ポケットモンスター、縮めてポケモン。
この星の不思議な不思議な生き物。海に森に町に、その種類は百、二百、三百……いや、それ以上かもしれない。
彼らは独自の生態系を保ちながら、時には人間と手を取り、時には争いながら生きている。
我々人類も様々な技術を開発し、そのポケモン達を捕らえる力を手に入れた。その能力を制御し、自らの糧として彼らを酷使している。
そんな世界の、とある大都市を歩む、一人の男に注目してみよう。
彼は大金を持ったスーツケースを片手に、大通りを歩いていた。
黒いロングコートに帽子、明らかに怪しい装束ではあったが、しかしその街の雰囲気には馴染んでいた。
周りは見渡す限りのビル。怪しげなピンクの看板や、眩いネオンがそこら中で輝いている。
やけに露出の多い女性や、 酔っ払ったサラリーマンが楽しげに腕を組みながら闊歩している。
だが、そういった人々の顔の、どこだか判らない部分には陰りがある。そんな、何となく後ろ暗い気分で歩くような街だった。
彼は一本の道を折れて、暗い裏路地に入っていった。ビルの隙間を縫うようにして彼は進む。
ゴミ箱やコンビニのビニール、飲料水の空き缶等が散乱していて、酷く歩きにくそうな道だった。
辺りのビルは大通りとはまた違った様相を呈していて、まるで廃墟と化しているビルも少なくない。
その突き当たり、最上階のみが淡い明かりを灯しているビルに、彼は真っ直ぐに入っていった。言わば誘蛾灯に誘われた蛾である。
そして、バリアフリーという概念などこれっぽっちもない、狭くて急な階段を登り、最上階に辿り着いた。
「いらっしゃいませ。当店は会員様のみとなっております。会員証のご提示を願えますか?」
迎えてくれたのは、笑顔が張り付いたようなボーイだった。恵比寿のような笑顔の、目だけが笑っていない。
整った綺麗な顔立ちではあるが、ピエロのような不気味さを放つ人物だった。男は懐から、一枚の名刺を差し出して、彼の紹介だということを告げた。
ボーイはその名刺をしげしげと眺めると、承りましたと言いながら奥へと招き入れる。
「当店のシステムを説明致します」
柔らかい応接ソファに腰掛ける。革張りのソファは、深く沈んだ。
向かいにボーイが着いて、冊子を取り出してこちらへ渡す。そこには、様々なポケモンたちの写真や、性格、出自。
そして──値段が書いてある。大まかなことは知っていた。そのことを男は回想する。
──ここはポケモンを陵辱したいという、奇特な輩がやってくる一種の慰安施設である。
彼にここを紹介した、同好の士はそう語った。つまり、マイノリティな人々の隠れ家のようなものなのだ。
その場所では、金さえ払えば何をしても良いらしい。例え、相手となるポケモンを壊してしまうことになろうとも、金さえ積まれれば店は問題ないのだ。
実際、ここにやってくる者の大半が歪な趣向を持っているため、九割方のポケモンは一回の行為で駄目になってしまうらしい。
どこまでが本当か、彼には判別出来ないのだが。
そう思っているうちに、店のシステムについてボーイは語っていた。軽く聞き流せるところは、もう過ぎてしまったらしい。
彼もその話に聞き入ることにする。
「お部屋にある道具の一切はご自由にお使いください。また、お客様ご自身のポケモンの持込も可能です。値段はこうなっておりますが……もし生きて帰ってくれば、半額はお返しします」
さらりと言うことではないと思う。彼はそう思ったが、何の反応も見せなかった。これから自分が壊すのかもしれないのだから、全く皮肉な話だった。
「時間あたりのお値段はこちらです。ご滞在は、いつまででも可能ですので。また、食事や道具等が必要でしたら、部屋に備え付けの電話でお申し付けください。それともう一点、大事なことがございます」
ボーイはもったいぶって、とあるものを取り出した。首輪のようにも、ちょっと洒落たチョーカーのようにも見えた。
「こちらは、ある大企業が開発した機械です。これによって、ポケモンは人の言葉を話すことが出来ます。正確には話すというより、ポケモンの言語を自動翻訳してくれるというべきでしょうか。
こちらはポケモン本来の力を抑えつける役目も持っております。くれぐれも外したり、お持ち帰りになさろうとしないように願います」
以上で説明は終わりです。何かご質問は、と問われたが、彼は無言で首を振った。さっさと心行くまで、幸せなひと時を楽しみたかったのだ。
