422 :痛みの果てに 1:2006/09/16(土) 00:23:36 ID:dpfkjOYS
「ちゅ、ちゅっ、ちゅぱ、ちゅっ……」
猫がミルクを舐めるような音が、薄暗い部屋に響く。
しかし、その水音を発しているのは猫ではなかったし、舐めているのもミルクではなかった。
枕に、掛け布団に、クッションに、カーテンに、机に、果ては鞄のキーホルダーに。
その部屋にはいたるところに猫を模したものがあったが、生きた猫はどこにもいない。
水音を発しているのは猫ではなく、裸のまま四つん這いになった少女だった。
そして彼女が舌を這わせているのは、ミルクではなく赤黒くそそり立った肉の塊――男の性器だった。
「ちゅっ、ちゅっ、ちゅぷっ、はぁっ、ハセヲ、気持ちいい?」
少女が不意に、唇を離して顔を上げた。
上目遣いに見上げる先には、ベッドに座った少年の端正な顔がある。
「ああ。上手くなったな、萌」
「うん、ハセヲを悦ばせたくて、果物とかで練習したんだよ。今日はこのまま最後まで……してあげるね」
頭を撫でる少年の手に少女は照れたように笑って、口元をペニスに近づけた。
今度は舌先だけではなく、口全体で呑み込むように愛撫する。
「あむっ、んじゅっ、じゅる、ちゅっぽ、じゅる……」
「ああっ、それいい……すぐにいきそうだ……」
唇で雁首を引っ掛けるように触れられ、舌が先走りの液ごと亀頭を舐め回す。
「いいよ、ハセヲ、いつでも出して……私の口の中に、精液出して……」
一旦唇を離して、少女が囁く。
口元から肉棒へ唾が垂れ、その粘液の感触に少年のペニスが反応して震える。
少女は脈動するそれを再び口に含むと、同時に指を自らの股間に伸ばした。
溢れ出した蜜で濡れた肉の割れ目に指が入り込み、口とは違った粘着音が響く。
自慰とそれを見られている興奮に後押しされながら、少女のフェラチオはより激しくなっていった。
「すげぇエロい……俺、もう我慢できね……!」
奉仕というには余りにも扇情的なその姿に、少年がたまらず少女の頭を掴む。
いささか乱暴なその動作を、少女は一瞬だけ目を閉じてすぐに受け入れた。
口とあわせるように指を動かし、少女は肉欲に酔い痴れていく。
「ああ、もう駄目だ……出す、出すぞ!」
両手で少女の頭を引き寄せ、少年が叫んだ。
少年の腰が前後し、少女の口内に白く濁った粘液を吐き出す。
肉棒が震える度に打ち出される精液を、少女は股間の快楽と共に受け止める。
子宮に痺れるような快感が走った瞬間、それに合わせたように少年のペニスが口から引き抜かれた。
口元からは、名残を惜しむように唾液に混じって飲みきれなかった精液の残滓が零れ落ちた。
423 :痛みの果てに 2:2006/09/16(土) 00:24:29 ID:dpfkjOYS
「……まだ、元気だね」
先端からわずかに精を滴らせるペニスを見つめながら、少女が呟いた。
指を絡めると、そこから冷却系の壊れたパソコンのような熱が伝わる。
「ああ。今度はこっちで……いいか?」
しなやかな指の感触に背筋を震わせながら、少年の手が少女の足の間に伸びる。
「うん。私も……したいし」
恥じらいと興奮で顔を紅潮させながら、少女が小さく頷いた。
「それじゃあ……」
少女の言葉を受け、少年が彼女の後ろに回りこんだ。
針金のような足を抱え、小振りな尻を引き寄せる。
「後ろから……するの?」
「ああ……嫌か?」
怯えたような少女の言葉に、少年の声が翳る。
「ちょっと怖いけど……いいよ。このまま、して」
そう言うと少女は不安を振り払うように、自分から腰を突き上げた。
慣れない体位に手間取りながら、少年は肉棒を少女の膣へ沈めていく。
「……あっ、はっ、ああっ、ハセヲのオチンチン入ってくるっ……」
突き入れられるたびに少女の背筋に性の快楽が走り、意識を蕩けさせていく。
埋めきられる頃には、挿入の快感だけで少女は軽く達していた。
「あっ、あっ、あぁっぁぁっ!はあっ、はぁっ、はぁ……」
荒い息を吐く少女を気遣ってか少年はしばらくそのまま動かずにいたが、
やがて絡みつく肉襞の刺激に耐えられず腰を動かし始めた。
「いやっ、ひゃあっ、ぁあん、いいやぁっ、ああっ」
快感に急かされているためか巧みとはいえない単調な動きだったが、
それでも達したばかりの少女の性感は過敏に反応する。
いつしか少女は、更なる快楽を求めて自分から腰を動かし始めていた。
それに気づいた少年は、少女の体を抱え上げ背中から抱きしめるような姿勢をとった。
「えっ?……ああっ、やだ、そんなにいじらないでぇ……」
少女の戸惑う声を無視して、指先で桃色の尖った乳首をこねるように撫でまわす。
その間も、突き上げるような腰の動きは止めない。
「ああっ、きもちいい、はぁっ、だめ、はぁぁっ!」
「俺も、そろそろ……いきそうだ」
吐息と共に絶え間なく吐き出される、悦楽の声。
それにあわせて、少年の股間に抑えがたい射精の欲望が集まる。
「いいよっ、大丈夫だから、このまま、だしてぇ!」
答える少女の声に、少年の突き上げが速まる。
「ふあぁっ、おかしくなりそう、だめ、もう、だめぇ!」
少女の体が絶頂に震えるのを感じながら、少年は膣の奥で堪えに堪えた精を解き放った。
膣内を満たす精液に体が溶けてしまいそうなほどの快楽を感じ、
少女は全身から力が抜けていくのを感じた。
425 :痛みの果てに 3:2006/09/16(土) 00:27:20 ID:dpfkjOYS
「……お前、エロくなったな」
裸のまま胸にもたれかかる少女の髪を撫でながら、少年がぽつりと呟いた。
少女はその言葉に顔を真っ赤にし、少年のやや薄い胸板を猫の肉球のように丸めた拳で叩いた。
「そういうこと言う?大体、教え込んだのはハセヲじゃない」
「飲み込み早過ぎなんだよ、一月前まで処女だったくせに」
「……それって褒めてるの?それとも馬鹿にしてる?」
「さぁて、どっちだろ」
「もう!ハセヲの馬鹿!」
チェシャ猫のようににやにや笑ってはぐらかす少年の胸を、少女は再び叩いた。
今度は、さっきより少しだけ強く。
「こ、こら。痛いって」
「私の心はもっと痛い!思い知れー!」
少女は笑いながら、少年の胸を叩き続ける。
口ではそういいながらも、少女の心は暖かい気持ちで満たされていた。
快楽に乱れるのも、肉欲に溺れるのも、全て愛されていればこそ。
口では何と言っていても、少年の気持ちはわかっていた。
自分を見てくれている。自分を愛してくれている。
だから、何でも出来る。
ささやかな幸福をかみ締めながら、少女は腕を止めた。
そのまま少年の胸にもたれかかり、瞳を閉じる。
この幸せが、ずっと続けばいい。
そう、願いながら。
hack//Apocrypha EPISODE2:Halfboiled Devil
B part:Good bye summer,hello sadness.
2006,Puck PRESENTS.
