だんのこまち@wiki
空へ続く機械工房
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dannocomachi
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歯車の音がする部屋
交易中央都市ターブルロンドへ拠点を移してから、団ノ子の新しいギルドハウスにも少しずつ生活の跡が増えていた。
王都から運んできた長いテーブル。
使い慣れた家具。
調理場。
倉庫。
裏手の訓練場。
以前と同じものが並ぶ一方で、新しい家だからこそ生まれた場所もある。
二階の奥にある一室から、金属を削る細かな音が聞こえていた。
扉の横には、スフレが自分で作った小さな金属札が掛けられている。
<作業中>
その下に、もう一枚。
<声をかけてから入ってください>
みたらしっぽが扉を軽く叩いた。
「スフレ、入るよ」
「どうぞ」
扉を開くと、そこはもう個人部屋というより小さな機械工房だった。
壁際には、ターブルロンドの職人へ依頼して作ってもらった頑丈な作業台。
部品を固定する万力。
小型旋盤。
魔石へ細かな術式を刻む彫刻台。
壁には工具と図面が並び、棚には歯車、軸受、レンズ、金属板が種類ごとに分けて収められている。
アストラディール開拓で使っていた四本脚の測量器も、何度か改良されていた。
以前より細くなった脚で作業台の上を歩き、小さな記録筒へ傾斜の情報を書き込んでいる。
「また増えたな」
みたらしっぽの後ろから、シュガーシロップが大きな工具箱を運び込んだ。
「頼まれてた締め具。下の倉庫に届いてた」
「ありがとう。そこへ置いて」
「重い物を頼む時だけ、すぐ連絡してくるよな」
「シロなら一人で持てるから」
長く一緒に遊んできた相手へ、スフレは遠慮なく答えた。
ギルドハウスすらなかった頃から、スフレが何かを作り始めれば、みたらしっぽたちが材料を集め、シュガーシロップが強度を試し、ガトーショコラが実戦で使ってみる。
規模は大きくなったが、していること自体はあまり変わっていなかった。
「今度は何を作ってるんだ?」
シュガーシロップが、作業台の上を覗き込む。
白い布の上には、細長い金属筒と複数のレンズが並んでいた。
側面には小さな調整輪。
その下には、細い針を備えた歯車式の計器が組み込まれている。
「ショコ姉の銃につけるスコープ」
「頼まれたの?」
みたらしっぽが尋ねる。
「頼まれてない」
スフレは青いレンズを金属筒へ慎重にはめ込んだ。
「船で海賊を撃った時、ショコ姉は今の照準器をほとんど使ってなかったでしょう。スキルの射程外だったから、距離も風も自分で読んでた」
新大陸へ向かう途中。
波に揺れる船の上から、ガトーショコラは遥か遠くにいた海賊船の指揮役を撃ち抜いた。
スフレは、その時に自作の風向計が記録したデータをすべて持ち帰っていた。
「あのあと、船の甲板でずっと風向計を見てたのはこれか」
シュガーシロップが納得したように言う。
みたらしっぽも思い出していた。
上陸後の野営地でも、スフレは焚き火の横で小さな機械を分解していた。
「ショコ姉に合わせて作ってるんだな」
「構え方も、頬を置く位置も、目の高さも測ってある。ほかの人が使うと、少し合わないと思う」
「いつ測ったんだ?」
「銃の整備をしてる時」
スフレは当然のように答えた。
「ショコ姉、気づいてなかったのか」
「昔から、銃を触ってる時は周りを見ないから」
三人とも、その姿を簡単に想像できた。
スフレは調整輪を回し、内部の歯車が正しく動くことを確かめる。
「もう少しでできる」
「完成したら訓練場を空けるよ」
みたらしっぽが言う。
「遠距離標的も、外壁側へ移しておく」
「私が土台を運ぶ」
シュガーシロップは、空になった工具箱を持ち上げた。
二人とも、スフレが頼む前から次の準備を始めていた。
王都から運んできた長いテーブル。
使い慣れた家具。
調理場。
倉庫。
裏手の訓練場。
以前と同じものが並ぶ一方で、新しい家だからこそ生まれた場所もある。
二階の奥にある一室から、金属を削る細かな音が聞こえていた。
扉の横には、スフレが自分で作った小さな金属札が掛けられている。
<作業中>
その下に、もう一枚。
<声をかけてから入ってください>
みたらしっぽが扉を軽く叩いた。
「スフレ、入るよ」
「どうぞ」
扉を開くと、そこはもう個人部屋というより小さな機械工房だった。
壁際には、ターブルロンドの職人へ依頼して作ってもらった頑丈な作業台。
部品を固定する万力。
小型旋盤。
魔石へ細かな術式を刻む彫刻台。
壁には工具と図面が並び、棚には歯車、軸受、レンズ、金属板が種類ごとに分けて収められている。
アストラディール開拓で使っていた四本脚の測量器も、何度か改良されていた。
以前より細くなった脚で作業台の上を歩き、小さな記録筒へ傾斜の情報を書き込んでいる。
「また増えたな」
みたらしっぽの後ろから、シュガーシロップが大きな工具箱を運び込んだ。
「頼まれてた締め具。下の倉庫に届いてた」
「ありがとう。そこへ置いて」
「重い物を頼む時だけ、すぐ連絡してくるよな」
「シロなら一人で持てるから」
長く一緒に遊んできた相手へ、スフレは遠慮なく答えた。
ギルドハウスすらなかった頃から、スフレが何かを作り始めれば、みたらしっぽたちが材料を集め、シュガーシロップが強度を試し、ガトーショコラが実戦で使ってみる。
規模は大きくなったが、していること自体はあまり変わっていなかった。
「今度は何を作ってるんだ?」
シュガーシロップが、作業台の上を覗き込む。
白い布の上には、細長い金属筒と複数のレンズが並んでいた。
側面には小さな調整輪。
その下には、細い針を備えた歯車式の計器が組み込まれている。
「ショコ姉の銃につけるスコープ」
「頼まれたの?」
みたらしっぽが尋ねる。
「頼まれてない」
スフレは青いレンズを金属筒へ慎重にはめ込んだ。
「船で海賊を撃った時、ショコ姉は今の照準器をほとんど使ってなかったでしょう。スキルの射程外だったから、距離も風も自分で読んでた」
新大陸へ向かう途中。
波に揺れる船の上から、ガトーショコラは遥か遠くにいた海賊船の指揮役を撃ち抜いた。
スフレは、その時に自作の風向計が記録したデータをすべて持ち帰っていた。
「あのあと、船の甲板でずっと風向計を見てたのはこれか」
シュガーシロップが納得したように言う。
みたらしっぽも思い出していた。
上陸後の野営地でも、スフレは焚き火の横で小さな機械を分解していた。
「ショコ姉に合わせて作ってるんだな」
「構え方も、頬を置く位置も、目の高さも測ってある。ほかの人が使うと、少し合わないと思う」
「いつ測ったんだ?」
「銃の整備をしてる時」
スフレは当然のように答えた。
「ショコ姉、気づいてなかったのか」
「昔から、銃を触ってる時は周りを見ないから」
三人とも、その姿を簡単に想像できた。
スフレは調整輪を回し、内部の歯車が正しく動くことを確かめる。
「もう少しでできる」
「完成したら訓練場を空けるよ」
みたらしっぽが言う。
「遠距離標的も、外壁側へ移しておく」
「私が土台を運ぶ」
シュガーシロップは、空になった工具箱を持ち上げた。
二人とも、スフレが頼む前から次の準備を始めていた。
ガトーショコラ専用
数日後。
ガトーショコラは、ギルドハウス裏手の訓練場へ呼び出された。
手には、いつもの長銃を持っている。
訓練場の奥では、みたらしっぽとシュガーシロップが遠距離標的を固定していた。
さらにその向こう。
都市外壁近くには、通常の射撃スキルでは照準補助が届かない小さな標的も設置されている。
「ずいぶん遠くへ置いたね」
ガトーショコラは長銃を肩へ担いだまま、標的を見た。
「そのくらい必要だろ?」
シュガーシロップが最後の固定具を締める。
「船の時よりは近いよ」
みたらしっぽも戻ってきた。
スフレは、小さな木箱を抱えていた。
「銃、貸して」
ガトーショコラは理由を聞かず、長銃を差し出した。
スフレが彼女の銃へ手を入れるのは、これが初めてではない。
スフレは現在の照準器を外し、青いレンズを備えた新しいスコープを取りつける。
銃身との高さ。
ガトーショコラが頬を当てる位置。
僅かずつ調整し、最後の固定具を締めた。
「できた」
ガトーショコラへ銃を返す。
「覗いてみて」
長銃を構える。
覗き口へ目を合わせた瞬間、ガトーショコラの表情が僅かに変わった。
通常のスコープよりも視界が広い。
中央の照準線は細く、その周囲へ距離に応じた複数の目盛りが表示されている。
側面の調整輪を回すと、倍率だけではなく、弾道を読むための目盛りも連動して変化した。
左下では小さな針が動いている。
「風まで出るんだ」
「横風と銃の傾きだけ」
スフレが答える。
「スコープの外側へ小型の風向計をつけた。距離はレンズの焦点と、目標の大きさから推定してる」
「照準は補正しない?」
「しないよ」
スフレはすぐに答えた。
「勝手に銃口を動かされたら、ショコ姉は使いにくいでしょう。必要な情報だけ表示する。どこへ撃つかは、今までどおり自分で決められるようにした」
ガトーショコラは、もう一度遠距離標的へ照準を合わせた。
右から左へ、弱い風。
標的は僅かに高い位置。
距離表示が安定する。
銃声。
弾丸が訓練場を越え、外壁近くの標的へ届いた。
中央から僅かに左上。
ガトーショコラはすぐに調整した。
二発目。
標的の中心に、青い命中表示が灯る。
スフレの顔が明るくなる。
「どう?」
ガトーショコラは銃を下ろさず、倍率を変えて別の標的を確認した。
「見やすい。数字も邪魔にならない」
三発目。
今度は動く小型標的。
正確に中央を撃ち抜く。
「やるじゃん、スフレ」
ガトーショコラは、ようやく銃を下ろした。
スフレが抱えていた木箱を差し出す。
中には交換用レンズ。
調整工具。
整備方法を記した手書きの冊子が入っている。
「ショコ姉専用。使って」
「もらっていいの?」
「そのために作ったから」
ガトーショコラは木箱を受け取った。
長銃へ取りつけられたスコープを指で軽く撫でる。
「ありがとう。次に遠いのが出たら、最初に見せるよ」
「壊さないでね」
「壊れたら持ってくる」
「最初から壊す前提で話すなよ」
シュガーシロップが笑った。
ガトーショコラも笑いながら、いつものように長銃を肩へ担いだ。
「昔から、壊すのは前に出る二人の方でしょう」
「みたと一緒にするな」
「僕だけ?」
みたらしっぽが振り返る。
四人の間にある空気は、ギルドが大きくなった今も変わらなかった。
その様子を、訓練場の入口からじっと見ている者がいた。
エクレア・マルテールだった。
左右の腰には、二本一組の代表武器《カイザーブレード》。
ガトーショコラの新しいスコープを見終えると、スフレの前へ駆け寄った。
「スフレ!」
「何?」
「私にも作って!」
最初から遠慮はなかった。