それは彼の足が、小刻みに震えていることからも分かった。ボーイも心境を察したのか、苦笑いで話を進める。恵比須顔の眉根が、少しだけ寄せられた。
「では、まずはポケモンをご指名ください」
ボーイに招き入れられた部屋は、豪奢だがどことなく薄暗い。
調度品は贅沢なのだが、黒い染みが壁に飛び散っているせいかもしれない。
ワインなのか、血なのか、それはよく分からなかったが。
「奥に居ますので、あとはごゆるりとお楽しみください」
そう言って、ボーイはさっさと出て行ってしまった。これで存分に楽しめると、彼は興奮する。
いよいよ、目的の「お楽しみ」の時間だ。色々な玩具や、ポケモンも連れてきている。準備は既に完了していた。
彼が奥に進むと、一匹のコラッタがぐったりと横たわっているベッドがあった。コラッタはベッドの足に首輪で繋がれていて、彼の姿を認めると敵意剥き出しで威嚇した。
尻尾を立て、抵抗も出来ないのに起き上がる。
「外せよっ! 返せっ! 何なんだよここはっ!」
何となく子供っぽい合成音が部屋に響いた。なるほど、これが機械の力なのか。なかなか精度が高いようで、機械音声なのに、違和感なくすっきりと耳になじむ。
コラッタは明らかに苛立っている。多少荒っぽいこともされたのか、所々にかすり傷があった。また、前歯がない。
こちらも暴力によるものなのかもしれないが、そのあたりの判別はつかなかった。ゆっくりとベッドに歩み寄ると、説明をしてやることにした。
「お前はな、ここで俺に調教されるんだよ。たっぷり可愛がってやるから、せいぜい頑張れよ?」
三日月形に顔を歪めた彼を見て、幼いコラッタは竦みあがった。尻尾が股のあいだにくるりと潜り込み、耳はしゅんと伏せられる。
得体の知れない、恐怖感が湧いていた。それは隠すことなど出来ず、顔面に張り付いたようになっていた。それだけで彼はぞくぞくとした快楽を味わっている。
「一杯、泣き叫んでくれよ。それが楽しみできたんだからさ」
「いやだぁっ! 助けてっ! お父さんっ! お母さんっ!」
コラッタは早々に涙を零しながら、すばしっこく必死にベッドの隅へと逃げていった。親を呼び、情けなく叫びながら、少しでも男から離れようとする。
しかし、今のコラッタには逃げ場も力もない。ただただガタガタ震えて、迫る苦痛に目を瞑るだけだ。
それが酷く、愉快なのだ。
「さて、どこから始めようかな……」
男は思案し、早々に一つの結論を出した。
男は荷物の中から、銀色に光るメスと注射器を取り出した。それは鈍い光を反射して、コラッタの目にも映る。
涙を流していたコラッタも、その冷たい金属にますます恐々とした。
「ひっ……いあ……やだぁあああっ! 助けてっ! 助けてぇえっ! ごめんなさいっ! 嫌だぁあっ!」
何をしたわけでもないのに、必死に詫びる。所謂降参のポーズをしながら、男に救いを訴える。だが、彼にはそんなものは無意味だ。
これこそが彼の楽しみなのだから。半ばパニックに陥ったコラッタは、首輪の効果で片手でも抑えられるようになっていた。
コラッタの細い首をぐっと押さえ込むと、呻きながらそれでもコラッタは抗議している。
「うぇ……うぇええんっ! い、や……許し……て……」
少々強く抑えていたためか、空気もまともに吸えないらしい。途切れ途切れに何とか言葉を搾り出しているという状況だ。
涙どころか、鼻水も垂れ、それが彼の手に飛び散って不快だった。なので、彼はさっさと作業を進めることにする。
「動くと、もっと痛いぞ?」
そういって、コラッタがびくりと体を跳ね上げた瞬間、注射器の針が小さな体を深く貫いた。何処に刺すかなんて、彼は知らない。
とりあえず適当に入れておいた。そして、ぐぐっと中の薬液を注入していく。
「ひぃ……やぁああ……」
その途端に、がくりがくりと体が痙攣する。筋肉を弛緩させる薬は、予想以上に効果を挙げた。
首に添えた手を離せば、コラッタは力なく横たわる。意識はあるようだが、少々呼吸がしにくそうだ。
改めてコラッタを抱え、洗面所に連れて行くと、彼は片手のメスをすっとかざした。それを見て、コラッタの瞳孔が収縮する。
しかし、薬のために声もあげることができない。そうっとペニスの根元に近づいていくのを、黙って見ていることしか出来ないのだ。
それがどんな恐怖か、彼には分からない。ただ楽しいからやっているだけだ。
