田治見要蔵

「田治見要蔵」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る

田治見要蔵 - (2019/06/27 (木) 19:19:41) の編集履歴(バックアップ)


登録日:2019/06/26(日) 22:50:00
更新日:2023/05/03 Wed 11:41:42
所要時間:約 5 分で読めます




小説「八つ墓村」の冒頭で描写された「村人32殺し」の実行犯。

人物

岡山県の寒村にある旧家・田治見家の長男として産まれるが両親を早くに亡くしたため2人の伯母に育てられる。
若い頃から粗暴な振る舞いの多かった人物であったが、それでも村の娘と結婚し子供を2人授かっている。

事件が起こるまでのあらまし

事の発端は2.3年程前までに遡る。
要蔵は奥さんと二人の子供がいながら村の博労*1の娘井川鶴子に恋心を抱く。だが、その恋心は純愛とは言い難い狂気染みたもので要蔵は鶴子を拉致して自宅の土蔵の中に閉じ込め、暴力を伴って犯しまくっていた

要蔵は伯母や鶴子の両親がいくら諌めようとも聞き入れようとはしなかった。周囲の人間も要蔵の粗暴ぶりに恐れをなして鶴子に要蔵の妾*2になるよう説得を始める始末。最初は嫌がっていた鶴子も土蔵を出る為には仕方ないと妾になることを受け入れた。
妾となった鶴子は土蔵から出されて離れの一棟に住むことになった。

それからしばらくして鶴子は男子を出産。要蔵は大喜びでその男子に辰弥と名付けてたいそうかわいがったのだが、その頃村では不吉な噂がたっていた。
実は鶴子にはずっと前から深い仲になっていた訓導*3の青年がおり、二人は密かに逢い引きをしていたのではないかという噂が村で広がっていたのである。
この噂を聞き付けた要蔵は鶴子はもちろんのことながら、辰弥にも焼け火箸を当てる等、激しく暴行を加えた。
命の危険を感じた鶴子は幼い辰弥を抱えて家を飛び出し、親戚の元へ逃れた。
鶴子が脱走を試みたのはこれまで幾度となくあったが、たいていは両親や村の総代が2.3日程で連れ戻してきていた。しかし今度は何日も待っても帰ってこず要蔵は苛立ちを募らせていた。奥さんや育ての親である二人の伯母でさえ寄り付けず、村人たちも誰も口をきこうとしなかった。



こうしてついに、要蔵の狂気は爆発したのである


虐殺


何ごとが起こったのかと表へ飛び出した人々は、そこに世にも異様な風体をした男を見た

その男は詰襟の洋服を着て

脚に脚絆をまき草鞋をはいて、白鉢巻きをしていた

そしてその鉢巻きには点けっぱなしにした棒型の懐中電燈二本、角のように結びつけ

胸にはこれまた点けっぱなしにしたナショナル懐中電燈を、まるで丑の刻参りの鏡のようにぶらさげ

洋服のうえから締めた兵児帯には、日本刀をぶちこみ、片手に猟銃をかかえていた

異様な格好で村に現れた要蔵は日本刀と猟銃で自分とは縁もゆかりもない村人を殺してまわった
要蔵は夜明けと共にやまへ逃げ込み、入れ替わるようにしておびただしい数の警察官や記者が村に大挙してやって来た時には村は血みどろの地獄絵図と化していた。この時殺害された被害者は合計で32名であり、犯罪史上類を見ない事件となった。

要蔵の行方は大勢の警察や消防、青年団によって捜索されたが結局は見つからず仕舞いであったが、生きていた痕跡がいくつか発見され村の人々を更なる恐怖へと追い込んだ。

二十数年後

鍾乳洞の「猿の腰掛」で虐殺された落武者の甲冑を纏い、屍蝋化した遺体で発見された。前途を悲観した小梅・小竹姉妹に毒殺されたとされる。


余談

最も映像化された機会の多い金田一作品というだけあって、様々な俳優が村人惨殺シーンを演じており、映像化された際の最大の注目ポイントとなっている。
中でも、最も有名な劇場版での村人32人殺しのシーンは落ち武者殺しとは対照的にかなり短い場面として纏められているものの、要蔵を演じた山崎努氏の鬼気迫る冷酷な演技と律動する劇判、流れるように展開される芸術的な殺人描写の構成は怖ろしくも美しく、歴代の映像化された『八つ墓村』の中でも本作を最高の物と言わしめる最大の売りとなっている。


追記・修正お願いします


この項目が面白かったなら……\ポチッと/