「ショコ姉だけ専用装備があるの、いいな。私のカイザーブレードにも何かつけたい!」
エクレアは勢いよく左右の剣を抜いた。
訓練場の光を受け、二本の刀身が輝く。
「何かって、どんなもの?」
「それを今から考える!」
エクレアは左手側の剣を腕の前へ構えた。
「二本で攻めるのは変えたくない。でも、重い攻撃が来た時だけ、剣で守れたらもっと前へ行けると思う」
「剣で受ける?」
「剣のままじゃなくて、盾になるの!」
刀身を一度回し、左腕へ沿わせる。
「バックラーになって、受けたらすぐ剣へ戻る。そうしたら持ち替えなくていいでしょう?」
スフレの視線が、左のカイザーブレードへ吸い寄せられる。
「刀身を分割して、外へ展開する……」
「できそう?」
「難しい」
「無理?」
「難しいって言っただけ」
スフレはエクレアの剣を受け取り、長さと厚みを測り始めた。
エクレアの顔が一気に明るくなる。
「やってくれるの?」
「試してみたい」
その返事を聞くと、エクレアは嬉しそうにみたらしっぽたちを振り返った。
「私の剣、盾になるって!」
「まだ完成してないよ」
スフレが言う。
「でも作り始めるんでしょう?」
「うん」
「じゃあ材料集めも試験も、全部行く!」
エクレアは左の剣をスフレへ預けようとした。
スフレはすぐに返す。
「今使ってるものは残しておいて。同じ型の刀身をもう一本用意して、そっちで試す」
「壊れる?」
「最初はたぶん」
「なら、いっぱい壊そう!」
壊すことさえ楽しみにしているようだった。
みたらしっぽは、既に予備のカイザーブレードを入手できる場所を調べ始めていた。
シュガーシロップは左剣を見ながら、受け止める形を考えている。
ガトーショコラは、新しいスコープ越しに刀身の細かな継ぎ目を確認した。
スフレの工房に。
次の図面が増えることが決まった。
ガトーショコラは、ギルドハウス裏手の訓練場へ呼び出された。
手には、いつもの長銃を持っている。
訓練場の奥では、みたらしっぽとシュガーシロップが遠距離標的を固定していた。
さらにその向こう。
都市外壁近くには、通常の射撃スキルでは照準補助が届かない小さな標的も設置されている。
「ずいぶん遠くへ置いたね」
ガトーショコラは長銃を肩へ担いだまま、標的を見た。
「そのくらい必要だろ?」
シュガーシロップが最後の固定具を締める。
「船の時よりは近いよ」
みたらしっぽも戻ってきた。
スフレは、小さな木箱を抱えていた。
「銃、貸して」
ガトーショコラは理由を聞かず、長銃を差し出した。
スフレが彼女の銃へ手を入れるのは、これが初めてではない。
スフレは現在の照準器を外し、青いレンズを備えた新しいスコープを取りつける。
銃身との高さ。
ガトーショコラが頬を当てる位置。
僅かずつ調整し、最後の固定具を締めた。
「できた」
ガトーショコラへ銃を返す。
「覗いてみて」
長銃を構える。
覗き口へ目を合わせた瞬間、ガトーショコラの表情が僅かに変わった。
通常のスコープよりも視界が広い。
中央の照準線は細く、その周囲へ距離に応じた複数の目盛りが表示されている。
側面の調整輪を回すと、倍率だけではなく、弾道を読むための目盛りも連動して変化した。
左下では小さな針が動いている。
「風まで出るんだ」
「横風と銃の傾きだけ」
スフレが答える。
「スコープの外側へ小型の風向計をつけた。距離はレンズの焦点と、目標の大きさから推定してる」
「照準は補正しない?」
「しないよ」
スフレはすぐに答えた。
「勝手に銃口を動かされたら、ショコ姉は使いにくいでしょう。必要な情報だけ表示する。どこへ撃つかは、今までどおり自分で決められるようにした」
ガトーショコラは、もう一度遠距離標的へ照準を合わせた。
右から左へ、弱い風。
標的は僅かに高い位置。
距離表示が安定する。
銃声。
弾丸が訓練場を越え、外壁近くの標的へ届いた。
中央から僅かに左上。
ガトーショコラはすぐに調整した。
二発目。
標的の中心に、青い命中表示が灯る。
スフレの顔が明るくなる。
「どう?」
ガトーショコラは銃を下ろさず、倍率を変えて別の標的を確認した。
「見やすい。数字も邪魔にならない」
三発目。
今度は動く小型標的。
正確に中央を撃ち抜く。
「やるじゃん、スフレ」
ガトーショコラは、ようやく銃を下ろした。
スフレが抱えていた木箱を差し出す。
中には交換用レンズ。
調整工具。
整備方法を記した手書きの冊子が入っている。
「ショコ姉専用。使って」
「もらっていいの?」
「そのために作ったから」
ガトーショコラは木箱を受け取った。
長銃へ取りつけられたスコープを指で軽く撫でる。
「ありがとう。次に遠いのが出たら、最初に見せるよ」
「壊さないでね」
「壊れたら持ってくる」
「最初から壊す前提で話すなよ」
シュガーシロップが笑った。
ガトーショコラも笑いながら、いつものように長銃を肩へ担いだ。
「昔から、壊すのは前に出る二人の方でしょう」
「みたと一緒にするな」
「僕だけ?」
みたらしっぽが振り返る。
四人の間にある空気は、ギルドが大きくなった今も変わらなかった。
その様子を、訓練場の入口からじっと見ている者がいた。
エクレア・マルテールだった。
左右の腰には、二本一組の代表武器《カイザーブレード》。
ガトーショコラの新しいスコープを見終えると、スフレの前へ駆け寄った。
「スフレ!」
「何?」
「私にも作って!」
最初から遠慮はなかった。
「ショコ姉だけ専用装備があるの、いいな。私のカイザーブレードにも何かつけたい!」
エクレアは勢いよく左右の剣を抜いた。
訓練場の光を受け、二本の刀身が輝く。
「何かって、どんなもの?」
「それを今から考える!」
エクレアは左手側の剣を腕の前へ構えた。
「二本で攻めるのは変えたくない。でも、重い攻撃が来た時だけ、剣で守れたらもっと前へ行けると思う」
「剣で受ける?」
「剣のままじゃなくて、盾になるの!」
刀身を一度回し、左腕へ沿わせる。
「バックラーになって、受けたらすぐ剣へ戻る。そうしたら持ち替えなくていいでしょう?」
スフレの視線が、左のカイザーブレードへ吸い寄せられる。
「刀身を分割して、外へ展開する……」
「できそう?」
「難しい」
「無理?」
「難しいって言っただけ」
スフレはエクレアの剣を受け取り、長さと厚みを測り始めた。
エクレアの顔が一気に明るくなる。
「やってくれるの?」
「試してみたい」
その返事を聞くと、エクレアは嬉しそうにみたらしっぽたちを振り返った。
「私の剣、盾になるって!」
「まだ完成してないよ」
スフレが言う。
「でも作り始めるんでしょう?」
「うん」
「じゃあ材料集めも試験も、全部行く!」
エクレアは左の剣をスフレへ預けようとした。
スフレはすぐに返す。
「今使ってるものは残しておいて。同じ型の刀身をもう一本用意して、そっちで試す」
「壊れる?」
「最初はたぶん」
「なら、いっぱい壊そう!」
壊すことさえ楽しみにしているようだった。
みたらしっぽは、既に予備のカイザーブレードを入手できる場所を調べ始めていた。
シュガーシロップは左剣を見ながら、受け止める形を考えている。
ガトーショコラは、新しいスコープ越しに刀身の細かな継ぎ目を確認した。
スフレの工房に。
次の図面が増えることが決まった。
開かない剣、戻らない盾
最初の試作品が完成するまで、一週間ほどかかった。
カイザーブレードと同じ長さの模造刀身。
内部に回転軸を仕込み、刀身を三枚へ分ける。
操作部を押すと、それぞれの刃が外側へ開き、腕の前で小型盾を形成する設計だった。
エクレアは試作品を左手へ持ち、訓練場の中央へ立った。
「動かすよ!」
柄に追加された操作部を押す。
金属音。
刀身が中央から分かれ、ゆっくりと外側へ開き始める。
一枚目。
二枚目。
三枚目。
バックラーの形になるまでに、かなりの時間がかかった。
エクレアは完成した盾を見たあと、少し離れた場所にいるみたらしっぽへ顔を向けた。
「敵、待ってくれるかな?」
「たぶん待ってくれない」
「だよね!」
エクレアは笑いながら、もう一度操作部を押した。
今度は、左側の板だけが途中で止まった。
盾でも剣でもない、妙な形になる。
「戻らない!」
「動かさないで。そのまま持ってきて」
スフレが工具を持って駆け寄る。
エクレアは壊れた試作品を見ながらも、落ち込んではいなかった。
「形はかっこいいよ。もっと速く開けば使えそう!」
二つ目は、小型魔石の力で刀身を押し広げる方式へ変えた。
変形速度は大幅に上がった。
操作とほとんど同時に、刀身がバックラーへ展開する。
「速い!」
エクレアは、そのまま剣へ戻した。
二本のカイザーブレードを振る。
右。
左。
続けて回転斬り。
しかし、左の刀身だけが僅かに遅れた。
内部へ仕込んだ魔石と機構のせいで、重心が大きく変わっている。
連撃の途中で身体が引かれ、エクレアは一歩余計に踏み込んだ。
「うわっ、左だけついてこない!」
転びはしなかった。
すぐに姿勢を戻し、もう一度振る。
結果は同じだった。
「開くのは最高。でも、この重さだといつもの連撃ができないな」
スフレは動作記録を確認する。
「刀身を軽くすると、盾へした時に耐えられない」
「軽くて硬い材料が必要ってこと?」
「うん」
三つ目は、現在入手できる中で最も軽い金属板を使った。
変形速度。
剣としての重心。
二つとも、かなり改善されている。
問題は耐久性だった。
固定台へ、バックラー状態の試作品を取りつける。
シュガーシロップが、大剣を構えた。
「本当に強く当てるぞ」
「お願いします!」
エクレアは、少し離れた場所から目を輝かせている。
スフレが頷いた。
シュガーシロップが大剣を振り下ろす。
衝突。
バックラーの表面は耐えた。
だが、衝撃が中央の回転軸へ集中する。
内部から乾いた音が鳴り、三枚の板がばらばらに開いた。
「壊れた!」
エクレアが真っ先に駆け寄った。
落ちた部品を拾い、割れた軸を覗き込む。
残念そうではある。
それ以上に、何が起きたのか気になっているようだった。
シュガーシロップも壊れた機構の前へしゃがむ。
「板は無事だ。軸だけが負けてる」
「衝撃が全部、中心へ集まった」
スフレは割れた歯車を拾った。
「外へ逃がすつもりだったけど、足りなかった」
「盾のことなら、ロウガンにも見てもらおう」
みたらしっぽが言った。
「受け方まで含めて考えた方がいい」
その日の夜。
ロウガン・ローストが工房へ呼ばれた。
壊れた三つ目の試作品を見ると、すぐに中心軸へ触れる。
「盾の面へ力が入ったあと、ここで止まっている」
「どこへ逃がせばいい?」
スフレが尋ねる。
ロウガンはバックラーの形を手で作った。
「中心へ一本の軸を通すより、二つか三つへ分けた方がいい。盾を真正面へ向けるのではなく、少し傾けて受けるなら、外周へ力を流せる」
エクレアが実際に左腕を前へ出す。
ロウガンが角度を直す。
「このくらい」
「剣へ戻した時、手首がずれない?」
「柄は動かさない方がいいな」
スフレは新しい図面を開いた。
