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徳田秋声
徳田秋声
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(例)細君《さいくん》
(例)細君《さいくん》
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(例)四|畳半《じやうはん》
(例)四|畳半《じやうはん》
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(例)※[#「厭/(餮ー殄)」、第4水準2-92-73]
(例)※[#「厭/(餮ー殄)」、第4水準2-92-73]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)うと/\
(例)うと/\
細君《さいくん》のお芳《よし》が、奥の四|畳半《じやうはん》で末の子に添乳《そひぢ》をしながら、うと/\してゐる間《あひだ》、宮井《みやゐ》は茫然《ぼんやり》火鉢に凭《もた》れて、綺麗《きれい》な初春《はつはる》の雑誌《ざつし》を見《み》てゐた。
火鉢《ひばち》の側には、遠方から後《おく》れ馳《ばせ》に届いた年始《ねんし》の葉書が、三四枚散らかつてゐる。時計《とけい》の懸つた同《おな》じ柱《はしら》に、新しい日暦《ひごよみ》が、4と出てゐる。其上に、小さい輪飾が飾られて、台所際の神棚にも火か点《とも》されてゐた。家《うち》は森《しん》として、油を吸あげるランプの音が、耳の穴へ揉込《もみこ》むやうに聞えた。
近所はもう寝た処もあるらしい、ガタリと云ふ音もしない。折々、湿《しめ》つた道を通つて行く跫音が、静かに聞えるばかりである。何処《どこ》も彼処《かしこ》も関寂《ひつそ》とした正月《しやうぐわつ》四日の晩も、漸《やうや》く更《ふ》けて来た。
其《そ》の静《しづか》さに※[#「厭/(餮ー殄)」、第4水準2-92-73]《おそ》はれたやうに、宮井《みやゐ》はふと雑誌《ざつし》から目《め》を離《はな》した。而《さう》して部屋《へや》を見廻《みまは》した。
玄関寄《げんくわんより》の方に、女中が干揚《ひあが》つた襁褓《むつき》を目の前に山ほど積んで、其うち二三|枚《まい》を丸《まる》い膝のうへで畳みかけたまゝ、コクリ/\と居睡《ゐねむり》をやつてゐる。暮《くれ》の二十八九|日頃《にちごろ》から、過度《くわど》に働《はたら》きづめなので、身節《みふし》がヘト/\に為つてゐるのであらう。此《こ》の女には春も来ないのである。女中の少し上手《かみて》の方に、婦人雑誌を開いて、俯伏《うつふし》になつてゐるのは、静枝《しづえ》と云《い》ふ細君の遠縁の娘である。リボンだけは、水色《みづいろ》の好いのを著けて、体に手織《ており》かと思ふ太織《ふとおり》の黄縞《きじま》の晴着に、銘仙《めいせん》の絣《かすり》の羽織を着てゐる。骨の繊細《かぼそ》い、血色の優れない女である。明けて二十二になつたのであるが、誰の目にも十八九としか見えない。
細君《さいくん》の従弟《いとこ》の嫁にと云つて、去年の秋頃、従弟の父親が、田舎から連れて来たのだが、母親《はゝおや》と気風《きふう》が合はず、従弟とも気心が合はぬと云ふので、先《ま》づ田舎へ帰すことにして、暮に父親が宮井の宅に預けて行つたのである。
宮井には、まだ此の女の心持が能く呑込めなかつた。初めて東京へ出た時は、無口《むくち》な柔順《おとな》しい女とばかり思つたが、従弟の宅で二三ヶ|月《げつ》揉《も》まれてから、多少《いくらか》其の気質が角《つの》を見せて来た。従弟の母親の詞《ことば》では、槓秤《てこ》でも動かぬ剛情《がうじやう》ものだと云ふのである。それで、細君の従弟は唯プリ/\怒つてゐる。此の女が嫌かと云ふと、爾《さう》でもない。喧嘩《けんくわ》して女が宮井の宅《うち》へ逃げて来ると、真蒼になつて、後《あと》を追かけて来るやうなことも度々であつた。而して、女の顔を見ると、「莫迦!此奴《こいつ》の莫迦にも呆《あき》れた」と罵る。
従弟は銀行で二十円ばかり貰《もら》つてゐた。罵られると、女は厭な顔をして、隅の方へ行つて了《しま》ふ。それかと謂《い》つて、「あの宅は厭《いや》ですから……。」と進んで、自分から暇《ひま》を貰ふやうな気振《きぶり》も見えなかつた。
「春にでもなつたら、田舎へ手紙をやつて、引取《ひきとり》に寄越《よこ》さすことにしやう。」
従弟の宅の老人は、爾《さ》う言つてゐたか、本人は田舎へ帰《かへ》されるのを、針の山へでも逐遣《おひや》られるやうに厭がつた。
「静枝さんは、少しばかり東京を見たので、あんな従弟の宅なそは、厭《いや》になつて了《しま》つたんでせう。お喜代《きよ》(女中の名)と外へ出《で》ると、随分妙なことを言ふさうですよ。東京には好い男か沢山ゐるの、角帽が一番|所好《すき》だの何のつて……男嫌かと思つたら、何《どう》してなか/\豪《えら》いことを言ひますと……縁日なぞで、好い男でも見ると、一町でも二町でも、尾《つ》いて行くつて云ひますよ。其でなか/\目が高い処へついてゐるんですと。」
