だんのこまち@wiki
境界海域の守り手
最終更新:
Bot(ページ名リンク)
-
view
揃わない浮力
団ノ子のギルドハウス。
その一部へ新設された飛行船ドックに、低い駆動音が響いていた。
中央の組立架へ固定されているのは、飛行船の船体を想定した試験骨格。
前回浮かせた小型機関よりも遥かに大きく、長い金属骨格の各所へ浮揚魔石が取りつけられている。
スフレが操作台へ手を置いた。
「出力を上げるよ」
魔力が流れ込む。
一基目。
二基目。
続いて三基目の浮揚魔石が青白く輝き、重い試験骨格が組立架から離れた。
一センチ。
三センチ。
やがて、人の背丈ほどの高さまで浮かび上がる。
「浮揚出力は足りてる」
スフレは表示を追った。
「ここまでは予定どおり」
仮設操縦席に座るエイルが、制御桿を少し右へ倒した。
試験骨格の前方にある推進翼が動き、長い船体が緩やかに向きを変え始める。
その直後だった。
後部の浮揚魔石が、前部より僅かに遅れて出力を上げた。
船体が傾く。
左へ。
続いて反動で右へ。
固定索が強く張り、ドック全体へ金属音が響いた。
「出力を落としてくれ!」
エイルが制御桿を戻す。
スフレも、すぐに魔力供給を下げた。
だが、一度生まれた揺れは止まらなかった。
長い骨格が振り子のように左右へ動く。
ロウガンとシュガーシロップが組立架を押さえ、みたらしっぽも補助固定具を作動させる。
「停止まで三秒!」
スフレの声。
一基ずつ浮揚魔石の光が消える。
試験骨格は大きく傾いたまま下降し、固定架へ重い音を立てて戻った。
しばらく、誰も動かなかった。
やがてエイルが操縦席から立ち上がる。
「浮くには浮く。けど、これじゃ風を受けた瞬間に横転するな」
スフレは、各魔石の出力記録を並べた。
「全部同じ設定にしてるのに、船体の傾きへ反応する時間が揃わない」
「機械的に連動させることは?」
みたらしっぽが尋ねる。
「軸と制御装置を増やせばできる。でも、その分だけ重くなる」
スフレは船体図へ新しい部品を追加した。
浮揚魔石同士をつなぐ回転軸。
傾きを測る振り子。
出力を補正する魔石制御器。
追加するたび、計算上の総重量が増えていく。
飛行船を浮かせるために機構を増やし、その機構を浮かせるために、さらに大きな浮揚機関が必要になる。
何度計算しても、同じところへ戻ってきた。
「一基ずつ制御するのではなく、全部が同じ魔術として動けばいいのよ」
ドックの入口から、アイリスの声がした。
手には何冊かの魔術書を抱えている。
スフレが振り返る。
「魔術で同期させる?」
「通常のクラススキルでは無理でしょうね」
アイリスは試験骨格の下へ入り、浮揚魔石を見上げた。
「メイジやソーサラーの魔術は、基本的に術者を中心として発動するものよ。術者が詠唱を止めれば消えるし、クラスを変えれば使えなくなる。飛行船の機関へ永続的に組み込むには向いていないわ」
「では、別の魔術があるんですか?」
ルカが尋ねる。
アイリスは抱えていた本の一冊を、作業台へ置いた。
表紙には、見慣れない術式が刻まれている。
「クラス外魔術よ」
みたらしっぽも、その言葉は聞いたことがあった。
だが、実際に使った経験はない。
「プレイヤーが選べる戦闘クラスでは習得できない魔術。遺跡から発見された術式や、プレイヤー自身が開発した詠唱方法を、巻物や書物へ直接記録したもの」
アイリスがページを開く。
文章。
魔力の流し方。
指の動き。
詠唱の音程。
呼吸の間隔まで記されている。
「スキル欄へ登録されるわけではないから、システムによる詠唱補助もない。記述どおりに魔力を組み、正しく発音して、初めて発動する」
「クラスに関係なく使える?」
「条件を満たせばね。ただし、間違った書物もあるし、未完成の術式も流通しているわ。便利な裏技ではないわよ」
スフレは、本に記された複雑な術式を見つめた。
「これなら、浮揚魔石全部へ同じ命令を流せるかもしれない」
「船体全体を一つの術式として扱える魔術が見つかれば、機械だけで姿勢を保つ必要はなくなる」
アイリスはレシスヴェルディア海域の地図を開いた。
海域の中央。
海上に浮かぶ都市が表示される。
<海上魔術都市アズールステラ>
「クラス外魔術の研究と開発が最も進んでいる場所の一つよ。魔術学院クラレント・ポラリスと、アーカイブ本部。世界中から発見された魔術書も集まっている」
みたらしっぽは、ターブルロンドからアズールステラまでの航路を表示した。
「行って探そう」
スフレが顔を上げる。
「すぐに?」
「ここで同じ機構を作り直すより、一度情報を探した方がいい」
「船を造るために、船で出かけるのね」
アイリスは地図を見ながら言った。
みたらしっぽは航路上にある港を確認する。
「今ある飛行船は使えないからね」
目的は、機関へ応用できるクラス外魔術の調査。
みたらしっぽ、スフレ、アイリス、エイル、ガトーショコラ、ルカ、ロウガン。
七人でアズールステラへ向かうことになった。
その一部へ新設された飛行船ドックに、低い駆動音が響いていた。
中央の組立架へ固定されているのは、飛行船の船体を想定した試験骨格。
前回浮かせた小型機関よりも遥かに大きく、長い金属骨格の各所へ浮揚魔石が取りつけられている。
スフレが操作台へ手を置いた。
「出力を上げるよ」