ロウガンが衝撃の流れを書き加える。
エクレアが、自分の連撃で必要な動きを示す。
試作品は壊れた。
けれど。
次に必要なものは、以前よりはっきりしていた。
深夜になった頃。
みたらしっぽが工房へ飲み物を持ってきた。
ガトーショコラとシュガーシロップも一緒だった。
スフレは作業台へ向かったまま、割れた軸を何度も回していた。
ガトーショコラが、隣へ飲み物を置く。
「そろそろ休んだら」
「もう少しだけ」
「昔から、そのもう少しが長いんだよ」
シュガーシロップは、スフレの手から割れた部品を取り上げた。
「壊れる場所がわかったんだから、今日は十分だろ」
みたらしっぽは、材料検索画面を作業台へ置いた。
「軽くて、衝撃を流せる金属。強い反転軸。変形した形を覚えられる魔石」
スフレが顔を上げる。
「見つかった?」
「市場にはない。でも、ショコ姉が似た素材の記録を見つけた」
ガトーショコラが地図を開く。
ターブルロンド北東。
岩山の間に発見された、小規模な古代機関庫。
内部では薄い装甲を持つ機兵が確認されている。
素材情報には、
<折層軽鋼板>
<高耐久反転軸>
<形状記憶魔石>
と表示されていた。
スフレの目に、再び光が戻る。
みたらしっぽは、その顔を見て笑った。
「明日取りに行こう」
「全員で?」
「エクレアが一番行きたがるだろうけど、僕たちも完成を見たいからね」
シュガーシロップも頷く。
「最初から、そういう役だっただろ」
四人で遊び始めた頃から。
誰かがやりたいことを見つければ、残りの三人が一緒に動く。
今度は、それが一振りの可変武器と、まだ知らない機械遺跡だった。
カイザーブレードと同じ長さの模造刀身。
内部に回転軸を仕込み、刀身を三枚へ分ける。
操作部を押すと、それぞれの刃が外側へ開き、腕の前で小型盾を形成する設計だった。
エクレアは試作品を左手へ持ち、訓練場の中央へ立った。
「動かすよ!」
柄に追加された操作部を押す。
金属音。
刀身が中央から分かれ、ゆっくりと外側へ開き始める。
一枚目。
二枚目。
三枚目。
バックラーの形になるまでに、かなりの時間がかかった。
エクレアは完成した盾を見たあと、少し離れた場所にいるみたらしっぽへ顔を向けた。
「敵、待ってくれるかな?」
「たぶん待ってくれない」
「だよね!」
エクレアは笑いながら、もう一度操作部を押した。
今度は、左側の板だけが途中で止まった。
盾でも剣でもない、妙な形になる。
「戻らない!」
「動かさないで。そのまま持ってきて」
スフレが工具を持って駆け寄る。
エクレアは壊れた試作品を見ながらも、落ち込んではいなかった。
「形はかっこいいよ。もっと速く開けば使えそう!」
二つ目は、小型魔石の力で刀身を押し広げる方式へ変えた。
変形速度は大幅に上がった。
操作とほとんど同時に、刀身がバックラーへ展開する。
「速い!」
エクレアは、そのまま剣へ戻した。
二本のカイザーブレードを振る。
右。
左。
続けて回転斬り。
しかし、左の刀身だけが僅かに遅れた。
内部へ仕込んだ魔石と機構のせいで、重心が大きく変わっている。
連撃の途中で身体が引かれ、エクレアは一歩余計に踏み込んだ。
「うわっ、左だけついてこない!」
転びはしなかった。
すぐに姿勢を戻し、もう一度振る。
結果は同じだった。
「開くのは最高。でも、この重さだといつもの連撃ができないな」
スフレは動作記録を確認する。
「刀身を軽くすると、盾へした時に耐えられない」
「軽くて硬い材料が必要ってこと?」
「うん」
三つ目は、現在入手できる中で最も軽い金属板を使った。
変形速度。
剣としての重心。
二つとも、かなり改善されている。
問題は耐久性だった。
固定台へ、バックラー状態の試作品を取りつける。
シュガーシロップが、大剣を構えた。
「本当に強く当てるぞ」
「お願いします!」
エクレアは、少し離れた場所から目を輝かせている。
スフレが頷いた。
シュガーシロップが大剣を振り下ろす。
衝突。
バックラーの表面は耐えた。
だが、衝撃が中央の回転軸へ集中する。
内部から乾いた音が鳴り、三枚の板がばらばらに開いた。
「壊れた!」
エクレアが真っ先に駆け寄った。
落ちた部品を拾い、割れた軸を覗き込む。
残念そうではある。
それ以上に、何が起きたのか気になっているようだった。
シュガーシロップも壊れた機構の前へしゃがむ。
「板は無事だ。軸だけが負けてる」
「衝撃が全部、中心へ集まった」
スフレは割れた歯車を拾った。
「外へ逃がすつもりだったけど、足りなかった」
「盾のことなら、ロウガンにも見てもらおう」
みたらしっぽが言った。
「受け方まで含めて考えた方がいい」
その日の夜。
ロウガン・ローストが工房へ呼ばれた。
壊れた三つ目の試作品を見ると、すぐに中心軸へ触れる。
「盾の面へ力が入ったあと、ここで止まっている」
「どこへ逃がせばいい?」
スフレが尋ねる。
ロウガンはバックラーの形を手で作った。
「中心へ一本の軸を通すより、二つか三つへ分けた方がいい。盾を真正面へ向けるのではなく、少し傾けて受けるなら、外周へ力を流せる」
エクレアが実際に左腕を前へ出す。
ロウガンが角度を直す。
「このくらい」
「剣へ戻した時、手首がずれない?」
「柄は動かさない方がいいな」
スフレは新しい図面を開いた。
ロウガンが衝撃の流れを書き加える。
エクレアが、自分の連撃で必要な動きを示す。
試作品は壊れた。
けれど。
次に必要なものは、以前よりはっきりしていた。
深夜になった頃。
みたらしっぽが工房へ飲み物を持ってきた。
ガトーショコラとシュガーシロップも一緒だった。
スフレは作業台へ向かったまま、割れた軸を何度も回していた。
ガトーショコラが、隣へ飲み物を置く。
「そろそろ休んだら」
「もう少しだけ」
「昔から、そのもう少しが長いんだよ」
シュガーシロップは、スフレの手から割れた部品を取り上げた。
「壊れる場所がわかったんだから、今日は十分だろ」
みたらしっぽは、材料検索画面を作業台へ置いた。
「軽くて、衝撃を流せる金属。強い反転軸。変形した形を覚えられる魔石」
スフレが顔を上げる。
「見つかった?」
「市場にはない。でも、ショコ姉が似た素材の記録を見つけた」
ガトーショコラが地図を開く。
ターブルロンド北東。
岩山の間に発見された、小規模な古代機関庫。
内部では薄い装甲を持つ機兵が確認されている。
素材情報には、
<折層軽鋼板>
<高耐久反転軸>
<形状記憶魔石>
と表示されていた。
スフレの目に、再び光が戻る。
みたらしっぽは、その顔を見て笑った。
「明日取りに行こう」
「全員で?」
「エクレアが一番行きたがるだろうけど、僕たちも完成を見たいからね」
シュガーシロップも頷く。
「最初から、そういう役だっただろ」
四人で遊び始めた頃から。
誰かがやりたいことを見つければ、残りの三人が一緒に動く。
今度は、それが一振りの可変武器と、まだ知らない機械遺跡だった。
古代機関庫
翌日。
みたらしっぽ。
シュガーシロップ。
ガトーショコラ。
スフレ。
エクレア。
ロウガン。
チョコチップ。
七人は、ターブルロンド北東の岩山へ向かった。
機関庫までの道は、既に開拓者によって発見されている。
それでも、谷を二つ越え、崩れかけた石橋を渡らなければならなかった。
先頭を歩くエクレアは、予備のカイザーブレードを何度も抜いている。
「この剣が盾になるんだよね」
「材料が取れればね」
スフレが答える。
「取る。全部取る!」
「敵まで全部追いかけないでくださいね」
チョコチップが言う。
「必要な機兵だけ!」
返事はしたものの、エクレアの足取りは軽いままだった。
古代機関庫は、大きな岩壁へ半分埋まるように残っていた。
錆びた金属扉。
周囲へ伸びる古い線路。
入口の横には、役目を失った巨大な滑車がある。
内部へ入る。
壁へ埋め込まれた歯車が、低い音を立てながら今も回っていた。
天井近くでは、古い搬送台が不規則に動いている。
スフレの視線は、自然と機構を追っていた。
「まだ動力が残ってる」
「先に敵を見て」
シュガーシロップが大剣を抜く。
通路の奥。
赤い光が、いくつも灯った。
薄い金属板を重ねた人型機兵。
腕の先には鉤爪や槍。
背中には小型の回転機構がついている。
「材料が歩いてきた!」
エクレアが左右のカイザーブレードを抜く。
「壊しすぎると、使える部品が減るよ」
「ちゃんと残す!」
ロウガンが大盾を構え、最初の機兵を正面から受け止めた。
槍が盾へ突き刺さる。
その横からシュガーシロップが踏み込み、機兵の身体を大きく押し返す。
「エクレア、今だ!」
「任せて!」
二人が開いた隙へ、エクレアが飛び込む。
右剣。
左剣。
身体を回し、背中の回転機構へ連撃を重ねる。
部品を完全に砕かないよう、装甲の継ぎ目だけを狙っていた。
別の機兵が、天井の搬送台から飛び降りる。
銃声。
ガトーショコラの弾丸が、薄暗い通路の奥にある小さな関節部へ命中した。
スフレの専用スコープが、暗所でも僅かな金属の隙間を捉えている。
機兵は片脚の制御を失い、搬送台から落下した。
「ちゃんと見えてる?」
スフレが尋ねる。
ガトーショコラは次の標的へ銃口を向ける。
「よく見える。作った本人が、戦闘中に感想を聞かないで」
声には笑いが混じっていた。
「使えてるならいい」
スフレも楽器を構える。
演奏が通路へ広がり、味方の攻撃速度を高めていく。
みたらしっぽとチョコチップが、倒れた機兵へ同時に踏み込む。
チョコチップの刀が腕を流す。
みたらしっぽの剣が脚を崩す。
そこへエクレアが両側から刃を入れた。
機兵が光の粒子へ変わる。
床へ、薄い金属板が落ちた。
<折層軽鋼板>
スフレは拾い上げ、表面を指でなぞった。
複数の薄い金属が、僅かに異なる向きで重ねられている。
正面から受けた力を、そのまま中心へ通さず、層の間へ分散させる構造だった。
「これなら使える」
エクレアが覗き込む。
「何枚いる?」
「失敗する分も含めて、たくさん」
「じゃあ、次!」
早くも通路の奥へ向かおうとする。
「一度回復してからです」
チョコチップに止められ、エクレアはその場へ戻った。
機関庫の中央には、巨大な搬送設備が残されていた。
天井から吊り下がる金属箱。
その下を通る複数の線路。
制御室へ向かう階段は、停止した箱によって塞がれている。
「上の鎖を外せば動くと思う」
スフレが見上げる。
鎖を支える留め具は、天井近くの梁の向こう。
小さすぎて、肉眼ではほとんど見えない。
ガトーショコラが長銃を構えた。
新しいスコープの倍率を上げる。
距離。
角度。
僅かな空気の流れ。
一発。
弾丸は幾重にも重なる梁の隙間を通り、鎖を支えていた小さな留め具へ命中した。
金属箱が大きく傾く。
残っていた線路の上を滑り、階段の前から移動した。
「前より速かったね」
みたらしっぽが言う。
「狙う場所を決めてから、迷わなくなった」
ガトーショコラは銃を下ろし、スフレを見た。
