※この先残酷な描写が含まれます。
苦手な方は注意してください。
苦手な方は注意してください。
どうしてこんなことになっているのだろう。アメーリア・ディ・ガスペリは瓦礫の山に囲まれ、へたり込みながらそんなことを考えていた。トリア共和国の、ひいては共和国同盟の首都であるトリア市はダークエルフの襲撃により無残な姿に変貌していた。都市内の建物は燃え、あるいは崩れて瓦礫と化し、逃げ惑う人々の悲鳴、そしてダークエルフ達と戦う戦士や冒険者、軍人の怒号で溢れかえる。ダークエルフは一人でも多く、知的種族を殺し蹂躙するために、戦士や冒険者、軍人は一人でも多くの知的種族を、命を守るために、どちらも引くことなく戦い続け、結果として戦火は広がり続けることとなる。そしてそんな状況で巻き込まれない者など一人としていない。どんな立場の人間であれ、皆突然の強襲に巻き込まれてしまっていた。アメーリアもそんな人間の一人であった。元々身体が弱く、走って逃げるという経験が生まれた時から存在しなかった。結果、逃げ遅れ、一人戦場に取り残されることとなったのだ。ただ息を潜んで隠れること以外、戦う術を持たないアメーリアに選択肢等なかった。
――――――時は遡ること数日前――――――。
『世話になっている医師に診てもらいたい。もしかしたら何かしら解決の糸口が見えてくるかもしれない。ただしグラジオ・シンプソン抜きで来て欲しい』
そんな内容の手紙が数日前に、ハズリスという名の人物からガスペリ家に届いた。当然ながらガスペリ家の人間は警戒した。グラジオ抜きで外出させることに不安があるだけではない。医師を紹介する、そんな口実でアメーリアを手中に収めんとするためではないか。一度は疑ったもののアメーリアの病の治療の可能性を求め最終的には手紙に書かれた通りグラジオ・シンプソンを外してアメーリアを行かせることにした。本来であれば御付きのメイドであるヘルネをどうこうさせる予定だったのだが。
『その日はどうしても休ませていただきたいのです。ですからお嬢様への動向は別の方に頼んでくださいませ』
そんなヘルネの申し出があったのだ。職務に忠実な彼女にしては珍しい事であったが、最終的にはアメーリアがヘルネに気を使い、彼女以外のメイド――――――ヘルネの次にアメーリアの体調管理を任せられる人物に付き添ってもらうこととなった。グラジオはとても不安になった。自分がいない状態でアメーリアに何かあったら、もし発作を起こしたら、そんな不安に駆られ一度は反対しようとしたができなかった。共和国同盟成立パーティーの時の、大勢の人間に囲まれているアメーリアの姿が、光景が脳裏をよぎったからだ。自分と彼女は住む世界が違う。そんな思考が浮かんだ瞬間何も言えなくなってしまった。アメーリアもそれに反対したかった。グラジオと離れたくなかったから。しかし、自分の病が治る可能性とヘルネに以前忠告された際の言葉を思い出し反対することができなかった。そんな二人の様子を誰一人として気づくことはなかった。誰も気づけなかった。
「シンプソン君、次の私の休みの時に少々付き合っていただきたいことがあります。また奢りますのでお願いできませんか?」
「いいですけど……その日は確かアメーリア様の……」
「大丈夫です。すぐに済みますから。どうしても話したいことがあるのです」
「……分かりました。付き合います」
「ありがとうございます。それではまた」
「いいですけど……その日は確かアメーリア様の……」
「大丈夫です。すぐに済みますから。どうしても話したいことがあるのです」
「……分かりました。付き合います」
「ありがとうございます。それではまた」
ヘルネの唐突なお誘いをグラジオは断れなかった。普段から良くしてもらっているのもあるのだろう。なんとなく断るのが申し訳なかったのだ。ヘルネが礼を言って離れたところで背後からアメーリアがグラジオに声をかけてきた。
「……グラジオ君はヘルネに弱いのですね。初めて知りました」
「あ、アメーリア様?! 一体どうしてここに……?」
「グラジオ君とヘルネがコソコソしていたので気になったのです。そうですか。私がいない間ヘルネと二人きりですか。へー……」
「あ、アメーリア様?! 一体どうしてここに……?」
「グラジオ君とヘルネがコソコソしていたので気になったのです。そうですか。私がいない間ヘルネと二人きりですか。へー……」