宮井はお芳から、恁云《かうい》ふ噂《うはさ》を聞いたことすらあつた。
それでも、暮の二十六日に、従弟に散々《さんざ》打れて、其揚句|暇《ひま》を出されて、荷物と一緒に、老人に連れられて、宮井の宅へ来た時には、目《め》を泣脹らして、面目《めんもく》ないのか、それとも可惜《くやし》かつたのか、左《と》に右《かく》涙声《なみだごゑ》で、
「御心配かけて、済《す》みません。」とお芳の前に突伏《つゝぷ》した。髪も乱れ、顔色も真蒼で、哀《あは》れなさまであつた。
春になつても、まだ田舎から何の沙汰もない。老人も、自分の一了簡で、貰つて来たので、オイソレと言つて、離縁沙汰の手紙も出《だ》しかねてゐるのであらう。宮井夫婦も、急いで帰して了《レま》ふ気もなかつた。
三ヶ日は、白粉《おしろい》も塗つて、外で羽子《はご》など突《つ》いてゐた。絵葉書を、町《まち》から買つて来て、田舎の母や兄や、友達のところへ、何事もなささうな年始状を書いて送りなどしたのも見受けた。
火鉢《ひばち》の側には、遠方から後《おく》れ馳《ばせ》に届いた年始《ねんし》の葉書が、三四枚散らかつてゐる。時計《とけい》の懸つた同《おな》じ柱《はしら》に、新しい日暦《ひごよみ》が、4と出てゐる。其上に、小さい輪飾が飾られて、台所際の神棚にも火か点《とも》されてゐた。家《うち》は森《しん》として、油を吸あげるランプの音が、耳の穴へ揉込《もみこ》むやうに聞えた。
近所はもう寝た処もあるらしい、ガタリと云ふ音もしない。折々、湿《しめ》つた道を通つて行く跫音が、静かに聞えるばかりである。何処《どこ》も彼処《かしこ》も関寂《ひつそ》とした正月《しやうぐわつ》四日の晩も、漸《やうや》く更《ふ》けて来た。
其《そ》の静《しづか》さに※[#「厭/(餮ー殄)」、第4水準2-92-73]《おそ》はれたやうに、宮井《みやゐ》はふと雑誌《ざつし》から目《め》を離《はな》した。而《さう》して部屋《へや》を見廻《みまは》した。
玄関寄《げんくわんより》の方に、女中が干揚《ひあが》つた襁褓《むつき》を目の前に山ほど積んで、其うち二三|枚《まい》を丸《まる》い膝のうへで畳みかけたまゝ、コクリ/\と居睡《ゐねむり》をやつてゐる。暮《くれ》の二十八九|日頃《にちごろ》から、過度《くわど》に働《はたら》きづめなので、身節《みふし》がヘト/\に為つてゐるのであらう。此《こ》の女には春も来ないのである。女中の少し上手《かみて》の方に、婦人雑誌を開いて、俯伏《うつふし》になつてゐるのは、静枝《しづえ》と云《い》ふ細君の遠縁の娘である。リボンだけは、水色《みづいろ》の好いのを著けて、体に手織《ており》かと思ふ太織《ふとおり》の黄縞《きじま》の晴着に、銘仙《めいせん》の絣《かすり》の羽織を着てゐる。骨の繊細《かぼそ》い、血色の優れない女である。明けて二十二になつたのであるが、誰の目にも十八九としか見えない。
細君《さいくん》の従弟《いとこ》の嫁にと云つて、去年の秋頃、従弟の父親が、田舎から連れて来たのだが、母親《はゝおや》と気風《きふう》が合はず、従弟とも気心が合はぬと云ふので、先《ま》づ田舎へ帰すことにして、暮に父親が宮井の宅に預けて行つたのである。
宮井には、まだ此の女の心持が能く呑込めなかつた。初めて東京へ出た時は、無口《むくち》な柔順《おとな》しい女とばかり思つたが、従弟の宅で二三ヶ|月《げつ》揉《も》まれてから、多少《いくらか》其の気質が角《つの》を見せて来た。従弟の母親の詞《ことば》では、槓秤《てこ》でも動かぬ剛情《がうじやう》ものだと云ふのである。それで、細君の従弟は唯プリ/\怒つてゐる。此の女が嫌かと云ふと、爾《さう》でもない。喧嘩《けんくわ》して女が宮井の宅《うち》へ逃げて来ると、真蒼になつて、後《あと》を追かけて来るやうなことも度々であつた。而して、女の顔を見ると、「莫迦!此奴《こいつ》の莫迦にも呆《あき》れた」と罵る。
従弟は銀行で二十円ばかり貰《もら》つてゐた。罵られると、女は厭な顔をして、隅の方へ行つて了《しま》ふ。それかと謂《い》つて、「あの宅は厭《いや》ですから……。」と進んで、自分から暇《ひま》を貰ふやうな気振《きぶり》も見えなかつた。
「春にでもなつたら、田舎へ手紙をやつて、引取《ひきとり》に寄越《よこ》さすことにしやう。」
従弟の宅の老人は、爾《さ》う言つてゐたか、本人は田舎へ帰《かへ》されるのを、針の山へでも逐遣《おひや》られるやうに厭がつた。
「静枝さんは、少しばかり東京を見たので、あんな従弟の宅なそは、厭《いや》になつて了《しま》つたんでせう。お喜代《きよ》(女中の名)と外へ出《で》ると、随分妙なことを言ふさうですよ。東京には好い男か沢山ゐるの、角帽が一番|所好《すき》だの何のつて……男嫌かと思つたら、何《どう》してなか/\豪《えら》いことを言ひますと……縁日なぞで、好い男でも見ると、一町でも二町でも、尾《つ》いて行くつて云ひますよ。其でなか/\目が高い処へついてゐるんですと。」
宮井はお芳から、恁云《かうい》ふ噂《うはさ》を聞いたことすらあつた。
