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The Perfect Sun

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The Perfect Sun ◆LxH6hCs9JU



 日が高い。木々も疎らな山林の端に、懐かしくも暖かい木漏れ日が差し込めてくる。
 肌に感じる温もりが、生の実感として、羽藤柚明の心をじくじくと焼いた。

 傍ら、柚明に寄り添うようにして座る羽藤桂は、まだ薄っすらと涙を浮かべている。
 見知った少女のいたいけな姿を見て、胸が締め付けられるような痛みを覚えた。

 ――また、悲しませてしまった。

 修羅の道に進むことがそもそもの間違いだったとして、悪行が露呈した場合の末路を考慮しなかったわけではない。
 覚悟とて、もちろんあった。逃げのような、覚悟ではあったが――。
 その覚悟すら挫かれ、責任を投げ出すことすら許されないと束縛されてしまっては、もう尽くせる術などなにもない。

 桂の涙を拭うことも、桂の涙を止めることも、方法も資格すらも。
 今の柚明には与えられず、また得られず。
 理解しているからこそ、望むのも咎だと思えた。

 雁字搦めの蔦縛りに合い、それでも生を強制された柚明にとっての、未来とはなんなのか。
 わからないでいる。誰にも教えられないでいる。わからないから、知らないから、動けないでいる。

 泡沫の生にまどろむ柚明……それに寄り添う桂……柚明が動くのを黙って待っている大十字九郎アル・アジフ
 山林の端、山と町の境界線にて、四人の時間はゆっくりと流れていた。

 静寂を壊す音が、轟然と大地を滑ってきたのが昼の刻。
 巨大な影に目を奪われる柚明たちは、唐突なる存在に当然の畏怖を覚えた。

 現れたのは、一角の獣。無骨な甲殻に覆われた姿は、甲虫とも甲竜とも判断つかない。
 見るものが見れば、幻想種とも疑うような異形。四足の怪物を前に、柚明ら四人は戦慄した。
 ずしん、と一歩前に、一角獣が歩み寄る。威嚇とも思えるような挙動が、さらに恐怖を駆り立てた。
 先手を打つべきか、と九郎とアルがまた一歩前に出て、そこで声が落とされる。

「あーりゃりゃ、しょぼくれちゃってるじゃないの」

 九郎が、アルが、桂が、一斉に反応する。
 柚明にとっても、それは聞き覚えのある声だった。

「ねぇねぇカノジョ。碧ちゃんと教会までドライブでもどーよ? 乗り心地は保障できないけどさっ」

 一角獣の背からひょいっと顔を覗かせたのは、幾時間ぶりの笑みを綻ばせる杉浦碧だった。


 ◇ ◇ ◇


 監視者である少年は、いかなる時、いかなる状況であっても、それらを見続けてきた。
 星繰りの儀を取り仕切る役割は、様式を変えたとて降りること許されず、また望みもしない。
 以下を回顧録として、言葉に成す。


 とある歌唱力自慢のアイドルの話をしよう。
 天海春香という片割れに依存していた彼女は、元々が辿っていた道程に戻るため、順応の選択を取った。
 しかし彼女には殺す覚悟はあっても殺し合う覚悟はなく、拠り所を得ることに懸命になって、結果泥沼に溺れる。
 中途半端な懊悩の末に、桂言葉の狂気に身を蝕まれ、最後は西園寺世界の凶気によって朽ち滅ぼされた。


 とあるボーイッシュな女の子の話をしよう。
 小牧愛佳との触れ合いを発端にして道を歩んできた彼女の運命は、高槻やよいとの再会で激変した。
 ちっぽけな懸念と焦燥感、子供心を残し、だからこそ感じてしまう不安と焦りは、囁きに呑まれてしまう。
 辿り着いた場所で心機一転しようとも、他者の想いに気づけなかったのが運の尽き……ユメイの想いを前に、果てた。


 とある泣き虫だが心根の優しかった少年の話をしよう。
 人ならざる者の心を知る彼は、多くの悲しみに触れ、それ以上に多くの後悔に塗れ、されど挫けなかった。
 ああすればよかった、こうすればもっとよかった、そんな過去には囚われず、前へ……そして深優・グリーアと邂逅する。
 彼の取ってきた行動はやはり、衛宮士郎との戦いの果てに至るまで、彼らしい選択だったと思わざるをえない。