なぜか不機嫌な様子を見せるアメーリアにグラジオは困惑する。何か起こらせることでもしてしまったのかと不安になる。
「……別にいいですけどね。ヘルネとよろしくやってくればいいじゃないですか」
「アメーリア様? なんで不機嫌に?」
「分かりませんか? 分かりませんよね。いいですよ別に。ヘルネとグラジオ君がよろしくやってる間、私も何かよろしくされるかもしれませんけどね」
「アメーリア様? なんで不機嫌に?」
「分かりませんか? 分かりませんよね。いいですよ別に。ヘルネとグラジオ君がよろしくやってる間、私も何かよろしくされるかもしれませんけどね」
その言葉にグラジオは言いようのない不安に駆られ黙り込んでしまった。そんなグラジオを横目にアメーリアの機嫌を損ねたままその場を立ち去った。そこで終わっていれば笑い話にもなっただろう。しかしこの日からしばらくグラジオとアメーリアはどこかぎくしゃくするようになってしまった。傍から見ても分かりやすいほどに。グラジオは何度かアメーリアに機嫌を良くしてもらおうとしたがどれも上手くいかず、そのまま時間が過ぎていった。その間アメーリアはずっと不機嫌なままであった。
そして数日たって手紙で指定された日、アメーリアがメイドと共に屋敷を離れた後、グラジオはヘルネに連れられトリア市内の墓地まで来ていた。そしてとあるお墓の前でヘルネが墓の掃除を行っていたので手伝うことにした。と言ってもすぐに終わったが。そして花を供え祈りを捧げたところでヘルネが口を開いた。
「今日は母の命日なのです。一家離散してからずっと行方が分からなかったのですが二年ほど前に亡くなっていたのが見つかって……。それからはこの日は必ずお休みをいただくことにしました」
ヘルネの唐突な告白にグラジオは戸惑う。彼女は自分に何を伝えようとしているのか。そう思っていると――――――
「シンプソン君はお嬢様の事が好きですよね。異性として」
唐突な爆弾発言に思わず吹き出してしまった。彼女が何を言っているのか分からなかったのだ。
「な、なにを急に言ってるんですか?! 僕は別に……」
「好きですよね?」
「いや、それは……」
「好きですよね」
「…………はい」
「好きですよね?」
「いや、それは……」
「好きですよね」
「…………はい」
誤魔化そうとしたがヘルネが妙な圧を放ってきたため肯定するしかなかった。そして急に恥ずかしくなった。今まで蓋をしようとしてきたのにそれを表に出すことになったのだ。ヘルネにさらけ出されてしまったのだ。彼もまだ14歳の少年であった。何が言いたいのか、そう尋ねようとしたところで――――――。
「どんなに好きな相手でも唐突に離れ離れになることもあるのです。私がそうであったように」
ヘルネの言葉にグラジオは言葉を飲み込んだ。
「私は、家族の事が好きでした。商人をやっていた父の事も、そんな父を支えようとしていた母の事も、二つ年の離れた兄と一つ年下の妹の事も、私は大好きでした。ですが父が開いていた店が潰れてみんな離れ離れになってしまいました。私は家族の事を忘れられないまま生きていました。そして離れ離れになってる間に母は顔を合わせることもできないまま亡くなりました」
ヘルネの悔恨じみた告白をグラジオは何も言えないまま聞いていた。普段良くしてもらってる相手にそんな過去があるとは思いもしなかったのだ。グラジオは彼女にどう言葉を掛ければいいか分からず、そうしている間にヘルネは再び二の句を告げる。
「シンプソン君はお嬢様の、アメーリア・ディ・ガスペリ様の事が好きですよね。でもあの方の病が治れば貴方は離れなければなりません。貴方は最初からお嬢様の隊長のフォローをするためだけにここにいるのですから。屋敷の方々が貴方にいろいろ教えているのはリリアーナお嬢様の善意から来る命令があるからです。貴方が困らないようにして差し上げなさいとね。貴方がお世話になっている馬宿の店主を雇っているのも貴方のお役目の前報酬としてです。もっとも彼は意外と筋がいいので今後もお付き合いは続くでしょうけどね。ですが貴方は違う。役割を果たせば報酬を支払ってそれでおしまい。それだけです。それだけの関係なのです」
