの皆さんは全くその場から動こうともしません。これも異例のことです}} #right{(NHK・刈屋富士雄アナ)} #center(){&bold(){ウオッカ・ダイワスカーレット! さあ、手を挙げるのは誰か!?}} #center(){&bold(){さあ、皆さんはどちらだと思いますか?}} #right{(ラジオNIKKEI・小林雅巳アナ)} ウイニングラン、なし。 その場にいた騎手でさえ、どっちが先だったのか分からなかったと言われている。 掲示板には&bold(){&color(red){レコード}}の文字。タイム、&bold(){1分57秒2}。 1999年[[スペシャルウィーク>スペシャルウィーク(競走馬)]]と2003年シンボリクリスエスの&bold(){1分58秒0}を1秒近く縮めたのである。 15分に及ぶ長い長い写真判定の末、軍配が上がったのは府中の女王・ウオッカ。その差、僅かに&bold(){&color(red){2cm}}。 ダイワスカーレットは敗れはしたものの、逃げ馬はいつ止まってもおかしくなかった終始ハイペースの展開、怪我明けで未経験のコースという不利な条件が揃う中、東京競馬場を得意とする万全な状態のウオッカをここまで追い詰めた能力は驚異的であったと言えよう。 この天皇賞(秋)は2022年9月からのJRA公式キャンペーン「競馬名勝負列伝」10個に選出((2020年ジャパンカップ(アーモンドアイ×コントレイル×デアリングタクト)、2017年中山大障害(オジュウチョウサン×アップトゥデイト)、2012年ジャパンカップ(ジェンティルドンナ×オルフェーヴル)、2008年天皇賞(秋)(ウオッカ×ダイワスカーレット)、1999年有馬記念(グラスワンダー×スペシャルウィーク)、1998年毎日王冠(サイレンススズカ×エルコンドルパサー×グラスワンダー)、1996年阪神大賞典(ナリタブライアン×マヤノトップガン)、1993年日本ダービー(ウイニングチケット×ビワハヤヒデ×ナリタタイシン)、1992年天皇賞(春)(メジロマックイーン×トウカイテイオー)、1988年有馬記念(オグリキャップ×タマモクロス) ))され、投票で第3位に選出されるなど、稀代の名勝負として今なおファンの記憶に焼き付いている。 この年最後のレースはまたも有馬記念。2年連続ファン投票1位のウオッカこそ不在だったが、自身は2位に選出。 この年の出走馬には先述したメイショウサムソンやドリームジャーニーに加え、前年の覇者マツリダゴッホ、この年のジャパンカップを制したスクリーンヒーロー((グラスワンダー産駒。後に種牡馬入りしマイルの名馬モーリスや有馬記念馬ゴールドアクターを輩出している。))、無敗の二冠牝馬カワカミプリンセスなど強豪ひしめく中、ダイワスカーレットはこのレースで1番人気に支持された。 スタートするとダイワスカーレットはいつも通りハナを切り、馬群を先導する。 1ハロン11秒台を連発するハイペース。メイショウサムソンは2番手からマークしながら追うも4コーナー過ぎで脱落。スクリーンヒーローとマツリダゴッホも後方から押し上げて捉えにかかるがダイワスカーレットに並ぶ前に力尽き、ドリームジャーニも猛追するが4番手がやっとだった。 #center(){&bold(){先頭は、ダイワスカーレットだ!ダイワスカーレット先頭だ!}} ラスト3Fも36秒4とメンバー3位タイの末脚を発揮。ついに他馬に一度も先頭を譲らないどころか影を踏ませることなくそのまま逃げ切りで決着。 #center(){&bold(){勝ったのは13番、ダイワスカーレット!}} #center(){&bold(){37年ぶり!夢の扉が今開かれた!}} #center(){&bold(){37年ぶりに、牝馬の有馬記念制覇!}} #right{(フジテレビ・三宅正治アナ)} 1971年トウメイ以来の牝馬による有馬記念制覇の偉業がなされたのである。 