優しさを思い出して ◆LuuKRM2PEg
殺し合いの舞台に用意されたエリアの一角に、風都を模した町が存在する。そこで吹きつける風はとても穏やかだが、浴びる彼女の心中は決してそうではなかった。
『────やはり、我々はまったく違う時代、または別の世界から連れてこられた可能性が高いな』
数分前に訪れた警察署で出会った仮面ライダーの一人である結城丈二の言葉が、東せつなの脳裏でずっとリピートしていた。
テッカマンやNEVER、それに仮面ライダーを始めとした未知の存在がこの島に集められている。そんな事が出来るのは、全パラレルワールドの統制を目的とした生みの親、メビウス以外に考えられなかった。
考えてみればこの殺し合いの目的自体が、ラビリンスが人々の不幸を集めてシフォンを再びインフィニティにする可能性がとても高い。その事を、丈二に伝えられなかったのを今更になってせつなは後悔する。
だけど、簡単にそうだと決めつけたくなかった。ラビリンスが殺し合いを開いたのだとしたら、ウエスターやサウラ―も協力している事になってしまう。ノーザやクラインならまだしも、彼ら二人がこの状況に嬉々しているなんて考えたくなかった。
(それにしても、何者だったんだろう……あの涼邑零って人)
そして彼女は涼邑零と名乗った謎の青年の事を思い出す。彼は決して悪人ではないのかもしれないが、泉京水を容赦なく斬ろうとしたから完全に信用していいのかどうか分からない。
そもそも零のせいで、丈二との話も中途半端な形で終わる事になってしまった。別に彼を恨むつもりは全くないが、それでもせつなは引っかかりを感じている。
しかし、過ぎた事をいつまでも考えたって仕方がない。
(まあ、次に会えた時に話せばいい……かな? 結城さんに涼邑さんも、無事でいてくれるといいな……)
今はやるべき事をしっかりやりながら、みんなを探すのが最優先だ。そう言い聞かせながら心のモヤモヤを払い、せつなは二人の無事を祈る。色々とあったので二人についてよく知る事が出来なかったが、そのままで終わってしまうなんてあまりにも悲しすぎるから。
『どんなに辛くても、その手段を使わなければ多くの人間の命が奪われるときがある。そのためには、戦わなければならない』
京水と共に少し前を歩く相羽タカヤの背中を見て、丈二の言葉が再び脳裏で蘇る。
タカヤ達の世界で危害を加えているテッカマンエビルとテッカマンランスを倒さない限り、罪のない人々が犠牲になってしまうのは理解している。それでも、出来るなら相羽シンヤやモロトフをラダムの支配から解放したかった。
『君の話を聞いていると、君たちNEVERは危険な集団としか思えない。『ライダーは助け合い』──その言葉には賛同するが、それは『仮面ライダー』同士ならの話だ。私はエターナル、大道克己を仮面ライダーとは決して認めない』
NEVERは元の世界で多くの事件を起こしていると聞いて、丈二はリーダーである大道克己を真っ向から否定した。
仮面ライダー。せつなにとっては未知の存在だが、丈二や京水の話を聞く限りプリキュアと同じで人々の幸せの為に戦っている戦士である事は分かる。だから丈二は仮面ライダーの力で人々を傷つける克己が許せないのかもしれない。
(でも、人は何度でもやり直す事ができます……もしかしたら克己さんだって、きっといつか昔の心を取り戻してくれるかもしれません)
京水が言うには、克己は戦いを望まない人を傷つけるような事を絶対にしないらしい。それがどうして今に至ったのかは分からないけど、それならまた昔を思い出させれば丈二も克己を認めてくれるはず。
困難は多いが心の底から真剣にぶつかっていけば、絶対に分かりあえるかもしれなかった。何故なら、桃園ラブ達だってかつての自分と向き合ってくれたからこそ、今の自分がある。
(今度は私がシンヤさんや克己さん達と向き合う番だよね、みんな)
この島のどこかでみんなを助ける為に頑張っているラブ達に向けて、せつなは心の中でそう告げた。
「ああ、丈二ちゃんも零ちゃんもとっても素敵だったわ……特に零ちゃんはあのミステリアスな瞳がたまらなかったわ! あ、でも勿論タカヤちゃんだって負けてないわよ!」
新たなる決意を固めたせつなの耳に、突如として甲高い京水の声が響く。それによって彼女の意識は現実へと引き戻された。
「何がだ」
