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義理なさけ

最終更新:2019年11月15日 10:00

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義理なさけ
山本周五郎

-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)詰《なじ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#8字下げ]
-------------------------------------------------------

[#8字下げ]一[#「一」は中見出し]

 梅雨があがって、にわかに日光がぎらぎらしだすと、庭にありとある花草や樹々がいっせいに活気をもりかえし、じっとしてはいられないというように枝も葉もぐんぐんと伸びはじめる。良左衛門には一年じゅうで最も好きな季節であった。単衣の裾をはしおり、菅笠をかぶり、朝から菊畑へおりてせっせと土いじりをしていた彼は、ようやく快いつかれを覚えだしたので、腰を伸ばしながら立ちあがった。
 ――ひとやすみするか。喉も渇いていた、しきりに熱い茶がほしい、良左衛門は道具をそこへ置き、手をはたきながら内庭のほうへはいって行った。すると、ちょうどそのとき、しず[#「しず」に傍点]江という若い小間使が、人目を憚るような身ごなしで、廊下を小走りに奥の間のほうへ来るのをみつけた。なんの用があるんだ。奥の間には良左衛門と甲子雄の部屋しかない、そこへの取次は家士の役目で、小間使などのでいりは常から禁じてある。良左衛門は不審に思って、眼を細めながら見やった。……しず江はそれに気付かぬとみえて、すばやく前後を見まわして、甲子雄の居間へすべるようにはいった。
 良左衛門は足ばやに内庭をよこぎり、広縁へあがる、とたんに部屋の中から戻って来たしず江と顔を見合せた、しず江はあっと云った、息の止まるような表情をしたが、ごめんあそばせと云ってすりぬけてゆこうとした、良左衛門はその肩をつかんだ、そして部屋の中へ押しいれると、うしろ手に障子をぴったり閉じた。
「なにをしにまいった」
「…………」しず江は崩れるようにそこへ坐った。
「ここは女どものまいるべきところではない、それは知っておるであろう、なんの用があってまいった、申せ」しず江は黙って平伏していた。そのかたちは「なにも申しあげられません」というかたい意志を表白していた。良左衛門は部屋の中を見まわした、北がわの小窓の下にある甲子雄の机の上に一通の封書が置いてあった。
「動いてはならんぞ」
 そう云って封書を取って来た。おもてに若旦那さまとあり、裏にはしず[#「しず」に傍点]とだけ書いてある、良左衛門は封を切った。文言は短いものであったが、内容はまったく良左衛門を愕かせた、それには甲子雄が近く嫁を迎えるという話をたしかめ、自分との約束をどうしてくれるかと詰《なじ》ってある、そして最も重大なのは次の数句だった。……今日までは包みおり候もわたくし身ごもりましてはや三月にござそろ、この事よくよくお考えのうえ奥さまをお迎えあそばすよう、それによってしず[#「しず」に傍点]にも思案ござそろ。そこまで読んで来たとき、しず江がとつぜん前跼みになった、しかし良左衛門はすばやくその肩を押え、娘の右手をとってぐっと捻じあげた、しず江の手からばたりと懐剣が落ちた。
「ばかな事をする、うろたえるな」
「……申しわけがございません」しず江は両手をついてわっと噎びあげた。良左衛門は手紙を封に入れて坐り、ややしばらく、しず江の泣く姿を見まもっていたが、「悪いようにはせぬ、仔細を申してみい、甲子とはいつ頃からのことだ」「…………」「ずっと以前からか」しず江はかすかに頷いた、「身ごもっておるということに間違いはないのだな、よし、……そのほうに云うことはない、出来てしまったことは取返しがつかぬし、嫁取りまえにわかったのがせめてものことだ、決して悪いようにはせぬから、当分は誰にも知れぬよう身を慎んでおれ」
「どうぞ、若旦那さまをお叱りあそばしませぬよう」しず江は涙に濡れた眼をあげて訴えるような声で云った、「みんなわたくしが悪いのでございます、どうぞ若旦那さまをお叱りくださいますな、おねがいでございます」
「おまえがそれを心配することはない、ただ、むやみな者に知られぬよう慎んでおれ、愚かなまねをしてはならんぞ」
「……はい」しず江は涙をぬぐってしおしおと立ち去っていった。
 中山良左衛門は小田原藩大久保家の江戸屋敷年寄役で、八百石の御納戸奉行を勤めていた。夫婦のあいだに甲子雄という子が一人あり、その春ふとした緑で主家の分家にあたる大久保出羽守家の用人、佐伯靱負の娘と縁談がととのい、近日うちに結納のとりかわしをするというところまで進んでいた。……甲子雄は二十四、佐伯の娘は二十ですこし年は長けているが、ひじょうな美貌とぬきんでた才芸とで、園生という名はこちらの屋敷まで聞えていた。

