コトノハ 第3話『力の使い方』
「ワシも、化け物じゃからのう。」
白い素肌に黒い髪、赤いマフラーをした猫耳の女の子は、怪しげな笑みを浮かべながらジリジリと私に迫ってきた。
「......っ!」
『言刃』を使えばどうにかなりそうな状況だけど、化け物を名乗っているとはいえ相手は人間とほとんど変わらない姿をしているせいで、私は思わず力を使うことを躊躇してしまった。
「.........クク」
女の子は少しだけ俯きながら笑い声を溢し、次の瞬間
「なーんての!冗談じゃ!」
ニパッ、と明るい笑顔を見せた。耳まで裂けた大きな口から、鋭い牙が見えている。
「えっ?」
「人っ子一人取って食ったところで、腹の足しにもなりゃせんわい。驚かせてすまんの。」
ポンポン、と私の肩を何度も叩きながら、女の子はニヤニヤと笑っていた。
「君は一体...」
「名乗る程の者じゃあない。何処にでも居る猫の化け物じゃ、好きに呼ぶが良い。」
「じゃあ......化け猫さんで。」
私と化け猫さんは、森の中にある切り株に座った。
「お主は確か、音羽 初...といったな。」
「私のこと知ってるの?」
「まあ、時たま影から見ておったからのう。青空小学校の連中と連んでおるところをな。」
旭さん達の事も知っているのかな、と私は心の中で呟いた。
「時に初よ。」
「な、何?」
化け猫さんはさっきと打って変わり、真剣な表情で私を見据えた。
「お主......何故力を使わなかった?」
「力.....って......」
「とぼけるでない。お主の力を持ってすれば、さっきの化け物など簡単に追い払えたものを。」
「!」
そうか、『言刃』のことだ。
「い、いや......使ったはず、なんだけど......」
「ほう....では、恐らくお主の力不足が原因だったというわけじゃな。」
化け猫さんはそう言うと、一粒のドングリを拾い上げて私に手渡した。
「......?」
「ワシに少し見せてみよ、お主の力を。そのドングリを手を使わずに割ってみせろ。」
「わ、分かった...」
私は深呼吸し、ドングリに向かって「ドングリよ、割れろ!」と叫ぶ。すると、ドングリはたちまちヒビ割れ始め、やがてパンッと音を立てて粉々に砕け散った。
「なるほど、この程度なら朝飯前か。」
「どういう事なの、力不足って...」
化け猫さんは小さく溜息を吐き、私を指差しながら言った。
「お主の中には“恐れ”がある。」
「恐れ......?」
「そうじゃ、今のドングリのように物言わぬ相手ならお主は恐れない。じゃが、あの化け物やワシのような生きた者が相手だとお主は途端に怯え出す。自分の力にのう。」
「自分の......力に......!!」
その瞬間、私は再び思い出しそうになる。あの日、私は自分の力で大勢の人を.......
「う.........ぅうっ.............!!」
頭を抱え、その場に蹲る。思い出したくない、忘れろ、忘れろ......私は何度も必死に呟いた。
「.......なるほどな。」
化け猫さんは納得したように頷くと、私の顔をグイッと持ち上げた。
「お主の力、彼奴らの言葉で言えば“女児符号“といったところか。その力を使えば、言葉一つで相手の命運をも握ることが出来るようじゃな。」
「がーるず.....こーど......?」
知らない単語に疑問を抱いたけど、化け猫さんはそのまま話を続けた。
「使い方次第では、お主の力は無類の強さを誇る。じゃが、使い手であるお主自身がその力に怯えているのじゃな。」
「.....................」
確かに、化け猫さんの言う通りだ。
私の力......『言刃』は、文字通り言葉を刃に変え相手の命を奪うことだって出来る。だけど。
私の力......『言刃』は、文字通り言葉を刃に変え相手の命を奪うことだって出来る。だけど。
「.....怖いに、決まってるでしょ.........」
私は再び頭を抱える。
「自分の何気ない一言で、誰かの命を奪えるなんて....そんなの怖いに決まってるでしょ!?」
「............」
「始めは魔法みたいで、凄く便利だと思った.....だけど、この力のせいで失ったものは二度と戻ってこない......それが友達とか、家族とか、他の誰かの命だったらって考えたら、怖くて怖くて仕方ないんだよ!」
再び蘇りそうになる過去の記憶を必死に振り払うように、私は喉の奥から絞り出すような声で叫んだ。
「こんな力.......私は要らない......!私なんかが、この力を使いこなせるはずないんだ!!」
頭を抱えたまま、髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。化け猫さんはそんな私をしばらく黙って見ていたが、しばらくして再び大きく溜息を吐いた。
「全く、お主という奴は......」
叱りつけるような少し厳しめの口調で、化け猫さんは私に言った。
「そう結論を急くでない。良いか、たとえどんな力であっても、その使い道が一つに限られていることなどないのじゃ。」
「え.....?」
「お主の言う通り、その力は人の命を奪う事も出来る。それもまた使い道の一つじゃ。じゃが、お主はそういう使い方はしたくないのじゃろう?」
私は大きく頷いた。
「ならば、お主が望む使い方をすれば良い。友達を助ける為、親を喜ばせる為...お主の力を持ってすれば、容易いことじゃろう?」
化け猫さんは立ち上がり、今にも沈みそうな夕日を見つめながら言った。
「初よ、これだけは覚えておけ。自分に与えられた力というものには、必ず何か意味がある。使い方さえ見誤らなければ、お主の力も必ず役に立つ時が来るじゃろう。まだ後先の長いお主の命を、その力の使い道を考えることに使え。それが、有意義な人生というものじゃ。」
「.........私が望む....力の使い方......」
ゆっくりと顔を上げ、私は自分の手を見つめる。
ずっと嫌いだったこの力が、何かの役に立つのなら。誰かの命を奪うんじゃなくて、救うことが出来るのなら。
ずっと嫌いだったこの力が、何かの役に立つのなら。誰かの命を奪うんじゃなくて、救うことが出来るのなら。
私は見つけたい。この力が私に与えられた理由を。今はまだ、分からないけど。
「化け猫さん!私...っ」
「おっと、そろそろ時間切れのようじゃ。」
化け猫さんはそう言いながら、私の方に振り向いた。
「ま、焦らずのんびりやれば良い。自分の調子で励め、人の子よ。」
「化け猫さん......っ!」
その時、辺りが真っ白な光に包まれ、私は目が眩んでしまった。
..............................
