コトノハ 第4話『亀裂』
青空小学校に転校してから、早くも一ヶ月が過ぎようとしていた。
「初!おっはよ!」
「おはよう、みっちゃん。朝から元気だね。」
「おっ!ついにみっちゃんって呼んでくれるようになったんだな!」
「おはよう、初ちゃん。」
「おはよー!」
「おはよう、旭、玲亜。」
私の緊張もだいぶ解れ、前よりは自然に友達と話せるようになった、気がする。
「初ちゃんもすっかりクラスに慣れたみたいで良かった♪」
「だなー、アタシのことバカって言わない辺り玲亜より良い奴だぜ!」
「はぁ?あんたがバカするから言ってんでしょーがこのバカは。」
「あー!!また言いやがったなこのー!」
「あはは、二人ともほんとに仲良いね。」
「ほらほら、そこまでそこまで!」
いつも元気なみっちゃんに、クールなツッコミ役の玲亜、そして皆のまとめ役・旭。三人は私が来てからずっと仲良くしてくれている。私も三人と居ると凄く楽しくて、前に比べて沢山笑えるようになった。
今日も四人で合流し、一緒に学校に向かう。すると、青空小の生徒達やその近くに住む人達が校門前に集まっていた。
「何か、いつもと雰囲気が違うね。」
「何かあったのかな?」
すると、玄関の方から誰かが担架で運ばれてくるのが見えた。
「あれは....有葉ちゃん!」
担架の上でぐったりとしているのは、クラスメイトの鳳 有葉さんだった。いつも特撮ヒーローの真似をしている元気な子なのに、どうしたんだろう。
「有葉ちゃん!有葉ちゃんしっかり!」
その横で必死に呼びかけているのは、同じくクラスメイトの猫珠 丸菜さんだ。有葉さんの親友で、いつも一緒に遊んでいる。
「丸菜ちゃん!どうしたの?」
旭が駆け寄り、丸菜さんに事情を尋ねる。丸菜さんは眼鏡の下で涙目になりながら答えた。
「旭ちゃん、大変なの!有葉ちゃんが急に倒れちゃって...!」
「えぇ!?」
「おいおい、有葉が倒れるなんて只事じゃねえだろ!」
「とにかく今はいち早く病院に連れて行ってあげないと。丸菜ちゃん、後で詳しく説明してくれる?」
有葉さんは駆けつけた救急車に乗せられ、病院に運ばれていった。喧騒の中、私は何も出来ずにただ立っていることしか出来なかった。
..............................
.............
「......そんなことが...」
丸菜さんの証言によると、私達が学校に来る前に有葉さんと丸菜さんは普通にお喋りしていたそうだ。その時の有葉さんはいつも通り元気いっぱいで倒れそうな素振りなんか見せなかったのに、丸菜さんが少し席を外して戻ってきた時には床に倒れていた、との事だった。
「丸菜さん、その時周りには誰か居た?」
「うん、月那ちゃんとか、久乱ちゃんとか...あと、アリアちゃんも。」
教室の窓際、一番後ろの席に座っている青髪の女の子、本木朋 アリアさん。この非常事態にも一切動揺せず、静かに本を読んでいた。
「私達は何もしてないよ、突然大きな音がして振り向いたら有葉が倒れてたんだ。」
「わ、私のお友達がやったんじゃないよ......今日は連れてきてないから......」
月那さんと久乱さんはそれぞれそう証言した。
「おいアリア、お前は何か知ってんのか?」
みっちゃんがアリアさんに詰め寄る。アリアさんは少しだけ顔を此方に向けるも、
「......知らない、何も。」
と短く答えてそれっきり何も言わなくなった。
「大丈夫だよ!有葉ちゃんならすぐ元気になるって!」
「うぅ......だと良いけどなぁ......」
落ち込む丸菜さんを、旭が元気付ける。私も心配だったが、多分すぐ良くなるだろうと思い直すことにした。
でも、結局あれから有葉さんが学校に戻ってくることはなく、下校時間を迎えてしまった。
「久乱!」
みっちゃんが久乱さんの元に駆け寄る。
「な、何...?」
「その...今日、一緒に帰らねえか?」
みっちゃんが少し緊張している。何だか新鮮な光景だ。
「おやおや、みっちゃんってばクラスメイトをナンパですかぁ〜?」