[#8字下げ]二[#「二」は中見出し]

 困ったことになった。良左衛門はそこに坐ったまま、しばらくは立つことも忘れて考えこんだ。妻の八重は昨年の夏から病床にいた、丈夫なからだなら相談もできるが、いまこんな悪い話を聞かせることはできない。甲子雄は幼いじぶんからすなおな子供で、気持も明るく性格もきびきびと濁りがなかった。ひと頃は学問に熱中していたが、この数年は武芸に興味をもちだして、中条流の小太刀では家中ゆびおりの名をとっている。――こんな不埒なことをしているけぶりは微塵もなかったが、否、それが親の盲目というものかもしれぬ。
 良左衛門はその年になってはじめて、わが子の心を見はぐったように思い、淋しさと腹立たしさとに身がふるえた、なによりも気にいらなかったのは、蔭でそういう事をしておきながら、佐伯との縁談を黙って承知した点である。そんな不心得者とは知らなかった。もう土いじりどころではない、彼はすぐに着替えをして、老職大久保玄蕃の家をおとずれた。玄蕃が佐伯との縁談の仲人だったので、理由を語って謝絶して貰うためだった。
 甲子雄はいつものとおり元気に御殿をさがって来た、風呂の中では朗詠などをやっていた、良左衛門はその屈托のないのに呆れ、昼からの立腹を更に煽りたてられた。夕食が済んでからすぐ、彼は甲子雄を自分の居間へ呼んだ。
「碁のお相手ですか」そんなことを云いながらはいって来た甲子雄は、父のけわしい顔つきをみて驚いたようすだった、彼はしかし明るい眉をしてしずかに坐った。良左衛門はするどくその面を睨んでいたが、やがてしず江の手紙をとり出して投げやった。
「それを読んでみい」
「はい」甲子雄は封書をとりあげ、おもて裏をうちかえして不審げに父をみたが、すぐに中の手紙をぬきだして読んだ。……彼の表情はみるみる変った。二十四歳になる今日まで、良左衛門はわが子の顔にそういう表情のあらわれたのを曽て見たことがなかった。
「甲子雄、覚えがあろうな、覚えがあるか」
 甲子雄は手紙をしずかに巻き、封へ入れて押しやりながら父を見あげた。
「父上、この書面はどうしてお手にはいったのですか」
「さような事はどうでもよい、覚えがあるかと訊いておるのだ」
「お言葉を返して恐れいりますが父上」甲子雄は押し返して云った、「どうして是がお手にはいったかをお聞かせください、誰かがお見せ申したのですか、それとも自身お手にはいったのですか」
「しず江が自分でそのほうの部屋へ持ってまいった、それをわしがその場で押えたのだ、そればかりではない、当人の口からも聞き取ってある、……これでもそのほう申しひらきができるか」
 甲子雄は口をつぐんだ。彼には云うべき言葉がなかった、身に覚えのないことである。そう云ってもまるで夢のような話だった、彼は小間使の美しい顔を思い、手紙に書いてある文字の意味を思った、すべてが突然で、あまりに連絡がなくて、まるで印象がばらばらだった。みんな嘘です、そういうのは簡単である、しかしそれだけで父が信用するだろうか、もし小間使とつき合せられたとして、たしかにそういう事情があったと云われたとき、それをうち砕く言葉が自分にあるだろうか。
「返答のないのは覚えがあるからだな、甲子雄、男は男らしくしろ、覚えがあるのかないのかどうだ」
「……唯今は申しあげられません」
「どうして云えぬ、是ほど判然としてもまだ云えぬか、うろんなまねは赦さんぞ」
「うろんではございません」甲子雄は父をはっきりと見あげて云った、「わたくしにはわたくしで考えもございます、決して父上の御名を辱《はずかし》めるような事は致しません、しかし一度しず江に会いたいと存じます、その上で仔細を申しあげます」
「その必要はない、しず江の事はわしが始末をする」
「父上……」彼は膝をのりだした。
「佐伯との縁談も断わったぞ」良左衛門は声をふるわせながら云った、「そのほうも当年二十四歳になる、改めて小言を云わずとも善悪はわかる筈だ、八重は病床にいる、……父ひとりでかような心配をしたことだけ忘れるな」
「申しあげます、父上、しず江に会わせてください、ぜひとも会わなければならぬのです、おねがい申します」
「……会ってどうしようというのだ」

