Nのステージ/罪─ギルティ─ ◆gry038wOvE




「「さあ、お前の罪を数えろ!!」」

 仮面ライダーダブルが、指先を突き立てて言うが、ダグバはそれに答える様子はなかった。
 このダブルのアクションに対し、答えることもなく、ただ笑顔(それは異形のためにわからないが)で棒立ちしたのだ。
 ともかく、ダグバは戦闘を欲していた。殺戮や暴力によるゲームを行う彼らには、善も悪も──罪などという概念もない。あるとすれば、ゲゲルのルールを犯すという行為で、少なくともダグバはそれに抵触するような行為は一切していなかった。
 だから、ダグバはダブルに感じた怒りという名の戦意に、笑顔を見せただけである。

「ふふっ……」

 頑強な図体とは不釣合いな中性的で不敵な笑みを、声として漏らす。まるで華奢な少年が発するような声……その声に、三人は息を呑む。
 ”こいつ”はどういう戦い方をするのだろう。
 外見と性格の不一致は、この強敵と戦う側からしてみれば、一番厄介である。何せ、戦い方をその性格からおおよそ予測することもできない。
 不気味なダグバの視線に、飲まれそうになった。
 翔太郎やフィリップ、それにタカヤは恐怖を覚えていたかもしれない。──一方で、”恐怖”の欠如した京水だけは体をくねくねと揺らしていた。

「ふふふっ……あんた楽しそうね」

「そうだね。戦う相手が三人もいると、こっちもゾクゾクするよ」

 それは、翔太郎の相方・フィリップのような台詞だった。
 翔太郎もフィリップも、少しはこのダグバの言葉に反応したらしい。
 ただ、彼らの返しは、ゾクゾクするという部分に対してではない。
 もっと……もっと前に引っ掛かる言葉があった。

「三人じゃねえ」

「そう、僕たちは今、四人……だ!」

 翔太郎とフィリップはそれぞれのボディの複眼を発光させて語りかける。
 ダグバは、その様子を見て敵の数を不正確に見ていたことを理解する(どういう原理かはわからないが)。……しかし、最早ダグバにはそんなことは関係はない。結局のところ、意識が四つでも体は三つだし、敵の数がどれだけ増えようと易々と勝利する自信が、ダグバにはあった。

「ふふっ……」

 もう一度笑うと、ナスカ・ドーパント──ダグバの姿が一瞬で消失する。
 ナスカの能力は、常人を超越する超加速であった。ダグバのもともとの脚力も相まって、そのスピードは人が一瞬消えたと錯覚するほどである。
 ダブルが、テッカマンブレードが、ルナ・ドーパントが敵の姿を捜す。

「キターっ!」

 その刃が最初に向けられたのは、ルナの体である。口から漏れたのは不思議にも悲鳴ではなかった。
 ルナの体を一凪ぎすると、ナスカは加速を止めた。相手が対応できない速度に面白味を持つことができなかったのだろう。
 また、ルナの伸びた右腕が、咄嗟にナスカの腰をくるむように掴んでいたのも一つの原因か。
 とにかく、ナスカは振り返って、自分の腰部をくるむ右腕に刃を突き刺した。

「やるわねっ! 痛いじゃない」

 ルナは多少の痛みは感じてはいたが、かつて──人間だった頃ほどではなかった。
 この痛みが死へと繋がってしまうことにも、恐怖を感じない。彼(女)は既に二度死んでいるのだから。彼(女)はNEVERなのだから。

「さあ、今よ! やっちゃって!」

 そう言って、残りの三人に向けて攻撃を煽る。
 無論、彼らはそれを好機と見ていたので、すぐに遠距離攻撃の準備に入った。
 ダブルは、メモリをチェンジする。

『トリガー!』

『サイクロン!』『トリガー!』

 京水の仲間で言うのなら、これは芦原賢の持つメモリである。
 これまでジョーカーのメモリを挿していたドライバーが、トリガーの声を発する。
 サイクロントリガー。緑と青を半々に受けたダブルが、ナスカに向けて銃を狙い打つ。

「ハァっ!」



 複数の弾丸がナスカの腕を、頭を、足を狙う。一方で、ブレードはボルテッカを使えば彼(女)の腕ごと吹っ飛ばしてしまうゆえ、エネルギーを溜めるだけに止めた。
 もう一年以上、こうしてトリガーのメモリを使ってきているので、射撃は日本人としては異質なほど精密だった。
 ……が、一方でナスカに与えたダメージが高いかというとそうでもない。

「つまらないなぁ」

 ────ただの小虫だった。
 そう、何でもないのだ。彼にとっては、ただの小さな虫の大群が止まったようなもの。
 ナスカの持つ二つの剣が、上から、下から同時にくるりと回されてルナの右腕を切り落とす。まるでハサミが切り落としたような──そんな風に。

「嫌ぁぁぁぁっ!! 私の腕がっ!!」

 流石の京水にも、これは効く。
 ナスカは、その悲鳴を聞いて──笑った。先ほど受けた攻撃による不快感を、今度は自らの殺傷で、とりあえず収めたのだ。
 地面で、とかげの尻尾のようにもがく金色の腕が、動きを止める。
 それを見て、ダブルとブレードが怒りに燃えた。

「ボル・テッカァァァァァァァッ!!!」

 怒りは、技で示す。
 先ほど溜めたエネルギーが一気に吐き出されると、ナスカの体を無数の粒子のような光が包んだ。それはブレードの両肩から発射されたと気づく前に、ナスカは光に視覚を奪われる。
 変身を解けば、京水の腕はないのだと思うと感慨深かった。
 京水の戦力は大きく奪われることだろう。

「……ムッキィィィッッ!! 初めて男のコに怒りを覚えたわ! これじゃあ、もうイケメン触れないじゃないっ!! ………………………………な~んてネ♪」

 ルナの腕がまた再生している。地中でもがいていたはずの腕も消え去っていた。あれは幻想だったのだろうか。
 ブレードの士気が下がるが、ともかく彼はナスカがどうなったのかが気になり、硝煙の中を見た。向こうのガラスに向けて、風都タワーの土台となった土が露出している。
 ナスカの姿は、というと……其処にはない。
 今の一撃で消えたのか? ──そんな安易に行く相手だったのだろうか?

「何っ!」

 そう思っていると、真正面からナスカの顔が浮かび上がる。
 ブレードの顔の目の前に、突然ナスカが現れたのである。手ぶらでなく、双剣を左右の首元に突きつけようとしながら。
 あの瞬間、ナスカは天井に向かい飛びあがり、回避していたのだろう。
 ブレードの首元を砕いて、二つの剣が突き刺さる。

「ぐああああああああああああっ!!」

 しかし、そんな一瞬の中でもブレードは、咄嗟に真横からナスカの腹へとテックランサーを突き刺した。
 すると、流石にひるんだのか、ナスカは双剣を引き抜いて後退する。
 それが仮にもダグバの生身にまで到達していたために、初めてダメージらしいダメージがダグバに残る。

「……」

 仮面ライダーやテッカマン──歴戦の勇者でなければ、見るのも痛々しい傷だっただろう。
 テックランサーが生み出した深々とした傷口から、ポタポタと血が流れ出ていく。
 渾身の一撃であったがゆえ、ブレードにも予期せぬダメージを与えたらしい。
 ブレードの体躯がナスカよりも巨大であったのが原因で、彼のサイズに合ったランサーは、目に見えるほど大きな傷口を作っている。

 この痛みに対して、ダグバはどう反応するのか。
 彼ら常人の思考で考えれば、おそらく──悲鳴、憤怒が予想される。
 傷をつけられたことへの怒り、死への恐怖や痛みの雄たけび、ただ痛みに耐え切れず蹲る姿────

