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気づけば、すぐそばに
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dannocomachi
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一位の翌朝
模擬戦授業の翌日。
一年二組の教室へ入ると、いつもより少しだけ多くの視線がこちらへ向きました。
昨日の授業で、クラス内トーナメントの一位になったからだと思います。
授業が終わった時にも、何人かから声をかけていただきました。
勝てたことは嬉しいです。
ですが、翌日まで話題が続くとは思っていませんでした。
「おはよう、チョコちゃん」
「おはようございます、シュトレンさん」
先に来ていたシュトレンさんの隣へ鞄を置きます。
フィナンシェさんは、少し離れた席でDPo-Xを見ていました。
こちらへ気づくと、すぐに手を上げます。
「おはよう。一位の人」
「その呼び方は、今日だけにしてください」
「明日からはAグループの人?」
「そちらもあまり変わりません」
「じゃあ、チョコちゃんで」
「最初からそれでお願いします」
フィナンシェさんが笑いながら、こちらへ歩いてきました。
「昨日、帰ってから練習した?」
「していません。ミントちゃんと夕食を作っていました」
「一位になった日の過ごし方が普通だね」
「授業が終われば、普通の日ですから」
「でも、みた先輩からメッセージ来たんでしょ?」
シュトレンさんが聞きます。
「はい。次の授業について、少しだけ」
「手加減しないでくださいって送ったんだよね」
「どうして知っているんですか?」
「昨日、チョコちゃんが自分で話してたよ」
「そうでした」
昨日は少し気分が高揚していたのかもしれません。
自分で話したことを忘れていました。
「みた先輩、なんて返してきたの?」
フィナンシェさんが聞きます。
「チョコもね、と」
「いいね。もう試合前みたい」
「次は基礎訓練です。いきなり対決するわけではありません」
「でも、いつか戦うんでしょ?」
「それは……あるかもしれません」
二人が同時に、楽しそうな顔をしました。
これ以上話を続けると、体育祭の決勝戦まで一気に進みそうです。
私は机へ教科書を出し、話題を切り替えようとしました。
その時。
「チョコちゃん」
教室の前方から、明るい声がしました。
振り返ると、茶色の短い髪をした女の子が、紙袋を両手で抱えて立っていました。
ソフィアプラリネさん。
同じ一年二組のクラスメイトです。
授業で何度か話したことはあります。
明るくて、クラスの誰にでも自然に声をかけられる方です。
「おはようございます、プラリネさん」
「おはよう。あと、模擬戦一位おめでとう!」
「ありがとうございます」
プラリネさんは笑いながら、紙袋を机の上へ置きました。
袋の口から、焼きたてのパンの香りが広がります。
「一位のお祝い?」
フィナンシェさんが聞くと、プラリネさんは首を横へ振りました。
「半分だけ。もう半分は試食をお願いしたくて」
「試食ですか?」
「うち、パン屋なんだ」
プラリネさんは紙袋を開き、小さな丸いパンを四つ取り出しました。
表面には薄く焼き色がつき、中央に小さな切れ目が入っています。
「昨日、家で新しいパンを試したの。朝ごはん向けにしたいんだけど、家族だけだと感想が似ちゃうから」
「昨日の今日で持ってきたんですか?」
「模擬戦を見てたら、明日はチョコちゃんに食べてもらおうって思って」
「どうして私に?」
「試合の途中でも、相手の動きを見てすぐに考え直してたでしょ?」
プラリネさんは、私の机へパンを一つ置きました。
「パンも、食べた時に気づいたことをちゃんと言ってくれそうだなって」
「戦い方から試食役を選ばれるとは思いませんでした」
「変だった?」
「少しだけ。でも、食べてみたいです」
「よかった!」
残りのパンは、シュトレンさんとフィナンシェさんにも配られました。
最後の一つはプラリネさん自身の分です。
「いただきます」
四人で同時に、一口食べました。
外側は少しだけ歯ごたえがあります。
中は柔らかく、細かく刻まれた野菜とチーズが練り込まれていました。
香りはしっかりしていますが、味は濃すぎません。
「おいしい!」
最初に声を上げたのは、シュトレンさんでした。
「朝でも食べやすいね。チーズが強すぎないし」
「本当? よかった」
「生地も柔らかいです」
私は、もう一口食べました。
「ですが、少しだけ具が片方へ寄っています」
プラリネさんが、すぐにDPo-Xを開きます。
「やっぱり? 成形した時、混ぜ方が足りなかったかな」
「味はとてもおいしいです。端まで具が入っていれば、最後まで同じように食べられると思います」
「書いておくね」
フィナンシェさんは、パンを横から眺めていました。
「包装するなら、透明な袋より紙の方が合いそう。素朴な感じだから」
「お店では紙袋にする予定だよ」
「じゃあ、少し細い帯を巻いたらかわいいかも」
「フィナンシェちゃん、あとで詳しく聞かせて」
「いいよ」
シュトレンさんもパンを見ながら言います。
「これならスープにも合いそうだね」
「シュトレンちゃんのお家はお菓子屋なんだよね?」
「うん。パンは専門じゃないけど、食べるのは好き」
「それなら今度、お店にも来てよ」
話があっという間に広がっていきます。
プラリネさんは、私たち一人ひとりの感想を楽しそうに聞いていました。
ただパンを配るだけではなく、本当に人と話すことが好きなのだと思います。
「プラリネさん」
「何?」
「以前から、こうしてお話ししたいと思ってくださっていたんですか?」
私が尋ねると、プラリネさんは少しだけ目を丸くしました。
それから、照れたように笑います。
「うん。チョコちゃん、入学してすぐシュトレンちゃんやフィナンシェちゃんと仲良くなったでしょ?」
「はい」
「いつも楽しそうだったから、私もちゃんと話してみたいなって。でも、話しかけるなら何か持っていった方が自然かなと思って」
「パンは、そのためでもあったんですね」
「もちろん、感想も本当に聞きたかったよ」
「疑ってはいません」
私は残っていたパンを一口食べました。
「ですが、何も持っていなくても話しかけてくださって大丈夫です」
「本当?」
「同じクラスですから」
「じゃあ、これからは普通に行くね」
「はい」
「でも、パンも持ってくる」
「そちらも歓迎します」
プラリネさんが笑い、シュトレンさんとフィナンシェさんもつられるように笑いました。
「チョコちゃん、パンがある時だけ反応早くない?」
フィナンシェさんが言います。
「料理は大事ですから」
「生活では、でしょ?」
「覚えていたんですね」
前にカフェで話したことを、しっかり覚えられていました。
予鈴が鳴ります。
プラリネさんは自分の席へ戻る前に、こちらへ振り返りました。
「今日の放課後、時間ある?」
「私はあります」
「お店、見に来ない? 朝のパンも、もう一種類あるの」
「行きたいです」
今度は迷わず答えました。
シュトレンさんは、少し残念そうな顔をします。
「私は今日、軽音の体験があるんだ」
「私は服の受け取り」
フィナンシェさんも言いました。
「じゃあ今日は、チョコちゃんを借りてもいい?」
プラリネさんが二人へ聞きます。
「返してくれるなら」
フィナンシェさんが答えました。
「私は物ではありません」
「夜までには返してね」
シュトレンさんまで続けます。
「二人とも」
プラリネさんは楽しそうに笑いながら、自分の席へ戻っていきました。
放課後の予定が、また一つ増えました。
一年二組の教室へ入ると、いつもより少しだけ多くの視線がこちらへ向きました。
昨日の授業で、クラス内トーナメントの一位になったからだと思います。
授業が終わった時にも、何人かから声をかけていただきました。
勝てたことは嬉しいです。
ですが、翌日まで話題が続くとは思っていませんでした。
「おはよう、チョコちゃん」
