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harukaze_lab @ ウィキ

月夜の眺め

最終更新:2019年11月01日 05:15

harukaze_lab

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月夜の眺め
山本周五郎

-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)唸《うな》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)藤|欣吾《きんご》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#6字下げ]
-------------------------------------------------------

[#6字下げ]一[#「一」は中見出し]

「ちょっと」倉吉が云った、「お手は、――」
「歩が二つに銀だ」
「ふーん」と倉吉が唸《うな》った、「銀は痛えな、銀は、本当に銀か」
 忠二は掌《てのひら》の駒を見直して、「違った」と云った、「銀じゃあねえ金《きん》だ、歩が二つに金だ」
「おどかすなよ、金ならいいんだ」と倉吉が云った、「金なら、……こう引こう」
 向うの切炉のまわりでは、船頭なかまが八人、酒を飲みながら、伊藤|欣吾《きんご》の「武者ばなし」を聞いていた。
 もう春が来ていた。外はもうすっかり春めいた暖たかい月夜で、時刻は十時をまわっていた。大川《おおかわ》に面した船宿、「吉野」の前の河岸《かし》には、十二三ばいの釣舟や猪牙舟《ちょきぶね》に囲まれて、二|艘《そう》の伝馬船が横づけに繋《つな》いであった。それは明日の汐干狩《しのひがり》に使われるもので、どちらも帆筒から綱手棒へ梁を渡し、その梁へ桟を結いつけて、上から茣蓙《ござ》で屋根が掛けてあった。まわりに舫《もや》ってある小舟のあいだで、その二艘はどっしりと大きく、上げ潮の水面で、重おもしく月に照らされていた。
 河岸の家並はもう戸を閉めて暗く、「吉野」の店だけが、腰高障子に明るく灯を映していた。戸を閉めた家並のなかで、その店の明るい障子がひときわ明るく、青白い光りの下にうるんで見えた。――片方の伝馬船の艫《とも》から一人の少年が首を出し、河岸のようすをうかがってから、すっと、身軽に岸へあがった。彼はあゆみ板を渡りきったところで草履をはき、そこでもすばやく左右に眼をやった。月が斜め上から照らしていて、少年の面ながで中高《なかだか》なすばしっこそうな、大人びた顔つきがはっきりと見えた。年は十六か七だろう、黒っぽい木綿の縞の袷《あわせ》に三尺をしめていて、その三尺を手で下へさげながら、彼は「吉野」の店へはいっていった。
 店の中は二つの八間《はちけん》と、三つの行燈とで明るかった。鉤の手に土間があり、店の広い板間の切炉のまわりには、薄縁《うすべり》を敷いて、若いのや中年の船頭たちが八人、おのおの蝶足膳《ちょうあしぜん》に向って酒を飲みながら、伊藤欣吾の話すのを聞いていた。「吉野」の主人の仁助は、炉端に行燈を寄せて投網を繕っており、女中のお雪とお常とが、酒の肴《さかな》の世話をしていた。お雪もお常も眠そうで、お常のほうは年が若いだけに、半分はもう眠っているようであった。――上り框《がまち》のところでは行燈を側に置いて、倉吉と忠二が将棋を指していた。忠二はあぐらをかいて坐り、盤面から眼をはなさずに、考え考え、ゆっくりと指しているが、倉吉は片方の足を土間へ垂らし、その足の爪先で土間にある草履を悪戯《いたずら》しながら、眼では(絶え間なしに)忠二の顔と、盤面とを見比べるというふうに、せかせかと指していた。