魔力が流れ込む。
一基目。
二基目。
続いて三基目の浮揚魔石が青白く輝き、重い試験骨格が組立架から離れた。
一センチ。
三センチ。
やがて、人の背丈ほどの高さまで浮かび上がる。
「浮揚出力は足りてる」
スフレは表示を追った。
「ここまでは予定どおり」
仮設操縦席に座るエイルが、制御桿を少し右へ倒した。
試験骨格の前方にある推進翼が動き、長い船体が緩やかに向きを変え始める。
その直後だった。
後部の浮揚魔石が、前部より僅かに遅れて出力を上げた。
船体が傾く。
左へ。
続いて反動で右へ。
固定索が強く張り、ドック全体へ金属音が響いた。
「出力を落としてくれ!」
エイルが制御桿を戻す。
スフレも、すぐに魔力供給を下げた。
だが、一度生まれた揺れは止まらなかった。
長い骨格が振り子のように左右へ動く。
ロウガンとシュガーシロップが組立架を押さえ、みたらしっぽも補助固定具を作動させる。
「停止まで三秒!」
スフレの声。
一基ずつ浮揚魔石の光が消える。
試験骨格は大きく傾いたまま下降し、固定架へ重い音を立てて戻った。
しばらく、誰も動かなかった。
やがてエイルが操縦席から立ち上がる。
「浮くには浮く。けど、これじゃ風を受けた瞬間に横転するな」
スフレは、各魔石の出力記録を並べた。
「全部同じ設定にしてるのに、船体の傾きへ反応する時間が揃わない」
「機械的に連動させることは?」
みたらしっぽが尋ねる。
「軸と制御装置を増やせばできる。でも、その分だけ重くなる」
スフレは船体図へ新しい部品を追加した。
浮揚魔石同士をつなぐ回転軸。
傾きを測る振り子。
出力を補正する魔石制御器。
追加するたび、計算上の総重量が増えていく。
飛行船を浮かせるために機構を増やし、その機構を浮かせるために、さらに大きな浮揚機関が必要になる。
何度計算しても、同じところへ戻ってきた。
「一基ずつ制御するのではなく、全部が同じ魔術として動けばいいのよ」
ドックの入口から、アイリスの声がした。
手には何冊かの魔術書を抱えている。
スフレが振り返る。
「魔術で同期させる?」
「通常のクラススキルでは無理でしょうね」
アイリスは試験骨格の下へ入り、浮揚魔石を見上げた。
「メイジやソーサラーの魔術は、基本的に術者を中心として発動するものよ。術者が詠唱を止めれば消えるし、クラスを変えれば使えなくなる。飛行船の機関へ永続的に組み込むには向いていないわ」
「では、別の魔術があるんですか?」
ルカが尋ねる。
アイリスは抱えていた本の一冊を、作業台へ置いた。
表紙には、見慣れない術式が刻まれている。
「クラス外魔術よ」
みたらしっぽも、その言葉は聞いたことがあった。
だが、実際に使った経験はない。
「プレイヤーが選べる戦闘クラスでは習得できない魔術。遺跡から発見された術式や、プレイヤー自身が開発した詠唱方法を、巻物や書物へ直接記録したもの」
アイリスがページを開く。
文章。
魔力の流し方。
指の動き。
詠唱の音程。
呼吸の間隔まで記されている。
「スキル欄へ登録されるわけではないから、システムによる詠唱補助もない。記述どおりに魔力を組み、正しく発音して、初めて発動する」
「クラスに関係なく使える?」
「条件を満たせばね。ただし、間違った書物もあるし、未完成の術式も流通しているわ。便利な裏技ではないわよ」
スフレは、本に記された複雑な術式を見つめた。
「これなら、浮揚魔石全部へ同じ命令を流せるかもしれない」
「船体全体を一つの術式として扱える魔術が見つかれば、機械だけで姿勢を保つ必要はなくなる」
アイリスはレシスヴェルディア海域の地図を開いた。
海域の中央。
海上に浮かぶ都市が表示される。
<海上魔術都市アズールステラ>
「クラス外魔術の研究と開発が最も進んでいる場所の一つよ。魔術学院クラレント・ポラリスと、アーカイブ本部。世界中から発見された魔術書も集まっている」
みたらしっぽは、ターブルロンドからアズールステラまでの航路を表示した。
「行って探そう」
スフレが顔を上げる。
「すぐに?」
「ここで同じ機構を作り直すより、一度情報を探した方がいい」
「船を造るために、船で出かけるのね」
アイリスは地図を見ながら言った。
みたらしっぽは航路上にある港を確認する。
「今ある飛行船は使えないからね」
目的は、機関へ応用できるクラス外魔術の調査。
みたらしっぽ、スフレ、アイリス、エイル、ガトーショコラ、ルカ、ロウガン。
七人でアズールステラへ向かうことになった。
一番安い航路
ターブルロンドから南部港へ移動し、七人は船の手配所を訪れた。
アズールステラへ向かう正規定期船は、海域の魔術潮流に対応した大型船だった。
護衛船つき。
領海認証済み。
途中に存在する海洋都市の安全航路を通る。
その分、料金も高い。
表示された七人分の価格を見て、みたらしっぽの手が止まった。
「往復で、この金額?」
アイリスが言う。
「安全料も含まれているのよ」
「この金額があれば、浮揚魔石をもう一基買える」
みたらしっぽは、隣に表示されている貸し船一覧へ視線を移した。
古い小型魔導帆船。
船名は《シーグラス号》。
定期船の三分の一ほどの価格で借りられる。
船体は小さいが、七人なら十分に乗れる。
エイルが船の情報を開いた。