それでも、暮の二十六日に、従弟に散々《さんざ》打れて、其揚句|暇《ひま》を出されて、荷物と一緒に、老人に連れられて、宮井の宅へ来た時には、目《め》を泣脹らして、面目《めんもく》ないのか、それとも可惜《くやし》かつたのか、左《と》に右《かく》涙声《なみだごゑ》で、
「御心配かけて、済《す》みません。」とお芳の前に突伏《つゝぷ》した。髪も乱れ、顔色も真蒼で、哀《あは》れなさまであつた。
春になつても、まだ田舎から何の沙汰もない。老人も、自分の一了簡で、貰つて来たので、オイソレと言つて、離縁沙汰の手紙も出《だ》しかねてゐるのであらう。宮井夫婦も、急いで帰して了《レま》ふ気もなかつた。
三ヶ日は、白粉《おしろい》も塗つて、外で羽子《はご》など突《つ》いてゐた。絵葉書を、町《まち》から買つて来て、田舎の母や兄や、友達のところへ、何事もなささうな年始状を書いて送りなどしたのも見受けた。
宮井は、莨を喫《ふか》しなから、静枝の様子を見るともなし見てゐた。髪に油をつけて、丸髷にでも結つたらば……と従弟の母親が言つてみても、如何《どう》しても肯《き》かなかつたと云ふ話《はなし》を想出した。成程《なるほど》バサ/\した髪である。其の光沢のない黒い髪を、大きな束髪に結《ゆ》つて、瑠璃色のリボンを直《ぴた》りと挿《さ》してゐる。一生|此《これ》で通すと主張《いひは》つて、リボンの色すら変《か》へるのを嫌《きら》ふのであつた。如何云《どうい》ふ訳《わけ》でか、水色は高尚な色だと、独で然う決めてゐた。
「此の女の独身主義と、些《ちよつ》と似通つてゐる!」と宮井は思つた。
「静枝さんは、相変らず独身主義かね。」
宮井は軽く、揶揄《からか》ふやうな口《くち》を利《き》いた。
静枝は、「え。」と云つて、私《そつ》と赤い顔を擡《もた》げた。
「それで、田舎から、まだ何とも言つて来ないのかね。」
「え、まだ……。」と静枝は、目眩《まぶし》さうな目容《めつき》をした。
「来ない方が好《い》いんです。私|如何《どう》しても、田舎へ帰るのは厭でございます。どんな事をしても、此方《こつち》で暮したいと思ひますの。」
此《これ》まで始終局外に傍観してゐた宮井も、多少此の女の田舎の事情を知つてゐた。田舎《ゐなか》へ帰りにくいと云《い》ふ様子《やうす》は、略《ほゞ》察せられた。郡書記をしてゐる兄が、非常に厳格だと云ふ評判も耳にしてゐる。加之《それに》、手芸の器用《きやう》な女で、裁縫《さいはう》、編物、造花なぞに、秀でた手を持つてゐる。読書も一ト通りは心得《こゝろえ》てゐる。東京で暮させてやれるものなら、暮《くら》させてやらうと云ふ考もあつた。
「私、着物や何か着たうございませんから、如何にかして、独で東京で暮したいと思ひます。昼は何処かへ勤《つと》めて、夜は人の仕事でも為て……。」女の顔には熱心の色が現はれた。伏《ふ》せてゐる目《め》のうちに、涙が浮《うか》んでゐるかとも思はれた。
「然《さ》うさね。」
「何処《どこ》ぞ、爾云《さうい》ふところはございませんでせうか。」
「しかし、なか/\骨だぜ。」
「でも堕落《だらく》さへしなければ可《い》いんでございますからね……。」と女はオド/\したやうな目《め》を挙げた。
宮井《みやゐ》は、濃い煙を噴出しながら、考へておかう。と優《やさ》しく頷いた。
少時《しばらく》すると、お芳《よし》が子供《こども》を寝《ね》かしつけて、奥から出て来た。寝汚《いぎたな》く仮寝《うたゝね》をしてゐたと見えて、髪の紊毛《ほつれげ》が直《ぴつた》り頬に喰着《くつつ》き、頬は紅くなつて、襟《えり》や、裾なぞもキチンとして居ない。睡《ねむ》さうな目にも張がなかつた。
お芳《よし》は、「ア、満《つま》らない!」と云ふやうな顔《かほ》をして、叭《あくび》を生噛《なまかみ》にしながら、気懈《けだる》さうに火鉢の前へ来《き》て坐つた。
温茶《ぬるちや》を湯呑に汲んで、三口ばかり飲むと、少し耳を引立《ひつた》てるやうにして、何処《どこ》とはなし目を見据えた。
「何て世間が静かなんでせう。家《うち》ばかり関寂《ひつそり》してるのかと思つたら、何処でも然《さう》なんですか知ら。」
誰も返辞をする者がなかつた。
「ア、今日はもう四日ですね。私、春になつてから、まだ表《おもて》の土《つち》を踏んで見ませんよ。」と呟くやうに言つた。
来る春も来る春も、何の面白いこともなくて、もう二十八に為つた。着物一つ着飾つた覚もなくて、女の盛ももう過ぎて了《しま》ふのか、と云ふやうな遣瀬《やるせ》ない思が、顔色に現はれてゐた。
「真実《ほんとう》でございますね。」と静枝《しづえ》が淋しい笑方をして、
「お正月なんて、満《つま》らないもんでございますね。」と附加《つけくわ》へた。
お芳は黙つてゐた。
「でも東京はまだ好《よ》うございますよ。田舎と来たら、雪ばかり降つて、それこそ真実《ほんとう》に為様《しやう》がございませんよ。」
寝るには未だ早いし、カルタでも取らうかと云ふ発議《はつぎ》が、宮井の口から出たが、人数が少くて興味が薄からうと云ふので、幾年ぶりかで花を引かうと云ふことになつた。