[#8字下げ]三[#「三」は中見出し]

「話したい事があるのです、訊きたいことがございます、どうか一度だけ会わせてください、父上おねがいでございます」
「甲子雄……」良左衛門は冷やかに云った、「おまえはお国詰めになる筈だ、四五日うちには小田原へ立てるよう、わしから御老職に願ってある、うろたえたまねをすると家名にかかわるぞ」
 甲子雄は蒼白めた顔で父を見あげていた、良左衛門のほうが却ってたじろいだ、彼はふと眼をそむけながら、呟くように云った、「…かね[#「かね」に傍点]にそう申してみろ」甲子雄は会釈をしてすぐに立った。
 かね[#「かね」に傍点]というのは婢頭で、十五年もこの屋敷に勤めていた。年も四十にちかい、母が病床の人となってからは一手に家政のきりもりをしているが、奥にも表にもなかなか重しの利く存在だった。……かね[#「かね」に傍点]は会わないほうがよいと云った、「お会いになっては事がもつれます、旦那さまとかね[#「かね」に傍点]で悪いようには致しません、どうぞこの事はこれきりでお忘れあそばせ」
「ばかなことを云ってはいけない」己はなにも知らないのだ、そう云いかけたが、甲子雄はここでもまたそれが云えなかった、「当人のおれに責任のあることだ、これは己としず江とのふたりの責任なんだ、父上やおまえだけで解決することがらではないんだ」
 彼はどうしても会うと云い張った。かね[#「かね」に傍点]はそれでもならぬとは云えないので、
「ではお仏間においであそばせ、かね[#「かね」に傍点]がつれてまいりますから」
「きっとだぞ」念を押して彼はそのまま仏間へはいった。かなり待たせてから、ようやくやって来たかね[#「かね」に傍点]はひどく慌てていた、「若旦那さま、しず江がみえなくなりました」「……なに」「書置きを遺しております、着替えを持って出ましたようで、出奔したものと存じます」
「書置きはどうした」
「ただいま旦那さまにさしあげてまいりました」
 甲子雄は立って、「すぐ宿元へ人をやれ」と云いすて、走るように父の居間へいった、良左衛門はそれを読み終ったところだった。「……父上」
「あれは出奔した、そのほうに呉々も詫びておる」
「それだけでございますか」
「ゆくえは捜してくれるな、その時が来れば詫びにまいる、と……それだけだ」良左衛門は書面を置いて、深く息をつきながら叩くように云った、「哀れなやつだ」
 宿元へ人をやったがもちろんしず江はいってはいなかった。召使の者はたいてい小田原の人間なので、その点を折り返し調べさせたが、しず江は早くから両親がなく、遠い縁者がいるだけで、おそらく江戸うちに身を隠しているのだろうということだった。そういうごたごたした事が片付かぬうちに、甲子雄に国詰めの沙汰がさがった。それで心をのこしながら、彼は家士二名と下僕をつれて江戸を立った。
 佐伯との縁談を父がこわしたことは、さして重大ではなかった。園生という娘の才媛の名はかねて聞いていたけれども、かくべつ妻にしたいという執着があったわけではない、それよりもいま甲子雄のあたまのなかはしず江のことでいっぱいだった。……彼女は三年まえ十五歳で小間使にあがった。眼の大きな、ふっくらとした顔だちで、笑うときにできる片笑窪《かたえくぼ》が云いようのない可憐な感じを与えた。婢たちを奥へでいりさせなくなったのは母が病みついてからで、そのまえにはしず江がよく来た。食事のしらせや茶のときにはきまって彼女がそう云いに来た。甲子雄はそれほど意にとめていたのではないが、しかし彼女を見ることは好きだった、しず江を見るとなんとなく心がゆるやかに温かくなるような気がした。……或るとき母が、父にむかってこんなことを云っていた。――あれはめずらしく心ざまのやさしい娘です、気に張りもあります、ああいう娘を娶る良人はきっと出世をしますよ。ほんの茶話であったが、聞いていた甲子雄はなるほどそうかもしれないと思った。
 甲子雄はそういう風に彼女をみていた、それで父からあの手紙を見せられたとき、愕いたことは云うまでもないが、すぐに是にはなにか理由があると思った。彼にとっては根も葉もないぬれぎぬであったけれど、相手がしず江だけに、どうしてそんな大胆なことをしなければならなかったかということが知りたかった。そしていちばん強く脳裡にうかんだのは、あれはこの甲子雄を想っていたのではないか、ということだった。