「おはようございます、シュトレンさん」
先に来ていたシュトレンさんの隣へ鞄を置きます。
フィナンシェさんは、少し離れた席でDPo-Xを見ていました。
こちらへ気づくと、すぐに手を上げます。
「おはよう。一位の人」
「その呼び方は、今日だけにしてください」
「明日からはAグループの人?」
「そちらもあまり変わりません」
「じゃあ、チョコちゃんで」
「最初からそれでお願いします」
フィナンシェさんが笑いながら、こちらへ歩いてきました。
「昨日、帰ってから練習した?」
「していません。ミントちゃんと夕食を作っていました」
「一位になった日の過ごし方が普通だね」
「授業が終われば、普通の日ですから」
「でも、みた先輩からメッセージ来たんでしょ?」
シュトレンさんが聞きます。
「はい。次の授業について、少しだけ」
「手加減しないでくださいって送ったんだよね」
「どうして知っているんですか?」
「昨日、チョコちゃんが自分で話してたよ」
「そうでした」
昨日は少し気分が高揚していたのかもしれません。
自分で話したことを忘れていました。
「みた先輩、なんて返してきたの?」
フィナンシェさんが聞きます。
「チョコもね、と」
「いいね。もう試合前みたい」
「次は基礎訓練です。いきなり対決するわけではありません」
「でも、いつか戦うんでしょ?」
「それは……あるかもしれません」
二人が同時に、楽しそうな顔をしました。
これ以上話を続けると、体育祭の決勝戦まで一気に進みそうです。
私は机へ教科書を出し、話題を切り替えようとしました。
その時。
「チョコちゃん」
教室の前方から、明るい声がしました。
振り返ると、茶色の短い髪をした女の子が、紙袋を両手で抱えて立っていました。
ソフィアプラリネさん。
同じ一年二組のクラスメイトです。
授業で何度か話したことはあります。
明るくて、クラスの誰にでも自然に声をかけられる方です。
「おはようございます、プラリネさん」
「おはよう。あと、模擬戦一位おめでとう!」
「ありがとうございます」
プラリネさんは笑いながら、紙袋を机の上へ置きました。
袋の口から、焼きたてのパンの香りが広がります。
「一位のお祝い?」
フィナンシェさんが聞くと、プラリネさんは首を横へ振りました。
「半分だけ。もう半分は試食をお願いしたくて」
「試食ですか?」
「うち、パン屋なんだ」
プラリネさんは紙袋を開き、小さな丸いパンを四つ取り出しました。
表面には薄く焼き色がつき、中央に小さな切れ目が入っています。
「昨日、家で新しいパンを試したの。朝ごはん向けにしたいんだけど、家族だけだと感想が似ちゃうから」
「昨日の今日で持ってきたんですか?」
「模擬戦を見てたら、明日はチョコちゃんに食べてもらおうって思って」
「どうして私に?」
「試合の途中でも、相手の動きを見てすぐに考え直してたでしょ?」
プラリネさんは、私の机へパンを一つ置きました。
「パンも、食べた時に気づいたことをちゃんと言ってくれそうだなって」
「戦い方から試食役を選ばれるとは思いませんでした」
「変だった?」
「少しだけ。でも、食べてみたいです」
「よかった!」
残りのパンは、シュトレンさんとフィナンシェさんにも配られました。
最後の一つはプラリネさん自身の分です。
「いただきます」
四人で同時に、一口食べました。
外側は少しだけ歯ごたえがあります。
中は柔らかく、細かく刻まれた野菜とチーズが練り込まれていました。
香りはしっかりしていますが、味は濃すぎません。
「おいしい!」
最初に声を上げたのは、シュトレンさんでした。
「朝でも食べやすいね。チーズが強すぎないし」
「本当? よかった」
「生地も柔らかいです」
私は、もう一口食べました。
「ですが、少しだけ具が片方へ寄っています」
プラリネさんが、すぐにDPo-Xを開きます。
「やっぱり? 成形した時、混ぜ方が足りなかったかな」
「味はとてもおいしいです。端まで具が入っていれば、最後まで同じように食べられると思います」
「書いておくね」
フィナンシェさんは、パンを横から眺めていました。
「包装するなら、透明な袋より紙の方が合いそう。素朴な感じだから」
「お店では紙袋にする予定だよ」
「じゃあ、少し細い帯を巻いたらかわいいかも」
「フィナンシェちゃん、あとで詳しく聞かせて」
「いいよ」
シュトレンさんもパンを見ながら言います。
「これならスープにも合いそうだね」
「シュトレンちゃんのお家はお菓子屋なんだよね?」
「うん。パンは専門じゃないけど、食べるのは好き」
「それなら今度、お店にも来てよ」
話があっという間に広がっていきます。
プラリネさんは、私たち一人ひとりの感想を楽しそうに聞いていました。
ただパンを配るだけではなく、本当に人と話すことが好きなのだと思います。
「プラリネさん」
「何?」
「以前から、こうしてお話ししたいと思ってくださっていたんですか?」
私が尋ねると、プラリネさんは少しだけ目を丸くしました。
それから、照れたように笑います。
「うん。チョコちゃん、入学してすぐシュトレンちゃんやフィナンシェちゃんと仲良くなったでしょ?」
「はい」
「いつも楽しそうだったから、私もちゃんと話してみたいなって。でも、話しかけるなら何か持っていった方が自然かなと思って」
「パンは、そのためでもあったんですね」
「もちろん、感想も本当に聞きたかったよ」
「疑ってはいません」
私は残っていたパンを一口食べました。
「ですが、何も持っていなくても話しかけてくださって大丈夫です」
「本当?」
「同じクラスですから」
「じゃあ、これからは普通に行くね」
「はい」
「でも、パンも持ってくる」
「そちらも歓迎します」
プラリネさんが笑い、シュトレンさんとフィナンシェさんもつられるように笑いました。
「チョコちゃん、パンがある時だけ反応早くない?」
フィナンシェさんが言います。
「料理は大事ですから」
「生活では、でしょ?」
「覚えていたんですね」
前にカフェで話したことを、しっかり覚えられていました。
予鈴が鳴ります。
プラリネさんは自分の席へ戻る前に、こちらへ振り返りました。
「今日の放課後、時間ある?」
「私はあります」
「お店、見に来ない? 朝のパンも、もう一種類あるの」
「行きたいです」
今度は迷わず答えました。
シュトレンさんは、少し残念そうな顔をします。
「私は今日、軽音の体験があるんだ」
「私は服の受け取り」
フィナンシェさんも言いました。
「じゃあ今日は、チョコちゃんを借りてもいい?」
プラリネさんが二人へ聞きます。
「返してくれるなら」
フィナンシェさんが答えました。
「私は物ではありません」
「夜までには返してね」
シュトレンさんまで続けます。
「二人とも」
プラリネさんは楽しそうに笑いながら、自分の席へ戻っていきました。
放課後の予定が、また一つ増えました。
ミントの隣
その日の午後。
だんのこまち第一中学校では、帰りのホームルームが終わったところだった。
チョコミントが鞄へ教科書を入れている間、隣の席でマキアートが頬杖をついて待っていた。
黒い髪を二つに結び、細い青色のリボンで留めている。
「ミント、まだ?」
「もうちょっと」
「さっきから、もうちょっとって三回聞いた」
「今日は提出物多いんだって」
「朝に入れておけばよかったのに」
「朝はお姉ちゃんから来たメッセージ見てたから」
「一位になった話?」
「うん!」
チョコミントは顔を上げると、また嬉しそうに笑った。
「初めての模擬戦なのに、クラス一位だよ。すごくない?」
「知ってる」
「まだ詳しく話してないよ?」
「朝から四回聞いた」
「四回も言った?」
「学校に来る途中で二回。教室で一回。昼休みに一回」
マキアートは指を折りながら数えた。
「でも、ミントが何回も言いたくなるのは分かるよ」
「でしょ?」
「お姉さんの話をしてる時、すごく分かりやすいから」
「何が?」
「自慢したくて仕方ない顔」
チョコミントは否定しようとして、やめた。
「だって、自慢のお姉ちゃんだし」
「素直だね」
「マキアートには隠しても意味ないから」