 とある不器用で実直すぎた生徒会長の話をしよう。
 一つの体に二つの魂を宿す彼と彼女は、別々の道を歩もうとして対立し、結果兄の凶行に縛られた。
 何度かの抵抗が続くも、対馬レオ蒼井渚砂の命は失われ、そして自業自得を味わう先で、兄はフカヒレに討たれる。
 残った妹は復讐心に駆られた。ただ、甘さを残しての復讐は隙を生み、背後の蛇――藤乃静留の殺意には、気づけぬまま。


 765プロや神沢学園生徒会の面々は、皆『らしい』道程を歩んだのだと、聞きかじった程度でも納得してしまう。
 それが自分たちとは異なる世界、時代、宇宙を生きる者なのかもしれないという仮定を考慮しても、納得は揺るがない。
 だからこその信憑性が、語る監視者の少年、那岐に生まれつつあった。


 選択肢は、『知りたい、知るべきだ』――判断ミスなどではない、と二人の少女は聞き終えてから強く思う。
 現実を知るのは辛かった。過去の痛みを掘り返されるのが辛かった。それでも、知れて幸福だった。
 このいかんともしがたい胸の痛みは、早々に忘れて。今は、次なる段階へと進まなければならないだろう。


 真実を知る、真実を語る『元』炎凪――『現』那岐。
 彼を『味方として』信用するべきか、信用せざるべきか。
 完璧なる太陽の順番は終わり、再び二択を選ばなければならない。


 【The Perfect Sun――IN】


 ◇ ◇ ◇


 ……那岐の口から、如月千早や菊地真、如月双七一乃谷兄妹の生き様が、淡々と語られた。
 聞き手に回っていた高槻やよい、トーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナは、絶句。
 言葉もないまま、しばらくの時間が過ぎ、場に静謐とした空気が漂い流れていく。

 教会裏の寄宿舎、プッチャンが盛大に破壊してなお、どうにか部屋の形を保つ食堂。
 辛うじて損壊を免れていたテーブルと椅子を引っ張り出し、一同が着席していた。
 那岐、やよいとプッチャン、トーニャ、ダンセイニに、瓦礫の上に放置されているのは気絶したままのドクター・ウェストである。

「千早ちゃんも、真ちゃんも、双七くんも愁厳くんも、刀子ちゃんだって……みんな立派に生き抜いた。
 僕がみんなにしてきたことは、償いの効くものじゃないってことはわかってる。それだけのことをやった」

 主催側――いわば敵本陣から味方側に降って来た『裏切り者』は、疑惑の証としての拘束を受けている。
 椅子の背もたれと体をキキーモラで纏めて縛り上げられ、それでも那岐の口調は緩まなかった。

「だけど、どうかこれだけはわかってほしい。僕はもう、君たちに迷惑をかけたくはないんだ。
 星詠みの舞は本来の様式を取り戻した上で、改めて儀をやり直す必要がある。そのための力を、借してほしい」

 使命感に満ち溢れた確固たる眼差しで、集う皆々の正面から向き合う那岐。
 要求するのは、この仮初の儀式の破壊――トーニャたちが目指すものと、同じ目的であるはずだった。
 しかしながら、一同の面持ちは憮然。この突然の情報提供者に、懐疑を拭えないでいる。

 話に聞いた『星詠みの舞』の詳細はともかくとして、那岐が参加者の行動を把握していたのは事実のようだ。
 彼の語る如月千早、菊地真、如月双七、一乃谷兄妹の動向は、皆『らしい』。そこに疑念はない。
 トーニャややよい本人の辿ってきた道を尋ねても、事実と同じ回答が返って来るだろう。
 情報提供者としては、信憑性がある。現生存者の動きに関しても、判断は難しくなかった。