グラジオは何も言えなかった。はっきりとアメーリアと自分は住んでいる世界が違うと改めて突き付けられたように感じられた。最初から決まっていたことのはずなのに、分かり切っていたことのはずなのに、何も分かってなかったのだと自覚せざるを得なかった。
「グラジオ・シンプソン君。貴方はお嬢様とどうなりたいのですか? ただの付き人として役割を果たし続けるのか。それともそれ以上の関係を望むのか。はっきりと決めた方が良いです。貴方自身が後悔しないためにも」
「どうしてそんなことを聞くんですか……? どうして」
「はっきり言って今の貴方たちを見ているのは面倒くさいのです。このままの関係が続けば貴方たちは確実に後悔することになるます。役割を果たせば貴方とはそれっきりで済みますがお嬢様は違います。後悔する様をずっと見続けなければなりません。そんなの面倒です」
「どうしてそんなことを聞くんですか……? どうして」
「はっきり言って今の貴方たちを見ているのは面倒くさいのです。このままの関係が続けば貴方たちは確実に後悔することになるます。役割を果たせば貴方とはそれっきりで済みますがお嬢様は違います。後悔する様をずっと見続けなければなりません。そんなの面倒です」
切り捨てるような言葉を言い放つヘルネだが、言葉とは裏腹にとても心配そうにグラジオを見つめていた。憐れむように、悲しんでいるように。少なくともグラジオにはそう見えたのだ。
「貴方がどんな答えを出すのかは私には関係ありませんが。ただ、一つ忠告します。いい加減覚悟だけは決めておいた方が良いですよ。お嬢様への想いを心にしまい続けるか、それともお嬢様への想いを添い遂げるか。後悔しないようにしてくださいね」
そう言ってグラジオに背を向けるヘルネ。まるで自身の表情を悟られまいとするかのように。
「貴方はまだどうにかなるかもしれないのですから。後になって後悔してからでは遅いですよ」
グラジオはヘルネに何か言わなければと感じた。しかし口を開こうとしても言葉が出なかった。まだ迷っているかのようだった。グラジオは自分に問いかけた。なにを迷っているのかと。そんな時だった。爆発音がら聞こえてきた。グラジオとヘルネが爆発音が聞こえてきた方角へ顔を向けると煙が立っていて、それはトリア市内のあちこちから立っているのが見えた。それだけではない。上空に両手で数えきれない数の、翼の生えた巨大な生物が地上に向けて炎を放っているのが、その背中から何かが飛び降りてくるのが見えた。何事か考えていたその直後に鐘の音が聞こえてきた。
――――――――――――トリア市への敵襲を告げる鐘の音が聞こえてきたのだ――――――――――――。
結論から言ってアメーリアの通院は無駄足で終わった。紹介された医師は彼女の容態を一通り見たものの匙を投げる始末だった。曰くこのような病は見たことがない。治療方法も自分では皆目見当がつかない。アメーリアはただ落胆した。結局このざまなのだと。自分の病はやはり簡単に直るようなものではないのだと。しかし同時に込み上げてくる思いもあった。グラジオとまだ離れ離れにならなくて済むと、まだ彼にそばに居続けてもらえると。そんな風に考えていると彼女に医師を紹介してきた相手から、ハズリスという名の三十代後半の男から声を掛けられる。
「力になれず誠に申し訳ない。もしかしたら何かできるのではないかと思ったのですが……」
「いえ、致し方ありません。お気遣い感謝します。ハズリス様」
「様など付けずハズリスと気軽に呼んでいただきたい。私は貴方と良い関係を築きたいのですからな」
「いえ、致し方ありません。お気遣い感謝します。ハズリス様」
「様など付けずハズリスと気軽に呼んでいただきたい。私は貴方と良い関係を築きたいのですからな」
ハズリス。かつて都市評議会長を務めた経歴のある男。今もそれなりの影響力を持つ人物。共和国同盟成立記念パーティーにおいても声をかけてきたため、アメーリアはすぐに思い出せた。自分の身体を嘗め回すように見ていた失礼な人物だったから。紳士を気取っているようだが明らかに視線に情欲の色が混じっていて、それが自分の体に向けられているのをアメーリアは感じ取っていた。そしてパーティーで自身を口説いていたオライオという人物はまだマシな方であったと評していた。彼はまだ欲望を悟られないようにしていたのだから。最も結局は胸や腰回りの方に視線が向いていたので五十歩百歩といったところだが。それでもいい年をして娘ほどの年齢の自分に情欲を向けてくる彼よりはまだマシだった。