[#8字下げ]四[#「四」は中見出し]

 小田原へ着いた甲子雄は、ひとまず城中二の曲輪《くるわ》の長屋に落ち着いたが、間もなく願って城下に家を貰って移った。かくべつ役目はなかったので、若侍たちに中条流の手ほどきをするのと、三日にいちど登城するほかはからだがあいていた。それで菅沼小七郎という櫓番を勤める男にさそわれて釣りをはじめた、生れてはじめて釣り竿を持つのだが、城下近くに早川、酒匂という好い釣り場があり、魚も多かったのですぐにその面白さと味を覚えこんだ。
 そうしているあいだにも、しかし彼はしず江のことが絶えずあたまにあった。佐伯との結納のとりかわしがさし迫っているとき、それをうちこわすような事を敢てしたのは、彼女が甲子雄を愛していたからではないか。甲子雄を他人に取られたくないという、思い詰めた、一途な考えから、前後を忘れてあんな大胆なことをしたのではないか。……そう思うといろいろな事に解釈がつく、そして望みどおり佐伯と破談になったと聞いて、こんどは自分のした事の重大さに気付き、いたたまれなくなって家出をしたのであろう。それに相違ない、しかしそんならなぜ、もっとはやくその気持を伝えなかったのか、娘のひとすじな気持を察すると、いじらしくなるだけ、それだけ、甲子雄は歯痒かった。母上もあのように御贔負だった、身分の違いということだって動かすべからざるものではない、世間に例のないことではないのだ、あの時あれほど大胆なことができるなら、もっと前にそれだけの勇気が出せた筈ではないか。
 考えるだけ考えて、結局おもうのは一度しず江に会いたいということだった。そして彼女の心をたしかめたうえ改めて妻に迎えてもよいと思った。けれども江戸の家からはかね[#「かね」に傍点]が「まだしずの行衛は知れない」という手紙を一度よこしたきりで、夏を過ぎてもなんの知らせもなかった。……そして秋八月になると主君加賀守が参覲のいとまで帰国し、小田原城下はにわかに活気だってきた。
 江戸から来た供のなかに、中小姓で矢野伊太夫という若者がいた。甲子雄とは親しく往来していた間柄なので、帰藩の騒ぎが落ち着くと歓迎の小宴を催すことになった、「それなら川原の菊屋がいい」菅沼小七郎が場所をきめた。それは早川の川原に臨んでいる料亭で、箱根へゆく客の宿もする、小七郎は釣りの往き帰りにたびたび寄ってなじみだった。
 矢野はほかに三人ほど同僚をつれて来た。甲子雄も菅沼のほかに勝田、鹿野という若侍をさそった。座敷は川にのぞんだ二十畳敷で、瀬の音が部屋いっぱいに流れこんでくるし、昏《く》れゆく箱根、足柄の山々を一望に眺めるいい席だった……顔のそろったのは黄昏《たそがれ》まえで、みんな改めて名乗り合うまでもない間柄だったから、たちまち賑かな酒になった。灯がはいってからは座が一層うきたってきた、年頃もおなじぐらいだし、血気ぞろいで、酒はすばらしくはずんだ。鹿野安二郎は少し酒癖があるので、甲子雄はときどき、「おい鹿野、やりすぎるとまたしくじるぞ、今夜はあばれないようにしろよ」そう声をかけた。
「今夜はだいじょうぶです、なにしろ御師範がいるから、へたにあばれると捻られる、なま酔い本性たがわずですよ」安二郎はいい気持そうに笑っていた。彼は甲子雄から中条流のてほどきをして貰っているひとりだったのである。
「おい中山、貴公にちょっと話がある……」矢野がふと思い出したように、盃を持ってそばへやって来た、「貴公うまいことをしたぞ」
「……なんだ」
「あの佐伯の娘なあ、貴公と縁談がまとまりかけてだめになった」
「なんだ、よせよそんなつまらぬことを」
「ところがつまらなくないんだ、出羽侯の家中でずい一の才媛とよばれ、ずばぬけた美人と評判だったが、どう致しましてあれから間もなくばけの皮がはげて大変なことになった」酔っているから無遠慮だった。伊太夫はぐっと仰った盃を甲子雄にさしながら、「貴公との縁談が不調になると間もなく、あの娘は某侯の……これは云わぬ……某侯の家中で林……いやこの名も遠慮しよう、つまりさるところへ興入れをした、ところが五十日と経たぬうちに、あの娘に不義の証拠があらわれてそっくりそのまま実家へ送り戻しさ」
「そんな、ばかなことが」
「ばかな事じゃない、相手は佐伯の家のさむらいで、二年も前からの関係だというその証拠までちゃんと押えられたんだ」甲子雄はいっぺんに酔いのさめる気持だった、伊太夫は自分のことを誇るようにそう云った、「貴公あぶないところだった、中山は運がよかったと江戸では評判だぞ」

[#8字下げ]五[#「五」は中見出し]