口をパクパクさせて、呼吸だか叫びだかをやっているコラッタを尻目に、男はすぅっとその刃を引いた。
だらんと垂れ下がった男性器が、根元から切り取られていく。熱いような刺激がコラッタを襲い、その辛さにますます鬼のような形相に変わっていく。
真っ赤な血が溢れ出し、男の手とコラッタの腹の毛を汚した。
「ん? 痛そうだな?」
コラッタはというと、その壮絶な痛みに声もなく絶望の形相を顔に作り上げていた。
筋肉こそ弛緩するが、神経は痛みを脳へと忠実に伝える。果たして、その痛みがどれほどのものか、想像しがたい。
それでも、薄れ行く意識の中で涙を流し、男をすがるような目で見つめた。そんなものは無駄だというのに。
「ほーら、切れたぞ。お前のチンチン」
片手で摘み上げたそれを、コラッタの眼前に突きつける。言いようのない悲しみと、喪失感と、絶望とがコラッタを襲っているのだろう。
首を弱弱しく振ることしか出来ないコラッタの顔に、切り取られた性器から血が垂れた。もう、コラッタの頭は真っ白だ。
「じゃあ、玉も切っちゃおうかな」
うきうきという形容がぴったりな声で、男は残酷に続けた。血のりがべったりとついた手を再びコラッタに見せ付けると、メスを玉に宛がう。
「や……」
それが最後の悲痛な訴えだった。メスが入った瞬間、コラッタは痛みに意識を飛ばした。
コラッタの意識が覚醒したとき、未だに体は動かせなかった。ひゅーひゅーという、自分の呼吸が辛うじて聞こえる。
ボクもう死ぬのかな、とうすぼんやりした思考で考えた。体が異様に冷たかった。血を流しすぎた証拠なのだと、本能で感じた。
「ボク、ようやくお目覚めかい?」
薄く開いた目に、男の姿が飛び込んできた。手は洗われて、血はついていなかったが、鋭い嗅覚はその匂いをしっかり捕らえていた。
意識を飛ばす前の記憶が一気に蘇ってきて、思わず飛び起きようとする。
「ひ……痛っ……痛いよぉ……うぇ……」
もはや体力も減ったのか、声をあげて泣く気力もないらしい。医療知識の医の字もない彼が適当に縫合しただけだから、それは当然だった。
血も完全には止まっていない。コラッタが寝かされていたシーツは、その部分から赤いシミが広がっていた。
弛緩した体で何とか寝返りをうって、それらをコラッタが知ったとき、もうどうしようもないということを悟ったのか、コラッタはぴくりとも動かなくなったのだ。
それでは彼が面白くない。彼は動かなくなったコラッタを抱えあげると、乱暴に床に叩きつけた。
「ヂュッ!?」
コラッタ本来の声が響く。肺から空気が押し出されて、自然に出てきたような、そんな悲痛な声だった。
もう、さっさと殺してほしい。もう自殺も出来ないコラッタにとって、それだけが願いだった。ぐったりと体を横たえて、横目で男を見ると、その足を大きく振り上げたところだった。
「もっと鳴いてよ。まだまだ面白くないよ?」
「ぢゅううううっ!」
ずんっと部屋が轟いた。ぐしゃっというトマトでも落としたような音がした。あばらや背中の骨が、砕ける散るような感触。
それを最後に、目が見えなくなった。足も首も、どうなったか分からない。痛いと思う余裕さえ、コラッタには与えられなかったのだから。
踏まれたのだとコラッタが理解するその前に、既に白目を剥いていた。
「まだ鳴けるよね? ね?」
男はそんなことに構わず、もう一度大きく足を上げる。意識が飛んでいるのだから、当然何の反応もしないコラッタを、血に塗れた靴で、今度はタバコでももみ消す様に踏み込んだ。
バキバキと骨が砕ける音が男の耳に届いて、甘い悦楽を齎していた。執拗に、男はその行為を繰り替えす。もう、コラッタが絶命しているのは明らかだというのに。
ごりごりと硬い靴底で踏み潰す内に、眼球が潰れ、液体が溢れる。血は殆どが床に染み込んでいた。それでも男は足首を捻る。
すり鉢でコラッタを磨り潰すように。漸く男が満足したのは、コラッタが原型を留めていない状態になってからのことだった。
骨も沢山床に転がっているが、どれがどの部分のものだったか、それすら分からない。
「もう終わりか……じゃ、次のポケモンでも指名しようかな……」
男は室内にある電話の傍の、冊子を開いた。次の犠牲者を選ぶために。
今回は興奮がして、先走りすぎた。でも、金はまだまだある。今度はもっとゆっくり遊ぼう。その方がきっと楽しい。
男は再び三日月形の口を作り、受話器を手に取った。
最終更新:2009年11月22日 01:42