「お詫びに御食事でもさせてください。良い店を紹介いたしますので」
「そのお誘いはありがたいのですが申し訳ありません。今はあまり食事がのどを通らなくて……」
「そうでしたか……。それは申し訳ない。であればこのまま御屋敷までお送りしましょう。万が一があっては困りますからな」
「いえ、それも結構です。一人ではありませんので」
「ですが、お体の調子が優れないのでしょう? 今は問題なくとも数分後、数時間後に何かあれば大変なことになりかねない。ここはひとつ……」
「そのお誘いはありがたいのですが申し訳ありません。今はあまり食事がのどを通らなくて……」
「そうでしたか……。それは申し訳ない。であればこのまま御屋敷までお送りしましょう。万が一があっては困りますからな」
「いえ、それも結構です。一人ではありませんので」
「ですが、お体の調子が優れないのでしょう? 今は問題なくとも数分後、数時間後に何かあれば大変なことになりかねない。ここはひとつ……」
等と押し問答が続いている。アメーリアとしてはこの男と帰りを共にすること等願い下げたかった。しかし、向こうはどうもアメーリアとの接点を継続したいためかこうして執拗に食い下がってきている。どう断ろうか考えを巡らせたところで、周囲が騒然とし始めたのに気が付いた。それはハズリスも同じだったようで。
「なんだ? 騒々しい」
ハズリスは不機嫌そうな表情を浮かべ周囲を黙らそうと口を開き、その直後に轟音とともに衝撃が周囲を襲った。傍にいたメイドはアメーリアをとっさに突き飛ばした。そしてアメーリアは突き飛ばされたことと衝撃波から病院の外へその身を投げ出された。受け身など取ることはできなかった。そのまま地面を転がっていく。しばらく転がり続けて止まったところで地面に投げ出された際の痛みが全身に響いた。今まで感じたことのない種類の痛みだ。どうすればいいのか全く分からなかった。ひとしきり呻き、状況を確認しようと身を起こした所で、信じがたい光景を目にした。
先ほどまで自分がいた病院が瓦礫の山と化していた。瓦礫から人々の手や足、もしくは上半身や下半身が見え隠れしている。だがピクリとも動く様子を見せない。おそらく死んだのだろう。それだけではない。見渡す限り、無事な人間も、建物もなかった。黒焦げになって地面に倒れ込んでいるか、あちこち掛けた状態になっているか、少なくとも生きてはいない。建物は燃えているか瓦礫の山と化しているか、はたまた半壊し中身を晒しているかのどれかだった。それらを目撃して、アメーリアは奥から込み上げてくる吐き気をこらえられず、そのまま地面にぶちまけた。見渡した限りメイドは傍にいなかった。おそらく自分を突き飛ばして自身はそのまま崩れた際の瓦礫に巻き込まれたのだろう。おそらく生きていない。そう判断した。何故こんなことになってしまったのだろう。先ほどまで平穏だった光景が一瞬にして崩れ去った、その事実をアメーリアは飲み込むこと等出来なかった。そのまま呆然としていたが敵襲を告げる鐘の音が聞こえてきたことで少しずつ現実を受け入れ始めた。何かに襲われたのだろう。ならば今すぐ逃げなければ。価値のない自分はこのまま死んでも良かった。しかし、グラジオの言葉が頭の中で浮上してくる。
先ほどまで自分がいた病院が瓦礫の山と化していた。瓦礫から人々の手や足、もしくは上半身や下半身が見え隠れしている。だがピクリとも動く様子を見せない。おそらく死んだのだろう。それだけではない。見渡す限り、無事な人間も、建物もなかった。黒焦げになって地面に倒れ込んでいるか、あちこち掛けた状態になっているか、少なくとも生きてはいない。建物は燃えているか瓦礫の山と化しているか、はたまた半壊し中身を晒しているかのどれかだった。それらを目撃して、アメーリアは奥から込み上げてくる吐き気をこらえられず、そのまま地面にぶちまけた。見渡した限りメイドは傍にいなかった。おそらく自分を突き飛ばして自身はそのまま崩れた際の瓦礫に巻き込まれたのだろう。おそらく生きていない。そう判断した。何故こんなことになってしまったのだろう。先ほどまで平穏だった光景が一瞬にして崩れ去った、その事実をアメーリアは飲み込むこと等出来なかった。そのまま呆然としていたが敵襲を告げる鐘の音が聞こえてきたことで少しずつ現実を受け入れ始めた。何かに襲われたのだろう。ならば今すぐ逃げなければ。価値のない自分はこのまま死んでも良かった。しかし、グラジオの言葉が頭の中で浮上してくる。
