登録日:2026/04/24 Fri 10:20:00
更新日:2026/09/14 Mon 19:19:50
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第二次大戦末期、欧州や日本の都市はB-25やB-29などの巨大爆撃機の群れによって灰燼と帰した。
高高度を悠々と飛行して迎撃戦闘機を寄せ付けず、大量の爆弾をばらまいて眼下を火の海に変えるその威容は、絶対的な力の正義を象徴するものであった。
だが、実は日本でもそれらに匹敵する超重爆撃機を開発していたのはご存知だろうか?
それが『富嶽』である。
【概要】
富嶽(ふがく)とは旧日本軍が構想・開発していた大型爆撃機である。
名前の由来は
富士山。富嶽百景などと同じ意味。
開発のコンセプトは「太平洋を横断してアメリカ本土を直接攻撃可能な渡洋爆撃機」。
ただしさすがに往復することまでは考えられておらず、片道切符の半特攻機である。もっと言えば有人の大陸間弾道ミサイルとも呼べる。
要目は諸説あるが
全長、40~46メートル
全幅、60~65メートル
発動機、3000~6000馬力×6
速力、毎時700キロ以上
航続距離、15000~18000キロメートル
上昇限度、15000メートル
爆弾搭載量、10~20トン
その他、機銃多数搭載
一言で言い表わせば『超兵器』である。
なにせ第二次大戦最高の爆撃機であったB-29 スーパーフォートレスをはるかに上回る巨人爆撃機なのだ。
B-29が全長30メートル、航続距離約6500キロだったことからもケタ違いである。
むしろ性能的に近いのは、冷戦期にアメリカで開発された戦略爆撃機にして半世紀以上使われている超名機、B-52 ストラトフォートレスであると説明すれば、破天荒っぷりがわかるだろうか。
これを見てほとんどの人は思うだろう。
「こんなもの作れるわけがない!」
実際、まったくその通りである。
エンジンひとつ見るだけでも、史実では2000馬力級のエンジンさえまともなものを作れず稼働率に難儀していた当時の日本に、3000馬力級や、まして6000馬力級のエンジンを作るなど夢のまた夢もいいとこだ。
B-29でさえ、エンジンの一部の機構が不完全で出撃の度に部品を新品に変えるという力技で飛ばしていたほど大出力でかつ高高度用エンジンというのは難しいものなのだ。
仮にエンジンを作れたとしても、大型機の設計のノウハウを得るためにアメリカの旅客機を輸入して参考にしようなどという情けないことをしたあげくに失敗し、その後継機もものにならなかった日本に巨大な6発機の機体を作れるだろうか。何しろ日本は第二次世界大戦集結まで4発機は飛行艇しか実用、戦力化できず、その中でも最大、最強クラスの二式飛行艇ですら全長28m、全幅38mでしかなかったのだ。
他にも与圧キャビンや油圧装置などと、高高度機に必要で当時の日本の手には余る技術的課題は山積みである。
よしんば作れたとしても問題がある。
これだけの巨大爆撃機を飛ばすためには広大でかつきちんと整備された滑走路を持つ飛行場が不可欠。
なによりの問題点として燃料がある。
B-29の燃料搭載量は約35000リットル。二式飛行艇17000リットル。一式陸攻6000リットル。零戦だと550リットル。
適当に換算しても富嶽1機を飛ばすための燃料は70000リットルを下ることはあるまい。
つまり富嶽1機を飛ばすためには零戦で130機前後、大型空母2隻に搭載できるだけの機体分の燃料がいる。
これで飛行隊を編成しようものなら日本は南方から持ち込んだ燃料のほとんどを富嶽用に割り当てねばいけないだろう。
運用としても、富嶽は米帝のような富豪国家でなければ飛ばすことさえままならない超高級機と言える。
総じて、技術面、運用面から見て、富嶽に比べたらまだ
超大和級戦艦を量産するほうが現実的と言えるくらいの超兵器的存在だった。
普通に考えれば、軍内部で提案しようとも誇大妄想の産物として無視されて当然であろう。
しかし富嶽は実際に計画され、設計されていた。これにはある人物の存在が大きく関係している。
【Z飛行機】
中島知久平という男がいた。
彼は「これからの時代の戦力は航空機にあり」という信念を持ち、海軍士官から身を転じて一代で中島飛行機を創立した傑物である。
会社の詳細は省くが、中島飛行機の製作した機体には有名な
隼や
疾風などの名機が軒を連ねており、
戦後会社の一部を引き継いだ面々が現在でも続く富士重工業(SUBARU)を築いた事もあり、「中島飛行機なかりしば、日本の歴史も大きく変わっていた」と言えるほどに大きな影響力を持っていた。