お芳は、押入の奥の我楽倶多《がらくた》のなかゝら、黴の生へた花札を引張出して来た。まだ上の子供が産れぬ時分、お芳が今の静枝の年頃のをりに時々遊んだことのある札である。
お芳は血の気の薄いやうな手で、札を蒲団の上へ打《ぶち》まけた。中には折目《をれめ》の入つたのもある。泥の出てゐるのも二三枚見えた。
「新《しん》さんも入らつしやいな。」とお芳は札調べをしながら、玄関の次の三畳にゐる、宮井の甥に声をかけた。
「恁云《かうい》ふ事もして、女の機嫌は取つておくものだ。」と云ふやうな顔をして、宮井も興のない花札を拾《ひろ》ひあつめ、二つに纏めて切《き》りなどした。
甥は宮井の向に胡坐をくんで、これも半分は迷惑さうに、石の分配を初めた。
「静枝さんもお行《や》んなさいな。」お芳は勧めた。
「私、然云ふことは一向|解《わか》りません。」と静枝《しづえ》は、片蔭へ寄《よ》つて、読さしの雑誌を見はじめた。
花は初まつたが、札をうつ音は冴《さ》えなかつた。六ヶ|月《がつ》目の時、宮井は札を一順見ると、前へ投出《ほうりだ》して下《お》りて了《しま》つた。而して、女中に酒を持つて来さして、自分で燗をしながら、チビ/\飲《のみ》はじめた。
二年目には、少し脂《あぶら》が乗りかゝつて来た。色々な意《おもひ》がけないヤクなぞが出来て、賑やかな笑声が起つた。お芳の頬には血の気がさして、手の働も敏活になつて来た。甥は出続《でつゞけ》で、始終ニヤ/\しながら、落着いた引方をしてゐた。而して叔父の無成算な遣口《やりくち》を、クス/\笑つてゐた。
「この人はからツ下手《ぺた》ですよ。」とお芳の調子が浮々《うき/\》して来た。
「かう云ふ人に、出て来ちや邪魔をされるんで、私ア少しも引けない。自分の勝手ばかりしてゐるんですもの。」
宮井の前には、もう三つも交換《かうくわん》か入つてゐた。
誰やら水口の方の木戸口で、呼んでゐる声がする。
「オイ/\、静《しづ》のとこへ電報だ。」
皆が声を潜めた時、外の声は恁《かう》いつて呼んだ。一同は目を見合した。
静枝は起つて出て戸を開けると、叔父は水洟《みづばな》をすゝりながら上つて来た。而して古びた外套を脱いで、毛糸の衿捲を脱《はづ》すと、手炙の前に座を占めて、袂から二通の電報を取出して静枝に手渡《てわたし》した。
静枝は顫へる手頭《てさき》に電報を繰拡げて読んだ。人々の目《め》は、悉く其額に集まる。お芳は、「叔父さんといへば、真実に勝手な人だ。田舎から自分が連れて来ておいて、此の物入の多いのに、家《うち》へ打《ぶつ》つけておくなんぞは……。」と云ふ心持で、澄してゐた。
叔父は、真鍮の煙管を持つた手で、赤い鼻頭を擦りあげながら、
「一つは大病、一つは危篤――明朝一番でかへれと云ふんだからな、嘘でもあるまい。可《い》いわ、マア心配せんでも……まだ其程の事でもないから、持直さんにも限らん。――能く働く人だつたがな。」
「幾歳かね。」宮井が覚束なげに喙《くち》を容れた。
「さよさ。」と叔父は首を傾《かし》げて、「私《わし》よりも二つ下か……。」
静枝はホロ/\涙を零《こぼ》した。而して何時までも電報を瞶《みつ》めてゐた。
「静さん、そんなに心配することないわ。一日かゝれア行ける処《とこ》なんですもの。」お芳は力《ちから》をつけた。
「然《さう》さ。明朝一番で立てば、晩くも四時……。」と叔父は、もう是で先づ静枝の件も片着くと云ふ心持で、
「今から荷や何《なに》か、支度《したく》をしておいて、明朝《あした》五時に起きれば可い。一人の阿母さんだでの、帰らん訳《わけ》にも行かん。」と火箸で煙管の脂《やに》をほじくつて居《ゐ》た。
静枝は涙声で、「いゝえ。其はどうせ斯様《こん》な電報が来る位ですから、もう死んでるかも知れません……私|会《あ》ひたくもございませんけれど……会つたつて為様がないんですから……。」と帰るのが、如何にも切なささうに見えた。母親の死目《しにめ》よりか、自分の体が如何なるか、それが不安でならなかつた。
叔父は、今夜は宅へ帰つて、明朝暗いうちに迎に来て、それからステーションへ送るから、と云ふので、旅費の相談などして、其まゝ暇《いとま》を告げた。
「それぢや明朝《あした》は、私が思ひいれ早《はや》く起きませう。」と女中が言出《いひだ》した。
「ア、然うお為《し》。静さんも一緒に起きて、御飯《ごはん》だけでも温かいのを食べてね。」
静枝は手炙に俛いた限、黙つてゐた。荷作をする気振《けぶり》も見えなかつた。甥は花札を函《はこ》に収《しま》つて、自分の部屋へ引込《ひつこ》んだ。宮井もグヅ/\に寝所へ潜込んだ。
「此の女の独身主義と、些《ちよつ》と似通つてゐる!」と宮井は思つた。
「静枝さんは、相変らず独身主義かね。」
宮井は軽く、揶揄《からか》ふやうな口《くち》を利《き》いた。
静枝は、「え。」と云つて、私《そつ》と赤い顔を擡《もた》げた。
「それで、田舎から、まだ何とも言つて来ないのかね。」
「え、まだ……。」と静枝は、目眩《まぶし》さうな目容《めつき》をした。