446 :痛みの果てに 4:2006/09/18(月) 06:26:33 ID:/2VLvkTS
ゆっくりと開いた目蓋を、夏の光が刺す。
音を拾い始めた耳には、鳥のさえずりと少年の寝息だけが聞こえた。
――今日も結局、体を重ねた挙句朝まで眠ってしまった。
わずかな反省とそれに勝る喜びをかみ締めながら、少女――久保萌は目覚めた。
広くはないベッドの中でぶつからないように注意しながら、萌は上半身を起こした。
手足を伸ばして組み上げたばかりの歯車のような体の関節を鳴らしながら、隣で眠る少年を見つめる。
自分の恋人、ハセヲ――三崎リョウ。
思えば、彼とは不思議な出会い方をした。
四ヶ月ほど前、何気なく始めたネットゲーム。
彼とは、そこで知り合った。
馬が合わなかったのか、縁がなかったのか、それともそのいずれでもないのか。
出会ってから三ヶ月ほど、紆余曲折を経てギルドが解散するまで、彼とは余り話さなかった。
萌としては嫌われてしまったのかと思ってずいぶん悩んでいたが、
しばらくして偶然彼と話す機会があり、杞憂だとわかった。
しかし――その直後、彼はゲームから姿を消した。
いつまで経ってもオフラインだったし、メールを出しても返信なし。
とにかく心配で仕方がなかったが、どうしようもなかった。
そんな中迎えた、学校の夏季補習。
そこで知り合った隣のクラスの男子が、三崎リョウだった。
最初からデジャヴュがあったが、しばらくしてから確信した。
彼が、ゲームから姿を消した彼――ハセヲだった。
それから先のことは、正直何ともいえない。
彼のことが気になりだして、それから――まあ、色々あって、今はこんな関係だ。
思えば、よくあんなに積極的になれたものだ。
顔から火が出るほど恥ずかしい。
まあ、今でも親が不在がちなのを利用して、
泊り込みの勉強会という名目で同棲まがいの日々を送っていたりするが。
ちなみに、勉強はほとんどしていない。
息抜きと称して遊びに行ったり、それから部屋で――したり。
そうこうしている内に、八月は終わりに近づいていた。
このまま宿題が終わらなかったらどうしよう、と不安になったりもするが、
その分彼と触れ合えると思えば途端に気にならなくなるのが今の萌だった。
自分でも色ボケしていると思うが、好きなのだから仕方がない。
理性や損得より感情を優先するのが、女という生き物なのだ。
砂糖黍をかみ締めているような甘い気分で、少女は朝食の支度をするため起き上がった。
さて、何を作ろうか。
447 :痛みの果てに 5:2006/09/18(月) 06:27:06 ID:/2VLvkTS
リョウが目を覚ましたのは、萌に遅れること三十分後だった。
「またか・・・・・・」
ベッドの隣が空っぽなのを把握して、リョウは一人呟いた。
彼女の部屋に泊まった回数は片手の指では数えられない程になっていたが、自分が先に起きられた事は一度もない。
一回ぐらいは彼女の寝顔を見てみたいのだが、中々上手く行かないものである。
「まあ、いいか……」
自分に言い聞かせるように口に出して、リョウはベッドから体を起こした。
鞄から取り出した着替えを着て廊下に出ると、トーストの焼ける匂いに乗せて少女の鼻歌が聞こえてきた。
今朝は洋食のようだ。
階段を降り食堂に行くと、音で気づいたらしく猫模様のエプロンを付けた萌がキッチンから顔を出した。
まだ少しだけ残っている寝癖が、愛らしい。
「あ、ハセヲ、おはよー!もうすぐパン焼けるから、そこ座っててー」
元気に声を出した少女に促されるまま、リョウは食卓の椅子に腰掛ける。
どういうわけか、彼女は自分のことをハセヲと呼ぶ。
ハセヲというのは、リョウが中学の頃のあだ名だ。
リョウが俳句の問題にやたらと強かったので、友人たちが松尾芭蕉にちなんでそう呼び出した。
最近余り呼ばれなくなって久しいが、携帯のメールアドレスに登録していたのを見て何故か萌はそう呼んでいた
付き合いだしてからはリョウでいいと何回か言ったのだが、彼女は「でも、ハセヲはハセヲだし」と主張して譲らなかった。
正直、ハセヲと呼ばれるのは好きではない。
出来ればやめてほしかったが、そこは惚れた弱みというのだろうか。
上目遣いに「駄目?」と言われると、それ以上は強く言えなくなってしまう。
「出来たよ。今朝はちょっと変わったものを作ってみました」
萌が運んできた朝食は、言葉通り少し変わったものだった。
一見普通のホットサンドに見えるそれに挟まれていたのは、なんと――旬外れのしめ鯖と、アズキだった。
「へぇぇ……」
親戚の子供の録画テープを見せられた時のように、リョウの表情が引きつった。
この少女の料理の腕は確かに悪くないが、時々冒険したがると言う良くない癖があった。
以前もローピンなる餃子もどき(と言えばいいのか……とにかく、形容のしがたい形をした謎の中華料理)やら
ベーコン鍋やらを食べさせられた経験がある。
結果は――五分五分と言った所だろうか。
目玉焼き丼は、結構美味かった。
「あ、大丈夫。これはすでに実験済みだから。まー、だまされたと思って食べてみて!」
リョウの表情を読み取って、少女が笑顔でサンドイッチを薦める。
食堂には、二人っきり。逃げられそうにはない。
まずかったら泣くまで苛めてやろうと固く心に誓って、リョウは鯖サンドを掴んだ。
固く目をつぶり、力の限り噛み締める。
「………美味い」
一口目を飲み込んで、リョウは思わず呟いた。
ともすれば鼻を突きかねないしめ鯖の癖が、パンのバターによって巧みに消えている。
黄金色に焼かれたトーストの触感が、その味わいをより鮮明にしていた。
本来合うはずのない組み合わせなのに……認めざるを得ない。これは美味い。
いや、良く考えるとアンチョビやスモークサーモンがサンドイッチの具になるのだから、これもアリだろうか。
「ふっふー、でしょー。こっちも食べてみて」
「ああ」
鯖サンドを平らげたリョウに、勝ち誇った表情で萌がアズキサンドを差し出す。
リョウは戸惑うことことなくそれを口にする。
これまた、美味い。
甘くなりがちなアズキが、バターの塩気で良い塩梅に仕上がっている。
そういえば、フルーツサンドだってあるのだから甘いものがパンに合わないと言う事はないのだろう。
最初の戸惑いを忘れて無心に食べるリョウを、萌は笑顔で見つめている。
「こうしてると、新婚さんみたいだね」
唐突なその言葉に、リョウの心臓が一瞬止まる。
飲み込みきれなかった分が気管支に入ったらしく、リョウは息を吐きながらむせる。
「だ、大丈夫?」
「あ、ああ。せめて同棲始めた大学生にしてくれ……」
萌が差し出したミネラルウォーターのコップを受け取りながら、そう答えた。
448 :痛みの果てに 6:2006/09/18(月) 06:29:50 ID:/2VLvkTS
「それじゃ、またな。ちゃんと自分でも宿題しとけよ」
「うん。また連絡するね」
もうすっかり板についた調子で答えながら、少女が扉を閉めた。
リョウはそれを背にしながら、目の前に広がる住宅地に足を踏み出す。
どこかわざとらしさを感じさせる新興の住宅地を、リョウは歩く。
しばらくして、まだサラリーマンの姿が残るバス停で彼は足を止めた。
二人の家は同じ横浜市内にあるが、それなりに距離があるので行きかえりにバスを使わなければならない。
頭を伸ばして時刻表を見ると、バスの時間にはまだ少し間がある。
ベンチの空きスペースに腰を下ろし、リョウは取りとめもない事を考え始めた。
(まったく萌の奴、ハセヲハセヲって……)
萌にハセヲと呼ばれたくないのは、別に恋人には下の名前で呼ばれたいという子供じみた願望からではない。
少しだけ前、学校以外でそう呼ばれていた時期のことが理由だった。
萌の声は、その頃の顔見知りに似ている。
ハセヲと呼ばれる度、リョウは彼女を思い出してしまう。
その少女――かどうかは微妙だが――自体のことは別に問題ではない。
さほど仲がよかった訳でもない相手、友達以前の知り合い――隣のクラスの同級生みたいなものだ。
しかし、その声を聞けば彼女に連なる人々――リョウにとって大切だった、今は会えない二人のことをどうしても思い出してしまうのだ。
一人は、どこにいるかもわからず行方不明。
もう一人は、理由もわからないまま病院のベッドで眠り続けている。
余りにも唐突で不条理な、現実の悲劇。
それに対して、リョウは逃げることしか出来なかった。
その結果、今こうしている。
449 :痛みの果てに 7:2006/09/18(月) 06:30:36 ID:/2VLvkTS
萌への想いが、偽りだとは思いたくない。
彼女のことは好きだ。
よく変わる表情、少し癖のある髪、細くしなやかな体つき、少し躁鬱入った性格も。
それでも、この恋が痛みからの逃避であることは否定できない。
もし二人との別れがなければ、彼女と恋に落ちただろうか?
答えは多分――Yes、ではない。
そもそも「彼女」が意識不明にならなければ、この夏は全く違う季節になっていただろう。
リョウと「彼女」は恋人同士、だったのだから。
胸のあたりに痛みを感じて、リョウは思わず顔を伏せた。
嫌になるぐらい静かな住宅地には、わずかな命の残り火を燃やす蝉の声しか聞こえない。
だが、自分にどんな選択が出来たと言うのだろう。
個人情報の保護とやらの理由で、「彼女」の容態をリョウはほとんど知らない。
ただ、第一発見者だったハセヲに怒鳴り込んで来た「彼女」の母親の様子から、良くはない事が容易に推察できた。
それ以来、「彼女」がどうなったかは全くわからない。
そんな状況で、自分を好きになってくれる少女と出会った。
どうして、拒むことが出来ると言うのだろう。
神様だって、自分を裁く権利はないはずだ。
「くっ……」
雫がこぼれ始めた目蓋をこすって、リョウは顔を上げようとした。
どうしようもない。
一人になると、このことばかり考える。
それが嫌で、萌に甘えてしまう。
リョウの心が自己嫌悪で震えた瞬間。
体が、不意に震えた。
錯覚かと思い一瞬驚いたが、すぐに違うことがわかった。
震えているのは、ポケットの中の携帯だった。
作業的に取り出し、液晶で相手を確認する。
そこには、ありえるはずのない四文字――「七尾志乃」が映っていた。
724 :痛みの果てに 8:2006/10/06(金) 00:43:52 ID:FfTzp415
瞬間、リョウの頭の中で核爆発が起きた。
視界が真っ白になり、喜び、不安、後悔、罪悪感、猜疑といったいくつもの感情が
まるで爆発するかのようにあふれ出していく。
念のため断っておくが、核爆発とはもちろん比喩表現である。
彼は脳内物質としてプルトニウムやヘリウムを分泌するような特異体質ではない。
気を失いそうになりそうな、心の暴風。
その間にもコールは続き、やがて一分ほどして止まった。
携帯の振動が止まってから更に一分。
バスの扉が閉まる音で、リョウはようやく平静を取り戻した。
少しずつ体に力を入れ、凍りついた四肢を動かしていく。
特に重たくなっていた右手で携帯を取り出し、画面を見ると留守電の表示があった。
念入りに深呼吸して覚悟を決め、リョウはボタンを操作しながら携帯を耳に当てる。
スピーカーから聞こえてきたのは、彼女と似た、少しだけ老けた声だった。
「すみません、三崎リョウさんでしょうか……私、七尾の母です。
その、今更かもしれませんが、お話したいことがあって……また、お電話します」
志乃ではなかったことに僅かに安堵して、リョウは折り返し電話をかけた。
次のバスが来るまで、まだ時間はある。
725 :痛みの果てに 9:2006/10/06(金) 00:45:55 ID:FfTzp415
「…………もしもし」
しばらくコール音がなり、それに代わって先程の女性が電話に出た。
「……三崎ですけど」
「……あ、はい」
呆けたように、女性が答える。
彼女とは、志乃が病院に収容された時に会って、それっきりだ。
「……あの、ごめんなさい」
「え?」
思わぬ言葉に、リョウが目を丸くする。
電話だから、相手には見えないだろうが。
「志乃が倒れた時……私、あなたに酷いことを言ってしまって」
「あ……はい」
まだ少し混乱しながら、リョウは何とか答える。
正直あの日の事はよく覚えていなかったが、彼女に怒鳴り散らされたことは記憶に残っていた。
何でこんなことになったんだ、あんたが責任を取ってくれるのか、もう娘には近づかないでくれ。
そんなことを言われたはずだ。
確かに、酷い。
テレビ画面の向こうのドラマを見るような気分で、リョウは思った。
「その……三崎さんは、娘と親しかったんですよね」
「え?……はい、まあ」
親しかった、という言葉にリョウは胸を捕まれたような錯覚を覚えた。
動揺を声に出さないようにしながら、適当に相槌を打つ。
「本当に、すみませんでした……つらいのは、あなたも同じはずなのに」
「い、いえ……」
繰り返される謝罪の言葉に、リョウはそう答えることしかできなかった。
現実に、心が追いついていかないのだ。
「娘は、まだ目を覚ましません。よかったら……見舞いに行ってやってください。
それでは……許してもらえるとは思えませんが、せめて娘を……お願いします」
半ば涙声になりながら短く病院名と最寄り駅を告げ、志乃の母親はそう言って通話を打ち切った。
一人残されたリョウは、ため息をついてバスを待つことしか出来なかった。
726 :痛みの果てに 10:2006/10/06(金) 00:48:07 ID:FfTzp415
それからどうやって家に帰ったかは、よく覚えていない。
気がついたら部屋のベッドに横になっていた。
曖昧ながら自力で帰宅した記憶はあったので、別に倒れたとかそういうわけではないようだった。
いっそ倒れてしまえれば気楽でよかったのに。
ひどく独りよがりな事を考えながら、リョウはのろのろと体を起こした。
窓の外に目を移すと、景色はまだ明るい。
何をするともなく、枕元に転がっていたメディアプレイヤーを起動して適当に音楽を流す。
「………………はぁ…………」
―――することがない。暇だった。
ガンプラ作りというインドアの趣味を持っているおかげで、普段ならこういった時間を持て余す事はない。
むしろ、時間が足りなくて積んでいるプラモが何体もある。
しかし、今は一人でいることに耐えられそうもない。
誰かと話していないと、どうにかなってしまいそうだった。
だが、この時間帯は連絡のつきそうな相手がいない。
仲のいい友達はバイトやら旅行やらで夏休みになってから殆ど(特に日中は)つかまらなくなっているのだ。
なら、どうする?
