だんのこまち@wiki
書店とKirsche
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dannocomachi
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のこまち書店
駅前のにぎやかな通りから少し外れた場所に、のこまち書店はある。
大型店ほど広くはないものの、一般書から雑誌、専門書、写真集まで、棚の種類は豊富だった。
入口近くの新刊台は頻繁に入れ替わり、紙の本にはDPo-Xから試し読みや関連資料を開くためのコードも添えられている。
フィリスフィナンシェは、この店へ来るのが好きだった。
以前暮らしていた町では、欲しい雑誌が発売日に並ばないことも珍しくなかった。
少し珍しい海外のファッション誌となれば、そもそも取り扱っている書店を探すところから始めなければならない。
けれど、この店なら発売日に棚へ並ぶ。
表紙だけではなく、実際にページをめくって中身を確かめられる。
写真の色。
紙の質感。
画面で読むだけではわからない細かな部分まで、自分の目で見てから選べる。
店の扉を開けると、小さなベルが鳴った。
レジに立っていたフェタシェールが顔を上げる。
「いらっしゃい、フィナンシェちゃん。今月号なら入ってるよ」
「まだ何も言ってないんだけど」
「三か月続けて、同じ雑誌の発売日に来てるから」
フェタはレジの下から、一冊の雑誌を取り出した。
表紙には、春から初夏に向けた新しいコーディネートが並んでいる。
「取り置きしておいた」
「ありがとう、フェタ先輩」
フィナンシェは雑誌を受け取り、さっそく表紙へ目を落とした。
「今月、思ってたより落ち着いた色が多いね」
「春号が明るかったから、その反動じゃない?」
「この組み合わせは好き。でも、この靴はちょっと重そう」
「実際に履いて歩くなら、見た目だけでは決められないからね」
「私もそれくらい考えてるよ」
「前に、見た目が好きって理由だけで底の薄い靴を買いかけてたけど」
「あれは試着してからやめたんだから、ちゃんと考えてるでしょ?」
「私が三回くらい止めたあとでね」
フィナンシェは聞こえなかったふりをして、雑誌を抱え直した。
「今日は一人なんだ」
フェタが言う。
「学校では、チョコちゃんやシュトレンちゃんと一緒にいることが多いから、少し珍しいね」
「二人には、まだ話してないことがあるから」
「相談?」
「うん。フェタ先輩にも聞いてほしくて」
フィナンシェがそう答えると、フェタはレジの上へ別の本を一冊置いた。
表紙には、湖畔へ張られた小さなテントと、屋外で料理をする人たちの写真が使われている。
「もしかして、これ?」
「キャンプの本?」
「最近、来るたびにキャンプへ行ってみたいって言ってたから」
「そんなに言った?」
「少なくとも三回は聞いたよ」
フィナンシェは本を手に取った。
厚い専門書ではなく、道具をほとんど持っていない初心者向けの案内本らしい。
最初のページには、日帰りで楽しめるデイキャンプの特集が載っていた。
「本格的な山登りがしたいわけじゃないんだよ」
「知ってる。服の話が半分だから」
「外で料理したり、テントを張ったりしてみたいの。写真も撮りたいし」
「やっぱり服と写真が入ってる」
「服もキャンプの一部でしょ? 何を着てもいいわけじゃないんだから」
「まあね。虫や枝もあるし、街へ出かける時と同じ格好では難しいかな」
フィナンシェは少し考え、雑誌に載っていた服へ目を落とした。
「ミニスカートは?」
「おすすめはしない」
「やっぱり?」
「そこ、そんなに残念そうにするんだ」
「でも、工夫はできると思う」
「その情熱を、場所や道具を調べる方にも使ってね」
フィナンシェは案内本のページをめくった。
道具を借りられる施設。
管理人のいるキャンプ場。
日帰りの料理体験。
初心者でも扱える小型のテント。
写真を見ているだけで、やりたいことが次々に増えていく。
「チョコちゃんとシュトレンちゃんを誘うつもり?」
フェタが尋ねた。
「うん。二人なら一緒に行ってくれると思う」
「チョコちゃんは料理の方から調べ始めそうだね」
「絶対そうなると思う」
「シュトレンちゃんは、お菓子を持ってきてくれそう」
「それも期待してる」
「それで、フェタ先輩も来ない?」
フィナンシェが突然尋ねた。
フェタは一度、まばたきをした。
「私も?」
「うん」
「どうして?」
「いつも本を選んでくれるし、相談にも乗ってくれるでしょ。それに、チョコちゃんもシュトレンちゃんもフェタ先輩のこと知ってるし」
「それだけで、キャンプに参加することになるんだ」
「嫌?」
「嫌ではないけど、私もキャンプ経験はほとんどないよ」
「じゃあ、一緒に調べればいいでしょ?」
フィナンシェにとっては、それで十分なようだった。
フェタは少し考えたあと、案内本へ目を落とした。
「シフトと予定が合えばね」
「じゃあ、予定を調べておいて」
「もう参加する流れになってる」
「来られなかったら、その時に考えるよ」
「前向きなのか強引なのか、よくわからないね」
「前向きってことにして」
フィナンシェは楽しそうに笑った。
フェタも小さく笑い、キャンプ本をもう一冊取り出す。
「それなら、一度みたにも相談してみたら?」
「みた先輩?」
「うん。現実のキャンプに詳しいわけではないけど、FoFでは遠出することが多いし、遠征の準備を考えるのは慣れてるから」
「ゲームと現実は違うって、さっき言ってなかった?」
「違うよ。でも、持ち物や移動時間を確認する考え方は使えるかもしれない」
フェタは、みたらしっぽが授業中やFoFの攻略前に作っているメモを思い出していた。
本人はその場で思いついたことを並べているつもりなのだろうが、移動手段や必要な道具を確認する時には意外と細かい。
「それに、チョコちゃんもみたへ相談するんじゃない?」
「それなら、最初から呼んだ方が早いね」
「そうなると思った」
「フェタ先輩、明日連れてきて」
「私が?」
「隣の席でしょ?」
「本人の予定も聞かないと」
「じゃあ聞いておいて」
フィナンシェは、もう決定事項のように言う。
「みた、たぶん最初に『僕、何かした?』って聞くよ」
「何もしてないなら、気にしなくていいでしょ?」
「その言い方も、本人にしてあげてね」
フェタは笑いながら、初心者向けのキャンプ本をレジの脇へ置いた。
「これも取り置きしておく?」
「うん、お願い」
「本当に行く気なんだ」
「行きたいと思ったら、準備は早い方がいいでしょ?」
「フィナンシェちゃんらしいね」
会計を終えたフィナンシェは、雑誌を鞄へ入れた。
明日は、チョコちゃんとシュトレンちゃんにも空き教室へ来てもらう。
そこへフェタ先輩と、みた先輩も来る。
まだ、日程も場所も決まっていない。
それでも、動き始めれば何かは決まる。
何もせずに考え続けるより、その方がフィナンシェには合っていた。
大型店ほど広くはないものの、一般書から雑誌、専門書、写真集まで、棚の種類は豊富だった。
入口近くの新刊台は頻繁に入れ替わり、紙の本にはDPo-Xから試し読みや関連資料を開くためのコードも添えられている。
フィリスフィナンシェは、この店へ来るのが好きだった。
以前暮らしていた町では、欲しい雑誌が発売日に並ばないことも珍しくなかった。
少し珍しい海外のファッション誌となれば、そもそも取り扱っている書店を探すところから始めなければならない。
けれど、この店なら発売日に棚へ並ぶ。
表紙だけではなく、実際にページをめくって中身を確かめられる。
写真の色。
紙の質感。
画面で読むだけではわからない細かな部分まで、自分の目で見てから選べる。
店の扉を開けると、小さなベルが鳴った。
レジに立っていたフェタシェールが顔を上げる。
「いらっしゃい、フィナンシェちゃん。今月号なら入ってるよ」
「まだ何も言ってないんだけど」
「三か月続けて、同じ雑誌の発売日に来てるから」