「来ない方が好《い》いんです。私|如何《どう》しても、田舎へ帰るのは厭でございます。どんな事をしても、此方《こつち》で暮したいと思ひますの。」
此《これ》まで始終局外に傍観してゐた宮井も、多少此の女の田舎の事情を知つてゐた。田舎《ゐなか》へ帰りにくいと云《い》ふ様子《やうす》は、略《ほゞ》察せられた。郡書記をしてゐる兄が、非常に厳格だと云ふ評判も耳にしてゐる。加之《それに》、手芸の器用《きやう》な女で、裁縫《さいはう》、編物、造花なぞに、秀でた手を持つてゐる。読書も一ト通りは心得《こゝろえ》てゐる。東京で暮させてやれるものなら、暮《くら》させてやらうと云ふ考もあつた。
「私、着物や何か着たうございませんから、如何にかして、独で東京で暮したいと思ひます。昼は何処かへ勤《つと》めて、夜は人の仕事でも為て……。」女の顔には熱心の色が現はれた。伏《ふ》せてゐる目《め》のうちに、涙が浮《うか》んでゐるかとも思はれた。
「然《さ》うさね。」
「何処《どこ》ぞ、爾云《さうい》ふところはございませんでせうか。」
「しかし、なか/\骨だぜ。」
「でも堕落《だらく》さへしなければ可《い》いんでございますからね……。」と女はオド/\したやうな目《め》を挙げた。
宮井《みやゐ》は、濃い煙を噴出しながら、考へておかう。と優《やさ》しく頷いた。
少時《しばらく》すると、お芳《よし》が子供《こども》を寝《ね》かしつけて、奥から出て来た。寝汚《いぎたな》く仮寝《うたゝね》をしてゐたと見えて、髪の紊毛《ほつれげ》が直《ぴつた》り頬に喰着《くつつ》き、頬は紅くなつて、襟《えり》や、裾なぞもキチンとして居ない。睡《ねむ》さうな目にも張がなかつた。
お芳《よし》は、「ア、満《つま》らない!」と云ふやうな顔《かほ》をして、叭《あくび》を生噛《なまかみ》にしながら、気懈《けだる》さうに火鉢の前へ来《き》て坐つた。
温茶《ぬるちや》を湯呑に汲んで、三口ばかり飲むと、少し耳を引立《ひつた》てるやうにして、何処《どこ》とはなし目を見据えた。
「何て世間が静かなんでせう。家《うち》ばかり関寂《ひつそり》してるのかと思つたら、何処でも然《さう》なんですか知ら。」
誰も返辞をする者がなかつた。
「ア、今日はもう四日ですね。私、春になつてから、まだ表《おもて》の土《つち》を踏んで見ませんよ。」と呟くやうに言つた。
来る春も来る春も、何の面白いこともなくて、もう二十八に為つた。着物一つ着飾つた覚もなくて、女の盛ももう過ぎて了《しま》ふのか、と云ふやうな遣瀬《やるせ》ない思が、顔色に現はれてゐた。
「真実《ほんとう》でございますね。」と静枝《しづえ》が淋しい笑方をして、
「お正月なんて、満《つま》らないもんでございますね。」と附加《つけくわ》へた。
お芳は黙つてゐた。
「でも東京はまだ好《よ》うございますよ。田舎と来たら、雪ばかり降つて、それこそ真実《ほんとう》に為様《しやう》がございませんよ。」
寝るには未だ早いし、カルタでも取らうかと云ふ発議《はつぎ》が、宮井の口から出たが、人数が少くて興味が薄からうと云ふので、幾年ぶりかで花を引かうと云ふことになつた。
お芳は、押入の奥の我楽倶多《がらくた》のなかゝら、黴の生へた花札を引張出して来た。まだ上の子供が産れぬ時分、お芳が今の静枝の年頃のをりに時々遊んだことのある札である。
お芳は血の気の薄いやうな手で、札を蒲団の上へ打《ぶち》まけた。中には折目《をれめ》の入つたのもある。泥の出てゐるのも二三枚見えた。
「新《しん》さんも入らつしやいな。」とお芳は札調べをしながら、玄関の次の三畳にゐる、宮井の甥に声をかけた。
「恁云《かうい》ふ事もして、女の機嫌は取つておくものだ。」と云ふやうな顔をして、宮井も興のない花札を拾《ひろ》ひあつめ、二つに纏めて切《き》りなどした。
甥は宮井の向に胡坐をくんで、これも半分は迷惑さうに、石の分配を初めた。
「静枝さんもお行《や》んなさいな。」お芳は勧めた。
「私、然云ふことは一向|解《わか》りません。」と静枝《しづえ》は、片蔭へ寄《よ》つて、読さしの雑誌を見はじめた。
花は初まつたが、札をうつ音は冴《さ》えなかつた。六ヶ|月《がつ》目の時、宮井は札を一順見ると、前へ投出《ほうりだ》して下《お》りて了《しま》つた。而して、女中に酒を持つて来さして、自分で燗をしながら、チビ/\飲《のみ》はじめた。
二年目には、少し脂《あぶら》が乗りかゝつて来た。色々な意《おもひ》がけないヤクなぞが出来て、賑やかな笑声が起つた。お芳の頬には血の気がさして、手の働も敏活になつて来た。甥は出続《でつゞけ》で、始終ニヤ/\しながら、落着いた引方をしてゐた。而して叔父の無成算な遣口《やりくち》を、クス/\笑つてゐた。
「この人はからツ下手《ぺた》ですよ。」とお芳の調子が浮々《うき/\》して来た。
「かう云ふ人に、出て来ちや邪魔をされるんで、私ア少しも引けない。自分の勝手ばかりしてゐるんですもの。」
宮井の前には、もう三つも交換《かうくわん》か入つてゐた。
誰やら水口の方の木戸口で、呼んでゐる声がする。
「オイ/\、静《しづ》のとこへ電報だ。」
皆が声を潜めた時、外の声は恁《かう》いつて呼んだ。一同は目を見合した。