「伏見の地震のときにこんな話がある」と伊藤欣吾は武者ばなしをしていた、「肥後守清正は、そのとき太閤の勘気を蒙《こうむ》って謹慎ちゅうであったが、地震が起こるとすぐ、兵二百人を伴《つ》れて伏見城へ駆けつけ、城の中門の守護に当った」
 店の腰高障子があいて、少年がはいって来た。伊藤欣吾は話し続けており、倉吉が少年を認めて「よう」と云った。
「よう女蕩《おんなたら》し」と倉吉は云った、「また小遣でもせびりに来たのか」
 少年は黙って倉吉に一瞥《いちべつ》をくれ、土間をまわって、仁助に声をかけた。
「銀太か」と仁助は繕いの手を休めて振向いた、「まだ夜遊びをしていたのか」
「松あにいは帰りませんか」
「松か」と仁助が云った、「客を送ってなか[#「なか」に傍点](新吉原)までいったが、松になにか用か」
「ええ」と少年は口ごもった。「重《じゅう》さんが待ってるんで、……お客は誰ですか」
「四丁目さんとお伴れが二人だ」
「それじゃあ危ねえな」と少年は大人びた口ぶりで云った、「四丁目の旦那となか[#「なか」に傍点]へいったんじゃあ、……こいつはきっと、泊りかもしれねえ」
「重が待ってるって、どこで待ってるんだ」
 少年は「ええ」とあいまいに口を濁し、向うにいるお雪に「お雪さん、重さんのところへ酒を一升貰ってくぜ」と呼びかけた。
 お雪はお常を小突いた。お常は眼をさまし、お雪に教えられて、少年が来ているのをみつけると、すでに(居眠っていたために)赤くなっている顔を、いっそう赤くしながら、そわそわと立って少年のほうへいった。少年は用件をお常に告げ、お常は暖簾《のれん》をくぐって勝手のほうへいった。少年が土間からそっちへゆくと、お常は待っていて彼をひきよせ、上からかぶさるようにして、唇を吸った。
「銀ちゃん」とお常は喘《あえ》いだ、「銀ちゃん」
 少年は「よしてくれ」と云い、お常は少年の頸《くび》に腕を絡みつけた。袖が捲《まく》れて二の腕まであらわになり、お常は顔を振りながら、激しく少年の唇を吸った。少年は「う」と息を詰らせ、両手でお常を押し放すと、手の甲で自分の唇を荒あらしく拭いた。
「銀ちゃん」とお常が云った、「あんたひどいわね」
「うるせえな、重さんが待ってるんだ」
「ひどいわよ、あんた」とお常が云った、「三つ目橋のお直さんに前掛を買ってやったっていうじゃないさ、あんまりじゃないの」
「よしてくれ」と少年は唇を曲げた、「おめえにそんなことを云われるような、弱い尻はおらあ持っちゃあいねえんだ、もういちど云うが、重さんが待っているんだからな、酒を一升、早いとこ頼むぜ」
 少年の言葉つきは、いっぱし若者のように歯切れがよく、女の気を惹《ひ》く程度の薄情さをもっていたが、その表情はまだ子供っぽいし、拗《す》ねた子供のように見え透いたところがあった。お常は少年から顔をそむけ、前掛で眼を拭きながら、酒樽《さかだる》の置いてあるほうへいった。
 少年が一升徳利を持ってあらわれ、土間をぬけて出てゆこうとすると、将棋を指していた倉吉が、「よう」とまた声をかけた。
「よう、いろ男」と倉吉が云った、「うまく小遣をせしめたか」
 少年は横目で彼を見たが、なにも云わずに、障子をあけて出ていった。倉吉はそれを見送り、障子が閉ると、盤面を覗いてから、握っている自分の手駒を見た。忠二は腕組みをしたまま、じっと盤面をみつめていた。
「侍でも、ちかごろは浪人すると、悲しいな」と倉吉は低い声で云った、「あの伊藤欣吾さんもこっちへ来て、三年になるだろう」
 忠二は口の中で、「桂をはねるか」と呟《つぶや》いた。
「去年あたりから内職もろくにねえらしい」と倉吉は云った、「毎晩ここへ来て、武者ばなしなんぞやって酒にありついてるが、このさきいってえどうするつもりだろう」
「相生《あいおい》亭で面倒をみてるんだろう」と忠二が口の中で云った、「そのうち婿にでもおさまるんじゃねえのか」

