304 :夢から覚めても 1:2006/05/22(月) 05:06:30 ID:gSlkQ5Js
「……と、いうわけで今日はこれまで。言うまでもないが、もうすぐ期末考査だ。休みといえど、気を抜くなよ!」
白髪頭の数学教師はそういってホームルームを結び、教室を足早に出て行った。
彼が扉を閉めた瞬間、教室が一気に喧騒に包まれる。
土日休みを控えた金曜日なので、その喧騒はいつもより大きい。
「ねえねぇ、明日どこ行くー?」
「おわったぁぁぁぁ!」
「とりあえず渋谷行こうぜ渋谷!」
「今週は疲れた……俺は引きこもってやる!誰とも会わんぞ!」
「水着まだ買ってないよー」
「バイトあるんだよなー。まあ、自分で始めたことだから文句は言えねぇけど」
大小悲喜こもごもの様々な声が交錯する中、早々と帰り支度を始める少年がいた。
「おい、ハセヲ」
「何だよ?」
少年に、別の男子生徒が声をかけた。
それなりに親しい間柄だからか、それともそもそもそういう地なのか。
答える少年――ハセヲの口調は砕けたものだった。
「これから渋谷いかね?シルバーアクセのいい店見つけたんだよ」
「んー、わりぃ。今日は約束あるんだ。また今度頼むわ」
「そうか。それにしても、なんかお前最近付き合い悪くね?さては、女が出来たか!」
「ばーか。んなわけねぇだろ」
下世話な友人の言葉をハセヲは鼻で笑って一蹴する。
「ゲームだよ。オンラインゲーム」
305 :夢から覚めても 2:2006/05/22(月) 05:07:38 ID:gSlkQ5Js
ディスプレイを被ってパソコンを起動し、デスクトップからショートカットアイコンをクリックする。
メインメニューからGAME STARTを選択すると、そこには異世界――The WORLDが広がっていた。
ポリゴンとテクスチャで構成されたこの世界で、ハセヲは黒い衣装を纏った錬装士(マルチウェポン)に姿を変える。
ゲームのスタート地点であり、ダンジョンやフィールドエリアへの窓口でもあるこのカオスゲートでは、多くのPCが行き交っている。
ハセヲ同様ログインしてきた者、冒険に繰り出す者、冒険から帰還した者。
「やっ、来たな」
ぼんやりと行きかうPC達をハセヲが眺めていると、不意に後ろから耳慣れた声がした。
振り向くと、そこにはハセヲの待ち人――志乃が立っていた。
「ちゃんと時間通りきてくれたね。えらい、えらい」
志乃はにっこりと微笑み、九九を暗唱できた小学生二年生を褒める先生のように言った。
「当たり前だろ、ガキじゃねーんだから」
あからさまな子ども扱いに不満を感じ、ハセヲが憮然として答える。
彼女のこういう所が、ハセヲは苦手だった。
「うん。それじゃ、行こうか」
そんなハセヲの気を知ってか知らずか、志乃は笑みを絶やさずハセヲにパーティの誘いをかけてきた。
釈然としない気持ちを抱えながらも、ハセヲはそれを承諾する。
手馴れた仕草で志乃がカオスゲートにフィールドを自動生成させるエリアワードを打ち込むと、二人の姿が光に変わった。
306 :夢から覚めても 3:2006/05/22(月) 05:08:43 ID:gSlkQ5Js
次の瞬間、ハセヲの目の前に雨が降りしきる草原が広がっていた。
「さて、はじめよっか。とりあえず、今日中に、習熟度を5にするのが目標ね」
「何でそんなに急なんだよ」
習熟度とは、レベルとは別に使用武器の技能をあらわすパラメータである。
現在のハセヲの習熟度は3。一晩であがらないこともないが、結構な突貫作業になるだろう。
「ジョブエクステンド。クエスト、月曜日で終わりだよ?2ndフォームになったら大剣使いたいでしょ、それまでに双剣を使い込んでおかないと」
「俺、別にやるなんて言ってねぇ」
「そうなの?なら、いいけど。せっかくのチャンスなのに」
錬装士は特殊なジョブで、ジョブエクステンドと呼ばれる期間限定のスペシャルクエストをこなすことで姿を変え、
初期武器である双剣に加えて大剣や鎌を使用することが出来る。
更に戦士系でありながら魔法の使用制限もなく魔力も比較的高めで、一見いいこと尽くめのように見えるが世の中底そこまで甘い話はない。
万能であるがゆえに錬装士に突出した能力はなく、どの武器を極めようとしても本職には叶わない。
また全体的に成長も遅めで、パラメータも平均に留まってしまう。
しかも他種の武器を使いこなせるようになるのはジョブエクステンド後で、それを行っていないハセヲは劣化双剣士にしか過ぎない。
BBSなどでの評判も芳しくなく、好事家の2ndキャラというのが錬装士の定説であった。
ハセヲはキャラメイクの際「いろいろ使えて面白そうじゃね?」と気軽な気持ちで選択したのだが、今ではかなり後悔している。
307 :夢から覚めても 4:2006/05/22(月) 05:09:20 ID:gSlkQ5Js
「………わーったよ。ったく、だりーな」
「うん。それじゃ、行こうか」
なんだかんだといいつつ、不承不承頷いたハセヲに志乃がにっこりと笑った。
すべてを肯定するようなその笑顔がディスプレイ越しにも眩しくて、ハセヲは思わず目をそらした。
このゲームを始めて、彼女と知り合ってから二ヶ月。
ハセヲはいまだに、彼女の顔をちゃんと見ることが出来ない。
「人と話すときは、目、見なきゃ駄目だよ」
「赤ちゃんはね。言葉が話せないから、お母さんの顔、ちゃんと見るんだよ」
「赤ちゃんでも出来ること、君は出来ないの?」
出会ったばかりの頃、そう言われた。
ゲームじゃねぇか、と思いながらもそれなりには気をつけていた。
人の言うことを素直に聞くあたり、可愛いと言えない事もない。
それでも、ハセヲは志乃だけはちゃんと目を見れない。
「だってハセヲ、志乃さんの顔見ないじゃん」
「惚れた女の顔は見られない」
ギルド仲間にもそれでからかわれた事があった。
そのときは軽く聞き流したが、今になって思えば―――
(って何考えてんだ、俺)
中学生じゃあるまいし。自分の考えにリアルで苦笑する。
相手は、ゲームのプレイヤーだぜ?
314 :夢から覚めても 5:2006/05/24(水) 00:51:14 ID:5zOswA+c
そう。「志乃」は、同じネットゲームを遊ぶ、単なるプレイヤー。
それだけの筈だった。それが、なぜこんなことに。
明るく晴れた、日曜日の正午。
大きな窓からは入道雲を従えた太陽が姿を覗かせ、網戸越しに熱を含んだ夏の風が吹き込んでくる。
爽やかなことこの上ない初夏の風景だったが、机で頭を抱えるハセヲの気分は真冬の雨のように冷たく暗澹としていた。
約束の時間まで、あと一時間。遅刻しないためには、そろそろ出かけなければ間に合わない。
しかし、とてもじゃないが体を動かす気にはなれない。
いっそすべてを投げ出して、布団をかぶって引きこもってしまえればどれほど楽だろうか。
まったく、何故こんなことになってしまったのか。
その全ては、ハセヲが先日志乃と交わした約束にあった。
315 :夢から覚めても 6:2006/05/24(水) 00:55:06 ID:5zOswA+c
このところ、ハセヲは何故自分がこのゲームをプレイしているのかわからなくなっていた。
正直、確たる目的意識があってはじめたわけではない。
家庭は裕福だし、高校は有名私立大学の付属だから受験戦争に悩むことはない。
高校二年目なので学園生活自体にも慣れてきているので、毎日は平穏かつ無難なものだ。
強いて言えば多忙な両親が家に寄り付かないのが問題かもしれなかったが、
遊びたい盛りのハセヲにとってはむしろありがたかった。
そんな全てに満たされた日々に、軽い刺激を。
The WORLDを始めたのは、今思えばそんな気持ちからだったのだろう。
しかし、ハセヲが足を踏み入れた「世界」はそんな軽いものではなかった。
敷居の高いゲームシステム、横行するPK、ギルド同士の対立。
初心者で非常な現実から身を守る術を持たないハセヲにとって、お世辞にもThe WORLDは楽しいゲームとはいえないものだった。
そんな世界のなかでハセヲにとって道標となったのが、プレイ初日に出会った変わり者の銃戦士(スチームガンナー)・オーヴァン、
そして彼が主催するギルド・黄昏の旅団だった。
「君には資質がある」
謎の言葉とともにオーヴァンはハセヲを導くように振舞い、誘われるままにハセヲはThe WORLDの深淵へと足を踏み入れていった。
管理者の手が届かないエリア、ロストグラウンド。
用途も意図も不明な謎のアイテム、ウィルスコア。
世界そのものを変革させると言われる伝説の存在、key of the twilight。
それらを捜し求める旅団での日々は、苦難と猜疑、不安に満ちたものではあったが――
それゆえに、ハセヲにとってたまらなく魅力的で、そして輝きに満ちたものだった。
当時は自覚していなかったが、失われた今となってはそれがよくわかる。
探索は停滞し、巨大ギルドTaNとの抗争の果てにオーヴァンは姿を消した。
ギルドマスターを失った旅団は解散し、タビー、匂坂といった旅団の仲間たちはゲームから降りた。
いまやハセヲをこの世界に繋ぎ止めるものは、何もない。
にもかかわらず――ハセヲは、The WORLDにログインし続けていた。
317 :夢から覚めても 7:2006/05/24(水) 00:57:11 ID:5zOswA+c
理由といえる理由が、ないこともない。
旅団のメンバーだった志乃が、まだ残っていたのだ。
解散後も彼女は持ち前の面倒見の良さを遺憾なく発揮し、ハセヲにメールを送り、冒険に誘い続けた。
しかし、それが理由になるのだろうか?
オーヴァンなき今、志乃だけが残っていても何かが出来るわけではない。
事実彼女との冒険は旅団の頃とは違い、ゲームの仕様にのっとった一般プレイヤーのそれと大差ないものだった。
しかし、自分にとってそんなプレイを繰り返すことがどれほどの意味を持つのか?
ハセヲが惹かれたのはあくまでゲームを逸脱したようなオーヴァンと黄昏の旅団であり、志乃やThe WORLDの表層自体には何の魅力も感じていない。
にもかかわらず、ハセヲは送られてくる志乃からのメールを無視することが出来なくなっていた。
最近では志乃からのメールは冒険の誘いのみならず、好きな食べ物や時事、身の回りの出来事など世間話の様相すら呈してきている。
ハセヲはその全てに律儀に返信していた。
(何やってんだろうな、俺)
幾度目になるのかわからないため息をつき、ハセヲは土曜日の夜も約束どおりログインした。
しかし。
「あれ?」
疑問が思わず声に出た。いつも先に来ているはずの志乃の姿が、そこにはない。
(どうしたんだろ)
ハセヲが記憶する限りでは、旅団にいた頃から志乃が約束した時間に遅れたことは一度もない。
遅刻の常習犯だったハセヲとはずいぶんな違いである。
不思議に思いながらも、ハセヲはすぐに気持ちを切り替えた。
「志乃」のプレイヤーもリアルの人間、彼女だって予期せぬトラブルに遭遇することぐらいあるのだろう。
よく考えると、今まで落ち度のかけらもない完璧な人間として振舞ってきた彼女に皮肉を言える機会を得たのだ。
むしろこれは喜ぶべき事態かもしれない。
気をよくしたハセヲは脇においたペットボトルを一口飲み、カオスゲートの前でPCを座らせた。
318 :夢から覚めても 8:2006/05/24(水) 00:59:10 ID:5zOswA+c
しかし。三十分が過ぎても、志乃は来なかった。
他人を、特に異性を待つ時間というのは、実際よりも長く感じられるものである。
それはハセヲにとっても例外ではなく、ここにきて彼の心はざわめき出していた。
「いくらなんでも遅すぎね?」
空になったペットボトルを何気なく振り、ぼそりとつぶやく。
別に遅刻は結構だが、いくらなんでも遅すぎるような気がする。
わけのわからない不安が心の中で広がり、ハセヲは意味もなくPCをうろうろとさせた。
「何だってんだよ」
再び、独り言。
気持ちを落ち着かせようと、手近のショップに買い物に行こうとした瞬間。
カオスゲートが輝き、志乃の姿が現れた。
「ごめん、遅れちゃった!」
彼女はハセヲを見つけるなり、大急ぎで駆け寄る。
PCの仕草同様急いで来たらしく、スピーカーから聞こえる声は息が切れている。
「おっせーよ」
内心では安堵しながらも、正反対の言葉が口をついて出る。
「本当にごめん!」
志乃は何度も繰り返し頭を下げ、ひたすらに謝り続ける。
言い訳ひとつ言わないところが、実に彼女らしかった。
319 :夢から覚めても 9:2006/05/24(水) 01:02:17 ID:5zOswA+c
「べ、別に気にしてねーけどよ。どうしたんだよ」
脊椎反射で毒づいてはしまったものの、素直に謝られるとハセヲはそれ以上責める事は出来ない。
「帰りの中央線が人身事故で止まっちゃって。本当、ごめんね」
「だったらあんたのせいじゃねぇだろ………中央線?」
言いかけたところで、志乃の言葉が引っかかった。
そういえば彼女と知り合って結構たつが、リアルでの彼女は断片的にしか知らない。
「都内?」
「うん。仕事場が御茶ノ水で、住んでるのは中野。ハセヲ君は?」
「俺?横浜」
「へぇ、意外と近くなんだね。私もたまに行くよ」
言葉にこそ出さなかったが、ハセヲも軽く驚いていた。
志乃が近く――というほどの距離ではないが、決して遠距離というほどでもない――に住んでいるというのは
よくよく考えるとありえない話ではなかったが、今まで考えたこともなかったからだ。
(中野、か……)
実際、それほど遠くではない。漫画好きの友人に連れられて、何度か行った事がある。
(だから、何だってんだ)
ハセヲはリアルで頭を振り、不思議な感覚を振り払おうとした。
「志乃」はあくまでゲームのPC。単なる仲間。リアルのことなんて、関係ない。
「それじゃ、さっさと行こうぜ。習熟度、結局5まで行かなかったし」
一瞬でも彼女のリアルに関心を持ってしまったのが気恥ずかしくて、ハセヲはそれを隠すように話題を変えた。
「おっ、やる気だね。どうしたの?」
「別にいいだろ」
急にやる気を出したハセヲに、志乃が今日初めて微笑む。
何気ない会話だったが、このときハセヲは致命的なミスを犯してしまっていたことには気づいていなかった。
320 :夢から覚めても 11:2006/05/24(水) 01:04:08 ID:5zOswA+c
巨大な亀のような生き物が、視界を覆う。
ある種のかわいらしさすら備えた姿だが、これがエリアのボスモンスターなのだからたまったものではない。
それに向かって、ハセヲは黙々と握り締めた二振りの小刀を振るっていた。
ちなみにこれはあくまでゲーム的表現であり、リアルではコントローラのボタンを連打している。
亀を模しているためかとにかく硬いモンスターには、ハセヲの攻撃もなかなか通らない。
それだけでなく、隙を突いて反撃してくるのでハセヲも結構なダメージを受けていた。
「リプス」
HPが半分を切った瞬間、後ろから囁くような声が聞こえた。
同時にハセヲが緑の輝きに包まれ、HPが回復する。後ろの志乃が、回復呪紋を使用したのだ。
「っ!」
ハセヲが再びモンスターに突撃し、勢い任せに双剣を振り上げる。
上手い具合にコンボがつながり、連撃タイミングが表示された。
即座にショートカットトリガーからアーツを起動し、連撃を叩き込む。
「一刀、燕返し!」
ハセヲの叫びとともにPCが舞い、刃でモンスターを切り裂く。
見事にボスのHPがゼロになり、戦闘結果が画面に表示される。
強めのモンスターだったこともあり、連撃ボーナスとともに盛大に経験値が入りハセヲのレベルと習熟度が上がる。
レベルは25、習熟度は5。
「うんうん、強くなったね。これならクエストも大丈夫かな」
お遊戯を綺麗に踊れた幼稚園児を見るような表情で、志乃が笑う。
普段なら苛立っていたところだろうが、レベルが上がってきたのはハセヲ自身も嬉しかったので、このときばかりは悪い気がしなかった。
興味のなかったジョブエクステンドが、いざやるときめたらなんとなく楽しみになってきたのもある。
「さて。私、そろそろ落ちるね」
「え、もう?明日、って言うか今日だけど、日曜だぜ」
昂ぶっていた気分に水を差され、思わずハセヲが言う。
「休みだからって、無理しちゃだめだよ。生活リズムは日ごろの積み重ね」
まるで保険医か何かのようなことを志乃は言う。
「ちぇっ。わーったよ。じゃあ、俺も落ちるかな」
「うん。若いからって、無理は禁物だよ。そうだ、ハセヲ君」
思い出したように、志乃が付け加えた。何気ない口調だったが、その内容はナパーム級の爆弾発言だった。
「よかったら、リアルで会わない?」
321 :夢から覚めても 12:2006/05/24(水) 01:08:57 ID:5zOswA+c
思わぬ奇襲に、ハセヲは普段のようにクールを装う余裕はない。
何故、いったいどこからそうなるのか?
「なんとなく、だよ。せっかく近くなのがわかったんだし」
くるり、と体全体で振り向いた志乃が、ハセヲに顔を近づけてきた。。
その声はいつもと同じ、天使を思わせるようなウィスパーボイスだったが、今のハセヲには悪魔の囁きに聞こえる。
「べ、別にいいけど……いつ、どこでだよ」
「今日とか、どう?渋谷なら、お互いの距離的にちょうどいいと思うんだけど」
「はぁ?」
あまりの急展開に、ハセヲの頭が渦を巻く。よりにもよって、いきなりかよ。
「予定、ある?」
「別にないけど……急すぎね?」
よせばいいのに、ハセヲは素直に答えてしまった。
「私と会うの、嫌?」
「そうじゃねぇけど………」
志乃はハセヲが目を反らせないようにしっかり見つめてきている。
「よかった。それじゃ、待ち合わせはお昼の一時、ハチ公前でいいかな?」
「い、いいけど」
「よかった。それじゃ、服装とか細かい場所は後でメールで送るから」
「わ、わかった」
まっすぐな視線に魅了されてか、ハセヲがもうほぼ無意識にうなずく。
「うん。それじゃ、楽しみにしてるよ」
ハセヲの答えに満足したらしい志乃はにっこりと笑い、ハセヲから離れた。
そのまま二人はボスの隣に配置されていたワープゾーンを抜け、ルートタウンへ戻った。
「ああ、そうそう」
パーティ登録を解除し背中を向けていた志乃が、顔だけで振り向く。
「リアルでも私はちゃんと女の子だから。二十二歳だけど。ネカマじゃないから、心配しないでね」
「別に心配してねーよ」
「ふふっ」
何がおかしいのか、ハセヲの言葉に志乃が笑う。
縫い目のない天の羽衣を幻視させるような、柔らかい笑顔。
いつものようにそれがまぶしくて、ハセヲは目をそらした。
「じゃあね」
そう言って志乃の姿が消え、それに続くようにハセヲもログアウトした。
322 :夢から覚めても 13:2006/05/24(水) 01:10:24 ID:5zOswA+c
画面がデスクトップに戻ると、メールボックスに新着通知があった。
嫌な予感満載で開くと予想通りメールは志乃からのもので、明日の彼女が着ていく予定の服装や細かな場所が書かれていた。
精神的な頭痛を感じてM2Dを外し、思わずハセヲは頭を抱えた。
「………マジで?」
出来れば何かの間違いであってほしかったが、メールまで送られてきてはそんなことはいえない。
志乃と、リアルで会うことになってしまった。
別に、自分に自信がないわけではない。
年頃の高校生らしく服装には気を使っているつもりだったし、顔だってイケメンとは言えずとも、まあ、悪くはないだろう。
それが妙齢の女性と二人きりで会う機会を得られたのだから、普通なら小躍りして喜んだっていいはずだ。
確かに顔はわからないが、ネットでの言動をかんがみれば志乃は相当善人の筈である。
理屈で考えれば、彼女とリアルで会うことには何の問題も見当たらない。
にもかかわらず、ハセヲの心中には不安が春の嵐のように吹き荒れていた。
何かよくわからないが、志乃と会うのはどうにも気が進まない。
いや、はっきり言ってしまうと会いたくなかった。
とはいえ、いまさら断れるだけの理由も度胸もハセヲは持ち合わせていない。
(とにかく、もう寝よう……)
体感時間で一時間ほど頭を抱えた後、ハセヲは何とかPCの電源を落としてベッドにもぐりこんだ。
こんなに嫌な日曜日は、生まれて初めてだ。
323 :夢から覚めても 14:2006/05/24(水) 01:11:30 ID:5zOswA+c
かくして、場面は戻る。
ハセヲが回想という名の現実逃避に身を浸していた間も時計は無慈悲に進み、針は十二時五分を過ぎていた。
(いっそ、フケちまうか?)