 どれも、違った。


(笑った)


 ン・ダグバ・ゼバは、笑顔になったのだ。
 そう、痛みを与えることも、受け入れることも彼は楽しむ。
 殺し合うことの楽しみ、おかしみがあった。

 この場において、ダグバは誰よりも容赦なく、笑える男だった。
 幾つの命が奪われても、たとい自分の命が危機に晒されたとしても。
 常人には耐え難い痛みが体を伝うとしても。

「異常だ……」

 フィリップが呟く。
 だが、ダグバにはこれが常だった。グロンギという生物の中でも特異な男だったのだ。
 グロンギといえど、自分が痛めば悲鳴を上げる。が、彼だけは笑った。
 他人を殺すことをゲゲルと称すグロンギの中でも、彼だけは唯一──自分の痛みさえ笑った男だったのだ。

『聞け! ダグバ、クウガ、そしてこの場に集いしリントの戦士達よ!』

 ────そんなダグバの笑顔に凍りついた、その場の静寂を切り裂くように、太い声が放送を始めた。
 誰しもが、その声に流石に反応する。……どこから聞こえてくるのだろうか、誰かが何らかの装置を使って声を拡大して、放送しているらしい。
 先ほどのサラマンダー男爵の放送とは違った感じだ。この近くで、何者かが、一部のエリアにだけ伝えるよう拡声器で放送を行っている。
 少なくとも翔太郎──彼だけはその声をはっきりと覚えていたので、明確に反応した。拳を振るわせる、という形で。

「ガドル……随分やってるみたいだね」

 ダグバも、その声に覚えがあったので動きを止める。戦闘よりも、この「ガドル」の言葉を聞くことを優先したのだろう。
 彼の第一声がダグバに対する呼びかけだったのが、何より彼の動きを止める理由だった。
 だから、彼は傷を塞ぐことも、戦うこともせず、ただ放送に耳を貸した。
 他の四人も、ダグバに目をやりつつも、結局のところは同じだった。

『俺はこのゲゲルに乗っている、殺し合いに乗っている!』
『既に、二人のリントを葬った! フェイトと、ユーノという名の勇敢な戦士だ!!』

 ダグバがにやりと笑い、────翔太郎は遂に怒りに声をあげた。
 「ふざけんな!」その一声をすぐにフィリップが制する。「落ち着くんだ、翔太郎」
 翔太郎は落ち着けそうな様子には見えなかったが、またガドルは次々と言葉を流し込んでいた。

『奴等は強かった、だがそれでも俺を倒すには至らなかった!  俺は、より強く誇り高き戦士との闘いを何よりも望んでいる!!』

『もし貴様等がこのゲゲルを止めたいと望むなら、俺という障害をまずは退けてみろ!  我こそはと思う者がいるならば、遠慮はいらん!  どんな手を使おうとも、多人数で挑もうとも構わん!!  この俺……破壊のカリスマ、ゴ・ガドル・バに挑むがいい!!』



 ダグバが、はっきりと……声をあげて笑い出した。ロビー全体に響き渡る笑い声だった。
 そんなダグバに向けて、フィリップの制する声さえ聞かずに、仮面ライダーダブルの半身は殴りかかる。

「らぁぁぁぁぁっっ!!」

 だが、ナスカは彼の姿を見ることさえなく、ダブルの拳の前にクモジャキーの剣の刃を向けた。
 そこで、ダブルの動きは止まる。このまま拳を突き出せば、剣に向かって自分の拳を傷付けるだけだ。
 それでも、完全には翔太郎の頭は冷えなかった。

「駄目だ、翔太郎!!」

「……くそ! こいつは笑いやがった……人の……それもユーノやフェイトみたいな、まだ小さい子供の死を……笑いやがったんだ!!」

 ナスカは初めて、そちらを見て言った。
 相変らず、彼の心は笑い続けていたが、もっと面白いことがありそうだと、思ったのである。
 これだけの怒りを持つ変身者で……どう、”楽しむ”か。その策略がダグバの頭の中で既に出来上がっていた。
 笑うのをやめて、ダブルに語らいかける。

「君もガドルと会ったんだ」

「何だと……じゃあ、てめぇ……」

「ダグバ────ン・ダグバ・ゼバ。それが僕の名前だよ」

「……あいつの仲間かよ、クソッ……!」

 目の前の刃に圧倒され、右腕を失った京水や両肩を砕かれたタカヤの支援を待つこともできず……仮面ライダーダブルはただ怒りに震える。
 ゴ・ガドル・バやン・ダグバ・ゼバ。名簿の中でも特殊だが、はっきりとは覚えにくい名前だった。
 その二人と、彼は遭遇している。二人は、仲間同士だった。

「ねえ、ガドルとは、戦ったのかな?」

 ダグバはそう言いながら、ナスカの変身を解いて白い少年の姿になった。
 だが、人間の姿であったのはほんの数秒だった。
 また彼は、変身する。今度はメモリなど使わず、直接、彼の身体そのものが──白い怪物の姿に変身していった。
 ……金色の触覚や、じゃらじゃらと飾った装飾品。
 ぞくっ、と得体の知れない恐怖を煽る仏頂面。この変身を遂げたダグバの笑っているのかさえ、初見では曖昧だ。
 おそらく、彼は笑っているだろう。しかし、仮面のような造形をした面皮は、人間の表情と照らし合わせて考えるのも難かった。
 何より翔太郎にとって覚えがあるのは、その”ベルト”だった。
 ふと、そのバックルを敵の表情よりも優先して気にしてしまう。彼が仮面ライダーだから、特に目を凝らして見つめてしまう部分でもある。

「見覚えはない?」

 ──そう、そのベルトのバックルは、まさしくガドルのものと全く同じ形状だったのだ。
 おそらく、彼はこれを見せ付けるためにこの姿に変身したのだろう。

「…………てめぇっ!! やっぱり……!」



 翔太郎には、確かな確信が沸いた。その異形を見つめた瞬間、咄嗟に沸いた怒り。
 それを、仮面ライダーダブルの力が爆発させる。
 その手に握った銃の使い道さえ忘れて、ただ本能に任せて拳を向けて、走り出すダブル。
 しかし、そんな思いは、あっさりと打ち砕かれる。

 ダブルの目の前に、炎の壁が作り出されたのだ。
 ぼわっと燃える、その炎の壁を消し去ることは、咄嗟にはできなかった。

「……君ももっと強くなれるのかな」

「当たり前だ……俺たち仮面ライダーは、お前ら、誰かを傷つける悪を倒す為なら、どこまでも強くなる!」

「────そう。なら、今度会うときは、もっと僕を笑顔にしてよ」

 そう言って、炎の向こうでダグバは言った。
 彼はガドルのもとに向かうのだ。彼の行動は非常に目立ったので、参加者が向かう可能性は高いし、彼はダグバのほかに「クウガ」の名前も呼んだ。彼が来るかもしれない。そしたら、ここに来る前の”続き”ができる。
 彼にとって、それほど都合の良いことはない。
 ダブルの成長、クウガとの戦闘、ガドルとの再会。楽しみなことはいくらでもあった。
 その全てを、ダグバは楽しもうとしている。……全部、根本は殺傷や戦闘にあるのだが。