[#6字下げ]二[#「二」は中見出し]

「婿にだって」と倉吉は相手を見た、「相生亭のか、へ、知らねえな、――おぶんちゃんにはおめえ」
「よし」と忠二が云った、「桂はねだ」
 倉吉は「来たか」と云った。
 炉端へお常が戻って来、元のところへ坐って、誰に酌をするともなく、燗徳利《かんどくり》を取りあげた。すると、寝そべっていた平吉が、ひょいと首をもたげて、伊藤欣吾を見た。
「ちょいと待った」と平吉が云った。「いまのところをもういちど聞かしてくんねえ、うっかりして聞きはぐったんだ、済まねえがもういちど頼むよ、先生」
 平吉はいちばん年嵩《としかさ》で、いつも理屈っぽく絡む癖があった。伊藤欣吾はおとなしく頷《うなず》き、同じところを繰り返して話した。
「ふーん」と平吉は寝そべったまま云った、「つまり清正公が門を守ってると、石田三成の野郎が来やがった、そこで清正公がけんのみをくわせたんだな」
「そこへ来たちび[#「ちび」に傍点]はなに者だと云った」
「三成てえ野郎はちび[#「ちび」に傍点]だったのかい」
「清正はむろん知っていたのだ」と伊藤欣吾は穏やかに云った、「知っていてわざと咎《とが》めたのだ、三成は三度まで名のった、――この地震で城中の安否がきづかわれる、通してもらいたい、すると清正は聞えないふりをし、それから顔をみせろと云い、松明《たいまつ》で三成の顔を照らして見てから、はじめて通れと云った」
「算盤侍《そろばんざむらい》め、いいざまだ」
「清正は誤解をしていたのだ」と伊藤欣吾は話した、「清正は朝鮮のいくさで軍律に反《そむ》いた、婦女を犯すべからず、金品を奪うべからず、この二カ条に反いたので、朝鮮からよび戻されたうえ謹慎を命ぜられた、しかも、その事実を報告したのは軍監小西行長であって、三成ではない、それを彼は三成の密告だと誤解した。頑迷に誤解していて、ちび[#「ちび」に傍点]、などという下賤な言葉で三成を卑しめたのだ」
「おらあ石田三成ってやつは嫌えだな」若い船頭の一人が云った、「あいつは一番槍も一番首もしねえし剣術だってできやしねえ、ただわる知恵をはたらかして、計略をめぐらしたり算盤をはじいたりするばかりだ」
「そこへゆくと清正は人間が違わあ」と他の若い船頭が云った、「なにしろ虎退治をやってるしよ、それにあれだあ、賤《しず》ヶ|岳《たけ》の七本槍だろう、七本槍だぜえ、三成なんぞしゃっちこ立ちをしたってかなうもんじゃねえや」
 伊藤欣吾は眼を伏せた。悲しげに、がっかりしたように眼を伏せ、冷えてしまった自分の盃《さかずき》を(遠慮がちに)取りあげた。すると、お常がもの愛そうに手を伸ばして、酌をした。
「先生は清正公が嫌えらしい」と寝そべったまま平吉が云った、「石田三成のほうが贔屓《ひいき》らしいが、おれにゃあどうもそこんところが解せねえ」
 伊藤欣吾は酒を飲み「いやそんなことはない」と首を振った。
「そうか、へー」とこっちで倉吉が云った、「お手はなんだ」
「銀二枚に歩が三つだ」
「歩があるのかい」と倉吉は盤を覗きこみ、それから顔をあげて相手を見た、「歩三に銀二枚だって」
「銀二枚に歩が三つだ」
 倉吉は土間へ垂らした足をゆらゆらさせた。その足の爪先にひっかかっていた草履がぱたっと落ち、倉吉は爪先さぐりにそれを拾おうとした。
 そのとき腰高障子をあけて、一人の若者がはいって来た。桟留縞の袷に、丈の短い羽折を着、尻端折をして、紺股引《こんももひき》に麻裏をはいている。年は二十六か七、小柄な、はしっこそうな躯《からだ》つきだし、ほそ面のつるっとした顔に(その職業に独特の)するどい、よく動く眼がきわだってみえた。彼はうしろ手に障子を閉めるとき、右手に持っていた十手をふところへ入れながら、店の中をすばやく眺めまわした。十手をふところへ入れるとき、彼は極めてゆっくりと、まるでそこにいる者たちにみせつけるようにやった。
「松はいるか」とその男は云った、「松二郎はうちにいるか」
 誰も答えなかった。みんなは彼がはいって来たとき、ちらっと見ただけで、あとはもう見向きもしなかった。
「御苦労さまです」と仁助が投網の繕いをしながら云った。「松二郎はなか[#「なか」に傍点]まで客を送ってゆきましたが、なにか松に御用ですか」
 男はもういちどそこにいる者たちを眺めまわし、「銀太は来なかったか」と云った。こんどは仁助も答えなかった。
「おい倉あにい」と男は云った、「おめえ銀太をみかけなかったか」
「さあ、あっしは知りませんね」
「銀太が此処《ここ》へ来やあしなかったか」
「王手、――」と倉吉が云った、「初王手、胃のくすりだ」
「胃だってやがら」と忠二が云った。
「急に胃が悪くなったんだ」と倉吉が云った、「いま急にむしずがわいてきやあがったんだ」
 忠二は「気にするな」と云った。
 男は倉吉と忠二を睨《にら》み、それから上り框に腰を掛けて、「おい雪ぼう、おれにも一杯くれ」と云った。お雪は仁助を見た。仁助は黙って投網の繕いをしてい、伊藤欣吾は話を続けていた。男はふところから財布を出し、なにがしかの銭をそこへ置いた。
「摘む物もなにもいらねえ」と男はお雪に云った、「燗を熱くして、湯呑でくれ」
 お雪はさもだるそうに立ちあがった。
「伊藤先生」と男が呼びかけた、「よく続きますね、また講釈ですかい」
 伊藤欣吾がなにか答えようとし、平吉、それを遮《さえぎ》って、「そいつもおかしいぜ先生」と文句をつけだした。平吉は寝そべったままで、伊藤欣吾の話に文句をつけ、自分の主張を並べたてた。男の眼がするどく光った。彼は立って板間へあがり、切炉の近くへいって坐った。誰も席を譲ろうとせず、平吉は文句をやめて、寝そべったきま手を伸ばし、自分の盃を取って、ゆっくりと飲んだ。
「お常ぼう」と平吉は云った。「なにか焦げてやあしねえか。なんだかきなっ臭えような匂いがするぜ」
「なんにも焦げてやしないわ」とお常は眠そうな眼で炉の中を見た、「焦げる物なんかなんにもありゃあしないわ」
「じゃあこの匂いはなんだ」と平吉は若い船頭の一人に云った、「このきなっ臭え匂いはなんだ、政、おめえにゃあ匂わねえか」
「うん、きなっ臭え」とその船頭が云った、「なんだかきなっ臭えようだ、きなっ臭えような匂いがするぜ」
 お雪は戻って来て、炉にかかっている燗鍋《かんなべ》で燗をつけはじめ、伊藤欣吾は気まずそうに坐っていた。

[#6字下げ]三[#「三」は中見出し]