 だからといって――どこまで信じられるものなのか。

 トーニャは口を噤んだままの熟考を経て、やよいに尋ねる。

「やよいさん。あなたはどう思いますか? 彼……那岐の言葉は信頼に足るでしょうか」

 言葉に迷いを含ませ、歯切れ悪く言った。
 やよいも困った顔を浮かべており、返答はすぐには望めない様子である。
 代わりに、やよいの右手に納まるパペット人形のプッチャンが口を開いた。

「とりあえずよ、言ってることは嘘じゃねーんじゃねぇか? ただ、まあ……それとは別、って話だよな」
「ええ……それとこれとは別、というのが判断に困る部分でもあるんですよねぇ」
「あぅ~? 二人とも、なんか悟り合ってます?」

 同僚にして親友の生き様をただ重く捉えていただけのやよいは、考察にまでは至れていないようだった。
 彼女にとっては、如月千早や菊地真の等身大の姿こそが衝撃だったのだろう。那岐の本心までは、気が回らないでいる。
 対して、神沢学園の学友たちに対してそこまで依存していなかったトーニャは切り替えも淡白に、やよいの分まで考えを巡らせていた。

「正解を言っているからといって、必ずしも人間性まで正しいとは限らない」
「まあな。クイズは悪人だって出すってもんさ」
「むずかしーですー……」
「てけり・り」

 那岐の処遇をどうするかによって、局面は大きく変化する。
 参加者たちにとって都合のいいほうに傾くか、それとも主催側に飲み込まれるか、はたまた那岐の一人勝ちか……。
 どれもが予想できるだけに、トーニャ一人では判断し切れずにいた。
 誰か、もう一人。この那岐という人物をよく知っている味方がいてくれたなら、選択肢も狭まるのだろう。
 そんな高望みは都合よくも……破天荒な訪れを見せることとなる。

「――炎凪ッ!!」

 それは、一発の銃声。

 威嚇射撃として放ったのだろう一撃は、那岐の座る椅子の足元に着弾。
 皆が驚きと共に視線を転ずると、爆破され穴となった壁の向こう、食堂の裏手、つまりは外に、狙撃手の影があった。

 やや小型の銃を二丁、那岐のほうへと向けてくる半袖ブラウス姿の少女。
 艶やかな長髪は風に靡き、構える様相は誰が見ても激怒と取れる。
 傍らにも、うら若き少女が三人。この地におけるなによりの存在証明として、首に輪を嵌めたまま。


 【The Missing Moon――IN】


 ◇ ◇ ◇


 ファルシータ・フォーセットの先導により、たどり着いた教会裏手の寄宿舎。
 オーファンによる破壊の名残がわずかにある庭地を越え、大穴の開いた壁を眼前に立つ。
 吹き曝しの食堂は外側からでも情景が一望でき、中に集っている者たちの顔も鮮明に窺えた。

 髪をツーテールに結い、右手に人形を嵌めたシスターの衣装の少女。
 瓦礫の上に無造作に横たえられている、汚れた白衣に派手な髪の男。
 どこか透過しているようにも見える、摩訶不思議な一つ目スライム。
 白で統一された学服、そのスカートから尾のような縄を伸ばす少女。

 そして――その尾によって体を拘束されている、日本神話から出張ってきたような仮装の少年。
 身に纏う衣服こそ一風変わってはいるが、常の嘲るような笑みは学園の頃となんら変わらない。

 多くのHiMEたちを闘争に巻き込んだ張本人。
 忌むべき一番地の手先。
 炎凪の姿が、そこにあった。

「ファルシータからの話を聞いたときはまさかとも思ったが……本当に接触を図ってくるとはな。
 だが、お生憎様だ。貴様の策謀はここで潰える。他の奴らは欺けても、おまえをよく知る私は欺けない」

 学生の夏服を模したステージ衣装『ラフタイムスクール』に身を包むのは、玖我なつきである。
 クリス・ヴェルティン山辺美希、ファルらと共に教会寄宿舎へとやって来た彼女は、早々と行動を起こした。
 それこそが、炎凪の弾劾。拳銃型のエレメント『ELER』の銃口を向け、早速の主導権を手にする。