なお、2022年時点で牝馬で有馬記念を制したのは1960年スターロツチ((現在に至るまで唯一の3歳(当時4歳)牝馬による制覇))、71年トウメイ、2009年ダイワスカーレット、14年[[ジェンティルドンナ>ジェンティルドンナ(競走馬)]]、19年リスグラシュー、20年クロノジェネシスの6頭しか存在しない。 2009年、5歳になったダイワスカーレットはもう一度フェブラリーステークスからのドバイワールドカップ挑戦を計画するが、それに向けての調教中に浅屈腱炎が判明。無念の引退となった。 *引退後 引退後は故郷社台ファームでお母さんとして頑張っているが、彼女の産駒は2020年の第10子まで全員&ruby(女の子){牝馬}であった。 取り立てて目立つ実績をあげた娘はいないものの、現役中に急死した第6子ダイワメモリーを除いて皆繁殖入りしスカーレットの血を繋いでいる。 しかし2021年、第11子として初の&ruby(男の子){牡馬}を出産。 ロードカナロアとの子としては第3子に当たり、2020年に亡くなった前馬主の大城敬三氏にとっては生前に叶わなかった夢でもある。 長らく牝馬のみを産み続けてからの牡馬の出産とあり、母子ともども改めて注目を集めつつある。 また2022年には孫(第2子ダイワレジェンドの娘)スカーレットテイルとウオッカの息子タニノフランケルの交配が成立し、2023年に無事その子は誕生している。 *評価 &bold(){64年ぶりになる牝馬のダービー馬}というウオッカのインパクトに隠れがちではあるが、 ダスカはダスカで先述のように&bold(){37年ぶりに牝馬での有馬記念勝利(そして一番人気での牝馬勝利は史上初)}に加えて、 &bold(){生涯成績12戦8勝にして12戦すべて連対}((「連勝式の対象」、略して連対。1位か2位に入っているという事。ダイワスカーレット号は現役12戦で8戦で1着、4戦は2着。3着以下にに落ちたレースは一度もなかった。馬券を買う方にとってこれほど助かるものはなかった。))という大記録を持った女傑である。 安藤氏いわく、前へ行こうとする気質が強くゲートが開くとともに瞬発し、逃げもしくは先行でしかレース運用ができない強気っ娘だったという。 それでも長丁場のレースを走らせて勝ってしまうのだから、身体能力や勝負根性は相当のものだったのだろう。 追記・修正お願いします。 #include(テンプレ2) #right(){この項目が面白かったなら……\ポチッと/ #vote3(time=600,1) } #include(テンプレ3) #openclose(show=▷ コメント欄){ #areaedit() - 厩務員さん大好きっ子で他の馬の世話をしてるとヤキモチ妬いたり、朝は足音がするとお出迎え、夕方はお見送りするのが日課だったとか。 -- 名無しさん (2023-02-08 11:09:46) - ウオッカの方は早めにできてたけど、こっちは出来てなかったのか。 -- 名無しさん (2023-02-08 11:40:00) - これでスピカは実馬も全員項目が立ったな -- 名無しさん (2023-02-08 11:51:19) - たられば言ってもしゃあないけど、オークス走れてたらなぁって今でも思うわ... -- 名無しさん (2023-02-08 11:54:07) #comment(striction) #areaedit(end) }
&font(#6495ED){登録日}:2023/02/08 Wed 06:57:25 &font(#6495ED){更新日}:&update(format=Y/m/d D H:i:s) &new3(time=24,show=NEW!,color=red) &font(#6495ED){所要時間}:約 11 分で読めます ---- &link_anchor(メニュー){▽}タグ一覧 &tags() ---- #center(){&bold(){&sizex(7){&color(red){明日も、緋色の風が吹く。}}}} #right(){[[ヒーロー列伝>ヒーロー列伝(競馬)]]No.67} &bold(){&ruby(Daiwa Scarlet){ダイワスカーレット}}とは日本の元[[競走馬>サラブレッド]]。 