 お雪は燗のついた二合徳利と湯呑を、盆の上にのせてその男の前に置いた。男は湯呑に半分ほど酒を注ぎ、平吉から他の船頭たちへと、順に眼を移しながら一とくち酒を飲んだ。
「先生、――」と男は伊藤欣吾に云った、「貴方はもとどこの御藩中だったんですか」
 伊藤欣吾は「う」と口ごもった。
「言葉のようすだと江戸のようだが、浪人なさるまえにはどこの藩に勤めていたのですか」
「旧主の名は、云えない」と伊藤欣吾はみじめに吃《ども》った、「旧主の名は、云えないが、なぜそんなことを訊《き》くのだ」
「役目がらでね」と男は酒を啜《すす》った、「なに、仰しゃれなければむりに聞こうとは云わねえ、ただあっしの縄張りの内にいらっしゃるから、いちおうどんな御経歴かうかがっておきてえと思ったもんでね」そしてもう一とくち啜って云った、「なあに仰しゃりたくねえものをむりに聞こうとはいわねえ、どうか気を悪くしねえでおくんなさい」
「先生――」と若い船頭の一人が云った、「あとを続けて下さいな、それから話はどうなるんです」
 男はその船頭を睨み、伊藤欣吾は咳《せき》ばらいをした。こちらでは倉吉が「それでいいのか、本当にいいのか」と念を押し、盤面に駒を置いて、それ「飛金両取りだ」と云っていた。伊藤欣吾が話を続け、男は湯呑に酒を注いで飲み、こちらで倉吉が、「そうか、しまった」と高い声をあげた。
「しまった、そういうことになるのか」と倉吉は云った、「そこでお手はなんだ」
「またか」と忠二が云った、「お手はお手はって、おめえ人の手ばかり訊いているぜ、そら、金銀に桂香と歩が一つだ」
「桂だって、桂があるのか」と倉吉は盤の上へのしかかった、「桂馬と、――さあことだ」
 男は酒を飲み終った。彼は居辛くなったようすで、半分は呷《あお》るように飲み、伊藤欣吾は話を続けていた。男は湯呑をかちんと置き、ふところから十手を出して、それを薄縁へ突きながら立ちあがった。
「きなっ臭え匂いか」と男は麻裏をはきながら云った、「いま誰かそう云ったな、政、――おめえまだ匂うか」
 政と呼ばれた若い船頭は答えなかった。男は十手を持った手をふところへ入れ、嘲弄《ちょうろう》するような眼でみんなを眺めながら、「ふん」とせせら笑いをした。
「おい、吉野のとっつぁん」と男は大きな声で云った、「おれがいいと知らせるまで、誰も外へ出さねえでくれ、この辺でちょいと風が吹くかもしれねえんだ。わかったかい」
「へえ」と仁助が答えた、「わかりました」
 男は出てゆこうとし、障子をあけて、そこで振返って「平吉あにい」と云った。平吉は寝そべっていて、答えなかった。
「なにが臭えか教えてやるぜ」と男は口を曲げてどなった、「どいつも此処を動くんじゃねえぞ」
 そして外へ出て、障子を閉めた。
「平吉」と仁助が低い声で云った、「おめえ年|甲斐《がい》もねえ、よけえな口をきき過ぎるぜ」
「わかったよ」と平吉が云った、「――野郎の面を見るとむかついてしようがねえんだ、あの面を見ると、こう、……けちな下っ引のくせにしゃあがって、十手をひねくっちゃあ乙に絡んだことばかり云やあがる。いまだってそうだ、なんのきっかけもねえのに、いきなり先生に妙な云いがかりをつけやがって」
「きっかけはあるぜ」とこっちから倉吉が云った。
 伊藤欣吾は話をやめていて、平吉が「なんだ」と寝そべったまま訊き返した。
「知らねえのか、平吉あにい」と倉吉は云った、「相生亭のおぶんちゃんだよ」
「おぶんちゃんがどうしたってんだ」
「あの野郎はおぶんちゃんを張ってるんだ」と倉吉は云った。「ただ張ってるだけじゃあねえ、おやじを威《おどか》して、相生亭の婿におさまるこんたんらしいや、あのおやじには博奕《ばくち》兇状があるし、いまでも悪戯はやまねえようだからな、おまけに人は好いときているんだから、野郎のこんたんもどうやらものになりそうだっていう話だぜ」
「それが先生とどう関係があるんだ」
「そこに先生がいちゃあな」と倉吉は云い渋り将棋盤へと向き直った。「――うん、金打ちだ」
「ああそうか、それでか」と政と呼ばれた船頭が云った。それであの野郎あせってやがるんだな」
「誰があせってるって」
「いまの捨吉の野郎よ」と政が云った。「むやみにほし[#「ほし」に傍点]を稼ごうとしゃあがって、このあいだじゅうからめっぽう十手風を吹かしてやがる。小泉町の鉄と直公、五丁目の六ベえ、それから回向院《えこういん》裏の久助なんぞも挙げたっていうことだ」
「そいつがじつは大笑いよ」と若い船頭の一人が云った。「挙げたのはいいが、洗ってみてもなんにも出ねえ、四人が四人、お手当にするようなものがなんにもねえんだ、それですぐ四人とも帰されたっていうぜ」
「あせってやがるんだ」と政が云った。「ほし[#「ほし」に傍点]を稼いで、てめえに箔《はく》を付けて、それで相生亭の婿におさまろうてんだ、――へっ、こんなときあいつに覘《ねら》われたら災難だぜ」
「もうたくさんだ、野郎の話はよしてくれ」と平吉が寝そべったまま、「話を聞くだけで反吐《へど》が出そうになる。先生の続きを聞くことにしよう」
 平吉はお常に「酒がねえぞ」と云い、お雪が燗のついた徳利を出した。それで他の者も酒や有の追い注文をし、伊藤欣吾は武者ばなしを続けた。
「いまの話は本当か」とこっちで忠二が低い声で訊いた、「――あの捨吉の野郎が相生亭の婿におさまるって話は」
「おめえ聞かなかったのか」
「おらあ先生だとばかり思ってた」と忠二は云った。「相生亭じゃあ先生の面倒をよくみてるし、おぶんちゃんは暇さえあれば先生のところへ入浸ってるようだからな、おらあそのうちに先生が婿におさまるんだと思ってた」
「みんなもそのほうを喜ぶだろう」と倉吉が云った。彼は持っている駒を打ち合せ、盤面と忠二の顔を交互に見た。「おれだってそのほうがいい、先生はいい人だからな」
「だが相手が捨吉とくると」と忠二は盤上の駒を動かした。「――あの野郎にみこまれたとすると、おぶんちゃんも生贄《いけにえ》同然だ」
「ちょっといまの手を待ってくれ」と倉吉が云った。「いやそれじゃあねえ、この金寄りを待ってくれ」
「よせよ、そいつは三手前のやつだぜ」
 向うの炉端で平吉が起きあがった。
「ちょっと待ってくれ、先生」と平吉は起きあがって云った。「おれにゃあ腑《ふ》におちねえ、もういちどいまのところを聞かしてもらおう」