 かくべつ執着のある娘ではなかった。しかしいちどは結納のとりかわしをしようとした相手である。甲子雄はその話を聞いて、自分が幸運だったと思うよりも、園生というその娘の不幸な身の上が哀れだった。ほんとうの仔細はわからないが、自分の屋敷の家士とまちがいがあったというのは恐らく事実だろう、ふたりの恋は許されなかった、そして娘はその恋を秘めて他家へとつがなければならなかった。そこには哀れな事情があるにちがいない、そうなるまでには、女も男もどんなにか苦しんだことだろう。甲子雄にはまずそれが考えられた。そして人間にはなんと多くの、それぞれのいのちがあることだろうと思った。
「恐れいりますが、どなたさまかちょっといらしって頂けないでしょうか」
 座敷の障子をあけて、この家の女のひとりが顔をだした、菅沼がふりかえった。
「なんだ、なにか用か」
「いまおつれさまが向うで」と女は離れのほうへ眼をやった、「……うちの女中をつかまえて無理を云っていらっしゃるんです、まだ来たばかりで慣れない女中ですし、たいそうお酔っておいでなさるので、わたくしどもには手が出せません、可哀そうですからどなたかいらしって……」
「誰だそんな悪さをするやつは」小七郎はいならんでいる顔を見まわした、「いけない中山さん、鹿野ですよ」
「鹿野はいるだろう」甲子雄もすぐに見まわしたが、そこにいないのは安二郎ひとりだった。
「また癖がでたんですよ、あなたでなければおさまりません、いってください」
「めずらしくおとなしいと思えばよそを稼ぐか」甲子雄は苦笑しながら立った。
 廊下を帳場とは反対のほうへまっすぐにゆくと、二間ほどのわたりがあって、川原の上へさしかけに造った離室に通ずる。女に案内されてわたりまでゆくと、もう安二郎の喚きたてる声が聞えた。……甲子雄はしずかにはいって行った。安二郎は大あぐらに坐り、ぐたぐたに酔った肩をつきあげながらわけのわからぬことを喚いている、それと斜交《はすか》いに若い女中がちいさく身を縮めていた、見ると右手をしっかり安二郎に掴まれているのであった。
「おい鹿野こんなところでなにをしているんだ、さあ、向うへいって呑まぬか」
「うるさい、拙者はいま詮議ちゅうだ」
「また癖をだしたな、なんの詮議だ」
「この女が」と安二郎は掴んでいる手を叩いて、「この女がわれわれの座敷のようすを窺っていたんだ、われわれの話を立ち聞きしていたんだ、だからいまその詮議を」「ばかげたことを云うな」甲子雄はふきだしながら、掴んでいる女中の手を放させようとした、「陰謀の集まりではあるまいし、聞かれて悪いような話はしておらぬ、つまらぬことを云わないで向うへゆこう」
「いやだ、詮議が済まぬうちは動かん」
「いいからこの手を放せ、おい、己は怒るぞ」逆に捻ったので、安二郎は女の手を放した、そのとき甲子雄は女中の顔を初めて見た、そしてあっと云った。
「おまえは、……しず江ではないか」
 女は身を縮めたまま、逃げる隙を窺っていたようにぱっとはね起き、ものも云わずにわたりのほうへ走っていった、甲子雄は逃さなかった、廊下のかかりで追いつき袖をとってひき戻した。
「なぜ逃げる、おれは捜していたんだぞ」
「どうぞ、どうぞお放しくださいまし」
「放さない、聞きたいことを聞くまではどんなことがあっても放さない、どうしておまえは」
 菅沼小七郎がそこへやって来た。
「どうしました中山さん」
「ああちょうどいい、向うに鹿野がいるからつれていってくれ、拙者はこの女にすこし話がある、ちょっと中座をするからとみんなに伝えて置いてくれ」
「承知しました」小七郎はこの場のようすが唯事でないのをみてとった、「あとはいいようにします」
「たのむ」と云い捨てて甲子雄は女の腕をとり、ほとんどひき立てるように廊下をまがっていった。

[#8字下げ]六[#「六」は中見出し]