「船齢は長いが、船体と帆はまだ使える。操舵補助も入ってる」
「問題は?」
「航路演算器が二世代前だな。最新の魔術潮流までは自動補正しねえ」
エイルは航海記録を確認する。
「でも、俺が手動で見るなら走れる。天候が荒れなければ問題ねえと思う」
みたらしっぽは、正規定期船とシーグラス号を見比べた。
「こっちにしよう」
アイリスの視線が向く。
「本当に?」
「エイルが操縦できる。浮いた分の費用は、調査書や巻物の購入へ回したい」
少しの沈黙。
やがてアイリスは、小型船の利用契約を開いた。
「わかったわ。ただし、航路はエイルの判断を優先して。予定より時間がかかっても、近道はしないこと」
「うん」
みたらしっぽが契約を確定する。
<小型魔導帆船《シーグラス号》>
<短期貸出手続きが完了しました>
港の一番端で待っていたシーグラス号は、情報画面で見るより年季が入っていた。
船体の塗装は何度も塗り直されている。
帆にも補修跡があった。
それでも甲板は整備され、魔導機関も安定した音を立てている。
エイルは船へ乗ると、操舵輪や出力装置を一つずつ確認した。
「癖はありそうだが、悪い船じゃねえな」
スフレも機関室へ入り、古い駆動装置を興味深そうに見ている。
「この船、推進魔石を帆の付け根へ直接つないでる」
「加速はいい。その代わり、急に曲がると船尾が遅れる」
エイルは操舵室の窓を開けた。
海から吹き込んだ風が、額のゴーグルを揺らす。
「その辺りは俺が見る。出るぞ」
係留索が外される。
シーグラス号は港を離れ、レシスヴェルディア海域へ向かって進み始めた。
アズールステラへ向かう正規定期船は、海域の魔術潮流に対応した大型船だった。
護衛船つき。
領海認証済み。
途中に存在する海洋都市の安全航路を通る。
その分、料金も高い。
表示された七人分の価格を見て、みたらしっぽの手が止まった。
「往復で、この金額?」
アイリスが言う。
「安全料も含まれているのよ」
「この金額があれば、浮揚魔石をもう一基買える」
みたらしっぽは、隣に表示されている貸し船一覧へ視線を移した。
古い小型魔導帆船。
船名は《シーグラス号》。
定期船の三分の一ほどの価格で借りられる。
船体は小さいが、七人なら十分に乗れる。
エイルが船の情報を開いた。
「船齢は長いが、船体と帆はまだ使える。操舵補助も入ってる」
「問題は?」
「航路演算器が二世代前だな。最新の魔術潮流までは自動補正しねえ」
エイルは航海記録を確認する。
「でも、俺が手動で見るなら走れる。天候が荒れなければ問題ねえと思う」
みたらしっぽは、正規定期船とシーグラス号を見比べた。
「こっちにしよう」
アイリスの視線が向く。
「本当に?」
「エイルが操縦できる。浮いた分の費用は、調査書や巻物の購入へ回したい」
少しの沈黙。
やがてアイリスは、小型船の利用契約を開いた。
「わかったわ。ただし、航路はエイルの判断を優先して。予定より時間がかかっても、近道はしないこと」
「うん」
みたらしっぽが契約を確定する。
<小型魔導帆船《シーグラス号》>
<短期貸出手続きが完了しました>
港の一番端で待っていたシーグラス号は、情報画面で見るより年季が入っていた。
船体の塗装は何度も塗り直されている。
帆にも補修跡があった。
それでも甲板は整備され、魔導機関も安定した音を立てている。
エイルは船へ乗ると、操舵輪や出力装置を一つずつ確認した。
「癖はありそうだが、悪い船じゃねえな」
スフレも機関室へ入り、古い駆動装置を興味深そうに見ている。
「この船、推進魔石を帆の付け根へ直接つないでる」
「加速はいい。その代わり、急に曲がると船尾が遅れる」
エイルは操舵室の窓を開けた。
海から吹き込んだ風が、額のゴーグルを揺らす。
「その辺りは俺が見る。出るぞ」
係留索が外される。
シーグラス号は港を離れ、レシスヴェルディア海域へ向かって進み始めた。
古い海図
航海の前半は穏やかだった。
青い海。
低い波。
遠くを進む商船。
正規定期船より小さなシーグラス号は、波へ乗るたび軽く上下する。
エイルは操舵輪を握りながら、時折デッキへ出て風を確かめていた。
スフレは機関室と甲板を行き来し、船の構造を眺めている。
「この船の浮力制御、飛行船にも使えそう?」
みたらしっぽが尋ねる。
「海へ浮く仕組みと空へ浮く仕組みは違うけど、船体の傾きを推進翼へ伝えるところは参考になる」
スフレは古い連結軸へ手を触れた。
「ただ、これも機械だけで補正してる。大きな船になるほど部品が増えるのは同じ」
甲板の後方では、アイリスとルカがアズールステラで探す魔術を整理していた。
船体の重量配分を均一にする術式。
複数の魔石へ同時に命令を送る術式。
風圧を船体の周囲へ流す防護術。
機械へ魔術を定着させる技法。
「すべて揃うとは思わない方がいいわ」
アイリスが言う。
「一つでも機関へ応用できるものがあれば十分よ」
ガトーショコラは船首に座り、専用スコープで水平線を眺めていた。
敵を探しているわけではない。
遠くに見える船や海鳥。
海面の色の変化を、静かに追っている。
航海は順調に進んでいるように見えた。
だが、午後を過ぎた頃。
エイルが操舵室から空を見上げた。
続いて、海図。
風向計。
もう一度、太陽の位置を見る。
「おかしいな」