[#6字下げ]四[#「四」は中見出し]

「いまのところとは、――」
「清正公が後架の中から、廊下にいるお付きの侍に、誰それに加増してやれ、と仰《おっ》しゃった、そうでしたね」と平吉は云った。「あとでお付きの侍が、どうして後架の中などで、加増のことなど仰せられたかと伺った。すると清正公はなんとか仰しゃったんでしょう」
「清正はこう云ったのだ」と伊藤欣吾は穏やかに答えた。「――人の賞罰はむずかしい、罰することは覚えているが、褒賞することはとかく忘れがちなものだ、それで後架の中ではあったが、思いだしたからすぐに申付けたのだ」
「それから先生がなにか云ったでしょう、そこがおれの腑《ふ》におちねえんだ」
「私はこう云ったのだ」と伊藤欣吾が云った、「これは清正の話として伝えられているものだが、私がもしその侍だったら、すぐにいとまをもらって退国する」
「なにが気にいらねえんです」
「士はおのれを知る者のために死す、というくらいで、侍は一身一命をなげうって主君に仕えるものだ」と伊藤欣吾は云った。「それを一国の領主たる者が、罰することは覚えているが褒めることを忘れやすい、後架の中で思いだしたからすぐに褒賞する、などというのでは、侍として奉公する気にはとうていなれない」
「先生はそうかもしれねえ、人はさまざまだ、先生はそう思うかもしれねえが」と平吉は酒を一とくち飲んだ、「おらあそうは思わねえ、おらあさすがは清正公だ。せえしょうこう[#「せえしょうこう」に傍点]さまといわれるお方だけのことはあると思う。後架の中だろうが屋根の上だろうが、思いだすとたんに加増してやれなんてのは男らしくっていいと思う」
「われわれのあいだでならそれもよかろうが」と伊藤欣吾はなだめるように云った。「清正は肥後守として何千何百という家臣を抱えている。まこと人の主君たる者なら、罰することは忘れても褒賞を忘れるなどということはない筈だ」
「つまり褒めてもらいさえすれあいいってえわけですかい」
「それは話が違う、私は清正が狭量で」
「公《こう》を付けてくんねえ公を」と平吉が遮った。彼は肚《はら》を立てたようで、唇をぐいと横|撫《な》でにし、「清正きよまさって、相手はおめえせえしょうこう[#「せえしょうこう」に傍点]さまともいわれるお方だぜ、先生はよっぽど清正公が嫌えらしいが、いってえ清正公のどこが気にいらねえんだ」とたたみかけた、「なにが気にいらなくって清正公を悪く云うのか、そこをひとつ聞かしてもらおうじゃねえか」
 伊藤欣吾は釈明した。自分に悪意はない、自分は清正公を嫌ってはいない。ただ人間の栄枯盛衰が、多くの人の気質に左右される、ということを話そうとしたまでだ。そういうぐあいに釈明し、「清正公に対しては些《いささ》かも含むところはない」ことを繰り返した。
「平さんの諄《くど》いのも性分だが」とこっちで倉吉が云った。「先生も悲しい性分だな、ちっとばかりのふるまい酒のために、ああやっておとなしく云いなりになっている。浪人したって仮にもお侍じゃねえか」
「人のことを云うな」と忠二が云った。
「仮にも侍なんだから、たまには無礼者っくれえ云えそうなもんじゃねえか」
「人のことを云うな」と忠二が云った。「貧乏をすれあ侍も町人もありゃあしねえ、おめえがそんなことを云うのは本当の貧乏を知らねえからだ」
 倉吉は「おれがか」と訊き返した。そのとき腰高障子があいて、「いい月だぜ」と云いながら、中年の男が一人はいって来た。
「源さんか」と倉吉が云った。「珍しいな」「また将棋か、よく飽きねえもんだ」と源さんが云い、急に声をひそめて、「親方」と仁助に呼びかけた。「なんだかこの近辺へんなあんばいだぜ」
「なにかあったのか」と平吉が訊いた。
「向うのよろず屋の前と、こっちの元町の角のところに人が立ってる」と源さんが云った。「軒下だの路地ぐちにひそんで、四五人はいるらしい、どうやら岡っ引の張込みといったあんばいだったぜ」
「さっき捨吉が此処へ来たよ」と仁助が云った。彼は繕い終った投網をひろげて見て、それを脇へ置きながら、莨盆《たばこぼん》をひき寄せた。
「――いいと云うまで誰も外へ出すな。なんて、妙なことを云っていったっけが、そんなら本当に捕物でもあるのかもしれねえな」
「まさか此処にほし[#「ほし」に傍点]がいるんじゃあねえだろうな」と平吉が云った。「おい安七、てめえなにか覚えはねえか」
 安七と呼ばれた男は「じょじょ」と吃り、左手に盃を持ったまま、右手を振りながら、「冗談じゃねえ、とんでもねえ、ふざけちゃいけねえ」と吃り吃り云った。
「お、――」と政が周囲を見まわした。「そういえば熊のやつはどうしたろう。いましがたまでそこにいたのに、いねえじゃねえか」