「やだあもう! わかってるくせに……」
「……いい加減にしてくれ」
そしてまた、タカヤは京水の言動によって溜息を吐く。考え込んでいた少しの間にまた何かあったようだ。せつなとしては京水を止めたいが別に悪い事じゃないので、タカヤには悪いがどう止めればいいのか分からない。
今はタカヤと京水が喧嘩をしない事を祈るしかなかった。
警察署を出てからせつな達は、H-8エリアにある風都タワーを目指して歩いていた。
いくら他の参加者を探すとしてもこれだけ広い街を全て探すのは骨が折れる上に、誰とも遭遇しなかったら時間の無駄になってしまう。
だから三人は風都の中でも一番目立って、広い範囲を探せる展望台がある風都タワーから探して、それから中学校に向かう事にしていた。
それらの場所に必ず参加者がいるとも限らないが、当てずっぽうに探すよりは遥かにマシ。
現在時刻は午前三時三十分。
これから二時間後、G-9エリアには姫矢准と血祭ドウコク、それと魔導輪ザルバが現れる事になる。しかし風都タワーに向かって歩いていたせつな達が、まだ彼らと出会う事はない。
その入れ違いが、吉と出るか凶と出るかはまだ誰にもわからなかった。
◆
ユーノ・スクライアとフェイト・テスタロッサの二人を見捨てて逃げてから大分時間が経っているが、佐倉杏子はずっと茫然自失となっている。
これから一体どうすればいいのかと、身体を休めていた彼女は考えていたが答えが全く見つからない。隣でまだ寝ている左翔太郎を殺す気にも見捨てる気にもなれないし、だからといって叩き起こそうとも思えない。
「フェイト、ユーノ……」
すぐ近くにある名前も知らないタワーをぼんやりと眺めながら、杏子は二人の名前を呟く。
呼んだところで二人が現れるわけがない。もう、とっくに殺されてしまっているからだ。いくらフェイトが素早いからって、あんな化け物を前に振り切れるとも思えない。やはり、腕ずくでも止めるべきだったのか。
仮定の話をいくら考えても何も変わるわけがない。そんな事わかっているはずなのに、杏子は考えてしまう。
「あっ、あの時の仮面ライダー!」
そんな中だった。迷いと疑問によって何をすればいいのかわからなくなっていた杏子の鼓膜を、女のように甲高い男の声が響いたのは。
それによって霧のようにぼんやりとしていた意識が急激に覚醒して、杏子は素早く振り向く。振り向いた先では、黒いレザースーツに身を包んだ屈強な男が驚愕の表情を浮かべながらこちらを見つめていた。その後ろには、赤いジャンパーと右目に刻まれた古傷が特直的な男と、杏子とほぼ同年代と思われる少女がいる。
「あの時の仮面ライダー? だとすると、あいつが……」
「そうよタカヤちゃん! あたし達の世界で風都を守っていた二人で一人の仮面ライダーの一人よ!」
「そうか」
女のような口調で喋るレザースーツの男からタカヤと呼ばれた男は頷くと、こちらに歩み寄ってきた。杏子は思わず身構えるも、タカヤの後ろにいた少女が「待って」と声をかけてくる。
「私達はこんな戦いに乗ってないわ。だから、話を聞いて」
「乗ってない……のか?」
「ええ」
その言葉を聞いた杏子は警戒心が緩み、構えを解いてしまう。
一方でタカヤという男は翔太郎の様子を一瞬だけ窺った後、杏子に振り向いた。
「一体どうしたんだ? それに、何故この男は倒れているのかも聞かせてくれないか」
「それは、その……」
タカヤの問いかけを、杏子はどう答えればいいのか悩んでしまう。思い出すだけでも嫌なのに、上手く説明するなんてできるわけがない。
自分のせいで翔太郎が傷付き、フェイトとユーノが死んでしまった。その忌々しい出来事が杏子から冷静な判断力を奪っている。
しかしそれでも、彼女の口が勝手に動き出すのに時間は必要なかった。
「……あんたら、殺し合いに乗ってないんだよな」
「ああ、それがどうしたんだ」
「だったらさ……頼むよ」
それは明確に考えた上で出てきた言葉ではない。言ってしまえば、本能で口にした言葉だった。
どうしてこんな事を言ってしまうのかわからないが、言わなければならない。そんな思いが杏子の中に広がっていた。
「この兄ちゃんを……兄ちゃんを……助けてやってくれないか?」
佐倉杏子が口にした言葉は弱々しかったが、現れた三人の耳に確かに届いていた。
◆
「……うっ、ここは?」