フェタはレジの下から、一冊の雑誌を取り出した。
表紙には、春から初夏に向けた新しいコーディネートが並んでいる。
「取り置きしておいた」
「ありがとう、フェタ先輩」
フィナンシェは雑誌を受け取り、さっそく表紙へ目を落とした。
「今月、思ってたより落ち着いた色が多いね」
「春号が明るかったから、その反動じゃない?」
「この組み合わせは好き。でも、この靴はちょっと重そう」
「実際に履いて歩くなら、見た目だけでは決められないからね」
「私もそれくらい考えてるよ」
「前に、見た目が好きって理由だけで底の薄い靴を買いかけてたけど」
「あれは試着してからやめたんだから、ちゃんと考えてるでしょ?」
「私が三回くらい止めたあとでね」
フィナンシェは聞こえなかったふりをして、雑誌を抱え直した。
「今日は一人なんだ」
フェタが言う。
「学校では、チョコちゃんやシュトレンちゃんと一緒にいることが多いから、少し珍しいね」
「二人には、まだ話してないことがあるから」
「相談?」
「うん。フェタ先輩にも聞いてほしくて」
フィナンシェがそう答えると、フェタはレジの上へ別の本を一冊置いた。
表紙には、湖畔へ張られた小さなテントと、屋外で料理をする人たちの写真が使われている。
「もしかして、これ?」
「キャンプの本?」
「最近、来るたびにキャンプへ行ってみたいって言ってたから」
「そんなに言った?」
「少なくとも三回は聞いたよ」
フィナンシェは本を手に取った。
厚い専門書ではなく、道具をほとんど持っていない初心者向けの案内本らしい。
最初のページには、日帰りで楽しめるデイキャンプの特集が載っていた。
「本格的な山登りがしたいわけじゃないんだよ」
「知ってる。服の話が半分だから」
「外で料理したり、テントを張ったりしてみたいの。写真も撮りたいし」
「やっぱり服と写真が入ってる」
「服もキャンプの一部でしょ? 何を着てもいいわけじゃないんだから」
「まあね。虫や枝もあるし、街へ出かける時と同じ格好では難しいかな」
フィナンシェは少し考え、雑誌に載っていた服へ目を落とした。
「ミニスカートは?」
「おすすめはしない」
「やっぱり?」
「そこ、そんなに残念そうにするんだ」
「でも、工夫はできると思う」
「その情熱を、場所や道具を調べる方にも使ってね」
フィナンシェは案内本のページをめくった。
道具を借りられる施設。
管理人のいるキャンプ場。
日帰りの料理体験。
初心者でも扱える小型のテント。
写真を見ているだけで、やりたいことが次々に増えていく。
「チョコちゃんとシュトレンちゃんを誘うつもり?」
フェタが尋ねた。
「うん。二人なら一緒に行ってくれると思う」
「チョコちゃんは料理の方から調べ始めそうだね」
「絶対そうなると思う」
「シュトレンちゃんは、お菓子を持ってきてくれそう」
「それも期待してる」
「それで、フェタ先輩も来ない?」
フィナンシェが突然尋ねた。
フェタは一度、まばたきをした。
「私も?」
「うん」
「どうして?」
「いつも本を選んでくれるし、相談にも乗ってくれるでしょ。それに、チョコちゃんもシュトレンちゃんもフェタ先輩のこと知ってるし」
「それだけで、キャンプに参加することになるんだ」
「嫌?」
「嫌ではないけど、私もキャンプ経験はほとんどないよ」
「じゃあ、一緒に調べればいいでしょ?」
フィナンシェにとっては、それで十分なようだった。
フェタは少し考えたあと、案内本へ目を落とした。
「シフトと予定が合えばね」
「じゃあ、予定を調べておいて」
「もう参加する流れになってる」
「来られなかったら、その時に考えるよ」
「前向きなのか強引なのか、よくわからないね」
「前向きってことにして」
フィナンシェは楽しそうに笑った。
フェタも小さく笑い、キャンプ本をもう一冊取り出す。
「それなら、一度みたにも相談してみたら?」
「みた先輩?」
「うん。現実のキャンプに詳しいわけではないけど、FoFでは遠出することが多いし、遠征の準備を考えるのは慣れてるから」
「ゲームと現実は違うって、さっき言ってなかった?」
「違うよ。でも、持ち物や移動時間を確認する考え方は使えるかもしれない」
フェタは、みたらしっぽが授業中やFoFの攻略前に作っているメモを思い出していた。
本人はその場で思いついたことを並べているつもりなのだろうが、移動手段や必要な道具を確認する時には意外と細かい。
「それに、チョコちゃんもみたへ相談するんじゃない?」
「それなら、最初から呼んだ方が早いね」
「そうなると思った」
「フェタ先輩、明日連れてきて」
「私が?」
「隣の席でしょ?」
「本人の予定も聞かないと」
「じゃあ聞いておいて」
フィナンシェは、もう決定事項のように言う。
「みた、たぶん最初に『僕、何かした?』って聞くよ」
「何もしてないなら、気にしなくていいでしょ?」
「その言い方も、本人にしてあげてね」
フェタは笑いながら、初心者向けのキャンプ本をレジの脇へ置いた。
「これも取り置きしておく?」
「うん、お願い」
「本当に行く気なんだ」
「行きたいと思ったら、準備は早い方がいいでしょ?」
「フィナンシェちゃんらしいね」
会計を終えたフィナンシェは、雑誌を鞄へ入れた。
明日は、チョコちゃんとシュトレンちゃんにも空き教室へ来てもらう。
そこへフェタ先輩と、みた先輩も来る。
まだ、日程も場所も決まっていない。
それでも、動き始めれば何かは決まる。
何もせずに考え続けるより、その方がフィナンシェには合っていた。
隣の席からのお願い
翌日。
午後の授業が終わり、みたらしっぽがDPo-Xへ届いた提出物を確認していると、隣のフェタがこちらを向いた。
「みた」
「何?」
「今日の放課後、空き教室に来て」
みたらしっぽは画面から顔を上げた。
「僕、何かした?」
「本当に最初にそれを聞くんだ」
「急に空き教室へ呼ばれたら聞くでしょ」
「怒られるわけじゃないよ」
「じゃあ、何?」
「フィナンシェちゃんたちが、キャンプへ行きたいんだって」
「フィナンシェさんたち?」
「チョコちゃんとシュトレンちゃん」
二人の名前を聞き、話の輪郭が少しだけ見えた。
「三人でキャンプ?」
「今のところはね」
「それで、どうして僕が呼ばれるの?」
「遠出する時の準備を考えるのは、それなりに慣れてるでしょ?」
「FoFの話?」
「ほかに何があるの?」
「現実のキャンプと、かなり違うと思うけど」
「それはフィナンシェちゃんにも言ったよ」
「なら、僕は必要ないんじゃない?」
「それでも、何か知ってることがあるかもしれないって」
みたらしっぽは少し考えた。
キャンプ経験が豊富というわけではない。
学校行事や家族で出かけたことはあるが、人へ教えられるほどではない。
ただ、三人だけで何も知らずに決めるより、確認する相手がいた方がいいということなのだろう。
「フェタも行くの?」
「いつの間にか誘われた」
「フィナンシェさんらしいね」
「私もそう思う」
「チョコは知ってるの?」
「キャンプへ行きたいって話は、今日フィナンシェちゃんから聞くみたい。みたを呼ぶことは、まだ知らないかも」
「僕、隠し要素なの?」
「相談相手」
「それなら先に言ってくれてもいいのに」
「少し驚かせたいんじゃない?」
「何のために?」
「フィナンシェちゃんだから」
説明になっていない。
けれど、少し納得できてしまう。
「わかった。行くよ」
「よかった」
「ただ、僕に答えられることがなくても怒らないでね」
「私は怒らないよ」
「フィナンシェさんは?」
「それは本人へ聞いて」
放課後。
教室を出た二人は、フィナンシェから指定された空き教室へ向かった。
廊下を歩きながら、みたらしっぽはフェタを見る。
「フェタ、キャンプ楽しみ?」
「まだ行けるか決まってないけど」
「本を選ぶだけなら、楽しそうだと思ってる顔」
「どんな顔?」
「昨日の僕と同じ」
「みたよりは、わかりやすくないと思う」
「そこは否定しないんだ」
空き教室の前へ着くと、中から三人の話し声が聞こえた。
フェタが扉へ手をかける。