「それはそう」
マキアートは軽く笑い、机の横にかけられていたチョコミントの鞄を持ち上げた。
「入れ終わったなら行こう。パンなくなるよ」
「今日もいつものお店?」
「うん。新しいチーズパンが出たって」
「マキアート、最近よく行ってるよね」
「駅へ行く途中にあるし、甘くないパンも多いから」
「私はクリームパン」
「知ってる」
二人は肩を並べて教室を出た。
階段を下りる途中で、チョコミントがマキアートの髪へ目を向ける。
「リボン、少しずれてる」
「本当?」
「じっとして」
踊り場で足を止め、チョコミントが青いリボンを結び直した。
今度はマキアートが、チョコミントの制服の襟を整える。
「ミントも曲がってる」
「朝はちゃんとしてたのに」
「一日過ごしたら曲がるでしょ」
「じゃあ、お互い様だね」
「そういうことにしておく」
二人にとっては、いつもの帰り道だった。
特別な用事がなくても一緒に帰る。
気になる店があれば寄り道をする。
片方が話したい日は、もう片方が聞く。
話すことがない日でも、気まずくはならない。
「ねえ、マキアート」
「何?」
「高校、もう考えてる?」
「少しは」
「私は、お姉ちゃんと同じところ」
「それも知ってる」
「今日、何回目?」
「高校の話は二回目」
「ちゃんと数えてるんだ」
「ミントの話は、だいたいお姉さんか高校か新作のお菓子だから」
「マキアートの話は、だいたい本かゲームか人の観察じゃん」
「観察は趣味じゃないよ」
「でも、よく見てる」
「ミントが分かりやすいだけ」
「またそれ」
言い合いながらも、二人の足取りは自然に同じ速さだった。
パン屋の看板が見える。
店の前まで来ると、焼きたてを知らせる小さな札が出ていた。
「間に合った」
マキアートが少しだけ歩く速度を上げた。
「走らないの?」
「最後の一個なら走る」
「今は?」
「まだ三個ある」
「見えるの?」
「窓から」
チョコミントは笑いながら、先に扉を開けた。
だんのこまち第一中学校では、帰りのホームルームが終わったところだった。
チョコミントが鞄へ教科書を入れている間、隣の席でマキアートが頬杖をついて待っていた。
黒い髪を二つに結び、細い青色のリボンで留めている。
「ミント、まだ?」
「もうちょっと」
「さっきから、もうちょっとって三回聞いた」
「今日は提出物多いんだって」
「朝に入れておけばよかったのに」
「朝はお姉ちゃんから来たメッセージ見てたから」
「一位になった話?」
「うん!」
チョコミントは顔を上げると、また嬉しそうに笑った。
「初めての模擬戦なのに、クラス一位だよ。すごくない?」
「知ってる」
「まだ詳しく話してないよ?」
「朝から四回聞いた」
「四回も言った?」
「学校に来る途中で二回。教室で一回。昼休みに一回」
マキアートは指を折りながら数えた。
「でも、ミントが何回も言いたくなるのは分かるよ」
「でしょ?」
「お姉さんの話をしてる時、すごく分かりやすいから」
「何が?」
「自慢したくて仕方ない顔」
チョコミントは否定しようとして、やめた。
「だって、自慢のお姉ちゃんだし」
「素直だね」
「マキアートには隠しても意味ないから」
「それはそう」
マキアートは軽く笑い、机の横にかけられていたチョコミントの鞄を持ち上げた。
「入れ終わったなら行こう。パンなくなるよ」
「今日もいつものお店?」
「うん。新しいチーズパンが出たって」
「マキアート、最近よく行ってるよね」
「駅へ行く途中にあるし、甘くないパンも多いから」
「私はクリームパン」
「知ってる」
二人は肩を並べて教室を出た。
階段を下りる途中で、チョコミントがマキアートの髪へ目を向ける。
「リボン、少しずれてる」
「本当?」
「じっとして」
踊り場で足を止め、チョコミントが青いリボンを結び直した。
今度はマキアートが、チョコミントの制服の襟を整える。
「ミントも曲がってる」
「朝はちゃんとしてたのに」
「一日過ごしたら曲がるでしょ」
「じゃあ、お互い様だね」
「そういうことにしておく」
二人にとっては、いつもの帰り道だった。
特別な用事がなくても一緒に帰る。
気になる店があれば寄り道をする。
片方が話したい日は、もう片方が聞く。
話すことがない日でも、気まずくはならない。
「ねえ、マキアート」
「何?」
「高校、もう考えてる?」
「少しは」
「私は、お姉ちゃんと同じところ」
「それも知ってる」
「今日、何回目?」
「高校の話は二回目」
「ちゃんと数えてるんだ」
「ミントの話は、だいたいお姉さんか高校か新作のお菓子だから」
「マキアートの話は、だいたい本かゲームか人の観察じゃん」
「観察は趣味じゃないよ」
「でも、よく見てる」
「ミントが分かりやすいだけ」
「またそれ」
言い合いながらも、二人の足取りは自然に同じ速さだった。
パン屋の看板が見える。
店の前まで来ると、焼きたてを知らせる小さな札が出ていた。
「間に合った」
マキアートが少しだけ歩く速度を上げた。
「走らないの?」
「最後の一個なら走る」
「今は?」
「まだ三個ある」
「見えるの?」
「窓から」
チョコミントは笑いながら、先に扉を開けた。
焼きたての店
放課後。
私はプラリネさんと一緒に、駅近くのパン屋へ向かいました。
大通りから一本入った場所にある、小さなお店です。
赤みのある屋根と、大きなガラス窓。
扉を開ける前から、焼きたてのパンの香りがしました。
「ただいまー」
プラリネさんが店へ入ると、奥から明るい返事が聞こえます。
店内には、丸いパンや細長いパン、惣菜を挟んだものまで、たくさん並んでいました。
「すごい種類ですね」
「夕方だから、もう少し減ってるけどね」
プラリネさんは鞄を店の奥へ置き、白いエプロンをつけて戻ってきました。
袖や縁に淡い桃色が入っています。
学校にいる時とは少し違って見えますが、動きはとても慣れていました。
「チョコちゃん、好きなの選んでいいよ」
「試食へ来たのでは?」
「それはあと。まず、普通のお客さんとして見てほしいから」
「では、遠慮なく見ます」
棚を一つずつ見ていると、店の奥から聞き慣れた声がしました。
「お姉ちゃん?」
振り返ると、クリームパンを持ったミントちゃんが立っていました。
その隣には、黒い髪を二つに結んだ女の子がいます。
「ミントちゃん!」
思わず声が少し大きくなりました。
ミントちゃんはすぐにこちらへ来て、私の腕へ抱きつきます。
「どうしてここにいるの?」
「プラリネさんのお家のお店へ、試食に呼んでいただいたんです」
「プラリネさんって」
ミントちゃんが振り返ります。
カウンターの内側で、プラリネさんが手を上げました。
「私。チョコちゃんと同じクラス」
「いつもクリームパンを買ってくださる方ですよね?」
「覚えられてた」
「よく来てくれますから」
プラリネさんは、ミントちゃんの隣にいる女の子へも目を向けました。
「そちらも、何度か来てくださっていますよね」
「はい。マキアートです」
女の子が落ち着いた声で答えました。
私は、どこかで見たことがある気がしていました。
「マキアートさんは、ミントちゃんと同じクラスの方ですよね?」
「はい。チョコ先輩とは、きちんと話すのは初めてです」
「私も、お顔は何度か拝見しています」
「ミントの話には毎日のように出てくるので、初めての感じがあまりしません」
「マキアート」
ミントちゃんが、少し慌てたように名前を呼びます。
「どのようなお話を?」
私が聞くと、マキアートさんは少し考えるふりをしました。
「料理が上手で、ゲームも強くて、優しくて――」
「そこまででいいから」
「あと、ちょっと心配性」
「それは言ってもいい」
「ミントちゃんも十分心配性ですよ」
「私は普通だよ」
「昨日、私が帰るまで三回連絡してきた」
マキアートさんが言いました。
「雨降ってたし、暗かったから」
「五分遅れただけ」
「五分でも心配するよ」
二人のやり取りを見ていると、とても仲が良いことが伝わってきます。
言いたいことを遠慮なく言い合っていますが、嫌な感じはありません。
「ミントちゃんと仲良くしてくださって、ありがとうございます」