メディアミックス作品『[[ウマ娘 プリティーダービー]]』にも登場しているが、そちらでの扱いは当該項目参照。 →[[ダイワスカーレット(ウマ娘 プリティーダービー)]] 目次 #contents *【データ】 生年:2004年5月13日 父親:[[アグネスタキオン>アグネスタキオン(競走馬)]] 母親:スカーレットブーケ [[馬主]]:大城敬三 調教師:松田国英 (栗東) 主戦騎手:安藤勝己 生産者:社台ファーム 産地:千歳市 セリ取引価格:- 獲得賞金:7億8,668万円 通算成績:12戦8勝[8-4-0-0] 主な勝鞍:07'桜花賞・秋華賞・エリザベス女王杯、08'有馬記念 *【誕生】 2004年5月13日生まれの牝馬。 父は2001年の皐月賞馬[[アグネスタキオン>アグネスタキオン(競走馬)]]。 母はスカーレットインクを祖とし、数多くの名馬を送り出してきた牝系の一つ「スカーレット一族」に連なるスカーレットブーケ。 半兄に皐月賞をはじめGⅠで5勝をあげたダイワメジャーがいる((ちなみにこのダイワメジャー、父はアグネスタキオンと同じサンデーサイレンス。競走馬は母親のみが同じ場合は半兄弟姉妹、両親が同じ場合は全兄弟姉妹として扱うのが一般的であるが、父親同士でも兄弟姉妹とみなした場合、血統的には兄であると同時に叔父でもあるという言い方ができる。))。 *【戦歴】 2006年の11月に京都競馬場の芝2000mでデビューし、1.8倍の圧倒的な支持に応えて勝利。 実はこの日のメインレースはGⅠ・マイルCS。半兄ダイワメジャーがGⅠ競走3勝目を挙げたレースとなり、メディアでは兄妹揃って大きく取り上げられた。 12月にオープン戦で2勝目をあげ、2戦2勝でクラシックシーズンを迎える。 2007年初戦はシンザン記念。後に高松宮記念を勝つローレルゲレイロ((キングヘイロー産駒))ら牡馬相手との対決となったが、ここで初めてアドマイヤオーラ((父アグネスタキオン。半妹に後の牝馬二冠馬ブエナビスタがいる。))の2着に敗れる。 次走は桜花賞の前哨戦、チューリップ賞。このレースで本命視されていたのは[[ウオッカ>ウオッカ(競走馬)]]。前年に阪神JFを勝利し、最優秀2歳牝馬に選ばれた牝馬3冠路線の大本命である。 これがダイワスカーレットにとって、競走馬時代に最後まで好敵手として立ちはだかることになる彼女との初対決だった。 結果は逃げたスカーレットを最後の最後にウオッカが捉え、クビ差で差し切っての勝利。3着以下には6馬身以上の差がつくなど、この頃から2頭の突出した能力を見せつける形となった。 桜花賞本番、1番人気はウオッカ。それに阪神JF2着の[[アストンマーチャン>アストンマーチャン(競走馬)]]が続き、僅差の3番人気がダイワスカーレット。 ダイワスカーレットは第4コーナーで逃げるアストンマーチャンを捉えると、最終直線で猛追するウォッカを突き放し勝利、これが初のGⅠ制覇となる。 なお、このときも3着以下はウオッカから3馬身半以上はなされており、2頭の能力がずば抜けていることを改めて明確にするレースとなった。 アストンマーチャンはこの敗戦後スプリント路線に転向したため、スカーレット達との対戦はこれが最後となった。その後は、3歳でスプリンターズステークスを勝利するなど、変更先の路線で活躍した。 一方のダイワスカーレットは、桜花賞後にオークスへ向かうことに。対抗と目されていたウオッカは、なんと日本ダービー出走を表明。 これには各方面から驚きの声が上がり「ウオッカはダイワスカーレットを恐れてダービーに逃げた」と揶揄する者もいた。 オークスで最大のライバルが不在となったダイワスカーレット。当然彼女をとりまくホースマンや競馬ファンから本命視されていた。 しかし、なんとレースの&bold(){3日前}に感冒、熱発が発覚。同レースを回避せざるを得なくなり、[[三冠牝馬]]の夢は幻になってしまう。 一方のウオッカは、牡馬相手に日本ダービーを完勝。64年ぶりに牝馬でダービー制覇という快挙の主役となった。 ダイワスカーレットはそのまま夏の終わりまで休養に入り、秋の始動戦にローズSを選択。