「じゃあ、相談役。頑張って」
「相談に乗る前から、ちょっと疲れてきた」
「大丈夫。中にチョコちゃんもいるから」
「それで何が大丈夫なの?」
「みたが帰らない理由になる」
「僕、そんなに帰りたそうだった?」
「少し」
フェタは笑いながら扉を開いた。
午後の授業が終わり、みたらしっぽがDPo-Xへ届いた提出物を確認していると、隣のフェタがこちらを向いた。
「みた」
「何?」
「今日の放課後、空き教室に来て」
みたらしっぽは画面から顔を上げた。
「僕、何かした?」
「本当に最初にそれを聞くんだ」
「急に空き教室へ呼ばれたら聞くでしょ」
「怒られるわけじゃないよ」
「じゃあ、何?」
「フィナンシェちゃんたちが、キャンプへ行きたいんだって」
「フィナンシェさんたち?」
「チョコちゃんとシュトレンちゃん」
二人の名前を聞き、話の輪郭が少しだけ見えた。
「三人でキャンプ?」
「今のところはね」
「それで、どうして僕が呼ばれるの?」
「遠出する時の準備を考えるのは、それなりに慣れてるでしょ?」
「FoFの話?」
「ほかに何があるの?」
「現実のキャンプと、かなり違うと思うけど」
「それはフィナンシェちゃんにも言ったよ」
「なら、僕は必要ないんじゃない?」
「それでも、何か知ってることがあるかもしれないって」
みたらしっぽは少し考えた。
キャンプ経験が豊富というわけではない。
学校行事や家族で出かけたことはあるが、人へ教えられるほどではない。
ただ、三人だけで何も知らずに決めるより、確認する相手がいた方がいいということなのだろう。
「フェタも行くの?」
「いつの間にか誘われた」
「フィナンシェさんらしいね」
「私もそう思う」
「チョコは知ってるの?」
「キャンプへ行きたいって話は、今日フィナンシェちゃんから聞くみたい。みたを呼ぶことは、まだ知らないかも」
「僕、隠し要素なの?」
「相談相手」
「それなら先に言ってくれてもいいのに」
「少し驚かせたいんじゃない?」
「何のために?」
「フィナンシェちゃんだから」
説明になっていない。
けれど、少し納得できてしまう。
「わかった。行くよ」
「よかった」
「ただ、僕に答えられることがなくても怒らないでね」
「私は怒らないよ」
「フィナンシェさんは?」
「それは本人へ聞いて」
放課後。
教室を出た二人は、フィナンシェから指定された空き教室へ向かった。
廊下を歩きながら、みたらしっぽはフェタを見る。
「フェタ、キャンプ楽しみ?」
「まだ行けるか決まってないけど」
「本を選ぶだけなら、楽しそうだと思ってる顔」
「どんな顔?」
「昨日の僕と同じ」
「みたよりは、わかりやすくないと思う」
「そこは否定しないんだ」
空き教室の前へ着くと、中から三人の話し声が聞こえた。
フェタが扉へ手をかける。
「じゃあ、相談役。頑張って」
「相談に乗る前から、ちょっと疲れてきた」
「大丈夫。中にチョコちゃんもいるから」
「それで何が大丈夫なの?」
「みたが帰らない理由になる」
「僕、そんなに帰りたそうだった?」
「少し」
フェタは笑いながら扉を開いた。
空き教室の五人
フィナンシェさんから、
<放課後、少し相談したいことがある>
と連絡をいただいた時、私は何か困ったことがあったのかと思いました。
ですが、空き教室へ来てみると、机の上に置かれていたのは二冊のキャンプ本でした。
「キャンプへ行きたいんですか?」
「うん。行ってみたいんだ」
フィナンシェさんは迷いなく頷きました。
「まだ、行く日も場所も決めてないけど」
「私たちも一緒に?」
シュトレンさんが尋ねます。
「そのつもり」
「楽しそう!」
シュトレンさんは、すぐに本を開きました。
「外でお菓子を焼いたりもできるかな?」
「設備があれば、できるんじゃない?」
「チョコちゃんは?」
「私も行ってみたいです」
本に載っている写真を眺めました。
テント。
屋外用の机。
簡単な料理。
木々に囲まれた小さな広場。
旅行とは少し違います。
FoFで野外を歩くこととも、もちろん違います。
「ただ、最初から泊まるのは少し大変そうですね」
「私も、まずは日帰りがいいと思ってる」
フィナンシェさんは別のページを開きました。
「道具を借りられる場所もあるみたいだよ」
「なら、全部買わなくてもいいんですね」
「でも、服は必要」
「そこは、やはり重要なんですね」
「服が合ってないと、現地で困るでしょ?」
「写真だけが理由ではなかったんですね」
「半分くらいは実用性だよ」
「半分なんですか?」
「半分もあるんだから十分でしょ?」
そんな話をしていると、教室の扉が開きました。
「連れてきたよ」
フェタ先輩が先に入り、その後ろからみた先輩が顔を出します。
「失礼しま――」
私と目が合ったところで、みた先輩が少しだけ表情を緩めました。
「チョコ」
「みた先輩?」
来るとは聞いていませんでした。
隣にいるシュトレンさんも、少し驚いた顔をしています。
「フェタ先輩も、こんにちは」
「こんにちは、チョコちゃん。シュトレンちゃんも」
「こんにちは、フェタ先輩」
シュトレンさんも挨拶を返しました。
フェタ先輩とは、これまでにも何度か一緒に話しています。
みた先輩の隣の席であることも。
のこまち書店で働いていることも。
フィナンシェさんがよくお店へ行っていることも知っていました。
「フェタ先輩まで呼んだんですね」
私がフィナンシェさんへ言うと、本人は満足そうに頷きました。
「うん。フェタ先輩も一緒に行く予定」
「予定になったのは、昨日だけどね」
フェタ先輩が付け足します。
「みた先輩は?」
「相談役」
フィナンシェさんは短く答えました。
みた先輩が少し困ったように笑います。
「僕は、キャンプへ行くわけではないみたい」
「まだ誘ってないからね」
「今後誘われる可能性はあるの?」
「わからない」
「わからないんだ」
みた先輩とフェタ先輩は、私たちの向かいへ座りました。
「それで、僕に何を聞きたいの?」
フィナンシェさんがキャンプ本を差し出します。
「私たち、日帰りでキャンプへ行ってみたいんだ」
「うん」
「みた先輩、FoFでよく遠出してるでしょ?」
「それはしてるけど」
「準備する時、何を先に考えてる?」
みた先輩はページを見ながら、少し考えました。
「まず、行く場所と時間かな」
「時間?」
「移動に何時間かかるか。途中で休める場所があるか。帰る時間は何時か」
みた先輩はDPo-Xを開き、簡単な項目を書き出します。
「次に、現地で何をするか。料理をするなら設備が必要だし、テントを張りたいなら借りられるか確認する」
「最初に道具を買うわけではないんですね」
私が尋ねると、みた先輩は頷きました。
「何をするか決まってないのに道具を買っても、使わないものが増えるからね」
フィナンシェさんの視線が、机の上の雑誌へ向かいました。
「服も?」
「服も。場所と天気がわかってからの方がいいと思う」
「やっぱり、最初には買えないんだ」
「買おうとしてたの?」
「少しだけ」
「フェタ、止めなかったの?」
「止めたよ」
フェタ先輩が答えます。
「でも、候補を見るだけならいいって」
「見るだけならね」
みた先輩は少し笑い、説明を続けました。
「それから、最初に行くなら管理されている場所がいいと思う」
「管理されている場所?」
シュトレンさんが聞きます。
「道具を借りられて、スタッフが近くにいるところ。いきなり山の中で泊まるんじゃなくて、日帰りで料理をして、テントを張ってみるくらいから」
「私も、それくらいがいいです」
家族へ説明する時にも、管理されている施設の方が安心してもらえます。
「食べ物を持っていくなら、暑くなる前の時期がいいかもね」
みた先輩が続けます。
「生ものをたくさん持っていかなくて済む料理にして、火を使うなら設備のある場所で」
「お菓子は?」
シュトレンさんが尋ねました。
「焼いて持っていくなら大丈夫じゃない? 現地で作るなら、最初は簡単なものかな」
「サンドイッチや焼き菓子なら、用意できます」