「……くそっ」

 ともかく、ここでの戦いは、ひとまずは終わった。
 ブレードがガクリと肩を下ろし、跪く。彼の両肩の痛みは相当なものだろう。
 また、近くで京水が変身を解く。右腕を、コキコキと動かしていた。
 仮面ライダーダブルの前では、まだめらめらと炎が燃える。
 いくら模造とはいえ、風都タワーがまた荒らされ、仲間たちはとてつもない深手を負った。あの男の到来は、僅か数分間の出来事だったはずだ。
 しかし、彼らにとって、その数分間が大打撃だったのだ。
 果たして、またあの男と合間見えた時に勝てるのだろうか……。
 テラー・ドーパントのテラーフィールドの時に感じた強い恐怖に近い何かが翔太郎の中を伝った。
 ダブルドライバーに手をかける。────しかし、やはり少し躊躇った。
 ……ただ、少なくとも変身している間だけは相棒が傍にいてくれる──今はその安心感に、まだ少しだけ身を委ねていたかったのだ。


★ ★ ★ ★ ★


 姫矢准と佐倉杏子が、一言でも会話を交わそうとした瞬間だった──。
 どちらが先に口を開いたのかというのは、この際関係のあることではない。
 結局、その第一声は、拡声器を使った一言に遮られたのだから。

『聞け! 今から勇敢で無謀な戦士と決闘する!』

 その声は、不意をついていたため、二人をはっとさせた。距離は、遠くもないが、随所が聞き取りにくいことを考えると、それなりにあるだろう。
 ドウコクも、或いはこの場に横たわる一つの死体を築き上げた男も聞いているのかもしれない。
 姫矢は、先ほどの放送をはっきりとは聞いていなかったので、この放送の主の言葉が何者だかはわからない。善人か、悪人か────いや、そんな事よりも殺し合いに乗っているか、いないか。
 決闘の目的は、一体何なのか。その決闘は勝敗を決するだけのものなのか、それとも生死を分つようなものなのか──。

「……悪いが、少しの間だけ静かにしてくれ」

「ああ、わかってる」

 姫矢と杏子が最初に交わした会話は結果的にこれになった。互いに名乗りもしない。
 ただ、一人の少女の死体を優しく包んでいた杏子の手に、わけもわからぬ震えが残っていた。
 そう、彼女は知っていたのだろう。それが、間違いなく生死を分つものだと──。
 この声の主には、少なくとも殺し合いに乗っている。そう確信させる出来事に、遭ったじゃないか。仲間を二人も喪った仇──その男の声なんだ。

『お前も言い残すことがあるか』

『──全て言い切る前に殺してやる!』

 あのカブトムシの怪人は、どうしてこうも戦いに固執するのだろうか。
 杏子の中で、わなわなと怒りが沸き立っていく。
 フェイトの事、ユーノの事……奴には何でもない事で……仮に彼が死者を称えているとしても、そんな賛美の言葉はフェイトやユーノの命よりも、遥かに軽いものだ。
 まるで、戦った相手にフェアであるような素振りが気に入らなかった。
 結果的に奴はフェイトやユーノの命を奪いながら、自分だけは自分の主義を通したような面で格好付けて、誇らしげに満足げに生きてやがるんだ、と。

(……私には、それが許せねえ)

 もはや、杏子の中に正義も悪も無い。
 少なくとも、そんな言葉を語れるほど杏子は善たる行いをしてきたわけじゃないと、……それは彼女自身がわかっている。
 だから、少し考えた。
 せつなが言ったように、優しく生きていけるとしてもだ。



『私はかつて、街を愛しながらも数え切れない罪を重ねた!』

 杏子が餌に使った人間にだって、杏子がこのゲームで殺そうと目論んでいた人にだって、家族はいたんだ。友達はいたんだ。
 杏子は翔太郎も、フェイトも、せつなも、マミも殺そうとしていたから、あの男の殺戮行為にかけるべき断罪の言葉はなかった。
 彼女は、自分自身の優しさを否定するためだけに、罪を重ねてきたんだ。
 間違いなく、罪を重ねていた────。

『私はきっと数えられる限りの罪を全て償い、再び街を綺麗にする為に蘇ったんだ!!』

 見知らぬ男が、あのカブトムシの男と決闘している。
 その男に──杏子は自分自身を投影した。
 「罪」────そんな言葉に縛られていて、それを発散する相手を捜す人間。
 自分自身を助ける為に、その声のありかにたどり着かねばならない気がした。
 だから、彼女はせつなの身体から、必要以上に優しく手を離し、姫矢の方を向いた。

「……兄ちゃん、出会ったばっかりでこんな事頼むのは悪いんだけどさ……その子の傍にいてやってくれよ。すぐ戻るからさ」

「おいっ!」

「……静かにできねえんだ、やっぱり」

 杏子は、そう言って強引に血まみれの死体を、見ず知らずの男に半ば強引に託して走り出してしまう。それでも、本人は死体に傷がつかないようデリケートに渡したつもりだった。

 ──困惑するだろうな、あの兄ちゃん。……まあ、これも軽い罪ってやつかな。

 無論、姫矢は困惑した。
 こうして死体を抱えると……やはり戦場を思い出す。
 砲撃を受けて無残に散ったセラの姿──あの優しく穢れない少女ですら、血で淀ませた「死」という姿を。
 ……ここにもまた一人、少女が死んでいるということが姫矢には耐え難い事実だった。
 間近で見ると、その少女の死体は笑っているようにさえ見えた。それが姫矢にはまた辛い。セラも、死ぬ直前に笑っていたじゃないか。セラは逃げ惑う人々や戦う人々、あるいはもう立つことのない人々で散らかった戦場で、奇跡的にも姫矢のことを見つけて、笑いながら──

(……いや、少なくとも今の俺はあの笑顔に救われているんだ)

 それでも、かつて、姫矢を苦しめたあの笑顔は今はもう、姫矢准の”光”を輝かしてくれる、かけがえのないものとなっているのだ。姫矢はそれを思い出す。
 この少女の笑顔は、やがてきっと……あの少女に届く時が来るだろう。

「すまない。俺は行く。君の傍にいるよりも、今生きている命を……俺は守りたい」

 姫矢は丁重に少女の死体を、少し近くのビルにもたれかけると、杏子が向かった方向へと走り出した。ドウコクはこの場所を知っているので、少し遠ざけた場所に安置した。
 戦場では、そこにある死体を丁寧に弔う時間なんて無かったのに……。あの頃は、ただ、姫矢は自分の事を守りながら写真を撮るのに必死で、死体が出来上がるのを見かけても鉄のように表情を固めていた。
 姫矢が走ると、眼前を走っているのは、先ほどの少女ではなく、────一人の魔法少女であった。また姫矢は戸惑う……が、受け入れて走る。
 そんな様子を見て、ビルにもたれかかる死体が、もっとはっきりと微笑んだ。



(ひとつ。私はトンデモない悪魔と契約して、私の家族の命を奪ってしまった。
 ふたつ。私はマミを見殺しにしてしまった。口先だけでも、マミの死を嘲笑ってしまった。
 みっつ。私はたくさんの人を…………ちぇっ、……いや、やっぱり数え切れねえな)

 杏子は、数えられる限りの罪……自分の罪を少し数えてみようと思ったのだが、やめた。
 あの放送の男に比べて、数え切れるぶん、自分の罪はマシだと思いたかったのかもしれない。
 でも、数えなおしたら……数え切れなかった。思い出せない罪もあるだろう。おそらく、被害者にとっては大きな悲しみや怒りだったのに、忘れてしまう自分は薄情すぎた。
 だから、彼女は開き直ったのかもしれない。ひとつめの罪で開き直って、「悪」になろうとしたのかもしれない。
 そんな自分に対する罪悪感が再び、巡っていく。表情は柔らかくは無かった。

『なのはさんを、フェイトさんを、ユーノさんを……』

 放送の男の言葉が、杏子を覚醒させる。
 今の自分は、善悪に縛られて戦ってるのか? ──否、ただやりたいようにする。
 開き直るには一番の手段だった。
 無理して悪役ぶる必要もなければ、無理して善人になりたがってトンデモないバッドエンドを引き起こす必要もない。
 だから、今は────