『二度と自分に価値がないだなんて思うな! 口にするな! そんな風に自分を切り捨てるな! いいね?!』
初めて、自分と同じ年の異性から叱られた際の言葉。幼さが残りながらも怒りが露わになった剣幕、そして両肩を掴まれた際の力強さと男らしさを感じた彼の手の感触。それを思い返した時、アメーリアはグラジオに会いたくなった。自分に政略結婚に使われる程度の女としての価値しかない、その思いは変わっていない。だが、それしかなくても今はまだ死にたくなかった。死ぬのならせめてグラジオと一緒に死にたかった。だから、その場から離れようと、もう一度グラジオに会いに行こうと痛みに苦しみながら立ち上がり歩き出そうとした、その時だった。
背後から足音が聞こえてくる。もしかしたらまだ生存者がいたのかもしれない。そう思い背後を振り返り、その期待は裏切られた。
武器を持ち、エルフ特有の長い耳に、悪意を感じさせる表情、そしてどこか禍々しい気配。それはダークエルフという魔族だった。アメーリアの心に絶望の感情が広がっていく。
武器を持ち、エルフ特有の長い耳に、悪意を感じさせる表情、そしてどこか禍々しい気配。それはダークエルフという魔族だった。アメーリアの心に絶望の感情が広がっていく。
状況を把握しようとグラジオとヘルネは墓地を出てきたところで一人の冒険者と遭遇した。ロメオ・タオルと名乗る黒いウニのような髪型をした男だった。彼は二人に現在のトリア市の状況を教えてくれた。ダークエルフに強襲されたこと、軍人や冒険者、戦士たちがダークエルフと戦っている事、避難命令が出され冒険者達の一部は逃げ遅れた人々を探し回っている事を。
「もう安全な場所はない。あんたらも今すぐトリア市を離れるべきだ。偉い人たちが逃げるよう指示を出している。ひとまず安全なルートを案内するから付いてきてくれ」
ロメオからそう言われたもののヘルネはすぐに食い下がる。
「お嬢様がまだ避難できていないかもしれません。すぐさま探しに行かなければ……!」
「無茶を言うな。あんたらじゃどうにもならない。こっちで探してきてやるから今すぐ逃げるんだ」
「ですが……!」
「死にたいのか?! ダークエルフだぞ! 魔族だぞ! そのお嬢様って人はおいらが探してきてやるから……!」
「無茶を言うな。あんたらじゃどうにもならない。こっちで探してきてやるから今すぐ逃げるんだ」
「ですが……!」
「死にたいのか?! ダークエルフだぞ! 魔族だぞ! そのお嬢様って人はおいらが探してきてやるから……!」
ロメオとヘルネの言い争いをしり目にグラジオは煙が立っている方を見つめていた。あの中にアメーリアがいるかもしれない。逃げ遅れているのかもしれない。もしもそんな状況で発作を起こしていたら、いやそもそも、ダークエルフに殺されていたりしたら――――――。最悪の状況が脳内を駆け巡る。
「おい、あんたもこの女を説得してくれ! 分かってんだろ! こんな状況で一般人が何をするべきかなんて――――――」
ロメオの言葉はもはや聞こえなかった。グラジオは駆けだした。アメーリアが通院すると言っていた病院がある方角へ。煙が上がっている場所へ。
「おい!? どこへ行くんだ!? そっちじゃねえ!?」
「待ってくださいシンプソン君! 私も一緒に――――――!」
「待ってくださいシンプソン君! 私も一緒に――――――!」
ロメオとヘルネがグラジオを追いかけようとした時だった。背後から足音が聞こえた。ロメオとヘルネが振り向くとそこにはダークエルフの群れが立っていた。どの個体も武器を担ぎながら殺気立っている。
「……全く……。きついぞこれは……!」
短剣を二本取り出しロメオは構える。ダークエルフ達も各々の武器を構えいつでも襲い掛かろうとしていた。
「おいらから離れるなよお嬢さん。離れたら死ぬぞ――――――!」
その言葉にヘルネは逆らうこともできず、ロメオに守られながらグラジオとアメーリアの無事を祈ることしかできなかった。
「まさか想定外だわ。ダークエルフが襲ってくるなんて……!」