 みんなそっちへ眼をやった。ほんのいっとき、家の中がしんとなり、倉吉の「お手は」と訊く声がはっきり聞えた。
「熊のやつが、まさかね」と若い船頭の一人が云った。「きっと後架へでもいったんだろう」
 平吉が「しっ」といい、みんなが口をつぐんだ。再びしんとなった店の中へ、表から呼子笛《よびこ》の音が聞えて来た。呼子笛はするどく、三度鳴り、この店の前あたりで、人の走りまわるけはいが聞えた。仁助は吸いかけた煙管《きせる》を置き、他の者も盃や箸《はし》を下に置いた。
「動くんじゃあねえ」と仁助が云った。「みんなじっとしてろ」
 忠二は手駒を握ったまま、倉吉はいまにもとびだしそうな顔つきで、それでも動かずに、じっと外の物音を聞きすましていた。すると伊藤欣吾が立って、静かに土間へおりた。
「先生、――」と仁助が云った。
「いや」と伊藤欣吾が云った。「大丈夫、ようすを見るだけだ」
 そして障子のところへゆき、それを細めにあけて、外を覗いた。このあいだにも、戸外《そと》ではすごいような人の叫びや、どたどたという足音がし、なにかの水に落ちる音などが聞えた。
「繋いである船だ」と伊藤欣吾が云った。「捕物は伝馬船らしいぞ」
 ぱっと二三人が立ちあがり、「よせ」と仁助が叫んだ。「出るんじゃあねえ、じっとしてろ」だがみんな総立ちになり、足に当る履物をつっかけて、われ勝ちに外へとびだした。
 外は昼のような月夜で、騒ぎを聞きつけたのだろう。近所の家からも人が次つぎに出て来た。――満潮で幅が広くなったようにみえる大川は、月の光りで明るく、繋がれた片方の伝馬船の上で、逃げまわり追いまわす人影が、黒く、影絵のように眺められた。追う者も逃げる者も、どちらも逆上しているらしい、どちらも動作がぎごちなく、船ばたの周囲をぶきように廻ったり、舫《もや》ってある釣舟へとびおり、それから川の中へとびこんだりした。――一人の若者は猪牙舟へとび移って、棹《さお》を持って突っ張っていた。舫ってあることには気がつかず、力まかせに(舟を出そうと)棹を突っ張っており、伝馬船の上では十手を持った男が、その十手で引寄せるような手まねをしながら、「戻れ、戻れ」と喚いていた。
「戻って来い、逃げてもだめだ」すると、猪牙舟の若者は、その舟が舫ってあることに気づき、棹を持ったまま川の中へとびこんだ。高い水音がして、水面が波立ち、その波のひろがるままに、きらきらと月の光りが砕けた。
 船板を踏み鳴らす音と、はっはっという切迫した暴あらしい呼吸と、意味をなさない叫び声とが、暫くして突然やみ、やんだとたんに「きゃあ――」という、長くするどい悲鳴が起こった。騒ぎは突然やんで、急にしんとなった。伝馬船の中で、その悲鳴は長く尾をひき、河岸に群がって(見物して)いる人たちは、いちように顔色を変えた。
「おっ母ちゃーん」とその声が叫んだ。「痛えよう、おら死んじまうよう」
「銀太だ」と倉吉が云った。「あの声は銀太だ」
 しかし誰もなにも云わなかった。
 伝馬船の上で人影が集まり、なにかごたごたした。人影は五人で、なにか話しあっているが話し声は聞えず、やがて二人の男が、少年を中にはさんで、渡り板を岸へとあがって来た。
「おら死んじまうよう」と少年は泣き叫んでいた。「痛えよう、痛えよう、おっ母ちゃーん」
 そして、少年が渡り板を渡るあいだ、水の上へびしゃびしゃと、なにかの滴り落ちる音が聞えた。
「なんでえ」と見物の群の中で誰かが云った。「たかが一文博奕にあんな騒ぎをして、五人がかりで一人も捉まらなかったのか」
「ちぇっ、なっちゃねえや」と他の声が云った。「みなよ。五人がかりでみんな逃がしちゃったぜ」
 少年は泣き続け、両手で頭を抱えたまま岸へあがって来た。頭を抱えていろ両手も、顔も、黝《くろ》ずんだ血にまみれ、指のあいだから、ぽたぽたと血が垂れていた。
「おい」と伊藤欣吾が呼びかけた。「おまえそのまま番所へ曳《ひ》いてゆくつもりか」
 少年を左右からはさんでいた二人が、びくっとして振向いた。
「その血が見えないのか」と伊藤欣吾が云った。「そんなにひどく出血しているのに、そのまま番所へ伴れてゆくつもりか、そのままだと番所へ着くまでに死んでしまうぞ」
「これあえれえ血だ」と誰かが云い、「ひでえことをしやがる」とべつの声がどなり、少年は悲鳴をあげ続けて、そこへお常が、狂ったように人を突きのけながら走りこんで来て、少年の躯にしがみついた。
「銀ちゃんどうしたの」とお常はつんざくように叫んだ。「どうしたの銀ちゃん、どうしたのよ、なにをしたの」
「おらなんにもしねえ」と少年は叫び返した。「おらあ見ていただけだ。博奕もしなかったし抵抗もしなかった」
「そうだ」と誰かがどなった。「おめえは抵抗しなかった
ぞ」