身体の節々に感じる痛みによって、左翔太郎は呻き声を漏らしながらその意識を取り戻す。
瞼を開けて身体を起こした先に見つけたのは、彼がよく知る風都タワーの展望台だった。
「ここは、風都タワーの展望台……?」
「あら、目が覚めたのね」
「あ……?」
思考がはっきりしない翔太郎の耳は、男の声を捉える。
女のように甲高いが、何処かドスの利いているその声を翔太郎は知っていた。
思わずそちらに振り向いた瞬間、彼は目を見開く。そこには、かつて風都を絶望のどん底に叩き落としたNEVERの一員がいた。
「お前はNEVERの……!」
「そう、泉京水よ。まさかこんな所であなたと再び出会うなんてね」
「てめえ……!」
「待て!」
起きあがって京水を掴みかかろうとした瞬間、翔太郎は自分を制止する声が響くのを聞いて、思わず振り向く。
そこにいるのは翔太郎の知らない男だった。
「誰だ、あんたは……?」
「俺はDボゥイ。名簿では相羽タカヤと書かれているがこう呼んでくれ……左翔太郎、だったな」
「ああ、そうだけど……あんた、こいつの仲間なのか?」
「今は仲間だ。左、あんたとこいつらNEVERの間に何があったのかは大体聞いた……そして、こいつらがやっていた事も。だが、少なくともこいつはあの加頭という男を倒そうとしている」
「加頭を……倒そうとしてる?」
「あんたは信じられないかもしれないが、現にこいつはNEVERや財団Xという奴らの情報を教えてくれた……それにこいつが殺し合いに乗っているのなら、俺もあんたもとっくに殺されている」
Dボゥイ……いや、相羽タカヤという男の話は翔太郎にとっては信じられる内容ではない。風都のみんなを追い詰めて支配しようとした奴らが、いきなり仲間だと言われても信じる方が無理だ。
だが、タカヤが嘘を言っている気配も感じられない。照井竜を彷彿とさせる真摯な表情は、殺し合いに乗るような奴が作れる顔ではなかった。
半信半疑のまま、翔太郎は京水に振り向く。
「……本当なのか?」
「私は少なくとも、あなたやタカヤちゃんの力になってあの気に入らない男を叩き潰すつもりよ。あなたが信じないのは勝手だけど」
「タカヤちゃん……って」
あまりにも胡散臭いが、タカヤのように嘘は感じられない。だからといって、あの事件があったから簡単に信じる事など出来なかった。
しかし、ここで疑ったままでも話は進まないだろうし、何よりもタカヤに悪い。少なくともタカヤは悪い奴なんて思えなかった。
「俺は街を泣かせたお前達NEVERが信じられない……今までは、そう思っていた」
「まあ、当然でしょうね……ん、今までは?」
「だが、もしもみんなを守る為に加頭の野郎と戦うって言葉が真実なら……俺はあんたと戦うつもりはない。俺だって、余計な犠牲は出したくないからな。だが、もしもあんたが罪のない人を傷つけようってなら、俺はあんたと戦う。それだけは覚えておけ」
「そう……なら、私は何も言わないわ。私だって、あんな奴の言いなりになって殺し合いに乗るなんて、真っ平御免よ」
それはこれから共に戦う仲間にしては穏やかでない誓いだった。尤も、彼らのようにかつて敵対した者同士が一時的とはいえ同盟を結べる事自体が、ある意味では穏やかかもしれない。
翔太郎は立ち上がった瞬間、全身に鈍い痛みが走って表情を顰める。それによって、彼は意識を失う前の出来事をようやく思い出した。
「……あれ、そういえば俺は何でこんな所にいる? 俺は確かみんなと……って、そうだ! みんなはどうなった! どこにいる!?」
京水に気を取られていたせいで忘れていたが、Wに変身してあのカブト虫の怪人と戦っていた最中のはずだった。それを思い出した彼は慌てて部屋を見渡したが、他のみんなは誰もいない。
翔太郎は焦燥感のあまりに走り出そうとしたが、タカヤに両肩を掴まれたせいで制止してしまう。
「待て、左!」
「Dボゥイ、あんたは知ってるのか!? ユーノも、フェイトも、杏子も……どこにいる!?」
「その事だが、話がある……だがその前に落ち着いて欲しい」
「何だよ、勿体ぶってないで聞かせてくれよ! みんなは今どうなってるのか!」
「いいから、まずは落ち着け!」
「なっ……!」
勢いよく身体を揺さ振ってくるタカヤの表情は、何処か辛そうにも見えた。
それを前に、翔太郎の心が一気にざわめいてしまう。