静枝は起つて出て戸を開けると、叔父は水洟《みづばな》をすゝりながら上つて来た。而して古びた外套を脱いで、毛糸の衿捲を脱《はづ》すと、手炙の前に座を占めて、袂から二通の電報を取出して静枝に手渡《てわたし》した。
静枝は顫へる手頭《てさき》に電報を繰拡げて読んだ。人々の目《め》は、悉く其額に集まる。お芳は、「叔父さんといへば、真実に勝手な人だ。田舎から自分が連れて来ておいて、此の物入の多いのに、家《うち》へ打《ぶつ》つけておくなんぞは……。」と云ふ心持で、澄してゐた。
叔父は、真鍮の煙管を持つた手で、赤い鼻頭を擦りあげながら、
「一つは大病、一つは危篤――明朝一番でかへれと云ふんだからな、嘘でもあるまい。可《い》いわ、マア心配せんでも……まだ其程の事でもないから、持直さんにも限らん。――能く働く人だつたがな。」
「幾歳かね。」宮井が覚束なげに喙《くち》を容れた。
「さよさ。」と叔父は首を傾《かし》げて、「私《わし》よりも二つ下か……。」
静枝はホロ/\涙を零《こぼ》した。而して何時までも電報を瞶《みつ》めてゐた。
「静さん、そんなに心配することないわ。一日かゝれア行ける処《とこ》なんですもの。」お芳は力《ちから》をつけた。
「然《さう》さ。明朝一番で立てば、晩くも四時……。」と叔父は、もう是で先づ静枝の件も片着くと云ふ心持で、
「今から荷や何《なに》か、支度《したく》をしておいて、明朝《あした》五時に起きれば可い。一人の阿母さんだでの、帰らん訳《わけ》にも行かん。」と火箸で煙管の脂《やに》をほじくつて居《ゐ》た。
静枝は涙声で、「いゝえ。其はどうせ斯様《こん》な電報が来る位ですから、もう死んでるかも知れません……私|会《あ》ひたくもございませんけれど……会つたつて為様がないんですから……。」と帰るのが、如何にも切なささうに見えた。母親の死目《しにめ》よりか、自分の体が如何なるか、それが不安でならなかつた。
叔父は、今夜は宅へ帰つて、明朝暗いうちに迎に来て、それからステーションへ送るから、と云ふので、旅費の相談などして、其まゝ暇《いとま》を告げた。
「それぢや明朝《あした》は、私が思ひいれ早《はや》く起きませう。」と女中が言出《いひだ》した。
「ア、然うお為《し》。静さんも一緒に起きて、御飯《ごはん》だけでも温かいのを食べてね。」
静枝は手炙に俛いた限、黙つてゐた。荷作をする気振《けぶり》も見えなかつた。甥は花札を函《はこ》に収《しま》つて、自分の部屋へ引込《ひつこ》んだ。宮井もグヅ/\に寝所へ潜込んだ。
明朝《あした》の未明《ひきあけ》に、お芳が目を覚した時は、もう叔父と静枝との低い話声が、茶《ちや》の間《ま》から聞《きこ》えた。
起きて出て見ると、二人《ふたり》は今飯を済《すま》した処である。ランプの火影も、薄暗くなつてゐた。時計を見ると、まだ三十分も間《ま》がある。静枝は何時《いつ》の間にか、奇麗《きれい》に髪を取あげて、白粉までつけてゐた。晦日《みそか》の晩に、兼康から買つて来た、水色の新しいリボンも挿して居た。
叔父は煙管を筒に収めながら、「それぢや、私は其処《そこ》いらで、兎《と》も角《かく》俥《くるま》を※[#「にんべん+就」、第3水準1-14-40]《やと》つて来るとしやう。荷物を玄関へ出しておくが可い。後で送ると云つても邪魔だから、忘れ物のないやうにな。」と云つて、起ちかけた。
「私俥は入りません。荷物も持たずに行かうと思ひます。」
叔父はお芳と顔を見合した。
「如何してな。」
「如何してつてこともございませんけれど、田舎へは、まだ小父《おぢ》さんとこを出て、此方《こちら》で御厄介《ごやくかい》になつてることを言つてやりませんから……今度《こんど》出て来まして、私の体が決《きま》りましてから、小父《をぢ》さんの方からも、お手紙を出して戴《いたゞ》きます。しと静枝は頑張《がんば》つた。
二人は黙つて了《しま》つた。叔父は昨夜電報が来たとき、伜《せがれ》が、「いゝ気味だ。あんな剛情張の生意気な奴胤、早く逐返《おつかへ》して下さい。」と言つたことを想出して、当惑さうな顔を顰《しか》めた。
「それぢや、マア、田舎にゐることになつたら、送ると云ふことにして、着換だけは風呂敷《ふろしき》にでも包んで……。」
「いゝえ。何《なん》にも持たないで参《まい》ります。」
叔父は黙つて了《しま》つた。
お芳は棚から、歳暮に到来した、菓子箱を一つ見舞《みまい》として、静枝にくれた。
静枝は、化粧品など入れた田舎風《ゐなかふう》の信玄袋《しんげんぶくろ》に、傘と、其だけ提げて出た。叔父は風呂敷に包んだ菓子箱を持つて、一緒に出た。
出かけた静枝は、宮井の寝間《ねま》の閾際まで行つて、
「色々御厄介さまでした。又出て来ますをりには、何分よろしく……。」と其だけを、低声ながら熱心に言《い》つて、暇を告《つ》げた。如何しても引返して来る意《つもり》でゐる。
「然う言つても、些《ちよつ》と出ては来られまい。」と宮井は然《さ》う思ひながら、起直つて、挨拶だけ為て、蒲団を引被いて了つた。
静枝は厭々《いや/\》さうに、門を出て行つた。