そんな中島知久平はかねてより英国発祥の「戦略爆撃機論」に強い関心を持っていた。
「戦略爆撃機論」とは、長距離爆撃機を持って敵国の生産拠点を直接破壊して戦争継続能力を奪って勝利に繋げようという構想、つまりは日本やドイツが敗戦に追い込まれた戦略である。
彼は技術者、経営者、さらには政治家としての側面も併せ持つ天才的人物であったので、当然日本と欧米列強との国力差も理解しており、日本が戦争に勝つためには戦略爆撃機をもって敵国の生産拠点を直接破壊するしかないと考えていた。
太平洋戦争開戦後の1942年、この戦争が早期に集結する見込みが無いと誰の目にも明らかになってきたころ、彼は軍上層部に自身の必勝戦略構想を提案した。
その中核となるのが彼の理想の究極系と呼ぶべきZ飛行機という超巨大航空機軍団であり、後の富嶽だった。
その必勝戦略論は要約するとこうである。
1、機関砲を多数搭載したZ掃射機によって敵空母、敵基地を無力化する。
2、1機につき20トンの爆弾を搭載したZ爆撃機によって敵艦隊、敵基地を壊滅させる
3、それでも残った敵艦隊に対しては1トン魚雷20発を搭載したZ雷撃機によって撃滅する
これによって制海権、制空権を確立できる
4、米国に対して渡用爆撃を敢行し、生産拠点を破壊。攻撃後はドイツ国内の基地に降りる
5、これによって米国を降伏に追い込む。降伏せざる場合は将兵200人を搭乗できるZ輸送機2000機を持って米国を占領する
なるほど完璧な作戦っスねーッ 不可能だという点に目をつぶればよぉ~
どれほどロマン溢れる火葬戦記作家でも思いつかないほどの壮大な必勝戦略である。
念を押すが、これは
夢見がちな一将校などではなく、十分な知識と見識を持つ大会社の総帥が正式に提案したプランである。
それでも藁にもすがりたい気持であった軍はこのプランを正式採用。
Z飛行機も『富嶽』という正式名を与えられて開発がスタートした。
だが、その開発がどうなったかは解説しなくても誰にでも想像がつくだろう。
富嶽に必要な超大馬力エンジンの開発は難航し、まったくの目途が立たない。
要求内容を縮小して、大陸間横断可能から片道特攻できるだけに落としても無理だった。
そうしているうちに軍も頭が冷え、富嶽の開発計画は一端は組み立て工場建設開始までは行くも、ほんの数か月を持って中止となった。
【富嶽、もし大空にあれば】
富嶽は当時の日本ではどう逆立ちしても実現不可能な超兵器であったことは疑いようもない。
しかし、もしも……と考えるには人の常である。
仮に種々の問題をクリアして大量生産に成功すれば、中島知久平の思惑通りに日本が大勝利を収めることは可能であっただろう。
日本本土ないし南方資源地帯を拠点とした富嶽はハワイ、豪州、インドなど連合国のあらゆる拠点を攻撃し放題となる。
いかなる戦闘機も到達できない15000メートルの高空を飛ぶ富嶽を阻止できる手段は存在せず、1機につき20トン、20機編隊ならば400トンの爆弾は全てのものを破壊し尽くす。
満州に配備すればモスクワも攻撃圏内になる。空中給油が可能になればロンドンやベルリンさえ攻撃することさえできよう。
周りがWW2の中で日本だけが冷戦水準の戦略爆撃機を保有するようなもので、日本が世界の覇者となることも夢ではない。
まぁ、それができないから夢なんだが。というか富嶽を量産できる=アメリカ以上の技術と国力を持ってるってことだし富嶽抜きでも負けようがねえ。
なんにせよ、日本軍が正式に研究した兵器の中では最強格なのは間違いない。
ロマンの塊な存在でもあるため架空戦記においても登場率は高く、知名度はけっこう高い。有名どころだとシューティングゲーム「ストライカーズ1945 Ⅱ」で自機の一つである疾風の援護機として登場、呼び出すと全方位へ援護射撃をすると共にその巨大な機体で敵弾を遮ってくれる。攻撃力、防御力共に申し分無い非常に頼もしい機体であり、富嶽が開発され運用体制が整っていた「if」を体験できるゲームとして是非プレイしてもらいたい作品である。
戦前から歴史に手を加えて日本を富嶽を開発・運用可能な強国にする、他国から技術を導入するなどいろいろ考えられている。
ただ初期構想のZ爆撃機のままであったら大日本帝国大勝利!希望の未来へレディゴー!なくらい強すぎるので、大概相手側にも強力な迎撃戦闘機が配備されてトントンになる。
ちなみに似た目的設計ながら、富嶽すら霞む超兵器というのもまた存在している。