「外で温めるスープもよさそうですね」
私が言うと、シュトレンさんの目が輝きました。
「それなら、パンも焼いて持っていきたい!」
「プラリネさんにも、作り方を相談できますね」
「また食べ物の話が増えた」
フェタ先輩が笑います。
「大事です」
私とシュトレンさんの声が重なりました。
「チョコちゃんたち、その返事は早いんだね」
「食事の準備は、直前では間に合いませんから」
「そういうところは、もうキャンプ向きかもね」
みた先輩が言いました。
フィナンシェさんは、話し合った内容をDPo-Xへまとめています。
「場所と日程。移動時間。設備。借りられる道具」
「あと、保護者への連絡」
みた先輩が付け足します。
「わかってるよ」
「フィナンシェさんは一人暮らしだけど、ご家族には連絡した方がいいからね」
「連絡するよ。チョコちゃんたちより遠いけど、ちゃんと話してるから」
「なら大丈夫」
フィナンシェさんは画面を閉じ、みた先輩を見ました。
「急に呼んでごめんね。でも、来てくれてありがとう」
「僕、まだほとんど何もしてないよ」
「最初に決めることはわかったから」
「ならよかった」
「場所を選ぶ時も、また見てくれる?」
「候補をいくつかに絞ってくれたらね」
「じゃあ、頼んだよ」
「もう断れない流れなんだ」
みた先輩は苦笑したあと、私へ視線を向けました。
「チョコも、楽しみ?」
「はい。まだ予定しかありませんが、楽しみです」
「それなら、準備の段階で疲れすぎないようにね」
「フィナンシェさんへ言ってください」
「チョコちゃん?」
「もう本を何冊も候補へ入れていますよね?」
フィナンシェさんは、少しだけ視線を逸らしました。
「読むのは悪くないでしょ?」
「悪くはありません。でも、全部持って帰ると重いです」
「電子版もあるよ」
「すでに確認していたんですね」
みた先輩とフェタ先輩が笑いました。
「三人だけでも、ちゃんと進みそうだね」
みた先輩が言います。
「四人だよ」
フィナンシェさんが、すぐに訂正しました。
「フェタ先輩もいるから」
「まだ予定が合えば、だけどね」
「合う日を探すよ」
「そこまで言われたら、私も空けるしかない気がしてきた」
フェタ先輩は困ったように言いながらも、少し楽しそうでした。
「僕の役目は、もう終わりかな?」
みた先輩が立ち上がります。
「バーチャルポッドの確認があるから、そろそろ行くね」
「はい。ありがとうございました」
私も立ち上がりました。
「また明日、チョコ」
「はい。また明日です、みた先輩」
みた先輩が教室を出ていきます。
フェタ先輩は、その背中を見送ってから私へ視線を向けました。
「みた、来る前はかなり警戒してたよ」
「どうしてですか?」
「急に空き教室へ呼ばれたから」
「私たちがいると伝えなかったんですか?」
「チョコちゃんとシュトレンちゃんがいるとは言ったよ」
「それなら大丈夫では?」
「チョコちゃんがいるって聞いたら、すぐ来るって言った」
「フェタ先輩」
教室の中で、少しだけ笑いが起きました。
「事実だよ」
「わざわざ今言わなくてもいいでしょう?」
「チョコちゃん、照れてる?」
シュトレンさんが聞きます。
「少しだけです」
「正直だね」
「否定しても、皆さんが楽しむだけですから」
「わかってきたね」
フィナンシェさんが満足そうに頷きました。
<放課後、少し相談したいことがある>
と連絡をいただいた時、私は何か困ったことがあったのかと思いました。
ですが、空き教室へ来てみると、机の上に置かれていたのは二冊のキャンプ本でした。
「キャンプへ行きたいんですか?」
「うん。行ってみたいんだ」
フィナンシェさんは迷いなく頷きました。
「まだ、行く日も場所も決めてないけど」
「私たちも一緒に?」
シュトレンさんが尋ねます。
「そのつもり」
「楽しそう!」
シュトレンさんは、すぐに本を開きました。
「外でお菓子を焼いたりもできるかな?」
「設備があれば、できるんじゃない?」
「チョコちゃんは?」
「私も行ってみたいです」
本に載っている写真を眺めました。
テント。
屋外用の机。
簡単な料理。
木々に囲まれた小さな広場。
旅行とは少し違います。
FoFで野外を歩くこととも、もちろん違います。
「ただ、最初から泊まるのは少し大変そうですね」
「私も、まずは日帰りがいいと思ってる」
フィナンシェさんは別のページを開きました。
「道具を借りられる場所もあるみたいだよ」
「なら、全部買わなくてもいいんですね」
「でも、服は必要」
「そこは、やはり重要なんですね」
「服が合ってないと、現地で困るでしょ?」
「写真だけが理由ではなかったんですね」
「半分くらいは実用性だよ」
「半分なんですか?」
「半分もあるんだから十分でしょ?」
そんな話をしていると、教室の扉が開きました。
「連れてきたよ」
フェタ先輩が先に入り、その後ろからみた先輩が顔を出します。
「失礼しま――」
私と目が合ったところで、みた先輩が少しだけ表情を緩めました。
「チョコ」
「みた先輩?」
来るとは聞いていませんでした。
隣にいるシュトレンさんも、少し驚いた顔をしています。
「フェタ先輩も、こんにちは」
「こんにちは、チョコちゃん。シュトレンちゃんも」
「こんにちは、フェタ先輩」
シュトレンさんも挨拶を返しました。
フェタ先輩とは、これまでにも何度か一緒に話しています。
みた先輩の隣の席であることも。
のこまち書店で働いていることも。
フィナンシェさんがよくお店へ行っていることも知っていました。
「フェタ先輩まで呼んだんですね」
私がフィナンシェさんへ言うと、本人は満足そうに頷きました。
「うん。フェタ先輩も一緒に行く予定」
「予定になったのは、昨日だけどね」
フェタ先輩が付け足します。
「みた先輩は?」
「相談役」
フィナンシェさんは短く答えました。
みた先輩が少し困ったように笑います。
「僕は、キャンプへ行くわけではないみたい」
「まだ誘ってないからね」
「今後誘われる可能性はあるの?」
「わからない」
「わからないんだ」
みた先輩とフェタ先輩は、私たちの向かいへ座りました。
「それで、僕に何を聞きたいの?」
フィナンシェさんがキャンプ本を差し出します。
「私たち、日帰りでキャンプへ行ってみたいんだ」
「うん」
「みた先輩、FoFでよく遠出してるでしょ?」
「それはしてるけど」
「準備する時、何を先に考えてる?」
みた先輩はページを見ながら、少し考えました。
「まず、行く場所と時間かな」
「時間?」
「移動に何時間かかるか。途中で休める場所があるか。帰る時間は何時か」
みた先輩はDPo-Xを開き、簡単な項目を書き出します。
「次に、現地で何をするか。料理をするなら設備が必要だし、テントを張りたいなら借りられるか確認する」
「最初に道具を買うわけではないんですね」
私が尋ねると、みた先輩は頷きました。
「何をするか決まってないのに道具を買っても、使わないものが増えるからね」
フィナンシェさんの視線が、机の上の雑誌へ向かいました。
「服も?」
「服も。場所と天気がわかってからの方がいいと思う」
「やっぱり、最初には買えないんだ」
「買おうとしてたの?」
「少しだけ」
「フェタ、止めなかったの?」
「止めたよ」
フェタ先輩が答えます。
「でも、候補を見るだけならいいって」
「見るだけならね」
みた先輩は少し笑い、説明を続けました。
「それから、最初に行くなら管理されている場所がいいと思う」
「管理されている場所?」
シュトレンさんが聞きます。
「道具を借りられて、スタッフが近くにいるところ。いきなり山の中で泊まるんじゃなくて、日帰りで料理をして、テントを張ってみるくらいから」
「私も、それくらいがいいです」
家族へ説明する時にも、管理されている施設の方が安心してもらえます。
「食べ物を持っていくなら、暑くなる前の時期がいいかもね」
みた先輩が続けます。
「生ものをたくさん持っていかなくて済む料理にして、火を使うなら設備のある場所で」