みたらしっぽが操舵室へ入る。
「何が?」
「風は東へ流れてるのに、船は北へ引かれてる」
海図上では、シーグラス号はアズールステラへ続く東向きの航路にいる。
だが、実際の海面には、北西へ向かう魔術潮流が生まれていた。
航路演算器は、変化を認識していない。
「補正できる?」
「やってる。だが、こいつの表示が遅い」
エイルは自動操舵を切り、操舵輪を大きく回した。
シーグラス号の船首が東へ向く。
しかし船尾は潮流へ引かれ、船全体が斜めになったまま流されていく。
スフレが機関出力を確認する。
「右側の推進魔石を上げる」
「頼む!」
出力が上がる。
一度は東へ戻りかけた。
その直後、海面へ青い霧が広がった。
遠くにあった船影が見えなくなる。
海図上の位置表示も、不規則に明滅した。
アイリスが周囲の魔力を確かめる。
「自然の霧ではないわ。領海を隠す境界魔術が混ざっている」
「領海?」
みたらしっぽが海図を拡大する。
現在の航路から北西。
レシスヴェルディア海域でも最大級とされる海洋都市がある。
<海洋巨大都市マレグランディア>
複数の人工島と海上城壁を持ち、都市全体が巨大な環状構造になっている。
その周囲には、許可船だけが通れる海路が設定されていた。
エイルは、シーグラス号に搭載された古い海図を開く。
「境界線が違う」
最新地図と重ねる。
古い海図では、都市の領海は現在よりも狭い。
数年前に外側の海上区画が増設され、警戒領域が大きく広がっていた。
シーグラス号の航路演算器は、古い境界線を基準に進んでいる。
「俺も、海図そのものが古いところまで見てなかった」
エイルは操舵輪をさらに切った。
「まだ完全には入ってねえ。南へ抜けるぞ」
霧の向こう。
巨大な影が浮かび上がった。
海から直接伸びる白い城壁。
何層にも重なる塔。
塔と塔をつなぐ長い橋。
都市の中心には、空を貫くほど高い青色の尖塔が見える。
海洋巨大都市マレグランディア。
近づくつもりのなかった巨大都市が、すぐ先まで迫っていた。
青い海。
低い波。
遠くを進む商船。
正規定期船より小さなシーグラス号は、波へ乗るたび軽く上下する。
エイルは操舵輪を握りながら、時折デッキへ出て風を確かめていた。
スフレは機関室と甲板を行き来し、船の構造を眺めている。
「この船の浮力制御、飛行船にも使えそう?」
みたらしっぽが尋ねる。
「海へ浮く仕組みと空へ浮く仕組みは違うけど、船体の傾きを推進翼へ伝えるところは参考になる」
スフレは古い連結軸へ手を触れた。
「ただ、これも機械だけで補正してる。大きな船になるほど部品が増えるのは同じ」
甲板の後方では、アイリスとルカがアズールステラで探す魔術を整理していた。
船体の重量配分を均一にする術式。
複数の魔石へ同時に命令を送る術式。
風圧を船体の周囲へ流す防護術。
機械へ魔術を定着させる技法。
「すべて揃うとは思わない方がいいわ」
アイリスが言う。
「一つでも機関へ応用できるものがあれば十分よ」
ガトーショコラは船首に座り、専用スコープで水平線を眺めていた。
敵を探しているわけではない。
遠くに見える船や海鳥。
海面の色の変化を、静かに追っている。
航海は順調に進んでいるように見えた。
だが、午後を過ぎた頃。
エイルが操舵室から空を見上げた。
続いて、海図。
風向計。
もう一度、太陽の位置を見る。
「おかしいな」
みたらしっぽが操舵室へ入る。
「何が?」
「風は東へ流れてるのに、船は北へ引かれてる」
海図上では、シーグラス号はアズールステラへ続く東向きの航路にいる。
だが、実際の海面には、北西へ向かう魔術潮流が生まれていた。
航路演算器は、変化を認識していない。
「補正できる?」
「やってる。だが、こいつの表示が遅い」
エイルは自動操舵を切り、操舵輪を大きく回した。
シーグラス号の船首が東へ向く。
しかし船尾は潮流へ引かれ、船全体が斜めになったまま流されていく。
スフレが機関出力を確認する。
「右側の推進魔石を上げる」
「頼む!」
出力が上がる。
一度は東へ戻りかけた。
その直後、海面へ青い霧が広がった。
遠くにあった船影が見えなくなる。
海図上の位置表示も、不規則に明滅した。
アイリスが周囲の魔力を確かめる。
「自然の霧ではないわ。領海を隠す境界魔術が混ざっている」
「領海?」
みたらしっぽが海図を拡大する。
現在の航路から北西。
レシスヴェルディア海域でも最大級とされる海洋都市がある。
<海洋巨大都市マレグランディア>
複数の人工島と海上城壁を持ち、都市全体が巨大な環状構造になっている。
その周囲には、許可船だけが通れる海路が設定されていた。
エイルは、シーグラス号に搭載された古い海図を開く。
「境界線が違う」
最新地図と重ねる。
古い海図では、都市の領海は現在よりも狭い。
数年前に外側の海上区画が増設され、警戒領域が大きく広がっていた。
シーグラス号の航路演算器は、古い境界線を基準に進んでいる。
「俺も、海図そのものが古いところまで見てなかった」
エイルは操舵輪をさらに切った。
「まだ完全には入ってねえ。南へ抜けるぞ」
霧の向こう。
巨大な影が浮かび上がった。
海から直接伸びる白い城壁。
何層にも重なる塔。
塔と塔をつなぐ長い橋。
都市の中心には、空を貫くほど高い青色の尖塔が見える。