 夜風はもうはっきりと秋だった。星明りで、川原はかなり遠くまで眺めがきいた、淙々たる瀬音を縫って虫の鳴声がしきりだった。……菊屋の庭つづきを川原まで来て、甲子雄は足をとめながらふりかえった。
「それを知っていた……おまえがそれを知っていたというのか」
「はい存じておりました」しず江は俯向いたまま低いこえで云った、「わたくしの従姉が佐伯さまへご奉公にあがっています、その従姉からお嬢さまのお噂はうかがっていました、それで……若旦那さまとの御縁談がまとまっては大変だと思ったのです、そういうお身持の悪い方をお迎えあそばして、もし若旦那さまのお名に関わるようなことができては大変だと思ったのです」
「それであんなことをしたのか、あんな思いきったことを……」
「御結納が迫っていますし、わたくし愚かでございますから、ほかに思案がございませんでした、また事実を申しあげては、佐伯さまのお嬢さまの悪口を申すことになります、従姉の話は嘘ではないと存じましたけれど、それだけで、御大身のお嬢さまに瑾《きず》をつけるようなことは申しあげられません、……それでわたくし、あんなばかな事を致しました」
 佐伯の娘の不身持を知って、甲子雄との縁談をこわそうと考えたしず江の、いかにも娘らしい一途な遣り方が、甲子雄にはいまいじらしく哀れに諒解された。ほかの者ならもっと別な方法があったかもしれない、しかし彼女の小さな胸にうかんだ思案はそのひとつきりなかった。事は急ぐ、しかも決定的でなければならない、そこでしず江は自分の恥を賭けてああいう思いきったことをしたのだ。
「わたくしの愚かな仕方のために、若旦那さまがお国詰めにおなりあそばしましてから、しず[#「しず」に傍点]もすぐおあとを追ってここへまいりました、松田の近くに遠い親類がございます、いちどそこへ身を寄せましたうえ、先月の末から菊屋へ働きに出ておりました、若旦那さまが、ときおり菅沼さまとお立ち寄りあそばすのを、知っておりましたから、そして、いつかその折があったら、おめにかかってお詫びを申しあげるつもりでおりました」
「ではさっき立ち聞きをしていたというのはほんとうだったのだな」
「はい、佐伯さまのお嬢さまの話をうかがったときは、わたくし、これでやっとお詫びのしるしができたと、うれしゅうございました」
 しず江はそっと袖口を眼に当てた。甲子雄はその可憐な姿をみて、いきなり抱きしめてやりたい衝動をさえ感じた。
「ではさっき、なぜ逃げようとしたんだ」
「なぜでございますかしら」しず江は泣き笑いのような表情をした、「わたくし、自分でもわかりません、ただ恥かしくて、夢中でございました」