「お菓子は?」
シュトレンさんが尋ねました。
「焼いて持っていくなら大丈夫じゃない? 現地で作るなら、最初は簡単なものかな」
「サンドイッチや焼き菓子なら、用意できます」
「外で温めるスープもよさそうですね」
私が言うと、シュトレンさんの目が輝きました。
「それなら、パンも焼いて持っていきたい!」
「プラリネさんにも、作り方を相談できますね」
「また食べ物の話が増えた」
フェタ先輩が笑います。
「大事です」
私とシュトレンさんの声が重なりました。
「チョコちゃんたち、その返事は早いんだね」
「食事の準備は、直前では間に合いませんから」
「そういうところは、もうキャンプ向きかもね」
みた先輩が言いました。
フィナンシェさんは、話し合った内容をDPo-Xへまとめています。
「場所と日程。移動時間。設備。借りられる道具」
「あと、保護者への連絡」
みた先輩が付け足します。
「わかってるよ」
「フィナンシェさんは一人暮らしだけど、ご家族には連絡した方がいいからね」
「連絡するよ。チョコちゃんたちより遠いけど、ちゃんと話してるから」
「なら大丈夫」
フィナンシェさんは画面を閉じ、みた先輩を見ました。
「急に呼んでごめんね。でも、来てくれてありがとう」
「僕、まだほとんど何もしてないよ」
「最初に決めることはわかったから」
「ならよかった」
「場所を選ぶ時も、また見てくれる?」
「候補をいくつかに絞ってくれたらね」
「じゃあ、頼んだよ」
「もう断れない流れなんだ」
みた先輩は苦笑したあと、私へ視線を向けました。
「チョコも、楽しみ?」
「はい。まだ予定しかありませんが、楽しみです」
「それなら、準備の段階で疲れすぎないようにね」
「フィナンシェさんへ言ってください」
「チョコちゃん?」
「もう本を何冊も候補へ入れていますよね?」
フィナンシェさんは、少しだけ視線を逸らしました。
「読むのは悪くないでしょ?」
「悪くはありません。でも、全部持って帰ると重いです」
「電子版もあるよ」
「すでに確認していたんですね」
みた先輩とフェタ先輩が笑いました。
「三人だけでも、ちゃんと進みそうだね」
みた先輩が言います。
「四人だよ」
フィナンシェさんが、すぐに訂正しました。
「フェタ先輩もいるから」
「まだ予定が合えば、だけどね」
「合う日を探すよ」
「そこまで言われたら、私も空けるしかない気がしてきた」
フェタ先輩は困ったように言いながらも、少し楽しそうでした。
「僕の役目は、もう終わりかな?」
みた先輩が立ち上がります。
「バーチャルポッドの確認があるから、そろそろ行くね」
「はい。ありがとうございました」
私も立ち上がりました。
「また明日、チョコ」
「はい。また明日です、みた先輩」
みた先輩が教室を出ていきます。
フェタ先輩は、その背中を見送ってから私へ視線を向けました。
「みた、来る前はかなり警戒してたよ」
「どうしてですか?」
「急に空き教室へ呼ばれたから」
「私たちがいると伝えなかったんですか?」
「チョコちゃんとシュトレンちゃんがいるとは言ったよ」
「それなら大丈夫では?」
「チョコちゃんがいるって聞いたら、すぐ来るって言った」
「フェタ先輩」
教室の中で、少しだけ笑いが起きました。
「事実だよ」
「わざわざ今言わなくてもいいでしょう?」
「チョコちゃん、照れてる?」
シュトレンさんが聞きます。
「少しだけです」
「正直だね」
「否定しても、皆さんが楽しむだけですから」
「わかってきたね」
フィナンシェさんが満足そうに頷きました。
四人で本を選ぶ日
数日後。
私たちは三人で、のこまち書店を訪れました。
フィナンシェさんから何度も話を聞いていましたが、実際に来るのは初めてです。
「落ち着くお店ですね」
入口を入ると、紙と木の棚が混ざった独特の香りがしました。
店内には静かな音楽が流れています。
駅前の大型店ほど広くはありませんが、一つ一つの棚が見やすく整理されていました。
「私、こういう書店好きです」
シュトレンさんが周囲を見回します。
「ドイツにいた頃も、小さな書店へよく行きました」
「ここは雑誌も多いよ」
フィナンシェさんは、すでに慣れた足取りで店の奥へ進んでいます。
「フェタ先輩、今日はレジにいると思う」
「フィナンシェさん、本当に常連なんですね」
「毎月来てるから」
「毎月だけですか?」
「……新しい号が気になった時は、もう少し」
「週に何回来ているんですか?」
「多い時でも三回くらいだよ」
「十分多いと思います」
レジを見ると、フェタ先輩が返却された本を整理していました。
私たちへ気づくと、軽く手を上げます。
「いらっしゃい、チョコちゃん、シュトレンちゃん。フィナンシェちゃんも」
「約束どおり、三人で来たよ」
フィナンシェさんが答えました。
「取り置きは?」
「してあるよ。初心者向けが三冊と、料理が二冊。施設案内は情報が変わるから、紙よりDPo-Xで最新版を見た方がいいかも」
「さすが、フェタ先輩」
「仕事だからね」
フェタ先輩はレジを別の店員へ任せ、私たちをアウトドア関連の棚へ案内してくれました。
そこには、本格的な登山や長期の野営に関する本もあれば、家族や初心者向けの薄い本も並んでいます。
「まずは、この辺り」
フェタ先輩が三冊を取り出しました。
一冊目は、道具を借りて楽しむ日帰りキャンプ。
二冊目は、屋外料理と安全管理。
三冊目は、天候や服装、虫への対策について書かれたものです。
「思っていたより、確認することが多いですね」
私は目次を見ながら言いました。
「火の扱いだけでも、施設ごとにルールが違うからね」
「服装の本は?」
フィナンシェさんが尋ねます。
「この棚」
フェタ先輩は、すぐ隣の棚を示しました。
アウトドア用の服や靴を扱った雑誌が並んでいます。
フィナンシェさんの足取りが、明らかにそちらへ速くなりました。
「目的を忘れないでね」
フェタ先輩が言います。
「忘れてないよ。服もキャンプの一部でしょ?」
「そこは否定しないけど」
フィナンシェさんが雑誌を開いている間に、私は料理の本をシュトレンさんと見ました。
簡単なスープ。
火を使わずに作れる料理。
包んで温めるだけの野菜や肉。
持ち運びやすい焼き菓子。
「このクッキーなら、前日に作れそう」
シュトレンさんが、一つのページを示しました。
「屋外では、手で分けやすいものが便利そうですね」
「パンも作りたいな」
「プラリネさんへ相談してみますか?」
「うん。でも、今回は四人で行く話だから、作り方だけ教えてもらうのもいいかも」
「人数を増やし始めると、きりがありませんからね」
「でも、おいしいものは増やしたい」
「それは同意します」
二人で話していると、フェタ先輩が後ろから本を覗き込みました。
「本当に、食べ物から決めるんだ」
「大事です」
私とシュトレンさんの声が重なります。
「チョコちゃんたち、そういうところ似てきたね」
「そうでしょうか」
「前より、返事が速くなってる」
フェタ先輩は笑い、別の本を差し出しました。
「道具の一覧も見て。食べ物だけ決めて、食器を忘れたら困るから」
「そのような失敗をする方がいるんですか?」
「いるから本に書かれてるんじゃない?」
「気をつけます」
店の奥には、小さな閲覧用の机がありました。
四人で座り、本とDPo-Xを並べます。
フィナンシェさんは服と道具。
シュトレンさんは料理。
私は必要な連絡や持ち物。
フェタ先輩は、それぞれの本から現実的に使えそうな情報を探していました。
「最初は、日帰りで決まりですね」
私は画面へ入力します。
「公共交通で行ける場所。道具を借りられること。管理人さんがいること」
「料理設備も」
シュトレンさんが付け足します。
「写真を撮れるくらい、景色がきれいな場所」
フィナンシェさんも続けました。
「最後の条件だけ、少し種類が違いませんか?」
「大事でしょ?」
「フィナンシェちゃんが満足しないと、現地でもっときれいな場所を探し始めそうだから、入れておいた方がいいかも」
フェタ先輩が言います。