「作ってもらってよかったよ」
スフレは嬉しそうに笑った。
階段を上り、制御室へ入る。
中央には、機関庫全体を管理していた巨大な魔石装置が残されていた。
周囲には、設計情報を収めた筒が並んでいる。
スフレは一つずつ内容を確認した。
反転軸。
搬送台。
衝撃を逃がす固定具。
必要な部品の設計記録が見つかる。
その中に。
ほかよりも大きな設計筒が一本あった。
封印を解除し、図面を広げる。
表示されたのは、剣や搬送装置の部品ではない。
複数の浮揚魔石を束ねる巨大な機関。
推進軸。
魔力循環炉。
出力を外へ伝える翼状の装置。
図面の端には、用途が記されていた。
<長距離浮揚航行機関>
<大陸間輸送船用>
「これ……」
スフレの声が止まる。
みたらしっぽも図面へ近づいた。
「飛行船のエンジン?」
「たぶん。浮くだけじゃない。推進機構まである」
スフレは、次々と図面を拡大していく。
「設計どおりに作れれば、大陸を越えて飛べる」
エクレアが、スフレと図面の間へ顔を入れた。
「私の剣の材料を取りに来たら、飛行船まで見つけたの?」
「エンジンだけだよ。船体も操縦設備もない」
「でも作れるかもしれないんでしょう?」
スフレは、すぐには答えなかった。
その視線は既に、必要な材料欄へ向いている。
シュガーシロップが笑う。
「作りたい顔になってるな」
「まだ何も言ってない」
「昔から、そうなったら止まらないだろ」
ガトーショコラも、スフレの横から設計図を見た。
「もう重量計算を始めてる」
スフレの前には、小さな計算画面まで開いていた。
みたらしっぽは設計筒を持ち上げる。
「持ち帰ろう」
「飛行船を作るって決めたわけじゃないよ」
「まずはエクレアの剣を完成させる。そのあと相談しよう」
最初から。
スフレ一人へ決めさせるつもりはなかった。
シュガーシロップも。
ガトーショコラも。
既に、巨大な機関をどこへ置けるか考え始めている。
エクレアは設計図を見ながら、嬉しそうに笑った。
「私の新しい剣から、空までつながるかもしれないんだ」
必要な部品と。
形状記憶魔石。
そして、一隻の飛行船へ続く設計図。
七人は、それらを持ってターブルロンドへ戻った。
みたらしっぽ。
シュガーシロップ。
ガトーショコラ。
スフレ。
エクレア。
ロウガン。
チョコチップ。
七人は、ターブルロンド北東の岩山へ向かった。
機関庫までの道は、既に開拓者によって発見されている。
それでも、谷を二つ越え、崩れかけた石橋を渡らなければならなかった。
先頭を歩くエクレアは、予備のカイザーブレードを何度も抜いている。
「この剣が盾になるんだよね」
「材料が取れればね」
スフレが答える。
「取る。全部取る!」
「敵まで全部追いかけないでくださいね」
チョコチップが言う。
「必要な機兵だけ!」
返事はしたものの、エクレアの足取りは軽いままだった。
古代機関庫は、大きな岩壁へ半分埋まるように残っていた。
錆びた金属扉。
周囲へ伸びる古い線路。
入口の横には、役目を失った巨大な滑車がある。
内部へ入る。
壁へ埋め込まれた歯車が、低い音を立てながら今も回っていた。
天井近くでは、古い搬送台が不規則に動いている。
スフレの視線は、自然と機構を追っていた。
「まだ動力が残ってる」
「先に敵を見て」
シュガーシロップが大剣を抜く。
通路の奥。
赤い光が、いくつも灯った。
薄い金属板を重ねた人型機兵。
腕の先には鉤爪や槍。
背中には小型の回転機構がついている。
「材料が歩いてきた!」
エクレアが左右のカイザーブレードを抜く。
「壊しすぎると、使える部品が減るよ」
「ちゃんと残す!」
ロウガンが大盾を構え、最初の機兵を正面から受け止めた。
槍が盾へ突き刺さる。
その横からシュガーシロップが踏み込み、機兵の身体を大きく押し返す。
「エクレア、今だ!」
「任せて!」
二人が開いた隙へ、エクレアが飛び込む。
右剣。
左剣。
身体を回し、背中の回転機構へ連撃を重ねる。
部品を完全に砕かないよう、装甲の継ぎ目だけを狙っていた。
別の機兵が、天井の搬送台から飛び降りる。
銃声。
ガトーショコラの弾丸が、薄暗い通路の奥にある小さな関節部へ命中した。
スフレの専用スコープが、暗所でも僅かな金属の隙間を捉えている。
機兵は片脚の制御を失い、搬送台から落下した。
「ちゃんと見えてる?」
スフレが尋ねる。
ガトーショコラは次の標的へ銃口を向ける。
「よく見える。作った本人が、戦闘中に感想を聞かないで」
声には笑いが混じっていた。
「使えてるならいい」
スフレも楽器を構える。
演奏が通路へ広がり、味方の攻撃速度を高めていく。
みたらしっぽとチョコチップが、倒れた機兵へ同時に踏み込む。
チョコチップの刀が腕を流す。
みたらしっぽの剣が脚を崩す。
そこへエクレアが両側から刃を入れた。
機兵が光の粒子へ変わる。
床へ、薄い金属板が落ちた。
<折層軽鋼板>
スフレは拾い上げ、表面を指でなぞった。
複数の薄い金属が、僅かに異なる向きで重ねられている。
正面から受けた力を、そのまま中心へ通さず、層の間へ分散させる構造だった。
「これなら使える」
エクレアが覗き込む。
「何枚いる?」
「失敗する分も含めて、たくさん」
「じゃあ、次!」
早くも通路の奥へ向かおうとする。
「一度回復してからです」
チョコチップに止められ、エクレアはその場へ戻った。
機関庫の中央には、巨大な搬送設備が残されていた。
天井から吊り下がる金属箱。
その下を通る複数の線路。
制御室へ向かう階段は、停止した箱によって塞がれている。
「上の鎖を外せば動くと思う」
スフレが見上げる。
鎖を支える留め具は、天井近くの梁の向こう。
小さすぎて、肉眼ではほとんど見えない。
ガトーショコラが長銃を構えた。
新しいスコープの倍率を上げる。
距離。
角度。
僅かな空気の流れ。
一発。
弾丸は幾重にも重なる梁の隙間を通り、鎖を支えていた小さな留め具へ命中した。
金属箱が大きく傾く。
残っていた線路の上を滑り、階段の前から移動した。
「前より速かったね」
みたらしっぽが言う。
「狙う場所を決めてから、迷わなくなった」
ガトーショコラは銃を下ろし、スフレを見た。
「作ってもらってよかったよ」
スフレは嬉しそうに笑った。
階段を上り、制御室へ入る。
中央には、機関庫全体を管理していた巨大な魔石装置が残されていた。
周囲には、設計情報を収めた筒が並んでいる。
スフレは一つずつ内容を確認した。
反転軸。
搬送台。
衝撃を逃がす固定具。
必要な部品の設計記録が見つかる。
その中に。
ほかよりも大きな設計筒が一本あった。
封印を解除し、図面を広げる。
表示されたのは、剣や搬送装置の部品ではない。
複数の浮揚魔石を束ねる巨大な機関。
推進軸。
魔力循環炉。
出力を外へ伝える翼状の装置。
図面の端には、用途が記されていた。
<長距離浮揚航行機関>
<大陸間輸送船用>
「これ……」
スフレの声が止まる。
みたらしっぽも図面へ近づいた。
「飛行船のエンジン?」
「たぶん。浮くだけじゃない。推進機構まである」
スフレは、次々と図面を拡大していく。
「設計どおりに作れれば、大陸を越えて飛べる」
エクレアが、スフレと図面の間へ顔を入れた。
「私の剣の材料を取りに来たら、飛行船まで見つけたの?」
「エンジンだけだよ。船体も操縦設備もない」
「でも作れるかもしれないんでしょう?」
スフレは、すぐには答えなかった。
その視線は既に、必要な材料欄へ向いている。
シュガーシロップが笑う。
「作りたい顔になってるな」
「まだ何も言ってない」
「昔から、そうなったら止まらないだろ」
ガトーショコラも、スフレの横から設計図を見た。
「もう重量計算を始めてる」
スフレの前には、小さな計算画面まで開いていた。
みたらしっぽは設計筒を持ち上げる。
「持ち帰ろう」
「飛行船を作るって決めたわけじゃないよ」
「まずはエクレアの剣を完成させる。そのあと相談しよう」
最初から。
スフレ一人へ決めさせるつもりはなかった。
シュガーシロップも。
ガトーショコラも。
既に、巨大な機関をどこへ置けるか考え始めている。
エクレアは設計図を見ながら、嬉しそうに笑った。
「私の新しい剣から、空までつながるかもしれないんだ」
必要な部品と。
形状記憶魔石。
そして、一隻の飛行船へ続く設計図。
七人は、それらを持ってターブルロンドへ戻った。
世界に一つのカイザーブレード
古代機関庫で集めた部品を使い、スフレは左側のカイザーブレードを最初から設計し直した。
折層軽鋼板を刀身の内側へ三層。
回転軸は一つにせず、力を分けるために二か所へ配置する。
形状記憶魔石には、剣とバックラー。
二つの状態を記録した。
ロウガンは、盾としての角度を確認する。
「真正面へ向けるより、少し外へ傾けた方がいい。衝撃を受け止めるのではなく、流す形にする」
シュガーシロップは、実際の攻撃に近い衝撃を何度も与えた。
最初は軽く。
次は強く。
最後には、戦闘中と変わらない大剣の一撃。
壊れた場所があれば、スフレが分解する。
エクレアは剣としての動きを試した。
「左の先が、ほんの少しだけ遅い」
スフレが内部の板を削る。
「今度は?」
エクレアが二本の剣を振る。
一撃。
二撃。
身体を回し、左右の刃を連続で通す。
「いい。今のはいつもと同じ!」
みたらしっぽは試験記録を整理し、必要な部品を追加で手配する。
何度も分解し。
何度も組み立てる。
工房の扉には、ほとんど常に<作業中>の札が掛かっていた。
そして。
完成試験の日が来た。
訓練場の中央へ、重い槌を持つ大型機兵が立っている。
エクレアは右手へ通常のカイザーブレード。
左手へ、スフレが改造した一振りを持った。
「行くよ!」
機兵が動き始める。
最初は二本の剣。
右。
左。
連撃。
以前の試作品にあった遅れはない。
機兵が巨大な槌を振り上げた。
エクレアは避けなかった。
左剣の操作部へ指をかける。
鋭い金属音。
刀身が三枚へ分かれた。
三つの刃が柄を中心に回転し、左腕の前へ小型のバックラーを形成する。
変形は一瞬だった。
槌が衝突する。
重い音が訓練場へ響く。
三枚の折層板が、衝撃を外周へ流した。
エクレアの足が一歩だけ下がる。
機構は壊れない。
腕も弾かれない。
「受けた!」
エクレアの声が弾む。
機兵が槌を戻すより早く、操作部から指を離す。
三枚の板が内側へ戻る。
再び一本の刀身になる。
左剣を振り上げる。
開いた機兵の胴へ、右と左のカイザーブレードが連続で入った。
機兵が停止する。
一瞬の静けさ。
エクレアは左の剣を見る。
バックラーへ変える。
剣へ戻す。
もう一度、バックラー。
再び剣。
「できた!」
訓練場を駆け、スフレの前へ飛び込む。
「スフレ、できた! 本当に剣のまま盾になった!」
エクレアは左のカイザーブレードを掲げた。
「見て! 開くのも戻るのも速い! 重さも気にならない!」
「さっきから見てるよ」
スフレも笑っていた。
エクレアは、もう一度バックラーを展開する。