私が言うと、マキアートさんが少し驚きました。
「保護者みたいですね」
「姉ですから」
「お姉ちゃん、そういうところあるよね」
「ミントちゃんまで」
プラリネさんが、カウンターの奥から笑っていました。
「本当に仲良いんだね」
「はい」
私とミントちゃんの声が重なります。
顔を見合わせ、二人で笑いました。
「お姉ちゃん、これ」
ミントちゃんが、持っていたクリームパンとは別の袋を差し出しました。
中には、チーズを使った小さなパンが入っています。
「私の分ですか?」
「うん。お姉ちゃん、甘いパンだけだと、あとでしょっぱいもの食べたくなるでしょ」
「よくわかっていますね」
「妹だから」
「では、ミントちゃんにはこちらを」
私は棚から、少し小さなカスタードパンを選びました。
「最後に甘いものを食べたくなるでしょう?」
「さすがお姉ちゃん」
互いに選んだパンを交換します。
マキアートさんが、その様子を見ながら言いました。
「会った瞬間から、いつもの二人だね」
「マキアートさんの前でも、いつもこうなのですか?」
「だいたい」
「お姉ちゃんの話は、学校でもよく聞いてるよ」
「それは少し恥ずかしいですね」
「私は嬉しいけど?」
ミントちゃんは、私の腕へ抱きついたまま笑いました。
胸の奥が温かくなります。
高校へ入ってから、新しい友達が増えました。
けれど、家へ帰ればミントちゃんがいることは変わりません。
その変わらなさが、とても安心できます。
「試食、始めてもいい?」
プラリネさんが、焼きたてのパンを小さな籠へ入れて持ってきました。
丸い生地の上に、春野菜とチーズが乗っています。
「朝に持っていったものを、少し直したんだ」
四人で、店の奥にある小さなテーブルへ座りました。
パンを半分に切り、分けて食べます。
「朝より具が均等です」
私が言うと、プラリネさんが嬉しそうに頷きました。
「混ぜ方を変えたの」
「こっちの方がいいと思います」
マキアートさんは少し考えながら食べています。
「温かい時はすごくおいしいです。でも、学校へ持っていくなら、冷めた時にチーズが少し固くなりそうです」
「確かに」
プラリネさんがDPo-Xへ書き込みました。
「じゃあ、チーズを少し減らして、代わりにソースを入れようかな」
「私は今の方が好き」
ミントちゃんが言います。
「焼きたてをお店で食べる用と、持ち帰り用で分けるのはどうですか?」
私が提案すると、プラリネさんの顔が明るくなりました。
「それ、いいかも。お父さんに言ってみる!」
「お姉ちゃん、パン屋でもすぐ真面目に考えるね」
「聞かれたので、きちんと答えただけです」
「でも楽しそう」
「楽しいです」
私は素直に答えました。
パンの香りに包まれた店で。
新しくできたクラスメイトと話し。
ミントちゃんと、その大切な友達と一緒に座っている。
学校とも家とも違う、小さな放課後でした。
帰る前に、プラリネさんが小さな紙袋を私へ渡してくれました。
「これは?」
「今日の残り。明日の昼にでも食べて」
中には、シンプルなミルクパンが二つ入っています。
「二つもいいんですか?」
「一つは、誰かと分けてもいいし」
「ありがとうございます」
「また感想聞かせてね」
「はい」
ミントちゃんとマキアートさんは、先に駅の方へ帰っていきました。
店の前で、ミントちゃんが大きく手を振ります。
「お姉ちゃん、あとでね!」
「気をつけて帰ってくださいね」
「マキアートと一緒だから大丈夫!」
「任されました」
マキアートさんが軽く手を上げます。
二人が並んで歩いていく背中は、自然に同じ速さでした。
プラリネさんが隣で言います。
「ミントちゃん、いい友達がいるんだね」
「はい。安心しました」
「チョコちゃんも、今日から私のこと、もう少し頼ってね」
「今日から、ですか?」
「同じクラスになった時からでもいいけど」
「では、少し遅れて始めます」
「うん。遅れても大丈夫」
プラリネさんは笑いました。
私も笑い返します。
同じ教室にいた人が、少し近くなった日でした。
私はプラリネさんと一緒に、駅近くのパン屋へ向かいました。
大通りから一本入った場所にある、小さなお店です。
赤みのある屋根と、大きなガラス窓。
扉を開ける前から、焼きたてのパンの香りがしました。
「ただいまー」
プラリネさんが店へ入ると、奥から明るい返事が聞こえます。
店内には、丸いパンや細長いパン、惣菜を挟んだものまで、たくさん並んでいました。
「すごい種類ですね」
「夕方だから、もう少し減ってるけどね」
プラリネさんは鞄を店の奥へ置き、白いエプロンをつけて戻ってきました。
袖や縁に淡い桃色が入っています。
学校にいる時とは少し違って見えますが、動きはとても慣れていました。
「チョコちゃん、好きなの選んでいいよ」
「試食へ来たのでは?」
「それはあと。まず、普通のお客さんとして見てほしいから」
「では、遠慮なく見ます」
棚を一つずつ見ていると、店の奥から聞き慣れた声がしました。
「お姉ちゃん?」
振り返ると、クリームパンを持ったミントちゃんが立っていました。
その隣には、黒い髪を二つに結んだ女の子がいます。
「ミントちゃん!」
思わず声が少し大きくなりました。
ミントちゃんはすぐにこちらへ来て、私の腕へ抱きつきます。
「どうしてここにいるの?」
「プラリネさんのお家のお店へ、試食に呼んでいただいたんです」
「プラリネさんって」
ミントちゃんが振り返ります。
カウンターの内側で、プラリネさんが手を上げました。
「私。チョコちゃんと同じクラス」
「いつもクリームパンを買ってくださる方ですよね?」
「覚えられてた」
「よく来てくれますから」
プラリネさんは、ミントちゃんの隣にいる女の子へも目を向けました。
「そちらも、何度か来てくださっていますよね」
「はい。マキアートです」
女の子が落ち着いた声で答えました。
私は、どこかで見たことがある気がしていました。
「マキアートさんは、ミントちゃんと同じクラスの方ですよね?」
「はい。チョコ先輩とは、きちんと話すのは初めてです」
「私も、お顔は何度か拝見しています」
「ミントの話には毎日のように出てくるので、初めての感じがあまりしません」
「マキアート」
ミントちゃんが、少し慌てたように名前を呼びます。
「どのようなお話を?」
私が聞くと、マキアートさんは少し考えるふりをしました。
「料理が上手で、ゲームも強くて、優しくて――」
「そこまででいいから」
「あと、ちょっと心配性」
「それは言ってもいい」
「ミントちゃんも十分心配性ですよ」
「私は普通だよ」
「昨日、私が帰るまで三回連絡してきた」
マキアートさんが言いました。
「雨降ってたし、暗かったから」
「五分遅れただけ」
「五分でも心配するよ」
二人のやり取りを見ていると、とても仲が良いことが伝わってきます。
言いたいことを遠慮なく言い合っていますが、嫌な感じはありません。
「ミントちゃんと仲良くしてくださって、ありがとうございます」
私が言うと、マキアートさんが少し驚きました。
「保護者みたいですね」
「姉ですから」
「お姉ちゃん、そういうところあるよね」
「ミントちゃんまで」
プラリネさんが、カウンターの奥から笑っていました。
「本当に仲良いんだね」
「はい」
私とミントちゃんの声が重なります。
顔を見合わせ、二人で笑いました。
「お姉ちゃん、これ」
ミントちゃんが、持っていたクリームパンとは別の袋を差し出しました。
中には、チーズを使った小さなパンが入っています。
「私の分ですか?」
「うん。お姉ちゃん、甘いパンだけだと、あとでしょっぱいもの食べたくなるでしょ」
「よくわかっていますね」
「妹だから」
「では、ミントちゃんにはこちらを」
私は棚から、少し小さなカスタードパンを選びました。
「最後に甘いものを食べたくなるでしょう?」
「さすがお姉ちゃん」
互いに選んだパンを交換します。
マキアートさんが、その様子を見ながら言いました。
「会った瞬間から、いつもの二人だね」
「マキアートさんの前でも、いつもこうなのですか?」