外はまだ幽暗《ほのぐら》かつた、東の方が真珠色に白《しら》んだばかりで、灰色雲が、一面に空を封《とざ》してゐた。それでも木の影などは、くつきりして見える。夜明方の空気の底寒《そこさむ》いので、静枝はガチ/\顫《ふる》へながら歩いてゐた。
壱岐殿坂を降りて、砲兵工廠《はうへいこうしよう》の横手まで来ると、空はもう余程明るくなつた。ちらほら人の影も見えて、電車ももう濛端を動いてゐた。
「独で田舎へ帰るといふものは、何だか、心細いもんですね。」静枝は低声で言つた。
「でも訳《わけ》はない。乗つてしまへば、自然《ひとりで》に行つてしまふで……。」と老人は洟を啜りながら言つた。
「あとで電報を打つておくから、然したら、向《むかう》で誰ぞ迎ひに来てくれるだらう。」
ステーションには、もう大分《だいぶん》人が集《つど》ふてゐた。諏訪の氷滑にでも出かけさうな、派手な洋服に鳥打を冠つた、軽装の若い紳士連も見受けた。寒《さむ》い広い構内に、咳の声ばかり反響して、コツ/\と土間を歩く靴の音がをり/\聞えた。
静枝は隅の方の腰掛に腰を卸したまゝ、黙つて俛《うつむ》いてゐた。胸には様々の思が連に動揺してゐた。
老人が側に腰かけて、煙草を喫しはじめた時、静枝は低声で、自分が不縁になつたことは、田舎の方へは、当分秘密にしておいてくれと云ふ事を、口数《くちかず》少なに、切に頼んだ。
切符が間もなく売出されると、人衆は其方此灯から集つて来る。静枝も起かけやうとして、襟を掻合し、頭へ手を上げると、「オヤ、私……。」と慌忙《あわたゞ》しく腰をかけてゐた後先を見廻した。
「如何した。」老人は煙草入を腰に差しながら。
「私、リボンを落《おつこと》しました。」静枝はまた身の周を捜してゐる。
「リボンを……其奴ア不可《いけな》いこと為たな。」と老人も包を退《ど》けて腰掛の上下を捜した。
「なけアマア好《い》いや。」と老人は言つたが、静枝は金の指環でも亡くしたやうに、悲しがつた。幾度も/\、頭へ手をやつたり、袂の底を捜したりしてゐる。
終《しまひ》に居場所を離れて、外まで出《で》かけて、涙含《なみだぐ》んだやうな目《め》を、ステーション前の広場へ配つた。而して、ソワ/\と五六間捜しあるいた。
老人も、何だか急に気になつて来た。
「それぢや、私が其処《そこ》いらまで行つて見て来るとしやう。」と言つてノソ/\出かけた。
元来た道を、老人は三四町も捜して行《ある》いたが、何処にも見えなかつた。
「何処にも見えんやうだ。もう誰か拾つて行つたらう。何しろ時間がないで……。」
「さう!」と静枝はまだ思断れぬやうな返辞をして俛《うつむ》いた。
構内には、もう人の影も疎になつてゐる。紙の片や、莨の吸殻が其処此処に散《ちら》ばつて、四下《あたり》は俄に寂しくなつた。外では太い汽笛が鳴つた。静枝の胸はソク/\と一層波立つて来た。如何やら、もう東京へ来る縁がないやうな気もした。
石段を登る時、先《さき》が真暗のやうに見えた。
狭苦しい函《はこ》のなかへ入《はい》ると、体が連にガチ/\と戦へて、目に一杯の涙が湧いた。其まゝ窓に肱をかけて、顔を背向《そむ》けてゐた。
老人は何やら連《しきり》と、田舎へ言伝《ことづて》をしてゐるやうであつたが、それも耳へは入らなかつた。
ガタリと云ふ音が、腹の底まで響いたと思ふと、汽車はスル/\動き出した。
リボンのない寂しい頭が、何時までも窓から見えた。
「ヤ、これで先づ荷が降りた!。」と云ふやうに、老人は、急に軽い歩調《あしどり》で、石段を降りて行つた。[#地付き](明治42[#「42」は縦中横]年2月「中央公論」)
起きて出て見ると、二人《ふたり》は今飯を済《すま》した処である。ランプの火影も、薄暗くなつてゐた。時計を見ると、まだ三十分も間《ま》がある。静枝は何時《いつ》の間にか、奇麗《きれい》に髪を取あげて、白粉までつけてゐた。晦日《みそか》の晩に、兼康から買つて来た、水色の新しいリボンも挿して居た。
叔父は煙管を筒に収めながら、「それぢや、私は其処《そこ》いらで、兎《と》も角《かく》俥《くるま》を※[#「にんべん+就」、第3水準1-14-40]《やと》つて来るとしやう。荷物を玄関へ出しておくが可い。後で送ると云つても邪魔だから、忘れ物のないやうにな。」と云つて、起ちかけた。
「私俥は入りません。荷物も持たずに行かうと思ひます。」
叔父はお芳と顔を見合した。
「如何してな。」
「如何してつてこともございませんけれど、田舎へは、まだ小父《おぢ》さんとこを出て、此方《こちら》で御厄介《ごやくかい》になつてることを言つてやりませんから……今度《こんど》出て来まして、私の体が決《きま》りましてから、小父《をぢ》さんの方からも、お手紙を出して戴《いたゞ》きます。しと静枝は頑張《がんば》つた。
二人は黙つて了《しま》つた。叔父は昨夜電報が来たとき、伜《せがれ》が、「いゝ気味だ。あんな剛情張の生意気な奴胤、早く逐返《おつかへ》して下さい。」と言つたことを想出して、当惑さうな顔を顰《しか》めた。
「それぢや、マア、田舎にゐることになつたら、送ると云ふことにして、着換だけは風呂敷《ふろしき》にでも包んで……。」