「ファルさん、これはいったい何事です。そちらの見慣れぬ方々は、どこで拾ってきたんですか?」
「教会からちょっと離れた先よ。誰が誰かは……そちらの炎凪さんに聞けばわかるのではないかしら?」

 銃を構えるなつきをそのままに、凪を拘束する少女トーニャと、ファルが問答を交わす。
 ファルはこの、教会を拠点としていた一団との橋渡しの任を務める。
 威嚇とはいえ、いきなりの発砲などという暴挙に躍り出たのは、ファルの存在を考慮に入れての計算だ。

「この姿で会うのは初めてだね、なつきちゃん。
 君は随分と可愛らしい格好をしているねぇ、クリスくん。
 そしてそっちの……何食わぬ顔で立っている君は、美希ちゃんか」

 来訪者の名前を次々と言い当てていく凪。飛び出た美希の名に、トーニャが顔を顰めた。

「美希……山辺美希、ですか? 優勝狙いの危険人物と言っていましたが……それがどうして、ファルさんと一緒に?」
「なに……? おい、そこのおまえ。トーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナだな? おまえは騙されているぞ!」

 訝るトーニャに真実を伝えようと、なつきが語気強く語り始める。

「美希が危険人物だって? なにを馬鹿げたことを。そんなものは、凪が私たちを欺くために撒き散らしたデタラメだ!」

 自信満々に言ってのけるなつきだったが、トーニャの反応は鈍い。
 銃口を突きつけられ、なおかつ拘束中の身である凪は、余裕の態度でため息をついていた。
 そんな態度でいられるのも今の内だ――となつきが内心思う中、

「いいえ、なつきさん。美希さんが優勝を狙っていたのは本当よ」

 ファルが告げ、

「この際だからぶっちゃけますけど、本当ですよなつきさん」

 美希本人が告げ、

「ほら見ろ。惜しかったな凪。おまえの魂胆はみえみ…………なんだとっ!?」

 自信は打ち崩される。

 二者の口からあっさりと語られた真相に、なつきは化かされたような気分を味わった。
 冗談を言うな、と目で訴えかけても、ファルも美希も否定の表情を浮かべない。
 クリスのほうへと視線を転ずるが、なつきと情報量を同じくする彼も、やはり状況が掴めていない様子だった。
 わずかに頬が高揚しだすなつきを尻目に、ファルが一歩前へ。トーニャと凪を対象にして、語りかけた。

「美希さんの本性は私が暴いた。そして、その上でこちらの味方についてもらえるよう説得したわ」
「……その結果は?」
「私が彼女を連れてきた。なのに結果が見えないのかしら、トーニャさん?」

 小首を傾げて問いかけるファルに、トーニャは一笑で返す。
 それを受けて、ファルはさらに続けた。

「美希さんが望むのは生存よ。優勝でも、他者の敗北でもない」
「主催者の約束と、私たちが握る可能性……賭けたのは後者、ということですか」
「まあ、そんなところッス。美希としましては、いざこざノーサンキューといったしだいでして」
「ちょ、ちょっと待て!」

 美希の手の平を返したようなやり取りに、なつきも置いてけぼりをくらったままではいられなかった。

「つまり美希、おまえは今の今まで……私を騙していたというのか!?」
「う~ん。そんな、騙すなんてほどの大嘘をついた覚えもないですけど」
「とりあえず、そこにいる炎凪さんは、美希さんのことについてはなにも嘘をついていないということよ」

 ファルまでもが肯定の意を表し、美希の真なる本性、凪の身の潔白が証明されてしまう。
 なつきは驚愕の表情のまま、しかし構えた銃口は寸毫も下ろさず、八つ当たりのように凪を睨み据えた。
 凪はやや疲れた顔つきで、意図的なのか天然なのか、なつきにとって不愉快と取れる言動を刻む。

「あのねぇ、なつきちゃん。君を説き伏せるのは大変骨が折れそうなんだけど……」
「黙れっ! 誰が貴様の言葉になど耳を貸すか! おまえには前科がたっぷり――」
「なつき」