志乃の見舞いにでも行くというのか?
それは、それだけは出来ない。
―――志乃の母はああ言ってくれたが、自分にはそんな資格はない。
オーヴァンが居ない今、本当なら是が非でも傍に居てやらないといけないはずの自分は今日まで一体何をしていた?
現実から目を背けて、手近にあった温もりに縋り付いて。
彼女を省みることすら避けていた。
今更、どの面下げて会えるというのだ。
「くそっ……」
小さくつぶやいて、手近にあった雑誌を壁にたたきつけた瞬間。
耳元の音楽が、不意に止まった。
どうやらバッテリー切れらしい。
「くそ……」
こうなると、すべてが腹立たしい。
ベッドを叩いてひとしきり八つ当たりした後、リョウは起き上がって机の上のパソコンを起動させた。
この小型のプレイヤーは、パソコンの端子からの電力供給で稼動するようになっている。
プレイヤーをスロットに差し込み再びすることがなくなったリョウは、気を紛らわそうとブラウザを立ち上げた。
リョウはどちらかといえばネットには疎かったが、ガンプラやファッションなど興味ある方面にはいくつかの巡回先がある。
それを見ているだけでも、時間は潰れる。
727 :痛みの果てに 11:2006/10/06(金) 00:50:34 ID:FfTzp415
(……結局今年はガンダムの新作はなしか。「閃光のハサウェイ」がOVAになるってやっぱりネタだったのかな……ん?)
久しぶりのネットサーフィンはそれなりに面白く、リョウがそれなりに上機嫌に楽しんでいると。
“The Worldはじめました”
ホビー系の日記サイトで、時期はずれの中華料理屋のような見出しが目に入った。
「ここでもThe Worldかよ」
あまりにも本末転倒な事態に、リョウは思わず苦笑した。
ネットワーククライシス以後では最古参のゲームであり、
全世界で1200万人以上の会員を誇るというその規模からすれ別に驚くようなことでもないかもしれないが、
なんと言うタイミングだろう。
見出しをクリックして全文を表示すると、そこでは友人から誘われてゲームを始めたこと、
色々と曰くのあるゲームだが実際やってみると意外と面白い、といった内容が明るい調子で書かれていた。
「逃げれば逃げただけ、ツケは回ってくるか」
寝癖混じりの髪を無造作にかき回して、リョウはうな垂れた。
記憶に刻まれたものは、決して切り捨てることが出来ない。
そして自分にとって志乃は、他のどんなものよりも鮮烈に記憶に刻まれていた。
ブラウザを閉じ、リョウはしばらく机の上に突っ伏した。
目に映るものは無機質な机の板以外何もなかったが、脳裏には志乃との思い出が鮮やかに浮かぶ。
「やめちゃ、駄目だよ」
「ようこそ、The Worldへ」
「じゃあ、もうしなーい」
「知りすぎて楽しいことなんて、何もない」
「私……頑張らなきゃね」
「だから、おまじない」
「よかったら、リアルで会わない?」
「それが、私にとってのThe World」
「……来て、くれたんだ」
「私の気持ちを、どうしてハセヲが決めるの!?」
「スイカズラの花言葉、知ってる?」
「泣いちゃ駄目だよ、男の子でしょ」
涙があふれそうになったまぶたをこすって、リョウは再び顔を上げた。
もう、逃げることも目をそらすことも出来ない。
志乃は、自分が好きな七尾志乃は、ゲームをしていてる最中に意識不明になった。
自分はその重みに耐えられず、同級生との恋愛に逃避した。
それが、三崎リョウが今置かれている現実だった。
728 :痛みの果てに 12:2006/10/06(金) 00:52:37 ID:FfTzp415
現実が認知できたからといって、それを即座に変革できるわけではない。
ロックが国民主権を唱えてから、アメリカ独立においてその理想が実現するまで100年近くかかったように。
あるいは二十世紀末にオゾンホールが発見されてから、フロン全廃に10年以上かかったように。
リョウは、これからどうするべきかを考えあぐねていた。
逃げられないと言っても、だったら具体的にどうすればいいのか。
それが皆目見当つかない。
とにかく、志乃の為に何かしたい。
しかし、自分に何ができるというのだろうか。
出来る事があれば、なんでもする。だが、何が出来るのかわからない。
見舞いに行ったからといって、それが何になる?
自分が見舞いにっても、彼女の容態は変わらない。
だが、それ以外リョウに出来ることはない。
結局、自分は無力なのだ。
問題は、それだけではない。
久保萌。
今の自分にとって、彼女が大切な存在なのもまた事実だった。
逃げないと決めた今に至っても、彼女への想いは消えない。
それは、単に彼女の気持ちを傷つけたくないという消極的な感情ではない。
傍に居てほしい、話をしていた、肌を重ねてみたい。
志乃に対して抱いた想いと同じものを、萌に対しても持っていた。
それは、志乃の問題から逃げないと決めた今に至っても変わらなかった。
(何てことだ……)
今のリョウにとっては無力感より、こちらの方がむしろ問題だった。
無愛想な態度と攻撃的な物言いから誤解されることが多いが、リョウは本質的には実直で朴訥な少年である。
そういった気質を持つ彼は、今の自分の想いを酷く不誠実だと感じていた。
とはいえ、気持ちの問題である以上どうすることも出来ない。
「はぁ……」
茜色の斜陽に照らされた伽藍の中で、リョウは溜息をついた。
落日の伽藍と言っても、それは現実の光景ではない。
M2D(マイクロ・モノ・ディスプレイ)に映し出された、
ポリゴンとテクスチャの塊――いささか古い言い回しを使えば仮想現実である。
虚構の中に存在するこの伽藍の名を、グレーマ・レーヴ大聖堂という。
The Worldに存在する、ロストグラウンドと呼ばれる特殊なエリアの一つ。
そして、志乃のPCが消えた場所でもあった。
なぜこんなところに足が向いたかは、自分でもよくわからない。
半ば自棄気味にログインして、気がついたらここに来ていた。
墓参りと言うには余りにも生々しく、見舞いというには空疎な気分で、
ハセヲ――リョウのPCは、大聖堂の天井を見上げた。
作り物とはいえ、夕日が目にしみる。
729 :痛みの果てに 13:2006/10/06(金) 00:54:53 ID:FfTzp415
リョウが何度目かになる溜息をついた、その瞬間。
大聖堂の静謐を、軋むような音が破った。
「でさー、その時のそいつの顔が!」
「また初心者狩りかよ。よく飽きねーな」
「いやいや、楽しいものは何回やっても楽しいものさ。お前もやりなって」
「バーカ。今の時代は中級者狩り!これに尽きるね……って、あ?」
扉を開いて入ってきたのは、見知らぬ二人組だった。
悪質なPKを隠そうとしない、むしろ誇るような彼らの会話に、リョウが奥歯を噛み締めた。
「へぇ、珍しい。ロストグラウンドに人がいる上に、錬装士(マルチウェポン)かよ」
「まったくだね。ねーキミ、お名前なんてーの?」
ハセヲの存在に気づいた二人組は、おどけた口調で声をかけた。
それを無視して、リョウは彼らに向かって静かに口を開いた。
「………失せろ」
「は?」
「失せろって言ったんだよ」
揶揄ではなく本当に聞こえていなかったらしく、二人組の片割れが間抜けな声を出す。
それに対して、今度は半ば怒鳴るような調子でリョウは言い放った。
彼らの会話は愚劣で不穏当なものであったが、最近のThe Worldでは珍しいものではない。
この種の会話は、パーティチャットやウィスパーだけでなく公共の場であるはずのルートタウンですら聞くことがある。
だから、リョウはこの手のノイズにとっくに慣れているはずだった。
しかし―――
ここではそんな話、聞きたくなかった。志乃やオーヴァンとの思い出が詰まった、ロストグラウンドでだけは。
「何で?キミ、管理者?違うでしょ?」
「そうそう。プレイヤーにプレイヤーを拘束する権利とかないし。規約にも書いてあるよんwあ、もしかして月の樹の人?」
「あ、なるほどー!納得ー、それじゃ、やっちゃう。うざいからw」
あからさまに馬鹿にした口調で会話を交わし、二人組はハセヲに武器を向けた。
画面がバトルモードに切り替わり、ハセヲの手にも得物である大剣が現れる。
リョウはM2Dに映し出されたその光景を見つめながら、僅かに口元を歪めた。
730 :痛みの果てに 14:2006/10/06(金) 00:57:32 ID:FfTzp415
戦闘はハセヲの一方的な勝利という形で、呆気ないぐらい早く終わった。
ハセヲの方がレベルが若干高いということもあったが、プレイヤースキルが違いすぎた。
おそらくは一方的に相手をいたぶることを専らとしてきたであろう彼らに対し、
ブランクがあるとはいえハセヲは対多数のPvPに慣れている。
一対二でも、負ける道理はなかった。
「た、頼む!何でも言うことを聞く!助けてくれ!」
二人組の片割れは既にハセヲの背後でHPを失って死体となり、
もう一人は回復の間がないことを悟って命乞いを始めている。
「な、何なんだよ一体!まさかあんた、三爪痕(トライエッジ)……?」
「は?」
聞いたことのない言葉に、止めを刺そうとしたハセヲの手が一瞬止まる。
「な、なんだ、知らないのかよ……」
ハセヲの反応に、男があからさまに安心した声音で呟く。
文脈からすればおそらくPKの通り名だろうが、彼の怯え方は尋常ではない。
「そのトライエッジとやらについて知ってることを話せ。内容次第では助けてやる」
不思議と興味を引かれ、ハセヲは大剣を振りかざしたまま男を尋問した。
「わ、わかった。三爪痕ってのは、最近よもやまBBSとかで話題になってるPKだ。
ロストグラウンドにSIGN――三角形のマークがあるだろう?