「だいたい」
「お姉ちゃんの話は、学校でもよく聞いてるよ」
「それは少し恥ずかしいですね」
「私は嬉しいけど?」
ミントちゃんは、私の腕へ抱きついたまま笑いました。
胸の奥が温かくなります。
高校へ入ってから、新しい友達が増えました。
けれど、家へ帰ればミントちゃんがいることは変わりません。
その変わらなさが、とても安心できます。
「試食、始めてもいい?」
プラリネさんが、焼きたてのパンを小さな籠へ入れて持ってきました。
丸い生地の上に、春野菜とチーズが乗っています。
「朝に持っていったものを、少し直したんだ」
四人で、店の奥にある小さなテーブルへ座りました。
パンを半分に切り、分けて食べます。
「朝より具が均等です」
私が言うと、プラリネさんが嬉しそうに頷きました。
「混ぜ方を変えたの」
「こっちの方がいいと思います」
マキアートさんは少し考えながら食べています。
「温かい時はすごくおいしいです。でも、学校へ持っていくなら、冷めた時にチーズが少し固くなりそうです」
「確かに」
プラリネさんがDPo-Xへ書き込みました。
「じゃあ、チーズを少し減らして、代わりにソースを入れようかな」
「私は今の方が好き」
ミントちゃんが言います。
「焼きたてをお店で食べる用と、持ち帰り用で分けるのはどうですか?」
私が提案すると、プラリネさんの顔が明るくなりました。
「それ、いいかも。お父さんに言ってみる!」
「お姉ちゃん、パン屋でもすぐ真面目に考えるね」
「聞かれたので、きちんと答えただけです」
「でも楽しそう」
「楽しいです」
私は素直に答えました。
パンの香りに包まれた店で。
新しくできたクラスメイトと話し。
ミントちゃんと、その大切な友達と一緒に座っている。
学校とも家とも違う、小さな放課後でした。
帰る前に、プラリネさんが小さな紙袋を私へ渡してくれました。
「これは?」
「今日の残り。明日の昼にでも食べて」
中には、シンプルなミルクパンが二つ入っています。
「二つもいいんですか?」
「一つは、誰かと分けてもいいし」
「ありがとうございます」
「また感想聞かせてね」
「はい」
ミントちゃんとマキアートさんは、先に駅の方へ帰っていきました。
店の前で、ミントちゃんが大きく手を振ります。
「お姉ちゃん、あとでね!」
「気をつけて帰ってくださいね」
「マキアートと一緒だから大丈夫!」
「任されました」
マキアートさんが軽く手を上げます。
二人が並んで歩いていく背中は、自然に同じ速さでした。
プラリネさんが隣で言います。
「ミントちゃん、いい友達がいるんだね」
「はい。安心しました」
「チョコちゃんも、今日から私のこと、もう少し頼ってね」
「今日から、ですか?」
「同じクラスになった時からでもいいけど」
「では、少し遅れて始めます」
「うん。遅れても大丈夫」
プラリネさんは笑いました。
私も笑い返します。
同じ教室にいた人が、少し近くなった日でした。
黒いパーカーの生徒
翌日の昼休み。
シュトレンさんは軽音同好会の体験。
フィナンシェさんは、注文していた本を受け取りに行っていました。
プラリネさんも、お店から届いた連絡を確認するため、少し遅れて教室へ戻るそうです。
珍しく、一人の昼休みです。
私は昨日いただいたミルクパンの袋を持ち、校舎の外へ出ました。
食堂や中庭は人が多かったので、図書棟の裏へ向かいます。
つきみ先輩の地図には載っていない場所ですが、細い遊歩道と小さなベンチがありました。
木が多く、校舎からは少し見えづらい場所です。
「ここなら、静かですね」
ベンチへ向かおうとした時。
先に座っている生徒がいることに気づきました。
黒いパーカー。
黒いスカート。
暗い色のタイツ。
長い黒髪をまとめ、片手でDPo-Xを操作しています。
こちらへ背を向けているため、顔はよく見えません。
私は少し離れたベンチへ座ろうとしました。
その瞬間、強い風が吹きます。
手に持っていた紙袋の口が開き、軽い包装紙が飛び出しそうになりました。
「そこ、風が抜ける」
静かな声がしました。
黒いパーカーの生徒が、こちらを見ないまま言います。
「木の反対側の方がいい」
「ありがとうございます」
紙袋を押さえながら、教えていただいた場所へ移動しました。
風は少し弱くなります。
「本当ですね」
返事はありません。
生徒は、またDPo-Xへ視線を戻しています。
聞き覚えのある声でした。
大きくないのに、なぜかはっきり聞こえる声。
周囲を確かめる時、顔をほとんど動かさず、目だけで見る癖。
DPo-Xを閉じる時、右上を二度続けて触る動き。
私は、その姿をしばらく見つめました。
まさか。
でも。
「……エスプレッソさん?」
黒いパーカーの生徒の指が止まりました。
ゆっくりと顔を上げ、こちらを見ます。
黒い髪。
静かな瞳。
FoFやギルドハウスで見ている姿とは違います。
それでも、間違いありません。
「見つかった」
「やっぱり、エスプレッソさんなんですね」
「そう」
「同じ学校だったんですか?」
「通っている」
あまりにも普通に答えられました。
私は紙袋を持ったまま、しばらく言葉を失います。
「どうして、教えてくださらなかったんですか?」
「聞かれなかったから」
「それは……そうですけど」
ギルドハウスで、学校の話を詳しくすることはほとんどありません。
エスプレッソさんは自分のことを積極的に話す方でもありません。
私も、どこの学校へ通っているのか尋ねたことはありませんでした。
「エスプレッソさんは、私が入学したことを知っていたんですよね?」
「知っていた」
「では、どこかで声をかけてくださってもよかったのでは?」
「いつも誰かといた」
「シュトレンさんやフィナンシェさんですか?」
「ほかにも。」
「確かに、一人でいることは少なかったかもしれません」
エスプレッソさんは、静かな場所を好みます。
突然大勢の中へ入るのは、難しかったのでしょう。
「それに」
エスプレッソさんが続けます。
「見つかるか、少し試していた」
「試していたんですか?」
「探偵を見つけられるか」
「それなら、もっと分かりやすいところにいてください」
「分かりやすかったら、試験にならない」
少しだけ、楽しんでいるように聞こえました。
「いつから気づいていたんですか?」
私が尋ねると、エスプレッソさんは少し考えました。
「入学式」
「最初からではありませんか」
「花で分かった」
髪の花飾りへ触れます。
みた先輩からいただいたもの。
エスプレッソさんも、よく知っています。
「模擬戦も見ていたんですか?」
「決勝は見た」
「声をかけてくださらなかったですよね」
「人が多かった」
「それは分かりますけど……」
「一位、おめでとう」
唐突に言われ、言葉が止まりました。
「今、言うんですか?」
「まだ言っていなかったから」
「ありがとうございます」
少し遅い気もしますが。
エスプレッソさんらしいとも思いました。
私は紙袋を開き、二つ入っていたミルクパンの一つを取り出します。
「よろしければ、食べますか?」
エスプレッソさんがパンを見ました。
「毒は?」
「以前も同じことを聞きましたよね」
「確認」
「入っていません。クラスメイトの実家のパン屋さんからいただいたものです」
「クラスメイト」
「プラリネさんです。昨日、ミントちゃんとマキアートさんにも会って――」
「情報が増えた」
「最近、いろいろな方とお話しする機会が増えました」
「楽しそう」
「はい。楽しいです」
迷わず答えると、エスプレッソさんは少しだけ目を細めました。
パンを受け取り、包装を開きます。
私も隣のベンチへ座りました。
完全に隣ではなく、一人分だけ間を空けます。
エスプレッソさんには、それくらいがちょうどいい気がしました。
二人でミルクパンを食べます。
柔らかくて、ほんのり甘いパンです。
「おいしい」
「プラリネさんに伝えておきます」
「直接ではなく?」
「お会いしてみますか?」
「……大人数?」
「まずはプラリネさん一人なら」
エスプレッソさんは少し考えました。
「それなら、たぶん」
「では、今度」