「いゝえ。何《なん》にも持たないで参《まい》ります。」
叔父は黙つて了《しま》つた。
お芳は棚から、歳暮に到来した、菓子箱を一つ見舞《みまい》として、静枝にくれた。
静枝は、化粧品など入れた田舎風《ゐなかふう》の信玄袋《しんげんぶくろ》に、傘と、其だけ提げて出た。叔父は風呂敷に包んだ菓子箱を持つて、一緒に出た。
出かけた静枝は、宮井の寝間《ねま》の閾際まで行つて、
「色々御厄介さまでした。又出て来ますをりには、何分よろしく……。」と其だけを、低声ながら熱心に言《い》つて、暇を告《つ》げた。如何しても引返して来る意《つもり》でゐる。
「然う言つても、些《ちよつ》と出ては来られまい。」と宮井は然《さ》う思ひながら、起直つて、挨拶だけ為て、蒲団を引被いて了つた。
静枝は厭々《いや/\》さうに、門を出て行つた。
外はまだ幽暗《ほのぐら》かつた、東の方が真珠色に白《しら》んだばかりで、灰色雲が、一面に空を封《とざ》してゐた。それでも木の影などは、くつきりして見える。夜明方の空気の底寒《そこさむ》いので、静枝はガチ/\顫《ふる》へながら歩いてゐた。
壱岐殿坂を降りて、砲兵工廠《はうへいこうしよう》の横手まで来ると、空はもう余程明るくなつた。ちらほら人の影も見えて、電車ももう濛端を動いてゐた。
「独で田舎へ帰るといふものは、何だか、心細いもんですね。」静枝は低声で言つた。
「でも訳《わけ》はない。乗つてしまへば、自然《ひとりで》に行つてしまふで……。」と老人は洟を啜りながら言つた。
「あとで電報を打つておくから、然したら、向《むかう》で誰ぞ迎ひに来てくれるだらう。」
ステーションには、もう大分《だいぶん》人が集《つど》ふてゐた。諏訪の氷滑にでも出かけさうな、派手な洋服に鳥打を冠つた、軽装の若い紳士連も見受けた。寒《さむ》い広い構内に、咳の声ばかり反響して、コツ/\と土間を歩く靴の音がをり/\聞えた。
静枝は隅の方の腰掛に腰を卸したまゝ、黙つて俛《うつむ》いてゐた。胸には様々の思が連に動揺してゐた。
老人が側に腰かけて、煙草を喫しはじめた時、静枝は低声で、自分が不縁になつたことは、田舎の方へは、当分秘密にしておいてくれと云ふ事を、口数《くちかず》少なに、切に頼んだ。
切符が間もなく売出されると、人衆は其方此灯から集つて来る。静枝も起かけやうとして、襟を掻合し、頭へ手を上げると、「オヤ、私……。」と慌忙《あわたゞ》しく腰をかけてゐた後先を見廻した。
「如何した。」老人は煙草入を腰に差しながら。
「私、リボンを落《おつこと》しました。」静枝はまた身の周を捜してゐる。
「リボンを……其奴ア不可《いけな》いこと為たな。」と老人も包を退《ど》けて腰掛の上下を捜した。
「なけアマア好《い》いや。」と老人は言つたが、静枝は金の指環でも亡くしたやうに、悲しがつた。幾度も/\、頭へ手をやつたり、袂の底を捜したりしてゐる。
終《しまひ》に居場所を離れて、外まで出《で》かけて、涙含《なみだぐ》んだやうな目《め》を、ステーション前の広場へ配つた。而して、ソワ/\と五六間捜しあるいた。
老人も、何だか急に気になつて来た。
「それぢや、私が其処《そこ》いらまで行つて見て来るとしやう。」と言つてノソ/\出かけた。
元来た道を、老人は三四町も捜して行《ある》いたが、何処にも見えなかつた。
「何処にも見えんやうだ。もう誰か拾つて行つたらう。何しろ時間がないで……。」
「さう!」と静枝はまだ思断れぬやうな返辞をして俛《うつむ》いた。
構内には、もう人の影も疎になつてゐる。紙の片や、莨の吸殻が其処此処に散《ちら》ばつて、四下《あたり》は俄に寂しくなつた。外では太い汽笛が鳴つた。静枝の胸はソク/\と一層波立つて来た。如何やら、もう東京へ来る縁がないやうな気もした。
石段を登る時、先《さき》が真暗のやうに見えた。
狭苦しい函《はこ》のなかへ入《はい》ると、体が連にガチ/\と戦へて、目に一杯の涙が湧いた。其まゝ窓に肱をかけて、顔を背向《そむ》けてゐた。
老人は何やら連《しきり》と、田舎へ言伝《ことづて》をしてゐるやうであつたが、それも耳へは入らなかつた。
ガタリと云ふ音が、腹の底まで響いたと思ふと、汽車はスル/\動き出した。
リボンのない寂しい頭が、何時までも窓から見えた。
「ヤ、これで先づ荷が降りた!。」と云ふやうに、老人は、急に軽い歩調《あしどり》で、石段を降りて行つた。[#地付き](明治42[#「42」は縦中横]年2月「中央公論」)
底本:「徳田秋聲全集第7巻」八木書店
1998(平成10)年7月18日初版発行
底本の親本:「中央公論」
1909(明治42)年2月
初出:「中央公論」
1909(明治42)年2月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
1998(平成10)年7月18日初版発行
底本の親本:「中央公論」
1909(明治42)年2月
初出:「中央公論」
1909(明治42)年2月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