「仇を、取りに行く。それだけできれば、いいんだ」


 そう呟く彼女の横を、観音様のような銀色の生物が、地面にうつ伏せになるような姿勢で低空飛行し、並走をはじめた。一応、デイパックを二つ肩にかけている。
 なんだかよくわからず、杏子が困惑する。
 開いた口が塞がらない。
 というか、敵だか味方だかもわからないうえに、表情も読めないので怖かった。

 開口して真横を向いて、惰性で首から下だけは着々と目的地に走っていた杏子。
 そんな杏子の姿を見て、その謎の生物はコクリと頷いた。

「おいっ! なんなんだよアンタ、味方なんだよなぁっ!」

 そんな杏子の問いも虚しく、凄まじいスピードで飛び抜けていく。聞こえてないのか、そもそも日本語がわからないのか、意思がないのか、それともただ単に無視したのか、彼は答えてくれなかったのだ。
 しかし、杏子よりも先に、声の聞こえる向こうに行ってしまっている。
 ……まあ、とにかく、杏子の目の前で放送が聞こえている。

(まあ、あの声はもう一人の私みたいなもんなんだ……。私はそいつを助けてやりたいけど……それまでに辿り着けなかったら……そんでお前が負けたら、そん時は私が……必ず!)

 放送の主、園咲霧彦の敗北が聞こえたのはその直後だった。


★ ★ ★ ★ ★


「はぁ、面白そうじゃねえか……」

 別のエリアに向かっていたドウコクだが、放送が聞こえたので足を止める。
 さて、目的を途中で変えるというのも癪だが、あっちに向かうことの方が遥かに面白そうだ。
 殺戮あるところにドウコクは在りたい。
 いや、ただ単純に腹に虫が沸いたからだろうか。とにかく、今は何かを斬る必要があった。
 できれば、ここからの脱出に、ドウコクにとって不要な生命を──。

「……まさかとは思うが、お前は向かってねえよなぁ……姫矢」

 いや、ドウコクはピンときていた。
 姫矢がこの放送が聞こえても、あそこに居続けるとは思えない。
 彼が愚直にもあの場で荷物番を続けていたとして、それを疑うことに何か問題はあるだろうか。
 ドウコクはニヤリと笑い、軌道を変更した……。

 姫矢、ガドル、霧彦など、思い当たる限りでも三人も参加者が向かうような場所だ。
 この周囲で暴れていた男がそちらに向かう可能性も高い。
 よって、ドウコクはそちらに向かうことを決定したのだ。

 ほんの短い間の心変わりだったが、少なくとも────この先にいるモロトフという男が、この放送の存在が無ければ血祭りに晒されていたことは、……まあ言わなくてもわかるだろう。


★ ★ ★ ★ ★


 タワーの炎が、強い風に呑まれて消える。
 仮面ライダーダブルが、「サイクロン」の力をもって消し去ったのである。彼の多彩な能力は、こういう場では使い道が多かった。もっとも、ダグバにも制限があったので、消火器を取りに行けば済むであろう小火に過ぎなかったが。
 今は急ぎたかったのだが、それよりも前に体勢を整える必要もあるし、少なくとも、風都を象ったこの街を、炎に晒し続けたくはなかった。
 その作業を続けながらだが、翔太郎は重要な話をフィリップにしなければならないことを覚え続けていた。戦っている最中も、頭の中をチラついていた情報だ。

「フィリップ、こんな時に何だが……言わなきゃいけないことがいくつかある」

「ユーノ・スクライア、そしてフェイト・テスタロッサの死……の事かい?」

「……ああ。だが、……それだけじゃねえ」

 もう翔太郎の意識は一切躊躇うことはなかった。
 フィリップは充分辛いことを乗り越えた男だ。……悲しいかな、仮面ライダーである二人の男は、もう普通の人間と同じ場所にはいない。常人と同じ次元で、その死を悲しむことはできないだろう。
 しかし、少なくとも翔太郎と共感し合うことはできる。共通の知り合いの死について……。

「放送で死者として名前を呼ばれた知り合いが、他にも二人いる。園咲冴子、そして照井竜だ」



 冴子の名前は、翔太郎にとっては心を痛めるほどの相手でもなかった。
 だが、フィリップにとっては喪うのが二度目となる家族の名だ。おそらく、冴子も照井も、同じくらいに悲しい名前に違いない。
 それでも、フィリップの返答はあっさりしていた。あっさりした言葉の中に、深い感情は感じられた。

「…………そうか。照井竜や、冴子姉さんが」

「あいつが願ったことはわかるよな……フィリップ」

「ああ。わかってるよ、翔太郎」

 左翔太郎も、フィリップも、照井竜も「仮面ライダー」だった。────それだけが、二人が照井の思いを一瞬で理解した理由だった。
 照井がどこの誰に倒されたかわからないが、「仮面ライダー」としてそいつを倒すことが照井への手向けとなる。いや、更に言えば加頭や財団Xを倒すことこそが何より望ましいことだろう。
 復讐ではない。照井の経験を思えば、復讐など彼にとって最も疎ましい行為だろう。仮面ライダーとして、人類の自由と平和のために敵と戦う。
 その目的の一端が、ダグバだった。

『聞け! 今から勇敢で無謀な戦士と決闘する!』

 この場の四人の耳に、突然そんな太い音声が入った。
 そう、これはゴ・ガドル・バの放送に間違いない。再び、彼が放送を始めたのである。
 それも、何者かと決闘するという形で────。
 距離から考えると、おそらくダグバではないだろう。

『お前も何か言い残すことがあるか』

『…………ああ! だが、それは戦いながら言わせて貰う。それは私の仲間たちだけじゃない……哀れな君やダグバへの言葉でもあるのさ!』

 ダブルの中にいる二人────翔太郎とフィリップは、その声を聞いて、はっとした。
 忘れもしない、この声の主は間違いなく園咲霧彦である。
 かつて一度、この街の運命を仮面ライダーに託して散った一人の仲間の声に違いなかった。

「あいつ……っ!」

 ダブルは拳を握りながら、後ろを振り向いた。
 肩を負傷したテッカマンがうなだれている。京水は悪い奴ではなさそうだが、やはり信頼度は低い。
 駄目だ。仲間のもとに向かいたいが、後ろにいる二人も心配だ。

「この放送の男と知り合いか?」

 ブレードが訊く。ダブルの様子を見て、わかったのだろう。
 この放送の男と、翔太郎が知り合いであること……。そして、少なくとも怨みつらみの関係ではなさそうであるということ。
 左肩を抑えながら、よろよろとブレードは言う。

「……なら、心配する必要はない。行け、仮面ライダー。仲間の助けになるんだ!」

『その報いか、私は愛した人に裏切られ、彼女に殺された!!』

「……そうだ、霧彦は、一度死んだ。……俺は、俺は……」

 霧彦は少なくとも、新しい命さえ捨てる覚悟で戦いに臨んでいる。それを、翔太郎はいま現在の放送で悟った。だから、そんな覚悟を持つ霧彦より、ここにいる二人のことを考えようと思ったのだ。
 タカヤの怪我は、明らかに後を引くものである。この装甲の下にあるであろう、彼の体からも血が流れている。きっと、これから一生残る痕が肩に二つ生まれているのではないかと思う。
 京水は無事だが、彼(女)にもダグバと渡り合える強さがあるかはわからない。
 第一、霧彦は死人だ。どういう経緯で蘇ったのかはわからない。時間軸の違いでなく、本人も死を自覚しているというのなら、彼は間違おうことなき死人なのだろう。
 だとすれば、彼はNEVERなのかもしれない。


 死んだ人間は蘇らない────蘇った結果がNEVERだと言うのなら、それは……。そう、神が創った原則に抗うことは、悲惨な結果しか生まない。京水を前に考えるのも何だが、克己がその良い例だ。
 だから、翔太郎は躊躇った。
 霧彦は、NEVERになっているのかもしれない。だというのなら、今助けるべき命なのか?