「なんだ」甲子雄は明るく胸の晴れたこえで高々と笑った、それから改めて云った、「よくわかった、詫びるどころか、こちらが礼を云わなくてはならぬ、いや礼のほかに聞いて貰いたいことがあるんだ、……しかし今夜はそうしている暇はない、あした改めて来る、あしたの晩にまた来て話そう」
「でもお詫びがかないましたのですから、わたくしは……」
「それよりもっと重大な話だ、そのためにおまえを捜させていたくらいなんだ、いいか、あしたの晩もういちど会おう、忘れずに待っていてくれ、わかったな」
「はい、……では、お待ち申しております」
「約束したぞ」甲子雄はつとしず江の手を握った。娘は身を縮めるようにしたが、そのまるい豊かな胸は大きく波をうっていた。
 しかし、その明る夜、甲子雄がたずねて来たときには、もうしず江は菊屋にはいなかった、そして次のような手紙が甲子雄に宛てて残されていた。

[#ここから1字下げ]
 お心にそむき申しそろ、今宵お越しあそばされてなに事の仰せあるやは僭上ながらおよそお察し申し上げそろ、川原にてのお言葉の端々、うれしくもったいなく血も消ゆるばかりにて、身の果報にひと夜泣き明かし申しそろ、なれどもしず江はおなさけにあまえることはかなわずそろ、おなさけにあまえては己が身のため御縁談をこわし候ようにあいなり、義理あい立たぬ仕儀と存じ申しそろ。なにとぞしず[#「しず」に傍点]のことはお忘れあそばし、一日も早く江戸へおたち帰りのうえよき奥さまをお迎えあそばすよう、蔭ながらお家百年のご繁昌をお祈り申しあげそろ。
[#ここで字下げ終わり]

 甲子雄は読み終るとすぐ帳場へゆき、松田の近くにあるというしず江の親戚の家をたずねてそこを出た。そして菅沼小七郎に馬を借り、夜道をかけて松田へむかった。甲子雄にとって、おまえのほかによき妻があると思うか。会ったらまずそう云おう、馬を駆ってゆく彼の頭はそのことでいっぱいだった。道草にはもう露がおりていた。……たずねゆく家に、しかしはたしてしず江はいるであろうか。



底本:「感動小説集」実業之日本社
   1975(昭和50)年6月10日 初版発行
   1978(昭和53)年5月10日 九版発行
底本の親本:「羅刹」操書房
   1947(昭和22)年6月
初出:「羅刹」操書房
   1947(昭和22)年6月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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