「これなら受けた直後に、そのまま斬れる。今まで届かなかったところまで行ける!」
「しばらく使って、軸がずれたらすぐ持ってきて」
「うん! 毎日使う!」
「毎日点検もして」
「それもする!」
その時、装備登録の通知が表示された。
<新規プレイヤーメイド機構を認識しました>
<装備名:カイザーブレード>
<追加機構:ブレード/バックラー可変>
<同型の公開製作記録は確認されませんでした>
既存のレシピを再現した装備ではない。
材料を選び。
構造を考え。
何度も壊し。
実戦で使えるところまで作り直した。
FoFの製作システムが、スフレの機構を新しい武器として認識していた。
みたらしっぽが、表示を見て笑う。
「世界に一つだって」
エクレアは、さらに嬉しそうに剣を見た。
「私だけのカイザーブレード!」
ガトーショコラも、専用スコープのついた銃を軽く持ち上げた。
「スフレの工房が専用装備屋になってきたね」
シュガーシロップは壊れなかった回転軸を確認する。
「最初は、測量器を歩かせてただけだったのにな」
「その測量器も、まだ改良するよ」
スフレは当然のように答えた。
工房の壁へ。
ガトーショコラ専用のスコープ。
エクレアの可変カイザーブレード。
二枚の完成図が並んだ。
その隣には、古代機関庫で見つけた巨大なエンジン設計図が広げられている。
折層軽鋼板を刀身の内側へ三層。
回転軸は一つにせず、力を分けるために二か所へ配置する。
形状記憶魔石には、剣とバックラー。
二つの状態を記録した。
ロウガンは、盾としての角度を確認する。
「真正面へ向けるより、少し外へ傾けた方がいい。衝撃を受け止めるのではなく、流す形にする」
シュガーシロップは、実際の攻撃に近い衝撃を何度も与えた。
最初は軽く。
次は強く。
最後には、戦闘中と変わらない大剣の一撃。
壊れた場所があれば、スフレが分解する。
エクレアは剣としての動きを試した。
「左の先が、ほんの少しだけ遅い」
スフレが内部の板を削る。
「今度は?」
エクレアが二本の剣を振る。
一撃。
二撃。
身体を回し、左右の刃を連続で通す。
「いい。今のはいつもと同じ!」
みたらしっぽは試験記録を整理し、必要な部品を追加で手配する。
何度も分解し。
何度も組み立てる。
工房の扉には、ほとんど常に<作業中>の札が掛かっていた。
そして。
完成試験の日が来た。
訓練場の中央へ、重い槌を持つ大型機兵が立っている。
エクレアは右手へ通常のカイザーブレード。
左手へ、スフレが改造した一振りを持った。
「行くよ!」
機兵が動き始める。
最初は二本の剣。
右。
左。
連撃。
以前の試作品にあった遅れはない。
機兵が巨大な槌を振り上げた。
エクレアは避けなかった。
左剣の操作部へ指をかける。
鋭い金属音。
刀身が三枚へ分かれた。
三つの刃が柄を中心に回転し、左腕の前へ小型のバックラーを形成する。
変形は一瞬だった。
槌が衝突する。
重い音が訓練場へ響く。
三枚の折層板が、衝撃を外周へ流した。
エクレアの足が一歩だけ下がる。
機構は壊れない。
腕も弾かれない。
「受けた!」
エクレアの声が弾む。
機兵が槌を戻すより早く、操作部から指を離す。
三枚の板が内側へ戻る。
再び一本の刀身になる。
左剣を振り上げる。
開いた機兵の胴へ、右と左のカイザーブレードが連続で入った。
機兵が停止する。
一瞬の静けさ。
エクレアは左の剣を見る。
バックラーへ変える。
剣へ戻す。
もう一度、バックラー。
再び剣。
「できた!」
訓練場を駆け、スフレの前へ飛び込む。
「スフレ、できた! 本当に剣のまま盾になった!」
エクレアは左のカイザーブレードを掲げた。
「見て! 開くのも戻るのも速い! 重さも気にならない!」
「さっきから見てるよ」
スフレも笑っていた。
エクレアは、もう一度バックラーを展開する。
「これなら受けた直後に、そのまま斬れる。今まで届かなかったところまで行ける!」
「しばらく使って、軸がずれたらすぐ持ってきて」
「うん! 毎日使う!」
「毎日点検もして」
「それもする!」
その時、装備登録の通知が表示された。
<新規プレイヤーメイド機構を認識しました>
<装備名:カイザーブレード>
<追加機構:ブレード/バックラー可変>
<同型の公開製作記録は確認されませんでした>
既存のレシピを再現した装備ではない。
材料を選び。
構造を考え。
何度も壊し。
実戦で使えるところまで作り直した。
FoFの製作システムが、スフレの機構を新しい武器として認識していた。
みたらしっぽが、表示を見て笑う。
「世界に一つだって」
エクレアは、さらに嬉しそうに剣を見た。
「私だけのカイザーブレード!」
ガトーショコラも、専用スコープのついた銃を軽く持ち上げた。
「スフレの工房が専用装備屋になってきたね」
シュガーシロップは壊れなかった回転軸を確認する。
「最初は、測量器を歩かせてただけだったのにな」
「その測量器も、まだ改良するよ」
スフレは当然のように答えた。
工房の壁へ。
ガトーショコラ専用のスコープ。
エクレアの可変カイザーブレード。
二枚の完成図が並んだ。
その隣には、古代機関庫で見つけた巨大なエンジン設計図が広げられている。
四人で始めた頃から
その夜。
工房へ残っていたのは、みたらしっぽ、シュガーシロップ、ガトーショコラ、スフレの四人だった。
長い付き合いの中で。
誰かの作業が終わらず、四人だけが遅くまで残ることは何度もあった。
ガトーショコラは銃の整備をしている。
シュガーシロップは、壊れた試作品の金属板を素材ごとに分けていた。
みたらしっぽは、古代機関庫から持ち帰った設計図を広げている。
スフレは、その中央にある大陸間航行機関を見つめていた。
「最初の頃は」
シュガーシロップが金属片を箱へ入れながら言う。
「四人で次の町へ行くだけでも、結構な遠征だったよな」
「道を間違えたの、みただった」
ガトーショコラが言う。
「地図がまだ埋まってなかったんだよ」
「迷ったあとに、知らない洞窟を見つけたから結果的にはよかったでしょう」
みたらしっぽは設計図から顔を上げる。
「スフレは、その洞窟から変な部品を持って帰ってた」
「変ではなかった。ちゃんと素材になった」
スフレも覚えていた。
ギルドハウスも。
専用の工房もなかった頃。
手に入れた素材を持ち寄り、町の隅で次に何を作るか相談していた。
その頃から。
スフレは、使い道のわからない部品を見つけると捨てられなかった。
「今度は大陸を越える飛行船か」
ガトーショコラが設計図を見る。
「やることだけは、ずいぶん大きくなったね」
「四人だけでは作れない」
スフレが言う。
「船体も、ドックも、操縦する人も必要。エンジンだけでも材料が全然足りない」
「今は四人だけじゃないからな」
シュガーシロップは、工房の外を見る。
会議室。
訓練場。
調理場。
新しいギルドハウスのあちこちに、団ノ子の仲間がいる。
みたらしっぽは、大陸間航路の仮線を地図へ引いた。
「最初から飛べるものを作らなくてもいい。小さいエンジンを試して、浮くか確かめる。できるところから進めよう」
「作る前提なんだ」
スフレが尋ねる。
「スフレは作りたいんでしょう?」
少し間があった。
スフレは設計図へ視線を戻す。
「作ってみたい」
「じゃあ、明日みんなへ話そう」
決定は、それだけだった。
誰か一人が大きなものを見つけ。
残りの三人が一緒に動き始める。
四人で団ノ子を作った時から、その形は変わっていなかった。
工房へ残っていたのは、みたらしっぽ、シュガーシロップ、ガトーショコラ、スフレの四人だった。
長い付き合いの中で。
誰かの作業が終わらず、四人だけが遅くまで残ることは何度もあった。
ガトーショコラは銃の整備をしている。
シュガーシロップは、壊れた試作品の金属板を素材ごとに分けていた。
みたらしっぽは、古代機関庫から持ち帰った設計図を広げている。
スフレは、その中央にある大陸間航行機関を見つめていた。
「最初の頃は」
シュガーシロップが金属片を箱へ入れながら言う。
「四人で次の町へ行くだけでも、結構な遠征だったよな」
「道を間違えたの、みただった」
ガトーショコラが言う。
「地図がまだ埋まってなかったんだよ」
「迷ったあとに、知らない洞窟を見つけたから結果的にはよかったでしょう」
みたらしっぽは設計図から顔を上げる。
「スフレは、その洞窟から変な部品を持って帰ってた」
「変ではなかった。ちゃんと素材になった」
スフレも覚えていた。
ギルドハウスも。
専用の工房もなかった頃。
手に入れた素材を持ち寄り、町の隅で次に何を作るか相談していた。
その頃から。
スフレは、使い道のわからない部品を見つけると捨てられなかった。
「今度は大陸を越える飛行船か」
ガトーショコラが設計図を見る。
「やることだけは、ずいぶん大きくなったね」
「四人だけでは作れない」
スフレが言う。
「船体も、ドックも、操縦する人も必要。エンジンだけでも材料が全然足りない」
「今は四人だけじゃないからな」
シュガーシロップは、工房の外を見る。
会議室。
訓練場。
調理場。
新しいギルドハウスのあちこちに、団ノ子の仲間がいる。
みたらしっぽは、大陸間航路の仮線を地図へ引いた。
「最初から飛べるものを作らなくてもいい。小さいエンジンを試して、浮くか確かめる。できるところから進めよう」
「作る前提なんだ」
スフレが尋ねる。
「スフレは作りたいんでしょう?」
少し間があった。
スフレは設計図へ視線を戻す。
「作ってみたい」
「じゃあ、明日みんなへ話そう」
決定は、それだけだった。
誰か一人が大きなものを見つけ。
残りの三人が一緒に動き始める。
四人で団ノ子を作った時から、その形は変わっていなかった。
大陸間飛行船計画
翌日。
団ノ子の会議室へ、古代機関庫から持ち帰った設計図が広げられた。
長いテーブルの中央に映し出されているのは、巨大な浮揚機関。
複数の魔石を束ねた動力炉。
推進力を外へ伝える回転軸。
そして、まだ大まかな輪郭しかない飛行船の船体だった。
みたらしっぽは、設計図の横へいくつかの工程を並べた。
<小型機関の試作>
<浮揚出力の安定化>
<船体骨組みの建造>
<操縦設備の設計>
<大陸間航行試験>
「最初から飛行船を一隻完成させる話じゃない」
みたらしっぽは集まったメンバーを見回した。
「まずは、このエンジンを小さく作って、本当に浮くか確かめる。動いたら、次は出力を安定させる。それができてから船体を考える」
完成までには、どれほど時間がかかるかわからない。
必要な材料も揃っていない。
設計図に記されている機関も、現存する部品だけでそのまま再現できるとは限らなかった。
「レイドの準備や新大陸の攻略も止めない。飛行船だけにギルドの時間を全部使うつもりもないよ」
みたらしっぽは工程の一番下を指した。
「できる時に、できるところまで進めよう。それでも、いつか本当に飛ばしたい」