 霧彦は助けたいが、
 それが一度、
 死んだ命ならば────

「見捨てていいのか!?」

「……いいわけねえだろ! けど、あいつを助けに行くっていうことは、お前らを助けないっていうことだ……だから」

 誰かを助ける。その裏に、助からない命がある。
 二つのうち一つしか助けられない状況だってある。選択により、斬り捨てられていく人々がいる。彼らをそれにするか、霧彦をそれにするか──そういうことだった。

「……だから迷ってるのか。……なら、心配するな」

 ブレードは、そう言って間髪入れずにダブルの顔を殴る。巨大な拳が、ダブルの顔全体に圧力をかける。まるで鉄球のような一撃だ。
 ダブルの身体が後方に吹き飛んで、先ほどまで火が立っていた地面に落ちた。本来なら、そこに残留した熱を背中に感じるかもしれないが、その程度の熱は仮面ライダーの体を覆う仮面やスーツが吹き飛ばした。
 しかし、それでもブレードの攻撃の反動で背中に、熱でない痛みが残る。

「俺はまだ、充分戦える。……仲間を助けるためなら、行かない理由はないはずだ!!」

 ブレードは両肩に傷を負いながらも、まだまだ健在だった。
 そう、ダブルの力が及ばないほどに。……あるいは、今のダブルが少し精神的に弱りすぎていたのが悪かったのかもしれない。
 それが喝となるには、少し足りなかったかもしれないが、それでもダブルは立ち上がった。
 ブレードを殴りに行くことはできない。

 そこへ今度は、つかつかと京水が歩み寄ってくる。
 露骨に不機嫌な様子で、京水はダブルに叫んだ。

「……まったく、NEVER差別よっ! NEVERサ・ベ・ツ! 私たちは一回死んだって、必死に生きてるのよ! あんたはその相棒ちゃんが一回死んでNEVERになったら助けないの!?」

「オイオイ、お前もかよ……」

「大体、アンタは男のくせに肝心なことを忘れてるわ! ライダーは助け合いだって、忘れたの!?」

「忘れるもんかよ! お前らに言われなくても、その言葉は片時も忘れたことがねえ」

「ならゴタゴタ言うんじゃねえ! ────だいたい、ライダーとかそれ以前に、仲間同士なら仁義を果たせってんだよオ゙ラ゙ァ゙ァ゙ァ゙ッ゙!」

 京水の声が一瞬、常々使っていた高音でなく、ドスの利いたヤクザのような声になった。
 他の三人の背筋が凍る。それほどに男らしく、恐ろしい声だった。今までの京水と180度違う姿たったのが原因だろう。
 これは、かつて彼が、完全な男だった頃、通していた”筋”であった。
 しかし、恥ずかしくなったのか、「コホン」と咳払いをしてから、京水はダブルの背中を叩いた。彼(女)の利き腕とは違うので、それはぎこちなかった。

「…………というわけで、さっさとイッちゃいなさい! 私たちはちょっとだけ、ここで待ってるわ」

 そう言う京水の笑顔は、敵とは思えなかった。
 風都を汚した人間の顔とは、到底思えない姿に、翔太郎とフィリップは放心する。
 もしかしたら、泉京水は、NEVERは、そして大道克己は本来なら、少しは良いところもあったのではないのだろうか。
 今まで翔太郎たちが京水たちに抱いていたイメージと、今ここにいるこの漢はまったくの別人としか思えなかった。



(いや、余計なことを考えるのはやめるか……行くぜ、フィリップ)

 ダブルは、何も言わずに走り出した。
 二人はそれを、逃げ出す背中とは思わなかった。
 声の呼ぶ方に向かっていく”二人”の戦士を見送りながら、ブレードががっくりと倒れる。

「やっぱり、痛いのね……タカヤちゃん」

 京水は、ブレードの肩に触れる。
 変身を解こうか迷ったが、またも接近するテッカマンの存在を、タカヤは感じていた。そのテッカマンが襲撃した場合、やはり戦わなければならないだろう。
 おそらく────人間・相羽タカヤの両肩には、ほぼ同じ位置に赤い円が染みている。
 しかし、そんなものを気にして戦ってはいられまい。

「……このくらいの痛み、今に始まったことじゃない。それより──」

「何?」

 言いかけたようだが、タカヤはそこから先の言葉を心の中に止めた。
 ミユキは死んだ。一度その死がタカヤの中にあったとはいえ、やはり放送で呼ばれたとき、少し己の無力感を感じることはあったのだ。

 そう、彼はまた守れなかった……。

 妹を守る。そんな、兄としての義務を果たすことはできなかったのだ。
 たとえ一度彼女の死を経験して、心のどこかが慣れていたとしても、すこしだけ前よりもドライな反応をしたとしても、やはり二度目の死というやつがタカヤの心の中で、どこか残り続けている。
 この心の矛盾────言い換えるなら、「痛み」。それを背負う戦士は、多くなくていいのだ……。
 だから、せめて仮面ライダーダブルが、仲間の二度目の死を経験することなく辿り着いて欲しいと、彼は願っていた。


★ ★ ★ ★ ★


「……ダグバか」

 ガドルの眼前に霧彦の次に現れたのは、ダグバであった。
 もともと知り合いであった二人であるがゆえ、堅苦しい会話で始まることはない。
 ただ、強いて言えばガドルには、やや堅苦しい様子はあったかもしれない。ダグバが目上であるのもの一因だが、もともとガドルは寡黙で両肩を角ばらせる性格だった。

「早速、ダグバを相手にすることになるとはな」

 ガドルはすこし構えるが、ダグバが戦闘を開始する様子はなかった。
 ガドルが急いているわりには、ダグバは緩慢だったのだろう。
 二人の強さには、大きな差がある。ダグバの科せられた制限がガドルより重く、二人のバランスは元の世界よりマシになっているが、それでも互角に近付いているとは言い難い。
 ゆえに、ダグバはここで戦う気は、無く、ただ言葉を投げかけた。

「ガドル。面白い相手と戦ったね」

「何?」

「一人の体に二人分の意思を持ったリントの戦士だよ」

 ガドルは、それが仮面ライダーダブルのことだと悟った。
 さほど強い相手とも思わなかったが、ダグバはどうして彼を指名したのだろう。
 ……おそらく、それはごくごく単純な理由だろう。「二人で一人」なのが面白いとか。強さを認めた節ではない。
 ただ、リント、グロンギのどんな相手とも当てはまらない敵だったのが楽しかったのだ。魔法、時間停止、”二心同体”……ここでの出来事に、ダグバは不思議な刺激を受けていた。
 殺すのも一向だが、それ以上に興味関心が強かった。実を少しだけ齧って、成熟を待っているようだった。

「そんなことはいい。早く俺と戦え、ダグバ」

「……ううん。もうすぐ、そいつがまたここに来る。だから、僕は勝った方と戦う。より強くなったガドルやクウガと戦いたい」

 ダグバは自信ありげにのけぞっているように見えた。ここに来る参加者のうち、誰よりも強い敵と戦うのをダグバは楽しみにしているのだろう。
 これこそ、まさにバトルロワイアルである。
 もともと、この時点でガドルにダグバと戦う資格はないはずだというのに、ダグバ直々にそれを与えられたというのは、ガドルにとっても好都合な条件である。
 この場だからこそ、ダグバもそんな特例を認めたのだろうか。
 ガドルにとって、損のない条件だった。