「すぐに予定を決める」
「フィナンシェさんの影響かもしれません」
「良い影響?」
「たぶん」
エスプレッソさんが小さく笑いました。
本当にわずかな変化です。
ですが、見逃しませんでした。
「学校で見かけたら、これからは声をかけてもいいですか?」
「小さくなら」
「エスプレッソさん、と?」
「それは少し目立つ」
「では、どう呼べばいいでしょう」
「近くまで来てから、そのまま」
「分かりました」
昼休みの終了を知らせる予鈴が、遠くから聞こえます。
私たちは立ち上がりました。
「エスプレッソさん」
「何?」
「見つけられて、よかったです」
エスプレッソさんは、少しだけ視線を逸らしました。
「私も」
「本当ですか?」
「見つからなかったら、もう少し分かりやすい場所へ移動する予定だった」
「やっぱり、見つけてほしかったんですね」
「次の授業に遅れる」
答えずに歩き出しました。
ですが、否定もしませんでした。
私はその隣へ並びます。
二人で校舎へ戻る間。
エスプレッソさんは、いつものように静かでした。
けれど、昨日までとは違います。
同じ学校の、すぐ近くにいた人だと知っています。
シュトレンさんは軽音同好会の体験。
フィナンシェさんは、注文していた本を受け取りに行っていました。
プラリネさんも、お店から届いた連絡を確認するため、少し遅れて教室へ戻るそうです。
珍しく、一人の昼休みです。
私は昨日いただいたミルクパンの袋を持ち、校舎の外へ出ました。
食堂や中庭は人が多かったので、図書棟の裏へ向かいます。
つきみ先輩の地図には載っていない場所ですが、細い遊歩道と小さなベンチがありました。
木が多く、校舎からは少し見えづらい場所です。
「ここなら、静かですね」
ベンチへ向かおうとした時。
先に座っている生徒がいることに気づきました。
黒いパーカー。
黒いスカート。
暗い色のタイツ。
長い黒髪をまとめ、片手でDPo-Xを操作しています。
こちらへ背を向けているため、顔はよく見えません。
私は少し離れたベンチへ座ろうとしました。
その瞬間、強い風が吹きます。
手に持っていた紙袋の口が開き、軽い包装紙が飛び出しそうになりました。
「そこ、風が抜ける」
静かな声がしました。
黒いパーカーの生徒が、こちらを見ないまま言います。
「木の反対側の方がいい」
「ありがとうございます」
紙袋を押さえながら、教えていただいた場所へ移動しました。
風は少し弱くなります。
「本当ですね」
返事はありません。
生徒は、またDPo-Xへ視線を戻しています。
聞き覚えのある声でした。
大きくないのに、なぜかはっきり聞こえる声。
周囲を確かめる時、顔をほとんど動かさず、目だけで見る癖。
DPo-Xを閉じる時、右上を二度続けて触る動き。
私は、その姿をしばらく見つめました。
まさか。
でも。
「……エスプレッソさん?」
黒いパーカーの生徒の指が止まりました。
ゆっくりと顔を上げ、こちらを見ます。
黒い髪。
静かな瞳。
FoFやギルドハウスで見ている姿とは違います。
それでも、間違いありません。
「見つかった」
「やっぱり、エスプレッソさんなんですね」
「そう」
「同じ学校だったんですか?」
「通っている」
あまりにも普通に答えられました。
私は紙袋を持ったまま、しばらく言葉を失います。
「どうして、教えてくださらなかったんですか?」
「聞かれなかったから」
「それは……そうですけど」
ギルドハウスで、学校の話を詳しくすることはほとんどありません。
エスプレッソさんは自分のことを積極的に話す方でもありません。
私も、どこの学校へ通っているのか尋ねたことはありませんでした。
「エスプレッソさんは、私が入学したことを知っていたんですよね?」
「知っていた」
「では、どこかで声をかけてくださってもよかったのでは?」
「いつも誰かといた」
「シュトレンさんやフィナンシェさんですか?」
「ほかにも。」
「確かに、一人でいることは少なかったかもしれません」
エスプレッソさんは、静かな場所を好みます。
突然大勢の中へ入るのは、難しかったのでしょう。
「それに」
エスプレッソさんが続けます。
「見つかるか、少し試していた」
「試していたんですか?」
「探偵を見つけられるか」
「それなら、もっと分かりやすいところにいてください」
「分かりやすかったら、試験にならない」
少しだけ、楽しんでいるように聞こえました。
「いつから気づいていたんですか?」
私が尋ねると、エスプレッソさんは少し考えました。
「入学式」
「最初からではありませんか」
「花で分かった」
髪の花飾りへ触れます。
みた先輩からいただいたもの。
エスプレッソさんも、よく知っています。
「模擬戦も見ていたんですか?」
「決勝は見た」
「声をかけてくださらなかったですよね」
「人が多かった」
「それは分かりますけど……」
「一位、おめでとう」
唐突に言われ、言葉が止まりました。
「今、言うんですか?」
「まだ言っていなかったから」
「ありがとうございます」
少し遅い気もしますが。
エスプレッソさんらしいとも思いました。
私は紙袋を開き、二つ入っていたミルクパンの一つを取り出します。
「よろしければ、食べますか?」
エスプレッソさんがパンを見ました。
「毒は?」
「以前も同じことを聞きましたよね」
「確認」
「入っていません。クラスメイトの実家のパン屋さんからいただいたものです」
「クラスメイト」
「プラリネさんです。昨日、ミントちゃんとマキアートさんにも会って――」
「情報が増えた」
「最近、いろいろな方とお話しする機会が増えました」
「楽しそう」
「はい。楽しいです」
迷わず答えると、エスプレッソさんは少しだけ目を細めました。
パンを受け取り、包装を開きます。
私も隣のベンチへ座りました。
完全に隣ではなく、一人分だけ間を空けます。
エスプレッソさんには、それくらいがちょうどいい気がしました。
二人でミルクパンを食べます。
柔らかくて、ほんのり甘いパンです。
「おいしい」
「プラリネさんに伝えておきます」
「直接ではなく?」
「お会いしてみますか?」
「……大人数?」
「まずはプラリネさん一人なら」
エスプレッソさんは少し考えました。
「それなら、たぶん」
「では、今度」
「すぐに予定を決める」
「フィナンシェさんの影響かもしれません」
「良い影響?」
「たぶん」
エスプレッソさんが小さく笑いました。
本当にわずかな変化です。
ですが、見逃しませんでした。
「学校で見かけたら、これからは声をかけてもいいですか?」
「小さくなら」
「エスプレッソさん、と?」
「それは少し目立つ」
「では、どう呼べばいいでしょう」
「近くまで来てから、そのまま」
「分かりました」
昼休みの終了を知らせる予鈴が、遠くから聞こえます。
私たちは立ち上がりました。
「エスプレッソさん」
「何?」
「見つけられて、よかったです」
エスプレッソさんは、少しだけ視線を逸らしました。
「私も」
「本当ですか?」
「見つからなかったら、もう少し分かりやすい場所へ移動する予定だった」
「やっぱり、見つけてほしかったんですね」
「次の授業に遅れる」
答えずに歩き出しました。
ですが、否定もしませんでした。
私はその隣へ並びます。
二人で校舎へ戻る間。
エスプレッソさんは、いつものように静かでした。
けれど、昨日までとは違います。
同じ学校の、すぐ近くにいた人だと知っています。
夜の配達路
その日の夜。
FoFへログインすると、ギルドハウスの入口近くにエスプレッソさんがいました。
学校で見た黒いパーカーではありません。
見慣れた、暗い色の装備。
静かに立っているだけで、周囲へ溶け込んでいます。
「こんばんは、エスプレッソさん」
「こんばんは」
「今日は学校でも会いましたね」
「ここで大きく言わなくていい」
「誰にも聞かれていませんよ」
ギルドハウスでは、学校のことを詳しく話しすぎないようにしています。
私も声を少し落としました。
「エスプレッソさんが同じ学校だということは、みなさんにはお話ししません」
「別に隠してはいない」