...............
「ん....ん......?」
目が覚めると、私はベッドの上にいた。此処は......そうだ、学校の保健室だ。
「夢......だったのかな。」
時計の針は14時を差している。かなり長い間寝ていたお陰か、体調はすっかり良くなっていた。私は起き上がり、保健室を出て教室に戻った。
「あっ、初ちゃん!」
教室に入ると、帰る準備をしていた旭さん達が出迎えてくれた。
「良かった、昼休みになっても起きないから心配してたんだ。」
「心配かけてごめんね、玲亜さん。皆も......でも、もう大丈夫。」
私の言葉に、皆も安心した表情を見せてくれた。
「そうだ、初ちゃん。これ初ちゃんの分!」
旭さんが私に何か手渡した。見てみると、それは今日の給食のデザート、ミルクティープリンだった。
「わ...美味しそう...!」
「初ちゃん、ミルクティーが好きだって自己紹介のとき言ってたから取っておいたんだ。食べられないなんてもったいないからね♪」
「ありがとう、旭さん......!」
嬉しさで胸を弾ませながらプリンを見つめていると、美奈さんが何かそわそわし始めた。
「美奈さん?」
「えっ?あ、いやー、元気になって良かったな!ははは!」
「誤魔化し方下手くそか。」
月那さんが軽く美奈さんを小突く。
「みっちゃんってば、さっき初の分を賭けてジャンケンしようぜって言ってたんだよ。」
「しかも帰るまでに初ちゃんが起きなかったら貰って良い?ってずっと言ってたしね。旭ちゃんに持たせといて正解だったよ。」
「だ、だってプリン美味いんだもんよぉ!確かに、初の分だったけどさぁ...」
しゅんと肩を落とす美奈さんを見て、私はふと思いついた。
「ちょっと待ってて、美奈さん。」
私は机にプリンを置き、手をかざした。
「な、何だ?何が始まるんだ?」
周りがザワザワし始める中、私はゆっくりと深呼吸する。そして、目を赤く光らせながら叫んだ。
「プリンよ、此処に居る人数分に増えろ!」
すると、プリンが眩しく光り始めた。あまりの眩しさに、皆も私も思わず目を逸らす。しばらくして光がおさまると、そこには...
「わぁー!?プリンがいっぱいだ!」
さっきまで一つだったプリンが、今教室に居る人数分にまで増えていた。
「すげえ!!初すげえよ!ハンパねえ!」
「どうやったの、初ちゃん!?」
美奈さんも、普段は落ち着いている玲亜さんですら、驚きを隠しきれていなかった。
「えーっと...ガールズコード、だっけ、その力で......」
私は、さっき夢の中で化け猫さんに聞いたことを思い出しながら説明した。
「すごーい!あっ、昨日の猫ちゃん呼んだのももしかして!」
「うん、そういうこと。これが私の力なんだ。...さ、皆でプリン食べよう?私一人より、皆で食べた方が美味しいよ。」
皆の驚いた顔は、プリンを食べ始めると同時に嬉しそうな笑顔に変わっていった。
「うめー!初、もう一個出せる?」
「バカ、食べすぎるとお腹壊すよ。」
「えへへ、美味しいねぇ♪久乱ちゃんも美味しい?」
「...は、はい......甘くて美味しいです....」
初めてだ、自分の力が誰かの役に立ったのは。プリンを頬張る皆の顔を見て、私は少しだけ自信が湧いてきた。
「初ちゃん、食べないの?」
旭さんに声をかけられた。そういえば、まだ自分の分を食べてない。
「ううん、すぐ食べるよ。いただきます。」
一口食べると、茶葉とミルクの味が口いっぱいに広がる。それでも十分美味しいけど、皆が居るからもっと美味しく感じられた。
クラスの皆はいつも私を助けてくれる。それ以上に、私がもっと皆の助けになれたら......そう考えたら、自分の力の使い道が少しだけ分かったような気がした。
..............................
.............
「あいつ......何甘ったれたことやってんの?」
「力っていうものは、もっと有効活躍しなきゃいけないんだよ。」
「仕方ないなぁ、私が手本を見せてあげる。『言刃』の本当の使い方をね!」
続く