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春田真広

春田真広(はるたまひろ)〈1938年2月~2031年9月〉は、大蔵省外務省官僚、国際審議官衆議院議員(3期)、弁護士

来歴

1938年2月、福岡県福岡市で、陸軍上等兵として出征していた父のもと生まれる。父は、下駄職人であったが、軍役に転じ、戦後は傷痍軍人として駐留生活を送ることができた。

幼少期に、母な急逝したことで、父親の実家で幼少期を過ごす。中学校からは、「傷痍軍人家庭特例奨学金」が存在した全寮制の福岡学院中学校・高等学校に進学する。1956年4月から九州大学法学部に進学。弁護士を志し、「九州大学司法試験研究会」し初代会長を務める。この勉強会は、学生サークルとして設立され、九大最高峰の頭脳と呼ばれる小田伊月(のちの日本大学学術機構総裁)など多くの法律家を輩出する。
大学3年次に司法試験を突破した。大学4年時には、有藤治孝教授のもとで憲法学を学び、官僚への道を開くように薫陶を受けた。1960年4月から司法修習生の2年間を経て、1962年から岡本・吾妻弁護士事務所に勤務した。主に市民運動を支える人権派弁護士として活躍、実務型ではなく研究型の弁護士として活動する。

官僚時代

弁護士として働きながら、1963年1月の高等文官試験行政科に全体2番手で合格し、1964年4月から大蔵省へ入省。中央官庁人事交流計画により、1973年から外務省へ出向する。
1977年の「アジア協同連合国際身柄引き渡し協定」の国際会議には、全権委員会専門職員(併)外務副大臣次席補佐官として出席する。
1992年から大臣官房長を務め、在英日本国大使館書記官に過ぎなかった福田信武駐豪大使に指名した異例の人事で、外交官人事に大きな影響力を誇示した。1994年12月から外務省の首相秘書官として、船中勉内閣総理大臣)を支えた。1997年12月には、高等文官外交科・外務省入省・在外公館長を経験しない者として、初めて国際審議官(次官級公務員)に就任した。

弁護士復帰

1999年3月に退官し、福岡県に帰郷。自由党からの出馬要請を蹴って、旧友の安塚浩大が経営する安塚法律事務所のパートナー弁護士に就任する。2000年に、福岡県知事が設置する日本初の公営法律研究機関である九州法務研究科初代所長に着任する。

衆議院議員

第32回衆議院総選挙衆議院/福岡3区から挑戦して4度目の選挙区落選となった元弁護士駒井信忠自由党の方針で非公認候補となる。自由党/福岡県連合会は、弁護士としての駒井を知っていた春田は、自由党から再三の出馬要請があったことから「小選挙区単独選挙なら出馬する」として出馬を表明した。表明後、党内派閥/華政クラブに入会することになる。2004年8月8日の第33回衆議院総選挙で初当選。第3次山口内閣総務副大臣第4次山口内閣特命担当大臣に就任。
2006年11月の党首公選では、派閥の推す無派閥の山川亮介の推薦人に名を連ねた。

2015年に肺がんで逝去。研究型の人権派弁護士、外務官僚として国際法の専門家、市井の法律研究の発展への貢献、様々な法分野で新たな日本建設に生涯をささげた。

略年歴

1938年 2月 福岡県福岡市に生まれる
1956年 3月 福岡学院中学校・高等学校を卒業
4月 九州大学へ入学
1958年 11月 司法試験合格
1960年 3月 九州大学法学部法律学科を卒業
4月 第35期司法修習生
1962年 4月 福岡県弁護士会に登録
岡本・吾妻弁護士事務所に勤務

1963年 4月 大蔵省へ入省(高等文官行政科)
7月 主計局調査課
1965年 6月 北日本財務局旭川税務署副署長
1966年 10月 旭川税務署長
1968年 10月 主計局調査課主務
1969年 4月 主税局徴収課係長
1970年 10月 主計局主計官補秘書役
1972年 1月 主計局総務課長補佐

1973年 10月 外務省へ出向
大臣官房会計課長補佐
1975年 6月 アジア太平洋局経済課長補佐
1976年 12月 欧州局経済課長補佐
1977年 5月 全権委員会専門職員(併)外務副大臣次席補佐官
10月 領事局外交官課長
1979年 4月 領事局在外邦人課長
1981年 1月 大臣官房人事課長
1983年 6月 外務副大臣秘書官
1987年 5月 外務大臣秘書官事務取扱
1989年 10月 大臣官房付
1990年 1月 領事局長
1992年 4月 大臣官房長
1994年 12月 船中勉首相秘書官
1997年 8月 国際審議官付
12月 国際審議官
1999年 3月 外務省退官

1999年 6月 安塚法律事務所パートナー弁護士
2000年 8月 九州法務研究科初代所長
2003年 9月 自由党華政クラブへ入党
福岡県連衆院福岡3区支部長
2004年 8月 第33回衆議院総選挙において、福岡3区から初当選
総務副大臣第3次山口内閣
2006年 8月 特命担当大臣(領土問題)(国土緑化)(地域未来戦略)(国土強靭化・総合開発)〈第4次山口内閣
11月 特命担当大臣(領土問題)(国土緑化)(地域未来戦略)(国土強靭化・総合開発)〈山川内閣
2007年 7月 内閣官房副長官山川内閣(第2次改造)
2008年 7月 幹事長代行代理
2009年 5月 党幹事長代行
2012年 12月 政権力委員会委員・外務部会長
2015年 8月 第37回衆議院総選挙中に、逝去

選挙歴

選挙 開票日 年齢 選挙区 政党 定数 順位
第33回衆議院総選挙 2004年8月8日 66 福岡3区 自由党 1 1/3
第34回衆議院総選挙 2006年7月30日 68 福岡3区 自由党 1 1/4
第35回衆議院総選挙 2009年5月10日 71 福岡3区 自由党 1 1/2
第36回衆議院総選挙 2012年12月9日 74 福岡3区 自由党 1 1/3
第37回衆議院総選挙 2015年8月2日 77 福岡3区 自由党 1
最終更新:2026年03月29日 21:30