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北方戦役

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北方戦役

北方戦役(ほっぽうせんえき、Northen War)は七耀暦1205年に発生したエレボニア帝国ノーザンブリア自治州の間の戦争である。

概要

七耀暦1205年11月に発生したエレボニア帝国ノーザンブリア自治州に対する軍事侵攻であり、自治州を不法に実効支配する大規模猟兵団《北の猟兵》と、猟兵団に協力する国際犯罪組織・結社《身喰らう蛇》の排除を、帝国は宣戦布告の大義名分とした。
ノーザンブリア侵攻に投入された帝国の戦力は、旧貴族連合軍の主力部隊であり、オーレリア・ルグィン将軍が率いる機甲兵師団であった。
同月中にノーザンブリア自治州首府ハリアスクの陥落に伴い、全土が帝国の占領下に置かれ、そのまま帝国への帰属が決定。
翌12月にノーザンブリアは帝国に併合され、帝国領ノーザンブリア州となった。

背景と経緯こそ複雑ではあるが、実質的にノーザンブリアを併合する事を目的とした帝国の侵略戦争であった。

背景

七耀暦1204年エレボニア帝国の内戦《十月戦役》に、主に貴族連合側の戦力として参加していた大規模猟兵団《北の猟兵》の帝国内における非人道的行為に対して、翌1205年6月、帝国政府は《北の猟兵》の本拠地であるノーザンブリア自治州に対して賠償請求を行なった。
ノーザンブリアの自治州議会は帝国から突き付けられた莫大な賠償請求に混乱し紛糾するが、そんな中《北の猟兵》は突如議会を不法に占拠、自治州を掌握した上で帝国の要求を拒絶した。
また、この際に《北の猟兵》は結社《身喰らう蛇》から供与された大量の人形兵器を配備した。

この事態に対して帝国政府は外交交渉を続ける一方で、同年初頭よりラマール州ジュノー海上要塞で籠城する旧貴族連合軍主力に、内戦後の領邦軍存続に関する交渉での大幅な譲歩の条件として、ノーザンブリアへの侵攻を打診した。
これを受諾したオーレリア・ルグィン将軍率いる旧貴族連合軍主力はジュノー海上要塞から出て、帝国軍情報局鉄道憲兵隊と共にノーザンブリア侵攻作戦の立案を行い、開戦に備えた。

ノーザンブリア侵攻

七耀暦1205年11月3日にエレボニア帝国ノーザンブリア自治州への宣戦布告がなされ、同日早朝に帝国の侵攻が開始された。
帝国のノーザンブリア侵攻軍の主力は、前年に帝国内で内戦を起こした旧貴族連合軍であり、ラマール領邦軍総司令オーレリア・ルグィン将軍とサザーラント領邦軍総司令ウォレス・バルディアス准将によって率いられ、3日後に自治州首府ハリアスクが包囲された。
ノーザンブリア侵攻に帝国政府指揮下の正規戦力はほぼ投入されておらず、帝国正規軍鉄道憲兵隊帝国軍情報局が物資の輸送や後方支援を行った程度である。
首府ハリアスクを包囲下に置いたオーレリア将軍率いる機甲兵師団に対して、《北の猟兵》は多数の人形兵器をハリアスク市街地内に配備し、一般市民の被害を辞さない徹底抗戦の構えを見せた。その為、オーレリア将軍は1週間の猶予を設けて、帝国政府などの交渉による事態の解決を目指し、即ち《北の猟兵》の自発的な降伏によるハリアスクの無血開城を望んだ。
帝国政府の要請により動いた《灰色の騎士リィン・シュバルツァーと彼の駆ける《灰の騎神》ヴァリマール、帝国軍の鉄道憲兵隊、さらには遊撃士協会サラ・バレスタインを始めとする高位遊撃士を数人派遣し、11月12日にはハリアスクの自治州議会議事堂を占拠する《北の猟兵》上層部との交渉または捕縛を狙い行動を行った。
しかし、結社《身喰らう蛇》から供与された人形兵器群がハリアスクの市街地内で暴走、市民を守るための対応に奔走する。
なお、この対応の中、リィン・シュバルツァーは鬼の力を暴走させ、数日間昏睡状態に陥った。

翌13日、交渉期限の1週間を迎え、オーレリア将軍率いる機甲兵師団がハリアスクに進撃。正午ごろにハリアスクの自治州議会議事堂を制圧した。
ハリアスクの陥落と占領を持って、ノーザンブリア自治州全土が帝国の占領下に置かれた。

帝国のノーザンブリア併合

帝国はノーザンブリア占領後、本来の目的であった内戦時の帝国における《北の猟兵》の蛮行に対する賠償請求を行うも、元々猟兵団の外貨獲得により成り立っていたノーザンブリア自治州に帝国への賠償を行う能力は無かった。
七耀教会遊撃士協会から異論は出したものの、同月中にノーザンブリアの帝国への帰属が決定する。
カルバード共和国は終始一貫として帝国を非難していたが、諸外国の大多数は戦争の経緯とノーザンブリアの状況から、帝国への帰属に関しては強く反対を公言する国はなかった。
ノーザンブリア異変》以降、大陸最貧困の地域であったノーザンブリアが、西ゼムリアの超大国となった帝国の統治下になることで、自治州時代には成し得なかった苦境に喘ぐノーザンブリアの住民の生活基盤の再建が行われるとの見方もあったと考えられる。

七耀暦1205年12月、エレボニア皇帝ユーゲントIII世はノーザンブリア自治州の帝国への併合を承認。エレボニア帝国領ノーザンブリア州となった。

帝国政府の既定路線

ギリアス・オズボーン宰相率いる帝国政府は、七耀暦1204年の《十月戦役》において貴族連合側に協力した結社《身喰らう蛇》と対立関係に至り、内戦最終盤にて姿を現したオズボーン宰相が結社の遂行するオルフェウス最終計画の第二段階である《幻焔計画》を強引に”乗っ取った”出来事以降、帝国と結社の関係は決定的なものになった。

恐らく大陸の最貧困地域であり混乱するノーザンブリアには、元々何らかの結社の拠点が存在しており、帝国の北の隣国である同州を放置すれば、帝国本土に対する結社の介入の起点となる事が予想された為、支配下に置いて管理することで、結社の勢力を一時的に帝国外へと追い出す事を目的としていたと考えられる。
また、その後のカルバード共和国との大陸諸国を巻き込んだ全面戦争(《ヨルムンガンド戦役》)を見据えて、共和国領への侵攻コースの一つの確保と併せ、ノーザンブリアに大規模な軍事作戦に耐え得る各種インフラを整備する目的も存在したと思われる。

以上の事柄から、ノーザンブリアが到底払う事のできない額の賠償を突き付け、《北の猟兵》の暴走と結社の協力を誘発して宣戦布告の大義名分を得た上で、領邦軍存続を餌にして旧貴族連合軍の籠城状態を解決し、彼らにノーザンブリアを侵略させて占領後に併合するまで、その全てが当初から帝国政府の既定路線であった。

北方戦役に関係する人物


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