「左、落ち着いて聞いてくれ……信じたくないかもしれないが、これから言うことは全て事実だ。いいな?」
「あ、ああ……」
そうして翔太郎が弱々しく頷くと、タカヤは語り始める。
翔太郎がここにいる理由は、今は別の部屋で東せつなという少女と一緒にいる杏子が必死に連れてきたからだった。四人が戦っていた怪人は撤退を余儀なくされてしまうほど、強かったらしい。
そして、その際にユーノとフェイトの二人は――
「あの二人が、囮になった……だと!?」
「杏子は必死に止めようとしたが、その二人はあんたを助ける為に必死になったようだ……認めたくないのはわかる、だが――」
「ふざけるな……何だよそれ! なら、俺は子どもを囮にして逃げたって事か!?」
「そうじゃない、ユーノもフェイトもあんたらを信じて全てを託した! これ以上犠牲者を増やさない為にだ!」
「信じたって……俺はそんな事望んでねえよ! 畜生!」
怒鳴りながらタカヤの両手を振り払った翔太郎は、再び部屋の外を目指して足を動かそうとする。しかし、すぐにタカヤが前に回り込んできた。
「待つんだ左、お前まさか一人だけで行く気か!?」
「そうだよ、今からユーノとフェイトを助けに行ってあの野郎を倒す! あいつらはきっと何処かに逃げているはずだ! だからDボゥイ、そこをどいてくれ!」
「その可能性を信じたいのは俺もわかる! だが、それを許すような相手じゃないし、何よりも一人で行っても無駄死にするだけだ! あんたはそれがわからない奴じゃないだろ!」
「じゃあ、あの野郎を野放しにしろってのか!?」
「違う! 俺達も一緒にその怪人と戦う、だから突っ走ろうとするな! 今の状態で戦った所で、また負けるだけだ! それにもしもあんたが死んでしまったら、杏子が言っていたあんたの相棒は一体誰が助けるんだ!?」
「ぐっ……!」
部屋中に反響するタカヤの叱責によって、翔太郎は何も言い返せなくなってしまう。
彼が言うように、もしも一人で突っ走って怪人と出くわしたら今度こそ殺されるだけ。それに囚われの身となっているフィリップを本当に助けたいのなら、今はみんなと力を合わせなければならない。
かつて井坂深紅郎を相手に無茶をしようとした照井竜と、同じ過ちを犯すところだった。
「ユーノ、フェイト……俺は……!」
しかしだからといって、まだ若い二人を見殺しにしてしまった過去が変わるわけではない。ようやく友達同士が再会できたのに、自分が不甲斐ないせいで二人とも死なせる事になってしまった。
悔しさのあまりに身体を振るわせながら拳を握り締める翔太郎の肩を、タカヤは強く叩く。
「左、みんなの為にも……そしてユーノとフェイトの思いを無駄にしない為にも、絶対にその怪人を倒そう。いいな?」
「ああ……そんな事、決まってるだろ! もうこれ以上、犠牲を増やしてたまるか!」
「そうか。俺達はこれから他の参加者を探す為に、この街で目立ちそうな場所に向かっている……これから中学校を目指すが、一緒に来てくれるな?」
「勿論だとも!」
殺し合いに乗った奴らの思い通りにさせない為にも、俺自身がしっかりしなければまた悲劇が繰り返されてしまう。翔太郎の中では、そんな思いが燃え上がっていた。
◆
相羽タカヤ達に翔太郎を任せてから、佐倉杏子はたった一人でロビーに備え付けられた椅子に座っている。
数時間前だったらあの三人を利用する為の手段を考えていたかもしれないが、どういう訳かそんな気になれない。先程の戦いについて話しただけで、後は何もしなかった。
例え不意打ちしようとしても返り討ちに遭うかもしれないし、ここから離れたとしてもそれからどうすればいいのかわからなくなるだけ。別に追い込まれているわけでもないのに、八方塞がりという言葉が脳裏に浮かんでしまった。
「杏子」
そんな中、ぼんやりとしていた杏子の耳に声が響く。
振り向いた先では、タカヤと京水の仲間である東せつながフルーツジュースのペットボトルを両手に持ちながら、微笑んでいた。
「何だよ、それ」
「喉が渇いたなら、どうぞ」
「……ああ」
差し出されたペットボトルを受け取って、そこから自然にキャップを開けて中身を口に含む。ミックスされた果物の甘さと微かな炭酸の刺激を舌で味わいながら、一気に喉へ流し込んだ。
こんなのをどこから持ってきたのかと一瞬だけ思ったが、考えてみればここは街だから探せばいくらでもある。いつもの自分みたいに、どこかからかっぱらってきただけだろう。