あそこから蒼い炎を纏ったPCが現れて、キルされたPCは消滅、プレイヤーは意識不明になるって言う……」
男が語る言葉に、リョウが目を見開く。
まともに考えれば余りにも非現実的な話だったが、それはリョウの知る現実と符合していた。
志乃が消えたのは三角形のマークの傍で、そこには何かの名残のように蒼い炎のエフェクトが残っていた―――!
「隣の奴を連れてさっさと失せろ。二度とロストグラウンドには近づくな」
「わ、わかった!」
スキルトリガーボタンに指を掛けたまま、リョウは静かに言い放った。
男はこれ以上抵抗する愚を悟ってか、ハセヲの言葉に素直に従った。
二人組が消え、何事もなかったかのように黄昏の大聖堂は静寂を取り戻した。
しかし、リョウの心はそれとは対照的にひどくざわついていた。
意識不明者を生み出すPK、三爪痕。
もしそれが実在し、志乃をキルしたのだとすれば―――
リョウは一瞬だけまぶたを伏せ、それからすぐにPCを動かし始めた。
牢獄から開放された囚人のような足取りで、ハセヲは大聖堂を後にした。
775 :痛みの果てに 15:2006/10/10(火) 21:06:52 ID:zdXmi1nb
「戦いに!」
「傷つく貴方を!」
「癒します!」
「「「我ら!回復戦隊、肉球団!」」」
理屈ではなく本能で恥ずかしさを覚えるような掛け声を大音量で発しながら、
三人のPCが器械体操のような不思議なポーズをとっている。
M2Dを介して目に映る光景に頭痛を感じながら、三浦静香は静かに溜息をついた。
ここが関係者以外立ち入れない閉鎖空間―――ギルドの@homeでよかったとつくづく思う。
これが街中だったら、彼女はは恥ずかしさの余りしばらく歩けなくなっていただろう。
「こんなかんじにしようと思うの!どうかな?」
返答に困り黙り込んだ静香に、三人の真ん中で踊っていた猫耳の少女が満面の笑みで詰め寄ってくる。
その表情を見て、静香は実家に帰省した時遊んでやった姪っ子の顔を思い出した。
今年小学校に上がったばかりの彼女は綾取りが好きで、よくわからない形を組み上げては静香に見せていた。
「うーん、そうね。前衛的でいいんじゃない?」
何とか穏当な表現をひねり出し、静香は曖昧に微笑んだ。
前衛的。こう言っておけば、大抵の理解不能な創作物は片付けることが出来る。
「そう?やったあ!じゃあ、決まり!これで行こう!」
くるくると踊って、少女は背後で待機していた二人組の方へ戻っていった。
それを眺めながら、静香は再び溜息をついた。
折角の休みだというのに、自分は一体何をしているのだろう。
二十四歳。普通なら結婚に向けて男性関係に積極的になっている年頃のはずだ。
だというのに、平日は仕事に追われ帰ってきたらネットゲーム。
休日になったら掃除と選択に追われ、それが終わったらすることがなくてやはりゲーム。
いまどき、小学生でももう少し色気のある生活を送っているだろう。
776 :痛みの果てに 16:2006/10/10(火) 21:09:57 ID:zdXmi1nb
「Bさん?Bさーん」
順調に負け犬フラグが立ちつつある現状に絶望しかけた静香の心を、耳元の声が引き戻した。
Bさんとは静香のPC――Bセットのことだ。
猫耳少女――タビーは彼女のことを敬称とも愛称とも付かないこの不思議な言葉で呼ぶ。
「あ、ああ。ごめんなさい。何?」
「作戦会議。何かいいアイデアないかなー、と思って。
清作は有名なPKとかPKKについて回るのが効果的なんじゃないかって言うんだけど」
タビーの言葉を受けて、背後の二人組の片割れ――長髪を馬の尾のようにまとめた精悍な顔立ちのPCが頷く。
「うーん、それも目立つだけならいいかもしれないけど……とばっちりで貴方たちもPKされるかもしれないわよ。
犯罪者の前で被害者治したら、只じゃすまないでしょ」
「それもそうか。うーん……」
「やっぱり地道にやるのが一番なんじゃない?プラットホームの前で陣取ってくるパーティを回復するとか」
声を出してうなり始めたタビーに、二人組のもう一人が横槍を入れる。
少年とも少女とも付かない中性的で愛らしいPCに違わずその声は声変わり前の少年のものだったが、
語調はこの場の誰よりもしっかりしている。
「そうだね、それじゃしばらくはそれで行こう!でもって、肉球団の名前をThe Worldに知らしめるのだー!」
「おーっ!」
無言のBセットの前で、三人は意気高く拳を突き上げた。
777 :痛みの果てに 17:2006/10/10(火) 21:13:02 ID:zdXmi1nb
「さて、いい感じに決まったから今日は解散!明日からは早速活動に入るよ、
時間は午後三時。集合はここ、@home!おやつは三百円まで!」
「「はい!」」
最後の一言以外はギルドマスターらしいタビーの仕切りに、二人が元気よく頷く。
「じゃあねー、二人とも頑張ってねー!」
笑顔で手を振るタビーに見送られ、リアルの都合があるという二人は姿を消した。
「うーん、順調順調。ギルドなんて、やってみると意外とどうにかなるもんだね」
「そうね。結構板についてたじゃない、ギルドマスター」
「そう?えへへ、そう言われると嬉しいな」
目を橋のようにして、タビーが笑う。
最初彼女から唐突に初級者・中級者の支援ギルドを作ると聞かされたときは大丈夫なのか、
って言うかお前も初心者じゃないのかとずいぶん不安になったものだが、この分ならそれは杞憂だったようだ。
まだ二人とはいえメンバーとの関係も良好のようだし、回復専門という現実的かつ具体的な方針もある。
まあ、あのポーズもインパクトという点では効果的だろう。
タビーは、まだ笑っている。
「それにしても最近あなた、妙に元気ね。もしかして男でも出来た?」
その笑顔が余りに幸せそうだったので、静香は思わずからかうような冗談を口にした。
しかし―――
「あ、わかる?やっぱり、わかっちゃう?」
藪をつついたら蛇が出た。
タビーの言葉に、静香はそれこそ毒蛇に咬まれたような衝撃を受けた。
男、男だと!?
「そっかー、女同士だもんねー。やっぱりわかるか」
微動だに出来ないBセットを無視して、タビーは両手に頬を当て自分の世界に浸っている。
「ど、どういうことなの!?詳しく教えなさい!」
何とかして気を取り戻して、静香はタビーを怒鳴りつけた。
「え?何、聞きたい?しょうがないなぁ……」
778 :痛みの果てに 18:2006/10/10(火) 21:15:08 ID:zdXmi1nb
………………
聞かなきゃよかった。
一時間弱にも及んだタビーの惚気を聞き終えた静香は、心底そう思った。
学校の補習で出会った隣のクラスの同級生が格好よくて、告白したら上手く言った。
それからはずっとラブラブで、親の不在にかこつけて勉強会と称しては家に連れ込んでいる。
色ボケした女特有の断片的かつ婉曲的な彼女の言葉から推察すると、そういうことになっているらしい。
「何でだー!!!」
「え、何で怒るの?」
思わず絶叫した静香にタビーが素っ頓狂な声を出す。
手元にあったペットボトルを壁に殴りつけ、更に液晶にパンチを叩き込もうとして静香はようやく我に返った。
「はぁ、はぁ、ごめんなさい……いや、ちょっとした発作なのよ。びっくりするとこうなっちゃうの」
深呼吸して気を落ち着け、何とか取り繕う。
冷静に考えてみれば、自分がここで怒る道理はない。
ただ、己の男運のなさを嘆いた直後だったからから過剰反応してしまったのだ。
落ち着いてしまえば、自分の大人気なさが恥ずかしくすら感じられる。
「そうなの?大変なんだね」
余りにも出鱈目な言い訳だったが、タビーは素直に納得してくれた。
それが彼女らしい優しさによるものなのか、勝者の余裕なのか、それとも単なる色ボケなのか。
その心中は静香にはわからなかったが、取り敢えずは有難い。
「まあ、楽しいことだけでもないけどね。彼は……」
「え?」
「あ、たいしたことじゃないから。気にしないで、最近気にならなくなったし」
「そう」
言われたとおりに、静香はそれ以上追及することはしなかった。
言い訳を素直に聞いてくれた礼という意味合いもあったが、
彼女の惚気をこれ以上聞きたくないというのが主要な動機である。
何か影があるような言い方をしているが、どうせ内実は些細なすれ違いに違いない。
例えば昔会っていたのに向こうだけ忘れていたとか、そんなような。
「あっ……」
「あら」
会話が途切れる一瞬を狙っていたかのように、メッセンジャーが音を立てた。
表示された文字に、二人が同時に反応する。
ディスプレイに映った文字列は、二人の共通の顔見知り――ハセヲのログインを教えていた。
779 :痛みの果てに 19:2006/10/10(火) 21:17:23 ID:zdXmi1nb
「へぇ、帰ってきたんだ、彼」
「そうみたいだね」
ハセヲは、以前タビーと同じギルド「黄昏の旅団」に所属していたPCだった。
彼らとは入れ違いになったが「黄昏の旅団」にはBセットも所属していた経験があり、タビーともその縁で知り合った。
ここ一ヶ月ほど姿を見ていなかったが、どうしていたのだろう。
「………」
「何?会いに行かないの?」
「えっ!?あ、あはは、どうしようかなー、って」
タビーは先ほどの元気は何処へやら、急に黙り込んでしまった。
「どうしたの?前はあんなに必死に探してたじゃない」
「い、いや、都合悪かったらどうしようかなー、と思って」
「busyになってないじゃん。悪くはないはずだけど」
妙に歯切れが悪いタビーに、静香は思わず首をひねった。
一ヶ月ほど前彼が急にログインしてこなくなった時、タビーは真剣に心配していた。
病気になったのではないか、まさか自分が何か酷いことを言ってしまったのではないか。
挙句の果てには借金のかたに地下労働場に引っ立てられたのではないか……