 頭ごなしに否定しようとするなつきを見ていられなくなったのか、クリスが声で割って入る。

「クリス……っ」
「疑うには早いよ。まずはナギの話を聞いてみよう」
「くっ…………おまえが、そう言うなら……」

 隣に立たれ、精悍な眼差しを向けてくるクリス。
 その立ち振る舞いの前では殊勝にならざるをえなく、さすがのなつきも威勢を削がれた。
 しぶしぶといった様子で、『ELER』の銃口を凪から背ける。

「あらら、なつきちゃんがここまでしおらしい態度を見せるなんて……ある意味、貴重だねぇ」

 凪の軽口は相変わらずで、なつきは反射的に引き金を絞りそうになったが、寸でのところでクリスに止められる。
 なにやらニヤニヤした顔つきの凪が、いつもより余計に不愉快に映った。

「ナギ。僕たちはケイとアルを探しているんだ。君なら、二人がどこにいるか知っているんじゃないかな?」

 クリスの質問に、凪が答える。

「あいにくと現在地はわからない。だけど僕がここに来る直前のことだったら、どこにいたか教えられるよ。なんせ」

 言葉を中途で区切り、凪は声に辛辣な色を含ませる。

「僕は監視という名目で、この舞台上で起こる様々な惨劇を目撃してきたからね……」
「……なん……だと?」

 重たげな雰囲気で放たれた言霊に、即座に反応して見せたのはやはりなつきだった。
 彼女としては想定していなかったキーワードが、最も知られてはまずい相手の口から、唐突に零れ落ちる。
 監視されていた――という、ある種当然の事実を、今さらのように噛み締め、過去を――朝方のちょっとした情事を思い出す。
 気づかぬ内、顔は自然と上気して、あっという間に一面が真っ赤に変わる。
 なつきは自覚もないままに、口元をピクリピクリと微動させていた。

「見ていた、だと……? すべて……よりにもよって……きさ、ま、が……?」
「……なつきちゃん?」

 見るからに様子がおかしいなつきに、凪が声をかける。
 声はなくとも、ここにいる全員、視線はなつきへと注がれていた。
 渦中、なつきは押し寄せてくる激情に身を委ねながら、ごく自然に零れた言葉を、

「……殺ス」

 明確な殺意で包み込み、ゆったりとした幽鬼のような所作で、再度『ELER』の銃口を持ち上げた。
 パートナーのまさかの行動を前に、すかさずクリスが制止に走る。

「ちょ、ちょっとなつき! いきなりどうしたのさ!?」
「止めるなクリス! こいつの口は! 今すぐにでも! 塞がなければならないんだ!!」
「どうして!?」
「おまえがそれを訊くのか!?」

 わけがわからないといった風のクリスに、カチンとくる。この鈍さを愛嬌と捉える余裕が今はない。
 他の者はクリス以上に事情が掴めていない様子で、皆唖然としていた。

「殿中です! 殿中にございまするなつきさんっ!」
「なにが殿中なものか! ええい離せ! 離せぇぇぇっ!!」

 狂犬と化したなつきに見かねて、美希が助太刀に入る。
 クリスと共に二人がかりでなつきを押さえ込もうとするが、それでも彼女は必死に抗った。

 なつきにとっては、死活問題なのである。
 凪の弁が真実だとするならば、己は今、命を握られているにも等しい。
 脅迫のネタを抱えている敵を信用するなど言語道断、下手なことを口走る前に射殺するが良し。
 羞恥は度を越えると致死性を秘めるようになる。心がけていたなつきだからこそ、頑なに殺気を放ち続けた。

「……まったく、随分とまあ、騒がしい客を連れてきたものですね」
「あら、手札は大いに越したことはないでしょ? まさか今さら、ジョーカーは手元に置けないなんて言わないわよね?」
「ファルシータ・フォーセットという札自体が、ジョーカー以上に危うい代物ですからね。あの程度は許容範囲ですよ」

 癇癪を起こすなつきを放り、ファルはあっけらかんとした態度で教会の一団との合流を果たした。
 騒動の間際に逃亡したファルに対し、トーニャは特別叱りつけるでもなく、かといって再会に歓喜したりもしない。
 自称『酷い人間』の行動を抑制するなど、もともと不可能な話。身勝手な人間には、つき合うだけ苦労損だ。
 ファルにレーダーを預け、トラブルへの対処を一任したのも、それなりの信頼があったからこそ。
 味方になりうる人材を三人、この場に連れてきたというだけでも、ファルは十分に仕事を果たしたと言える。