海洋巨大都市マレグランディア。
近づくつもりのなかった巨大都市が、すぐ先まで迫っていた。
領海の守り手
霧の中へ、低い鐘の音が響いた。
都市外縁に並ぶ白い石柱が、一斉に青く輝く。
シーグラス号の前へ警告が表示された。
<海洋巨大都市マレグランディア領海>
<未認証船舶を確認>
<直ちに領海外へ退去してください>
「退去してる途中なんだけどな!」
エイルは操舵輪を握ったまま、推進機関の出力を上げる。
船は南へ向きを変えた。
だが、魔術潮流が船体の横へ当たり、思うように速度が出ない。
警告音が二度目を告げる。
海鳥の声が消えた。
波も、一瞬だけ静かになった。
ガトーショコラが船首から空を見上げる。
「上にいる」
青い霧の向こう。
巨大な翼が広がった。
最初は、雲の一部に見えた。
白く鋭い羽根。
骨のように細長い翼の縁。
その内側には、深い海を透かしたような青緑色の膜が広がっている。
長い首。
鳥を思わせる鋭い頭部。
身体の下では、水そのものが尾となったように流れ落ちていた。
巨大な飛竜が霧を裂き、シーグラス号の上空へ現れる。
<領海の守り手 ラインタリス>
<大型・飛竜種>
<警告:討伐許可なし>
ラインタリスが口を開く。
咆哮。
空気だけでなく、海面そのものが震えた。
船の左右で水柱が立ち上がる。
シーグラス号が大きく持ち上げられ、甲板が傾いた。
「全員、何かにつかまれ!」
エイルの声。
ロウガンが組立柱へ大盾を押しつけ、船体の傾きに耐える。
アイリスの防護魔術が甲板全体へ広がり、投げ出されかけた者たちを青白い膜で包んだ。
みたらしっぽは操舵室の横へ駆け込む。
「倒す必要はない。領海を出るまで船を守る!」
「南東へ抜ける!」
エイルが海図を示す。
「この潮へ逆らうより、外側へ回った方が速い!」
ラインタリスが翼を振り下ろす。
翼の先から海水が引き上げられ、無数の水刃となって船へ飛来した。
アイリスの障壁へ次々と突き刺さる。
表面へ亀裂が広がった。
「長くは持たないわ!」
ルカが魔道書を開く。
甲板上に召喚陣が広がり、翼を持つ召喚獣がラインタリスへ向かって飛び立った。
攻撃のためではない。
上空を横切り、飛竜の視線を船から逸らす。
ラインタリスが首を巡らせる。
その隙に、エイルが船を南東へ向けた。
スフレは機関室へ駆け込み、推進魔石の出力を手動で揃える。
大きく傾くたび、古い連結軸が悲鳴のような音を立てていた。
「右の出力が落ちてる!」
「あと少し持たせてくれ!」
エイルの声が伝声管から届く。
みたらしっぽとロウガンは、船首側で緩み始めた帆索を押さえた。
ガトーショコラは揺れる甲板へ膝をつき、ラインタリスへ長銃を向ける。
討伐するための射撃ではない。
船へ向かって再び翼を広げた瞬間。
専用スコープが、巨大な飛竜の翼の付け根を捉えた。
「左翼、来る」
銃声。
弾丸が白い羽根の間へ入る。
ラインタリスの身体が僅かに傾き、水刃の軌道が船の左へ逸れた。
海面が大きく裂ける。
それでも、飛竜は止まらない。
今度は海へ急降下し、巨大な爪で水面を掴んだ。
翼を広げたまま上昇する。
引き上げられた海水が、壁のように盛り上がった。
「正面から来るぞ!」
エイルが叫ぶ。
シーグラス号の前方。
都市の城壁よりも高い波が、船へ向かって動き始める。
回避できる幅ではない。
みたらしっぽは海図を開いた。
領海の外へ出るには、まだ距離がある。
その途中。
南東に小さな島影があった。
地図には登録されていない。
岩礁と森を持つ、名もない島。
「あの島へ入れる?」
みたらしっぽが指す。
エイルは一瞬だけ確認した。
「港はねえ。南側に浅い入り江がある」
「船は?」
「無事には済まねえ」
迫る水壁。
機関の異音。
選べる時間は短かった。
「島へ向かおう」
みたらしっぽは決めた。
「領海から離れられれば、ラインタリスも追わないかもしれない」
エイルが操舵輪を右へ切る。
「全員、衝撃に備えろ! あの波へ乗る!」
「乗るの?」
アイリスが水壁を見上げる。
「正面から受けるよりはましだ!」
船首が島へ向く。
ロウガンが大盾を船首へ固定する。
その後ろへアイリスの障壁が重なった。
ルカの召喚獣が切れかけた帆索を掴み、風を受ける角度へ引く。
スフレは機関室から出力を最大まで上げた。
「推進魔石、限界まで三十秒!」
ラインタリスの咆哮。
巨大な波がシーグラス号を飲み込んだ。
青白い障壁へ海水が叩きつけられる。
視界のすべてが水へ変わる。
船体が大きく持ち上げられた。
固定索が切れる。
帆柱の一本が折れ、甲板へ倒れかける。
みたらしっぽとロウガンが支え、海へ落とす。
「島まで一直線だ!」
エイルは操舵輪から手を離さなかった。
船は波の斜面を滑り落ちる。
速度表示が限界を越える。
正面には岩礁。
その奥に、細い砂浜が見えた。
「左の岩を越えたら、すぐ右!」
ガトーショコラが航路を読む。
エイルが船首を合わせる。
右側の岩礁が、船腹を削った。
木材と青い粒子が弾ける。
さらに一度。
船底へ重い衝撃。
シーグラス号は浅瀬へ入り、そのまま砂浜へ乗り上げた。
船首が砂へ深く食い込み、船体が大きく傾く。
全員の身体が前へ投げ出された。
アイリスの障壁が最後に広がり、甲板への衝突を和らげる。
機関の音が止まった。