[#6字下げ]五[#「五」は中見出し]

 そのとき「吉野」の仁助が前へ出て来、泣き狂っているお常を、少年からひきはなした。お常は両手を少年の頸《くび》に巻きつけ、ひ、ひ、と泣きながら(はなれまいとして)少年の頬へぴったりと自分の頬を押付けていた。
 少年をはさんでいた男の、一人はいつか見えなくなり、捨吉という男だけがそこに残っていた。彼は群衆に取巻かれていた。群衆の反感と憎悪と嘲笑《ちょうしょう》に取巻かれ、すっかり蒼《あお》くなって、途方にくれ、ふるえていた。――仁助はお常をひきはなし、政が彼女を受取って、店のほうへと伴れていった。そのあいだずっと、お常は泣き狂い、少年の呼び、「あんたが死ぬならあたしも死ぬよう」と喉《のど》いっぱいに叫んでいた。
「手当てをしてやれ」と伊藤欣吾が云った。「早くその血を止めるのだ、まず血を止めるんだ。手おくれになるぞ」
「うちへおいでなさい」と仁助が云った。「うちで手当てをして、それから伴れておいでなさい、銀太、しっかりしろ」
 少年は悲鳴をあげた。
 男はふるえていて、いわれるままに、少年を「吉野」の店へ伴れていった。捨吉という男は脅えあがって、無力になり、意志もなく、判断力も失っているようであった。
「おらあ見ていただけだ」と少年は叫び続けた。「おらあ賽《さい》ころなんか触りもしなかった。ただ見ていただけだし、抵抗もしなかった。おらあなにもしやあしなかった」
「そうだ」と店の外でどなる声がした。「おれたちが証人だ。おめえは抵抗しなかった。おめえが抵抗しなかったことは、おれたちがちゃんと見ていたぞ」
「おっ母ちゃーん」と少年は悲鳴をあげ、「死んじまうよう」と叫び、それから激しく喘いで叫んだ。「痛えよう痛えよう、ああ眼が見えねえよう」
 お雪と仁助の妻のお幸とで、少年の傷の手当てをした。傷は頭のてっぺんで、三寸くらいも裂け、お雪は「あら骨が見えるわ」とふるえ声で云った。
「ひでえことをするもんだな」と倉吉が忠二に云った。「たかがおめえ一文博奕だぜ、しょうばい人が賭場《とば》を開帳したんじゃあねえ、なかま同志が慰みに一文博奕をしていたんだ、捉まったってせえぜえお叱りぐれえで済むこった。それもいい、博奕をしていた人間をなにするならいいが、そいつらはきれえに逃がしちまって、使い走りの子供をこんな、こんなめにおめえ、十手で頭を叩き割るなんて」
「喧嘩《けんか》ならべつだが」と忠二が考え深そうに云った。「十手でやったとすると、こいつ唯じゃあ済まねえな」
 捨吉という男がなにか云おうとした。すると平吉がぐっと覗きこんだ。
「なんだ」と平吉は云った。「文句があるのか、おめえこんなことをして、まだなにか文句があるのか」
 捨吉という男は首を振り、そわそわとあたりを眺めまわした。他の四人の伴れを捜すらしい。だがそれはみつからなかった。伸びあがって見ても誰もいない。四人ともすでにずらかったようであった。
 店の内も外も人がいっぱいで、それらがみな、少年に対する同情と、男に対する憎悪と非難の声をあげていた。男は窮地に立っていた。彼はその非難と憎悪の声に囲まれて、まったく孤立し、無力であった。男を支えていた「法」さえも、いまは彼を支持しないし、むしろ彼の罪を問う側にまわったようであった。
 少年はまだ悲鳴をやめなかった。少年は母を呼び続け、死んでしまうと繰り返した。少年は自分の立場を知っていて、いま自分がどんなふうにすべきか、どこまで効果をあげるべきか、ということをみとおしていた。
「いいか、よく聞け、銀太」と仁助が云っていた。「おまえのことはおれたちが引受けた。ちゃんと証人もある。もしもこの傷で」と仁助は明らかに誇張した。「この傷でもしおまえが死ぬようなことがあっても、あとのことはおれたちが引受けた。おふくろのことも引受けたし、決して犬死にはさせねえ、決して犬死にはさせねえぞ」
「恨みははらしてやるぞ」と店の外でどなる声がした。「おれたちできっと恨みははらしてやるからな、銀太、しっかりしろ」
 手当てが終り、少年の頭は白い晒《さら》し木綿できっちりと巻かれた。
「放して――」と奥のほうでお常の泣き叫ぶ声がした。「あたし銀ちゃんといっしょにいく、銀ちゃんが死ぬならあたしも死ぬ、放して、放して――」
「さあいい」と仁助が男に会った。「伴れておいでなさい」
 捨吉という男はぶきように手を出した。
 店の外で「縄はかけねえのか」と叫ぶ声がし、奥からお常がとびだして来た。押止めようとする人たちを突きとばし、はだしのまま土間へとびおりて、お常は少年にしがみついた。ひ、ひと泣き、「銀ちゃん」と叫び、少年を抱き緊めて、その頬や唇を狂ったように、音高く、なんども吸った。
「よう、女蕩し」とこっちで倉吉が(低い声で)笑った。「うまくやってるぜ」
 捨吉という男は、少年に手を貸して立たせた。お常は少年に抱きついたままで、ずるずると、しどけなくいっしょに立ちあがった。

[#6字下げ]六[#「六」は中見出し]