「ファルさん! 私、ファルさんがどこに行っちゃったのかって……すっごく、すっごく心配したんですよ!?」

 そういったトーニャの思慮をまったく把握していなかったやよいは、純真な泣き顔でファルに縋りつく。
 ファルがすぐに戻ってこなかった事実を踏まえても、彼女は自分が見捨てられた、などとは思っていないのだろう。
 曇りのない心情は容易に読み取れ、だからこそファルは、やよいの幼さに微笑みを作らざるをえなかった。

「ごめんなさい。でも、私がいなくてもやれたじゃない。彼がここにいるのは、あなたの功績なのでしょう?」

 ファルが視線で促す先、のんきに欠伸をする凪がいた。

「ま、やよいには俺がついてたからな。ポッと出の姉さん気取りとは、信頼度が段違いってなもんさ」
「ポッと出……ねぇ。あらあらプッチャンさん。いったい、誰のことを言っているのかしら……?」
「おっと、このプッチャン様は過去を振り返ったりはしないのさ。ま、せいぜい精進するんだなぁ」

 プッチャンの挑発的な言葉に、ファルの慇懃な態度が一変、笑みもツンドラのように凍てつく。
 すぐに睨み合いが始まり、やよいの右手を基点として、一触即発の空気が漂い始めた。

「うぅぅ~、プッチャンもファルさんもなんだか怖いですぅ」
「てけり・り」

 ファルとプッチャンの気迫にたじろぐやよいとダンセイニ、その一方では、

「ええい、このままでは埒があかん!」

 なつきがようやく銃を収め、しかし逆に怒りは増したようで、顔を真っ赤にしたまま声を荒げた。
 銃口の代わりに人差し指を突きつけ、嘲弄の凪へと言葉を投げつける。

「凪! 信じるかどうかはとりあえず保留だ! まずは貴様が握っている情報、洗いざらい吐いてもらうぞ!!」
「……ねぇ、なつき。なにか、聞こえない?」
「なんだクリス! 私は今、こいつの口をどうやって割らせるか考えるので忙し――」

 聞く耳持たずといった様子のなつきも、クリスの言葉を鍵として、その訪れに気づいた。
 微かに聞こえてくるのは、音。地鳴りのような響きが、集う皆々の注意を攫っていく。
 音は徐々に、近づくようにして大きくなっていった。一同が訝しげな顔を浮かべる最中、

「これは……」

 手の平に首輪探知レーダーを載せるファルが、いち早く地鳴りの正体を悟る。

「反応が、七つ。他の参加者が七人、すごい速度で近づいてくるわ……!」

 レーダーが指し示す光点は七つ。相対距離が近づくにつれ、明滅の速度が増していく。
 半径200メートルを有効範囲とするレーダーが、これだけの速度を感知するなど――と考えた矢先。
 寄宿舎裏手の茂みから、反応の主は猛然とした勢いで駆け込んできた。

「――っしゃあぁぁぁ!!」

 勇ましい掛け声と共に現れたのは、大型の一角獣。ユニコーンというよりは、犀を思わせる図体だった。
 像に勝るとも劣らない巨大な四肢で大地を踏み、オープンテラスと化した食堂の前で停止。
 一同の視線は当然のごとく一角獣へと注がれ、あれだけの威勢を放っていたなつきも、途端に言葉を失った。

「愕ッ、天ッ、王ッ――推参! さあさあさあ、刮目せよ皆の衆!」

 一角獣の背からひらりと降り立つ、奇抜なウェイトレス姿の女傑。
 見た目にも重そうなハルバートを演舞のように回してのけ、豪気に構える。
 突然の来訪者に即座の反応を返せる者はおらず、しばしの間、時が止まった。