思いついて、すぐにそれを自分で否定する。
いや、それはだめだ。約束を破ることになってしまうし、それ以外にも、なぜか行かないといけないような気がする。
「………くそっ!」
大声で毒づいて、ハセヲは体を起こしクローゼットを開いた。
もう、野となれ山となれ。
言っても行かなくても嫌なんだから、いって嫌な思いをしたほうがいいだろう。
それに、フケるのは渋谷に行ってからだって出来る。
そう自分に言い聞かせながら、ハセヲは身支度を始めた。
332 :夢から覚めても 15:2006/05/25(木) 02:50:36 ID:FpsOhbE8
来てしまった自分に半ばあきれ、待ち合わせに行こうとしている自分にびっくりだ。
電車が渋谷駅に着いた時には一時を五分ほど過ぎていた。
時間を過ぎたことでさっさと帰ってくれてれば恩の字だが、彼女の性格からそれは期待できそうにない。
生焼けのピザみたいな気分を抱えたまま、ハセヲはハチ公前へ向かった。
(逃げるなら今のうちだと思うんだけどな……)
頭の中ではそう思いながらも、それとは裏腹に足は進み続ける。
その歩調は、いつもより少しだけ速い。
駅を出てハチ公前にたどり着くと、ハセヲはメールに書かれた服装の女を探した。
なかなか見つからずにきょろきょろしていると、人ごみの中から一人の女性がハセヲに向かって歩いてきた。
白い帽子、同じ色のサマードレス。帽子から覗く髪は、服装とは対照的に黒い。
志乃からのメールに書かれていたものと、同じ姿だ。
「君、ハセヲ君?」
距離が50センチほどになったところで、話しかけられた。
その声は、The WORLDで聞き慣れたウィスパーボイス。
「だったらなんだよ」
「よかった、やっぱりハセヲ君だ」
ハセヲの答えは下手をすれば喧嘩を売っているともとられかねないものだったが、それを聞いた女性はこぼれるように笑った。
「私、志乃。初めまして……かな」
夏場にもかかわらずやたら白い手を、女性が差し出す。
近づいてわかったが、かなりの美人だ。ゲームの「志乃」と同じぐらい、いや、下手をするとそれ以上の。
化粧気は薄いが、顔立ちが冷たい印象を与えない程度に整っており、顔が小さいせいか相対的に目が大きく見える。
よく見ると、PCと同じく左の目元には泣きぼくろがある。
333 :夢から覚めても 16:2006/05/25(木) 02:52:31 ID:FpsOhbE8
「………」
やや気後れしながら、ハセヲがそれを無言で握り返す。
ゲーム同様真っ直ぐ目を見れずに視線を下にそらすと、薄いサマードレスに包まれた胸元が目に映った。
発育しきった大人の女性だということを差し引いても、かなりでかい。
「こら」
「……っ!」
「目、見ないと駄目でしょ。リアルでも同じこと言わせるつもり?」
聞きなれた叱責が飛ぶ。自分へのやましさへの自覚からか、ハセヲは反論できずに黙り込んだ。
「ほんとにゲームと同じなんだね」
志乃があきれたように溜息をつく。
(それはこっちの台詞だっつーの)
そういえば、ゲームの志乃も白い帽子にワンピースだ。
(合わせたってわけか?)
ちなみにハセヲの服装もPCを思わせる黒のノースリーブにジーンズだったが、これはあくまで偶然である。
「それじゃ、ここで立ってると暑いしどっか行こうか。ハセヲ君が遅れたおかげで待たされちゃったし」
意地悪く視線を流してくる志乃から目をそらしながら、ハセヲが頷いた。
まったく、何で俺はこんな炎天下にこんな女と待ち合わせなんぞしてしまったのだろう。
334 :夢から覚めても 17:2006/05/25(木) 02:53:04 ID:FpsOhbE8
「ハセヲ君、高校生?」
「そうだよ。あんたは?」
冷房の効いた喫茶店に入たおかげで少しばかりで気分のよくなったハセヲは、珍しく素直に教えた。
「こら。あんた、はないでしょ」
「はいはい。志乃サン」
いつものように注意した志乃にまったく誠意のこもっていない顔で頷きながら、ハセヲは言い直す。
「何だと思う?」
逆に聞き返された。素直に教えないのは罰のつもりなのだろうか。
そう思いながらも、ハセヲはそれに乗ってやることにした。
「……OL?」
思いついた答えをそのまま口にする。
「はずれ」
「主婦?」
「違うよ、私は独身」
「へぇ………メイドとか」
ネット上だったら間違いなく語尾にwが付きそうな調子で、ハセヲは次の答えを口にした。
独身、という単語になぜか心が反応したためである。
「なにそれ」
笑いながら志乃が一蹴した。
もちろんハセヲにしても本気ではない。ネタである。
「先生?」
今度は本命だ。もうひとつの候補は、看護婦。
「うーん、近い。でもちょっと違うかな」
志乃が形のよい口元を指で押さえる。
数秒考えて、ハセヲは新たな答えにたどり着いた。
「保育士?」
「正解」
志乃がまた笑う。今度はにっこりと。
ハセヲは胸に視線が行かないように顔から目をそらし、手元のアイスコーヒーを口にした。
「それにしても、俺のことよくわかったな。もしかして、それっぽいやつ手当たり次第に聞いてたのか」
「違うよ。声をかけたのは君だけ。待ってるあいだ、声かけてくる人はいたけどね」
やはりからかうような調子のハセヲに、志乃がきっぱりと答える。
「じゃあ、何で」
予測していなかった答えに、ハセヲが面食らう。
「女の勘、かな」
志乃が目を見せて口だけを吊り上げて笑う。
その仕草が妙に色っぽくて、ハセヲはまたまた視線をそらした。
すると今度はむき出しの細い肩が目に入ってしまい、冷房の聞いた店内にもかかわらずハセヲは頬に熱が集まるのを感じた。
よく見ると肌もあらわなサマードレスは結構大胆な服装で、目のやり場に困る。
胸と素肌を視界に入れないようにするには、顔を見るしかない。
まさか、この女そこまで計算して来たのか?
335 :夢から覚めても 18:2006/05/25(木) 02:55:09 ID:FpsOhbE8
結局志乃とはその後一時間ほどお茶を飲んで、そのまま別れた。
リアルでの初対面としては、こんなものだろう。
ネット初心者のハセヲは他に事例を知らないので、比較できないが。
帰り道の東急東横線の車内で、ハセヲは傾く日を眺めながら機嫌よく携帯のメディアプレイヤーで音楽を聴いていた。
そう、いざ会ってみれば信じられないぐらい楽しかった。
ひたすら「目を合わせて話しなさい」「あんたって言うのやめなさい」と説教されてたし、
帰り際に思わず「もう?」とか言ってしまい「もっと一緒にいたい?」とからかわれたりもしたが―――
そんなことは、問題にもならない。
こんなに上機嫌になったのは、本当に久しぶりだった。
聞いていた曲がちょうど終わったところで、音楽が中断されメールの着信を知らせた。
隣の中年男が派手めな着信音に渋い顔をしているが、気にしない。
携帯を開くと、メールは差出人は七尾志乃―――先ほど携帯のアドレスを交換したリアルの志乃だった。
クリスマスの朝目を覚ました子供のようにメールフォルダを開くと、
彼女らしい丁寧な調子で今日は楽しかった、今度はハセヲから誘ってねと社交辞令的なことが書かれていた。
「俺も楽しかったぜ。コーヒーセットおごってもらえたしなw」とハセヲにしては珍しく早々と返事を送り、携帯を閉じた。
自宅まで電車で後三十分ほど。ハセヲはいい気分を壊さないようにシートにもたれ、イヤホンから流れてくる音楽に集中した。
シャッフルで当たった曲は、なぜか最近流行のラブソングだった。
344 :夢から覚めても 19:2006/05/27(土) 00:10:16 ID:D5iqy8iR
授業がいつもより早く終わる月曜日、志乃との待ち合わせよりも二時間も先にハセヲがログインしたのは、ちょっとした思い付きだった。
今日はジョブエクステンドイベントの最終日。このイベントには、エクステンドを希望する錬装士一人で挑まなければならない。
今までの特訓も、全てこのためのもの。なんだかんだ言いつつ、ハセヲはソロプレイの経験が浅い。
ハセヲはぶっつけ本番でいいじゃん、と思ったのだが、「備えあれば憂いなし」を熱心に説く志乃に諭されて今まで彼女のサポートの元、特訓を繰り返してきた。
彼女がやってくる前にクエストを終わらせ、新たな姿で出迎えてささやかな驚きを与える。
それは今まで志乃に世話を焼かれるばかりだったハセヲにしてみれば、なかなか魅力的なアイデアだった。
しかし。
「何でいるんだよ……」
クエスト受領のついでに立ち寄った中央市場。そこには、いないはずの志乃の姿があった。
彼女はご丁寧に買い物鞄型のアイテム(買い物中の主婦がもっているような、アレである)を下げ、どこかのギルドショップの女性PCとなにやら話し込んでいた。
顔をあわせずに済ませられれば結果は同じだ、と思い直しても独り言を呟いてしまった後ではもう遅い。
志乃は目ざとくハセヲに気づくと、店員との会話をいったん止めて「あ、ハセヲ」などと手を上げて声をかけてきた。
ハセヲは母の日に贈るカーネーションを買っているところを目撃された小学生のような気分で、志乃に向かって歩き出した。
「仕事じゃなかったのかよ」
「今日は早く終わったから。ハセヲ君こそどうしたの?早いね」
まさか志乃を驚かせたくて急いで来たなどとは言えず、ハセヲは押し黙った。
今になってみれば、我ながらずいぶん恥ずかしいことを考えたものである。
「言いたくない?」
「どうでもいいだろ」
いつものように毒づいたハセヲを見て、何が嬉しいのか志乃がにっこりと笑う。
真相を知った上で犯人と話をする時、名探偵はこんな顔をするのだろう。
345 :夢から覚めても 20:2006/05/27(土) 00:11:14 ID:D5iqy8iR
「志乃さん、この子誰?」
それまで黙っていた店員が、ハセヲを指して唐突に口を開いた。
「旅団の仲間。錬装士のハセヲ。BBSで話題になってたこともあるんだけど、聞いたことない?ハセヲ、こちらはギルド・アナハイムのリンさん」
「あー、あの<魅惑の黒い錬装士>。へー、そっかぁ、道理で旅団が解散したのに志乃さん復帰しないわけだ」
何を勘違いしたのか、リンが姉の逢引現場に出くわした女子中学生のようににやにやしながら納得する。
「うーん、それだけじゃないんだけどね。とにかく、みんなにもよろしく言っといて。じゃあね」
「はーい。ハセヲ君、がんばんなよー」
リンの冷やかしを受け流し、志乃はギルドショップを後にした。
ハセヲは一瞬迷うが、結局カオスゲート以外行くところもないので志乃の後を追う。
346 :夢から覚めても 21:2006/05/27(土) 00:12:25 ID:D5iqy8iR
「旅団以外のギルドにも入ってたんだな」
「うん、色々ね。旅団が出来たときに全部やめちゃったけど」
志乃の性格を考えれば、わからない話ではない。
気配り上手で面倒見がよい志乃の性格はギルド運営に有効この上ないものだろうし、それに加えてPCもかなりの高レベルだ。
実際、単独行動が多く社交性ゼロのオーヴァンにかわって黄昏の旅団を実質取り仕切っていたのは彼女だった。
「何で復帰しないの?」
「ハセヲが心配だから……かな」
そう言って、志乃はわずかに微笑む。
モナリザもかくや、と思わせる完璧な微笑だったが、
ハセヲにはその言葉に冷蔵庫から既製品のドレッシングを選ぶような響きを感じた。
「ほんとかよ」
「当たり前じゃない。タビーも、匂坂君ももういない。これ以上、仲間がいなくなるのは嫌だよ」
わずかに怒気をはらんだ声。
思わぬ反応に、ハセヲが体を引く。
それからしばらく、二人の間に沈黙が流れた。
M2Dのスピーカーからは明け方のカラスのような見知らぬプレイヤーたちの会話だけが響き、ヒバリのせずりを思わせる志乃の声は聞こえない。
「……悪かったよ。ごめん」
沈黙に耐えられなくなったハセヲが、搾り出すような声で沈黙を破る。
「……ううん、私もごめん」
引きずられるように、志乃が答える。
その声からリアルの彼女の悲しそうな顔を想像してしまい、ハセヲは今更自分の発言の無神経さに気づいた。
餌をやるのを忘れて金魚を殺してしまった、子供のように。
347 :夢から覚めても 22:2006/05/27(土) 00:13:06 ID:D5iqy8iR
「そうだ、ハセヲ。クエストはどうするの?」
重たくなった空気を払拭するためか、努めて明るい口調で志乃が話題を変えた。
「やるよ。もうクエスト登録してきた」
「そうなんだ……頑張ってね」
わずかに口元を吊り上げ、志乃が微笑む。
「ああ、せっかく特訓したんだしな。一気に片付けてくるよ」
ようやく笑ってくれた志乃に内心ほっとしながら、ハセヲもいつもの調子で答えた。
「頼もしいね。そうだ、これ。餞別」
思い出したように、志乃がハセヲにアイテムを渡す。
鍛錬ノ書・耐。
物理防御力をわずかながら永久的に向上させる、いわゆるドーピングアイテムだ。
この種のアイテムの常として、結構なレアリティを持つ。
「いいのかよ」
「いいから。人の厚意は、素直に受けるものだよ」
先ほどのことを引きずってか柄にもなく遠慮したハセヲに、これまた珍しく押し付けるように志乃がアイテムを握らせる。
「……わかったよ」
複雑な表情で、ハセヲがアイテムを受け取る。
「うん。あと、それから……」
「まだなんかあるのかよ」
ソロプレイの心得でも聞かされるのかと思い、ハセヲが身構える。
しかし、それはまったくの見当違いであった。
348 :夢から覚めても 23:2006/05/27(土) 00:14:46 ID:D5iqy8iR
「これは、おまじない」
言い終わる前に、志乃がハセヲの頬に口付けた。断っておくが、もちろんPCのアクションである。
「なっ……!」
突然の行動に、ハセヲが口を思わず開き呆気にとられる。
これは、リアルの話。
「だから、おまじない」
志乃が視線をそらすようにうつむき、先ほどの言葉を繰り返した。
なんだか恥ずかしがっている……ようにも見える。
「あ……ありがと」
やっとのことで答えたハセヲに、志乃が頷く。
「それじゃ、行ってらっしゃい」
のろのろと歩き出したハセヲを、志乃が見送る。
息子を送り出す母のように、あるいは夫を見送る妻のように。
ドームへ向かう途上で、ハセヲは片手をコントローラーから離し頬に当てた。
ゲームの中でのことにも関わらず、そこにはリアルな唇の感触が残っているような気がした。
382 :夢から覚めても 24:2006/05/29(月) 00:30:47 ID:sX1GhNcD
別に「おまじない」のおかげというわけでもないだろうが、クエストは思ったよりもあっけなくクリアできた。
妙な仕掛けがあったのでそれには多少手間取ったが、戦闘で苦戦することはなかったしPKに襲われることもなかった。
クエスト用のダンジョンはレベル20程度を想定しているので当然といえば当然の結果だったが、
準備の手間を考えると少し物足りないような気がする。
ともあれ、ハセヲはクエストをこなし、ジョブエクステンドを無事に果たした。
ダンジョンからクエスト屋に戻りると、NPCからのメッセージとやたら手の込んだエフェクトともに
ハセヲの姿が第二形態――2ndフォームへと変わる。
見た目の変化としては尻の辺りから飾り布が伸び、二の腕と手首にアーマーが追加されている。
更にへそだしがなくなり、肌の露出が少なくなったことで全体的にごつい印象を与えるようになっている。
印象としては駆け出しの若手冒険者が実戦経験を積み、それに即した装備へ衣替え――といった感じだろうか。
装備品にもそれを現すように、キャラメイク時に選択した大剣が追加されている。
「おお……」
視界に移った己の新たな姿に、ハセヲが思わず溜息を漏らす。
初ログイン以来久しく感じていなかった感動が、心に押し寄せた。
初日のPK以来すっかり無気力になってしまっていた感があったが、この少年、もともとは結構な感動屋である。
「おめでとう、ハセヲ」
聞き慣れた声に振り向くと、いつの間にか志乃の姿があった。
にっこりと笑い、ぱちぱちと拍手を鳴らしている。
「ああ。ありがとう、あんたのおかげだ!」
ハセヲは先ほどの戸惑いも忘れて志乃に駆け寄ると、彼女の手をとって乱暴に上下させた。
いつもならこういう仕草に自分に対する子ども扱いを感じて反発するところだったが、
エクステンドの喜びがハセヲを麻痺させていた。
「ふふふ。そんなに喜ばれると、こっちもなんだか嬉しくなるよ」
されるがままに、本当に嬉しそうな口調で志乃が言う。
たっぷり一分ほど振り回した後、ようやくハセヲは手を離した。
「それじゃ、これからどっかエリアに行く?大剣使ってみたいでしょ」
「ああ。エリアワードはお任せするぜ」
志乃の誘いに、ハセヲが二つ返事でOKする。
ゲームは遊びであって楽しいものであり、
仲間はそれを共有するものだという当たり前のことを、ハセヲは今更の様に思い出していた。
383 :夢から覚めても 25:2006/05/29(月) 00:31:40 ID:sX1GhNcD
(まずは取り置きしてもらっておいた兎湾+3を受け取って……レベルどこまであげっかな。アリーナに行ってみるのもいいな。そういや、「痛みの森」はもうすぐか)
ジョブエクステンドから四日が過ぎ、週末の足音が聞こえても、ハセヲのハイテンションは持続していた。
その証拠に、この日も帰りのバスの中で一心不乱に今日の大雑把な計画を練っている。
この四日間、ハセヲは欠かさずThe WORLDにログインしていた。それも、自発的に。
まずは志乃との待ち合わせありきで、
彼女に付き合う形でプレイしていた月曜日までの彼のプレイスタイルを振り返れば驚くべきことである。
理由は単純で、The WORLDが楽しいから――だった。
新しい武器を使うのはそれだけでなかなか楽しいし、
更にこの先に新たな姿と武器――3rdフォームが待っていることを考えれば経験値稼ぎも苦にならない。
それに飽きたら一息ついてタウンで他のPCの様子を眺めてみるのも愉快だったし、
中央区のギルドショップをあれこれ回ってみるのはリアルのショップめぐりに通じる面白さがある。
一番楽しかったのは、襲ってきたPKを返り討ちに出来たことだ。
初日にだまし討ちにあった挙句なぶりものにされたハセヲにとってPKはいわばトラウマで、
それを自力で撃退出来たことはハセヲに認識を変える契機となった。
そう。強くなれば、PKに襲われても負けることはない。
単純な定理だったが、それはハセヲにとって聖パウロの回心にも匹敵するパラダイムシフトだった。
世界は変わらないが、それに合わせて自分を変えることは出来る。
初めてカラーテレビを見た少年のように、ハセヲはThe WORLDを無心に駆け回っていた。
おかげでここ数日は、気が付けばThe WORLDのことを考えるようになっている。
実は期末テストが近かかったが、授業はそれなりに聞いているし頭も悪いほうではないので怖くはない。
むしろ学校が午前中に終わりその分をゲームにまわせるので、楽しみなぐらいだ。
384 :夢から覚めても 26:2006/05/29(月) 00:34:40 ID:sX1GhNcD
(となると、今日はやっぱレベル上げ優先か。九時からは志乃も来るって言ってたから……)
「えーなにそれー、マジキモいんだけどー」
「マジマジ、超マジ」
突然、ハセヲの幸福な皮算用が不躾な声で破られた。
意識を現実に戻しすと、後ろの席に座った女子高生らしき制服の女二人組が大声で喚き散らしていた。
帰宅ラッシュになるこの時間帯では別に珍しいことではないが、イヤホンをかけ忘れた耳にはひどく不快だった。
(ったく、どうして女子高生ってのはこうバカばっかなのかね。少しは志乃みたいなのを見習って……って)
イヤホンを耳に掛けながら文字通り姦しいクラスメイトの女子の姿を思い浮かべて、志乃の事を想った瞬間。
ハセヲは自分の考えていることに戸惑った。
(何でここで志乃が出て来るんだよ)
確かに志乃は包容力があって声が綺麗で、
にもかかわらず茶目っ気も忘れずその上見目麗しいという女性の美点を結晶させた、
まさに美の女神ラクシュミが化身するとすればこんな女性だろうと思わせるほど魅力的な人物だが―――
(これじゃ俺があいつに惚れてるみたいじゃないか)
確かに、志乃はいい女だ。それはわかる。
しかしそれが即恋愛の対象に繋がるかといえば、そうではない。
あの母親と言うか、姉と言うか――そんなかんじの、ハセヲを子ども扱いした態度はいまいち好きにはなれないし、
そもそもハセヲにとって年上は趣味ではない。
彼女にするなら同い年か一つ二つ年下の、大人しい女がいい。
学校では飼育委員をやっていて、休み時間は図書館でサンテグ・ジュペリを読んでいる様な、そんな女だ。
家では小鳥を飼っていたりすると、なおポイントが高い。
大体、彼女にはオーヴァンがいる。自分では釣り合わないだろう。
あのキスだって、弟かペットにするような気持ちだったのだろう。
(何考えてんだ、俺)
こうして考えていること自体が意識してしまっている証拠だ。
恋愛経験の少ないハセヲだったが、それぐらいは心得ている。
できるだけ志乃のことを考えないようにしながら、ハセヲは流れてくるメディアプレイヤーの音楽に集中しようとした。
シャッフルで当たった曲は、運悪く少し前に流行ったラブソングだった。
守ってあげたいとか、そんな少しくさい歌詞がひどく耳障りに聞こえた。
401 :夢から覚めても 27:2006/05/31(水) 04:03:11 ID:WQvIWtHK
携帯電話の着信音で目が覚めたのは、日曜の午前十一時だった。
普段ならハセヲは日曜であっても九時ぐらいには起きているのだが、
この日はThe WORLDで半徹しまった為眠り続けていた。
ちなみに期末テストの開始は火曜日。勉強はまったくしていない。廃人化の兆候である。
ともあれ今日は昼まで寝るつもりでいたのだが、
なんだかんだいいつつ人のいいハセヲは電話を無視できなかった。
這い出うように手を伸ばして電話を取り、相手を確認する間もなく通話ボタンを押す。
「……もしもし」
「あ、ハセヲ君?私、七尾志乃」
天使の囁きが聞こえて、眠気が一瞬で飛んだ。
確かにメールアドレスと一緒に電話番号も交換したが――何故?