「飛んだら、空からまだ見つかってないダンジョンを探せるよね!」
エクレアが身を乗り出した。
左腰には、完成したばかりの可変カイザーブレードがある。
「海を渡って、別の大陸にも行けるかもしれないし。空で戦う敵もいるかもしれない!」
まだ小型機関すら完成していない。
それでも、エクレアの中では、すでに飛行船が空を進み始めているようだった。
チョコチップも、仮の航路へ目を向けた。
「ターブルロンドから王都まで直接飛べたら、移動もかなり変わりそうですね」
「そういう使い方もできると思う」
みたらしっぽは、今度はギルドハウスの建物図を開いた。
問題は、作る場所だった。
スフレの工房は、エンジンの部品を組み立てるには十分な広さがある。
だが、大陸を越えられる船体を収めることはできない。
建物の裏手。
訓練場に隣接する空き地。
そこへ工房から直接続く大きな作業区画を増築すれば、ギルドハウスの一部を飛行船用のドックにできる。
船体を支える組立架。
重い部品を運ぶための軌道。
整備溝。
係留塔。
空へ船体を出すための開閉屋根。
「新しいギルドハウスへ移ったばかりなのに、もう壁を壊すんですね」
チョコチップは、工房と裏手をつなぐ線を見つめた。
「でも、ここへ移ったからできる」
みたらしっぽは答えた。
「王都の家には、こんな場所を作れる広さはなかった。ターブルロンドへ移ったことを、次の開拓につなげたい」
必要な作業は多い。
機関の設計。
船体を支える構造。
材料集め。
強度試験。
工事中の護衛。
町の工房や職人との交渉。
団ノ子の全員が、毎日同じ仕事へ入る必要はない。
その日に手の空いている者が、その時必要な作業を手伝う。
スフレが中心となって機関を作り、ロウガンが船体の構造を支える。
みたらしっぽは、建設ギルドとの調整や材料の手配をまとめる。
それだけを最初の形として、残りは工事を進めながら決めることになった。
<ギルド建造計画>
<大陸間飛行船>
<計画開始>
飛行船は、まだ設計図の中にしか存在しない。
それでも。
団ノ子は、空へ向けた最初の工事を始めた。
団ノ子の会議室へ、古代機関庫から持ち帰った設計図が広げられた。
長いテーブルの中央に映し出されているのは、巨大な浮揚機関。
複数の魔石を束ねた動力炉。
推進力を外へ伝える回転軸。
そして、まだ大まかな輪郭しかない飛行船の船体だった。
みたらしっぽは、設計図の横へいくつかの工程を並べた。
<小型機関の試作>
<浮揚出力の安定化>
<船体骨組みの建造>
<操縦設備の設計>
<大陸間航行試験>
「最初から飛行船を一隻完成させる話じゃない」
みたらしっぽは集まったメンバーを見回した。
「まずは、このエンジンを小さく作って、本当に浮くか確かめる。動いたら、次は出力を安定させる。それができてから船体を考える」
完成までには、どれほど時間がかかるかわからない。
必要な材料も揃っていない。
設計図に記されている機関も、現存する部品だけでそのまま再現できるとは限らなかった。
「レイドの準備や新大陸の攻略も止めない。飛行船だけにギルドの時間を全部使うつもりもないよ」
みたらしっぽは工程の一番下を指した。
「できる時に、できるところまで進めよう。それでも、いつか本当に飛ばしたい」
「飛んだら、空からまだ見つかってないダンジョンを探せるよね!」
エクレアが身を乗り出した。
左腰には、完成したばかりの可変カイザーブレードがある。
「海を渡って、別の大陸にも行けるかもしれないし。空で戦う敵もいるかもしれない!」
まだ小型機関すら完成していない。
それでも、エクレアの中では、すでに飛行船が空を進み始めているようだった。
チョコチップも、仮の航路へ目を向けた。
「ターブルロンドから王都まで直接飛べたら、移動もかなり変わりそうですね」
「そういう使い方もできると思う」
みたらしっぽは、今度はギルドハウスの建物図を開いた。
問題は、作る場所だった。
スフレの工房は、エンジンの部品を組み立てるには十分な広さがある。
だが、大陸を越えられる船体を収めることはできない。
建物の裏手。
訓練場に隣接する空き地。
そこへ工房から直接続く大きな作業区画を増築すれば、ギルドハウスの一部を飛行船用のドックにできる。
船体を支える組立架。
重い部品を運ぶための軌道。
整備溝。
係留塔。
空へ船体を出すための開閉屋根。
「新しいギルドハウスへ移ったばかりなのに、もう壁を壊すんですね」
チョコチップは、工房と裏手をつなぐ線を見つめた。
「でも、ここへ移ったからできる」
みたらしっぽは答えた。
「王都の家には、こんな場所を作れる広さはなかった。ターブルロンドへ移ったことを、次の開拓につなげたい」
必要な作業は多い。
機関の設計。
船体を支える構造。
材料集め。
強度試験。
工事中の護衛。
町の工房や職人との交渉。
団ノ子の全員が、毎日同じ仕事へ入る必要はない。
その日に手の空いている者が、その時必要な作業を手伝う。
スフレが中心となって機関を作り、ロウガンが船体の構造を支える。
みたらしっぽは、建設ギルドとの調整や材料の手配をまとめる。
それだけを最初の形として、残りは工事を進めながら決めることになった。
<ギルド建造計画>
<大陸間飛行船>
<計画開始>
飛行船は、まだ設計図の中にしか存在しない。
それでも。
団ノ子は、空へ向けた最初の工事を始めた。
ギルドハウスの中のドック
工事は、設備一覧からドックを選択すれば終わるようなものではなかった。
工房と裏手を隔てていた石壁を、建物全体が崩れないよう少しずつ外す。
壁の代わりとなる柱を立てる。
長い組立架を地面へ固定する。
床を掘り下げ、エンジンを下側から整備できる作業溝を作る。
天井には、船体を出し入れするための大きな開閉屋根が必要だった。
ターブルロンドの建設ギルドが基礎工事を進め、団ノ子のメンバーも、その日の作業へ加わった。
梁を運ぶ者。
部品を整理する者。
建設途中の外壁を守る者。
職人たちへ食事や回復を届ける者。
役割は日ごとに変わり、誰かが空けた場所には自然と別の誰かが入った。
みたらしっぽは、毎朝その日の工程を確認した。
「今日は開閉屋根の梁を入れる。訓練場は夕方まで使えないから、必要な人には先に伝えておいて。北側から部材が来たら、搬入口へ回して」
指示を終えると、自分も手袋をつけて資材を運ぶ。
組立架では、スフレとロウガンが一本の太い支柱を挟んでいた。
「この柱だけで船体の重さを受けると、着地した時に床まで割れる」
ロウガンが図面へ荷重の流れを書き込む。
「壁側の基礎まで二本つないで、衝撃を横へ逃がした方がいい」
「そうすると、整備溝が少し狭くなる」
「人が通る幅は残せる。機関を下ろす時だけ、中央の床を開く形にすればいい」
スフレは少し考えたあと、作業溝の形を修正した。
近くでは、シュガーシロップが仮固定された支柱へ力をかけ、どの程度たわむか確かめている。
上階の足場からは、ガトーショコラが専用スコープで組立軌道の直線を見ていた。
「右が五ミリずれてる」
下にいたみたらしっぽが、職人へそのまま伝える。
「右へ五ミリ」
固定具が調整される。
ガトーショコラが再び覗く。
「今度は合ってる」
スフレが位置を決める。
シュガーシロップが支える。
ガトーショコラが遠くからずれを見つける。
みたらしっぽが全体を動かす。
長く一緒に遊んできた四人の間には、細かな説明を繰り返さなくても伝わるものがあった。
「次、どこへ持っていけばいい?」
エクレアが長い金属梁を肩へ担いでやって来た。
「東側の二本目」
「わかった!」
すぐに方向を変え、職人たちのいる足場へ運んでいく。
左手側のカイザーブレードは、作業中にも思わぬ形で役立った。
落ちかけた小さな部品をバックラーで受け止める。
金属を切断した時に飛んだ火花を防ぐ。
戦闘のために作った機構だが、エクレアは使うたびに嬉しそうだった。
「スフレ、これ工事でもすごく便利!」
「あとで軸を確認するから、終わったら持ってきて」
「うん!」
作業が進むにつれて、ギルドハウスの裏手には、それまでの建物とはまるで違う空間が現れた。
中央には、船体を置くための長い組立架。
その下には整備溝。
頭上には、まだ骨組みだけの開閉屋根。
今あるのは、小型エンジンを載せる金属枠と、何本かの太い軸だけだった。
船と呼べるものは、まだどこにもない。
それでも、外から見れば十分に異様だった。
海から遠く離れた交易都市の中で。
一つのギルドが、自分たちの家へ船のドックを作っている。
通りを歩く者たちは、自然と足を止めた。
「何を作ってるんだ?」
「船らしいぞ」
「ここから、どうやって海へ出すんだよ」
「空へ飛ばすらしい」
日に日に見物人は増えていった。
その中に、何日も続けてドックを見に来る一人の男性プレイヤーがいた。
工房と裏手を隔てていた石壁を、建物全体が崩れないよう少しずつ外す。
壁の代わりとなる柱を立てる。
長い組立架を地面へ固定する。
床を掘り下げ、エンジンを下側から整備できる作業溝を作る。
天井には、船体を出し入れするための大きな開閉屋根が必要だった。
ターブルロンドの建設ギルドが基礎工事を進め、団ノ子のメンバーも、その日の作業へ加わった。
梁を運ぶ者。
部品を整理する者。
建設途中の外壁を守る者。
職人たちへ食事や回復を届ける者。
役割は日ごとに変わり、誰かが空けた場所には自然と別の誰かが入った。
みたらしっぽは、毎朝その日の工程を確認した。
「今日は開閉屋根の梁を入れる。訓練場は夕方まで使えないから、必要な人には先に伝えておいて。北側から部材が来たら、搬入口へ回して」
指示を終えると、自分も手袋をつけて資材を運ぶ。
組立架では、スフレとロウガンが一本の太い支柱を挟んでいた。
「この柱だけで船体の重さを受けると、着地した時に床まで割れる」
ロウガンが図面へ荷重の流れを書き込む。
「壁側の基礎まで二本つないで、衝撃を横へ逃がした方がいい」
「そうすると、整備溝が少し狭くなる」
「人が通る幅は残せる。機関を下ろす時だけ、中央の床を開く形にすればいい」
スフレは少し考えたあと、作業溝の形を修正した。
近くでは、シュガーシロップが仮固定された支柱へ力をかけ、どの程度たわむか確かめている。
上階の足場からは、ガトーショコラが専用スコープで組立軌道の直線を見ていた。
「右が五ミリずれてる」
下にいたみたらしっぽが、職人へそのまま伝える。
「右へ五ミリ」
固定具が調整される。
ガトーショコラが再び覗く。
「今度は合ってる」
スフレが位置を決める。
シュガーシロップが支える。
ガトーショコラが遠くからずれを見つける。
みたらしっぽが全体を動かす。
長く一緒に遊んできた四人の間には、細かな説明を繰り返さなくても伝わるものがあった。
「次、どこへ持っていけばいい?」
エクレアが長い金属梁を肩へ担いでやって来た。
「東側の二本目」
「わかった!」
すぐに方向を変え、職人たちのいる足場へ運んでいく。