スタートからハナを切るとそのまま逃げ切り勝ちを決める。 そしていよいよ牝馬三冠最後のレースであり、ウオッカ・NHKマイルカップ馬ピンクカメオ・JRA史上初の外国産オークス馬ローブデコルテと言った同世代GⅠ馬(及び後の[[エリザベス女王杯>2009年第34回エリザベス女王杯]]馬クィーンスプマンテ)との決戦でもある秋華賞。 1番人気はウオッカ、2番人気はダイワスカーレットだったが、単勝オッズでは2.7倍と2.8倍という互角の数字。 レースはダイワスカーレットが先頭集団でレースを進め、ウオッカが後方で脚を溜める互いに得意とする展開。先頭集団の馬がスタミナ切れで次々に脱落していく中、ウオッカは最終直線で追い込みにかかる。 しかし、ダイワスカーレットだけは最後までペースが落ちることなく、そのまま押し切って2冠を達成。ウオッカは3着がやっとであった。 牝馬二冠を達成したその勢いそのままに、古馬との初対決となるエリザベス女王杯へ。 ウオッカも当然出走を予定しており、これで4度目の対決…となるはずだったのだが、レース当日の朝にウオッカが怪我で出走取消を表明するという予想外の事態が発生。 ウオッカ不在でもなお、[[スイープトウショウ>スイープトウショウ(競走馬)]]やフサイチパンドラなど歴戦の古馬らを相手にしなければいけないことに変わりはなかった。 それでも、ダイワスカーレットはスタートであっさりハナを切ると、そのまま逃げ切って3つ目のGⅠ勝利を手に入れる。 2007年最後のレースは有馬記念。 ファン人気投票では1位ウオッカ、2位はクラシック二冠に加え、この年天皇賞春秋連覇を成し遂げたメイショウサムソン、3位に半兄ダイワメジャー。ダイワスカーレットは4位であった。 結果的に最初で最後の兄妹対決となるこの対決に注目が集まったが、勝ったのは「中山マイスター」「中山の魔王」などの異名を持つほど中山競馬場を得意としメジャーと同じ父を持つマツリダゴッホ。 スカーレットは2着、今回がラストランだったメジャーは3着。ウオッカは距離の壁があったのか11着と惨敗している。 2008年。陣営はダイワスカーレットのダート挑戦を目論み、最大目標をドバイワールドカップに設定、前哨戦としてフェブラリーステークスでの始動を予定していた。 ところが、同レースに向けての調教中、飛んできたウッドチップで目を怪我するアクシデントが発生。数日間治療をしながら様子を見たがなかなか回復せず、フェブラリーステークス回避は当然として、ドバイワールドカップのプランも取り消しとなった。 結局この年の始動戦は当時GⅡだった産経大阪杯。 有馬記念で対決したメイショウサムソンや、前年の菊花賞馬アサクサキングス、後にこの年の宝塚記念を制するエイシンデピュティなどGⅠレベルと言っても差し支えないメンバーが揃うが、見事に逃げ切り勝ちを決めた。 大阪杯はあくまで前哨戦であり、その後に控えているどのGⅠレースに出走するのかを陣営は検討するつもりでいた。ところが、大阪杯後に脚の腫れが見つかり、その後前脚の管骨瘤((骨膜炎によっておきる骨瘤の一種。左右どちらかは当時の情報媒体でもまばらであり不明。))が発覚。秋まで休養を余儀なくされてしまった。 陣営が復帰戦に選んだのは天皇賞(秋)。 このレースで本命視されていたのはウオッカ。この年に入って東京競馬場で3レースをこなし、全て2着以内と好走。ダイワスカーレットは怪我明けであることと、東京競馬場未経験ということもあり2番人気となる。 3番人気はこの年NHKマイルと日本ダービーの変則二冠を達成したディープスカイ、4番人気は後にグランプリ連覇を果たす[[ドリームジャーニー]]。 最大のライバルはウオッカだが、敵は彼女1頭と言い切れないほど豪華なメンバーが府中に揃っていた。 レースがスタートすると、ダイワスカーレットがいつものようにハナを切る。しかし、いつもと明確に違う点が一つあった。 &bold(){ペースが異様に速かった}のだ。 同じ距離の秋華賞や大阪杯では1000mを59秒で走っていたにもかかわらず、今回は58秒。明らかに速い。 