(落ち着け、俺。まずは相手の出方を見るんだ)
心の中で自分に言い聞かせながら、ハセヲはベッドの上で上体を起こした。
「おーい。聞いてる?」
「……何だよ」
「ちょっと用事で横浜まで来たの。よかったら、お昼一緒にどう?」
耳を澄ますと、志乃の綺麗な声に混じって車や通行人のものと思しき雑音がする。
別に疑うわけではないが、言ってることは本当のようだ。
「……………」
あまりの衝撃の大きさに、ハセヲがしばらく黙り込む。
「駄目かな?」
子供が拾ってきた捨て犬を親に見せる時のような、少し悲しそうな声。
いや、駄目と言うわけではないが、どうしてこいつはいつもこう突然なんだ。
「別にいいけどよ」
「よかった。別の友達と会う約束してたんだけど、急に駄目になっちゃって。一人でお昼って言うのも、味気ないから」
渋々と言う感じで安堵したらしい志乃が、聞いてもいないのにわざわざ事情を説明した。
(ってゆうか俺、代役かよ。まさか友達って、リアルのオーヴァンじゃねぇだろうな)
「で、俺はどこに行けばいいわけ?」
急に不機嫌になったハセヲが、半ば投げやりな口調で言う。
「誘ったのは私だし、ハセヲに任せるよ」
志乃はハセヲのそんな思いに気づくわけもなく、無邪気に答える。
「じゃあ、横浜駅の東口で待っててくれ。一時間ぐらいで行く、着いたら電話入れる」
「うん」
そう言って、電話は向こうから切られた。
「よいしょっと」
思わず声に出してハセヲは起き上がり、シャワーを浴びるべく部屋を出た。
なんだか先週もこんな展開だったような気がしたが、ハセヲはもはや考える気になれなかった。
402 :夢から覚めても 28:2006/05/31(水) 04:05:56 ID:WQvIWtHK
待ち合わせの場所に行くと、すぐに志乃は見つかった。
彼女は先週とは打って変わって橙のロングスカートに薄手のカーディガンと言ういでたちで、髪型も少し変えている。
エキゾチックと言うか、独特の装いであるにもかかわらず浮ついた印象を与えないのは、
程よく整った清楚な顔立ちのおかげだろうか。
「あ、ハセヲ」
彼女のほうもハセヲを見つけたらしく、手を振って合図してくる。
何故だか少し恥ずかしい気持ちになりながら、ハセヲは志乃の元へと歩いていった。
二人はそのまま二言三言他愛のない話をした後、近場のイタリアンレストラでランチセットを食べることにした。
高校生と社会人の男女二人組としてはまあ、それなりに洒落た昼食ではあるだろう。
「いきなり誘っちゃって、ごめんね」
器用な手つきでフォークにパスタを巻きつけながら、志乃が口を開いた。
先週あったときも感じたことだが、この女性は仕草の端々が綺麗でさまになっている。
「別にいいよ、暇してたし」
見惚れている内心を隠しながら、ハセヲがそっけなく答える。
「………誰と会う予定だったんだ?」
「気になる?」
「別に」
ハセヲの問いに、志乃が口元を意地悪く歪めた――ような気がした。
「タビーだよ。旅団の」
「タビー!?」
見知った名前に、ハセヲが思わず声を荒げる。
彼女は旅団が解散したゴタゴタで、Bセットや匂坂と一緒にThe WORLDを去ったはずだが――
「先週のたまたまログインしてるの見かけたの。まだちょっと迷ってるみたい」
道理で先週志乃をあまり見なかったわけである。パーティに誘おうとしても、busy状態になっていることが多かった。
おかげで回復を全部自前でしなければならず、結構大変だった。
「色々話をしてね。横浜なのがわかったから、今日はリアルで話そうってことになったんだけど」
「逃げられちまった、ってわけか。でもよ、だったら俺にも言ってくれればいいのに」
「うーん、私もそうしようと思ったんだけどね。なんだかタビー、ハセヲには顔をあわせづらいみたい」
「そんなもんかね。にしても意外だな、あいつにそんな神経があったなんて」
正直、タビーにそういう繊細なところがあるとは思わなかった。
旅団にいたころの彼女には結構ずけずけとものを言う、竹を割ったような性格と言うイメージがあったのだが。
「ハセヲ、それ失礼だよ」
「そうか?」
「そうだよ。あの年頃の女の子って、みんなすごく繊細なんだから」
「へぇ」
たしなめるような志乃の言葉を、ハセヲは鼻で笑って受け流す。
確か、タビーは自分と同い年だと言っていた。一昨日バスの中で見かけた女どもを思い出してみる。
(ありえないだろ、ああいうのが繊細だとか)
志乃はまだ何か言いたそうな顔をしていたが、
やがてあきらめたらしく手元のクリームスパゲッティを口に運び始めた。
403 :夢から覚めても 29:2006/05/31(水) 04:06:48 ID:WQvIWtHK
二人が無言のまま皿を空けると同時に、店員が食後のエスプレッソを置いていく。
ハセヲはコーヒーが苦手だったが、見栄を張って一口で飲み干した。
口の中に苦味が広がり、顔が自然と歪む。
「まあ、でもこうしてハセヲとデートできたからね。別に損はしなかったかな」
ハセヲのそんな姿を見て、冗談めかして志乃が笑った。
「デ、デートっ!?」
思わぬ志乃の発言にハセヲが顔を真っ赤にした。
「姉弟でも親戚でもない年頃の男の子と女の人が休日に二人でご飯を食べてたら、デートって言っても間違いじゃないと思うけど?」
志乃は相変わらずペルシャ猫のような優雅さでコーヒーを飲み干すと、笑いながら言葉を続ける。
「……あんた、絶対からかってるだろ」
「ふふふ、さあ」
耳朶を真っ赤に染めたままうつむいたハセヲに、志乃が笑いかける。
やっぱり、こんな女好みじゃない。
408 :夢から覚めても 30:2006/06/01(木) 06:03:08 ID:kQXKTB/e
それからハセヲは、極めて不本意ながら志乃の横浜観光に付き合う羽目になった。
本当は食事を終えたらさっさと帰るつもりでいたのだが、志乃の誘いを断りきれなかったのである。
別に「私とデートするの、嫌?」という言葉に惑わされたつもりはない。断じてない。
果たして服を買うのに付き合わされたり、美術館に連れて行かれたりしているうちに時間は過ぎ、
臨海公園のベンチでやっと一息つけたときにはあたりがすっかり茜色に染まっていた。
志乃はまったく疲れた様子もなく、寄ってくる鳩にパンをちぎってやっていた。
何が楽しいのか、たまにハセヲを振り返ってにこにこしている。
これ以上志乃を眺めていても仕方がないので、ハセヲはベンチに深くもたれかかって目を閉じた。
子供のころ家族で遊園地に遊びに行ったとき夕方になって父だけが椅子に座って熟睡していたことがあったが、あの気持ちが今ならわかるような気がする。
(なんかもう、こんなんばっかだな)
暗闇の中に意識を浸しながら、ハセヲは今までのことを振り返って苦笑した。
今思えばオーヴァンにも相当振り回されたが、ここ最近の志乃も相当のものだ。
しかもあくまでわが道を行くオーヴァンとは違って、優しく誘ってくるから性質が悪い。
断ったらなんだか悪いような気がしてしまうのだ。
だからといって、本気で嫌なわけではない。
自分で認めるのはなんとなくしゃくだが、なんだかんだいいつつ志乃と一緒にいるのは楽しいのだ。
The WORLDでも、そしてリアルでも。
ただ、それがどういう感情に根ざしているのかがよくわからない。
今までの例からすると恋愛ではないだろうし、仲間意識というには力関係に差がありすぎる。
戸惑ってしまうのは、それが理由なのだろう。
自分の気持ちがわからないというのは、なんとも情けないと話だが――
「こら」
耳元で志乃の声が聞こえると同時に、冷たい感触が頬に当たる。
慌ててハセヲが飛び起きると、隣に座った志乃がジュースのスチール缶をハセヲの頬に当てていた。
「若いくせにこのぐらいでへばってどうするの。ほんとにデートするときそんなんじゃ、女の子に嫌われちゃうよ」
「別にいいだろ、そんなこと」
差し出された缶ジュースはしっかり受け取りながらも、ハセヲは志乃の諭すような言葉に反発する。
ほんとにデートするとき、という言葉が引っかかった。
別に、ハセヲだってデートのつもりではなかったのだが、そう言われるとなんだか引っかかる。
志乃はため息をつくと、片手で握った自分用の缶を空けた。
最近ようやく日本でも販売が始まった、ドクターペッパーのバリエーションだ。
ハセヲも一度だけ飲んだことがあったが、本家に比べて更に形容不可能な味がする怪しげな代物である。
酷い趣味だと思ったが、口には出さずハセヲは黙って自分の缶を口に運んだ。こちらは無難にごく普通のアクエリアスである。
しばらく、無言の時間が流れる。潮の匂いを含んだ風とジュースの冷たさが、心地良い。
409 :夢から覚めても 31:2006/06/01(木) 06:03:41 ID:kQXKTB/e
「ちょっと歩かない?海が綺麗だよ」
「あ、ああ」
ドクターペッパーを飲み終えた志乃が、立ち上がってハセヲの手をとった。
促されて、ハセヲも立ち上がる。
顔に熱が集まるのが自覚できたが、あたりが夕日で照らされているおかげで目立たないのが幸いか。
志乃に引っ張られるままに歩くと、海に面した公園の縁にたどり着いた。
「わぁ……」
黄昏に染め上げられた海の光景に、ハセヲが思わず声を漏らした。
落日が燃える炎のように海を真っ赤に染め、彼方に覗く見慣れた街並さえも新鮮なものに見えた。
「綺麗だね」
「ああ」
ハセヲの気持ちを代弁するように、志乃が呟く。
このときばかりは、ハセヲも素直に頷いた。
本当に、綺麗だ。
「ハセヲってさ、もしかして毎日が退屈だって思ってない?」
海を見つめたまま、志乃がおもむろに口を開いた。
「何だよ、いきなり」
「……私もハセヲぐらいのころは、そうだったから」
梅雨時の大気のような声で、志乃が言葉を続ける。
「別に具体的な不満があったわけじゃないんだけど。いや、だからかな。毎日が退屈な繰り返しに思えて、すごく退屈だった」
一瞬風が吹き、志乃の髪を揺らす。
「それから逃げたかったのかな。そのころはR-1だったけど、The WORLDを始めた」
俺と同じだ―――自分とは遥か遠いと感じていた彼女の思わぬ言葉に、ハセヲは言葉をなくす。
「最初はわからない事だらけで大変だったけど、一年もしたら慣れて来た。いろんな人とも知り合って、オフで会ったりもして、すごく楽しかった」
黙り込んだハセヲを見る事もなく、志乃は独り言のように話し続ける。
「でも、しばらくしてあの事件が起こった。CC社の火事でサーバーが焼けて、The WORLDがサービス停止。それまで育てたPCも、仲間も、全部なくなっちゃった」
傷痕に触れるような、志乃の声。
「それで何にも手につかなくなっちゃって。可笑しいでしょ、ゲームのことなのに。それでそのころ付き合ってた彼にも、振られちゃった」
自分の言葉に、志乃が笑う。いつもと同じ笑い方だったが、それがどこか痛々しさを感じさせた。
「でもね。そのことがきっかけで、気づけたんだ。変わらないものなんて――退屈な繰り返しなんて、どこにもない。どんな時間も、必ず終わる。だから今はかけがえのないことなんだって」
目を一瞬閉じ、再び志乃が口を開く。今度は、確信するような強さを込めて。
「それから、かな。リアルの世界が、今までと違って見えるようになってきた。見慣れていたはずの景色がすごく綺麗に見えるようになった」
普段なら反発するような、夢見るような言葉。しかし、ハセヲは何も言うことができなかった。
そんな気持ちに、なれなかった。
「ゲームも同じ。お祭りは、いつか終わる。だったら、その間にできるだけ楽しまないと。それに」
なびいた髪を掻き揚げる志乃。
「本当に楽しかったのは、大切なのはゲームじゃなくて、その向こうにいるプレイヤー。だったら、本当は何も失われてなんかいない。だから、もう一度The WORLDを始めることができたの」
志乃が急に体を踊らせ、ハセヲの前に立つ。
「これが、私にとってのThe WORLD。だから」
ハセヲは、志乃の言葉を、思いをただ受け止めることしかできない。
「あの時、言ったの。やめちゃ駄目だよ、って。ハセヲは、あのころの私に似ていたから」
夕日を背に、言葉を結んだ志乃が笑う。
心臓が、一瞬止まった。
夕日に照らされたその笑顔は、ハセヲが見てきたどんなものよりも鮮やかで、美しかった。
428 :夢から覚めても 32:2006/06/05(月) 01:03:06 ID:k978edeG
そして、明くる月曜日。
ハセヲはいつも通りに学校に行って、いつも通りに授業を受け、気がついたら放課後になっていた。
もしかしたら昼休みかもしれないが、一応友人たちと食事をした記憶はあるのでたぶん放課後だろう。
しかし数時間程度しか経っていないにもかかわらず、その記憶はすでに曖昧なものになっていた。
昨日見た志乃の笑顔は、今でも鮮明に思い出せるのに。
そう。今日一日上の空だったのは、志乃の事が頭の中から離れなかったためだった。
何をしている時でも志乃の笑顔が頭の片隅に焼きついているし、少しぼうっとしていると志乃はどうしているだろうか、と何気なく考えてしまう。
挙句の果てには携帯を触ると、無意識にメールボックスから志乃のメールを開いて眺めてしまったりしている。
これじゃ、まるで―――いや、本当は薄々わかっていた。
ただ、無視しようと思えばできるほど仄かなものだったから目を背けていられただけだ。
しかし、それはもう限界だ。昨日の夕暮れで見た彼女の姿が、スイッチを入れてしまった。
好みのタイプがどうとか、年の差とか、そんな言い訳はもう意味を成さない。
もはや認めざるを得ない。俺は、あの女――志乃のことが好きなんだ。
429 :夢から覚めても 33:2006/06/05(月) 01:04:42 ID:k978edeG
とはいえ、気持ちを認めたからといって、それで何かが劇的に変わるわけではない。
いや、正確には変えられないというのが正しい。どう振舞ったらいいか、見当がつかないのである。
いきなり告白するのは論外だったが、それ以外に恋愛経験の乏しいハセヲは思いの伝え方を知らない。
それに、仮に想いを伝えたところで志乃がそれに応えてくれるとは到底思えない。
今まで彼女がとっていた態度は姉が弟を可愛がるようなものであることは一人っ子のハセヲにだってわかるし、
それが恋愛感情とは程遠いものであることも心得ている。
何より、志乃にはオーヴァンがいる。
オーヴァン。数週間前姿を消した、黄昏の旅団のギルドマスター。
ハセヲにとっては単なるゲームの先輩以上の存在であり、
尊敬に足る大人の風格すら感じさせていた彼の隣に、志乃は常に寄り添うように立っていた。
二人の関係を詳しく知っていたわけではなかったが、
志乃から断片的に聞いた限りではリアルでも面識があるようであり、
オーヴァンのことを語る彼女の複雑そうな表情からすれば――志乃の方が単なる顔見知り以上の感情を持っていたことは確実であった。
つまり、志乃の心を手に入れるためにはオーヴァンを超えなければならない。しかし、そんなことは、不可能だ。
自分とオーヴァンとではそもそも勝負にならない。
彼より強い人物を、ハセヲは知らない。
ただPCのレベルが高いとか、ゲームのプレイングが巧みであるとか、そんな次元の話ではない。
己を信じて疑わない揺ぎ無い強固な意思と、それを実現していく行動力。
彼が備えている心性とそれに裏打ちされた立ち振る舞いこそが
ハセヲが感じたオーヴァンというPC、ひいてはそれを操るプレイヤーの強さであった。
それに比べて、自分はどうだ?