ガスペリ邸にてリリアーナ・ディ・ガスペリは歯噛みしていた。この状況を読むこと等出来なかった。軍略に明るい人物でもダークエルフ達の動向を読むことは非常に難しい事だ。経済と政治という分野において非凡という言葉では片付けられない才能を持つ彼女だが軍事という分野に明るいわけではない。そんな彼女を責めること等誰にも出来るはずがない。他ならないリリアーナ自身以外には。
「リリアーナ。自分を責めるのはそこまでにして今すぐ避難するぞ。ここも何時狙われるか分かったものじゃない」
カルロ・ディ・ガスペリがリリアーナに避難を促すも、彼女はそれに素直に従えなかった。アメーリアの存在が気がかりだった。
「待ってください。アメーリアがまだ戻ってきていません。グラジオ・シンプソンとヘルネもです。彼らが戻ってくるのを待つか探しに行かなければ……!」
「そんなことを言ってる場合か! 今は自分の命を優先すべき場面だ! 人の心配をしている場合か!」
「ですがアメーリアは貴方の娘ですよ?! 心配なさらぬのですか?!」
「心配だとも! だが、あれはガスペリ家の女だ。いざというときの覚悟はあるはずだ……!」
「そんなことを言ってる場合か! 今は自分の命を優先すべき場面だ! 人の心配をしている場合か!」
「ですがアメーリアは貴方の娘ですよ?! 心配なさらぬのですか?!」
「心配だとも! だが、あれはガスペリ家の女だ。いざというときの覚悟はあるはずだ……!」
リリアーナの言葉に苦渋の表情を浮かべるカルロだがそれでも考えを変えることはなかった。そんな叔父に食い下がろうとしたその時、彼女に平手を見舞うものがいた。乾いた音が室内に響く。打たれた頬に手を当てながらリリアーナは自分の頬を打った人物に目を向ける。テオドロ・ディ・ガスペリが怒りを露わにしながらリリアーナを睨みつけていた。
「いい加減にしろ……! アンタはガスペリ銀行の頭取だ! ガスペリ家の人間だ! 先代当主の一人娘だ! なら分かってるはずだ! 俺達は全滅するわけにはいかないんだよ! 俺達が全滅すればそれこそ共和国同盟はおしまいだ! だから、オレたちは生き延びなければならないんだよ……!」
トリア市の状況を聞いた時、テオドロの頭はすぐさましなければ避難しなければならないことを、その状況である事をすぐさま算出していた。ガスペリ家が全滅した場合の最悪の状況を想定することができてしまった。それ故に未だ戻ってきていないアメーリアを見捨てなければならないことを理解してしまったのだ。歯噛みするテオドロの言葉に同意するように頷きながらカルロが続く。
「テオドロの言う通りだ。我らは生き延びなければならぬ。たとえただ一人となろうと生きなければならない。我らが、同盟内で最も影響力のあるガスペリ家が全滅すれば本当に共和国同盟は壊滅する。だから……今はアメーリアを諦めるべきなのだ……!」
カルロもテオドロも拳を堅く握りしめる。自分たちの死が共和国同盟の破滅を促すことを理解しているが故に。家族を見捨てなければならない状況に苦しみ、悔しがっていた。リリアーナもそれは理解していたが、納得は出来なかった。だがテオドロに叱咤され、カルロに説得され、どうにもならないことを理解し、彼女はその場にへたり込んでしまった。アメーリアを見捨てなければならない状況であることを理解してしまったのだ。カルロの指示でメイド三人組はリリアーナを抱き上げ避難を開始した。それに抗う気力をリリアーナは削がれていた。成す術もなく逃げる以外の選択肢はなかった。
アメーリアはダークエルフ達にいいように弄ばれてしまっていた。すぐさま逃げようとしたものの普段から激しい運動ができない彼女の体力ではすぐさま追いつかれてしまったのだ。そして逃げることしかできないアメーリアをダークエルフ達は甚振った。その美貌とその豊満な肉体に殴る蹴るを繰り返し彼女が痛みに呻く様を楽しんでいた。抵抗は出来なかった。アメーリアに戦う力も術も何もなく、されるがままだった。ダークエルフ達は皆アメーリアを嘲笑った。何もできない彼女が苦しむ様を楽しんでいた。そしてもっと苦しむ姿を楽しむために下卑た仕打ちをすることを決めた。ダークエルフの一人がアメーリアの髪を掴み引き起こす。
「今からその体を無茶苦茶にしてやる。直ぐ楽にはしてやらねぇ。無様を晒しやがれ」