単に忙しいだけじゃないか、と言ったBセットとは対照的に、タビーは非現実的とも言える次元で彼を心配していた。
最近は鳴りを潜めていたが、まさか忘れていたわけでもないだろう。
なのに、なぜ会いに行かないのだろう。
少し考えて、静香は思いついた事をそのまま口にしてみた。
「まさか、あんたハセヲのこと好きだったんじゃ」
「ええ!?ななな、何でそうなるの!?」
「だったら説明付くじゃない。待ってる間にリアルで彼氏が出来ちゃって、それで顔をあわせづらいと。
そういえば、あんたがハセヲの事あんまり気にしなくなったのその遊園地デートとやらの時期ぐらいじゃなかった?」
「ち、違うよ!彼のことは……いや、その」
自分で言っていて無理のある話だと思ったが、タビーの反応からすると図星らしい。
惚気のお返しとばかりに、静香は言葉を続けた。
「いや、怪しいとは思ってたのよ、あなたのハセヲへの態度。時々じーっと見つめたりしてさ」
「ち、違うよ!大体、見つめるってゲームじゃん!!」
「いやいや、女同士だからわかるのよ。愛はディスプレイを超える、なんてね」
「違うよぉ、ハセヲは……」
半ば涙声になったタビーをからかいながら、静香が笑う。
さっきへこまされた分をお返しできているようで、いい気分だった。
「いや、わかってるから。あるわよね、そういう事」
「だから……もう……」
「心配しなくても、その内ハセヲとは話せるようになるって。こういうのは時間が……おっと」
ようやく年上の威厳を取り戻して上機嫌でいると、不意に机の上で振動音がした。
携帯に着信しているようだ。
780 :痛みの果てに 20:2006/10/10(火) 21:21:51 ID:zdXmi1nb
「あ、ごめん。電話きたみたい」
言うだけ言って、静香はM2Dを一旦外した。
外す瞬間、タビーの安心したような溜息が聞こえた。
「あら……今日は待ち人来る日なのかしら。もしもし」
液晶に映った名前を見て、静香は目を丸くした。
しばらく音信不通の相手だったからだ。
「……え?はい、そうですけど。はい。え?……え、どういうことですか!?」
しかし、受話器の向こうから聞こえてきた声は静香の友人の声ではなかった。
見知らぬ相手の声に、静香は声を上げる。
「……すみません、今ちょっと。あ、すぐ終わります。またこちらから。はい、すみません」
一旦会話を打ち切って、静香はM2Dをかぶり直した。
これはゲームの片手間に聞くような話ではない。
「ごめん、大事な話みたい。一旦落ちるわ」
「あ、そう……またね、Bさん」
「うん。あんたも……いや、なんでもないわ。じゃあ」
言うが早いか、Bセットは踵を返して@homeを出た。
そのまま、ログアウトしてM2Dを外す。
すぐにはリダイヤルせずに、深呼吸した。
これから聞くであろう話の内容を考えれば、気持ちは落ち着けなくてはならない。
「……よし」
自分に言い聞かせるようにつぶやいて、静香は携帯を操作して耳に当てた。
相手は、すぐに出た。
「もしもし。すみません、大丈夫です。
お話の続きですが……その、疑うわけではないんですが、本当なんでしょうか。
志乃が、娘さんが意識不明って……」
947 :痛みの果てに 21:2006/10/17(火) 21:30:52 ID:X/VwdpE7
「冗談じゃないわよ……」
三十分程に渡る通話を終え、携帯を机の上に置いた静香は吐き捨てるように呟いた。
顔が歪んでいるのが鏡を見なくても分かったが、怒っているわけではない。
志乃の母親を名乗った女性から聞かされた話によると、志乃は静香が最後に会った直後から原因不明の昏睡状態になっているらしい。
静香への電話は、半月ほど前彼女が残した着信履歴からたどって来たものだった。
…………静香にとって志乃は、親しいと言える仲ではなかった。
何の因果か付き合いだけは長いが、それだけだ。
ただ一度同じギルドに所属していた事意外は余り接点がなかったし、ギルド―――黄昏の旅団に居た頃もついぞ友情を感じることはなかった。
同じ相手に好意というか、興味を抱いていたこともあったが、理由はそれだけではない。
彼女の事が、静香は苦手だった。
常に微笑を絶やすことなく、それでいて芯をしっかり持つ。
時折厳しいことも言うが、柔和な態度を崩すことはない。
かといって真面目一辺倒なつまらない女と言うわけでもなく、その言葉にはしなやかな機知と仄かな色香を漂わせている。
これがロールプレイだとしたらまだ救われたのだが、リアルで会ってみたらそのままだったのだからたまらない。
それに比べて………静香は、志乃と会う度そんな思いを感じた。
根暗で優柔不断、痩せぎすな上に仕事一辺倒で色気もない。
かといってネットで積極的になれるわけでもなく、ただ無気力に時間を浪費する。
つまり、女としての劣等感を感じていたのだ。
機嫌が良い時は適当に調子を合わせて笑う事も出来たが、へこんでいる時はそんな余裕などない。
二十歳を超えればそれが逆恨みだと言うことは自覚できたが、それを割り切れるほど静香の心は枯れていなかった。
いっそ消えてくれれば。
そう思ったことも、一度や二度ではない。
志乃は、三浦静香にとってそんな存在だった。
だが―――どうしたわけか、今の自分に爽快感など微塵もない。
哀しみと、彼女の容態への不安、そして自分への訳のわからない怒り。
ただ、それだけだった。
これじゃまるで、親友みたいじゃないか。
声に出さずに呟いて、静香は机に突っ伏した。
今日が休日でよかった。
この体たらくでは、しばらく自分は使い物にならないだろう。
何故か頬を涙が伝うのを感じながら、静香は午睡の中に落ちていった。
948 :痛みの果てに 22:2006/10/17(火) 21:33:11 ID:X/VwdpE7
「戦いに!」
「疲れた貴方を!」
「癒します!」
「「「我ら!回復戦隊、肉球団!」」」
掛け声とともに、登録したショートカットで目の前のPCに「活力のタリスマン」を使用する。
既に条件反射になってしまった操作を終え、久保萌は小さく深呼吸した。
「あなたの、そしてみんなの支援ギルド肉球団!よろしく~」
既に何度繰り返したかわからない一連の動作を終え、目の前のPCの反応をうかがう。
今回の相手は、褐色の肌をスーツで覆い、ロマンスグレーの髪を固めたダンディな紳士だ。
「……ありがとう。丁度アイテムが心許なくなってきたところだった、助かったよ。何か礼をしたいが……」
紳士は一瞬だけ黙り込んだ後、その容貌に違わぬ渋い声で答えた。
「いーえ、ボランティアですから!感謝してもらえれば、それがお礼です!」
紳士の丁寧な返礼に、萌は少し浮かれた口調で答えた。
現在の位置に陣取ってかなりの間活動してきたが、こういった反応は珍しい。
大抵は一瞥して通り過ぎるか鼻で笑って捨て台詞を残していくかで、たちの悪い場合いきなり怒鳴られることまであった。
「そ、そうか。では、すまないが時間が押しているので失礼する。君たちに黄昏竜と女神アウローラの加護があらんことを」
節度と礼儀を失わない口調でそういって、紳士は去った。
「いやー、やっぱりいい人はいるもんだね。社交辞令でも嬉しいな」
萌のPC――タビーが上機嫌で後ろの仲間を振り返ると、何故か背の高い方――清作が考え込むような表情をしていた。
「そうですね。それにしても……」
「どうしたの、清作?」
「いや、さっきの人どこかで見たような……」
「もしかしたら、有名人だったりしてね!このクエスト、話題になってるみたいだから」
記憶をたどっているらしい清作に、背の低い方――英雄が茶々を入れる。
あの紳士が有名人かどうかは置いても、実際このクエストの注目度は相当のものだろう。
実際、肉球団としても三日間このプラットホームで入れ食い状態だった。
痛みの森。
それが、このダンジョンで開催されているクエストの名である。
滅多にないソロプレイ専門の上に短期限定と言うこともあるが、何より目を引くのはそのストイックなまでにハードな内容だった。
ダンジョンレベル設定なし、出現する敵はすべてエリアボスまたはそれに準じる強力モンスター。
エリアワードはクエスト終了後廃棄、クリア報酬非公開。
どちらかと言えばライトユーザー向けだった従来のクエストを考えれば、どれをとっても他に例を見ない異例尽くしである。
自然それは注目と話題を呼び、ここ一ヶ月ほどよもやまBBSのThe World板は痛みの森関係のスレッドで埋め尽くされていた。
他愛のない期待スレッド、攻略、死亡報告といったお約束から世界観的な考察、果ては最近話題の「未帰還者」と関連づけた怪談めいたものまで。
肉球団はそのブームに便乗する形で、ここ数日活動していた。
効果の程は……すぐにはわからないだろうが、感覚的にはそれなりにあったと思う。
結構な数のPCに回復をする事が出来たから、少なくとも宣伝にはなったはずだ。
清作から聞いた話では、よもやまBBSの関連スレッドでも何度か名前が出ているらしい。
とにかく、失敗と言うことはないはずだ。
まだ完全にクエストが終わったわけではないが、萌は既に確かな満足感を感じていた。
こんに夢中になって頑張ったのは、生まれて初めてかもしれない。
おかげで、リアルではひきこもり一歩手前の生活になっていたが……
949 :痛みの果てに 23:2006/10/17(火) 21:35:16 ID:X/VwdpE7
「タビーさん、これからどうしましょう?」
「にゃ?」
「そろそろ、潮時だと思うんですが」
清作の声で我に返ると、英雄の小さな欠伸が聞こえた。
時間は遅く、そしてタイムリミットも近い。
「そうだね。それじゃそろそろ……あ」
萌がそう言いかけたところで、足音が聞こえた。
「まだいるみたいですね」
「それじゃ今度ので終りね。最後のお客さん、綺麗に締めよう!」
「「はいっ!」」
萌の激に、二人が元気に答える。
気合を入れなおすように、萌は頬を叩いた。