「…………面白い。ならば、待っていろ」

「うん。待ってるよ」

 ダグバは、そう言ってまた歩き出した。
 彼は、ともかく面白そうな相手は放っておいている。殺傷が楽しいのは確かだが、それは自分に近い存在ほど、より確かなものになった。



 人間に換算しよう。
 ダグバが人間を殺すのは、人間で言えば虫を殺すようなことに過ぎない。
 生命力が高いとされるゴキブリだって、人が新聞紙で叩けば死ぬ。骨や肉の感覚を感じさせることさえ無く、あまりにもあっさりと死体に変わる。
 ダグバにとって、人間を殺すのはそんなことと変わらないのだ。
 しかし、彼が行いたいのは、そんな味気ない殺傷ではない。
 猫、鳥、犬、熊、獅子……そんな骨のある連中と戦うことが、彼の楽しみだった。
 そういう戦いほど、印象に残るのだろう。自らの骨身にも沁みる。強い相手と戦う時ほど、生への実感が確かになる。
 だから、変身者の多いこのゲゲルで、まだ彼は成果を残していないのである。
 まだまだ成長が期待できる相手が、ダグバの中でも多すぎた。もっと時間を経て生き残っているような相手ほど、楽しんで殺しあえそうな気がした。

「……僕はここで見てるよ」

 ダグバは、不自然に一箇所にだけ散らばった灰を踏みながら、近くにあったベンチに座る。
 街中にある、ちょっとしたベンチだ。清涼飲料水のロゴマークが書かれている。
 そのダグバの態度を不愉快そうに見つめていたが、ダグバが笑顔で虚空を指差したので、ガドルはそちら側を見つめた。

「来たか、リントの戦士……」

 そこには、三人────いや、四人の挑戦者がいたのだ。

 ウルトラマンネクサス。
 魔法少女・佐倉杏子。
 仮面ライダーダブル。

 杏子とダブルは、知り合いであったため、既に向き合っていた。もう一人の銀色の怪人も気にはなったが、攻撃してくる様子もなかったし、杏子と一緒に来たように見えたので敵ではないと……ダブルは思った。

「……クソッ! 遅かったか!!!」

 それよりも、灰となった霧彦の姿に、彼らは落胆したようだった。その中から、霧彦の使用していたガイアメモリとガイアドライバーが見つかった。本来、これは壊してやるべきなのだろうが、翔太郎はそうしない。
 霧彦は、人として散ることを拒んだのだから、簡単にこれを壊してしまうのは彼への冒涜なのかもしれない。
 とにかく、その男は多くの人間に影響を与えた。その男に共感や友情を抱いていた彼らは、やがて共通の敵に目を向けた。
 黒きカブトムシの戦士────そう、敵は彼ひとり。

「だが、仇は取るぜ……フェイト、ユーノ。それに」

「あの街を愛したドーパント……」

「あいつらの思い、絶対に無駄にはしない」

「「さあ、お前の罪を数えろ!!」」

 その言葉は、いつになく寂しげに響いた。
 この場から友が二人も消えたこと。そして、霧彦の死を二度も感じなければならない痛み。

 そうだ。タカヤが感じていたのはこれなのだろう。
 ”慣れてしまうのが痛い”。


★ ★ ★ ★ ★


「ブレードォッ!! やっと見つけたぞ、随分と梃子摺らせてくれたな」

 と叫びながら現れたテッカマンランスの姿に、そのタワーのロビーで肩を休める二人は顔を上げる。テッカマンブレードは、そして京水はそちらを見ながら、最悪のタイミングで現れた敵の対処法を考えた。
 接近したのは、エビルでなくランスだったのだ。安心したような、期待して損したような不思議な気分である。少なくとも、京水のような仲間がいる場合は、長期戦の可能性のあるエビルとの遭遇は避けたかったが。

「……モロトフ!? 何の用だ!」

「フッ。エビルから伝言を頼まれて来たのだ。島の中央で待っている……とな!」

 困惑する京水をよそに、二人はにらみ合い、互いの言葉をぶつけ合う。
 しかし、ランスにとって最も不安だったのは、タカヤが怪我をしているらしいということだった。
 できるなら、ブレードとエビルの戦闘を見送って、後の戦いを楽にしたいと考えていたランスだ。エビルが一方的にブレードを叩きのめすような展開は好ましくない。

「シンヤと会ったのか……クッ。勿論、あいつとはすぐに決着をつける。……だが、その前に……俺は貴様と決着をつける!」

「愚かな。その姿で何ができる? 第一、今の私は貴様と戦おうという戦意はない」

「なら聞く。お前は何人殺した!? そして、何人殺すつもりだ!? 俺はその全ての命のために、もう一度貴様を消し去る、モロトフ!」



 ブレードは目の前のテッカマンランスを倒さねばならないことを考える。彼はまだ知らないが、ランスは先ほどまでタカヤや京水と行動していた東せつなを殺している。
 だが、両肩を怪我した今戦うのは非常に危険であった。第一、時間も少ない。
 そんな戦況を察してか、ランスはにやにやと笑っていた。仮にブレードがランスの力を上回ったとしても、これでは手を出す術があるまい。
 エビルを倒すには力不足だが、こうして目の前で刃を突きつけてこないのは優越感を感じさせた。

「タカヤちゃん、あれがモロトフちゃんね!? 会いたかったわっ! 素顔を見せてっ!」

 その矢先、京水がまたまた随分と空気を無視してランスの方へと走り寄っていく。筋肉質のオカマが駆けて来るのは、モロトフにとっても誤算だったのだろう。
 一瞬動きを止め、ギョッとしていた。ブレードも片手を伸ばして京水を制止しようとしたが、傷がうずくようだった。

「な、何だ貴様っ!!」

「モロトフちゃん、あなたの相手、私がしてあげるわっ!」

 不敵な笑みを浮かべ、京水はルナメモリを取り出す。
 目的だけはしっかりと頭に刻まれているらしい。今はモロトフを、仲間に引き入れるのではなく攻撃すべきなのだと。
 少なくとも、タカヤをシンヤと再会させるうえで何らかの障害になりうる可能性が高いと思ったのだろう。
 京水はモロトフが漁夫の利を狙っていることなど知る由もないから、タカヤの身を案じる上で、モロトフと戦うのは当然の判断だった。

「さ、タカヤちゃんはこの島の中央にさっさとイッちゃいなさい! モロトフちゃんは私とヤらせて!」

「な、なんだこの下品なオカマは……!」

「ムッキィィィッ!! 今のは駄目よっ! イッチバン言っちゃいけない言葉よ! 私のどこが下品!? 私のどこがオカマ!?」

「どう見ても、下品なオカマだぁっ!」

「あ。もう完ッ全に怒ったわ! もう容赦しないことに決めちゃった! 乙女の意地にかけて……あんた倒して、タカヤちゃんとシンヤちゃんの兄弟どんぶり、いただいちゃうんだからーッ!」

 京水がメモリを額に翳し、ルナ・ドーパントに変身した。
 ありえないほどに伸びきった手に、ランスは少し驚いたが、不気味な怪人を相手に小気味よく
笑っていた。
 これまでの敵と違い、素顔を晒さぬ相手だが、このテッカマンランスの相手ではない……と。

「キタキタキタァッ!! 本日二回目キマシタワーッ!!」

「そのうるさい口を黙らせてくれるっ!」

「さあ、タカヤちゃん行きなさい! そしてモロトフちゃん、あなたは太陽に代わっておしおきよ! おしおきの時間よ!」

 ブレードは、「だが……」と少し躊躇った後、京水の姿を見て、やはりすぐに駆け出した。
 島の中央という場所が決定している以上、京水はしっかりそちらに向かうだろう。
 不安はあるが、モロトフの相手をルナドーパントに任せて、タカヤは走る。
 ルナはその背中を見届けると、味方のいない一対一の戦闘に涎を垂らす。そういえば、ここに来てから味方がいない状態というのは久々だ。