ダークエルフ達は皆笑っていた。これからアメーリアが苦しみ泣き叫ぶ姿を思い浮かべて、楽し気に、下品な欲望を彼女に向けていた。アメーリアはこれから自分が何をされるのか考えないようにしていた。自分の尊厳が破壊される様など考えたくもなかった。その時、持病の発作が彼女の身体を襲った。火に焼かれる感覚、水が荒れ狂う感覚、強風が吹き荒れる感覚、土が鋭利に隆起する感覚、それらが同時に襲ってくる。それも今まで味わったことがないほどの痛みと共に。生きてきた中で最もひどい発作がこの状況で起こってしまった。彼女が苦しむ様を魔族共は嘲笑った。
「おいおい、まだ何もしてねえぞ?」
「同情でも煽ってるつもりなんだろうけど諦めな」
「むしろ余計に楽しくなったぜ」
「もっと苦しめ下等種族め。お前達が苦しむ様が俺たちにとっての最高の快楽だ」
「同情でも煽ってるつもりなんだろうけど諦めな」
「むしろ余計に楽しくなったぜ」
「もっと苦しめ下等種族め。お前達が苦しむ様が俺たちにとっての最高の快楽だ」
口々にアメーリアを嘲笑うダークエルフの群れ。彼女に抵抗する術はなかった。痛みから、苦しみから逃れたかった。
「貴殿らは何を遊んでいるのですか?」
ダークエルフの背後から何者かが歩いてきた。その声に気づき振り向くと一人のダークエルフがヴァルカイックを引き連れそこにいた。ダークエルフ達はアメーリアを放り投げ、姿勢を正す。
「どぅ、ドゥロー様……!」
ドゥロー。テネブル=イルニアス軍団国の四天王の一人。生粋のヴァルカイックマニアで知られている男。ドゥローは不機嫌そうにしていた。それもそのはずだ。トリア市の攻略が想定より進んでいない。そればかりか下等種族相手に拮抗している有様だ。彼が愛するヴァルカイックもすでに何匹か撃墜されてしまっている。嘆かわしい、そう言わんばかりに首を振る。
「こんなところで遊んでいないで貴殿らも戦闘に参加しなさい。この街の知的種族共はやけに抵抗して来るのですから。全く、下等生物は下等生物らしく我らに蹂躙されていればいいのですよ」
「で、ですがあの下等生物の子供は如何様にされますか? もしかしたら人質にでも……」
「人質? 馬鹿馬鹿しい。殺して差し上げればいい」
「で、ですがあの下等生物の子供は如何様にされますか? もしかしたら人質にでも……」
「人質? 馬鹿馬鹿しい。殺して差し上げればいい」
ダークエルフの言葉を切り捨てドゥローは右手を上げる。それだけで十匹のヴァルカイックは一斉にアメーリアの方を向く。殺す気だとアメーリアは悟った。命乞いに意味はない。逃げることも戦うこともできない自分はこの場で死ぬのだと悟らざるを得なかった。そしてドゥローは無慈悲に右手を下ろした。それはヴァルカイックへ殺して良しというリアクションであり、行動許可命令であった。ドゥローを嫌っているヴァルカイックだが彼のその指示には素直に従うよう教育されていた。ヴァルカイックが一斉に、アメーリアに向けてブレスを放とうと口を開く。アメーリアはその刹那、最も愛しく思う人物の顔を思い浮かべた。そしてその人物と過ごした日々を。短い期間の記憶だが楽しい思い出だった。もっと彼と一緒に居たかった。そこまで考えてアメーリアは一つの事実に気が付いた。自分は彼の事が好きなのだと。わずか数か月の間で好きになってしまったのだと。それに気づいてもっと早く自覚すればよかったと思った。そうすればもっと彼に積極的になれたのにと。もっと彼と色んなことをしたのにと。そこまで考えて涙が溢れてきた。せめて死ぬ前にもう一度彼に会いたかった。そして出来れば彼と共に死にたかった。そうすれば死ぬことに恐怖を感じなくて済んだのに。
「助けて……グラジオ君……」
彼女が最も愛しく思う人物の名を呟き、助けを求めたその時――――――
「アメーリア!!!」
今、最も会いたい人物の声が聞こえてきた気がした。次の瞬間、赤い雷がその場にいた全てのヴァルカイックに直撃した。そしてアメーリアの目の前にユニコーンのような生物がゆったりと降り立った。アメーリアは発作と痛みに苦しみながらも身を起こそうとして、ユニコーンのような生物から降りてきた人物に抱きかかえられることとなる。そして緩やかだが少しずつ発作が収まるような感覚を覚えた。この感覚は彼女の身体が知っている。いつも苦しんでいた時に彼がそうしてくれたから。ゆっくりと自身を抱きかかえている人物に顔を向け、会いたいと願っていた人物が来てくれたことを理解した。