「でも、大勢に知られると困りますよね?」
「少し困る」
「では、今は秘密にします」
「探偵の秘密」
「少し格好よく言わないでください」
エスプレッソさんの手には、一枚の依頼書がありました。
「何か依頼ですか?」
「町外れのパン工房から」
「今日はパンに縁がありますね」
「配送用の小麦袋が、街道で三つ消えた」
「盗難でしょうか」
「調査する」
「私も行っていいですか?」
「学校で見つけた報酬?」
「報酬をいただくのは、私の方では?」
「では、同行報酬」
よく分からない言い方ですが、断られてはいないようです。
私は刀と回復薬を準備し、エスプレッソさんと町の外へ出ました。
依頼を出したパン工房は、街道沿いにある小さな建物です。
店主から話を聞くと、荷車で小麦を運んでいる途中、荷台が軽くなっていることに気づいたそうです。
袋が落ちた音も。
誰かが近づいた姿も見ていません。
「道に痕跡は残っていますか?」
私が尋ねると、エスプレッソさんはすでに街道へしゃがみ込んでいました。
「粉」
指先で、地面を示します。
月明かりの下。
石と土の間に、白い粉がわずかに続いていました。
「小麦粉ですね」
「袋に穴が開いている」
白い跡を追っていきます。
途中から街道を外れ、草むらへ。
さらに進むと、小さな足跡が増えていました。
人ではありません。
四本足の、小型モンスターです。
「盗まれたというより、運ばれたようですね」
「三つ同時は難しい」
「何匹かいるのでしょうか」
草の向こうから、袋を引きずる音が聞こえました。
覗き込むと、ラット系の小型モンスターが数匹、小麦袋の周囲へ集まっています。
袋を食べているというより、巣へ運ぼうとしているようでした。
「倒す?」
エスプレッソさんが短く聞きます。
「袋を取り戻す必要がありますから」
「右を任せる」
「はい」
私は刀を抜きました。
一匹目がこちらへ飛びかかります。
横へ避け、刀を振り下ろしました。
小さな光が弾けます。
背後から二匹目。
振り返るより早く、黒い刃が飛びました。
エスプレッソさんの攻撃が足元へ刺さり、動きを止めます。
「ありがとうございます」
「前」
「はい!」
残っていた一匹が、小麦袋の陰から飛び出しました。
踏み込み。
一閃。
すぐに戦闘は終わりました。
大きな敵でも。
難しい仕掛けでもありません。
けれど、二人で動く感覚は、以前と変わらず噛み合っていました。
「袋は?」
エスプレッソさんが調べます。
一つ目は無事。
二つ目は少し破れています。
三つ目は、外側をかなりかじられていました。
「全部持って帰れますか?」
「運搬アイテムを使う」
エスプレッソさんが小さな荷台を呼び出します。
二人で袋を乗せ、街道へ戻りました。
「エスプレッソさん」
「何?」
「学校では、ずっと一人で過ごしているんですか?」
「ずっとではない」
「お友達は?」
「いる」
「少し安心しました」
「心配していた?」
「はい。学校でも一人で静かにしているのかと思って」
「一人も好き。誰かといるのも、相手による」
「私は?」
エスプレッソさんが、こちらを見ました。
「今、聞く?」
「気になったので」
「一緒に依頼へ来ている」
「それが答えですか?」
「十分」
少しだけ嬉しくなりました。
「では、学校でも時々ご一緒してください」
「静かな場所なら」
「プラリネさんのパンもあります」
「それは重要」
「パンにつられましたね」
「調査対象」
「何を調査するんですか?」
「パンの味」
エスプレッソさんは真面目な顔で答えました。
以前、スフレさんのクッキーを食べた時にも似たことを言っていました。
食べ物のことになると、少しだけ分かりやすくなるようです。
工房へ小麦袋を返すと、店主からお礼として焼きたてのパンを二ついただきました。
昼にもパンを食べ。
放課後にもパン屋へ行き。
夜の依頼でもパンを受け取る。
「本当に、今日はパンの日ですね」
「パンの日」
エスプレッソさんが繰り返します。
二人で歩きながら、受け取ったパンを一つずつ食べました。
ギルドハウスへ戻る途中。
DPo-Xから、学校の通知が届きます。
<次回デュエル授業>
<Aグループ:一対一応用・指導ペア訓練>
<指導ペア:みたらしっぽ/チョコチップ>
「次は、みた先輩との訓練です」
「知っている」
「どうして?」
「授業予定を見た」
「エスプレッソさんも参加するんですか?」
「別の時間」
「では、見に来ますか?」
エスプレッソさんは少し考えました。
「静かな場所から」
「また、気づかれないようにですか?」
「今度は気づく?」
「気づきます」
「自信がある」
「今日、一度見つけましたから」
「次は難しくする」
「難しくしないでください」
エスプレッソさんが、ほんの少しだけ笑いました。
FoFへログインすると、ギルドハウスの入口近くにエスプレッソさんがいました。
学校で見た黒いパーカーではありません。
見慣れた、暗い色の装備。
静かに立っているだけで、周囲へ溶け込んでいます。
「こんばんは、エスプレッソさん」
「こんばんは」
「今日は学校でも会いましたね」
「ここで大きく言わなくていい」
「誰にも聞かれていませんよ」
ギルドハウスでは、学校のことを詳しく話しすぎないようにしています。
私も声を少し落としました。
「エスプレッソさんが同じ学校だということは、みなさんにはお話ししません」
「別に隠してはいない」
「でも、大勢に知られると困りますよね?」
「少し困る」
「では、今は秘密にします」
「探偵の秘密」
「少し格好よく言わないでください」
エスプレッソさんの手には、一枚の依頼書がありました。
「何か依頼ですか?」
「町外れのパン工房から」
「今日はパンに縁がありますね」
「配送用の小麦袋が、街道で三つ消えた」
「盗難でしょうか」
「調査する」
「私も行っていいですか?」
「学校で見つけた報酬?」
「報酬をいただくのは、私の方では?」
「では、同行報酬」
よく分からない言い方ですが、断られてはいないようです。
私は刀と回復薬を準備し、エスプレッソさんと町の外へ出ました。
依頼を出したパン工房は、街道沿いにある小さな建物です。
店主から話を聞くと、荷車で小麦を運んでいる途中、荷台が軽くなっていることに気づいたそうです。
袋が落ちた音も。
誰かが近づいた姿も見ていません。
「道に痕跡は残っていますか?」
私が尋ねると、エスプレッソさんはすでに街道へしゃがみ込んでいました。
「粉」
指先で、地面を示します。
月明かりの下。
石と土の間に、白い粉がわずかに続いていました。
「小麦粉ですね」
「袋に穴が開いている」
白い跡を追っていきます。
途中から街道を外れ、草むらへ。
さらに進むと、小さな足跡が増えていました。
人ではありません。
四本足の、小型モンスターです。
「盗まれたというより、運ばれたようですね」
「三つ同時は難しい」
「何匹かいるのでしょうか」
草の向こうから、袋を引きずる音が聞こえました。
覗き込むと、ラット系の小型モンスターが数匹、小麦袋の周囲へ集まっています。
袋を食べているというより、巣へ運ぼうとしているようでした。
「倒す?」
エスプレッソさんが短く聞きます。
「袋を取り戻す必要がありますから」
「右を任せる」
「はい」
私は刀を抜きました。
一匹目がこちらへ飛びかかります。
横へ避け、刀を振り下ろしました。
小さな光が弾けます。
背後から二匹目。
振り返るより早く、黒い刃が飛びました。
エスプレッソさんの攻撃が足元へ刺さり、動きを止めます。
「ありがとうございます」
「前」
「はい!」
残っていた一匹が、小麦袋の陰から飛び出しました。
踏み込み。
一閃。
すぐに戦闘は終わりました。
大きな敵でも。
難しい仕掛けでもありません。
けれど、二人で動く感覚は、以前と変わらず噛み合っていました。
「袋は?」
エスプレッソさんが調べます。
一つ目は無事。
二つ目は少し破れています。
三つ目は、外側をかなりかじられていました。
「全部持って帰れますか?」
「運搬アイテムを使う」
エスプレッソさんが小さな荷台を呼び出します。