「戦いに!」
「疲れた貴方を!」
「癒しま……え?」
折角の気合は、空振りに終わった。
少しずつ大きくなってきた足音ともに姿を現したのは、萌がよく知る黒衣の錬装士だった。
「……ハセヲ?」
「何やってんだよ、こんな所で」
「え?あ、ああ……」
真っ白になった頭のまま、萌がしどろもどろに答えた。
ハセヲは、感情を凍りつかせた冬の水面のような表情でタビーを見ている。
「ハセヲ?……PKKの」
「え?」
二人のやり取りに、清作が抑えた声で横槍を入れた。
PKKと言う言葉に、萌が思わず反応する。
「へぇ、もう知ってる奴いるんだな。だったら丁度良い。お前ら、三爪痕を知っているか?」
酷く冷たい、秋の風のような声でハセヲが言う。
こんな声は、リアルでもネットでも聞いた事がない。
「知りませんし興味もありません、そんな都市伝説……僕たちも、キルするつもりですか?」
「まさか。聞いてみただけだ。じゃあな」
同じく冷たい声で答えた清作に吐き捨てるように言って、ハセヲはダンジョンの奥に歩いていく。
冷房のせいだけではない寒さに震えて、萌は思わず両腕を抱いた。
950 :痛みの果てに 24:2006/10/17(火) 21:37:19 ID:X/VwdpE7
「清作、どういうこと?」
「何がですか?」
「とぼけないで。ハセヲがPKKって……どういうこと?」
ハセヲの姿が見えなくなり、タビーは視線を清作へ向けた。
彼の態度はいつもと変わらず冷静に見えたが、それがかえって怒りを煽る。
「BBSで偶然見かけたんです。黄昏の旅団の元メンバー、錬装士のハセヲが無差別にPKKをしてるって」
「何で!ハセヲが、どうして、そんなことするはず!」
感情だけが、萌の口から溢れる。
PKよりはましとはいえ、自衛以外のPKKは決して誉められる行為ではない。
ましてや、無差別になど――それじゃ、PKと変わらない。
萌の知るハセヲは、三崎リョウは、そんなことはしない――はずだった。
「落ち着いてください……彼は、否定しませんでした。それが事実です」
「どうして教えてくれなかったの!?」
「教えてどうしたって言うんです?タビーさんは、彼のこと避けてたじゃないですか!」
清作の言葉に、萌が思わず口元を抑えた。
確かにそうだ。自分は彼とこの世界――The Worldで会うことを避けていた。
それを清作には何度か相談していた。
だから――自分の言ってることは、滅茶苦茶だ。
「でも、それなら――聞いてたら」
「何かした、って言うんですか!?僕たちを放っておいて!」
「やめてよ、二人とも!」
売り言葉に買い言葉で荒れ始めた二人の口論を、英雄の怒声が遮った。
「せっかく、うまくいったのに……仲間なのに……どうして……」
気まずい沈黙の中に、彼の小さな嗚咽だけが響く。
「……ごめん、八つ当たりして」
「僕も、言い過ぎました。すみません」
それだけ言って、ログアウトするまで三人は無言で歩いた。
224 :痛みの果てに 25:2006/10/29(日) 05:58:18 ID:3svhN0Yj
「くそっ……」
M2Dを乱暴な手つきで外して、三崎リョウは握り締めた拳を机に叩きつけた。
低い音とともに拳が鈍く痛み、それが過敏になった神経を逆撫でする。
大聖堂を訪れたあの日以来、リョウはひたすらディスプレイに向かい続けていた。
目的はただ一つ、三爪痕の追跡である。
追跡といっても、検索エンジンに語句を打ち込んで掲示板の過去ログを総ざらいする程度ではない。
リョウが行使した手段は、より積極的なもの――The WorldでのPKKだった。
PKを専門に狙うPK、PKK。
一見調査とは程遠い、ともすれば単なる八つ当たりにも見える行為だったが、リョウは聡明な少年である。
少なくとも、学校の成績は良い。だからこの選択にも、ちゃんとした理由があった。
三爪痕がロストグラウンドに出没するPKである以上、それに近い存在から探っていくのが適当な追跡線である。
必然的に情報収集の主な対象はPKとなるが、
彼らは特に必要がないにもかかわらず他のプレイヤーを攻撃して楽しむ悪趣味な好事家、
現実でいえば職業犯罪者のような存在である。
「教えてください」と聞いても素直に答えることはないだろうし、運良く情報を得られてもそれが真実とは限らない。
従って彼らから嘘偽りのない情報を聞き出すには、
力の差を誇示し彼らが本音を吐かざるを得ない状況に追い詰めなければならない。
リョウにとってPKKは、必要に迫られた結果だったのである。
しかし、Δ・ΘサーバのめぼしいPKをほぼ全員狩り出したにもかかわらず得られた情報は皆無だった。
レベル差が大きかったおかげで経験値を稼ぐことも出来ず、結局成果といえば
BBSに「おかしなプレイヤーがいる」という話題を提供したぐらいである。
226 :痛みの果てに 26:2006/10/29(日) 05:59:23 ID:3svhN0Yj
「未帰還者が出た」という噂からクエスト「痛みの森」に参加してもみたが、それも特に進展はなく徒労に終わった。
狂った難易度のダンジョンはいい修行になったし、
クリアリザルトでジョブエクステンドできたのはよかったが、その程度は通常のプレイの延長に過ぎない。
クエスト自体も連動の伏線なのか何なのか知らないが消化不良気味な内容だったし、
途中で三郎とか名乗る変なPCには付きまとわれたし……
思い返したことで沈んでいく気分を振り払うように、リョウは目を閉じて伸びをした。
瞬間、目眩が走り体を椅子ごと倒しそうになる。
何とか体勢を立て直しながら、リョウは最後に休憩したのを思い出そうとした。
今が夜中の一時、起きて朝飯食ったのが十時だったから……
気がつくと、半日以上ほぼ不休でPCに向かっていた計算になる。
一応細かい休憩はしているはずだが、食事は食べていない。
というか、時間の経過を認識していなかった。
「ははは……」
思わず声に出して笑って、リョウは机に倒れこんだ。
心身ともに磨耗しているのが、自分でもわかる。
「やべーな、こりゃ寝ないと」
ぼさぼさの髪を掻きながら、リョウは椅子から立ち上がった。
両親は不在だから別に規則正しい生活を演出する必要はなかったが、無理して徹夜する必要もない。
それに、後十日もして夏休みが明ければ学校が始まる。
三爪痕の追跡がいつ終わるかはわからないが、それに引きずられてリアルの生活が破綻しては本末転倒だ。
自分の行動を鈍い頭で吟味しながら、リョウは農業用トラクターのような足取りでベッドへ歩く。
倒れこんで目を閉じると、すぐに睡魔がやって来た。
志乃の顔を思い浮かべながら、リョウは眠りに落ちていった。
225 :痛みの果てに 27:2006/10/29(日) 05:58:50 ID:3svhN0Yj
淡い眠りを、甲高い電子音が破る。
曖昧な意識のまま手を動かし、リョウは電子音を鳴らし続ける携帯電話を掴んだ。
反射的に通話ボタンを押し、耳に当てる。
「もしもし」
「ちーっす、ハッセヲー!……って、もしかして寝てた?」
「何だ萌か……」
「何だって何よー!なんか全然連絡ないから、心配して電話したのにさー!」
「ああ……」
そういえば、彼女の声を久しぶりに聞いた気がした。
ここ一週間殆ど外に出ず、携帯にも触れていなかったのだから当然と言えば当然だが。
「忙しかったんだよ、色々。それよりお前はどうなんだよ、宿題終わったか?」
後ろめたさから、リョウは話題をそらす。
正直言えば、彼女のことは完全に忘れていた。
The Worldで想うのは黄昏の旅団とオーヴァン、そして志乃の事ばかりだった。
「まーそこそこかな。あーあ、ハセヲは良いよねー、なんでも器用に出来て」
「別に……これぐらい普通だろ。で、何の用事なんだ?」
「だから、心配になったんだよ。ハセヲって意外と体力ないし、夏バテしてないかなと思って」
「平気だって、これでも病気はほとんどしてないんだから。それより自分のこと心配しろよ、
新学期まで十日もないんだぜ」
いつも通りの、軽口の応酬。
ただそれだけなのに、リョウは心が安らぐのを感じた。
単に気分転換と言うだけではない。
萌の明るい声は、まるで麻酔か何かのようにリョウの痛みを消してくれる。
思えば、付き合いだしたきっかけもそうだった。
一ヶ月前、志乃を失って腑抜けになっていた自分が萌の快活な声にどれだけ救われたか。
それなのに……
228 :痛みの果てに 28:2006/10/29(日) 06:01:11 ID:3svhN0Yj
「ちょっとハセヲー、聞いてる!?」
「ああ、わりぃ。ちょっとぼうっとしてた。なんだ?」
自己嫌悪に沈みかけたリョウの意識を、萌の声が現実に引き戻す。
「まったく、ほんとに重症みたいだね。ご飯作りに行ってあげようか、って聞いたの」
「あ、それは……」
萌のこういう申し出は、ここ一ヶ月では珍しくない。
場合によっては用事が勉強会やら新メニューの味見だったりするし、場所は萌の家だったりすることもあが、それは結局どうでもいい。
二人が会うときの符丁のようなものである。
両親は仕事で家を空けており、しばらくは帰ってこない。
普段だったら茶化しながらも頷く所だ。
だが――
「あれ?もしかして、親御さんいるの?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
「どっか出てるの?」
「家にいるけど……」
躊躇いがちだったのでごまかす事が出来ず、馬鹿正直に答える。
それでも、頷くことは出来ない。
「だったら別にいいじゃん。決まりねー!それじゃ、すぐ行くから!」
「おい!ちょっと待て!」
リョウが慌てて叫んだときには、既に通話は終わっていた。
携帯からは抑揚のない電子音しか聞こえない。
「くそっ」
小さく吐き捨てて、リョウは携帯をベッドに投げ捨てた。
まったく、あいつは所々でどうしてこうも強引なんだ?