 【The Wandering Star――IN】


 ◇ ◇ ◇


「……と、勢いで駆け込んではみたものの、どういう状況なのかなぁ、これ。ってか、人、多っ!?」

 リンデンバウムの制服に身を包み、ハルバートで武装し、さらには一角獣を従えるという、珍妙すぎる女性。
 彼女の素性を知らない者は、いや知っている者ですら、奇異の眼差しを向けるしかなかった。

 杉浦碧が自身のチャイルド、『愕天王』まで駆り出して教会に急行したのは、羽藤桂からの連絡が発端だ。
 当初の目的地としていたツインタワーに人気はない、と知るや否やの進路変更、その重要性は来ヶ谷唯湖との遭遇で増した。
 源千華留を殺害し、クリス・ヴェルティンへの想いを原動力として咎人となった彼女は、説得を経ても愚挙を顧みない。
 早急に対策を練る必要がある。教会に向かったというクリスたちとは、現地で合流できるだろうと踏んでの判断である。

 道中、懸念していたユメイと、彼女の説得に成功したらしい桂とアル・アジフ、そして大十字九郎を回収した。
 ユメイの様相といえば、かつての暖かさは微塵も感じられず、酷く狼狽しているようにも見えた。
 行きがけに事情を尋ねてみれば、アルの容赦ない酷評が飛んだりもした。
 桂は黙って、涙ぐんでいた。碧も、特に言葉をかけることはなかった。

 とにもかくにも、ユメイは桂との再会で凶行を中断したのである。
 結果だけを汲み、仲間の一員として半ば強引に愕天王に乗せたのが数分前。
 その脅威の突進力でスラム街を突っ切り、跨る者たちに泡を吹かせるほどの速度で、教会へとたどり着いた。

 現地に集っていた参加者は、七人。
 シスターの衣装に身を包む、一同の中でも特に幼い少女は、菊地真の話にあった高槻やよいだろう。
 厚手の冬物コートを纏う銀髪の美女は、クリスから聞き及んでいたファルシータ・フォーセットの外見と一致する。
 端で寝ている白衣の男も、一目見ただけでアルが語っていたドクター・ウェストであると判断できた。
 一人見慣れぬ少女もいたが、消去法でいくならば彼女はアントニーナ・アントーノヴナ・ニキーチナだろうか。
 だとすれば彼女のすぐ傍にいる縛られた少年は……、

「……あれ? ひょっとして、凪くん?」

 身に纏う衣装こそ様変わりしていたが、その顔は間違いなく風華学園でよく見た相貌だった。
 集いに集って、十五人。愕天王の存在もあり、緊張の時間が流れる中、ようやっとの反応を示す者が現れる。

「ミドリ……? ミドリじゃないか。なんだか派手な格好になってるけど」
「その声、クリスくん!? うっわー……そっちこそ、なんか女の子みたいになっちゃってまあ」

 カウボーイのような姿を取るクリスが、温泉地で出会った碧にようやく気づいた。
 女の子のような格好のクリスに碧は驚嘆し、再会は喜びよりも衝撃に支配される。
 一方では、

「あ! あの男の人!」
「あのとき襲ってきたムッツリ野郎じゃねーか……!」
「……あのときの人形と子供か」

 愕天王に乗ってやって来た吾妻玲二の顔を見て、やよいと、彼女の右手に嵌る人形が表情を強張らせる。
 当の玲二は反応も薄く、興味もなさげに鼻を鳴らした。
 一方では、

「深優・グリーア! なぜおまえが碧と一緒にいる!?」
「玖我なつき……やはり、あなたも生き延びていましたか」

 同じ風華の出身者であるなつきと深優が、因縁の邂逅を果たしていた。
 二人はこの島でも既に一度顔を合わせたらしいのだが、相容れず道を違えたという。
 一方では、

「ユメイさん……?」
「…………っ」

 碧にとっては懐かしい顔、山辺美希がユメイの姿を見て戦々恐々としている。
 ユメイにも覚えがあるのか、顔を伏せ、意図的に目線を外しているように見えた。
 一方では、

「九郎! あそこで寝ているのはもしや……」
「おいおい……まさか、ドクター・ウェストか?」

 崩れたブロック上、仰向けに眠る白衣の男に、アルと九郎が露骨な嫌悪を示していた。
 ドクター・ウェストはこの騒ぎの中でも起きる気配がなく、不気味なほど静かでいる。
 一方では、

