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モノクローム

191 :モノクローム:2006/08/17(木) 23:33:09 ID:8V/L5S4C

志乃は気付いていた。
自分が恋をしていることに。
そしてその恋が実ることすらないことに。

モノクローム

穏やかな風が薄い桃色の髪を撫でる。
現実には吹いていない、その風に志乃は何気なく髪を押さえた。
けれど意味の無い行動だと思ってしまうと酷く切なく感じた。

ここは『The world』
電脳の世界ではあっても、現実とは全く異なる。
「それくらい、分かってるのにね」
ぽつりと呟いて空を見上げる。
ロストグラウンドの空は厚く灰色の雲で覆われ、志乃一人を包み込んでいた。
誰もいない静けさに耐えられずワープゾーンまで歩く。
約束の時間を30分も過ぎたのに、未だ待ち人は来ない。
忙しい人だとは分かっている。
「でも…」
ここ数週間リアルにばかりで会えずにいる。
それが志乃にとってどれだけ寂しく辛いことか、きっとオーヴァンは知らない。
いや、絶対知らない。
何故なら志乃自身が恋心を悟られないように振舞っているから。
「落ちちゃおうかな」
リアルの世界では最早西の空が赤く染まり始めていた。
パソコンから目を離し、紅色の空を見上げる。
「それは、困るな」
意識がリアルにそれた途端に降り注いできた大好きな声。
「オーヴァン!」
弾かれたように顔を上げる。
何時もと同じ、落ち着いた冷静な声だった。
けれど内心はとても嬉しかった。
「遅くなってすまない、待っただろう」
自分を気遣ってくれる声だけで待っていた疲れはどこへやら。
「気にしないで、構わないから」
嬉しい。
その気持ちだけが志乃の心をゆっくり満たしていく。


192 :モノクローム2:2006/08/17(木) 23:33:42 ID:8V/L5S4C

「それで、用事って何?」
志乃はゆっくりと問いかける。
二日前、どうしても会いたいとメールを寄越したのはオーヴァンのほうだった。
「いや、その、頼みが一つ、」
歯切れが悪い。
目も合わせず言葉を選ぶようなオーヴァンの姿に志乃は首を傾げる。
「女性の、喜びそうな贈り物を、選んで欲しいんだが」
少し照れているのだろうか?
オーヴァンはやはり志乃と目を合わせない。
ずきん、と鈍い痛みが胸を襲う。
それでも志乃は平静を装い、オーヴァンを見つめる。
「良いよ。いつ、会おうか?」
少し、なんて言葉では表しきれないくらいに悲しかった。
普段の彼とは違う。
ずっとオーヴァンを見てきた志乃だから、分かった。
極彩色の感情がぐるぐると回る。
「君の独断で選んでくれても構わないんだが…」
やっぱりそれでも目を合わせようとしない。
強気な口調で志乃はオーヴァンを見上げる。
「だめ。オーヴァンも一緒に決まってるでしょ?」
誰かの為に一人で買い物になんて行きたくない。
せめて行くならオーヴァンと一緒に。
オンですら滅多に会えないのにオフでなんてそれこそ希少。
そんな志乃にオーヴァンは敵わない、とでも言いたげに苦笑い。
「分かった」
くすり。
志乃は今日一番の優しい笑み。
「じゃあ日曜日の11時に新宿駅前でどうかな?」
やっと目を合わせて会話できる。
些細なことだけれど志乃にとってはとても重要なこと。
「大丈夫だ、つき合わせてすまないな」
琥珀色のレンズの奥。
その瞳が仄かだけれど柔らかくなった。
それが酷く切なくて志乃は刹那、視線を外す。
「それじゃ、日曜日にね」
瞳をあわせないまま踵を返してゲートへ向かう。
足取りは普段より速い。
そのまま、振り返らずにゲートアウト。
気づいた時には床に雫の跡。

見上げた空にはぽっかりと綺麗な満月が浮かんでいた。
志乃の心にもぽっかりと空洞が空いた。

「すき」

小さく声に出してみたらまた、涙が少し溢れてきた。
最終更新:2007年11月25日 10:51