一気に飲み干そうと思ったが、炭酸が含まれていたから無理だったので、一旦唇から離した。
「隣、座ってもいいかな?」
「好きにしろ」
「そっか、ありがとう」
ぶっきらぼうに答えながら杏子は隣に目を向けると、せつながゆっくりと座って来るのを見る。しかしその表情は、数秒前とは打って変わって暗くなっていた。
「杏子……ごめんなさい」
「……何でてめえが謝るんだよ」
「その……ユーノ君とフェイトちゃんの事よ。私が、もっと早く気づいていればこんな事にはならなかったかもしれないのに……」
「別にお前のせいじゃないだろ。何で、関わってもいないのにそう思うんだよ」
「私は二人の事も助けなければいけなかった……でも、何も出来なかったせいで杏子と翔太郎さんに辛い目に遭わせちゃって……」
「あの野郎は一人か二人増えたからって、簡単に倒せるような相手じゃねえよ。何も知らないのに、勝手な事言うなよ」
そう、あの怪人は四人がかりで戦ってもまるで歯が立たなかったのだ。そんな怪物に対して、ここで出会った三人が加わっても死体が増えるだけにしか思えない。せつな達もそれなりに強いらしいが、あそこまで圧倒的な力の前では焼け石に水でしかないだろう。
それを知らないでただ同情されても、迷惑でしかなかった。
「あんたはわざわざ慰めてくれているつもりかもしれないけどさ……何を言ったって、もうあいつらは帰ってこない。しくじったあたしなんかを庇ったせいで、あの野郎に殺されちまった……あいつらはあたしが殺したようなものだ」
「そんな! 杏子が悪いわけじゃないわ! 悪いのはあなたの思いを踏み躙ろうとした、その怪物の方でしょ!」
「あたしの思い……か」
せつなの言葉は、どれも杏子の心に深く突き刺さっていく。本人にそんな意図はないのだろうが杏子にとってはあまりにも辛く、思わず耳を塞ぎたくなってしまった。
「そんなの、あたしにはないよ」
「えっ?」
「あたしはフェイトやユーノ、それにあの兄ちゃんやあんたらみたいに立派な志なんてないよ。ただ、好き勝手に生きてるだけの馬鹿な奴さ」
「杏子……あなた、一体言っているの?」
「鈍いな。あたしもこの殺し合いに乗ってる……要するに、あんたらの敵なんだよ」
それはこの島に放り込まれてから最初に出会ったフェイトにも向けた言葉だったが、今の杏子にはその時のような気力はない。
一方で、せつなは困惑したような表情を浮かべていたが、それは杏子にとって予想通りだった。
「どういう事……? あなたが戦いに乗ってるって……嘘、だよね?」
「本当だよ。あたしはな、優勝する為にあの兄ちゃんを騙してた上に……いつか、切り捨てようと思ってた。あたしは、あんたらと一緒にいていい奴じゃない卑怯者さ」
そう言い残して、杏子はデイバッグを手に持って椅子から立ち上がる。
どうして胸の内をせつなに明かしてしまったのかは、杏子自身わかっていない。この胸のモヤモヤを彼女に知って欲しかったのかもしれないが、今となってはもうどうだってよかった。
どうせ知られてしまった以上、もう彼女達と一緒にいる事なんて出来ない。そう思って立ち去ろうとする杏子だったが、進む道を立ち塞がるかのようにせつなが出てきた。
「待って杏子!」
「どいてくれよ……もうわかっただろ、あたしはフェイトやユーノを殺した奴と同じなんだよ」
「違うわ! そんなの違うに決まってる! だって、あなたは翔太郎さんを助けたじゃない!」
「どいてくれって言ってるだろ!」
せつなの真摯な表情と言葉に耐え切れなくなった杏子は、声を荒げながら魔法少女に変身して、魔法で作った愛用の槍を手に握る。驚いて目を見開いたせつなが声を出す前に、杏子は勢いよく槍を突き出して、眉間を貫こうとした直前に寸止めした。
しかしこの状況でもせつなは悲鳴一つ漏らさず、後ずさる気配も感じられない。そんな彼女が抵抗する前にこのまま殺す事も出来るが、やはりそんな気にはなれなかった。
「こういうこった……あたしなんかが一緒にいたって、いつかあんたらが殺されるだけだ。あたしも、無駄に戦って疲れるのはごめんだからおさらばするさ。ジュース、ありがとな」