二人で袋を乗せ、街道へ戻りました。
「エスプレッソさん」
「何?」
「学校では、ずっと一人で過ごしているんですか?」
「ずっとではない」
「お友達は?」
「いる」
「少し安心しました」
「心配していた?」
「はい。学校でも一人で静かにしているのかと思って」
「一人も好き。誰かといるのも、相手による」
「私は?」
エスプレッソさんが、こちらを見ました。
「今、聞く?」
「気になったので」
「一緒に依頼へ来ている」
「それが答えですか?」
「十分」
少しだけ嬉しくなりました。
「では、学校でも時々ご一緒してください」
「静かな場所なら」
「プラリネさんのパンもあります」
「それは重要」
「パンにつられましたね」
「調査対象」
「何を調査するんですか?」
「パンの味」
エスプレッソさんは真面目な顔で答えました。
以前、スフレさんのクッキーを食べた時にも似たことを言っていました。
食べ物のことになると、少しだけ分かりやすくなるようです。
工房へ小麦袋を返すと、店主からお礼として焼きたてのパンを二ついただきました。
昼にもパンを食べ。
放課後にもパン屋へ行き。
夜の依頼でもパンを受け取る。
「本当に、今日はパンの日ですね」
「パンの日」
エスプレッソさんが繰り返します。
二人で歩きながら、受け取ったパンを一つずつ食べました。
ギルドハウスへ戻る途中。
DPo-Xから、学校の通知が届きます。
<次回デュエル授業>
<Aグループ:一対一応用・指導ペア訓練>
<指導ペア:みたらしっぽ/チョコチップ>
「次は、みた先輩との訓練です」
「知っている」
「どうして?」
「授業予定を見た」
「エスプレッソさんも参加するんですか?」
「別の時間」
「では、見に来ますか?」
エスプレッソさんは少し考えました。
「静かな場所から」
「また、気づかれないようにですか?」
「今度は気づく?」
「気づきます」
「自信がある」
「今日、一度見つけましたから」
「次は難しくする」
「難しくしないでください」
エスプレッソさんが、ほんの少しだけ笑いました。
すぐそばにいた人たち
現実へ戻ると、ミントちゃんが居間で勉強をしていました。
端末の画面には、マキアートさんとの通話表示が残っています。
「おかえり、お姉ちゃん」
「ただいま戻りました」
「今日もパン食べてた?」
「どうして分かるんですか?」
「プラリネさんのお店の袋、机に置いてあったから」
「それに、FoFでもパンをいただきました」
「一日で何個食べたの?」
「数えないでください」
画面の向こうから、マキアートさんの声がしました。
『チョコ先輩、こんばんは』
「こんばんは、マキアートさん」
『今日のチーズパン、おいしかったです』
「プラリネさんにも伝えておきます」
ミントちゃんが椅子を少しずらし、私が座る場所を空けてくれます。
私は隣へ座りました。
「ミントちゃん」
「何?」
「今日、学校でエスプレッソさんを見つけました」
「エスプレッソさんって、FoFの?」
「はい。同じ高校へ通っていたそうです」
「知らなかったの?」
「知りませんでした」
『同じ学校にいて、今まで会わなかったんですか?』
マキアートさんが尋ねます。
「とても静かな方なので。人が少ない場所を選んでいたそうです」
「お姉ちゃん、最近急に知り合い増えたね」
ミントちゃんが言いました。
プラリネさん。
マキアートさん。
そして、同じ学校にいたエスプレッソさん。
考えてみると、誰かが突然現れたわけではありません。
プラリネさんは最初から同じ教室にいました。
マキアートさんは、ずっとミントちゃんの隣にいました。
エスプレッソさんも、同じ校舎の中にいました。
「増えたというより」
私は少し考えました。
「すぐ近くにいた方へ、ようやく気づけたのかもしれません」
「お姉ちゃんらしいね」
「そうでしょうか」
「うん。気づいたら、ちゃんと大事にするところ」
ミントちゃんが私の肩へ頭を寄せます。
私も、少しだけ寄りかかりました。
DPo-Xが振動します。
プラリネさんから、新しいパンの写真。
シュトレンさんから、次の授業についてのメッセージ。
フィナンシェさんから、Aグループの練習を見に行っていいかという質問。
そして。
エスプレッソさんから、短い一文。
<明日、図書棟の裏>
その下に、小さく続いています。
<パンがあれば>
私は思わず笑いました。
「どうしたの?」
ミントちゃんが聞きます。
「明日の昼食が決まりました」
「またパン?」
「はい」
学校へ入学したばかりの頃。
知っている人を見つけられるか、不安に思っていました。
けれど今は。
新しく出会った人も。
以前から知っていた人も。
自分のすぐそばにいることが分かります。
次の模擬戦授業では、みた先輩と組みます。
昼休みには、静かな場所でエスプレッソさんとパンを食べます。
教室へ戻れば、シュトレンさんとフィナンシェさんとプラリネさんがいます。
家へ帰れば、ミントちゃんがいて。
その隣には、マキアートさんとのいつもの通話があります。
気づけば。
私の高校生活は、入学した日の想像よりもずっとにぎやかになっていました。
端末の画面には、マキアートさんとの通話表示が残っています。
「おかえり、お姉ちゃん」
「ただいま戻りました」
「今日もパン食べてた?」
「どうして分かるんですか?」
「プラリネさんのお店の袋、机に置いてあったから」
「それに、FoFでもパンをいただきました」
「一日で何個食べたの?」
「数えないでください」
画面の向こうから、マキアートさんの声がしました。
『チョコ先輩、こんばんは』
「こんばんは、マキアートさん」
『今日のチーズパン、おいしかったです』
「プラリネさんにも伝えておきます」
ミントちゃんが椅子を少しずらし、私が座る場所を空けてくれます。
私は隣へ座りました。
「ミントちゃん」
「何?」
「今日、学校でエスプレッソさんを見つけました」
「エスプレッソさんって、FoFの?」
「はい。同じ高校へ通っていたそうです」
「知らなかったの?」
「知りませんでした」
『同じ学校にいて、今まで会わなかったんですか?』
マキアートさんが尋ねます。
「とても静かな方なので。人が少ない場所を選んでいたそうです」
「お姉ちゃん、最近急に知り合い増えたね」
ミントちゃんが言いました。
プラリネさん。
マキアートさん。
そして、同じ学校にいたエスプレッソさん。
考えてみると、誰かが突然現れたわけではありません。
プラリネさんは最初から同じ教室にいました。
マキアートさんは、ずっとミントちゃんの隣にいました。
エスプレッソさんも、同じ校舎の中にいました。
「増えたというより」
私は少し考えました。
「すぐ近くにいた方へ、ようやく気づけたのかもしれません」
「お姉ちゃんらしいね」
「そうでしょうか」
「うん。気づいたら、ちゃんと大事にするところ」
ミントちゃんが私の肩へ頭を寄せます。
私も、少しだけ寄りかかりました。
DPo-Xが振動します。
プラリネさんから、新しいパンの写真。
シュトレンさんから、次の授業についてのメッセージ。
フィナンシェさんから、Aグループの練習を見に行っていいかという質問。
そして。
エスプレッソさんから、短い一文。
<明日、図書棟の裏>
その下に、小さく続いています。
<パンがあれば>
私は思わず笑いました。
「どうしたの?」
ミントちゃんが聞きます。
「明日の昼食が決まりました」
「またパン?」
「はい」
学校へ入学したばかりの頃。
知っている人を見つけられるか、不安に思っていました。
けれど今は。
新しく出会った人も。
以前から知っていた人も。
自分のすぐそばにいることが分かります。
次の模擬戦授業では、みた先輩と組みます。
昼休みには、静かな場所でエスプレッソさんとパンを食べます。
教室へ戻れば、シュトレンさんとフィナンシェさんとプラリネさんがいます。
家へ帰れば、ミントちゃんがいて。
その隣には、マキアートさんとのいつもの通話があります。
気づけば。
私の高校生活は、入学した日の想像よりもずっとにぎやかになっていました。