「……グラジオ君……」
「遅くなってごめん。もう大丈夫だから」
「遅くなってごめん。もう大丈夫だから」
グラジオ・シンプソン本人がアメーリアを迎えに来たのだ。ユニコーンのような小さくも気高さを感じさせる生物――――――精霊獣ケラウノスと呼ばれる、かつてグラジオ・シンプソンに魔力を鎮められたことで助けられた、赤い雷を操る存在と共に。
「何をイチャイチャしてるのですか……?! 何が起きたのですか?! 私の愛しいヴァルカイックたちが……?! 貴殿ら何をした?!」
ドゥローはヴァルカイックたちが全て黒焦げにされて殺されたことをすぐさま理解した。地面に墜落する姿を目撃して、状況を理解し怒りが頂点に達した。
ドゥローに怒りの矛先を向けられるグラジオだったが彼はひるまず目の前のダークエルフを睨み付ける。それだけでプライドが傷つけられた。下等生物が我らダークエルフに、四天王と呼ばれたこの私に反抗の意思を見せている。ヴァルカイックを殺されて怒りに飲まれたドゥローにとって耐えがたい事であった。ドゥローはすぐさまダークエルフ達の群れに命令を下した。
ドゥローに怒りの矛先を向けられるグラジオだったが彼はひるまず目の前のダークエルフを睨み付ける。それだけでプライドが傷つけられた。下等生物が我らダークエルフに、四天王と呼ばれたこの私に反抗の意思を見せている。ヴァルカイックを殺されて怒りに飲まれたドゥローにとって耐えがたい事であった。ドゥローはすぐさまダークエルフ達の群れに命令を下した。
「そこの下等生物どもを殺しなさい! 今すぐに!!」
命令を受けたダークエルフ達はすぐさまグラジオとアメーリアの元へ走り出し、二人の前に立つケラウノスが放つ赤い雷の直撃を受けた。何の防御を取っていなかったダークエルフ達に耐えられるものではなく、彼らは命の終わりと共に沈黙した。その事実にドゥローの怒りは更に膨れ上がる。
「この役立たず共!! いいでしょう! この私自ら貴殿らを殺して差し上げよう下等生物!!! 醜く命乞いを――――――」
すべて言い切る前にケラウノスの赤い雷を纏った突撃を真正面から食らってしまい、ドゥローは遠くまで吹き飛ばされた。たった一撃でトリア市の激戦区まで吹き飛ばされ、その場にいた冒険者の一人に斬りかかられた。それだけでダークエルフ達の頭脳が戦闘不能となった。ドゥローはダークエルフに抱えられ真っ先にトリア市外へと退避させられることとなる。命に別状はなかったが彼は後々まで屈辱の記憶として覚え続けることとなった。そしてケラウノスはトリア市内の戦闘区域まで向かいダークエルフ達に攻撃を仕掛けるべく突撃、戦況は知的種族たちにとって優位な状況へ傾く。正体は不明だが自分たちに味方してくる存在を戦場にいた者たちの大半が歓迎する。そしてケラウノスと共にダークエルフの群れに向かって攻勢に出た。その結果はトリア市からのダークエルフの撃退という形で締めくくられることとなった。戦場は勝利に沸き立った。ケラウノスという存在を讃える声と共に。
グラジオはアメーリアの発作をどうにか収めることに成功した。今までで最もひどい発作であったが何とか沈められたことに彼は安堵する。それもつかの間の事、アメーリアから唐突に抱き着かれ困惑することになった。アメーリアに抱き着かれたことを理解した途端、爆発したかのように赤面する。
「……会いたかったです。もう二度と会えないかと思ってました」
突然の事態に慌てていたがアメーリアの泣きそうな声を聞いて無意識にグラジオはアメーリアを抱擁した。我に返り自分が何をしたか驚くも今はアメーリアを慰めることに意識を向けた。
「ごめんね。怖い思いをさせて……。もう大丈夫だから」
「…………グラジオ君…………!」
「…………グラジオ君…………!」
そしてアメーリアは堰を切ったかのように大声で泣き叫んだ。安堵からか先ほどまで味わった恐怖からかあるいはその両方なのか、グラジオには分からなかった。ただ、アメーリアが落ち着くまで、彼は彼女を抱擁し慰め続けた。大切な人が壊れないように優しく、そして絶対に手放さないように。
二人は静かになった戦場でお互いが生きていることを確かめ合った。
二人は静かになった戦場でお互いが生きていることを確かめ合った。