そう言って寂しげに笑いながら槍を下げて、せつなから逃げ出すように走り出す。後ろからせつなの声が聞こえてくるが、杏子が振り向くことはない。彼女を殺そうとした以上、ここにいたとしても他の三人から敵と思われて、それから何もかもが終わってしまうだけだ。
一目散に街へ飛び出した彼女は、すぐに魔法少女の変身を解いて呼吸を整える。そのまま、ゆっくりと昇り始めていく太陽をぼんやりと眺めた。
「また、一人になったか……あたし、何をやってるんだろ」
この島に放り込まれた時の状態に戻っただけなのに、心にぽっかりと穴が開いたかのように喪失感を感じている。だが、これも自業自得なだけと諦めるしかない。
また、一人で殺し合いに身を投じなければならない。そう考えたら、あの三人を上手く騙して敵を減らした方がずっとよかったかもしれないが、今更考えてもどうにもならなかった。
「フェイト、ユーノ……あたしも、もしかしたらすぐにあんたらの所に行くかも。もしそうなったら、いくらでもあたしの事を責めたっていいぞ。あたしはこれからもきっと、あんたらの願いを裏切るかもしれないしさ」
◆
「大変、すぐに追わないと……!」
プリキュアのようなコスチュームを身に纏った佐倉杏子の姿が一瞬で見えなくなってから、東せつなはその手にリンクルンを取り出した。アカルンの力はいつもより弱まっているが、急げばまだ追いつけるかもしれない。
飛び出した杏子の後を追うようにせつなも走り出そうとするが、その瞬間に後ろから足音が聞こえる。振り向くと、相羽タカヤ達が階段から下りてくるのが見えた。
「タカヤさん! もう、翔太郎さんはもう大丈夫なんですか!?」
「ああ、問題はないようだ。それより、杏子はどうしたんだ?」
「えっと……ちょっと、食べ物を探すって言って出て行きました! ごめんなさい、きちんと止めなくて!」
苦しすぎる嘘だと理解しているが、流石に殺し合いに乗っていると正直に言えるわけがない。
翔太郎と京水が同時に詰め寄ってくるのを見て、やはり見破られてしまったのかとせつなは焦る。しかし、その予想はいい意味で裏切られた。
「おいおいおい、こんな時に一人で動いたのかよあいつは!?」
「この馬鹿ちん! あなた、何で止めなかったのよ!」
「すみません、私がすぐに呼んできます! たぶん、杏子もそんなに遠くへ行ってないと思うので!」
そのままアカルンの力で杏子を追う為にワープをしようとしたが、そんなせつなに今度はタカヤが寄ってくる。
「待て、お前一人で行く気か」
「大丈夫です、アカルンの力ならすぐに戻れます! もしも遅くなったら、先に行ってください! 私達も、後を追うので!」
「お前を一人にさせるわけにはいかない、俺が変わりに探す!」
「いいえ、タカヤさんは京水さんと一緒に翔太郎さんの事をお願いします!」
そのまま居ても立ってもいられなくなったせつなは三人から背を向けて、アカルンの力を解放した。赤い光に包まれていく中、タカヤ達の声が聞こえてくる。
心配してくれる彼らには悪いが、このままタワーの中にいては杏子が遠くに行ってしまう。それだけは何としてでも、避けなければならなかった。
【1日目/早朝】
【H-8 風都タワー ロビー】
【共通備考】
※これから中学校に向かい、参加者を探そうと考えています。
【左翔太郎@仮面ライダーW】
[状態]:疲労(小)、ダメージ(中)
[装備]:ダブルドライバー@仮面ライダーW (腰に装着中)
[道具]:支給品一式、ガイアメモリ(ジョーカー、メタル、トリガー)、ランダム支給品1~3個(本人確認済み)
[思考]
基本:殺し合いを止め、フィリップを救出する
0:き、消えた!?
1:ここにいるみんなと力を合わせて、一緒に行動する。
2:あの怪人(ガドル)は絶対に倒してみせる。
3:仲間を集める
4:出来るなら杏子を救いたい
5:泉京水は信頼できないが、みんなを守る為に戦うならば一緒に行動する。
[備考]
※参戦時期はTV本編終了後です
※他世界の情報についてある程度知りました。
(何をどの程度知ったかは後続の書き手さんに任せます)
※魔法少女についての情報を知りました。
【相羽タカヤ@宇宙の騎士テッカマンブレード】
[状態]:健康
[装備]:テッククリスタル@宇宙の騎士テッカマンブレード
[道具]:支給品一式、メモリーキューブ@仮面ライダーSPIRITS、ランダム支給品0~2
[思考]
基本:主催者を倒す。
0:大丈夫なのか、あいつ(せつな)……?