PCはようやく2ndフォームになったばかりの錬装士。
それなりの修羅場をくぐってきた分、戦闘技術は同レベルのプレイヤーよりは上だろうが、それでもThe WORLD有数の高レベルプレイヤーであるオーヴァンには及びもつかない。
プレイヤーとしての差はより歴然で、並べるのは口数の少なさぐらいだろう。
とはいえ寡黙ながらもオーヴァンは他者を惹きつける引力のようなもの、いわばカリスマを持っていた。
単に口が悪くて人付き合いの苦手なハセヲとは違うのである。
そして何より、オーヴァンを唯一無二の存在たらしめていたのは、風変わりなプレイスタイルとそれを現すかのような左腕だった。
あるかどうかも分からないアイテムを捜し求める黄昏の旅団での活動は言うに及ばず、彼は常に他のプレイヤーとは違う次元で行動しているように見えた。
(敵うはずがねぇ……)
憂鬱な気分を抱えたまま、それでもハセヲは今日もThe WORLDにログインした。
430 :夢から覚めても 34:2006/06/05(月) 01:05:39 ID:k978edeG
「げっ」
消耗品の補充を終え新たな冒険に旅立つべくカオスゲートへ戻ろうとしたところで、志乃の姿が目に入った。
更に隣にはここしばらく見ていなかった元旅団メンバーのネコミミ娘・タビーの姿がある。
「……だからさ、もう一度頑張ってみようよ」
「でも……」
二人は葬式の打ち合わせでもするかのような調子で話し込んでいて、ハセヲにはまだ気づいていないようだ。
このまま通り過ぎるの事も出来るが、どうせ志乃とは後で会う約束をしている。それに、パーティメンバーはいるに越したことはない。
「よう」
「あ、ハセヲ」
「あっ……」
ハセヲに気づいて、タビーは視線を背ける。
大きな目は伏せられがちで、その表情は旅団にいたころは見たことのないものだった。
ロールかもしれないが、彼女はハセヲ同様初心者だからそれは考えにくい。
(なるほど、本当に繊細なのかもな)
自分の認識をわずかに修正しながら、ハセヲは柄にもなく爽やかなスマイルを作ってタビーに声をかけた。
日ごろの彼の言動からすればはっきり言って胡散臭い事この上ない笑顔だったが、ハセヲにとっては精一杯の友好の表現である。
「よー、久しぶり」
「……久しぶり……」
しかし答えるタビーの声は、消え入りそうなほどかすかなものだった。
空振りしたことを悟ったハセヲが、笑顔を引きつらせたまま言葉に詰まる。
「タビー」
沈黙が流れかけた瞬間、志乃が口を開いた。
ハセヲは内心安堵しながら、表情をニュートラルに戻す。
「ごめんね、志乃さん。まだちょっと気持ちの整理が出来なくて」
「うん。私も、無理に誘ってごめんね」
「ううん、志乃さんは悪くないよ。また後で、メールするから」
「うん。またね。タビー」
そこまで話した所で、タビーの姿が消えた。ログアウトしたのだろう。
「どうしたんだ、あいつ」
「色々。詳しいことは、女同士の秘密」
ハセヲの疑問に、志乃が薄く笑ってはぐらかす。
「何だよ、それ」
「私がタビーから聞かされた話を、人に喋るわけにはいかないでしょ。特に、ハセヲにはね」
「随分信用されてないんだな」
少し傷ついた気持ちが声に出た。
自分が誠実な人間だとは思わないが、秘密を共有することすら出来ない人間だとは思われたくない。
特に志乃には。
「ごめん、そういう意味じゃなくて。タビーの悩みにハセヲもちょっと関わってるって事」
「はぁ?」
どういうことだろう。何故タビーが自分のことで悩むのだろうか?
「もちろんそれだけじゃないんだけどね。とにかく、タビーが自分で解決するのを待たないと」
マクアヌの運河に視線を向けて、志乃は言葉を結んだ。
海を見つめたその表情が昨日の夕暮れと重なって、ハセヲは目を反らしてしまう。
「ハセヲ、これからダンジョン?」
「そうだけど」
「じゃ、私も一緒していいかな?待ち合わせの時間にはちょっと早いけど」
気持ちを切り替えたらしく、声のトーンを上げた志乃がハセヲに体を向ける。
「別にいいけど」
別に断る理由はない。意識しても、仕方がない。
「ありがと。それじゃ、行こうか」
431 :夢から覚めても 35:2006/06/05(月) 01:06:18 ID:k978edeG
「虎乱襲!」
二十を超えるコンボの止めに連撃スキルを叩き込み、エリアのボスである樹木型モンスターはようやく倒れた。
リザルト画面でレンゲキのボーナスを含めた経験値と習熟度が表示され、ハセヲのレベルが上がる。
「レベルアップ、おめでとう」
「どーも」
若草のように笑いながら拍手する志乃に、ハセヲはぶっきらぼうに答えた。
性格からして他意がないのは分かるが、それでもやはりハセヲは志乃のこういった態度が好きになれない。
以前はなんとなくだったが、今ならその理由ははっきり分かる。
(好きな女に子ども扱いされて嬉しい男なんているか)
いや、恋愛の形態は様々だからもしかしたらいるかもしれないが、
生意気盛りの高校二年生であるハセヲはそこまで度量が広くない。
「これならオーヴァンがいつ戻ってきても安心だね」
これも彼女流の褒め言葉なのだろう。しかし、やっぱり嬉しくない。オーヴァンの名前を出されれば、尚更である。
「もどってくんのかね」
「来るよ、必ず」
疑念に答える志乃の口調には確信の響きが込められていて、むせ返る緑の匂いのようにハセヲを苛立たせた。
どうして、そこまで信じられるのだ?
「へいへい、お熱いことで」
苛立ちのままに、ハセヲが声を出した。
「違うよ。そんなんじゃ」
邪推としか言いようのないハセヲの言葉を、志乃が即座に否定する。
その言葉がなぜか気に入らなくて、ハセヲの苛立ちは炎天下のアスファルトのように募っていった。
溜まっていた怒りと苛立ちが、口から吐き出される。
「今更取り繕わなくてもいいじゃねぇか。思えばそのために俺みたいなガキに付き合ってるんだから、大した良妻ぶりだよな」
「だから違う。私とオーヴァンはそんな関係じゃないし、ハセヲと一緒にいるのだって」
「取り繕うなっていってんだろ!大体あんたのお題目には飽き飽きなんだよ、いつもいつも人を見透かしたようなことばっかり言いやがって!」
あくまで否定する志乃に、ハセヲが怒りのままに怒鳴り散らす。普段とは違うその勢いに、志乃がわずかに体を退いた。
「何を、言ってるの……」
志乃の声が、震えている。
普段のハセヲなら彼女が哀しそうなのが嫌で、それで何もいえなくなってしまうところだったが今日は違った。
志乃への些細な不満、オーヴァンへの嫉妬、そして自分自身への嫌悪が煮詰まった寄せ鍋のように混ざり合い、心から溢れ出していく。
「本音だよ」
「……………!」
空き缶を蹴飛ばすように言ったハセヲに、志乃が絶句する、
「今度はだんまりか。じゃあ聞かてくれよ、いつも善人ぶって他人を思いのままに動かすのはどんな気分なんだ?」
「違う!」
「ちがわねぇよ!俺に対しても、タビーに対しても!あんたが本当に信じているのはオーヴァンだけで、俺たちのことは利用してるだけなんだろう!?」
「違う……」
どこから沸いてくるのか、不快な感情のままにハセヲは志乃に怒鳴り続けた。
必死で否定していた志乃の声はやがて力を失っていく。僅かに聞こえるノイズは、嗚咽だろうか。
「………とにかく、もうあんたとオーヴァンに利用されるのはご免だ。ゲームは続けるけど、あんたとはもう関わりたくない。メールも送ってこないでくれ」
一方的に言い放ってハセヲはパーティを解散してタウンに戻り、ゲームからログアウトした。
画面表示がデスクトップにもどると、ハセヲの胸に今更のように後悔が押し寄せてきた。
「くそっ!」
自分しかいない自室の壁に、M2Dを外して叩き付ける。
どうしてあんなことを言ったのか。本当に言いたかったのは――
「最低だ……」
呟き、机に突っ伏す。もう、何も考えたくない。
心配した父親が様子を見に来るまで、ハセヲはずっとそのまま動かなかった。
453 :夢から覚めても 36:2006/06/10(土) 00:03:10 ID:exai/hpg
期末テスト初日は散々な結果に終わった。
英語は単語の綴りをすっかり忘れてしまっていたし、化学は問題用紙をいい加減に埋めただけ。
日本史では漢字が当てられずに平仮名で記述してしまい、
古文に至っては途中で課題文を読むのを放棄してしまった。
ハセヲは決して勉強熱心な性質ではなかったが、
それなりに授業はまじめに聞いていたので平均点にして七十点、順位が三十位を切った事はない。
しかし、今回はとてもそんな結果は望めないだろう。
夏休みの補習ですめばもうけもの、最悪三者面談を組まれる可能性すらある。
それにしても、馬鹿馬鹿しい話だ。
ネットゲームで知り合った年上の女に横恋慕した挙句
一方的に八つ当たりして三下り半を突きつけ、自分勝手に落ち込んでいる。
教育実習生に恋した中学生だって、もう少し上くやるだろう。
とにかく、このままでは話にならない。
昨日の出来事のおかげでログインする気になれないのを幸いに、
帰宅したハセヲは机に向かうと教科書とノートを広げた
454 :夢から覚めても 37:2006/06/10(土) 00:04:21 ID:Sxf2oneP
一夜漬けの成果があったのか、残りのテストはそれなりに手応えがあった。
いや、それは控えめな表現だろう。
午後の十二時間ほぼずっと机に向かっていた結果、
続く三日のテストは普段以上に解答用紙を埋めることが出来た。
帰宅後翌日の予習の息抜きに軽く自己採点してみたが結果はどれも自己ベストを更新していたし、
特に世界史と英語リーダーは驚くべきことに全問正解だった。
兎に角、試験は終わった。
一喜一憂する友人たちに誘われるまま、打ち上げと称する乱痴気騒ぎを経て自宅に戻るとハセヲは机の上のPCを見つめた。
あれから、一度もThe WORLDにはログインしていない。志乃の事を考えたくなかったからだ。
携帯電話には何度か彼女から着信があったが、どれも無視を決め込んでいる。
とはいえ――この程度で一度恋心を綺麗さっぱり断ち切れるほど、ハセヲは思い切りのよい気質でもなかった。
向こうから嫌われたわけでもないから、それは尚更である。
正直に言うと、予習をしているとき、眠りに着く前、そしてテスト中ですら不意に彼女の顔が浮かんだ。
かといって、ああまで言った手前、今更どんな顔をして会えばいいのか。
ずっとPCに手を触れないわけにはいかない。
ネットゲーム以外にも、レポートの作成やらメディアププレイヤーの編集やらPCでなければ出来ないことは少なくない。
息を吸い込んでPCを起動すると、新着メールの告知があった。
湿気を孕んだ曇りの日の外出にも似た気分でメールステーションを開くと、嫌な予感が当たった。
三通あるうちの二通はThe WORLD関係の告知と
以前登録したニュース系のメールマガジンだったが、残り一通が問題だった。
差出人は、志乃。日付は昨夜の午後十一時半、携帯電話に彼女から最後の着信があった直後である。
しばらく逡巡した後、飛び込み台から降りるような覚悟でメールを開いた。
「お願い」と題されたそのメールは、意外にも短く簡潔なものだった。
「もう一度だけ話をさせて。モーリー・バロウ城砦で待っています。」
ハセヲは言いようのない感情に襲われ、頭を抱えた。
こうまで言われて、逃げ続けるのは流石にどうなのか。
だが、会ったところでどうなるというのだ?
正直、素直に謝る自信がない
それどころか、もっと酷いことを言ってより深く、志乃を傷つけてしまうかもしれない。
だったら、いっそ会わないほうが彼女のためなのではないか。
心の迷宮に迷い込んだハセヲの脳裏に、以前志乃に言われた言葉が浮かぶ。
(赤ちゃんでも出来ること、君は出来ないの?)
喧嘩した相手に素直に謝るなど、赤ちゃんとは言わずとも幼稚園児でも出来ることだ。
いや、そもそも赤ん坊は喧嘩などしないが。
つまり自分は、乳児以上幼児未満ということだろうか。
路上の霜よりも薄く笑って、ハセヲはメールステーションを閉じた。
470 :夢から覚めても 38:2006/06/14(水) 02:19:48 ID:FXOILW0o
二時間後。ハセヲは、The WORLDにログインしていた。
しかし、場所はΔ隠されし 禁断の 絶対障壁ことモーリー・バロウ城砦ではない。
ハセヲがいるのは夕暮れに包まれた武家屋敷風のダンジョンマップだった。
ロストグラウンドのひとつであり同型のエリアを持たないモーリー・バロウ城砦とは違い、
通常のエリアワードで生成されるありふれた通常ダンジョンである。
PCの前で悩み続けること一時間、ハセヲが出した結論は「行かないがゲームはする」という
本人的には吹っ切っているつもりで傍から見ると実にみっともないことこの上ないものだった。
「だりぃ……」
ダンジョンの二階層目に突入したところで空になったペットボトルを振り、ハセヲはポツリと呟いた。
何故かわからないが、気持ちが振るわない。
別に今までと何かが変わったわけではないはずだ。
最近は主にソロでやってきたからパーティを組んでいないことに問題はないはずだし、
ゲームシステムに飽きが来るほどやりこんでもいない。
ダンジョンだっていつもどおりだし、PCの調子が悪いとか回線が重いとかいった物理的なトラブルもない。
にもかかわらず―――この感覚、虚無感というのだろうか。これはいったい何なのだろう。
いや、答えはわかっている。ただ、認めたくないだけだ。
一瞬M2Dをはずし、目薬を差してハセヲはため息をついた。
(今日はここクリアしたらやめるか……)
明日はテスト休日だから早く眠らないといけない道理はないのだが、こうも気持ちが沈んではゲームにならない。
今はもう眠ってしまって、気持ちを切り替えたかった。
彼女のことは、時間をかけて忘れていくしかないだろう。
心の羅針盤を定めると、ハセヲはM2Dを被り直して黄昏に包まれた迷宮を再び歩き出した。
そうしてしばらく進むと、開けた場所に青く包まれた半球状の空間が見えた。
この場所でPC同士が戦闘していることを示すサインである。
(こんなとこでもPKかよ)
忌々しさを感じて立ち止まる。リアルでは、奥歯をかみ締めていた。
プレイ初日の苦い思い出、そして少年らしい潔癖さからハセヲはPKという行為に対して良い印象はない。
無気力に苛立ちという火が付き、ハセヲは半ば無意識にPCをバトルエリアに突入させていた。
PKはするのもされるのも嫌だったが、調子に乗って他のPCをキルするようなろくでなしなら気兼ねする必要はない。
今のレベルならΔサーバであれば大抵の相手には負けることもないだろうし、ちょうどいい気分転換だ。
そう思いながら画面が切り替わると、何故かそこには見知った顔があった。
471 :夢から覚めても 40:2006/06/14(水) 02:22:28 ID:FXOILW0o
「ちょうど良かった、お願い助けて!……って、あんた、ハセヲ?」
「ええ!?」
黒髪のきわどい着物姿の銃戦士と、褐色の肌の猫耳拳術士(グラップラー)――旅団の元メンバー、タビーとBセットである。
「何してんだよ、あんたら」
エリア内では二人を囲むように六人のPCが動いていた。
The WORLDではワンパーティは三人までなので、二つ分のパーティが二人に襲い掛かっていることになる。
明らかに尋常な事態ではない。
「後で説明するから!今はとにかくこいつら何とかするの手伝って!」
「わかったよ」
Bセットは普段の気だるげな調子からは想像もできない声で叫ぶ。
本当に切羽詰っている状況のようだ。ハセヲは思わず薄く微笑み、大剣を構えた。
敵の数がこちらを圧している以上、正面からぶつかるのは不利だ。
となれば戦術は撹乱して分断、然る後に各個撃破。順番は相手の構成を見れば自ずと定まってくる。
ざっと見たところ直接攻撃を行っているのは前衛の鎌闘士(フリッカー)、双剣士(ツインソード)、斬刀士(ブレイド)二人の計四人で、
残りの妖扇士(ダンスマカブル)と呪療士(ハーヴェスト)は後方で支援に徹している。
大兵力と戦う場合、まず補給および支援を断つ。幸い、後衛の二人に護衛は付いていない。
オーヴァンから叩き込まれた兵法の基本に従い、ハセヲは一瞬のうちに戦闘の指針を確定した。
混乱を付いてBセットがタビーに回復アイテムを使用したのを確認すると、
ハセヲは呪療士をターゲットにスキルアーツを発動させた。
物理攻撃系のスキルは発動の際強制移動して対象を自動的に射程に捉えるので、
普通に移動するよりこちらの方が都合が良いのである。
蓮の葉を飛び移る蛙のように懐にもぐりこんだハセヲの一撃が呪療士とその隣にいた妖扇士に決まる。
ハセヲは容赦なくそれに追撃のコンボを叩き込み、連撃で一気に止めを刺した。
「まずは二人、と」
「貴様ぁー!」
ハセヲが呟くと同時に、斬刀士の一人が腹をすかせた獣の様な怒声を上げ突撃してきた。
残りの三人もわずかに離れて続く。
「へっ、頭わりーな」
読み通りの行動に、思わずハセヲの口元がゆがむ。
ハセヲが真に恐れていたのは彼らが被害にかまわずタビーとBセットを攻撃することであったからである。
そうの場合、蘇生アイテムをほとんど持たないハセヲは二人を復活させることが出来ず、
いずれ自分も袋叩きにされ程なくキルされていただろう。
一瞬の判断でガードを行い、ハセヲはカウンターで大剣の一撃を叩き込んだ。
ダウンを確認すると同時に追いついてきた残りの三人に向かってスキルを発動させ迎撃。
仰け反る三人に後方からBセットの銃撃が炸裂し、見る見るうちにHPが減っていく。
行動値が回復し再びスキルを発動できるようになったころには既に連撃マークが出ていた。
「これで五人!」
連撃で三人中二人を戦闘不能に追い込んだハセヲは瀕死の一人をBセットに任せると、
ダウンから回復した斬刀士に向かっていく。
この時点で既に三対二。
端で震えているタビーと瀕死の鎌闘士は除外しても一対二である。もはや負ける道理はない。
Bセットの銃剣が鎌闘士を沈めると同時に、ハセヲの大剣が斬刀士を叩き潰す。
「「ラスト!」」
二人が同音に叫んだ時、戦闘は既に終わっていた。
472 :夢から覚めても 41:2006/06/14(水) 02:24:34 ID:FXOILW0o
「で、どういうことなんだ?説明してくれよ」
戦闘終了後、獣神像近くのプラットホームで三人は佇んでいた。
わざわざここまで移動したのは、万が一を恐れてのBセットの判断である。
タビーは先ほどから一言も口を開いていない。
「わかったわ。あいつらはTaNの残党。あんたも襲われなかった?」
懐かしい名前に思わずハセヲが目を見開いた。
そういえば、エクステンド直後に襲い掛かってきたPKがそんなことを言っていたようないなかったような。
「何で?」
「あんた、本当に世間知らずね……よもやまBBSとかでも話題になってるわよ、元旅団のメンバーにTaNの残党がPKを仕掛けてるって」
「しばらく忙しかったんだよ。それになんで俺たちが解散したギルドの残党とかに襲われないといけない訳?」
TaNはkey of the twilightを巡って旅団と敵対していたが、ギルドが解散し探索が中断された今彼らと争う道理はないはずだ。
旅団と同時期にTaNは解散していたが、それは首謀者が不正を行っていたからであり旅団とは関係ない。
「ねぇ、それってもしかしてロールプレイ?そこまでいくと、いくらあたしでもちょっと……」
「はぁ?なにそれ」
Bセットは頭痛を堪えるように頭に手を当て、顔を顰めている。
先ほどとは別の意味で、普段からは想像できない表情である。
「ああ、本当に知らないのね……TaNが解散したのって、志乃がシステム管理者に密告したからなのよ」
「ええっ!?」
「正確にはオーヴァンの調査結果が元になってるらしいけどね。信じられないかもしれないけど、本人にも確認済みよ」
ハセヲはただ驚きに息を吐くだけだった。
志乃という名前が出てきたのも引っかかったが、聞いた内容は普段の温厚な彼女からは想像もつかないものだった。
「で、それを知った暗部の元メンバーでアカウント剥奪されてない奴らが徒党を組んで今旅団メンバーを襲ってるって訳。あたしの所にも何回かきたし……聞いてる?」
「あ、ああ。で、何でタビーと一緒にいるわけ?」
「志乃に頼まれたのよ。この娘、言っちゃあれだけど旅団のメンバーで一番弱いでしょ?それで酷い目にあわないように守ってやってくれ、って。自分は他に大事な用事が出来て手が離せないそうよ」
「え………」
大切な用事、という言葉にハセヲの心がざわめく。
比較するようなことではないが、志乃はそこまでハセヲのことを心配してくれたのだ。
もちろん、Bセットを信頼しているからこそタビーを任せたのだろうが。
「ちょっと、自分の世界に入らないでよ。会話が続かないじゃない」
「あ、ああ。ごめん」
目ざとく突っ込んでくるBセットに、ハセヲが気圧された。この女、キャラ変わってないか?
「まったく……こら、あなたも黙ってないで。少しはしゃべりなさいよ、久しぶりの再会でしょ?」
憮然とした表情で、和装の銃戦士が隣の猫耳娘を小突く。
彼女は、戦闘終了後から一度も口を開いていなかった。
「PKされてショックなのはわかるけど、いつまでも塞ぎ込んでると目の前の楽しいこと逃しちゃうよ」
「う、うん……」
473 :夢から覚めても 42:2006/06/14(水) 02:25:43 ID:FXOILW0o
志乃のことはともかく、ハセヲは目の前で展開されるやり取りに唖然となった。
まるでキャラクターが逆転している。
タビーは前回会ったときからこの調子だったが、Bセットも随分態度が変わっている。
ハセヲの知る彼女は何にしても無気力で、そもそもマク=アヌの錬金地区から出ることが殆どなかった。
それが頼まれ事とはいえ決して親しいとはいえない相手のボディガードをこなし、
ぞんざいな言い方ながら慰撫の言葉までかけるとは……!!
「なに鳩が水鉄砲食らったような顔してるのよ」
驚きがやはりPCにも出ていたのか、Bセットが酷く不機嫌そうな表情でハセヲを睨む。
「それ、水鉄砲じゃなくて豆鉄砲……」
「くだらないこと突っ込む余裕があったらあなたもタビーに何か言ってあげなさいよ。この子、相当酷い目にあったんだから」
照れ隠しか、相変わらず不機嫌な調子のままBセットがハセヲの背を小突く。
そういえば以前旅団にいた頃も、PKされたタビーめそめそと泣いていたことがあった。
流石にこの調子でいられてはあまり居心地が良くないので、ハセヲは一応声を掛けることにした。
「ええっと……まあ、元気出せよ。PKなんか俺、しょっちゅうだしさ。逆恨みなんだから、気にすることないぜ」
我ながらなんともわざとらしい声だ。
教師の「お前はやれば出来る子なんだから」だってもうちょっと誠意がこもっているだろう。
自己嫌悪が排水溝のように渦巻くのを感じながら、ハセヲは言葉を続けた。
「ほら、Bセットや志乃だって良くしてくれてるんだし。何なら俺も一緒に付いててやるから」
ハセヲの言葉に初めてタビーが反応し、わずかに猫耳を動かす。
「……ハセヲ、本当?」
長い沈黙の後、タビーはやっとのことで口を開いた。
「何で俺が嘘つくんだよ」
「あたしのこと、軽蔑してたりしない?」
「はぁ?」
思わぬタビーの言葉に、ハセヲは表情をゆがめた。
一体全体どういう経緯で、そんな疑いが出てくるのか?
「だって……あたし、弱いし」
「俺だって大してかわんねーよ。志乃とかレベル100あるんだぜ?」
「ウザイって言われたし」
「随分前の話じゃねぇか」
「すぐ落ち込んじゃうし」
「嫌なことがあってもへらへらしてるやつよりはましだと思うぜ」
ぽつぽつと呟くタビーの自虐を、ハセヲは一つずつ潰して行った。
もしかして志乃が言っていた「顔をあわせづらい」理由とはこのことなのだろうか?
だとしたら、完璧な勘違いである。
なんだかんだであまり話したことこそなかったがタビーに対してはちゃんとそれなりに仲間意識をもっていたし、
レベルやプレイ暦が近いことから志乃やオーヴァンとは違った親近感さえも抱いていた。
軽蔑など、思いも付かない。
「何だ、そんなことで悩んでたのかよ」
「そんなことって……!大問題だったんだよ、ハセヲはあんまり喋ってくれないし!」
それを言われると、確かに反論は出来ない。
「でも、よかったー。絶対ハセヲに嫌われたと思ってたから……」
そういって、ようやくタビーが顔を上げた。
瞳はまだ潤んでいるが、目じりは上がり口元には何時もの笑顔が戻りつつある。
「さて、青少年たちは万事丸く収まってみたいね。それじゃ、そろそろタウンに戻りましょうか」
「うん!ありがとうね、Bさん、ハセヲ!」
二人の背中を叩いたBセットに、タビーが今度こそ本当の笑顔で答え、ハセヲに抱きついてきた。
「ちょ、やめろって」
「やだー」
タビーは猫を可愛がる女主人のようにハセヲに胸を押し付け頬擦りしてくる。
ゲームの中でのことにも関わらず実際にそうされているような錯覚を感じ、ハセヲは思わず顔を真っ赤に染めた。
488 :夢から覚めても 43:2006/06/16(金) 07:09:18 ID:ty+l6Ic2
「よお、皆さんおそろいですか」
三人がルートタウンに戻ると、カオスゲートのすぐ傍に佇んでいたPCが声をかけてきた。
褐色の肌に紫の巻き毛。中性的な面立ちの拳術士――元旅団のメンバー、ゴードである。
「ゴード。どうしたの?」
「ゲームを一時引退しようと思ってな。それで知り合いに挨拶回りしてるんだよ」
三人の中では比較的親しかったBセットに、ゴードが何時ものようにあっけらかんと答える。
「オーヴァンが消えちまったんじゃしょうがないしな。アカウントとメンバーアドレスは残しておくから、奴が帰ってきたら教えてくれ」
「そう……わかったわ」
Bセットが静かにうなずく。
ハセヲがちらりと隣を見ると、タビーは何かを堪えるような表情で俯いている。
匂坂の事を、思い出しているのだろう。
「ま、そういうわけだからしばらくさよならだ。なんだかんだ言いつつこの一月、結構楽しかったぜ。ありがとな」
そう言ってゴードは他のサーバーに用があるのか、カオスゲートに消えようとする。
「なあ、ゴード」
「ん?」
「ちょっと話……したいんだけど、いいかな。前から、あんたに聞きたい事があったんだ」
その背中に、ハセヲが思わず声をかけた。
「ふーん、別にいいけど……じゃ、付いてきな」
「ああ、ありがとう」
ゴードはハセヲとパーティを組むと、適当にエリアワードを打ち込んだ。
二人の姿がカオスゲートに消え、タビーとBセットはドームの喧騒に残される。
「寂しくなっていくわね」
「……うん」
ポツリと呟いたBセットに、タビーがうなずく。
「でも、それだけじゃないはずよ。失うものもあれば、得るものもある―――オーヴァンが言ってた」
「……そうかな」
「そうだよ。それに、ゴードもオーヴァンも、アカウントは残ってるんだから。ゲームを続けていれば、いつかは帰ってくるわ」
湖底に沈んだ船の残骸を眺めるようなタビーの声に、風にも折れない竹のような強さでBセットが答える。
「……そうだね!」
牛の咀嚼のようにBセットの言葉を飲み込んだタビーが、にっこりと笑う。
気持ちが沈んでいても、笑っていれば心は自然とそれに引きずられ上向いていく――それがこの少女の明るさなのだろう。
ただの愚鈍なだけではない。
それは自分にはない資質だったから、Bセットは少し羨ましくなった。
「それじゃ今度はPKから自分の身を守れるように、おねーさんと一緒にレベル上げしない?」
「するする!」
招き猫のように片手を挙げたタビーに薄く微笑むと、Bセットはエリアワードを打ち込んだ。
「それじゃ、いきましょうか」
489 :夢から覚めても 44:2006/06/16(金) 07:10:49 ID:ty+l6Ic2
ゴードに連れられて来たエリアは、月夜の湖畔だった。
一見ポリゴンの模造品とは思えないその景観は雅な事この上ないが、連れがいまいち気分が盛り上がらない。
どうせ来るなら―――
そこまで考えて、ハセヲは頭を振った。
この期に及んであの女のことを考えるなんて。
「で、話って?」
手近な石の上に腰掛けたゴードの声で、ハセヲは我に返った。
「あ、ああ。あんた、オーヴァンに勝つのが目標なんだよな」
「だった――というのが正確かもしれんがね。正直、オーヴァンが帰ってきても再開するかは微妙だ」
「そうなのか?」
「オーヴァンと実際に会ったら変わるかも知れんがね。ああ言っておかないと、今までのロールに反するしな」
そんなものなのだろうか、とハセヲはゴードの言葉を受け流す。
ロールに反する、というのがいまいち実感できなかった。
「それで?」
「あ、ああ。それで、あんたは、その――オーヴァンに勝てると信じてたのか?」
「は?」
「だから。その、オーヴァンには一生勝てないんじゃないか、とか思ったりした事はなかったのか?」
「うーん……それは考えたことなかったな。しかし、そういう考え方もあるか」
「何でだよ」
ハセヲがゴードと会ったときから抱いていた引っ掛かりが、これだった。
ハセヲにとってこのゲームでの居場所を与えてくれたオーヴァンは天のようなものであり、それを破るというゴードの望みはどもう非現実的ものに聞こえたのである。
その思いは、彼から
「実際に勝つ、負けるは結果でしかないし。問題は俺がどうしたいか、ってことなんだよな。それしかない」
「なにそれ」
「いや、だってそうじゃないか?実際にやる前から諦めても仕方がないし。他にゲームでやることもなかったしな」
ゴードの言葉に釈然としないものを感じながら、ハセヲは黙り込む。
「もしかしてハセヲ、君って中学生?」
「な、何だよいきなり!」
「いや、なんとなく」
ゴードは指を顎の下に持っていくと、チェーシャーの猫のようにやにやしながらハセヲに尋ねた。
「……高校生だけど」
「ふーん。じゃあそんなもんか…よっと!」
ゴードは勝手に納得して飛び上がると、ハセヲの肩に手をかけ顔を近づけた。
思わずリアルで冷や汗が出る。
「な、なんだよ」
「お前さんぐらいの歳なら普通だろうけど、何かする前から無理そうだとか出来っこないとか考えて諦めるのはやめたほうがいいぜ。しないでいい後悔背負い込む羽目になりかねないし、大人になってからも変な癖が付いちまう」
「……余計なお世話だっつーの」
顔を離し、ハセヲが憮然としながら答える。本当に、余計なお世話だ。
それなら、何でも出来ると勘違いして恥をかけというのだろうか?そんなのは小学生だ。
「まあ、言って聞くようなもんじゃないってのはわかってるけどな。心の隅にでも留めておいてくれるとうれしーな。これはロールじゃなくて、一人の人生の先輩としての言葉」
「なんだそりゃ」
思わず苦笑がこぼれる。先生みたいな事を言うな、こいつ。
「さて、聞きたいことはまだなんかあるか?」
「いや、ない」
「それじゃ俺は失礼するわ。まだ他のサーバーに挨拶してない知り合いが残ってるんでね」
そう言って、ゴードはパーティを解消すると手を振りながらプラットホームに姿を消した。
490 :夢から覚めても 45:2006/06/16(金) 08:24:05 ID:ty+l6Ic2
ゴードに遅れてルートタウンに戻ると、そこにもうタビーとBセットの姿はなかった。
別に約束したわけでもないので待っていてくれるのを期待していたわけではないが、どこか一抹の寂しさを感じないでもない。
色々寄り道したが――そろそろ落ちるか。
そう考えたところで、不意にハセヲの脳裏に先ほどのゴードの言葉が浮かんだ。
「何かする前から無理そうだとか出来っこないとか考えて諦めるのはやめたほうがいいぜ」
冷静に考えてみると、確かに自分に当てはまるところがあるかもしれない。
確かに、自分は心のどこかでオーヴァンの圧倒的な強さを無意識に「越えられない壁」だと認識してしまっていた。
しかし、オーヴァンだっていくら強くても、規格外でも自分と同じPC。
勝てない道理はない。実際、志乃などレベルはオーヴァンより上だった。
実際には経験やら才能、相性等様々な要因が絡むからそう巧くはいかないだろうが、だからといって最初から諦めるのはナンセンスだ。
成程、ゴードの言った事は意外と的を得ている。
だったら――同じ理屈で、自分の想いが志乃に届かないという事もないはずだ。
(―――――って、何考えてるんだ俺は!)
自分で自分の考えに顔を赤らめ、ハセヲは意味もなく慌てふためいた。
いや、志乃にだって選ぶ権利がある。
確かに人並以下だとは思わないが、彼女は並の女ではない。
温厚で冷静で、でも頑張り家で時々ありえないぐらい可愛いところがあってでも年上で、ついでに見目麗しいが決して派手ではなく清楚なかんじで―――
つまりは別格だ。
とても自分なんかが釣り合うとは思えない。
いやしかし、ゴードが戒めたのはこういう考えのことではないのだろうか。
そもそも、彼女に対して八つ当たりしてしまったのもこういった卑屈から来る惨めさが原因だったはずだ。
とりあえず、深呼吸。
一旦M2Dを外し、冷蔵庫から適当にペットボトル入りのジュースを持ってきてそれを飲み干す。
当たり前の事だが、今すぐ想いを伝えなければならないという事はないはずだ。
それに変な下心を抜きにすれば、自分が志乃に暴言を吐いて傷つけてしまったのも事実だ。
ならば、その謝罪が何より最優先だろう。
大体、ここで逃げているようではオーヴァンになど一生かかってもかなわない。
少しずつでも、今出来る事を。
そう思い直して、ハセヲは再びM2Dを被りカオスゲートへ向かった。
打ち込むエリアワードは、Δ隠されし 禁断の 絶対障壁。
志乃が待っている事を、修道士のように祈りながら。
491 :夢から覚めても 46:2006/06/16(金) 10:43:39 ID:tmeU1NZR
ハセヲがエリアに到着すると、彼女――志乃は待っていた。
春の早朝を思わせる薄霧の草原は絶対障壁の名に違わぬ巨大な人工の絶壁を頂き、遥か空には旧い街の遺跡が見える。
人気のない忘れられたこの地で、彼女は古代の哲学者のように体育座りの姿勢で彼方を見つめている。
「来て……くれたんだ」
「何で、わかったの?」
振り向かずに口を開いた志乃に、ハセヲが思わず問い返す。
「女のカン……かな」
志乃は僅かに頭を揺らし、抑えた声で答える。
その声音は一見何時もと変わらないようだったが、ハセヲには真冬の水面の薄氷のように哀しみが張り付いているように聞こえた。
こんな彼女の声を、ハセヲは以前も聴いたことことがあった。
オーヴァンが消えて間もない時期、黄昏の旅団が解散する前後だ。
それがあまりにも痛々しくて、ハセヲの中の感情が吹っ飛んだ。
瀑布が流れるように自然に、口が動く。
「ごめん」
怒っているのか、それとも悲しいのか。苔の生えた石のように、志乃は答えない。
しかし、それは今のハセヲにとって問題ではなかった。
「本音って言うのは、出鱈目だ。志乃さんのことも、オーヴァンのことも……本当は、尊敬してる。嫌だったんだ、それに追いつけない自分が」
志乃は僅かに体を震わせる。
「はっ、最低だろ。自己嫌悪を認めたくなくて、八つ当たりなんて。その上、謝りもせず逃げ回って――」
ディスプレイに映る風景が、霞んでいく。自分が泣いているのがわかった。
「最低、とか言わない」
不意に、ふわりという感触とともに声が聞こえた。天使が歌うような、ウィスパーボイス。
志乃に抱きしめられたという事に気づいたのは、しばらくしてからだった。
「それじゃ、ハセヲをずっと待ってた私はどうなるの?私はもっと最低?」
「そんな、わけ……」
それ以上は、言葉に出来なかった。志乃の声も、僅かに震えていた。
秋の午後を思わせるロストグラウンドの静謐に、少年の嗚咽だけが静かに響いた。
492 :夢から覚めても 47:2006/06/16(金) 10:45:04 ID:tmeU1NZR
「もう、大丈夫?」
「ああ」
ひとしきり泣いて涙が乾くと、志乃は体を離した。
「リアルだったら、ハンカチぐらいは貸してあげられるんだけどね」
冗談めかして、志乃が僅かに笑う。
しかし、ハセヲのほうはとても気が気ではなかった。
いくらゲームとはいえ――いや、ゲームだから余計に――女の胸で(しかも好意を寄せている年上の女だ)泣いてしまったのが、かなり恥ずかしかった。
反面、自分の感情を黙って受け止めてくれたことはかなり嬉しくもあったが。
「リアルじゃこんな顔見せられねーよ」
おかげで、照れ隠しに薄い毒が口をついて出た。
もっと、いい言葉は出ないものか。
「そうだね」
志乃はそんなハセヲの心などお見通しのようで、笑顔のまま受け流す。これが大人の余裕、なのだろうか。
「それじゃ、仲直り記念に私とちょっと冒険しない?ここは綺麗な所なんだけど、ずっと座ってて飽きちゃった」
「ああ。今なら何でも言う事聞くぜ、任せてくれよ」
「ふふっ」
ハセヲの調子のいい言葉に、志乃が今度こそ笑う。
さっきまでの様などこか痛みをはらんだ笑顔ではなく、咲いた芙蓉のような笑顔だった。
ありふれた笑顔だったが、今のハセヲにとってはどんな花よりも華やかで、どんな宝石よりも輝いて見えた。
「それじゃ、行こうか………っと」
パーティを組んでプラットホームに向かったところで、志乃の足元が不思議な軌道を描いた。
「どうしたんだ?」
「ごめん、ちょっとふらっとしちゃって」
志乃は拳を握って笑ったが、明らかに声に力がない。
先ほどとは別の意味で、志乃の事が心配になった。
「………もしかして、昨日からずっとここで待っててくれたのか?」
「うん、そうなるかな。行き違いになったら、嫌だから。あ、でも心配しないでね。今日は有給とったから」
心配どころの騒ぎではない。ハセヲの体中から血の気が引いた。
メールを送ってから、本当に志乃はずっとここにいたのだ。リアルの生活を犠牲にしてまで。
(俺は、本当に最低だ……!)