そのうえ後ろからトーセンキャプテンがついてきてしまっていたので、ペースを落として息を入れられない。安藤騎手はこれでスタミナが持つわけないと覚悟していた。 一方のウオッカは道中7番手。6番手にいたディープスカイの様子を見ながら、末脚を溜めていた。 そして最終直線。残り200m程度のところでウオッカとディープスカイがダイワスカーレットに並びかける。 #center(){&bold(){新旧ダービー馬の決着になるのか!}} #center(){&bold(){最内ダイワスカーレット少し苦しくなった!}} このままダイワスカーレットは後退し、2頭のダービー馬による叩き合いで決着かと思われた残り100m。 &bold(){なんとダイワスカーレットが二の脚を使って差し返しに転じた}のである。 #center(){&bold(){内からもう一度ダイワスカーレットが差し返す!}} #center(){&bold(){ダイワスカーレットが差し返す!!}} #center(){&bold(){これは大接戦!}} #center(){&sizex(6){&font(b,i){大接戦&ruby(のゴール){ドゴーン}!!!}}} #right{(フジテレビ・青嶋達也アナ)} そして、3頭もつれるようにしてゴール板を駆け抜けた。 映像では真ん中ディープスカイの体勢が不利であることはある程度わかったが、残る2頭のゴールはほぼ同時。 #center(){&bold(){ウオッカか、ダイワスカーレットか!? 真ん中ディープスカイが少々不利か!}} #right{(フジテレビ・青嶋達也アナ)} #center(){&bold(){ファンの皆さんは全くその場から動こうともしません。これも異例のことです}} #right{(NHK・刈屋富士雄アナ)} #center(){&bold(){ウオッカ、ダイワスカーレット! さあ、手を挙げるのは誰か!?}} #center(){&bold(){さあ、皆さんはどちらだと思いますか?}} #right{(ラジオNIKKEI・小林雅巳アナ)} ウイニングラン、なし。 その場にいた騎手でさえ、どっちが先だったのか分からなかったと言われている。 掲示板には&bold(){&color(red){レコード}}の文字。タイム、&bold(){1分57秒2}。 1999年[[スペシャルウィーク>スペシャルウィーク(競走馬)]]と2003年[[シンボリクリスエス>シンボリクリスエス(競走馬)]]の&bold(){1分58秒0}を1秒近く縮めたのである。 15分に及ぶ長い長い写真判定の末、軍配が上がったのは府中の女王・ウオッカ。その差、僅かに&bold(){&color(red){2cm}}。 ダイワスカーレットは敗れはしたものの、逃げ馬はいつ止まってもおかしくなかった終始ハイペースの展開、怪我明けで未経験のコースという不利な条件が揃う中、東京競馬場を得意とする万全な状態のウオッカをここまで追い詰めた能力は驚異的であったと言えよう。 この天皇賞(秋)は2022年9月からのJRA公式キャンペーン「競馬名勝負列伝」10個に選出((他の9つは[[2020年ジャパンカップ>2020年第40回ジャパンカップ]](アーモンドアイ×[[コントレイル>コントレイル(競走馬)]]×デアリングタクト)、2017年中山大障害([[オジュウチョウサン>オジュウチョウサン(競走馬)]]×アップトゥデイト)、2012年ジャパンカップ([[ジェンティルドンナ>ジェンティルドンナ(競走馬)]]×[[オルフェーヴル]])、1999年有馬記念([[グラスワンダー>グラスワンダー(競走馬)]]×[[スペシャルウィーク>スペシャルウィーク(競走馬)]])、[[1998年毎日王冠>1998年第49回毎日王冠]]([[サイレンススズカ>サイレンススズカ(競走馬)]]×[[エルコンドルパサー>エルコンドルパサー(競走馬)]]×[[グラスワンダー>グラスワンダー(競走馬)]])、1996年阪神大賞典([[ナリタブライアン>ナリタブライアン(競走馬)]]×[[マヤノトップガン>マヤノトップガン(競走馬)]])、1993年日本ダービー([[ウイニングチケット>ウイニングチケット(競走馬)]]×[[ビワハヤヒデ>ビワハヤヒデ(競走馬)]]×[[ナリタタイシン>ナリタタイシン(競走馬)]])、1992年天皇賞(春)([[メジロマックイーン>メジロマックイーン(競走馬)]]×[[トウカイテイオー>トウカイテイオー(競走馬)]])、1988年有馬記念([[オグリキャップ>オグリキャップ(競走馬)]]×[[タマモクロス>タマモクロス(競走馬)]]) ))され、投票で第3位に選出されるなど、稀代の名勝負として今なおファンの記憶に焼き付いている。 この年最後のレースはまたも有馬記念。2年連続ファン投票1位のウオッカこそ不在だったが、自身は2位に選出。 この年の出走馬には先述したメイショウサムソンやドリームジャーニーに加え、前年の覇者マツリダゴッホ、この年のジャパンカップを制したスクリーンヒーロー((グラスワンダー産駒。後に種牡馬入りしマイルの名馬モーリスや有馬記念馬ゴールドアクターを輩出している。))、無敗の二冠牝馬[[カワカミプリンセス>カワカミプリンセス(競走馬)]]など強豪ひしめく中、ダイワスカーレットはこのレースで1番人気に支持された。 スタートするとダイワスカーレットはいつも通りハナを切り、馬群を先導する。 1ハロン11秒台を連発するハイペース。メイショウサムソンは2番手からマークしながら追うも4コーナー過ぎで脱落。スクリーンヒーローとマツリダゴッホも後方から押し上げて捉えにかかるがダイワスカーレットに並ぶ前に力尽き、ドリームジャーニーも猛追するが4番手がやっとだった。 #center(){&bold(){先頭は、ダイワスカーレットだ!ダイワスカーレット先頭だ!}} ラスト3Fも36秒4とメンバー3位タイの末脚を発揮。ついに他馬に一度も先頭を譲らないどころか影を踏ませることなくそのまま逃げ切りで決着。 #center(){&bold(){勝ったのは13番、ダイワスカーレット!}} #center(){&bold(){37年ぶり!夢の扉が今開かれた!}} #center(){&bold(){37年ぶりに、牝馬の有馬記念制覇!}} #right{(フジテレビ・三宅正治アナ)} 1971年トウメイ以来の牝馬による有馬記念制覇の偉業がなされたのである。 なお、2022年時点で牝馬で有馬記念を制したのは1960年スターロツチ((現在に至るまで唯一の3歳(当時4歳)牝馬による制覇。))、71年トウメイ、2009年ダイワスカーレット、14年[[ジェンティルドンナ>ジェンティルドンナ(競走馬)]]、19年リスグラシュー、20年クロノジェネシスの6頭しか存在しない。 2009年、5歳になったダイワスカーレットはもう一度フェブラリーステークスからのドバイワールドカップ挑戦を計画するが、それに向けての調教中に浅屈腱炎が判明。無念の引退となった。 *【評価】 同期のウオッカが戦前の&bold(){クリフジ}((史上2番目に牝馬による日本ダービー制覇を達成した名牝。11戦11勝の生涯全勝記録を持ち、1984年には[[顕彰馬]]に選出された。))以来となる&bold(){64年ぶりの牝馬による日本ダービー制覇}を成し遂げたことから、そのインパクトに隠れがちではあるが、 ダイワスカーレットはダイワスカーレットで&bold(){37年ぶりの牝馬での有馬記念勝利という素晴らしい記録}を達成している。また、&bold(){有馬記念で一番人気になった牝馬の勝利は彼女が初めて}である。 それに加えて、&bold(){生涯成績12戦8勝にして12戦すべて連対}((「連勝式の対象」、略して連対。1位か2位に入っているという事。))という大記録を持っている。 12レースに出走し、8勝、2着4回。3着以下に甘んじたレースはゼロ。つまり、彼女は出走レースの全てで、単勝以外に必ず絡んでおり、馬券を買うファンにとってこれほどありがたい事はなかった。 安藤氏はダイワスカーレットを「ベラボーにキレる馬」と見ていたらしい。このような馬は本来ならば差し・追い込みで走らせる方が理に適っている。 