アルボス・シルヴァがテネブル=イルニアス軍団国との国境付近までリンデルの森の中を歩いている最中、思いもよらぬ存在と遭遇した。それはリンデルと呼ばれる森の主である精霊だった。まるでシルヴァを待っているように樹にもたれかかりながら立っている。
「リンデル様、どうかなされましたかな?」
シルヴァが声を掛けるといたずら気な笑みを浮かべながら近寄ってくる。
「シルフィーヌに見つかっちゃった。おかげでセレーネとの約束を守らなくてはいけないわ」
いたずらが成功した子供のような雰囲気を感じさせる声色だった。シルヴァはそんなリンデルの様子に苦笑する。
「わざとではありませんかな? 儂には貴女様がそう簡単に見つかるような失敗をされるとは思いませぬ」
「どうかしら? 私だって完璧ではないのよ? くだらない失敗をすることなんて数えきれないくらいしてきたわ。それが今回もしてしまっただけの事よ?」
「なるほど、そういうことにしておきましょう」
「どうかしら? 私だって完璧ではないのよ? くだらない失敗をすることなんて数えきれないくらいしてきたわ。それが今回もしてしまっただけの事よ?」
「なるほど、そういうことにしておきましょう」
ふとリンデルが真面目な表情に変わったのを受けシルヴァは跪く。そして彼女の言葉を待った。
「私は貴女達が選ぶ道に干渉しない。己が選びを信じた道を進みなさい。それが貴方の求める未来に繋がるから」
リンデルの言葉にシルヴァは目を細める。
「貴方はいつだってそうだった。我々に干渉しない傍観者の振りをしながらいつだって我々の味方として見守ってくださる」
「買い被りというやつよそれは。私は貴方達の選択に構うことがないだけ。貴方達がどれほど私を信仰しようとも私が積極的に応えることはないわ」
「では、なぜ儂の前に姿を見せたのですか? 分かっているのでしょう? 儂がこの先辿り着く末路を。故に貴女は儂の前に姿を見せたのだ。別れの言葉を交わすために、儂がこの先の選択に迷うことがないように、背中を押しに来てくださったのでしょう?」
「買い被りというやつよそれは。私は貴方達の選択に構うことがないだけ。貴方達がどれほど私を信仰しようとも私が積極的に応えることはないわ」
「では、なぜ儂の前に姿を見せたのですか? 分かっているのでしょう? 儂がこの先辿り着く末路を。故に貴女は儂の前に姿を見せたのだ。別れの言葉を交わすために、儂がこの先の選択に迷うことがないように、背中を押しに来てくださったのでしょう?」
シルヴァの言葉にリンデルは何も言うことはなかった。それをシルヴァは無言の肯定と受け取った。そしてリンデルの顔をまっすぐ見つめる。
「儂はこの先迷うことはありませぬ。たとえこの森を戦場とし全て焼き払われることとなろうとも。このまま沈黙を続けてもこの森に未来はありませぬ。故に間違いであったとしても儂は戦い続ける所存です」
リンデルはシルヴァの言葉に頷き、立ち上がるよう首を振って促した。シルヴァはそれに従いゆっくりと立ち上がった。
「この森を焼かれても私が死ぬことはないわ。好きなようにしなさい」
「……有りがたきお言葉です。これで二度と貴女様と言葉を交わすことはないでしょう。いつも見守ってくださったこと、感謝します」
「……有りがたきお言葉です。これで二度と貴女様と言葉を交わすことはないでしょう。いつも見守ってくださったこと、感謝します」
そう言い残し、シルヴァはリンデルをその場に残し再び歩き出した。エルヴン帝国とテネブル=イルニアス軍団国の国境、いわば戦争の最前線にして生きて味わう地獄に向かって。リンデルはその場に立ち尽くしシルヴァの背を見送る。悲しみと激励の感情が入り混じる視線で彼の進む先を見送った。
シルヴァが到着する頃にはウッドエルフ派も皇族派もすでに戦闘準備を終えていた。そしてシルヴァの姿を見るなり駆け足で集まり彼の号令を待つ。今回の戦いにおいて皇族派は全面的に指揮を委ねるつもりであった。シルヴァへの信頼ではない。戦後生き延びた際に戦いの責任をウッドエルフ派に押し付けるつもりであった。ウッドエルフ達はそれを皇族派の振る舞いからうすうす感じ取っていた。シルヴァも皇族派の思惑に気づいていたが都合が良かったため、あえて彼らの思惑に乗ることにした。シルヴァは表情を引き締めた。
「皆の者! この戦いの指揮は儂が全面的に預からせてもらう。言わずもがなワシの命令は絶対だ。戦いが始まれば逃げることは許さぬ! 故に命が惜しい者は今すぐこの国から立ち去れ!」
その場から立ち去る者はウッドエルフ派からも皇族派からも現れることはなかった。恐らく命が惜しい者はとうに逃げ出しているのだろう。この場に留まる者たちの表情は戦意と覚悟に満ちていて、逃げること等一切考えていないことが伺えた。
「我々はこれよりテネブル=イルニアス軍団国との戦争を開始する! 儂はお主らに死ぬまで戦い続けることをこの場において命じる! 逃げることも屈することも許さぬ! 例え儂が命を落とすことになっても、その命令は変わらぬ! 派閥等関係ない! 先祖から受け継いできた誇りを、教えを、生き様を思い出せ! 誇り無きダークエルフ共に我らの気高き雄姿を刻み込んでやれ!」
シルヴァの言葉にエルフ達は手にした武器を掲げ雄叫びを上げた。士気の高さは十分であった。シルヴァは険しい表情で頷き号令を出した。
「全員配置に付け! テネブルのダークエルフごときに後れを取るな! 我らの力を、意地を、奴らに思い知らせてやれ!!!」
シルヴァの号令に従いエルフ達は各々の持ち場へ移動し、ダークエルフ達を待ち構えた。そして一時間もしないうちにテネブル=イルニアス軍団国の先兵——————武器と服装からしてミゼシリオンと呼ばれる部隊であることが伺える――――――が侵攻してきた。エルヴン帝国のエルフ達は雄叫びを上げ武器を構えながら突撃する。
――――――それがテネブル=イルニアス軍団国との戦争の始まりとなった。