「……今日は止めよう。志乃は、もう寝てくれ」
「えっ、大丈夫だよ。少し眠いし、お腹も減ってるけど、たいした事ないし」
「たいした事ないわけないだろ!とにかく、寝てくれ、俺のせいでこんな事……」
ハセヲが思わず声を張り上げた。また涙が少しにじんできた。
「う、うん。わかった。そうする。でも、ハセヲのせいじゃないから。私が自分で、勝手に待ってただけなんだから。それは本当に気にしないでね」
ハセヲの剣幕に圧倒され、志乃は体を震わせながら同意した。
パーティを解散し、志乃はプラットホームに向かう。
「俺、明日は休みだから。仕事終わったら、いつでも呼んで」
何とか気を落ち着けて、ハセヲは志乃に挨拶代わりに声をかけた。
「うん……初めてだね、ハセヲのほうから私を誘ってくれたの」
まだ少しふらついている志乃が振り返り、笑った。
彼女は短くまたね、といって、プラットホームに消えていく。
志乃が消えてからも、ハセヲはしばらくそこで佇んでいた。
胸に浮かぶのは、志乃を傷つけてしまった後悔の念。
しかし、それでも彼女が自分を待っていてくれたという事実を孕んだ、どこか甘いカフェオレのような苦さだった。
498 :夢から覚めても 48:2006/06/16(金) 23:47:53 ID:D4dIJImk
翌日、夕方六時過ぎになって志乃から電話があった。
珍しく食事に行こうと言い出した父親に付き合って蟹を食べ、適度に満腹で気分良くベッドに寝転がってThe WORLDの攻略本を読んでいた時だった。
メールではなく電話というのが何故か嬉しくて、ハセヲは何時もより軽やかに通話ボタンを押した。
「もしもし」
「あ、ハセヲ?」
「……大丈夫か?」
まだ少し声に翳りがあるのがわかって、ハセヲは少し声を落として尋ねた。
「うん、一晩寝たらすっきりしたよ。ありがとうね、ハセヲ」
「何が?」
「心配してくれて」
「……っ!」
何気ない感謝の言葉だったが、それでもハセヲの心は喜望峰の海のように波立った。
これが、惚れた弱みというのものだろうか。
だから、まあ、恋という病に不慣れなハセヲがうっかり心の内をこぼしてしまったのも、仕方がないといえば仕方がない。
本人にすれば、とてもそれどこではないだろうが。
「べ、別に……俺、志乃さんの事、好きだから……」
「えっ?」
志乃の、あまり聞くことのない驚きの声。
自分が何を言ってしまったか、ハセヲはそこでやっと気づいた。
何言ってるんだ、俺は!
「えーと、それって……」
「ち、違う!そういう意味じゃなくて!」
「……じゃあ、どういう意味なの?」
「……………っ!」
見事に言葉に詰まった。誤魔化しきれない。
「えーと、そうか……うん、そうか…」
黙り込んだハセヲを無視して、志乃は独り言を呟いている。
お得意の「女のカン」では見抜けなかったらしい。
もうこうなったら覚悟を決めるしかない。後の事など、どうにでもなれだ。
それに―――極めてネガティブな発想だが、振られるんだったら早い方が傷が浅くすむだろう。
ハセヲは開き直ると、いったん受話器を耳からはずして深呼吸した。
「……だから、その……ゲームの仲間とか先輩とか、歳の離れた友達とかじゃなくて……ええっと、とにかくあんたの事が好きなんだ!あんたにはオーヴァンがいるのもわかってる。俺じゃ、その代わりなんか出来ない事も……でも好きなんだ!」
そこまで一息にまくし立て、ハセヲは息を整えた。
数秒話しただけなのに、何キロも全力疾走したように息が苦しい。
受話器の向こうは、夜の海のように静まり返っている。
「迷惑なのはわかってる。好きになってくれなんていわない。とにかく、俺がそういいたかったんだ!本当に、ごめん……」
切れ切れにそういって、ハセヲは通話を切った。もう、話していられない。
ハセヲは枕に顔を埋めて、布団をかぶろうとした。今日が、四月一日なら良かったのに。
499 :夢から覚めても 49:2006/06/16(金) 23:50:11 ID:D4dIJImk
そうしてしばらく失恋の痛みに浸るつもりでいると、再び電話が鳴った。
とても出る気になれずしばらく放っておいたが、電話は三十分近くたっても鳴り止む気配を見せなかった。
(どこのストーカーだよ)
時間とともに哀しみは怒りに変化し、ハセヲはその衝動に従い携帯を手に取った。
相手を確認する間もなく通話ボタンを押し、息を吸い込んで竜のブレスのように怒声を吐く。
「もしもし!俺は今機嫌が悪いんだ、後にしてくれ!」
「それはこっちの台詞だよ!どうして切るの!?」
「し、志乃さん!?」
怒りが拡散し、驚きに転化する。
なぜ、志乃が?それに――怒っている?
「勝手に言いたいことだけ言って逃げて!そうして自分勝手にしてれば君は幸せだろうけど、放り出された私はどうなるのよ!」
ハセヲはすっかり圧倒された。志乃が、あの志乃が―――怒鳴っている。
それにしても―――言うにつけて、自分勝手?幸せ?とんだ言いがかりだ。
「何だよ、俺はあんたの事を思って――」
「だったら逃げないで!ちゃんと私の気持ちも、受け止めて!一方的に告白してさよならなんて……不幸の手紙の方がまだましだよ!」
「聞かなくてもわかってるよ!あんたは、オーヴァンが―――」
「どうして私の気持ちを、ハセヲが決めるの!?」
言われて、ハセヲははっとした。確かに、自分に志乃の気持ちなんてわかるはずがない。だが―――
「そんな事を言うハセヲは、嫌い。だいっきらい……」
何か言おうとしたところで、志乃の声がトーンダウンした。
声が震えている―――泣いている?
「でも、私を好きって言ってくれたハセヲは、今日まで傍にいてくれたハセヲは……好き」
一時的な失語症にかかったハセヲに、志乃が涙声で何度も詰まりながら告げる。
ハセヲが予想しえなかった、しかし―――心の底で求めていた言葉を。
この時点でハセヲの脳裏からオーヴァンの変態じみたPCの影は霧散している。
あまりの衝撃に、ハセヲが体のバランスを崩しベッドから転がり落ちた。
500 :夢から覚めても 50:2006/06/16(金) 23:51:13 ID:D4dIJImk
「痛ってぇ……」
「だ、大丈夫?すごい音したけど」
「へ、平気」
痛みがある、という事はこれは現実なのだろう。
転んだおかげで多少は冷静になりながらも、まだ少しハセヲは混乱していた。
「その、好きって……」
「恥ずかしいから何度も言わせないでよ。私も、多分後輩とか友達とかじゃなくて……ハセヲの事が好き」
本当に恥ずかしそうな、消え入りそうな声で志乃が答える。
この人、もっとその、経験豊富な人だと思ったのだが……
いや、可愛いけど。
二人の間に、やっと沈黙が訪れる。なんとなく気まずくて、ハセヲはとにかく何か言おうとした。
「あの」
「えっと」
言葉がぶつかった。
それが理由もなく気恥ずかしくて、二人はまた黙り込む。
まるでお見合いだ。
「その、ハセヲから先に言って」
「い、いや。志乃さんから」
「う、うん、じゃあね……その、もう少し落ち着いて話をしたいから……明日、デートしない?」
「………!」
デート。今度は冗談ではなく、本気のようだ。声音でわかった。
「べ、別にいけど」
常識的に考えれば嬉しいはずなのだが、あまりの急展開に脳が付いていかない。
なので、何時もどおりのそっけない返事しか出来なかった。
「うん。それじゃ、場所とか待ち合わせは後で連絡するから」
「う、うん」
そういって、電話が志乃の方から切られた。
画面表示を見ると、通話時間は十五分ほど。最初の通話とハセヲがへこんでいた時間を合わせても、一時間にも満たないだろう。
しかし、ハセヲには今までの人生の中でもっとも密度の濃い一時間だった。
557 :夢から覚めても 51:2006/06/20(火) 02:21:26 ID:gHAFxszS
「前ハセヲが私に言ったことね、違うっていっちゃったけど……半分ぐらいは実はあたってたんだ」
夏の夕日が差し込む東中野の喫茶店で、志乃がコーヒーカップを傾けながら長い沈黙を破った。
今日の彼女はレースが付いた黒いワンピースという装いで、今までとはどこか違った艶めいた印象を与える。
「私が旅団に入ったのは確かにkey of the twilightを探す為だったけど、旅団に入ってからオーヴァンに惹かれていたのは事実」
オーヴァンの名前に、ハセヲが少し体を震わせた。
「でもね、今思うと……それは恋とかそういうのとは違った気がするんだ。彼のために何かしたい、とは思っていたけどそれで彼に私を好きになってほしかったわけでもないしね」
コーヒーを一口すすり、志乃がハセヲに顔を向けて独り言のように言葉を紡ぐ。
「私の場合、誰かを好きに時は等価交換なの。一方通行の恋愛って言うのは、ピンとこない。だから今思えばオーヴァンは……そうだね、旦那様とそれに仕える侍女というか、ワンマン社長と秘書というか。そんな感じだったのかも」
自分で思いついた喩えが可笑しかったのか、ハセヲへの後ろめたさを誤魔化すためか、それともその何れでもないのか。
志乃がどこか痛みを孕んだ表情で嘲った。
「じゃあ、俺と一緒にいるときは見返りがほしいわけ?」
「今はそうだね。最初はそういうわけじゃなかったんだけど……その、年下の面倒を見るのは仕事柄慣れてたからね」
志乃がハセヲの内心を慮ってか、苦笑交じりに視線を反らす。
俺は保育園の子供と同じ扱いなのかよ、内心思ったがハセヲは何とか口に出さずに済ました。
そりゃ、確かに「赤ちゃんでも出来ること」が出来なかったかもしれないが。
「でも、今は違うよ。私は、ハセヲに私を見てほしい。私の事を知ってほしいし、ハセヲのことを知りたい……駄目かな」
答えなんかわかっている癖に。憮然となったハセヲを、再び志乃が虫眼鏡で集められた光のように強く、真っ直ぐ見つめてきた。
あんなことがあったせいか、気恥ずかしくて仕方がない。
「別に、嫌なわけ、ないけど……」
顔を真っ赤にしたまま、ハセヲが答えた。
それを見て、志乃が花咲くように笑う。
笑顔があまりにも嬉しそうで、ハセヲは志乃から視線を反らした。
すると黒いレースの彩りから大胆に除く白い胸元が目に入って、ハセヲは仕方なく目を合わせた。
志乃は瞳を蜂蜜のように潤ませ、まだ微笑んでいる。
ハセヲは気持ちを誤魔化すために、手元のアイスコーヒーを一口で飲み干す。
シロップとミルクが入ったそれは、思いの他甘くて普通に飲めた。
558 :夢から覚めても 52:2006/06/20(火) 02:22:01 ID:gHAFxszS
志乃がコーヒーを飲み終えると、ハセヲは彼女に手を引かれて店を出た。
ハセヲとてまさかお茶を飲むだけで終わり、とは思っていなかったがこの展開は予想外である。
「待てよ、どこ行くんだ」
「いいからいいから。嫌な話は終わったから、これからが本番だよ」
志乃の手は冷たかったが、素肌の滑らかな感触が気持ちよくてハセヲは特に抵抗せずにされるがままに引きずられていった。
連れて行かれた先は、小奇麗なアパートだった。志乃は「七尾」と言う表札の出ている部屋の鍵を開け、ハセヲを促す。
あまりの超展開に、ハセヲが目を見開いた。
いや、付き合い始めた以上こういう展開もあるにはあると思っていたが、まさかいきなりとは。
しかし、準備なんか出来ていないぞ、色々な意味で。
「どうしたの、ハセヲ?」
志乃の声で妄想が妄想を呼ぶ螺旋階段を全力疾走していたハセヲが正気に戻った。
「あ、いや、その……」
何といったいいのか。触覚を折られた昆虫のように迷っているハセヲが、意味不明に手を振る。
「変なハセヲ……じゃあ私着替えるから、ちょっと待っててね」
「は?」
「お色直し。覗いてもいいけど、その時は一言言ってね」
口元に指を当て悪戯っぽく言うと、志乃は手を離し部屋へ入っていった。
「誰が……!」
岩戸に隠れた天照のように扉を閉める志乃に、ハセヲは自分への恥ずかしさのあまり毒づく事しか出来なかった。
559 :夢から覚めても 53:2006/06/20(火) 02:22:53 ID:gHAFxszS
「お待たせ」
玄関で待たされること十分少々。
流石に覗きに行く事は出来ず携帯のアプリゲームで暇をつぶしていたハセヲに、志乃が雲の切れ間の太陽のように姿を見せた。
身に纏っているのは先ほどまでのワンピースではなく、濃紺に朝顔の模様が入った浴衣である。
「お色直しって、それかよ」
「そう。今日は近くの神社で縁日があるの」
「縁日、ね……」
実に健全この上ないデートである。
別にその、不健全というかめくるめく官能の世界を期待していたわけではないが、それでも少しハセヲは拍子抜けした。
まあ、志乃が誘ってくれたのであれば実は何でもいのだが。
「それじゃ、行こ」
手を伸ばした志乃に、ハセヲ今度は自分から手を絡めた。
志乃は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑った。
560 :夢から覚めても 54:2006/06/20(火) 02:23:33 ID:gHAFxszS
最後に縁日に行ったのは確か中学校に入る直前だったから、五年ぶりになる。
十七歳のハセヲにとっては、五年という期間は決して短くない。
その懐かしさも手伝ってか、志乃と共に訪れた縁日は控えめに言ってとても楽しかった。
当時とは小遣いが文字通り桁違いなので好きな露店に好きなだけ使えるし、隣にいるのは学校の悪友ではなく年上の恋人だ。
これで楽しくないわけがない。
戦利品のたこ焼きを頬張りながら、ハセヲは縁日の事を反芻していた。
「あー、楽しかった。ハセヲは?」
それは志乃の方も同じだったようで、まだ浴衣姿の彼女は苺飴を舐めながらハセヲに少し顔を寄せてきた。
「俺も……楽しかったよ」
「そう?嬉しいな、素直にそう言ってくれると」
志乃がころころと鳴る鈴のように笑う。
縁日から帰った二人は、志乃の部屋で買い過ぎた食べ物を崩していた。
案内された志乃の部屋はごく普通の独身社会人向けのワンルームだったが、きちんと整頓されているところが彼女らしい。
「何時もこのくらい素直なら可愛いんだけどね」
苺を飲み込んで二個目の林檎飴に取り掛かった志乃が、肩をすくめて言った。
「別にいいだろ」
最後のたこ焼きを噛み砕いたハセヲが、お茶のペットボトルを飲みながらふてくされる。
どうせ俺は素直じゃないよ。
「ふふっ……あっ、ソース付いてる」
「えっ……どこ?」
「ここ」
慌てて顔に手を当てたハセヲに、志乃が不意に体を寄せた。
瞬間、彼女の唇が触れる。唇と頬の間に。
志乃が唇の間から舌を伸ばし、僅かに付着していたソースを舐め取る。
「ふふ、綺麗になったよ」
一瞬の出来事に呆然となったハセヲを、顔を離した志乃が見つめていた。、
599 :夢から覚めても 55:2006/06/22(木) 01:28:34 ID:RlDP7aBA
それを機に、二人の間から会話が消えた。
キスの衝撃から逃げるようにハセヲはお茶を飲んでお好み焼きに取り掛かり、それを見て志乃は何故か口を尖らせた。
彼女はしばらく無言でハセヲに視線を送っていたが、やがて立ち上がると冷蔵庫から酒のものと思しき小瓶を取って来て立膝の姿勢で腰を下ろし口に運んだ。
何時もの淑やかな彼女からは想像も出来ない姿だが、和服姿の美女が崩れた格好で酒瓶を傾ける姿は中々艶やかなものがありハセヲは時折ちらちらと目で追った。
酒瓶を開けると、不意に志乃が口を開いた。
「林檎飴、食べる?」
「う、うん」
覗くように見ていた後ろめたさからしどろもどろに、ハセヲが答える。
志乃が黙々と包みを開け、林檎飴を取り出す。
「それぐらい自分で……」
「いいからいいから」
体を乗り出したハセヲを手でとめ、志乃は何を思ってか掴んだままの飴をかじった。
飴を口に含んだまま挑発的な姿勢でハセヲに近づいた志乃が、目を閉じて唇を重ねる。
重なった口唇が舌で割られ、そのまま噛み砕いた林檎飴を流し込まれる。
酒精と飴の入り混じった甘い味が、ハセヲの口内に広がった。
差し込まれた志乃の舌が蛞蝓のように這い廻り、砂糖よりも甘い感覚を体中に走らせ全身を弛緩させて行く。
「……んんっ、ちゅっ、ちゅる……んんっ………はあっ……」
喉奥に溶けた飴を流し込んでも志乃は口付けを止めようとせず、力の抜けた体を両手で抱きとめながら舌を絡め続けた。
口を離してくれたのはそのしなやかで冷たい手が全身を撫で回した後で、それでも名残惜しそうに唾液の糸が二人の口元を繋いでいる。
600 :夢から覚めても 56:2006/06/22(木) 01:30:21 ID:RlDP7aBA
「な、何でこんな……」
呆然を通り越して放心しかかったハセヲが、何とか声を絞り出す。
体にはまだ力が入らないので、志乃に抱かれたままの体勢だったが。
「……せっかく二人きりになったのに、ハセヲが何もしてくれないから。もしかして、私に魅力がない……かな」
志乃が目を潤ませながら、拗ねた口調で問いに答えた。
酒のせいか、それとも羞恥のためか。その小さな顔は耳朶まで真っ赤に染まっている。
その言葉から、今日の彼女の行動がレコーダーのサムネイル表示のように浮かんだ。
もしかしてわざわざ家に戻って着替えたり、部屋に上げてくれたりというのはその、アプローチだったのだろうか?
そうだとしたらハセヲに求められていたのは先週までと同じような格好付けの無愛想キャラではない。
もっと素直になって、彼女に対して恋人らしく振舞うべきだったのだ。
「はしたないかもしれないけど、私は」
追想と悔恨で北風の吹く海のように波立ったハセヲの意識を、耳元で囁く志乃の声が眼前の現実に引き戻した。
手首には、氷室のような冷たく優しい女性の掌の感触がある。
包まれた腕を、志乃が自らの胸元へ導いた。
「私の胸は―――」
一瞬だけ躊躇し、浴衣を自らはだけさせハセヲの手を滑り込ませる。
なだらかな山脈のような凹凸が付いた、素肌の手触り。
それが志乃の乳房だという事に気づいたときには、早鐘のような鼓動が伝わってきていた。
「こんなに、どきどきしているのに」
601 :夢から覚めても 57:2006/06/22(木) 01:30:56 ID:RlDP7aBA
枯葉にマッチが落ち、炎が燃え上がる幻影がハセヲの脳裏で閃いて消えた。
股間を核に全身に熱が満ち、抑えきれない分が吐息になって吐き出されていく。
「そういうこと、言うと―――」
空白の意識のまま、口元が自然と動き言葉を紡いでいた。
「俺、あんたの事、どうするかわからないよ」
「うん。そうして、ほしい」
志乃が溶けたチーズのような瞳のまま小さく頷き、帯を自分から解いた。
夜の海を思わせる紺の浴衣が広がり、雪のように白い肌がさらけ出される。
艶やかで美しいその姿に、心より深い部分から何かが湧き上がる。
ハセヲはそれに従い、全身に力を込めて志乃を押し倒した。
「きゃっ」
驚いた志乃が小さく声を上げたが、ハセヲの勢いは止まらない。
そのまま顔を胸元へ埋め、鞠のように弾む膨らみへ口付ける。
艶やかな感触が唇を通じて脳へ伝わり、ハセヲの息が荒くなっていく。
滑らかな素肌を無心になぞっていく内に、唇が中心にある桜色の突起に触れた。
口を開いて苺を思わせるその部分を氷のように含むと、今までとは違った快感がハセヲの胸に溢れる。
無心にしゃぶる姿に志乃が苦笑し、ハセヲの癖っ毛を撫でる。
「ふふっ、ハセヲ、赤ちゃんみたい」
悪意がない事はわかっていたが、その言葉は悦楽に染まっていたハセヲの胸に小さな刺のように刺さった。
「赤ちゃんは、こんなことしないだろ」
芽生えた反に従ってハセヲが乳首を含んだまま舌を出し、先ほど志乃にされたことを思い出しながら舐め廻す。
同時に片手で足の間にある茂みに触り、一筋に撫で上げた。
「んんっ、そうだね……」
志乃の声に今までとは明らかに異なる甘い響きが声に混じる。
愛撫と呼ぶには稚拙すぎる動きだったが、恋という媚薬が彼女を麻痺させているのだろう。
与えられる刺激に合わせたように志乃もハセヲの股間に手を移し、ジーンズを硬く押し上げている塊に触れた。
「んっ、はぁっ……!」
布地越しとはいえ男にとって最も深い部分を触られ、今度はハセヲが声を上げた。
602 :夢から覚めても 58:2006/06/22(木) 01:33:43 ID:RlDP7aBA
「すごい、もうこんなに硬い……」
志乃が猫の背を撫でるようにそこをさするたびハセヲの体に痺れるような快感が走った。
声が漏れた拍子に口が乳首から離れ、指の動きも止まる。
すっかり優位を取り戻した志乃は器用に下着ごとジーンズを脱がすと、体を下げて先ほどまでハセヲが含んでいた苺でむき出しになった性器に触れた。
「あっ、あっ、あぁ!」
生娘のような声を上げる少年を上目遣いに見上げながら、乳房全体で硬くいきり立ったペニスを挟む。
「胸が大きいと、結構大変なんだよ。目立つし、肩こったりするし」
両手で胸を寄せていく志乃の愛撫でハセヲの意識は快感に覆われ、呟きは耳で留まってしまう。
「でも、こういうことが出来るから。たまには、いいかもね」
志乃はかまわずそう言って短い言葉を結ぶと、乳首の先で割れた先端に触れて見せる。
「あっ、ああっ、もうっ……」
新たな刺激にハセヲの我慢が限界を超え、声に漏らした。
体の奥から、熱の塊が吹き上がってくるのがわかる。
「いいよ、出して……」
志乃がチョコレートよりも甘く囁き、胸の狭間から覗く亀頭に唇をかぶせる。
胸とは違った湿り気を含んだ感触がハセヲを包み、即座に熱が臨界点を超えた。
「あ、ああっ、ああああっ、ああああ!」
架空の獣のような絶叫を上げると同時に、肉棒から白濁した粘液の形で欲望が溢れる。
にわか雨のように弾き出される体液を、志乃は口を離すことなく受け止めた。
「んっ、んんっ、ん……んっ、こくっ……」
口内に溢れた精をむせながらも喉の奥まで流し込み、そのまま一息に飲み干す。
「熱くて、すごく濃い……全然、小さくならないし……」
志乃は亀頭ににじんだ分を舐め上げて口を離すと、先ほどまで胸で挟まれていた肉棒を見つめて呟く。
唇の端から飲みきれなかった精を滴らせたその姿が酷く淫靡に見えて、ハセヲは無意識に股間を脈動させてしまった。
632 :夢から覚めても 59:2006/06/26(月) 00:19:28 ID:zJnEjNZw
「ふふっ、やっぱり若いね。まだ元気……」
ハセヲが気を落ち着けるために顔を反らすと、志乃が今度は自分からハセヲに体を重ねた。
そのまま口元を拭うとハセヲの耳元に唇を寄せ、
同時にシャツを捲り上げ指先で少年らしい胸のラインをなぞるように触れる。
もう一方の手は股間に伸び、薄い先走りと自身の汗と唾液で濡れた先端に間断なく刺激を与えていた。
「ね、ベッドに行こう?ここ、まだ治まってないし……」
先程の胸による愛撫に比べれば微風の様なものだったが、
射精した直後で敏感になっているハセヲにはそれだけで再び登りつめそうになってしまう。
「もっと、気持ちいいことしたいでしょ?」
誘うようなその声に、ハセヲは抗う術もなく頷いく。
志乃に体を支えられて何とか弛緩しきった体を起こすと、志乃に体重を預けたままベッドまで移動した。
二人が寝台の縁に辿り着いた体が離れた拍子にハセヲの体が再び柔らかな布団に倒れこむ。
荒い息を吐くその姿に志乃は嗜虐的な笑みを浮かべると、手元のリモコンに手を伸ばし部屋の灯りを落とした。
部屋を照らすものは淡く差し込む月明かりだけになり、ハセヲの視界が闇に染まる。
それを補うように鋭くなった耳に、僅かな衣擦れの音が聞こえた。
程なくして目が慣れると音が消え、代わりにハセヲの眼前にひとつのカタチが浮かび上がった。
志乃が浴衣を脱ぎ捨て、生まれたままの姿になっていたのである。
今までの布地の間から覗く肌とはまた違った、惜しみのない色香にハセヲが息を呑む。
志乃はそんなハセヲを見下ろしながら、玉葱の皮をむくようにはだけた服を一枚ずつ外していった。
その手つきは恋人同士の戯れというより子供の着替えを手伝う母親を思わせるものだったが、
彼女が動く度肌にほのかに感じる吐息の感触はそれを忘れさせるには十分なものだった。
633 :夢から覚めても 60:2006/06/26(月) 00:21:42 ID:zJnEjNZw
「男の子なのに、綺麗な肌……」
ハセヲの着ているもの全てを床に散らかすと、志乃は少年の胸板に今度は唇で触れた。
「あっ、あ、ああっ……」
胸から首筋、そして硬さを帯びた乳首へ、少年としては細い腰へ。
志乃が体中に雹のようにキスを降らせる度ハセヲの脳髄に痺れるような快感が走り、自然と声が出た。
やがて口付けの連鎖は股間にけぶった陰毛へ辿り着いたが、
志乃は硬く怒張した肉棒を素通りして太ももへ唇を這わせる。
焦らすようなその動きに、期待を裏切られたハセヲが悲鳴を上げる。
「ひぁ、あぁん、ああっ、なん、で……」
「うふふっ、そこはお預け……はっ、もっと、我慢して、はぁ……」
膝小僧に顔を埋め囁く声に、何故か吐息が混じっていた。
朦朧とした意識の中でそれが引っかかり、ハセヲが気を引き締め視線を降ろす。
煙草のような薄靄がかかった視界に、キスに合わせて股間を自分で弄っている志乃の姿が映った。
初めて見る異性の自慰にハセヲの目が釘付けになり、足の指を口に含んだ志乃が目ざとくその視線に気づく。
「んっ、はっ……やだ、見ちゃった?はしたないね、わたし……」
そう言いながらも、志乃は指の動きを止めようとはしない。
普段とはかけ離れたその痴態に、ハセヲの中で何かが限界を超えた。
「志乃、俺、もう……」
堪えきれず自分でペニスを握り締め、一心不乱にしごしごき始める。
「いいよ、んっ、見せっこ、しよう…」
雨に濡れ素肌に張り付いた衣のような声で志乃が答え、キスを止めてハセヲとぴったり重なるように体をずらした。
姿勢が変わったことにより梅雨時のガラス戸の様に濡れた黒い茂みとそこから覗く桃色の狭間に指が出し入れされる様がはっきりと見え、
それがハセヲの劣情をいっそう刺激し性器をしごきあげる手の速度を上げていく。
「あっ、ああっ、ああぁぁっ、ああっ」
「んっ、んんっ、はっ、はぁ、はぁん……」
腕が触れるか触れないかという距離で、二人は股間から摩擦の音を鳴らし自慰を続けた。
634 :夢から覚めても 61:2006/06/26(月) 00:22:41 ID:zJnEjNZw
「俺、もうっ……!」
先に音を上げたのはハセヲのほうだった。志乃に体中キスされていたのだから、当然かもしれないが。
「ん、ふぁっ、わたしも、もう……」
ハセヲの声を聞いてか聞かずか、志乃が体を震わせ軽く達する。
それに僅かに遅れて、ハセヲも体を震わせ射精した。
一度目と変わらぬ勢いで吐き出された白濁液が斑点のように志乃の肌を汚し、勢いを失った分がハセヲの体に落ちる。
「すごい、二回目なのに……」
自慰の余韻か、志乃が腹に散った精を拭って惚けたように呟く。
志乃はしばらく蕩けた目でハセヲを見下ろしていたが、やがておもむろに精が飛び散った太ももの辺りに顔を寄せた。
そのまま舌を伸ばし、シミのように肌に張り付いた精液を舐め取っていく。
「そん、な、こと……あっ、はぁっ!」
不規則に舌が動くたび新たな快感がハセヲに流れ、二度の射精で力を失っていた股間に再び熱が集まっていく。
志乃はハセヲの体をあらかた清め終えると、口の中に貯めた精液を転がすように味わってから飲み込んだ。
苦いだけで美味しい筈などないその液体に酔い痴れたように志乃が目を閉じ、恍惚とした表情になる。
「ああ、もうだめ……ね、ハセヲ。一緒になろう?」
そのまま志乃は顔をハセヲの股間に近づけ、十全とは言わないまでも確かな熱と高度を取り戻した肉棒に頬擦りして囁いた。
もはや口を動かす気力すらなく、ハセヲは悦楽と陶酔の中でただ首だけを動かし頷いた。
658 :夢から覚めても 62:2006/07/03(月) 00:39:21 ID:McZaZw+L
「わたしが上になるよ……ハセヲは、そのままでいいから」
志乃がそういいながら、足を大きく開いてハセヲの上に跨った。
馬乗りの体勢になった拍子に二人の股間が擦れ、小さく喘いだハセヲに志乃が体を寄せる。
「ね、ハセヲはこういうことするの、初めて?」
「…………そうだけど」
二度の射精、そして直接的な刺激が途切れた事によってやっと気を落ち着けることが出来たハセヲは、いつもより少しだけ素直に答えた。
年頃の高校生らしくベッドの下にはその手の雑誌やムービーを秘蔵していたし、悪友に誘われてネット風俗に手を出した事もある。
しかし、生身の女性とこうして体を触れ合わせるのは正真正銘、今夜が初めて――つまり、ハセヲは童貞だった。
「それじゃ、わたしがハセヲにとって初めての女の人なんだね。ふふっ、なんだか嬉しいな……」
志乃はそう言って無邪気に笑うと顔を背けているハセヲの手をとり、自らの股間に導いた。
黒い陰毛は雨上がりの芝生のようにしっとりと濡れ、奥には熱を持った肉の狭間の感触がある。
「これから、ここにハセヲのこれが入っちゃうんだよ。なんだか、どきどきするね……」
掌でハセヲの性器を擦り上げ、もう片方の手で自分の秘所を開いて見せながら志乃が囁く。
彼女は年下の少年に色事の手解きをする大人の女というシチュエーションにすっかり酔いしれているようで、
普段の淑やかで清楚なイメージは見る影もない。
「それじゃ、入れるよ……あ、今日は安全日だから。気持ちよくなったら、いつでも出していいからね」
突然の事で準備も何もなかった少年を安心させるようにそう告げると、志乃はそのままベッドに手を付いて腰を上げた。
「ふぁっ……あっ、久しぶりだから……敏感になってるみたい……」
志乃は聞いている方が赤面しそうな事をいいながら、秘唇に勃ちきった男根を飲み込んでいく。
「ああっ、あぁぁっ……ふぁあっ、あっ、ああっ……!」
志乃の腰が少しずつ降りてくるたびに未体験の快感が股間に走り、ハセヲが堪らず喘ぐ。
「んんっ……はぁっ、全部、入ったよ、ほら、ハセヲ……ちゃんと見てる?わたしが、ハセヲを食べちゃったところ」
やがて男根を根元まで呑みこまれると、志乃はその様を見せ付けるように腰を動かした。
動いた拍子に二人の陰毛が擦れ、淫靡な音を立てる。
初めて味わう女性の膣はこれまでの前戯で沼地のように潤っており、
内側の肉襞は得体の知れない蟲のようにハセヲの性器に貪欲に絡み付いていく。
開ききった秘裂はハセヲの若い肉棒を包み込んでいて、
自分が本当に彼女に食べられているような錯覚さえ感じさせた。
659 :夢から覚めても 63:2006/07/03(月) 00:40:30 ID:McZaZw+L
「んんっ、中で大きくなってくのがわかるよ……気持ちいい?わたしの中」
ハセヲは年老いた亀のように答えない。
しっかりと締め付けてくるが決して苦しくはなく、
ただ快楽だけを伝えてくる膣の感触に射精しそうになるのを必死で堪えていた。
目をきつく閉じ口を真一文字に結んだ表情からそれを読んだのか、志乃が優しく囁く。
「出していいのに……でも、いつまで我慢してられるかな?」
悪戯っぽい声と共に、志乃が腰を上下に動かしはじめる。
潮騒を思わせる緩急をつけた動きに、ハセヲの我慢があっけなく崩れ声が漏れた。
「んっ、あああっ、そんな、いきなりっ……」
与えられる快感にハセヲの腰が自然に動き、突き上げる度に亀頭が子宮を叩く。
「んっ、こら、そんなに動いたら、わたしも……んんっ、はぁっ」
ハセヲのがむしゃらな動きに志乃も感じだしたらしく、自分で胸を掴み弄りはじめる。
その姿と声がハセヲの劣情を昂ぶらせ、限界を超えた快楽の絶頂へと押し上げていく。
「んんっ、はあっ、いいよ、もうっ……」
「ああっ、あっ、あっ、あっ……でるっ、あぁぁぁっぁっぁぁ!!」
声を上げて志乃の締め付けがひときわ強くなった瞬間、
ハセヲは今まで想像した事すらないような高みに上り詰め射精した。
絶叫と共に誤魔化しようのない欲情の証が膣に注がれ、そのたびに志乃が体を震わせる。
「んっ、出てる、ハセヲのが、わたしの中で暴れて出しちゃってる……わたしも、感じちゃう……」
蕩ける様な志乃の声をどこか遠くに聞きながら、ハセヲは快楽の薄靄の中で眠りへ落ちていった。
660 :夢から覚めても 64:2006/07/03(月) 00:43:37 ID:McZaZw+L
夢も見ない眠りから醒めると、視界は蒼い薄明りに染まっていた。
数秒かけて少し重いまぶたを開くと、どうやら今が明け方らしい事がわかった。
さらに数秒して意識がはっきりして来ると、ハセヲは自分の現状に思い至った。
(そうだ、俺、志乃と……!!)
砂糖菓子のように甘く、ドラッグレースのように突然だった昨夜の出来事。
ハセヲは一瞬それを夢ではないかと疑ったが、
目に映る見慣れない部屋の景色がその考えを打ち消した。
仄かに花の香りがする枕、花柄の薄い毛布、丸型のスタンドとその下に置かれた何冊かの文庫本。
どれも自分の部屋にはあるはずのないものだ。
間違いなくここは自分の部屋ではない。
途端に、昨夜の事が思い出されて不意に体が震えた。
記憶と共にその快感までもが蘇ったような気がした。
「んっ……!」
思い出しただけにしては、余りにも生々しい快感にハセヲが小さく呻く。
(こりゃ、重症だ)
確かに昨夜の出来事は一生忘れられない思い出になるだろうが、
だからといってその―――思い出しただけで感じてしまうなんて。
何とかして気を落ち着けようとしたが、起き抜けだからか股間の熱は中々引かない。
それどころか、志乃に弄ばれていた時と同じような快楽が湧き上がって来るよう錯覚さえする。
(……ん?)