左手側のカイザーブレードは、作業中にも思わぬ形で役立った。
落ちかけた小さな部品をバックラーで受け止める。
金属を切断した時に飛んだ火花を防ぐ。
戦闘のために作った機構だが、エクレアは使うたびに嬉しそうだった。
「スフレ、これ工事でもすごく便利!」
「あとで軸を確認するから、終わったら持ってきて」
「うん!」
作業が進むにつれて、ギルドハウスの裏手には、それまでの建物とはまるで違う空間が現れた。
中央には、船体を置くための長い組立架。
その下には整備溝。
頭上には、まだ骨組みだけの開閉屋根。
今あるのは、小型エンジンを載せる金属枠と、何本かの太い軸だけだった。
船と呼べるものは、まだどこにもない。
それでも、外から見れば十分に異様だった。
海から遠く離れた交易都市の中で。
一つのギルドが、自分たちの家へ船のドックを作っている。
通りを歩く者たちは、自然と足を止めた。
「何を作ってるんだ?」
「船らしいぞ」
「ここから、どうやって海へ出すんだよ」
「空へ飛ばすらしい」
日に日に見物人は増えていった。
その中に、何日も続けてドックを見に来る一人の男性プレイヤーがいた。
風を見に来た男
銀色の髪。
額には、飛行用らしいゴーグル。
細身の旅装を身につけた男は、ほかの見物人より少し離れたところから工事を眺めていた。
最初の日は組立架。
翌日は開閉屋根。
その次は、ドックの入口と係留塔。
見る場所が毎日違っている。
珍しいものを見物しているだけではないことは、すぐにわかった。
四日目。
みたらしっぽが、入口近くへ立っていた男へ声をかけた。
「ここ何日か、ずっと見てるよね」
男は少し驚いたあと、頭を掻いた。
「ごめんな。つい気になっちまってよ。俺はエイル」
名前表示にも、同じ名が浮かんでいる。
ギルド表示はなかった。
「飛行船のドックだろ、これ?」
エイルは、中央へ敷かれた組立軌道を見る。
「船を置くだけなら、こんな長い軌道はいらねえ。離着陸の時に、機体をまっすぐ入れるためだ」
スフレも作業を止め、近くへ来た。
「飛行船に詳しいの?」
「前に操縦してたことがある。巡航に入ったあとは交代できるけど、離陸と着陸は俺がやってた」
戦闘クラス欄には《モンク》と表示されている。
だが、飛行船では《航行士》として操縦室へ入っていたという。
エイルはドックの入口まで歩き、外から入ってくる風を顔に受けた。
「船首は南へ向けるつもりか?」
「そう」
「南風なら問題ねえ。でも北西から強く吹いたら、着陸直前に船尾が東の壁へ流される」
エイルは、工房側の補強柱を指した。
「今の係留塔じゃ、索が張るより先にここへ当たると思う」
ロウガンが建物図を開き、ドックの幅と風向記録を重ねる。
スフレも、ターブルロンドで記録した風の流れを表示した。
北西から強い風を受けた場合。
確かに、船尾を戻すための余裕がほとんどない。
「入口側の係留塔を、外へ出した方がいい?」
スフレが尋ねる。
「ああ。それと、上に補助索を一本欲しい。船首じゃなく、先に船尾を引くんだ。そうすれば横へ流されても軌道へ戻せる」
エイルは地面へしゃがみ、指先で簡単な進入線を描いた。
飛行船は真っすぐ降りてくるわけではない。
風へ船体を預けながら、高度と向きを少しずつ合わせる。
最後に補助索で船尾を引き、組立軌道の中心へ入れる。
「エイルなら、このドックへ着陸できる?」
みたらしっぽが尋ねた。
「船の重さと翼の位置がわかればな」
エイルは、まだ何も載っていない組立架を見た。
「できれば一回、強い横風の日にも試したい。晴れた日に降ろせても、帰ってくる時に天気を選べるとは限らねえから」
その日の午後。
ドックでは、小型エンジンの初回試験が行われた。
古代機関庫の設計図を縮小し、スフレが組み上げた試験機。
中央には浮揚魔石。
その周囲には三本の回転軸。
出力は、完成機関の百分の一にも届かない。
スフレが操作台へ手を置く。
「始めるよ」
魔力が流れる。
低い駆動音。
回転軸が、ゆっくりと動き始めた。
金属枠の下へ、僅かな風が集まる。
出力を一段上げた、その時だった。
「止めろ!」
突然の声がドックへ響いた。
スフレは反射的に出力を落とした。
三本の回転軸が止まり、試験機が静かになる。
エイルはすぐに左側へ回り込んだ。
「悪い、急にでかい声出した。こっちの軸だけ音が違う」
機関へ顔を近づける。
「樹脂が焼けた匂いもする」
外装を開く。
一本の回転軸が僅かにずれ、周囲の部品へ擦れていた。
摩擦によって、魔力線を覆う樹脂が焦げ始めている。
あと少し試験を続けていれば、軸が外れ、浮揚魔石まで巻き込んで壊れていたかもしれない。
「音だけでわかったの?」
スフレが尋ねる。
「操縦席から機関の中身は見えねえからな」
エイルはずれた軸を指で回した。
「音と匂いで判断するしかないんだ。いつもと違ったら、先に止める。壊れてから考えるんじゃ遅え」
スフレは焦げた部分を見つめたあと、エイルの描いた進入線へ視線を移した。
見物に来ていた男は。
飛行船が完成したあとだけではなく、作っている今にも必要な知識を持っていた。
額には、飛行用らしいゴーグル。
細身の旅装を身につけた男は、ほかの見物人より少し離れたところから工事を眺めていた。
最初の日は組立架。
翌日は開閉屋根。
その次は、ドックの入口と係留塔。
見る場所が毎日違っている。
珍しいものを見物しているだけではないことは、すぐにわかった。
四日目。
みたらしっぽが、入口近くへ立っていた男へ声をかけた。
「ここ何日か、ずっと見てるよね」
男は少し驚いたあと、頭を掻いた。
「ごめんな。つい気になっちまってよ。俺はエイル」
名前表示にも、同じ名が浮かんでいる。
ギルド表示はなかった。
「飛行船のドックだろ、これ?」
エイルは、中央へ敷かれた組立軌道を見る。
「船を置くだけなら、こんな長い軌道はいらねえ。離着陸の時に、機体をまっすぐ入れるためだ」
スフレも作業を止め、近くへ来た。
「飛行船に詳しいの?」
「前に操縦してたことがある。巡航に入ったあとは交代できるけど、離陸と着陸は俺がやってた」
戦闘クラス欄には《モンク》と表示されている。
だが、飛行船では《航行士》として操縦室へ入っていたという。
エイルはドックの入口まで歩き、外から入ってくる風を顔に受けた。
「船首は南へ向けるつもりか?」
「そう」
「南風なら問題ねえ。でも北西から強く吹いたら、着陸直前に船尾が東の壁へ流される」
エイルは、工房側の補強柱を指した。
「今の係留塔じゃ、索が張るより先にここへ当たると思う」
ロウガンが建物図を開き、ドックの幅と風向記録を重ねる。
スフレも、ターブルロンドで記録した風の流れを表示した。
北西から強い風を受けた場合。
確かに、船尾を戻すための余裕がほとんどない。
「入口側の係留塔を、外へ出した方がいい?」
スフレが尋ねる。
「ああ。それと、上に補助索を一本欲しい。船首じゃなく、先に船尾を引くんだ。そうすれば横へ流されても軌道へ戻せる」
エイルは地面へしゃがみ、指先で簡単な進入線を描いた。
飛行船は真っすぐ降りてくるわけではない。
風へ船体を預けながら、高度と向きを少しずつ合わせる。
最後に補助索で船尾を引き、組立軌道の中心へ入れる。
「エイルなら、このドックへ着陸できる?」
みたらしっぽが尋ねた。
「船の重さと翼の位置がわかればな」
エイルは、まだ何も載っていない組立架を見た。
「できれば一回、強い横風の日にも試したい。晴れた日に降ろせても、帰ってくる時に天気を選べるとは限らねえから」
その日の午後。
ドックでは、小型エンジンの初回試験が行われた。
古代機関庫の設計図を縮小し、スフレが組み上げた試験機。
中央には浮揚魔石。
その周囲には三本の回転軸。
出力は、完成機関の百分の一にも届かない。
スフレが操作台へ手を置く。
「始めるよ」
魔力が流れる。
低い駆動音。
回転軸が、ゆっくりと動き始めた。
金属枠の下へ、僅かな風が集まる。
出力を一段上げた、その時だった。
「止めろ!」
突然の声がドックへ響いた。
スフレは反射的に出力を落とした。
三本の回転軸が止まり、試験機が静かになる。
エイルはすぐに左側へ回り込んだ。
「悪い、急にでかい声出した。こっちの軸だけ音が違う」
機関へ顔を近づける。
「樹脂が焼けた匂いもする」
外装を開く。
一本の回転軸が僅かにずれ、周囲の部品へ擦れていた。
摩擦によって、魔力線を覆う樹脂が焦げ始めている。
あと少し試験を続けていれば、軸が外れ、浮揚魔石まで巻き込んで壊れていたかもしれない。
「音だけでわかったの?」
スフレが尋ねる。
「操縦席から機関の中身は見えねえからな」
エイルはずれた軸を指で回した。
「音と匂いで判断するしかないんだ。いつもと違ったら、先に止める。壊れてから考えるんじゃ遅え」
スフレは焦げた部分を見つめたあと、エイルの描いた進入線へ視線を移した。
見物に来ていた男は。
飛行船が完成したあとだけではなく、作っている今にも必要な知識を持っていた。
団ノ子の航行士
それから数日。
エイルは、いつの間にか見物人のいる場所ではなく、ドックの中へ立つようになっていた。
最初は尋ねられた時だけ答えていた。
やがて、自分から図面の前へ座り、操縦する側から気になる箇所を書き込むようになった。
「機関停止まで画面を二枚開くのは遅えな」
仮の操縦席へ座り、制御画面へ手を伸ばす。
「緊急時には、手で直接落とせるレバーが欲しい」
「通常停止と、緊急停止を分ける?」
スフレが尋ねる。
「ああ。間違えて引かねえ位置にしてくれ。けど、座席から手は届くようにな」
スフレが制御線を二つへ分ける。
ロウガンは、緊急時に強く引いても操縦台が歪まないよう土台を補強した。
別の日には、エイルが仮設操縦室から外を見回した。
「窓が、もう少し後ろまで欲しい」
「後ろ?」
「着陸する時に翼端が見えねえ。ここだけだと、壁との距離を感覚で合わせることになる」
窓枠の位置を変える。
支柱が干渉する。
ロウガンが支柱の角度を変え、必要な強度を残したまま視界を広げた。
スフレが機関を作る。
ロウガンが、それを載せても崩れない構造へ変える。
エイルが、実際に飛ばす時に必要な形を伝える。
三人の意見が、一つの図面へ重なるほど、開発は目に見えて進んでいった。
ある夜。
作業を終えたエイルは、団ノ子の会議室へ呼ばれた。
長いテーブルの周りには、まだ工事着のまま残っているメンバーもいる。
みたらしっぽは、何度も書き直された飛行船の図面を開いた。
「エイル。正式に団ノ子へ入らない?」
エイルは目を瞬いた。
「俺でいいのか?」
「毎日来てるし、この図面にもエイルが書いた線が増えてる」
進入角度。
補助索。
操縦窓。
緊急停止装置。
どれも、すでに飛行船の一部だった。
「完成した船へ乗る人としてじゃない」
みたらしっぽは続けた。
「最初から一緒に作ってる仲間として、入ってほしい」
エイルは図面をしばらく見つめた。
それから、少し照れたように笑う。