1:他の参加者を捜す為、これから中学校に向かう。
2:俺はいつまでコイツ(京水)と付き合わなければならないんだ……
3:シンヤ、モロトフを倒す。ミユキと再会した時は今度こそ守る。
4:克己、ノーザ、冴子、霧彦、左達を襲った怪人(ガドル)を警戒。
5:記憶……か。
[備考]
※参戦時期は第42話バルザックとの会話直後、その為ブラスター化が可能です。
※ブラスター化完了後なので肉体崩壊する事はありませんが、ブラスター化する度に記憶障害は進行していきます。なお、現状はまだそのことを明確に自覚したわけではありません。
※参加者同士が時間軸、または世界の違う人間であると考えています。
【泉京水@仮面ライダーW】
[状態]:健康
[装備]:T-2ルナメモリ@仮面ライダーW
[道具]:支給品一式、細胞維持酵素×4@仮面ライダーW、克己のハーモニカ@仮面ライダーW、ランダム支給品0~1
[思考]
基本:剛三ちゃんの仇を取るために財団Xの連中を潰す。
0:あの二人、世話が焼けるわね……
1:タカヤちゃんが気になる! 後、シンヤちゃんやモロトフちゃんとも会ってみたい! 東せつなには負けない!
2:克己ちゃんと合流したい。克己ちゃんのスタンスがどうあれ彼の為に全てを捧げる!
3:仮面ライダー(左翔太郎)とは、一応共闘する。
[備考]
※参戦時期は仮面ライダーオーズに倒された直後です。
◆
主催者の仕業なのか、やはりアカルンでワープできる距離はいつもより限られている。この島に放り込まれてからも、すぐに殺し合いを止める為に主催者の所に向かおうとしてもできなかった。
しかしそれでも、杏子を見つけるのにそれほどの時間は必要なかった。風都タワーから少し離れた住宅街にいた彼女は、既に元の姿に戻っている。
「お前は……!」
「見つけたわ、杏子」
「……何で、あたしを追ってきたんだよ。戦いに来たのか?」
「いいえ、そうじゃないわ。あなたの事が心配だったから、私はあなたを追いかけたの」
睨み付けてくる杏子に対して、せつなは首を横に振った。
「あたしが心配……? ハッ、さっきあたしがてめえに何をしようとしたのか忘れたのか? あたしは……」
「もしもあなたが本当に殺し合いに乗っているのなら、私はここにいないわ! だから私は杏子が悪い人だなんて、ちっとも思ってない!」
「てめえ、寝ぼけてるのか!? 言っただろ、あたしは殺し合いに乗ってるって!」
「確かに前はそうだったかもしれない。でも、あなたは誰の事も傷つけなかった! それにこんな事を続けたって、空しくなるだけよ!」
京水の話から察するに、あの加頭順は本当の事を言うような男ではない。ノーザやクラインのように、人を人とも思わない冷酷な人物だ。そんな奴の言いなりになって戦ったとしても、最後の最後で裏切られるだけ。
仮に願いが叶ったとしても、本当の意味で幸せになれるとも思えなかった。
「じゃあ、どうすればいいんだよ……」
そう呟く杏子の表情は、後悔しているようにも迷っているようにも見える。
「あんたらの仲間になって一緒に戦えってのか……そんな事、出来るわけないだろ」
「どうして? 私達は、あなたを敵だなんて思ってないわ。それに翔太郎さんだって、あなたの事を心配してた」
「あたしがあんたらと一緒にいたからって、今更何になるんだよ!?」
しかし次の瞬間、杏子は表情を一気に険しくしながら力強く怒鳴りだした。
その声の大きさにせつなは驚くも、それに構わず杏子は続ける。
「あたしはいいさ、あんたらの仲間になって一緒に戦って誰かを助けたとしてもだ! でも、そうなったらあたしが騙したフェイトやユーノはどうなるんだよ!? 騙されたあいつらが死んで、騙したあたしはちゃっかり正義の味方になりましたって……それで、あいつらは納得するのかよ!?」
「それは……」
「フェイトは母親の為に一生懸命戦って、ユーノは友達も助けようとしてた! なのに自分勝手に振舞ってたあたしだけが生きてる……残された奴らだって、納得するわけねえだろ!」
そう叫ぶ杏子の姿はあまりにも辛そうで、そしてせつなには見覚えがあった。
ずっと昔、イースからキュアパッションとして生まれ変わったばかりの自分も、罪悪感でラブ達の仲間になる事が出来なかった。だけどみんなが幸せについて一生懸命教えてくれたから、今の自分がある。
「あなたの気持ちはよくわかるわ……実は言うと私も、ずっと前は杏子と同じ悩みを背負っていたから」
だからせつなも杏子に思いを告げる。
その優しさが間違った方に向かってしまい、どこに向かえばいいのかわからなくなっている彼女を救う為にも。
「同じ悩みって……何だよ、それ」
「私もかつて、たくさんの物を壊してたくさんの人を悲しませきたの……それにたくさんの人を騙してきた。でも、その時に出会った友達が教えてくれたの。どれだけ間違えたとしても、人は何度でもやり直す事が出来るって。だから、杏子だってやり直せると思うの。だってあなたは翔太郎さんを一生懸命、助けたから」