波の音だけが残った。
都市外縁に並ぶ白い石柱が、一斉に青く輝く。
シーグラス号の前へ警告が表示された。
<海洋巨大都市マレグランディア領海>
<未認証船舶を確認>
<直ちに領海外へ退去してください>
「退去してる途中なんだけどな!」
エイルは操舵輪を握ったまま、推進機関の出力を上げる。
船は南へ向きを変えた。
だが、魔術潮流が船体の横へ当たり、思うように速度が出ない。
警告音が二度目を告げる。
海鳥の声が消えた。
波も、一瞬だけ静かになった。
ガトーショコラが船首から空を見上げる。
「上にいる」
青い霧の向こう。
巨大な翼が広がった。
最初は、雲の一部に見えた。
白く鋭い羽根。
骨のように細長い翼の縁。
その内側には、深い海を透かしたような青緑色の膜が広がっている。
長い首。
鳥を思わせる鋭い頭部。
身体の下では、水そのものが尾となったように流れ落ちていた。
巨大な飛竜が霧を裂き、シーグラス号の上空へ現れる。
<領海の守り手 ラインタリス>
<大型・飛竜種>
<警告:討伐許可なし>
ラインタリスが口を開く。
咆哮。
空気だけでなく、海面そのものが震えた。
船の左右で水柱が立ち上がる。
シーグラス号が大きく持ち上げられ、甲板が傾いた。
「全員、何かにつかまれ!」
エイルの声。
ロウガンが組立柱へ大盾を押しつけ、船体の傾きに耐える。
アイリスの防護魔術が甲板全体へ広がり、投げ出されかけた者たちを青白い膜で包んだ。
みたらしっぽは操舵室の横へ駆け込む。
「倒す必要はない。領海を出るまで船を守る!」
「南東へ抜ける!」
エイルが海図を示す。
「この潮へ逆らうより、外側へ回った方が速い!」
ラインタリスが翼を振り下ろす。
翼の先から海水が引き上げられ、無数の水刃となって船へ飛来した。
アイリスの障壁へ次々と突き刺さる。
表面へ亀裂が広がった。
「長くは持たないわ!」
ルカが魔道書を開く。
甲板上に召喚陣が広がり、翼を持つ召喚獣がラインタリスへ向かって飛び立った。
攻撃のためではない。
上空を横切り、飛竜の視線を船から逸らす。
ラインタリスが首を巡らせる。
その隙に、エイルが船を南東へ向けた。
スフレは機関室へ駆け込み、推進魔石の出力を手動で揃える。
大きく傾くたび、古い連結軸が悲鳴のような音を立てていた。
「右の出力が落ちてる!」
「あと少し持たせてくれ!」
エイルの声が伝声管から届く。
みたらしっぽとロウガンは、船首側で緩み始めた帆索を押さえた。
ガトーショコラは揺れる甲板へ膝をつき、ラインタリスへ長銃を向ける。
討伐するための射撃ではない。
船へ向かって再び翼を広げた瞬間。
専用スコープが、巨大な飛竜の翼の付け根を捉えた。
「左翼、来る」
銃声。
弾丸が白い羽根の間へ入る。
ラインタリスの身体が僅かに傾き、水刃の軌道が船の左へ逸れた。
海面が大きく裂ける。
それでも、飛竜は止まらない。
今度は海へ急降下し、巨大な爪で水面を掴んだ。
翼を広げたまま上昇する。
引き上げられた海水が、壁のように盛り上がった。
「正面から来るぞ!」
エイルが叫ぶ。
シーグラス号の前方。
都市の城壁よりも高い波が、船へ向かって動き始める。
回避できる幅ではない。
みたらしっぽは海図を開いた。
領海の外へ出るには、まだ距離がある。
その途中。
南東に小さな島影があった。
地図には登録されていない。
岩礁と森を持つ、名もない島。
「あの島へ入れる?」
みたらしっぽが指す。
エイルは一瞬だけ確認した。
「港はねえ。南側に浅い入り江がある」
「船は?」
「無事には済まねえ」
迫る水壁。
機関の異音。
選べる時間は短かった。
「島へ向かおう」
みたらしっぽは決めた。
「領海から離れられれば、ラインタリスも追わないかもしれない」
エイルが操舵輪を右へ切る。
「全員、衝撃に備えろ! あの波へ乗る!」
「乗るの?」
アイリスが水壁を見上げる。
「正面から受けるよりはましだ!」
船首が島へ向く。
ロウガンが大盾を船首へ固定する。
その後ろへアイリスの障壁が重なった。
ルカの召喚獣が切れかけた帆索を掴み、風を受ける角度へ引く。
スフレは機関室から出力を最大まで上げた。
「推進魔石、限界まで三十秒!」
ラインタリスの咆哮。
巨大な波がシーグラス号を飲み込んだ。
青白い障壁へ海水が叩きつけられる。
視界のすべてが水へ変わる。
船体が大きく持ち上げられた。
固定索が切れる。
帆柱の一本が折れ、甲板へ倒れかける。
みたらしっぽとロウガンが支え、海へ落とす。
「島まで一直線だ!」
エイルは操舵輪から手を離さなかった。
船は波の斜面を滑り落ちる。
速度表示が限界を越える。
正面には岩礁。
その奥に、細い砂浜が見えた。
「左の岩を越えたら、すぐ右!」
ガトーショコラが航路を読む。
エイルが船首を合わせる。
右側の岩礁が、船腹を削った。
木材と青い粒子が弾ける。
さらに一度。
船底へ重い衝撃。
シーグラス号は浅瀬へ入り、そのまま砂浜へ乗り上げた。
船首が砂へ深く食い込み、船体が大きく傾く。
全員の身体が前へ投げ出された。
アイリスの障壁が最後に広がり、甲板への衝突を和らげる。
機関の音が止まった。
波の音だけが残った。
名もない島
最初に起き上がったみたらしっぽは、すぐに周囲を確認した。
「全員いる?」
返事が重なる。