229 :痛みの果てに 29:2006/10/29(日) 06:01:55 ID:3svhN0Yj
「ちゃーっす、ハセヲー!」
萌はそれから三十分ほどでやってきた。
玄関を開けた瞬間その満面の笑顔が目に入って、寝起きのリョウは思わずげっそりしてしまった。
黒いタンクトップの上に白いキャミソールワンピという服装は彼女の華奢な体つきを魅力的に見せていたが、
ショルダーバッグから覗く長ネギが全てを台無しにしている。
「あれ?なんかテンション低くない?」
「起きたばっかなんだよ。つーか、前から思ってたんだけどお前どうしてそんなに元気なんだ」
「いやー、それだけが取り柄だからね。それじゃ、あたしの料理で元気にしてあげる。キッチン借りるね」
笑顔のままそういうと、萌は勝手知ったる他人の家と言わんばかりに上がりこむ。
暑気当たりではない頭痛を感じながら、リョウはとりあえず食堂で待つことにした。
椅子に座って待っていると、隣接したキッチンからは作業の音が聞こえてくる。
この間、リョウはすることがない。
そんなに料理がしたければ自分の家でやらば良いんじゃないかと思うのだが、
彼女に言わせるとリョウの家のほうが設備が整っているからやりやすいらしい。
単に家に招きたがらないリョウを説き伏せるための口実のような気もするが、真偽はいまだわからない。
退屈を紛らわそうと、滅多に見ないテレビをつける。
たまたま映ったチャンネルでは、昼下がりという時間らしくソープオペラを流していた。
念のため追記するが、
ソープオペラとは石鹸会社がメインスポンサーを務める事から付けられた主婦向け昼ドラのことである。
決していかがわしい意味ではない。
やることもないので、しばらくの間リョウはドラマに見入った。
230 :痛みの果てに 30:2006/10/29(日) 06:02:27 ID:3svhN0Yj
「夏生、僕には君が必要なんだ!」
「やめて、英明さん!私の心を乱さないで!」
どうやら昔別れた女のところに、未練を持った男が押しかけてきているという状況らしい。
見苦しいものだと思った瞬間、リョウは苦笑した。
人のことは言えない、自分の志乃に対する想いの方がよほど見苦しい。
気持ちを認められず、好きだとわかったら嫉妬と自己嫌悪から当り散らして。
休まず待ってくれていた彼女の心遣いでやっと仲直りできたと思ったら、衝動的に告白して逃げた。
自分が志乃に惹かれた理由は数え切れないほど挙げる事が出来るが、志乃は自分の何処に惹かれたのだろうか。
付き合いだしてから何度か聞いてみたが、彼女ははぐらかすばかりで教えてくれなかった。
そして今、自分は見舞いにも行かず他の女に手料理など振舞われている。
本当に、北岡秀一でも弁護のしようがなく、最低だ。
「どうしても帰らないというのなら……私にも考えがあるわ!!」
感想に浸っていたリョウの耳を、テレビのスピーカーから響く甲高い女の叫び声がついた。
思わず画面を見ると、女がマンションに備え付けられていた消火器を手に持っていた。
そのまま栓を引き抜き、二酸化炭素の白粉を男に向かって噴射する。
リョウは思わず口を開けたままドラマに見入ってしまった。
いくらストーカーを撃退するためとはいえ、そこまでするか?
「うわー、壮絶だね」
料理を手に抱えてきた萌が、リョウの心を代弁する。
振り返ると、その左手には大柄なナイフが握られていた。
231 :痛みの果てに 32:2006/10/29(日) 06:53:57 ID:EUZORraS
「な、何だよそれ!」
「何って、ナイフだけど」
「何に使うんだよ!怖ぇぇよ!」
「ああ……ローストビーフ焼いたから。いやー、ハセヲの家はすばらしいね。うちとはオーブンの格が違うよ」
「キッチンで切って来ればいいだろ!」
「いや、食べる直前に切り分けたほうが美味しいから」
「いいから!頼むから仕舞ってくれ!!!」
「むー、しょうがないなー。じゃあ向こうで切って来るよ。
ちなみにその場合味・香り・見た目その他一切に関するクレームは受け付けないから、そのつもりでね!」
不満そうに唇を尖らせながら、萌は再びキッチンへ消えた。
(心臓に悪い……)
まだリズムが戻らない胸を押さえながら、リョウは視線をテレビに移した。
既にドラマ本編は終わったらしく、やけに大仰な音楽とともに真っ赤なタイトルバックだけが映っている。
「はいはいー、ハッセヲー、ご飯だよ」
テレビの映像が洗剤のコマーシャルに切り替わると同時に、
萌がにこにこと笑いながら切り分けられた肉が乗った大皿を持ってきた。
起伏の薄い胸には、ブチネコがプリントされたエプロンがかかっている。
「まだまだあるよー、夏バテしないように色々作ったから!」
皿を置いた萌が踵を返し、キッチンへとんぼ返りする。
今度は先ほどよりは少し小さい皿を両手に抱えている。
それを何度か繰り返し、最後に透明のグラスを置いて萌はリョウの向かいに腰をおろした。
テーブルには先ほどのローストビーフのみならず茄子のお浸し中華風、ゴーヤチャンプルー、
韓国風ニンニクスープなど無国籍で多彩な料理が並んでいる。
「よく作ったな、こんなに」
「えへへー、ハセヲに元気になって欲しくて」
頬を僅かに赤らめながら、萌がはにかむ。
付き合いだしてから見せるようになった、心底愛らしい表情。
ともすれば媚びているようにも見えるが、
大輪のひまわりのような彼女の明るさはそんな嫌らしさを微塵も感じさせない。
「……まあ、どうせ食いきれないけどな。どう見ても作り過ぎだ」
「もー!どうしてそういう事言うのー!?」
リョウはそんな本心を素直に出せず、いつものように減らず口を叩く。
萌はそれが気に入らず、小さい拳を丸めて抗議する。
そんなやり取りは、この夏休みの間数え切れないぐらい繰り返されたものだった。
233 :痛みの果てに 32:2006/10/29(日) 07:01:05 ID:EUZORraS
三十分後。
「ふぅ……意外と食えるもんだな」
椅子にもたれたままテーブルを見て、リョウはぽつりと呟いた。
萌が運んできた料理は明らかに二人分を超えていたが、結局全部平らげてしまった。
母親や志乃程ではないにしても、やはり萌は料理が上手い。
「でしょー!これもやっぱり料理人の腕がいいからかな」
リョウの独り言を、食器を片付けるためにキッチンと食堂を行き来していた萌が耳ざとく聞きつける。
「腹減ってたからな。何食ったってこういうときは何食っても上手く感じるもんだ」
「どうして素直に褒めてくれないのかなぁ……まあ、そういうところも好きだけど」
好きと言う言葉に、リョウの背筋が一瞬凍る。
「お前、そういうこと口に出すなよ」
「別にいいじゃない、本当のことだし」
「本当のことでも口に出さないほうがいいこともあるだろ」
「それじゃ、口より態度で示した方がいい?」
そう言った瞬間、萌は素早くリョウに体を近づけ唇を重ねた。
華奢な右手が肩に触れ、唇を割って舌が侵入してくる。
リョウは何とか離れようとするが、唇で伝わる快感が感覚を麻痺させ、結局足を痙攣させることしか出来ない。
「ふふ、どう?こっちも料理ぐらい上手くなったでしょ」
唇を離した萌が、猛禽のように目を細めてリョウを見つめる。
言葉を紡ぐ度に唇から唾液が滴り落ち、それがリョウの欲望を刺激した。
「お前、真昼間から……」
「ふっふー、いつぞや朝からあたしに襲い掛かってきたのは誰だったかな?それに……」
肩を抑えたまま、萌が左手をリョウの体に滑らせていく。
滑らかな掌の感触が薄いTシャツ越しに素肌を撫で、情動が疼き始める。
萌は顔を少しずつ近づけながら腕を少しずつ降ろし――
「ここはしっかり反応しているみたいだけど?」
硬く熱を帯び始めた下腹部で、動きを止めた。
304 :痛みの果てに 33:2006/11/02(木) 03:26:54 ID:/jxxGAsM
「あ、あのな……」
萌に指摘されたように、明るいうちに事に及ぶ事がまずいと思っているわけではない。
若干不調だった体調も、萌が作ってくれた料理のおかげでだいぶ良くなっている。
問題になるのは、リョウ自身の萌に対する気持ちだった。
志乃の事を強く想いながらも萌にだらだらともたれかかっている、
そんな有様で彼女と体を重ねるという事がどういう意味を持つか。
決して女性経験が豊かとは言えないリョウにも、容易に想像は出来た。
「……悪いけど、やめるつもりはないから」
一方萌は、そんな葛藤など知る由もなく生地越しに硬いジーンズの股間を撫で続ける。
リョウはその腕を振り払おうとしたが、体は既に快楽で痺れてまともに動かなくなっていた。
痺れは徐々に疼きに変わり、リョウの心を蝕みはじめていた。
「ふっ、はぁっ、はっ……」
やがてリョウが疼きに耐えられなくなり、されるがままに声を上げ始めた。
判断力や理性が薄れていくのにあわせて、胸の底で土砂崩れのような衝動が沸きあがるのがわかる。
このまま自分の方から萌に襲い掛かるのも時間の問題か。
リョウがぼんやりとそう考えた時―――唐突に、萌が手の動きを止めた。
彼女はそのままリョウに体を近づけたまま黙り込む。
先程まで少年の体を這い回っていた手は所在無げに宙に投げ出され、伏せられた目元は潤んでいる。
「ね、ハセヲ……もしかして、あたしのこと嫌いになった?」
「なんだよ、いきなり」
「だって……何だか、心ここにあらず……ってかんじ、だから」
一週間以上戻ってこない猫を気遣う時のような萌の声に、リョウの心が翳る。
自分の心が彼女から離れて始めていたのは、本当だった。
その気持ちを押し隠すように、リョウは萌のガラス細工のような顎に触れた。
「あっ……」
驚いた萌が、小さく声を上げた。
鈴が鳴るような、良く通る可愛い声。
しかしその表情は溢れた感情で歪み、普段の明るい面影はない。
それが、どうしようもなく悲しくて。