「ルナ・ドーパント! タイマン張らせてもらうわーっ!!」

 ランスは我が目を疑った。
 そう言うルナドーパントの横には、先ほどまではいなかったはずの四体の怪人がいたのだ。
 これは、ルナメモリの能力によって現れたマスカレイド・ドーパントである。

「どこがタイマンだっ!!」


★ ★ ★ ★ ★




「デュァッ!」

 ダブルよりも、杏子よりも、真先に駆け出したのはネクサスだった。
 走り出すと同時に、その姿は銀色の”アンファンス”から、赤いラインの入った”ジュネッス”へと変身する。彼にとって都合の良い形態だった。
 ダブルが、それに遅れて銃を構えた。杏子も槍を構える。しかし、直接攻撃用の武器でありながら、後方でそっとネクサスの動きを待っていた。
 ガドルを掴み攻撃のチャンスを作ってくれるのを待っているのか、それとも吹き飛ばされるのを待っているのかはわからない。ただ、何かを待ちながら構えていた。

「フンッ」

 ネクサスの拳が、ガドルの掌に吸い寄せられるように掴まれた。
 ネクサスが殴りかかろうとした拳を見切り、手を翳した。たったそれだけの動作だった。スローモーションならば、ごく自然に見えるだろうが、ネクサスの拳の速度が風を切る音を鳴らすほどだっただけに、それは異様な光景だった。

(この調子では、ザギバスゲゲルは近いな)

 ベンチに座るダグバはこちらを見ている。混ざりたそうだった。
 しかし、冷静に自分を抑えて選別している。どいつが勝つのかを、おそらく勝手に賭けているのだろう。頭の中で、たった一人で。
 彼が動き出すときといえば、おそらくクウガが現れたときだろう。

「グァァァッ……」

 拳を握られたネクサスは辛そうだった。
 その拳を動かすことができないのである。開くことも、腕ごと引くことも、振りほどくことさえできない。左足がダグバの体を蹴るが、硬さが仇となり、手ごたえがなかった。
 それを見て、待っていた二人が一気に駆け出す。

 トリガーマグナムの銃口から、次々とガドルの体に光が当たる。ものともしない。
 杏子が槍を持って走り出す。が、ガドルはネクサスを盾にするように杏子の前へ差し出した。何もできない。

「ハッ」

 ガドルがネクサスの拳を離す。ネクサスの体から、緊張の糸がフッと切れてしまった。その直後、彼は自分の迂闊さを呪う。
 ガドルの右足から繰り出される何発もの蹴りがネクサスの腹を何度も突く。
 痛みを感じる前に次の痛みが来る。表面よりも、体内が傷むような攻撃だった。ネクサスは、鳴くような声とともに後方に吹き飛んだ。

「チッ……! やっぱり強すぎるな! いくぞ、兄ちゃん!」

 杏子の槍が伸びて、ガドルの体にポカポカと当たる。そう、まさに”ポカポカ”という感じだった。まるで子供の喧嘩に乱入した大人のように平然としていたからだ。
 また、逆方向からはメモリをチェンジしたダブル『ヒートメタル』が、接近して棒術を使う。
 少しだけ効くが、それでもガドルの体に「痛み」を作り上げるには足りなかった。
 ガドルは、一度これの「マキシマムドライブ」を受けているため、少しだけ注意をしたのだ。しかし、それは杞憂に過ぎなかったことを解して、ダブルの顔面に一撃浴びせる。

「痛ぇっ……! なんだか今日は殴られてばっかりだな」

「でも、さっきより痛くないだろう? 翔太郎」

「ああ、そうだな。あいつのパンチの方がよっぽど効いたぜ!」

 ダブルはまたメモリを変える。おそらく、ヒートメタルの効果は薄い。
 電撃系の技は無論効かないし、以前の戦いではマキシマムドライブも今ひとつだった。
 もし、ファングジョーカーやエクストリームになれたらもう少しまともな戦いができたかもしれない。隣に仮面ライダーアクセルがいれば、あるいは……。
 しかし、今はそんな力は全てがない。そんな状態で戦うしかない。



「……杏子! さっき戦ったとき、あいつに弱点らしい弱点はあったか!?」

 試しに杏子に訊いてみる。彼女は、翔太郎が倒れた後も戦い続けたのだから、少しはガドルとの戦闘経験も高いだろうと思ったのだ。

「いや」

 だが、杏子は首を横に振る。弱点らしい弱点は見つからなかったし、あれも交戦と呼ぶには薄かった。

「なら、色々試してみるしかなさそうだな」

「じゃあ、これでいこう」

「あいつの力か。……まあ、いいけど」

 翔太郎が次に変身したのはルナトリガー。黄色と青のダブルが、腕のリーチを何倍にも伸ばしてガドルの顔面にビンタをした。
 その常軌を逸した行動に、ガドル含む三人ほど驚いていたようだが、すぐに腕の軌道を見破られ弾かれる。

「……って、危ねえ!」

 杏子の頭上すれすれを、ルナの腕が振り回されていた。危うく、杏子もこれに当たって吹き飛ばされるところだっただろう。ダブルは「悪ぃ」と謝った後、腕を元に戻す。
 ダグバがベンチから笑いながら見ているのを察して、ダブルは大分頭を苛つかせた。
 ともかく、今は着実にガドルを倒しておきたいと思い、すぐに彼は次の行動に移る。

「杏子、ちょっと離れてろ」

「怪我するよ」

 二人が言った後、少し顔を顰めた杏子が後方に下がる。
 と、同時に杏子は槍をもう一本作り出した。更にダメージを与えるための強化の隙を見たのだろう。
 ガドルは悠然と立っている。不自然なまでに、一歩も動いていなかった。

『TRIGER MIXIMUM DRIVE』

「「トリガーフルバースト!!」」

 一方、ダブルは必殺技の名を叫び、トリガーマグナムから無数の弾丸を発する。
 多方向から銃撃してくる彼の攻撃に、ガドルの体は飲まれた。一体、この爆煙の中で彼は何をしているのだろう。
 やはり悠然と構えているのだろうか。────いや、それは些細な疑問ではない。
 これまでの戦闘を見た感じでは、やはりガドルはこの煙の中から立ったままこちらを睨んでいるのでないだろうか、と思ってしまう。

 その嫌な予感は見事的中した。
 ガドルは何事もなく、立っていた。ただ、立ったまま彼は「痛み」を感じていた。
 ガドルの体の、たった一箇所が少し赤く光った。


「フンッ」

 力を込めると、彼はその光を振り払ってみせた。些細なものだったので、簡単に我慢できる。
 ただ、その位置は感慨深いものがあった。霧彦が斬撃で傷をつけた箇所だったからだ。
 なるほど、彼の一撃は確かに届いていたわけだ。それが、今回のマキシマムドライブで再び現れた。それだけのことだった。

「……杏子ちゃん、翔太郎! 右の脇腹だ! そこを狙うんだ!!」

 その小さな反応に、フィリップだけは気づいた。
 ガドルの右脇腹を照らす小さな光……通常なら見逃すようなものだったし、煙で見えにくかったのだが、彼だけは冷静に弱点を分析しようとしていたため、それに気づき、叫んだのだ。
 それを聞き、ガドルは少し身構えた。

(なるほど。気づいたか)