大きな損傷を受けた者はいない。
アイリスが順番に回復魔術をかけ、HPと状態異常を確認する。
ロウガンは甲板から海を見た。
沖合。
ラインタリスが大きく旋回している。
だが、島へ近づいてくる様子はなかった。
白い石柱の光が届く境界線を越えたところで、飛竜は翼を返した。
一度だけ、低い咆哮を残す。
そのままマレグランディアの方角へ飛び去っていった。
「領海外へ出たから、追跡を止めたみたいね」
アイリスが杖を下ろす。
みたらしっぽは、遠ざかる巨大な影を見送った。
「倒す相手ではなかったんだ」
ただ領海へ近づく船を排除する。
その役割を果たしただけ。
問題は、シーグラス号だった。
船底は岩礁で裂けている。
帆柱は一本折れ、操舵機構へつながる魔石も砕けていた。
船体は砂浜へ深く乗り上げ、自力では海へ戻せない。
エイルは操舵室から壊れた航路演算器を持ち出した。
「こいつは、もう動かねえな」
スフレも機関室を調べる。
「推進魔石は一基残ってる。でも、船底を直さないと浮かべても水が入る」
アイリスが、みたらしっぽを見る。
「船代を節約した結果が、無人島ね」
みたらしっぽは壊れた帆柱と、砂へ刺さった船首を見た。
「ごめん。次からは正規便にする」
言い訳はしなかった。
エイルは航路演算器を砂の上へ置いた。
「安い船を選んだのはみたらしっぽだけど、海図の古さを見落としたのは俺だ。もっと早く潮を読めてりゃ、境界へ入る前に戻せた」
「一人のせいにしても、船は直らないわ」
アイリスは杖で砂浜の奥を示した。
「日が暮れる前に、安全な場所と水を探す。反省は火を起こしてからにしましょう」
空は、既に夕方の色へ変わり始めていた。
島の地図を開く。
表示されたのは、海岸線の一部だけ。
<未登録島嶼>
帰還碑。
港。
転送地点。
どれも存在しない。
島の中央には、小さな山と深い森がある。
七人は、まず船から使える物を降ろした。
携帯食料。
水筒。
修理工具。
予備の帆布。
小型テント。
魔力灯。
壊れた船体から外せる部品も、スフレが一つずつ選別する。
ガトーショコラとルカが海岸周辺を確認し、みたらしっぽたちは砂浜から少し離れた高台へ荷物を運んだ。
海から見えすぎず、森へも近すぎない場所。
平らな岩場へテントを張る。
流木を集め、火を起こす。
日が沈む頃には、一晩を過ごせるだけの小さな野営地ができていた。
「全員いる?」
返事が重なる。
大きな損傷を受けた者はいない。
アイリスが順番に回復魔術をかけ、HPと状態異常を確認する。
ロウガンは甲板から海を見た。
沖合。
ラインタリスが大きく旋回している。
だが、島へ近づいてくる様子はなかった。
白い石柱の光が届く境界線を越えたところで、飛竜は翼を返した。
一度だけ、低い咆哮を残す。
そのままマレグランディアの方角へ飛び去っていった。
「領海外へ出たから、追跡を止めたみたいね」
アイリスが杖を下ろす。
みたらしっぽは、遠ざかる巨大な影を見送った。
「倒す相手ではなかったんだ」
ただ領海へ近づく船を排除する。
その役割を果たしただけ。
問題は、シーグラス号だった。
船底は岩礁で裂けている。
帆柱は一本折れ、操舵機構へつながる魔石も砕けていた。
船体は砂浜へ深く乗り上げ、自力では海へ戻せない。
エイルは操舵室から壊れた航路演算器を持ち出した。
「こいつは、もう動かねえな」
スフレも機関室を調べる。
「推進魔石は一基残ってる。でも、船底を直さないと浮かべても水が入る」
アイリスが、みたらしっぽを見る。
「船代を節約した結果が、無人島ね」
みたらしっぽは壊れた帆柱と、砂へ刺さった船首を見た。
「ごめん。次からは正規便にする」
言い訳はしなかった。
エイルは航路演算器を砂の上へ置いた。
「安い船を選んだのはみたらしっぽだけど、海図の古さを見落としたのは俺だ。もっと早く潮を読めてりゃ、境界へ入る前に戻せた」
「一人のせいにしても、船は直らないわ」
アイリスは杖で砂浜の奥を示した。
「日が暮れる前に、安全な場所と水を探す。反省は火を起こしてからにしましょう」
空は、既に夕方の色へ変わり始めていた。
島の地図を開く。
表示されたのは、海岸線の一部だけ。
<未登録島嶼>
帰還碑。
港。
転送地点。
どれも存在しない。
島の中央には、小さな山と深い森がある。
七人は、まず船から使える物を降ろした。
携帯食料。
水筒。
修理工具。
予備の帆布。
小型テント。
魔力灯。
壊れた船体から外せる部品も、スフレが一つずつ選別する。
ガトーショコラとルカが海岸周辺を確認し、みたらしっぽたちは砂浜から少し離れた高台へ荷物を運んだ。
海から見えすぎず、森へも近すぎない場所。
平らな岩場へテントを張る。
流木を集め、火を起こす。
日が沈む頃には、一晩を過ごせるだけの小さな野営地ができていた。
島で迎える夜
夜。
焚き火の周囲へ、七人が集まった。
食事は船へ積んでいた保存食。
アズールステラへ向かうために用意した旅の一日目が、まったく別の場所で終わろうとしている。
海の向こうには、マレグランディアの灯りが見えた。
何重にも並ぶ都市の塔。
青い尖塔。
その上空を、時折巨大な影が横切る。
ラインタリスは、今も領海を巡っている。
エイルは砂の上へ海図を広げた。