リョウは、目の前の事しか考えられなくなった。
「……考えすぎだって。ちょっとまだ疲れててな。でも、まぁ……」
衝動に従い、指を伸ばして僅かに零れた涙を拭う。そして。
「これぐらいの元気は、あるみたいだぜ?」
萌がこれ以上悲しいことを言わないように、今度は自分からキスをした。
305 :痛みの果てに 34:2006/11/02(木) 03:27:45 ID:/jxxGAsM
「ハ、ハセヲ……」
「何だ?」
唇を離した瞬間、萌が口を開いた。
薄いワンピースを肩から外しながら、リョウが目を開いて彼女を優しく見つめる。
目元の涙はコンクリートの上の夕立のように既に乾いていたが、どうしたわけかその口調は弱々しい。
「その、何をなさってるのかなーってお聞きしてもよろしいですますでしょうか」
おまけに酷く混乱しているらしく、口調が滅茶苦茶になっている。
安心させるように首筋を撫でながら、片手で背中のエプロンの結び目を緩める。
肩から抜けていたワンピースが、するりと床に落ちた。
「服、脱がしてるんだけど」
「そ、それはわかるんだけど……ひゃっ」
太ももを押さえつけながら、リョウは背中の指先をタイツだけになった下半身に移した。
先程のお返しとばかりに足の間を撫でると、萌は僅かに喘いだ。
「じゃあ、何が問題なんだ?」
「その、どうして、エプロンはそのままなの?」
愛撫も早々にタイツに手をかけ脱がそうとするリョウに、萌は息を切らせながら問いかけた。
リョウは無言のままにやりと笑いながら、タイツを一気にずり下ろした。
そのまま手を再び上半身に移し、乳房に触れながらタンクトップを脱がそうとする、
「あ、あの、ハセヲ?」
「こういうのも、たまには面白くね?」
タンクトップを腕から外しながら、リョウはおもむろに口を開いた。
萌は下着の上はエプロンだけという、ある意味‘面白い’格好になってしまっている。
自分の全身を胸から足元まで眺めて、萌はようやくリョウの思惑を悟った。
「は、裸エプロン……って、やつ?」
「嫌か?」
「い、嫌じゃないけど……」
萌はそう言うと、両手を肩に回して視線をそらした。
「そんなに恥ずかしいか?前プールに行った時に着てた水着のほうが、よっぽど肌が出てると思うけど」
「も、もう!勝手にして!」
からかうような言葉に反応して、萌がぷいと横を向く。
唇を尖らせたその表情が可愛くて、リョウの口元が自然と綻んだ。
542 :痛みの果てに 35:2006/11/08(水) 03:40:34 ID:hAKBJlvX
「……心配して、損した」
横を向いたまま、萌がふてくされて呟く。
そう言われても仕方がないのだが、リョウは照れ隠しに言葉を返す。
「誘ったのはお前の方だろ。元気になったんだよ、萌のおかげで」
「やだなぁ、エッチで元気になるなんて……」
「男なんてそんなもんだ。一応聞くけど、嫌じゃないよな?」
慣れた手つきでブラジャーを外しながら、萌をまっすぐ見つめる。
その体つきは布一枚になっても相変わらず起伏に乏しいものだったが、
初めて抱いたときに比べると丸みを帯びてきたような気がした。
「嫌って言っても続けるくせに……いいよ、ハセヲの好きにして」
半ば投げやりにそういって、萌はリョウの額にキスをした。
椅子から見上げるその顔はふくれたままだったが、泣いているよりはよほどいい。
妙に穏やかな気持ちでそう思いながら、腕を伸ばして首筋を撫でる。
「ぁぁん!そこ、弱いの……」
「知ってる」
そのまま背中の紐を結びなおし、エプロン越しに胸を揉む。
何度も味わった感触だったが、ごわごわした生地越しに触れるとまた違った味わいがあった。
「やだ、恥ずかしいよ、こんなの……」
きつく目を閉じながら、萌がいやいやするように首を振る。
「好きにしていいんじゃなかったのか?」
「も、もう!知らない!」
揚げ足を取って悪戯っぽく囁いてやると、萌は再び頬を膨らませた。
彼女はこういう仕草が一々可愛くて仕方がない。
「拗ねんなって……可愛い顔が台無しだぞ」
我慢できなくて、頬にキスをしてやる。
それだけで、目の前の少女は真っ赤になって黙り込んだ。
「それじゃ、そろそろいいか?」
「え?……うん」
一拍置いて言葉の意味を理解した萌が、俯くように首を縦に振る。
それを見てリョウは椅子に座ったままファスナーを降ろし、性器を露出させた。
そのまま萌の体を抱えあげ、腰を浮かせるようにする。
543 :痛みの果てに 36:2006/11/08(水) 03:44:44 ID:hAKBJlvX
「あ、下着……」
「いいさ、そのままで」
「えっ……あ、やぁぁん!」
リョウは萌を抱えなおすと、エプロンの下で履いたままになっていた下着を撫でた。
そこは既に汗とは違う、粘つく液体で湿っている。
指で引っ掛けるようにそこを覆う薄布をずらすと、狭間から蜜を滴らせる肉の花が覗く。
リョウはそのまま抱えた体を下ろし、硬く勃ち上がった肉棒を萌の秘所へ侵入させていった。
「ぁぁあ、あぁっ、あっ、いい、よぉ、ハセヲぉ……」
挿入の快楽に、萌が体を震わせる。
その声を聞きながら、リョウも小さく呻いた。
下着がこすれる感触に思わず射精してしまいそうな程の快感が走り、歯を食いしばってそれをやり過ごす。
「はぁ、はぁ、はぁっ……ね、ハセヲ、動いて……」
秘唇にペニスを根元まで咥え込んだ萌が、ねだるようにリョウを見下ろす。
その瞳は欲情で潤み、先ほどまでの羞恥の影はない。
「ああ」
その淫らな視線に、ハセヲは短い言葉で頷いた。
肉襞が絡みつき、下着が擦れる二重の快感はこれまでにないほど強烈で、もはや声を出すのも辛かった。
「あっ、あぁっ、んんっ、んっ、んっはぁっ、ああっ、ああっ!」
パンティの上はエプロンだけと言う特異なシチュエーションに萌もかなりの興奮を覚えていたらしく、
腰を軽く突き上げてやるだけで甘い喘ぎを挙げる。
耳元に響くその声が、エプロン越しに感じる肌の感触と共にリョウの欲情を煽る。
「あっぁ、あっ、いいよぉ、きもちいい、はせ、を……あっぁっ、あぁぁん!」
萌が不意に一際高い声を上げ、リョウの背中に爪を立てる。
それと同時に、肉棒を包んでいた肉襞が強く収縮する。
男の精を搾り取るようなその刺激に、リョウは今度こそ堪える事が出来なかった。
文字通り子宮を突くように腰を押し出し、亀頭から精子を吐き出す。
「んぁぁ、おなかの中、あったかぁい……」
女の悦楽に震える萌の声をどこか遠い気分で聞きながら、リョウはその胸にもたれかかった。
まだ薄い胸板は呼吸を整える為に小さく上下し、不規則に伝わるその振動が妙に心地よい。
「……下着、汚れちゃった」
呼吸が収まった頃、萌がおもむろに口を開いた。
その口調には、少し恨みがましい響きがある。
確かに体液で汚れた下着を履いたまま、と言うのは気持ちが悪いだろう。
脱ごうにもそこはまだリョウのペニスが差し込まれたままでそれも出来ない。
「どうせ泊まってくつもりなんだろ?もうちょっと、我慢してくれ」
そういってリョウは、萌を抱く手に力を込めた。
544 :痛みの果てに 37:2006/11/08(水) 03:49:44 ID:hAKBJlvX
このまま、もう一度。
しかし、萌はリョウの無言の要求に気づかず何故か目を丸くした。
「あたし……泊まってっていいの?」
「何言ってんだよ……何時もそうだろう?」
「え、そ、そうだけど……今日は何だかハセヲ、その……あたしと会うの、嫌そうだったから……」
萌の目元が、僅かに俯く。
確かに、今日は後ろめたさから萌によそよそしく接してしまっていた。
それは、彼女からすれば酷く悲しい事だろう。
不意に、自分が志乃と付き合ってい始めた頃の事が思い出される。
自分が志乃に本当に好かれているのか、不安で仕方がなかった。
萌もきっと、それと同じような感じなのだろう。
こんな形で志乃の事を思い出すと言うのは皮肉だったが……
「ごめんな、ちょっと色々あって。でも、それはお前とは関係ない。俺の個人的な問題だ」
少しだけ嘘を混ぜて、リョウは萌に語りかけた。彼女の気持ちが安らぐように、背中を撫でながら。
「だから、今日萌がきてくれて嬉しい。最近ずっと気持ちが荒んでたんだけど……それが楽になった」
「じゃあ、あたしはハセヲのそばにいて……いいの?」
「当たり前だろ」
リョウの答えに、萌が言葉を失った。
その様子を見上げながら、リョウは翳りを帯びた気持ちを抱いていた。
それを振り払うように、心の中で小さく呟く。
―――これでいいんだ、と。
そう。これが最善、これが自分の正しい在り方。
自分がどんなに志乃を想っても、それは現実に何の影響も及ぼさないのだ。
三爪痕など、所詮ただの都市伝説に過ぎない。
それに踊らされていた自分の、何と滑稽で無様なことか。
志乃がもし目覚めたら――それは嬉しいことだし、他の女と関係を持った自分をどう思うかは
それこそ志乃自身が決めるしかないことだ。
今は、目の前のことだけ考えていればいい。
「それじゃ、もうこのままもう一回――いいか?」
「あっ……もう、ハセヲのエッチ……いいよ、もう……でも、今度返してもらうからね」
湧き上がる情動に従って腰を軽く突き上げると、萌もまだ快感の余韻が残っているらしく体を小さく震わせた。
口では何か言っているが、単なる照れ隠しなのは明白だった。
「ああ、今度ハーゲンダッツ奢ってやるよ。それじゃ、動くぞ」
華奢な体を再び抱え込むと、リョウは腰の抽挿を再開した。
「はぁぁぁ!はせ、を、はせをぉ……すき、だいすき……」
腰を突き上げる度に、萌が甘い嬌声を上げる。
どこか遠い気分でそれを聞きながら、リョウは全てを忘れようと肉欲の中へ溺れていった。
.hack//Apocrypha EPISODE2:Halfboiled Devil B part is END.
最終更新:2007年11月25日 10:24