 面白いと思った。戦闘の中で、最も気をつけるべきは敵の様子だ。
 それを、フィリップはしっかりと分析しており、ガドル本人が気づかれぬように吹き飛ばしたこの痛みにさえ気づいたのだ。
 なるほど、複数が同じ体の中に同居しているというのは、こういう面白味もあるのだ。ダグバが面白いと言うのもわかる。

「ガグガザバ(さすがだな)」

「ハッ。何言ってるかわかんねえぜ、なあフィリップ」

 翔太郎はいつものように少し挑発的な態度をとりながらトリガーに手をかけ戦闘を始める。
 精神面で自分のペースに乗せようと思ったのだろうが、ガドルはそう甘いタイプではない。
 ガドルは一歩前に出ると、敵の銃撃を再び浴びる。だが、その狙いは左脇腹に集中していた。

「ボシャブバ(こしゃくな)」

 その攻撃を、ガドルはその左手を以って跳ね返す。
 剛健な体には無意味な攻撃と言えるだろう。
 だが、そうしてガドルも余裕な態度を取っている中で、そういえばもう一人銀色の敵がいたのだということを思い出す。
 いや、先ほどから薄々とその存在の有無を考えてはいたのだが、気に留めなかったのだ。
 相手にするほど強くもない。逃げたのだろう。と。
 しかし、────

 戦闘の興奮を感じ始めていたガドルに、不意に何かとてつもない危機感が過ぎった。
 ぞくっ、と背筋が凍ったのである。今の一瞬で何かを予感した。
 果たして、それが何であるかはガドルにもわからない。
 ただ、着実に何か自分の体を狙うエネルギーがあることをガドルは直感した。

「ハァッ!!」

 その予感の正体が、直後にガドルの体にダメージとして襲い掛かった。
 ガドルの左脇腹に、ボードレイ・フェザーの連発が命中する。
 後方で、ネクサスは機を狙っていたのである。ダグバは気づいていたが、言わなかった。
 ただ、その一瞬の気の緩みでその攻撃の直撃を受けたガドルを、少し笑っていた。

「何──ッ!?」

 何が意外だったかというと、一撃一撃がガドルの想定外のエネルギー量だったことろう。先ほどのパンチがガドルにとって堪えるものでなかったのに対し、この光刃は確かにガドルの弱点を蝕む攻撃だった。
 ありえない。
 あれほど骨の無いと感じた相手だったのに。
 ガドルの体の、ただ一箇所だけは明らかに不思議な光を見せていた。
 そこは、先ほどから何度も話題に上がっているガドルの弱点だった。



 ネクサスから放たれた光刃が消える。
 果たして、これでガドルを倒したとして、ダグバを相手できるのだろうか。
 その光が消えた先を見ると、ガドルは立っていた。ただ、悠然と立っているというよりは、脇腹を抑えて、体中の力が抜けたように前かがみに立っていた。
 辛うじて、立っていられる状態というところだろうか。

「……行くぜ、フィリップ、杏子、それに銀色の巨人。あいつをブッ倒すチャンスだ」

「巨人? 僕には、全然大きくは見えないけど」

「……確かにそうだな。だが、なんつーか、なんとなく巨人っぽい、みたいな」

 なんとなくだが、なんだか等身大とは思えない仲間だった。ビルの群れの下に、人のいる街の中にいるのが違和感のある戦士だったのだ。
 翔太郎の知る仮面ライダーともドーパントとも違う戦士に、呼称はあるのだろうか。
 少し考えた後、やはりこれからも適当に名前を呼ぶしかないだろうと彼は結論づけた。それより、ガドルと戦うのが優先だ。
 とにかく、ここからガドルを相手に希望を見出し始めた四人の戦いが始まった。


★ ★ ★ ★ ★


「くね~くねくねくね~くね~♪」

 ランスが槍でマスカレイドを突こうとすると、今度は伸びた両腕が絡みついてくる。
 不思議な戦い方をするルナドーパントに翻弄されつつも、純粋に敵に勝つ方法をランスは探っていた。
 本体はルナなのはわかっているのに、ルナを突こうとしても軟体に避けられる。
 まるで、幻と戦っているような手ごたえのない戦いだった。ただ、苛立ちだけがランスの中で溜まっていく。

「おのれ……っ!」

 ランスは肉弾戦を諦め、強行的に肩のエネルギーを蓄える。
 ボルテッカで一掃する準備に取り掛かっているのだ。この戦法は一体一体倒すのが面倒なランスにとっては、非常に手っ取り早い手段である。

「いくら数を増やそうと、ボルテッカを使えばひとたまりも……!! 喰らえ、ボル・「ボル・テッカァァァァ!!」──何ぃぃぃぃっ!?」

 しかし、そんなランスの真横から、焦土を作りかねない一撃が発される。
 ボルテッカを放とうとして隙が出来たランスの体に、どういうわけかボルテッカが発されたのである。
 ルナドーパントも爆風に耐えていた。マスカレイドも巻き込み、周囲の景色は色を失っていく。
 一瞬の出来事に戸惑うランスの体は、すぐに膨大な痛覚の働きとともに、後方に吹き飛んだ。



 そして、地に落ちる瞬間に気づいた。
 これは因縁のブレードのボルテッカだ。かつて、私自身を葬った──



「タカヤちゃん!?」



 力なく体を下ろしたテッカマンブレードの姿に、京水は思わず歓喜した。
 彼が帰ってきたのである。
 おそらく、因縁のエビルと会うこともなく。

「京水。お前の言ったとおり、仲間同士は仁義を果たすものだ!」

 ただ、その言葉がタカヤの中で引っ掛かっていたのである。
 ランスは確かに強い。だから、京水が単独で勝てる相手とは思えなかった。
 仲間として、振り返って助けに来るのは当然だった。

「流石タカヤちゃん、いい事言うわ!」

「これはお前の台詞だ!!」

「残念。花も恥らう乙女はそんな事言いませーん!!」

「なら安心しろ。お前はどこからどう見ても立派な男だ」

 そんなやり取りの最中、眼前でランスが立ち上がろうとしていた。
 助けに来たとはいえ、まずい。
 もう時間がないし、第一、これだけの高層建造物の中でボルテッカを乱発し合えば、崩れ去り周囲に余計な被害を与える可能性も高いだろう。
 今の一撃も、肩部のダメージ残留も一つの原因であるが、かなり威力を加減した部類にある。

「……もういい。行くぞ、京水!」

「え!? 逃げちゃうの!?」

「ああ。まともに戦闘すれば体力と時間の無駄にしかならない」

「……恋の逃避行ね♪」

 タカヤは京水を無視して、ランスが立ち上がる前に走り出した。ランスの追尾を考えて、かなり焦っているように見えた。
 だが、彼らの考えとは異なり、ランスはそれを積極的に追おうとはしなかった。
 彼らの行く先はエビルのもとで確定している。
 わざわざブラスター化の虞のある相手を深追いするべきではない。……あのオカマだけならばまだしも、ブレードを相手にするわけにもいくまい。

「……ともかく、私の仕事は終わったわけか」

 これからどうすべきか。
 無論、優勝のために動くに決まっている。
 そのために、ランスはとりあえず、──

(ブレードの気配の方に向かってみるか。とにかく今は奴を追い、エビルとの戦いで勝ち残った方……そいつを早い段階で倒しておいたほうがいい)

 結局、少し遅れる形でタカヤと京水を追うことに決めた。
 あまり気配を察されるのも困り者であるため、今はとりあえず歩いて向かおうとしている。
 奴等の戦いを見届けるつもりはない。とにかく、勝者をしとめることだけは考えているというだけだった。


 こうして、京水、タカヤ、モロトフは街を外れる形になっていった。





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最終更新:2015年12月26日 02:23