そういえば、志乃の姿がない。
自分が一方的に気を失ってしまったとはいえ、
ここは志乃の部屋なのだから彼女が隣で寝ていてもおかしくはないはずだ。
というか、そうであってほしかった。
せっかく憧れの女性と初めての朝(まだ明け方だが)を迎えるのだから、それぐらいのロマンスは夢見させてくれても―――
「んんっ、何だよ、これっ……!」
ハセヲがミルクティーのように濁った意識で考えている間にも、意思と関係なく下半身がちりちりと快感で痺れていく。
昨夜のフラッシュバックにしては不可解な感覚を確かめるべく下半身に手をまわすと、
そこには毛布越しの硬い感触があった。
掌から伝わってくる大きさはおおよそ人間の頭ぐらいで、明らかにハセヲのモノではない。
(……まさか……)
嫌な予感を覚えて毛布を払いのけると、そこでは。
志乃が、ハセヲの股間に顔を埋めていた。
661 :夢から覚めても 65:2006/07/03(月) 00:44:21 ID:McZaZw+L
「んっ、んんっ、ふっ、あっ……起きた?ちょっと残念、このまま最後までしちゃおうと思っていたのに……」
「な、な、ななな……なに、してんだよ」
寝起きで冷えているはずの体が、真っ赤に火照る。
「先に目が覚めちゃったから……ちょっといたずらしたく、なっちゃって」
金魚のように口をぱくぱくさせるハセヲに、志乃が首を傾げて無邪気に答えた。
その口元からは唾液が僅かに滴り、尖ったハセヲの先端に幾筋の薄い流れを作っている。
「んー、でもこれはこれで……反応見れるし、悪くないかな」
そう言うと志乃は再びハセヲの足の間に顔を埋め、硬く勃ちあがった男根の先端に唇を被せた。
「はぁっ!んっ、志乃、こんなこと……」
刺激の理由がはっきりしたためか、それとも志乃が意識して愛撫を強めたのか。
先程までとは比較にならない快感に、ハセヲが喘ぐ。
「んんっ、ちゅ、ちゅっ、ちゅるっ……おっきくなってきた、深くしちゃお……んっ、んんんっ!ん、んん」
小さく躍動しながら膨張していく性器を、志乃が根元まで咥え込む。
先端の割れ目に喉が当たり、陰部全体を包み込む生暖かい感触がハセヲの意識を溶鉱炉のように溶かしていく。
「あっ、ああっ、も、もう……おれ、おれっ……!」
やがてハセヲが快楽に溺れきり、絶頂へ辿り着こうとしたその瞬間。
不意に、志乃が陰茎から口を離した。
「な、なんでっ……」
男にとってはあまりにも無体なその仕打ちに、ハセヲが玩具を取り上げられた子供のようにべそをかく。
「何でって……ハセヲが苦しそうだったからそろそろ止めようと思って。もしかして、違った?」
自身の唾液とハセヲの先走りを口の端から垂らしながら、志乃が答える。
大理石のようにフラットなその表情からはどんな感情も読み取れないが、とぼけているだけなのは明白だった。
「そん、なっ……」
半ば嗚咽のような声で、ハセヲが呻いた。
股間の肉棒は火の付いた火薬のようで、痛いほどに憤っている。
大げさではなくこのままでは気がどうにかなってしまいそうだ。
「そんな、じゃない。赤ちゃんじゃないんだから、して欲しい事があったらちゃんと言わなきゃ。ほら、ハセヲはどうして欲しいの?」
保母らしい諭すような表情と声で、志乃がハセヲを見上げる。
炒り卵のような意識の中で、ハセヲは虫歯のときよりも重たい口を開いた。
「……さっきの、続きをしてくれ…」
「聞こえないよ、もっと大きな声で」
蛍のように仄かなハセヲの声に、志乃の叱責が飛ぶ。
壊れそうな欲望の中で、ハセヲは羞恥も何もなく絶叫した。
「さっきの続きを、してくれ!あのまま口で、いかせてくれ!」
「良く出来ました。……ごめんね、ハセヲが可愛すぎるからちょっと意地悪したくなっちゃって。今度は最後までちゃんと、気持ちよくしてあげるから」
志乃はハセヲの頭を撫でると首筋に軽く口付け、火薬庫のような股間へ頭を落としていった。
「あっ、そんな、ところ……ああっ、あっ、ああっ!」
陰茎が再び志乃の口の中に吸い込まれ、同時にだらしなく垂れた二つの袋が手で包まれる。
口だけでなく手からも与えられる快感に、ハセヲは脳が沸騰しそうな錯覚を覚えた。
「あっ、はぁぁ、ああっ、もう、もう……」
寸止めの恐怖からか、ハセヲは無意識に手を伸ばして志乃の頭を掴み、より深く根元へ寄せていく。
志乃は乱暴なその仕草を無言で受け止め、舌の動きをより無軌道に加速させていく。
もっとも、口を塞がれているので抗議があっても言いようなどないのだが。
「あっ、でるっ!もう、だめっ、だめだっ!」
吸い込むように志乃が口をすぼめたその瞬間、ハセヲはついに射精した。
「ん、んん、んくっ、こくっ……」
一眠りした為濃度、量共に胸による時と同等、あるいはそれ以上にきつい液体を、志乃は喉を鳴らして飲み込んだ。
それからも彼女は男根から顔を離さず、舌で先端からこぼれる分を掬い取っていく。
射精しているというより搾り取られているようなその感覚に、ハセヲの意識が陽炎のように揺らいだ
671 :夢から覚めても 66:2006/07/05(水) 00:08:01 ID:qpMXz/OW
「……………」
「どうしたの、ハセヲ?」
「……別に」
憮然とした表情を隠そうともせず、裸のままベッドに座り込んでいるハセヲに志乃が静かに声をかけた。
窓からは既に夏らしい明るい陽光が差し込み、志乃の肌は部屋着に覆われている。
不機嫌そうな表情をしていたものの、ハセヲの内心は蜘蛛の巣のように複雑だった。
憧れていた女性に想いが通じ、晴れて結ばれた。
二週間前の自分なら信じようとせず、一週間前の自分なら手放しで羨むだろう。
今のハセヲも、決して嬉しくないわけではない。
しかし、素直に笑顔にはなれない。理由は昨夜、そして明け方の情事である。
年の頃からすれば志乃が処女でないのも納得出来るし(少しだけ、本当に少しだけ残念ではあったが)、
彼女にリードされた事も経験や準備のことを考えれば当然の事だろう。
しかし、余りにも一方的過ぎたのではないか―――
そんな反発というか、不満のような感情がハセヲの胸に残っていた。
自分は前戯だけで二回も達して、その後上に跨られた挙句寝落ちした所を襲われ、言葉攻めまでされたのに、
志乃が達したのは一回だけ、それもハセヲによるものではなく自慰によってだ。
これでは愛されたと言うより、弄ばれただけのような気さえする。
「ねえハセヲ、朝御飯は和食と洋食どっちがいい?」
「別に、どっちでもいいよ」
志乃の声に、ハセヲが釣り上げられたブラックバスのような調子で答えた。
「そういう言い方、ないんじゃない?……ハセヲ、もしかしてさっきの悪戯、怒ってる?」
腰に手を付き詰め寄ってきた志乃が、ハセヲの表情を見て急に声の調子を落とした。
「別に……そういうわけじゃないけど」
実際は件の悪戯に対しては怒っているというか、言いたい事が結構あったのだが、
覗き込んでくる志乃がひどく悲しそうな顔をしていたので、ハセヲは顔を背けて嘘をついた。
拾ってきた捨て犬を親に見せる子供のような、この表情と声にハセヲは放射能よりも弱い。
「そう……でも、ごめんね。わたし、その、気持ちよくなっちゃうと歯止めが利かなくって」
冬の湖のような声のまま、志乃がハセヲの背中に手を回した。
そのまま抱きしめられて、ハセヲの体温が夏のアスファルトのように上がった。
「べ、別に……気にしなくていいよ」
「うん……ねえ、もしハセヲが、その、したかったでいいけど」
志乃は俯いたまま形の良い唇を耳元へ寄せ、そっと囁く。
「今度は、わたしをいじめても……いいよ」
672 :夢から覚めても 67:2006/07/05(水) 00:08:53 ID:qpMXz/OW
その言葉の意味がわからないほど、ハセヲは愚かでなければ鈍くもない。
とっさに答える事が出来ず、しばらくの間ハセヲは黙り込んだ。
「ご、ごめん。はしたなかったね、私」
沈黙を否定的に捉えたのか、志乃が体を引いた。
「しらねぇぞ、どうなっても」
「え?」
一言だけ言って、ハセヲは志乃の体を引き寄せた。
そのまま強引に唇を重ね、舌を差し込む。
「んっ、ん、んんっ、んっ……」
昨夜の事を思い出しながら、ハセヲは舌を絡め唇を押し付けていく。
強引で荒々しいキスだったが、志乃はされるがままでいた。
ハセヲはそのまま部屋着の中へ手を滑り込ませ、裸の乳房に触れた。
硬くなり始めた乳首から、彼女が感じてくれているのがわかる。
そのまま力を込めて揉むと、志乃の体から力が抜けた。
背中に回した片手に力を込めると、ハセヲは口付けをいっそう深くして行った。
「んんっ、ん、んふ、ん……はぁっ」
口の中全体を舐めまわし、止めに先程のお返しとばかりに唾液を流し込んでハセヲはようやく唇を離した。
「も、もう。いいって言ったけど、いきなりはさすがに……」
抗議の色を瞳に浮かべて、志乃が困ったように言う。
「そう?ここは、しっかり感じてるみたいだけど」
その言葉を聞き流し、ハセヲは口元を歪めて乳首を摘み上げた。
「んんっ!それは、ハセヲが、弄るから……」
快感に体を震わせながら、志乃が途切れがちな声で抗議を続ける。
そんな志乃の反応がかえって嬉しくて、ハセヲは空いた手を背中から下半身に動かした。
ショートパンツの上から丸い尻を一撫でし、そのまま素肌へ手を滑り込ませる。
太ももを伝って股間に辿り着き、下着越しに触れた秘所は淡く湿っていた。
「ここだって、ほら。もしかして、志乃って押しに弱いタイプ?」
「そ、そんな事は……ないと思う、けどっ、あっ、やだ、擦らないで……」
口では否定するが志乃は実際攻められると弱い体質のようで、
下着の濡れた部分を軽く擦りあげただけで甘い悲鳴を上げた。
ハセヲを攻めていた時感じていたであろう快感も、もしかしたら消化不良のまま残っていたのかもしれない。
「ふーん。いやだ、ね。でも、ほんとにやめてもいいわけ?ここはどんどん溢れてきてるみたいだけど」
動きを止めて触れるだけにし、ハセヲは志乃の耳元で囁く。
「も、もう……やっぱりハセヲ、怒ってるじゃない。いいよ、好きにして」
志乃は唇を尖らせると、拗ねたように顔を反らした。
その仕草が可愛くて、ハセヲはそのまま耳たぶを甘噛みした。
「やっ、そこは、弱いの。やだっ……」
ハセヲは愛撫というより軽いスキンシップのつもりだったが、
そこは志乃にとって性感帯だったらしく全身を震わせた。
「や、やだ。気持ちいい、いいよ、ハセヲ……」
耳たぶに歯を当てたままハセヲは手の動きを再開させ、志乃を感じさせていく。
下着の中へ指を入れると、そこは既に蜂蜜のような体液で溢れていた。
あられもない志乃の痴態にハセヲの息も自然と荒くなり、股間に血と熱が集まっていく。
やがてハセヲの肉欲が堪えきれないほどに昂ぶり、志乃の体を荒々しく引き寄せた。
673 :夢から覚めても 68:2006/07/05(水) 00:10:56 ID:qpMXz/OW
「きゃっ」
小さく悲鳴を上げる志乃を無視して、ハセヲはそのまま姿勢を入れ替え押し倒す格好になった。
「服脱がすぜ、いいな?」
大昔のSFドラマに登場する機械化生命体のように有無を言わせないハセヲの言葉に、志乃が黙って頷く。
捲くれ上がった薄いカットソーを脱がし、続けて下着ごとショートパンツを降ろす。
少し手間取ってそれを足から外すと、窓から差し込む朝日に照らされて志乃の裸身が露になった。
「明るいと、やっぱり恥ずかしいよ……」
薄闇の中での昨夜の情事とは違い夏の陽光に曝される羞恥に、志乃が両手で顔を覆う。
それこそ乙女のような反応に、ハセヲの嗜虐的な欲望が満たされていく。
「ふーん、昨日は暗くてわからなかったけど……ここってこうなっているのか」
ハセヲは猛禽の爪のような手付きで志乃の秘所に触れると、そのまま指で肉の割れ目を開いた。
「やだ、お願い、見ないで。恥ずかしくて死んじゃいそう……」
蜜に混じって昨夜の名残の乾燥した精液が流れ、志乃の声と共にハセヲの劣情を煽る。
煙草に火が付くように、衝動が湧き上がる。
ハセヲはそれに従って足を開かせ腰を押し当て、花弁のように開いた秘裂に自分の肉棒を差し込んだ。
「あっ、ああっ!ハセヲ、いきなりすぎるよっ……」
性急なその行為に志乃は抗議の声を上げたが、抵抗はしなかった。
自分からいじめていいと言った割には、往生際が悪い。
それとも、ハセヲの征服欲を煽るためにわざとそうしているのだろうか。
いずれにしても、今のハセヲにとっては路上の塵のようにどうでも良かった。
志乃が首に手を回してくるのを感じながら、ハセヲは腰を前に進めた。
「あっ、あぁんっ!」
軽く動かしただけなのに、志乃はカナリアのような高い声を上げる。
肩を掴んでずれ掛けた体勢を固定すると、ハセヲは本格的に抽挿を開始した。
「あぁっ、あん、あっあっ、ふぁ、あ、あっ、あぁぁっぁ!」
前に後に、円を描くように腰を動かすたびに志乃が蛙の実験のように体を震わせ、喘ぐ。
まとわり付く蟲のような膣の締め付けも、昨夜に比べてきつくなっているような気がした。
「あっ、やだ、抜けちゃう……えっ、あっ、つ、強いよ、ああっ、ああ、もう、だめっ、あぁっぁぁっあぁあ!」
いったん抜ける寸前まで腰を引き、そこから陰茎の根元まで一気に打ち付けた瞬間。
亀頭が奥の子宮を叩き、その快感で志乃が絶頂の叫びを上げた。
だが、何度も射精させられ快楽に耐性が付いていたハセヲはまだ達していない。
絶頂の余韻の中で荒い息を吐く志乃に軽くキスをし、ハセヲは再び腰の動きを再開した。
「えっ?……あっ、やだ、いったばっかりで、敏感になってるのに……あっ、はぁっ、あぁあぁぁ、だめ、またいっちゃう、ああっ、ああぁぁっ!」
相変わらず口先だけで嫌がる志乃の声を媚薬に、ハセヲは無心に腰を打ち付けていく。
その度志乃は軽い絶頂に達しているようで、膣肉が陰茎を強く締め付けていく。
「あっ、ふぁっ、もうっ、だめ、ほんとにだめ、おかしく、なっちゃいそう、あっ、あぁっ、あぁん、あぁぁっぁぁぁっぁっ!」
ハセヲが腰を今までで最も激しく打ちつけた瞬間、絶頂に達した志乃が背中に爪を立て膣全体が収縮する。
その刺激にハセヲもついに堪えきれず、溜まりに溜まった子種を奥で解き放った。
「あっ、あぁぁっ!出てる、ハセヲの、私の中でだされちゃってる……」
全身から汗を滴らせ弛緩していく志乃の胸元へ、絶頂に震えるハセヲが倒れこんだ。
どちらのものかわからない吐息に混じって、心臓の鼓動が聞こえる。
男としての征服感と少年らしい素朴な愛情に包まれながら、ハセヲは静かに目を閉じた。
674 :夢から覚めても 69:2006/07/05(水) 00:12:14 ID:qpMXz/OW
それからもしばらくハセヲは志乃の部屋で睦みあいながら過ごし、自宅に帰りついたのは日が落ちきってからだった。
「ただいまー」
「お帰り」
珍しく家で過ごしていたらしい父親に一言だけ挨拶すると、ハセヲは部屋のドアをくぐってベッドに倒れこんだ。
昨夜携帯で友達と遊ぶとは伝えておいたので、父親は何も言ってこない。
もしかしたら少しは心配していたのかもしれないが、それを口や態度に出せないのが自分の父の性格である。
そういえばそんな態度を取る奴が他にもいたな―――しばらく考えて、ハセヲはトリュフを探り当てる豚のように思い至った。
オーヴァンだ。
「うわっ、最悪」
そういえば、サングラスを何の恥ずかしげもなく付ける胡散臭いファッションセンスとか(結婚するとき、母に言われて随分ましになったらしいが)
ろくに喋らないくせに妙に人望があるところとか、共通点は他にもある。
父は現代では絶滅危惧種といえるレベルのパソコン音痴だからあくまで偶然の一致だろうが、
余り気持ちのいい符号ではない。
鱗が付いたままの魚をかみ締めてしまった時のような表情で、ハセヲは頭を振って不快な妄想を頭から追い出した。
そういえば、オーヴァンもこのままというわけにはいかない。
志乃は事前に音信不通になる可能性を伝えられていたから多分大丈夫だろう、
と言っていたがハセヲにしてみればそういうわけにも行かない。
きっと志乃も、おそらくはBセットやタビーもそう思っているはずだ。
TaNが絡んでいるのは間違いないから、旅団メンバーを狙っている残党たちから情報を探って行けば何かわかるかもしれない。
とはいえ、オーヴァンの捜索以外にもやることはある。
来月には次のジョブエクステンドイベントがあるし、
個人的に興味を惹かれている限定クエスト「痛みの森」の開始も近い。
それらに備えてレベルを上げなければいけないし、
リアルでも補習確実な古文の勉強に夏休みの予定と、やらなければならないことは秋の落ち葉のように多い。
十二月の教師のように忙しくなるこれからの自分を思って、ハセヲは苦笑した。
少し前までは志乃のことばかりで手一杯だったのに、今はより多くの問題を半ば自発的に背負い込もうとしている。
かといって、志乃に対する想いが薄れたわけではない。
最初は戸惑うばかりだったが、今朝になってようやく恋人同士と言う実感が持てた。
お陰で想いは以前よりも強く、深くなっている。
ともあれ、これからは忙しくなりそうだ。
これから、きっと、忘れられない夏が始まるのだろう。
太陽よりも輝く、そんな季節が始まる――そんな予感を抱きながら、ハセヲはPCを起動しM2Dを被った。
.hack//Apocrypha EPISODE 1:A Midsummer Night's Dream is happy end.
And, cotinue to EPISODE 2:Halfboiled Devil.
675 :298 ◆JuT3jsxZbo :2006/07/05(水) 00:13:13 ID:qpMXz/OW
…………以上です。
随分長くなりましたが皆様のおかげで書き上げる事が出来ました、本当にありがとうございます!
手慰みに書いた駄文ではありますが、楽しんでいただけたのであれば幸いです。
最後に謎の言葉がくっ付いていますが、アレはまあ、ちょっとしたはったりです。
もしかしたら、その内何か起こるかも知れませんが。
それでは、いずれまた。
最終更新:2007年11月25日 10:20