「……あっという間に大所帯か。これはちょっと、事態を収拾するのが面倒になってきたかもね」

 弥生時代の民族衣装のような姿をとる凪が、他人事のように呟いていた。
 なぜ、彼がここにいるのか。それがこの混乱を解決する鍵であり、問題の焦点とも思える。
 が、碧を含めた多くの者は凪など意に関さない。蓄積されてきた数々の因縁を前にして、緊張状態が続いた。

 それが、しばらく。
 結局、この場を纏め上げられる人材はおらず――事態は硬直に向かうかと思われた。


 ◇ ◇ ◇


 ――この大局、皆の中核と成りうるのは自分を置いて他にいない。

 そう、ダンセイニは思った。

 井ノ原真人神宮司奏亡き今、リーダーの志はこの軟体にしかと受け継がれている。
 こういった事態の早期収拾が求められる場面でこそ、己が奮起すべきではないかと自問し、解答を下す。

「てけり・り」

 逡巡など無意味。懊悩の時間などもったいない。信念あるからこその即決、そして行動。
 筋肉チョッキを失ったダンセイニは、その軟体を自由奔放に伸ばして縮め、崩れた食堂内を這う。
 たどり着いた先には、トーニャとやよいのデイパックが一緒に置かれていた。もぞもぞと中身を探る。

「てけり・り」

 試行錯誤してどうにか取り出したのは、なんの変哲もないイヤホンだった。
 聡明なことに、ダンセイニはこのイヤホンが持ちうる機能を理解している。

 ――その名も、超高性能イヤホン型ネゴシエイター養成機。

 極上生徒会の隠密が作り出したるこの機械は、装着者の願望と相手の心理を読み取り、交渉の補助をなす機能がある。
 国家を揺るがすほどの情報量を扱う極上生徒会隠密が、諜報活動を視野に入れてわざわざ制作したのだ。
 その性能たるや、常人の発想を一枠も二枠も飛び越えているだろうことは明白。
 ダンセイニも、頼るならこれしかないと思っていた。

 これを装着すれば、誰でもたちまち交渉の達人。電気制御によって口の筋肉を支配するので、口下手な人間にも効果覿面。
 普段「てけり・り」としか喋れないダンセイニでも、人間の言葉を介して皆を纏め上げることが容易だった。
 早速、ダンセイニは自身にイヤホンを取り付ける。一同の中心に独眼を向けると、緊張を紐解くための言葉を放った。

「てけり・り」

 しかし、やはり「てけり・り」としか喋れない。
 ダンセイニは世にも奇妙な軟体生物、ショゴスという種であって、人間ではない。
 耳がないので装着者の発汗具合は読み取れないし、筋肉もないので電気制御による口調の変化も望めない。
 そもそもイヤホン自体、耳にかけているわけではなく軟体に浅く埋め込んでいるだけだ。
 これでは如何な極上生徒会の最先端技術とはいえ、本来の機能を発揮できるはずもなかった。

「てけり・り……」

 儚い夢だった、としょぼくれるダンセイニ。
 リーダーの志は持ちえど、やはり種族の壁は厚く、皆を導くには至らない。
 せめてもっと、己に筋肉があれば。真人の懐かしい姿と共に、そんなことすら考えてしまう。

 ――なにか、なにか自分にできることはないのだろうか?

 迷走するダンセイニの体に、そっと手が触れた。
 埋め込まれていたイヤホンを抜き取り、ダンセイニに微笑みかける、その姿。
 おまえは頑張ったよ、という激励の言葉こそなかったが、突き立てた親指が意欲を称えていた。

 そうして、リーダーの意思は受け継がれる。
 ダンセイニに代わって、事態の収拾に挑まんとするその人物の名は――


 ◇ ◇ ◇


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クリス・ヴェルティン
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241:忘却→覚醒/喪失(後編) 大十字九郎
羽藤柚明
羽藤桂
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238:この青空に約束を―(後編) 杉浦碧
深優・グリーア
吾妻玲二(ツヴァイ)
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