「そこまではしないよ」
「本当に?」
「……近くにもっときれいな場所が見えたら、少し行くかもしれないけど」
「入れておきましょう」
私は条件へ、
<景色がよいこと>
を追加しました。
「チョコちゃんまで」
「事前に条件へ入れておく方が安全です」
「合理的だね」
「しっかりしていると言ってください」
シュトレンさんが笑いました。
「チョコちゃん、その言い方好きだね」
「フィナンシェさんに、堅実だと言われるので」
「悪い意味じゃないよ」
四人で話していると、本を選ぶだけのはずだった時間がどんどん過ぎていきました。
最終的に、初心者向けの本を一冊ずつ。
料理本を一冊。
アウトドアファッションの雑誌を一冊。
合計四冊を買うことになりました。
「一人一冊ですね」
私が言うと、フェタ先輩が少しだけ眉を上げます。
「私も買う前提?」
「一緒に行くのでしょう?」
「まだ日程も決まってないけど」
「情報を共有するには、その方が便利です」
「チョコちゃんも、フィナンシェちゃんに似てきた?」
「私は必要性を説明しています」
「そこがチョコちゃんだね」
フェタ先輩は諦めたように笑い、自分用の一冊を持ってレジへ向かいました。
私たちは三人で、のこまち書店を訪れました。
フィナンシェさんから何度も話を聞いていましたが、実際に来るのは初めてです。
「落ち着くお店ですね」
入口を入ると、紙と木の棚が混ざった独特の香りがしました。
店内には静かな音楽が流れています。
駅前の大型店ほど広くはありませんが、一つ一つの棚が見やすく整理されていました。
「私、こういう書店好きです」
シュトレンさんが周囲を見回します。
「ドイツにいた頃も、小さな書店へよく行きました」
「ここは雑誌も多いよ」
フィナンシェさんは、すでに慣れた足取りで店の奥へ進んでいます。
「フェタ先輩、今日はレジにいると思う」
「フィナンシェさん、本当に常連なんですね」
「毎月来てるから」
「毎月だけですか?」
「……新しい号が気になった時は、もう少し」
「週に何回来ているんですか?」
「多い時でも三回くらいだよ」
「十分多いと思います」
レジを見ると、フェタ先輩が返却された本を整理していました。
私たちへ気づくと、軽く手を上げます。
「いらっしゃい、チョコちゃん、シュトレンちゃん。フィナンシェちゃんも」
「約束どおり、三人で来たよ」
フィナンシェさんが答えました。
「取り置きは?」
「してあるよ。初心者向けが三冊と、料理が二冊。施設案内は情報が変わるから、紙よりDPo-Xで最新版を見た方がいいかも」
「さすが、フェタ先輩」
「仕事だからね」
フェタ先輩はレジを別の店員へ任せ、私たちをアウトドア関連の棚へ案内してくれました。
そこには、本格的な登山や長期の野営に関する本もあれば、家族や初心者向けの薄い本も並んでいます。
「まずは、この辺り」
フェタ先輩が三冊を取り出しました。
一冊目は、道具を借りて楽しむ日帰りキャンプ。
二冊目は、屋外料理と安全管理。
三冊目は、天候や服装、虫への対策について書かれたものです。
「思っていたより、確認することが多いですね」
私は目次を見ながら言いました。
「火の扱いだけでも、施設ごとにルールが違うからね」
「服装の本は?」
フィナンシェさんが尋ねます。
「この棚」
フェタ先輩は、すぐ隣の棚を示しました。
アウトドア用の服や靴を扱った雑誌が並んでいます。
フィナンシェさんの足取りが、明らかにそちらへ速くなりました。
「目的を忘れないでね」
フェタ先輩が言います。
「忘れてないよ。服もキャンプの一部でしょ?」
「そこは否定しないけど」
フィナンシェさんが雑誌を開いている間に、私は料理の本をシュトレンさんと見ました。
簡単なスープ。
火を使わずに作れる料理。
包んで温めるだけの野菜や肉。
持ち運びやすい焼き菓子。
「このクッキーなら、前日に作れそう」
シュトレンさんが、一つのページを示しました。
「屋外では、手で分けやすいものが便利そうですね」
「パンも作りたいな」
「プラリネさんへ相談してみますか?」
「うん。でも、今回は四人で行く話だから、作り方だけ教えてもらうのもいいかも」
「人数を増やし始めると、きりがありませんからね」
「でも、おいしいものは増やしたい」
「それは同意します」
二人で話していると、フェタ先輩が後ろから本を覗き込みました。
「本当に、食べ物から決めるんだ」
「大事です」
私とシュトレンさんの声が重なります。
「チョコちゃんたち、そういうところ似てきたね」
「そうでしょうか」
「前より、返事が速くなってる」
フェタ先輩は笑い、別の本を差し出しました。
「道具の一覧も見て。食べ物だけ決めて、食器を忘れたら困るから」
「そのような失敗をする方がいるんですか?」
「いるから本に書かれてるんじゃない?」
「気をつけます」
店の奥には、小さな閲覧用の机がありました。
四人で座り、本とDPo-Xを並べます。
フィナンシェさんは服と道具。
シュトレンさんは料理。
私は必要な連絡や持ち物。
フェタ先輩は、それぞれの本から現実的に使えそうな情報を探していました。
「最初は、日帰りで決まりですね」
私は画面へ入力します。
「公共交通で行ける場所。道具を借りられること。管理人さんがいること」
「料理設備も」
シュトレンさんが付け足します。
「写真を撮れるくらい、景色がきれいな場所」
フィナンシェさんも続けました。
「最後の条件だけ、少し種類が違いませんか?」
「大事でしょ?」
「フィナンシェちゃんが満足しないと、現地でもっときれいな場所を探し始めそうだから、入れておいた方がいいかも」
フェタ先輩が言います。
「そこまではしないよ」
「本当に?」
「……近くにもっときれいな場所が見えたら、少し行くかもしれないけど」
「入れておきましょう」
私は条件へ、
<景色がよいこと>
を追加しました。
「チョコちゃんまで」
「事前に条件へ入れておく方が安全です」
「合理的だね」
「しっかりしていると言ってください」
シュトレンさんが笑いました。
「チョコちゃん、その言い方好きだね」
「フィナンシェさんに、堅実だと言われるので」
「悪い意味じゃないよ」
四人で話していると、本を選ぶだけのはずだった時間がどんどん過ぎていきました。
最終的に、初心者向けの本を一冊ずつ。
料理本を一冊。
アウトドアファッションの雑誌を一冊。
合計四冊を買うことになりました。
「一人一冊ですね」
私が言うと、フェタ先輩が少しだけ眉を上げます。
「私も買う前提?」
「一緒に行くのでしょう?」
「まだ日程も決まってないけど」
「情報を共有するには、その方が便利です」
「チョコちゃんも、フィナンシェちゃんに似てきた?」
「私は必要性を説明しています」
「そこがチョコちゃんだね」
フェタ先輩は諦めたように笑い、自分用の一冊を持ってレジへ向かいました。
Kirsche
会計が終わると、フェタ先輩が一冊ずつ本を袋へ入れてくれました。
その上へ、春の読書キャンペーンで配っている小さなしおりを添えます。
しおりには、赤いさくらんぼが二つ描かれていました。
「かわいい」
シュトレンさんが一枚を手に取ります。
「さくらんぼですね」
「今月のキャンペーン用」
フェタ先輩が答えます。
「しおりは何種類かあるけど、フィナンシェちゃんが赤い方を選びそうだったから」
「わかってるね」
「常連だからね」
シュトレンさんは、しおりのさくらんぼを眺めながら言いました。
「さくらんぼは、ドイツ語だと“Kirsche”っていうんだよ」
「キルシェ?」
私は聞き返しました。
「うん。Kirsche」
「響きがいいですね」
フィナンシェさんは、すぐにDPo-Xを開きました。
「じゃあ、それにしよう」
「何を?」
フェタ先輩が尋ねます。
「四人のグループ名」
「まだ私、グループに入ってないけど」
「今入れるよ」
数秒後。
私のDPo-Xが振動しました。
これまで三人で使っていた、
<三人で次はどこ行く?>