 ようやく騒ぎがおさまり、「吉野」の店は静かになった。切炉のまわりには五人、主婦のお幸とお雪とが、酒をつけ直し肴を替えて、その五人に給仕をしていた。ほかの者は少年についてゆき、倉吉と忠二はまた将棋盤に向っていた。――平吉はいまの出来事を理屈っぽく批判し、あとから来た源さんは、ただもうおひゃらかしてばかりいた。伊藤欣吾はひと言も口をきかず、さっきから空のままの盃をみつめたまま、眉間《みけん》に皺《しわ》をよせて、じっとなにか考えこんでいた。
 勝手へ通じる暖簾をあげて、一人の若い船頭が店の中を覗き、ねぼけまなこで、大きな欠伸《あくび》をしてから、こっちへ出て来た。
「お、――」と政が云った。「熊じゃねえか」
 熊は「うう」と云った。
「どうしたんだ」と仁助が訊いた。「どこへいってたんだ。おめえいままでどこにいたんだ」
「二階にいたんだ」と熊は坐った。
「嘘をつきやあがれ」と政が云った。「どこかへずらかったんだろう、捕物があると聞いたんでずらかったに違えねえ、なにかうしろぐれえことでもあるんだろう」
「二階にいたんだ」と熊は云って、また大きな欠伸をした。「悪く酔っちゃったもんだから、二階でちょっと寝ていたんだ、みんないねえようだが、仕事か」
「おちついてやがら」と政が云った。「いまの騒動を知らなかったのか」
「おどかすない」と熊が云った。「雪ぼう、おれに水を一杯くれ」それから政を見た。
「騒動たあなんだ」
「あの騒ぎを知らなかったのか」
「おらあ夢を見ていた」と熊はにやにや笑った。「なか[#「なか」に傍点](新吉原)へいったらあいつが、――騒ぎって、なんの騒ぎだ」
 お雪が湯呑を彼に渡した。
「それでと」こっちで倉吉が云った。「お手は、――」
 忠二は持駒をそこへ並べた。倉吉は覗きこんで、指でその駒をひろげながら読んだ。
「投げるか」と忠二が云った。
「おれがか、おれが投げるってえのか」と倉吉が云った。「金二枚に銀桂に香が二つ、歩が五つか」
「よく見てくれ、そこに飛車があるぜ」
「うるせえな、そひしゃ[#「ひしゃ」に傍点]あ構わねえ、これがそっちへゆくから、こう、――」と倉吉は盤面に向って頷いた。「よし」と彼は駒を動かした。「こう逃げたらどうだ。さあ詰めてみろ」
 忠二はじっと盤面をにらみ、「うっ」といって考えこんだ。
「捨の野郎、とうとうしくじったな」と倉吉が云った。「あれでなにもかもおじゃんだ。もうどうしたって土地にゃあいられねえ、野郎の肝ったまが観音様の本堂くれえあって、面の皮が千枚張りでも、こうなったらもうこの土地にゃあいられねえぜ」
「そんなこったろう」と忠二が云った。「あいつがいるつもりでも、親分の藤田組が置くめえし、それを押していたところで、土地の者が黙っちゃあいめえからな」
「へっ、さっきは凄《すご》みやあがったっけ、――なにがきなっ臭えかいま見せてやるってよ」と倉吉が声色で云った。「どいつもこいつも動くんじゃねえ、じっとしてろよ、野郎にもういちどあのせりふを聞かしてやりたかった。てめえの凄んだせりふをよ」
「銀太のやつもうまく芝居ぶったぜ」
「うめえ芝居だった。死んじまうよーってやがった」と倉吉はまた声色で云った。「痛えよう、死んじまうよう。おっ母ちゃーん、それから、おらあ抵抗しなかったってよ」
「あれあよかった」と忠二が笑った。「どこで覚えやがったか、あれでみんなが騒ぎだしたんだ」
「きっかけは先生だったぜ」と倉吉が云い、その声が聞えたものか、伊藤欣吾が横眼でこっちを見た。「きっかけは先生だ、――そのまま伴れてゆくつもりか、その出血を見ろ、死んでしまうぞってさ」
「それで銀太が声をはりあげやがった」
「そして野次馬も騒ぎだした」と倉吉がくすくす笑った。「先生もなかなか役者だ。どうして、ああみえても隅にゃあ置けねえや」
「これで相生亭も先生におちつくか」
「そんなところだろう、――お手はなんだ」
「待て、おれの番だ」
 伊藤欣吾は立ちあがった。
「お帰りですかい、先生」と平吉が訊いた。
「ああ」と伊藤欣吾が口の中で云った。「どうやら更けたようだから」
「じゃあおやすみなさい」と平吉が云った。
 仁助も他の者も「おやすみ」と云った。伊藤欣吾は土間へおりた。倉吉と忠二が、「おやすみなさい」と云い、伊藤欣吾はそれに答えて、店から出ていった。
 外はいい月夜で、彼は河岸っぷちへ歩いていった。明るい月光の下に、十二三ばいの小舟と、二艘の伝馬船とが見え、伊藤欣吾は、その片方の伝馬船のところへいって、立停った。大川の水面はひろく、昼のように明るく、対岸の広小路のあたりで、犬の遠吠が聞えた。
「おれは役者じゃあない」と伊藤欣吾は呟いた。「おれは役者なんかじゃなかったし、あそこでは芝居なんかもしなかった。あれはあのようにあったんだ。あったとおりのものだ」それから少し黙っていて、そっと首を振りながら、云った。「――だが、おれ自身でさえ、いまになってみると……」
 彼は口をつぐみ、眼の前にある伝馬船を、放心したように見まもっていた。ひろい水面を渡ってまた犬の遠吠が聞えて来た。



底本:「山本周五郎全集第二十七巻 将監さまの細みち・並木河岸」新潮社
   1982(昭和57)年8月25日 発行
底本の親本:「小説春秋」
   1956(昭和31)年5月号
初出:「小説春秋」
   1956(昭和31)年5月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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