「やり直す……今更、あたしに何が出来るんだよ? もう、フェイトもユーノもいないんだぞ。あいつらの為に、出来る事なんてあるのか?」
「忘れない事じゃないかな……フェイトちゃんとユーノ君の思いを背負って、杏子がやらなければいけない事をしっかりとやる事が、二人の為だと思う」
死んでしまった人はもう帰ってこない。生きている人がその人達の為に出来る事は、交わした約束を果たす。綺麗事かもしれないが、それでもいつかは前に進まなければならなかった。
「人は誰だって、自分を幸せにする為に生れてきたの。でも、自分を責め続けたって本当の意味で幸せにはなれないわ……杏子だって自分を責めたり傷つけたりしないで、幸せになってもいいの」
「本気で言ってるのか……?」
「私も、今の杏子みたいに悩んでいた時があったけど、みんながそう教えてくれたから今の私があるの。例え杏子がどれだけ悩んだとしても、私はあなたを支えてみせる……あなたが本当の意味で幸せになれるまで、私はそばにいるから」
そう言ってせつなはゆっくりと歩み寄りながら、杏子の両手をそっと握る。
戸惑う杏子はせつなから目を背けようとしているが、それでもせつなは真っ直ぐに杏子を見つめていた。
「何でだよ、何でそこまであたしに構うんだよ……昔のあんたを見てるみたいで放っておけないのか?」
「それもあるけど、杏子には幸せになって欲しいの。だって、あなたみたいに思いやりの心がある人が幸せになれないなんて、おかしいでしょ?」
「思いやり……か。あたしに、そんなのあるのかな」
「あるに決まってるわ!」
「……そうかい」
本当に思いやりが無い人間だったら、そもそも誰かの死を悲しんだりしない。それに今だって杏子は話に付き合ってくれたのだから、せつなは信じる事が出来た。
もしもここにタカヤや京水がいたら無茶をしすぎだと怒られていただろう。でも、杏子を説得させる方法がせつなにはこれ以外思いつかなかった。
「戻りましょう、みんな心配してるわ。さっきの事は言ってないから安心して」
「ああ……」
杏子の手は今にも崩れ落ちてしまいそうなほどに力が感じられないが、だからこそせつなは強く支える。
かつて自分自身の罪に悩んだ少女は、この場で罪に悩んでいる少女を導こうと決めた。
彼女達がこれからどんな未来に辿り着くのかは、まだ誰にもわからない。
【1日目/早朝】
【H-8 市街地】
【東せつな@フレッシュプリキュア!】
[状態]:健康、決意
[装備]:リンクルン@フレッシュプリキュア!
[道具]:支給品一式、伝説の道着@らんま1/2、ランダム支給品0~2
基本:殺し合いには乗らない。
0:杏子を連れて、みんなの所に戻る。
1:友達みんなを捜したい。
2:杏子の幸せを見つけてみせる。
3:ノーザを警戒。
4:可能ならシンヤを助けたいが……
5:克己やシンヤ、モロトフと分かりあいたい。
6:結城丈二や涼邑零とまた会えたらもう一度話をする。
[備考]
※参戦時期は第43話終了後以降です。
※大道克己達NEVERが悪で、テッカマンエビルとテッカマンランスを倒すという結城丈二の言葉は正しいと理解していますが、完全に納得はしていません。
※この殺し合いの黒幕はラビリンスで、シフォンを再びインフィニティにする事が目的ではないかと考えています。
※佐倉杏子の姿が、人々を苦しませた事に罪悪感を覚えていたかつての自分自身と重なって見えています。
※制限の影響でアカルンの力でワープできる距離は、通常より限られています。
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:疲労(中)、ダメージ(中)、ソウルジェムの濁り(中)、脱力感、自分自身に対する強い疑問、ユーノとフェイトを見捨てた事に対して複雑な感情
[装備]:ソウルジェム@魔法少女まどか☆マギカ
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本:????????????
0:今はせつなについていく。
1:自分の感情と行動が理解できない。
2:翔太郎に対して……?
3:あたしは本当にやり直す事が出来るのか……?
[備考]
※魔法少女まどか☆マギカ6話終了後からの参戦です。
※首輪は首にではなくソウルジェムに巻かれています。
※魔法少女の身体の特性により、少なくともこの負傷で死に至ることはありません。
※ユーノ・スクライアのフィジカルヒールによって身体に開いた穴が塞がれました。(ただし、それによってソウルジェムの濁りは治っていません)
※左翔太郎、フェイト・テスタロッサ、ユーノ・スクライアの姿を、かつての自分自身と被らせています。
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最終更新:2014年03月20日 23:41