というグループへ、フェタ先輩が追加されます。
「本当に追加された」
フェタ先輩が自分の画面を見ました。
「キャンプの連絡だけなら、終わったあと抜ければいい?」
「抜けなくていいよ」
フィナンシェさんは、ごく普通に答えました。
「本とか服の相談にも使えるし」
「お菓子の写真も送ります」
シュトレンさんも続けます。
「私も、フェタ先輩のおすすめを教えていただきたいです」
私が言うと、フェタ先輩は少しだけ困ったように笑いました。
「私、一人だけ二年生だけど」
「みた先輩の教室で、何度も話しているではありませんか」
「それはそうだけどね」
続いて、グループ名が変更されました。
<Kirsche>
「今、決めたんですか?」
「うん」
「理由は?」
フェタ先輩が尋ねます。
「今、目の前にあったから」
フィナンシェさんは、さくらんぼのしおりを示しました。
「それだけ?」
「響きもいいし、覚えやすいでしょ?」
「私は好きだよ」
シュトレンさんが言いました。
「ドイツ語だから、少し懐かしい感じもするし」
二人の視線が、私とフェタ先輩へ向きます。
「チョコちゃんは?」
「いいと思います」
私はDPo-Xへ表示された四人の名前を見ました。
チョコチップ。
マリーシュトレン。
フィリスフィナンシェ。
フェタシェール。
その上に、Kirscheと表示されています。
「何か、特別な意味を考えなくてもいいんですよね?」
「特にないよ」
フィナンシェさんは即答しました。
「さくらんぼが目に入ったから」
「本当にそれだけなんだ」
フェタ先輩が笑います。
「キャンプのグループ名なのに、さくらんぼでいいの?」
「別にキャンプ専用じゃないからいいでしょ?」
「もう、普通の連絡グループになってるんだ」
「何か送りたい時に使えばいいよ」
それくらいのものらしい。
大きな目的や、特別な由来があるわけではない。
名前をつける必要があり、目の前にあった言葉を使っただけ。
ですが、誰かが困るわけでもありません。
「じゃあ、決まりだね」
シュトレンさんが嬉しそうに言いました。
「今日から四人のグループは、Kirscheです」
「最初のメッセージは?」
フィナンシェさんが尋ねます。
「グループを作ったフィナンシェさんでは?」
「じゃあ、これ」
全員のDPo-Xが振動しました。
<次は場所を決めよう>
「すぐキャンプの話なんですね」
「そのために今日来たんだから」
続いて、シュトレンさんが送ります。
<料理も考えよう!>
フェタ先輩からは、
<まず本を読んでからね>
と届きました。
私は少し考え、
<今日はありがとうございました>
と送ります。
「もう、ここにいるのに送るんですね」
フェタ先輩が言いました。
「動作確認です」
「必要?」
「初めて使うグループですから」
「チョコちゃんらしい」
四人で書店の外へ出ます。
夕方の空は、少しだけ赤くなっていました。
フェタ先輩はアルバイトの時間がまだ残っているため、入口で立ち止まります。
「私は戻るね」
「フェタ先輩」
私が呼ぶと、彼女が振り返りました。
「一緒に来てくださることになって、嬉しいです」
「まだ、行ける日があるか確認してないよ」
「それでもです」
「本当に心配性だし、気が早いね」
フェタ先輩は少し笑いました。
「でも、私も楽しみにしてる」
「はい」
「また学校でね、チョコちゃん。シュトレンちゃんも」
「また明日です、フェタ先輩」
「また学校で!」
三人で歩き出します。
少し進んだところで、シュトレンさんが後ろを振り返りました。
「四人で写真、撮り忘れたね」
「あ」
フィナンシェさんも足を止めます。
「戻りますか?」
私が尋ねると、フィナンシェさんは少し考えてから首を横へ振りました。
「次でいいよ」
「珍しいですね。すぐに撮ると言うと思いました」
「次に会う予定があるなら、今日全部やらなくてもいいでしょ?」
「それもそうですね」
「じゃあ、キャンプへ行った時に撮ろう!」
シュトレンさんが言います。
「本当に行けたらね」
「行くよ」
フィナンシェさんは迷いなく答えました。
その返事を聞くと、本当に実現しそうな気がしました。
その上へ、春の読書キャンペーンで配っている小さなしおりを添えます。
しおりには、赤いさくらんぼが二つ描かれていました。
「かわいい」
シュトレンさんが一枚を手に取ります。
「さくらんぼですね」
「今月のキャンペーン用」
フェタ先輩が答えます。
「しおりは何種類かあるけど、フィナンシェちゃんが赤い方を選びそうだったから」
「わかってるね」
「常連だからね」
シュトレンさんは、しおりのさくらんぼを眺めながら言いました。
「さくらんぼは、ドイツ語だと“Kirsche”っていうんだよ」
「キルシェ?」
私は聞き返しました。
「うん。Kirsche」
「響きがいいですね」
フィナンシェさんは、すぐにDPo-Xを開きました。
「じゃあ、それにしよう」
「何を?」
フェタ先輩が尋ねます。
「四人のグループ名」
「まだ私、グループに入ってないけど」
「今入れるよ」
数秒後。
私のDPo-Xが振動しました。
これまで三人で使っていた、
<三人で次はどこ行く?>
というグループへ、フェタ先輩が追加されます。
「本当に追加された」
フェタ先輩が自分の画面を見ました。
「キャンプの連絡だけなら、終わったあと抜ければいい?」
「抜けなくていいよ」
フィナンシェさんは、ごく普通に答えました。
「本とか服の相談にも使えるし」
「お菓子の写真も送ります」
シュトレンさんも続けます。
「私も、フェタ先輩のおすすめを教えていただきたいです」
私が言うと、フェタ先輩は少しだけ困ったように笑いました。
「私、一人だけ二年生だけど」
「みた先輩の教室で、何度も話しているではありませんか」
「それはそうだけどね」
続いて、グループ名が変更されました。
<Kirsche>
「今、決めたんですか?」
「うん」
「理由は?」
フェタ先輩が尋ねます。
「今、目の前にあったから」
フィナンシェさんは、さくらんぼのしおりを示しました。
「それだけ?」
「響きもいいし、覚えやすいでしょ?」
「私は好きだよ」
シュトレンさんが言いました。
「ドイツ語だから、少し懐かしい感じもするし」
二人の視線が、私とフェタ先輩へ向きます。
「チョコちゃんは?」
「いいと思います」
私はDPo-Xへ表示された四人の名前を見ました。
チョコチップ。
マリーシュトレン。
フィリスフィナンシェ。
フェタシェール。
その上に、Kirscheと表示されています。
「何か、特別な意味を考えなくてもいいんですよね?」
「特にないよ」
フィナンシェさんは即答しました。
「さくらんぼが目に入ったから」
「本当にそれだけなんだ」
フェタ先輩が笑います。
「キャンプのグループ名なのに、さくらんぼでいいの?」
「別にキャンプ専用じゃないからいいでしょ?」
「もう、普通の連絡グループになってるんだ」
「何か送りたい時に使えばいいよ」
それくらいのものらしい。
大きな目的や、特別な由来があるわけではない。
名前をつける必要があり、目の前にあった言葉を使っただけ。
ですが、誰かが困るわけでもありません。
「じゃあ、決まりだね」
シュトレンさんが嬉しそうに言いました。
「今日から四人のグループは、Kirscheです」
「最初のメッセージは?」
フィナンシェさんが尋ねます。
「グループを作ったフィナンシェさんでは?」
「じゃあ、これ」
全員のDPo-Xが振動しました。
<次は場所を決めよう>
「すぐキャンプの話なんですね」
「そのために今日来たんだから」
続いて、シュトレンさんが送ります。
<料理も考えよう!>
フェタ先輩からは、
<まず本を読んでからね>
と届きました。
私は少し考え、
<今日はありがとうございました>
と送ります。
「もう、ここにいるのに送るんですね」
フェタ先輩が言いました。
「動作確認です」
「必要?」
「初めて使うグループですから」
「チョコちゃんらしい」
四人で書店の外へ出ます。