しかし、前へ行こうとする気質が強く、スタートも上手かったため、ゲートが開くとすぐに前へ取り付いてしまうため逃げ・先行でしかレースの運用ができない強気っ娘だったとも語っている。 これらを踏まえると、気性の問題からセオリー通りの競馬ができなかったということになる。 それでも、天皇賞(秋)ではいつもより速いペースだったのに粘りに粘ってウオッカと写真判定にまで持ち込んだことや、長丁場の有馬記念を淀みないペースで逃げて勝ってしまうのだから、身体能力や勝負根性は相当のものだったのだろう。 *【引退後】 引退後は故郷の社台ファームで&ruby(お母さん){繁殖牝馬}として頑張っているが、彼女の産駒は2020年の第10子まで全員&ruby(女の子){牝馬}であった。 取り立てて目立つ実績をあげた娘はいないものの、現役中に急死した第6子ダイワメモリーを除いて皆繁殖入りしスカーレットの血を繋いでいる。 しかし2021年、第11子として初の&ruby(男の子){牡馬}を出産。 [[ロードカナロア>ロードカナロア(競走馬)]]との子としては第3子に当たり、2020年に亡くなった前馬主の大城敬三氏にとっては生前に叶わなかった夢でもある。 長らく牝馬のみを産み続けてからの牡馬の出産とあり、母子ともども改めて注目を集めつつある。 また2022年には孫(第2子ダイワレジェンドの娘)スカーレットテイルとウオッカの息子タニノフランケルの交配が成立し、2023年に無事その子は誕生している。 そんなダイワスカーレットだが、2024年に20歳を迎えたのを期に繁殖牝馬を引退することになった。同期ライバルだったアストンマーチャンは競走馬時代に早逝し、ウオッカやピンクカメオ、ベッラレイヤも既に繁殖時代にこの世を去っている。彼女たちの分までどうか長生きしてほしいものである。 *【創作作品での登場】 ・&bold(){『[[ウマ娘 プリティーダービー]]』} 容姿端麗・成績優秀で物腰柔らか、誰にでも分け隔てなく優しいクラスの人気者だが、実は&bold(){勝気で強気で生意気で、「1番」に並々ならぬ執着がある闘志苛烈なウマ娘}。 モチーフ馬も&bold(){その美しさとは裏腹に恐ろしく負けず嫌いで強すぎる闘争心の持ち主}であり、安藤騎手に「前向き過ぎる」と評されたように&bold(){前進姿勢が強すぎて逃げ・先行策でしか使えなかった}と言われている。 &s(){おかげで安藤騎手に「いつも真面目に全力で走っておバカだなと思いながら乗ってた」と言われたり((なお、この発言は「賢い馬はだんだん手抜きを覚えて真面目に走らなくなるが、だからこそバカみたいに真面目に一所懸命走るダイワスカーレットは強かった」という褒め言葉的ニュアンスが込められている。))、ファンに「脳筋」扱いされたりすることがしばしば。} それを考えれば納得のキャラ設定といえるだろう。 追記・修正お願いします。 #include(テンプレ2) #right(){この項目が面白かったなら……\ポチッと/ #vote3(time=600,3) } #include(テンプレ3) #openclose(show=▷ コメント欄){ #areaedit() - 厩務員さん大好きっ子で他の馬の世話をしてるとヤキモチ妬いたり、朝は足音がするとお出迎え、夕方はお見送りするのが日課だったとか。 -- 名無しさん (2023-02-08 11:09:46) - ウオッカの方は早めにできてたけど、こっちは出来てなかったのか。 -- 名無しさん (2023-02-08 11:40:00) - これでスピカは実馬も全員項目が立ったな -- 名無しさん (2023-02-08 11:51:19) - たられば言ってもしゃあないけど、オークス走れてたらなぁって今でも思うわ... -- 名無しさん (2023-02-08 11:54:07) - 連対率100%の女ってよく言われるけどどう凄いんだ?と思ってたがそういう事だったのか。つまり全戦全勝の次に凄いって事か。