「じゃあ、入れてくれ」
加入画面へ手を伸ばす。
「ここまで首突っ込んどいて、浮いたところだけ見て帰る気はねえよ。こいつがちゃんと空を走るところまで付き合いたい」
<ギルド『団ノ子』への加入申請>
<承認>
<エイルがギルド『団ノ子』へ加入しました>
<登録役割:《航行士》>
エイルは、新しく表示された団ノ子の紋章を見た。
「よろしくな」
スフレが頷く。
「まずは、もう一度小型機関を動かす」
「ああ。今度は最後まで回そうぜ」
ロウガンは新しい船体図を、三人の中央へ広げた。
まだ修正すべき場所は多い。
それでも、完成へ向かう話は、以前よりもずっと具体的になっていた。
エイルは、いつの間にか見物人のいる場所ではなく、ドックの中へ立つようになっていた。
最初は尋ねられた時だけ答えていた。
やがて、自分から図面の前へ座り、操縦する側から気になる箇所を書き込むようになった。
「機関停止まで画面を二枚開くのは遅えな」
仮の操縦席へ座り、制御画面へ手を伸ばす。
「緊急時には、手で直接落とせるレバーが欲しい」
「通常停止と、緊急停止を分ける?」
スフレが尋ねる。
「ああ。間違えて引かねえ位置にしてくれ。けど、座席から手は届くようにな」
スフレが制御線を二つへ分ける。
ロウガンは、緊急時に強く引いても操縦台が歪まないよう土台を補強した。
別の日には、エイルが仮設操縦室から外を見回した。
「窓が、もう少し後ろまで欲しい」
「後ろ?」
「着陸する時に翼端が見えねえ。ここだけだと、壁との距離を感覚で合わせることになる」
窓枠の位置を変える。
支柱が干渉する。
ロウガンが支柱の角度を変え、必要な強度を残したまま視界を広げた。
スフレが機関を作る。
ロウガンが、それを載せても崩れない構造へ変える。
エイルが、実際に飛ばす時に必要な形を伝える。
三人の意見が、一つの図面へ重なるほど、開発は目に見えて進んでいった。
ある夜。
作業を終えたエイルは、団ノ子の会議室へ呼ばれた。
長いテーブルの周りには、まだ工事着のまま残っているメンバーもいる。
みたらしっぽは、何度も書き直された飛行船の図面を開いた。
「エイル。正式に団ノ子へ入らない?」
エイルは目を瞬いた。
「俺でいいのか?」
「毎日来てるし、この図面にもエイルが書いた線が増えてる」
進入角度。
補助索。
操縦窓。
緊急停止装置。
どれも、すでに飛行船の一部だった。
「完成した船へ乗る人としてじゃない」
みたらしっぽは続けた。
「最初から一緒に作ってる仲間として、入ってほしい」
エイルは図面をしばらく見つめた。
それから、少し照れたように笑う。
「じゃあ、入れてくれ」
加入画面へ手を伸ばす。
「ここまで首突っ込んどいて、浮いたところだけ見て帰る気はねえよ。こいつがちゃんと空を走るところまで付き合いたい」
<ギルド『団ノ子』への加入申請>
<承認>
<エイルがギルド『団ノ子』へ加入しました>
<登録役割:《航行士》>
エイルは、新しく表示された団ノ子の紋章を見た。
「よろしくな」
スフレが頷く。
「まずは、もう一度小型機関を動かす」
「ああ。今度は最後まで回そうぜ」
ロウガンは新しい船体図を、三人の中央へ広げた。
まだ修正すべき場所は多い。
それでも、完成へ向かう話は、以前よりもずっと具体的になっていた。
まだ船ではないもの
エイルが加入してから、飛行船の建造は少しずつ速度を上げた。
ドックの係留塔は、横風を受けても船尾を引き戻せる位置へ作り直された。
操縦室の仮設模型も作られた。
スフレは機関の回転軸と魔力循環を調整する。
ロウガンは、機関の出力と着地の衝撃を船体全体へ逃がす骨組みを組む。
エイルは操縦席へ座り、手が届く範囲、外から見える角度、緊急時に身体を動かせる方向を何度も確かめた。
必要な材料が足りなければ、団ノ子のメンバーが採取や護衛へ向かう。
大きな部材が届けば、その時ギルドハウスにいる者がドックへ集まり、職人たちと一緒に組み込んだ。
誰か一人のための作業ではなく。
少しずつ、ギルド全体の計画になっていた。
工房からドックへ続く軌道の上には、大陸間航行用エンジンの中心部が形を持ち始めている。
だが、まだ船体の外板はない。
浮揚魔石も、必要数の一部だけ。
操縦室は木材で組んだ仮の枠。
推進翼に使う素材も、これから別の地域へ探しに行かなければならない。
完成した飛行船とは、到底呼べなかった。
二度目の小型機関試験の日。
団ノ子のメンバーがドックへ集まった。
スフレが操作台へ立つ。
ロウガンは架台の固定を確認する。
エイルは、機関の音へ耳を澄ませた。
「左は?」
スフレが尋ねる。
「揃ってる。焦げた匂いもねえ」
「架台も問題ない」
ロウガンが金属枠から手を離した。
スフレは一度だけ息を整えた。
「始めるよ」
魔力が流れる。
三本の回転軸が動き始めた。
以前よりも静かな音。
軸同士の揺れも少ない。
出力を上げる。
金属枠の下へ風が集まり、床の細かな塵が外側へ吹き飛ばされた。
試験機が震える。
一センチ。
二センチ。
固定索が張る。
小さな試験機が、架台から浮き上がった。
「浮いた!」
エクレアの声がドックへ響いた。
駆け寄りそうになり、試験中であることを思い出して、その場で両手を握る。
「本当に浮いてる!」
エイルは機関の周囲へ流れる風を見た。
「安定してる。軸もずれてねえ」
ロウガンも架台と固定索を確認する。
予定した位置から、どこも動いていない。
スフレは少しの間だけ浮揚を維持し、ゆっくり出力を下げた。
試験機が降りていく。
金属枠へ、ほとんど音を立てずに着地した。
機関が停止する。
数秒間。
ドックの中にいた誰もが、動かずに試験機を見つめていた。
浮いたのは、小さな金属枠だけだった。
大陸を越える飛行船と比べれば、あまりにも小さい。
それでも。
設計図の中にしかなかった機関が、初めて自分の力で地面を離れた。
エクレアが、今度こそスフレのところへ駆け寄る。
「浮いたね! 次はもっと大きいのを作るんでしょう?」
「少しずつ」
「船体も早く作ろう!」
スフレも、止まった機関を見ながら笑っていた。
みたらしっぽは、ドックの奥へ伸びる船体の骨組みへ目を向ける。
「完成までは、まだ遠い」
「でも、飛ぶことはわかった」
スフレが答えた。
エイルは、開いた屋根から夜空を見上げた。
外から入った風が、銀色の髪と額のゴーグルを揺らす。
「完成したら、まず北の山を越えてみてえな」
その向こうには、まだ地図へ描かれていない大地がある。
空からでなければ入れない谷。
海路のない場所。
誰も見たことのない景色。
「まだ船体もないよ」
みたらしっぽが言う。
エイルは、骨組みだけの船へ笑いかけた。
「わかってる。だから、これから作るんだろ」
工房の壁には。
ガトーショコラの専用スコープ。
エクレアの可変カイザーブレード。
大陸間飛行船の設計図が並んでいた。
<ギルド建造計画>
<大陸間飛行船>
<基礎機関試験:完了>
<船名:未登録>
飛行船は、まだ完成していない。
今は、ドックの中央に船の骨組みが一本伸びているだけだった。
それでも。
団ノ子の新しいギルドハウスには。
いつか空へ続く場所が、確かに作られ始めていた。
ドックの係留塔は、横風を受けても船尾を引き戻せる位置へ作り直された。
操縦室の仮設模型も作られた。
スフレは機関の回転軸と魔力循環を調整する。
ロウガンは、機関の出力と着地の衝撃を船体全体へ逃がす骨組みを組む。
エイルは操縦席へ座り、手が届く範囲、外から見える角度、緊急時に身体を動かせる方向を何度も確かめた。
必要な材料が足りなければ、団ノ子のメンバーが採取や護衛へ向かう。
大きな部材が届けば、その時ギルドハウスにいる者がドックへ集まり、職人たちと一緒に組み込んだ。
誰か一人のための作業ではなく。
少しずつ、ギルド全体の計画になっていた。
工房からドックへ続く軌道の上には、大陸間航行用エンジンの中心部が形を持ち始めている。
だが、まだ船体の外板はない。
浮揚魔石も、必要数の一部だけ。
操縦室は木材で組んだ仮の枠。
推進翼に使う素材も、これから別の地域へ探しに行かなければならない。
完成した飛行船とは、到底呼べなかった。
二度目の小型機関試験の日。
団ノ子のメンバーがドックへ集まった。
スフレが操作台へ立つ。
ロウガンは架台の固定を確認する。
エイルは、機関の音へ耳を澄ませた。
「左は?」
スフレが尋ねる。
「揃ってる。焦げた匂いもねえ」
「架台も問題ない」
ロウガンが金属枠から手を離した。
スフレは一度だけ息を整えた。
「始めるよ」
魔力が流れる。
三本の回転軸が動き始めた。
以前よりも静かな音。
軸同士の揺れも少ない。
出力を上げる。
金属枠の下へ風が集まり、床の細かな塵が外側へ吹き飛ばされた。
試験機が震える。
一センチ。
二センチ。
固定索が張る。
小さな試験機が、架台から浮き上がった。
「浮いた!」
エクレアの声がドックへ響いた。
駆け寄りそうになり、試験中であることを思い出して、その場で両手を握る。
「本当に浮いてる!」
エイルは機関の周囲へ流れる風を見た。
「安定してる。軸もずれてねえ」
ロウガンも架台と固定索を確認する。
予定した位置から、どこも動いていない。
スフレは少しの間だけ浮揚を維持し、ゆっくり出力を下げた。
試験機が降りていく。
金属枠へ、ほとんど音を立てずに着地した。
機関が停止する。
数秒間。
ドックの中にいた誰もが、動かずに試験機を見つめていた。
浮いたのは、小さな金属枠だけだった。
大陸を越える飛行船と比べれば、あまりにも小さい。
それでも。
設計図の中にしかなかった機関が、初めて自分の力で地面を離れた。
エクレアが、今度こそスフレのところへ駆け寄る。
「浮いたね! 次はもっと大きいのを作るんでしょう?」
「少しずつ」
「船体も早く作ろう!」
スフレも、止まった機関を見ながら笑っていた。
みたらしっぽは、ドックの奥へ伸びる船体の骨組みへ目を向ける。
「完成までは、まだ遠い」
「でも、飛ぶことはわかった」
スフレが答えた。
エイルは、開いた屋根から夜空を見上げた。
外から入った風が、銀色の髪と額のゴーグルを揺らす。
「完成したら、まず北の山を越えてみてえな」
その向こうには、まだ地図へ描かれていない大地がある。
空からでなければ入れない谷。
海路のない場所。
誰も見たことのない景色。
「まだ船体もないよ」
みたらしっぽが言う。
エイルは、骨組みだけの船へ笑いかけた。
「わかってる。だから、これから作るんだろ」
工房の壁には。
ガトーショコラの専用スコープ。
エクレアの可変カイザーブレード。
大陸間飛行船の設計図が並んでいた。
<ギルド建造計画>
<大陸間飛行船>
<基礎機関試験:完了>
<船名:未登録>
飛行船は、まだ完成していない。
今は、ドックの中央に船の骨組みが一本伸びているだけだった。
それでも。
団ノ子の新しいギルドハウスには。
いつか空へ続く場所が、確かに作られ始めていた。