夕方の空は、少しだけ赤くなっていました。
フェタ先輩はアルバイトの時間がまだ残っているため、入口で立ち止まります。
「私は戻るね」
「フェタ先輩」
私が呼ぶと、彼女が振り返りました。
「一緒に来てくださることになって、嬉しいです」
「まだ、行ける日があるか確認してないよ」
「それでもです」
「本当に心配性だし、気が早いね」
フェタ先輩は少し笑いました。
「でも、私も楽しみにしてる」
「はい」
「また学校でね、チョコちゃん。シュトレンちゃんも」
「また明日です、フェタ先輩」
「また学校で!」
三人で歩き出します。
少し進んだところで、シュトレンさんが後ろを振り返りました。
「四人で写真、撮り忘れたね」
「あ」
フィナンシェさんも足を止めます。
「戻りますか?」
私が尋ねると、フィナンシェさんは少し考えてから首を横へ振りました。
「次でいいよ」
「珍しいですね。すぐに撮ると言うと思いました」
「次に会う予定があるなら、今日全部やらなくてもいいでしょ?」
「それもそうですね」
「じゃあ、キャンプへ行った時に撮ろう!」
シュトレンさんが言います。
「本当に行けたらね」
「行くよ」
フィナンシェさんは迷いなく答えました。
その返事を聞くと、本当に実現しそうな気がしました。
それだけの名前
家へ戻ると、ミントちゃんが居間で端末を見ていました。
「おかえり、お姉ちゃん」
「ただいま戻りました」
「今日は本屋さんだったんだよね?」
「はい。キャンプについて調べてきました」
私は買ってきた本を見せました。
ミントちゃんが表紙を眺めます。
「キャンプ行くの?」
「まだ予定を考えているところです。最初は、日帰りで道具を借りられる場所にしようと思っています」
「誰と?」
「シュトレンさんと、フィナンシェさん。それから、フェタ先輩です」
「フェタ先輩も?」
「はい。フェタ先輩は、以前から私たちと何度かお話ししていますし、フィナンシェさんがよく行く書店でも働いています」
「じゃあ、その四人なんだ」
「はい。連絡グループもできました」
私はDPo-Xの画面を見せました。
<Kirsche>
「キルシェ?」
「ドイツ語で、さくらんぼだそうです」
「どうして、さくらんぼ?」
「書店でもらったしおりに描かれていたので」
「それだけ?」
「はい。それだけです」
ミントちゃんは、少しだけ画面を見つめたあと、笑いました。
「いいんじゃない? 覚えやすいし」
「私もそう思います」
その時、Kirscheへ新しいメッセージが届きました。
フィナンシェさんから、アウトドア用の服を何枚か並べた画像。
<どれがいいと思う?>
続いて、シュトレンさんから。
<持っていけそうな焼き菓子、明日試してみるね>
フェタ先輩からは。
<泊まりじゃないから、寝袋の比較はまだしなくていいよ>
どうやら、フィナンシェさんがすでに寝袋の画像まで送っていたようです。
私はグループへ返信しました。
<まずは場所と日程を決めましょう。必要な持ち物は、そのあとで一覧にします>
すぐにフィナンシェさんから、
<チョコちゃん、もうまとめ始めてる>
と返ってきます。
シュトレンさんからも、
<頼りにしてるよ!>
と届きました。
フェタ先輩は、
<やっぱりまとめ役>
と送ってきます。
「お姉ちゃん、もうまとめ役になってるじゃん」
ミントちゃんが画面を覗き込みながら言いました。
「役ではありません。必要なことを整理しているだけです」
「それ、前にも聞いた気がする」
「誰からですか?」
「お姉ちゃんから」
ミントちゃんが笑い、私もつられて笑いました。
Kirscheという名前に、大きな意味はありません。
何かを始めるために作った正式な集まりでもありません。
キャンプの話をするためにフェタ先輩をグループへ追加し、名前を変える必要があった。
その時、書店でもらったしおりに、さくらんぼが描かれていた。
ただ、それだけです。
「お姉ちゃん」
「はい?」
「キャンプへ行ったら、写真をいっぱい送ってね」
「もちろんです」
「私も、いつか一緒に行きたい」
「では、その時は一緒に行きましょう」
「約束ね」
「はい。約束です」
私はミントちゃんと指を絡めました。
DPo-Xでは、Kirscheのメッセージがまだ増え続けています。
キャンプの話。
服の話。
お菓子の話。
フェタ先輩がおすすめする本の話。
そのうち、キャンプとはまったく関係のない写真や、何でもない一言も送られるようになるのかもしれません。
何のためのグループかと聞かれれば、今はまだ上手く答えられません。
必要になったから作った。
目に入った言葉を名前にした。
それくらいで、特に困ることもありませんでした。
「おかえり、お姉ちゃん」
「ただいま戻りました」
「今日は本屋さんだったんだよね?」
「はい。キャンプについて調べてきました」
私は買ってきた本を見せました。
ミントちゃんが表紙を眺めます。
「キャンプ行くの?」
「まだ予定を考えているところです。最初は、日帰りで道具を借りられる場所にしようと思っています」
「誰と?」
「シュトレンさんと、フィナンシェさん。それから、フェタ先輩です」
「フェタ先輩も?」
「はい。フェタ先輩は、以前から私たちと何度かお話ししていますし、フィナンシェさんがよく行く書店でも働いています」
「じゃあ、その四人なんだ」
「はい。連絡グループもできました」
私はDPo-Xの画面を見せました。
<Kirsche>
「キルシェ?」
「ドイツ語で、さくらんぼだそうです」
「どうして、さくらんぼ?」
「書店でもらったしおりに描かれていたので」
「それだけ?」
「はい。それだけです」
ミントちゃんは、少しだけ画面を見つめたあと、笑いました。
「いいんじゃない? 覚えやすいし」
「私もそう思います」
その時、Kirscheへ新しいメッセージが届きました。
フィナンシェさんから、アウトドア用の服を何枚か並べた画像。
<どれがいいと思う?>
続いて、シュトレンさんから。
<持っていけそうな焼き菓子、明日試してみるね>
フェタ先輩からは。
<泊まりじゃないから、寝袋の比較はまだしなくていいよ>
どうやら、フィナンシェさんがすでに寝袋の画像まで送っていたようです。
私はグループへ返信しました。
<まずは場所と日程を決めましょう。必要な持ち物は、そのあとで一覧にします>
すぐにフィナンシェさんから、
<チョコちゃん、もうまとめ始めてる>
と返ってきます。
シュトレンさんからも、
<頼りにしてるよ!>
と届きました。
フェタ先輩は、
<やっぱりまとめ役>
と送ってきます。
「お姉ちゃん、もうまとめ役になってるじゃん」
ミントちゃんが画面を覗き込みながら言いました。
「役ではありません。必要なことを整理しているだけです」
「それ、前にも聞いた気がする」
「誰からですか?」
「お姉ちゃんから」
ミントちゃんが笑い、私もつられて笑いました。
Kirscheという名前に、大きな意味はありません。
何かを始めるために作った正式な集まりでもありません。
キャンプの話をするためにフェタ先輩をグループへ追加し、名前を変える必要があった。
その時、書店でもらったしおりに、さくらんぼが描かれていた。
ただ、それだけです。
「お姉ちゃん」
「はい?」
「キャンプへ行ったら、写真をいっぱい送ってね」
「もちろんです」
「私も、いつか一緒に行きたい」
「では、その時は一緒に行きましょう」
「約束ね」
「はい。約束です」
私はミントちゃんと指を絡めました。
DPo-Xでは、Kirscheのメッセージがまだ増え続けています。
キャンプの話。
服の話。
お菓子の話。
フェタ先輩がおすすめする本の話。
そのうち、キャンプとはまったく関係のない写真や、何でもない一言も送られるようになるのかもしれません。
何のためのグループかと聞かれれば、今はまだ上手く答えられません。
必要になったから作った。
目に入った言葉を名前にした。
それくらいで、特に困ることもありませんでした。