そりゃイカれた強さだわな -- 名無しさん (2023-02-08 12:10:52) - いくら教えても覚えないアホの子だったのか、「うるせぇ!前に出たいんじゃ!」という気質が強すぎたのか。どっちが理由としては大きかったのかね -- 名無しさん (2023-02-08 13:16:07) - ウオッカは女性に人気の強いオンナで、ダイワスカーレットは男性に人気の彼女にしたい子 みたいなイメージが当時からある -- 名無しさん (2023-02-08 14:55:40) - ○○と○○どっちが強いの?は競馬じゃ永遠にある不毛な話題だが、時代の関係もあってブログやサイトといったネットでも繰り広げられてたなあ -- 名無しさん (2023-02-08 17:00:21) - ↑4 連対率100%でダスカより上はシンザンの19連対しかないといえば凄さが分かりやすいはず -- 名無しさん (2023-02-08 23:58:44) - ウイニングランなし、写真判定に15分すか…ホント凄い大接戦やったんやな… -- 名無しさん (2023-02-09 07:34:57) - 「ばかねウオッカ さいしょからずっといちばんならいっちゃくなのよ!」これを実践できてしまうクソ強フィジカルよ... -- 名無しさん (2023-02-09 07:43:50) - 実馬の写真見た時の え、牝…馬 -- 名無しさん (2023-02-09 10:23:53) - ?ってなるくらいのムキムキ馬体がすごい(途中送信失礼) -- 名無しさん (2023-02-09 10:25:07) - 2008天皇賞(秋)はマジで漫画かよっていうくらいドラマチックだった。リアタイで見たけど「とんでもないレースを見てしまった」というのが一番の感想。 -- 名無しさん (2023-02-09 11:24:14) - 余談だか実は『[[たいようのマキバオー]]』の主人公のヒノデマキバオーとは同期 -- 名無しさん (2023-02-09 11:51:56) - ジェンティルドンナに並ぶゴリウー枠でなかろうか -- 名無しさん (2023-02-09 12:21:39) - ↑むしろ、ウオッカと二人で平成以降のゴリウー枠始祖の可能性もあるでよ。 -- 名無しさん (2023-02-09 14:19:12) - 連対率が高いってのは「安心して馬券を買えた」てのも支持の理由としてデカイ。ビワハヤヒデ号もそうだった。 -- 名無しさん (2023-02-09 20:46:41) - 父は(皮肉にも早期引退せざるを得なくなってしまった身だからとはいえ)全戦全勝かつ勝った相手が同期きっての強豪だと後の活躍で証明された。あの父父も同期きっての名高い超エリート(実際とても強かった)を相手に三冠を取り合い四戦三勝一敗の勝ち越しの大立回りと共に完全連対。……そりゃ完全連対達成は賭け事抜きにしても感慨深いわな……。 -- 名無しさん (2023-02-09 21:06:29) - タキオン産駒ってほんま故障引退多いよな。素質あるだけに、もったいない -- 名無しさん (2023-02-10 10:52:39) - 「ウオッカはダイワスカーレットを恐れてダービーに逃げた」島津の退き口かな? -- 名無しさん (2023-12-02 08:15:09) - アンカツ曰く「バカ正直」だったらしいね…だからこその逃げみたいな先行になったと -- 名無しさん (2024-01-11 10:31:05) - アンカツ御大の「ベラボーにキレる馬」「バカ正直」って評価と現役時のパフォーマンスから推察するに、ガチのマジに「さいしょからさいごまでずっといちばんならいっちゃくなのよ!!」を貫き通したっぽいな……いや普通、そういうのってターボ師匠とかカブラヤオーみたいな破滅逃げタイプにならん?御しきったアンカツ御大もとんでもないぞ -- 名無しさん (2024-01-11 11:18:26) #comment(striction) #areaedit(end) }

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