ストーリー

ガンナガン

史上最悪の災害とされる<大崩落>以降、汚染された地上から逃れ生き延びるために人類が選んだ道は、崩壊を免れたビル群を住処とし、自身の肉体を機械化させることだった。

そんな人類最後の砦 ーーあるいは墓標ーー である高層居住区群「ネット」は、三層に区分される。
管理者が住む上層の「クラウズ」と、一般民が住む下層の「ブリッジ」。
そして、下層よりもさらに下に形成された、存在するはずのない最下層「ネザー」。

<大崩落>が過去の出来事となった現在。
緩やかに迫る終末の足音から耳を塞ぎ、しかしかわらず目先の欲望に執着する人々の口に噂される、とある銃の存在があった。
それは<大崩落>以前の技術を用いるがために現存の銃を圧倒する力を持つとされ、"適用外の銃(ナガン)"と呼ばれた。

ある者は富のため、

ある者は力のため、

ある者は名声のため、

またある者は自身のためーー。

"適用外の銃"を巡る戦いが、今、始まる。

ガンナガン OVER HEAT

Tales from the NET [AMATA]

「ったく、いつ来ても陰気な店だぜ」
 キルコの言葉通り、店内は陰鬱な灰色に包まれていた。窓はなく、埃まみれのランプが、曖昧に光と影の境目を引いていた。
 店の奥で、白髪の女性がゆっくりと振り返る。
「キミが入ってくるまではもっと陽気だったんだがな」
「そいつは悪かったな。詫び代わりに窓のプレゼントはいるか? 蜂の巣状の」
 そう言ってキルコは銃に手を掛ける。
「やめておけ。そうすると、キミの夕飯が毎日ブリッジの端まで知れ渡ることになる」
「けっ、おまえの冗談は冗談にならなそうだ」
 両手を挙げるキルコを見て、女性はクスクスと忍び笑いを漏らす。
「久しぶりだな、キルコ。と言っても、キミの情報は常々聞こえてくるから、あまり久しぶりという感じがしないよ」
「相変わらず良い趣味してやがる」
 キルコは顔をしかめるが、口調はどこか楽しそうだった。
 そして、思い出したかのようにヒバナへと向き直る。
「こいつはアマタ。ネット随一の覗き魔だ」
 アマタはニコリと笑って――それは、不思議な笑いだった。笑っているけど、笑っていないような――手を差し出した。
「こんにちは、ヒバナ」
「ほらな」
 キルコは嫌そうに顔をしかめた。
 たしかにまだ、ヒバナは名乗っていない。
「あなたは、なんでも知ってるの?」
「ああ、そうだ。なんでも知ってる」
 アマタは即答する。しかし、次の瞬間、わざとらしいため息をついた。
「……はずだったよ。ついさっきまでは」
「あ? おまえ、それ、どういう意味だ」
「どうもこうもない、営業妨害もいいところだ。生憎だが、私の情報網をもってしても、ヒバナ、キミがこれからしようとしている質問には答えられない」
「つまり?」
 ヒバナは、静かに言葉の先を促す。

「つまり、こういうことだ――キミはいったい、何者だ?」

Tales from the NET [MAKA]

「まったく、品性の欠片もないわね。時間の無駄」
 クラウズのとある邸宅の一室。モニターに映る映像をまえに、マカは綺麗な顔を歪ませた。
 ネザーで話題の違法チャンネルは、見るからにオツムの足りない小娘が、ただひたすらに爆発を繰り返すだけの退屈な代物だった。低俗な連中の刹那的な娯楽としては、ちょうどいいのかもしれないが。
「もっとも、思わぬ収獲もあったけれど」
 湧き上がる歓喜を味わうかのように、薄い唇に舌を這わせる。
 小娘の背後で従者のように付き従う少女は、見覚えがあった。たしか、クラウズの夜会だったはず。名は、なんといっただろう。寡黙で、特段に着飾るわけでもないにも関わらず、衆目を集めていた女狐だ。まさか、ネザーに堕ちていたとは。いい気味だ、腹の底から可笑しさが込み上げてくる。
「でも、気に喰わないわ」
 マカの視線は、ふたりの手元へと吸い寄せられる。翅を休める蝶のように伏せられた睫毛のあいだから覗く瞳は、あたかも獲物を狙う爬虫類のようだった。
 適用外の銃。
 溝鼠の玩具としては過ぎたるものだ。

 適材適所という言葉が好きだった。
 あるべきものは、あるべき場所に収まるべきだ。
 換言すれば、収まっている場所こそが、そのもの自体の価値を示している。
 劣ったものは地を這い泥水を啜って毒混じりの大気のなか死んでいくべきだ。
 優れたものは天に座し甘露に舌鼓を打ち澄んだ大気のなか生きていくべきだ。
 そしてそれは、適用外の銃とて同じこと。

「行きましょう」
 マカは立ち上がり、壁際に立つ“彼”へと声を掛けた。
 近づいてきた“彼”の手へと、マカは指を絡ませる。求愛を示す白い蛇のように。
 無骨なその手に、彼女らの適用外の銃はきっと似合うことだろう。
 否、似合うはずであり――似合うべきなのだ。
最終更新:2021年07月16日 07:08