壊れた航路演算器から取り出した記録と、現在位置を重ねる。
「アズールステラは東だ。ここからなら、正しい航路へ戻れれば遠くはねえ」
「船は明日中に直せそう?」
みたらしっぽが尋ねる。
スフレは首を横へ振った。
「穴を塞ぐだけでも材料が足りない。操舵魔石も新しくしないといけない」
壊れた制御軸を焚き火の光へかざす。
「船体の傾きと、推進魔石の出力が揃っていれば、最後の岩礁を避けられたかもしれない」
アイリスが隣から軸を見る。
「だから、それを調べるためにアズールステラへ向かっていたのでしょう」
「うん」
スフレは軸を下ろした。
「クラス外魔術で、船体全体へ同じ流れを作れたら。飛行船だけじゃなく、この船みたいな古い船も安定させられるかもしれない」
今日の遭難さえ、次の設計へつながり始めている。
みたらしっぽは東の海を見た。
目的地は、まだ先にある。
船は壊れた。
帰還地点もない。
明日は、島を調べなければならない。
それでも、アズールステラへ行く目的がなくなったわけではない。
「まず、この島から出る方法を探そう」
みたらしっぽが言った。
「船を直せる材料があるかもしれない。別の航路が見つかるかもしれない。島を一周できれば、港跡や船着き場が残っている可能性もある」
「何もなかったら?」
エイルが尋ねる。
「その時は、持っているもので別の方法を考える」
みたらしっぽは焚き火の向こうにいる仲間を見る。
「アズールステラには行く。ここまで来たからには、飛行船へ使えるものを一つでも持って帰ろう」
スフレが頷く。
アイリスも反対しなかった。
交代で見張りをする時間を決める。
焚き火へ薪を追加し、魔力灯を少しだけ弱めた。
海から吹く風が、森の葉を揺らす。
その音に混じり。
島の奥から、金属とも鐘ともつかない細い音が聞こえた。
エイルが顔を上げる。
「今の、風だけじゃねえな」
暗い森。
木々の隙間。
遠くに、青い光が一度だけ灯った。
誰も、すぐには立ち上がらなかった。
夜の森へ入るには、島のことを知らなさすぎる。
みたらしっぽは光が見えた方角を地図へ記録した。
「明日、確認しよう」
焚き火の向こう。
名もない島の森は、再び暗闇へ戻った。
海上魔術都市アズールステラは、まだ海の先。
壊れた船は砂浜に止まり。
島を出る道も、まだ見つかっていない。
その夜。
団ノ子の七人は、ラインタリスの守る海と、正体のわからない森の間で朝を待つことになった。
焚き火の周囲へ、七人が集まった。
食事は船へ積んでいた保存食。
アズールステラへ向かうために用意した旅の一日目が、まったく別の場所で終わろうとしている。
海の向こうには、マレグランディアの灯りが見えた。
何重にも並ぶ都市の塔。
青い尖塔。
その上空を、時折巨大な影が横切る。
ラインタリスは、今も領海を巡っている。
エイルは砂の上へ海図を広げた。
壊れた航路演算器から取り出した記録と、現在位置を重ねる。
「アズールステラは東だ。ここからなら、正しい航路へ戻れれば遠くはねえ」
「船は明日中に直せそう?」
みたらしっぽが尋ねる。
スフレは首を横へ振った。
「穴を塞ぐだけでも材料が足りない。操舵魔石も新しくしないといけない」
壊れた制御軸を焚き火の光へかざす。
「船体の傾きと、推進魔石の出力が揃っていれば、最後の岩礁を避けられたかもしれない」
アイリスが隣から軸を見る。
「だから、それを調べるためにアズールステラへ向かっていたのでしょう」
「うん」
スフレは軸を下ろした。
「クラス外魔術で、船体全体へ同じ流れを作れたら。飛行船だけじゃなく、この船みたいな古い船も安定させられるかもしれない」
今日の遭難さえ、次の設計へつながり始めている。
みたらしっぽは東の海を見た。
目的地は、まだ先にある。
船は壊れた。
帰還地点もない。
明日は、島を調べなければならない。
それでも、アズールステラへ行く目的がなくなったわけではない。
「まず、この島から出る方法を探そう」
みたらしっぽが言った。
「船を直せる材料があるかもしれない。別の航路が見つかるかもしれない。島を一周できれば、港跡や船着き場が残っている可能性もある」
「何もなかったら?」
エイルが尋ねる。
「その時は、持っているもので別の方法を考える」
みたらしっぽは焚き火の向こうにいる仲間を見る。
「アズールステラには行く。ここまで来たからには、飛行船へ使えるものを一つでも持って帰ろう」
スフレが頷く。
アイリスも反対しなかった。
交代で見張りをする時間を決める。
焚き火へ薪を追加し、魔力灯を少しだけ弱めた。
海から吹く風が、森の葉を揺らす。
その音に混じり。
島の奥から、金属とも鐘ともつかない細い音が聞こえた。
エイルが顔を上げる。
「今の、風だけじゃねえな」
暗い森。
木々の隙間。
遠くに、青い光が一度だけ灯った。
誰も、すぐには立ち上がらなかった。
夜の森へ入るには、島のことを知らなさすぎる。
みたらしっぽは光が見えた方角を地図へ記録した。
「明日、確認しよう」
焚き火の向こう。
名もない島の森は、再び暗闇へ戻った。
海上魔術都市アズールステラは、まだ海の先。
壊れた船は砂浜に止まり。
島を出る道も、まだ見つかっていない。
その夜。
団ノ子の七人は、ラインタリスの守る海と、正体のわからない森の間で朝を待つことになった。