それがナチス・ドイツが構想した「Silbervogel(通称:ゼンガー)」。ドイツからアメリカに直行して攻撃するために、なんと宇宙空間を飛翔する爆撃機である。
やってることはほぼ完全に大陸間弾道ミサイル(ICBM)のそれだが、単純な弾道飛行ではなくブースト・グライド軌道を利用していることを加味すると、むしろICBMよりさらに発展した極超音速滑空体(HGV)の方が近い。
富嶽と同等クラスの性能が冷戦中に開発できたのに対し、HGVは2020年代に入ってようやく配備の目途がついた兵器である。しかるに、かの国の発想力はやはりイっちゃってるのではなかろうか。
ちなみにこちらもドイツ本国まで戻る余裕はなく、爆撃後は日本などの同盟国の領土に降りて補給を受ける予定だったとか。そこは一緒なのか
追記・修正は高度15000メートルを飛びながらお願いします。
- 架空戦記の富嶽で現実に一番近いのは檜山良昭氏の作品だろうか。少数生産しかできず、場当たり的にあちこちへ出撃しては消耗していく辺りも日本らしい -- 名無しさん (2026-04-24 17:33:10)
- 戦略シミュレーションやシューティングゲームだと、本機や本機をモチーフにした架空機が結構出てくるね -- 名無しさん (2026-04-24 22:21:21)
- ↑『1942』の亜也虎を真っ先に思い浮かべた -- 名無しさん (2026-04-25 12:12:01)
- ↑3一番大々的に富嶽を投入した架空戦記だと佐藤大輔の「レッドサン・ブラッククロス」かなあ。でもあの作品、日露戦争後から国力を底上げしてきたし、現実の日本じゃ不可能ってはっきり言ってるようなもんだよな -- 名無しさん (2026-04-25 18:10:58)
- 実際にアメリカ本土の爆撃に成功したのはかの風船爆弾だっだという… -- 名無しさん (2026-04-25 21:49:20)
- こんなの作って実戦投入出来るだけの資源と技術があるんならそもそも戦争する必要自体ない、という…… -- 名無しさん (2026-04-26 01:33:51)
- 紺碧の艦隊に出てくる「富士」のそんな無茶苦茶な感は異常。でもアレは富嶽計画というより二式大艇か -- 名無しさん (2026-04-26 08:17:14)
- 提督の決断Ⅳやるときに二式大艇ベースになんちゃって富嶽を設計して遊んでる -- 名無しさん (2026-04-26 09:41:16)
- B-29より大きな九二式重爆や深山の前例があるしこれやB-36とほぼ同サイズのXB-19をアメリカがずっと前に作れてるんでサイズだけで言うならこのサイズの重爆を日本が作る事だけなら十分可能だったと言える。ネックはサイズではなくエンジンや性能の目標値を実現できるかで無理に作ってもエンジン性能の不振で深山のようなバカガラスになっていただろう -- 名無しさん (2026-04-26 17:54:03)
- ↑大きさだけなら全然できただろうけど、想定高度が二式とは全然違うからね・・・B29同様に高高度にちなむ問題がボロボロ出てたけど、富嶽にせよ深山にせよ完成してたらその辺がもろに出だろうし当時の日本でそれが十分な早さで解決できたかというと怪しい。あとエンジン過給機技術が日本は致命的に弱いのでそこがどうしても高高度だとね…… -- 名無しさん (2026-04-26 19:20:05)
- 震電みたくゴジラマイナスゼロに出るかねえ -- 名無しさん (2026-04-27 05:24:37)
- ↑×3作るだけなら深山の後継の連山の経験もあっただろうし、機体だけなら形にはなったと思う。でも↑×2の通り日本はエンジンがダメダメだったし、国力も乏しいから作れてもせいぜい2、3機が関の山。護衛の戦闘機もアメリカまでなんてついていける訳ないし、P47とかP51あたりに落とされて終わりかと。仮にアメリカへの爆撃が成功したとしても2、30トンぽっちの爆弾でアメリカが降伏する訳ないし… -- 名無しさん (2026-04-28 11:16:12)
- 米軍は1946年に富嶽によく似たスペックのB36を完成している。実はZ飛行機の当初のコンセプトは「アメリカ側の飛行機、特にこれからできる超長距離爆撃機(後のB36)が飛び立つ前に叩く」だったらしい。超長距離の空爆さえ許さなければ負けないというのはある意味航空会社のトップらしい考えではある。 -- 名無しさん (2026-09-14 19:19:50)
最終更新:2026年09月14日 19:19