その横から玲亜が現れ、ニヤニヤ笑いながらみっちゃんを肘で突いた。
「バッ、ちげえよ!!」
みっちゃんが慌てて言い返す。顔が少しだけ赤くなっているのを、私は見逃さなかった。
「えっと、あれだよ、帰り道同じなんだしたまにゃ良いかなってさ!あっ、嫌なら断ってくれても.....」
「別に.......嫌じゃ、ないですけど......」
久乱さんは、何とか聞き取れるくらいの小さな声でそう答えた。
「マジで?よっしゃ、じゃあ早く行こうぜ!」
「ま、待って.....私、走れないから......」
「おっと、わりぃわりぃ!」
二人の様子を見ながら、玲亜がこっそり私に教えてくれた。
「みっちゃんって、久乱ちゃんのことになると普段より気遣い出来るようになるんだよ。」
「えっ、そうなの...?何で?」
「まー何だろ、みっちゃんなりの考えがあるんじゃないかなぁ。」
「そうなんだ......」
口には出さなかったけど、私は何となく察しがついた。多分みっちゃんは、久乱さんの事が......
「おーい!初、玲亜!置いてくぞー!」
遠くからみっちゃんが大声で私達を呼んだ。
「だってさ。行こ、初ちゃん。」
「う、うん!」
私達も急いで教室を後にする。その時、私は何気なく教室の方を振り返った。
「.........」
教室の隅、窓際に座るアリアさんは、相変わらず本を読んでいる。帰らないのかな、と思った次の瞬間。
「あっ」
ほんの一瞬だけ、私はアリアさんと目が合った。すぐにアリアさんは目線を本に戻したけど、彼女の赤い瞳がやけに印象に残った。ほんの少し見つめられただけなのに、私は何となく心の奥を見透かされたような、あるいは隠し事を見抜かれたような、妙な違和感を覚えながら学校を出た。
「有葉ちゃん、大丈夫かなぁ......」
帰り道、私や旭と同じ通学路を通る丸菜さんが心配そうに呟く。午後になっても戻ってこない友達の事が心配になるのは当然のことだ。
「流石にちょっと心配だよね...明日、もし入院してたらお見舞いに行ってあげようか。」
「そうだね、明日は学校も早く終わるからあたしと丸菜ちゃんと初ちゃんでお見舞い行こ!」
「うん、そうする。じゃあ明日、学校終わったら校門前で待ち合わせね。」
私達はそんな約束を交わし、それぞれの帰路に着いた。
...............................
.............
「やあ。」
........誰?
「ふっ、シケたツラしてるねぇ。」
......冷やかしにでも来たの?
「まぁ、間違ってはないかな。私はお前の甘ったるいところを笑いに来たんだよ。」
..........私の甘いところ?
「そう。お前、せっかく凄い力持ってるのに何で使わないの?」
.......使ってるよ、たまに。
「あの程度じゃ使ったうちに入らないよ。良い?力っていうのはもっと有効に使うべきなんだ。」
.........そんなの、私の勝手でしょ。誰だか知らないけど、口出ししないでよ。
「そんなわけないでしょ。お前は私をよーく知ってる筈だよ。」
..............分からない。本当に、誰?
「チッ......なら教えてあげるよ。」
「私は」
「──────だ。」
..................
.................................
「ふあぁ.......眠.........」
「大丈夫ー?」
「うん、何とか...」
昨日の夜に変な夢を見たせいで、今日の寝起きは最悪だった。髪はいつも以上にボサボサで、目蓋も今にも閉じてしまいそうなくらいずっと重い。
「授業中寝ちゃダメだよー?」
「うん......気をつける..........」
旭に心配されながらも、私は何とか学校に着いた。
「おはよう......」
「あっ、初ちゃ......」
「てめぇッ!!!」
教室に入るや否や、私はみっちゃんに胸ぐらを掴まれ思い切り壁に叩きつけられた。
「うぐっ!?み、みっちゃん...?」
「どういうつもりだ初!!何で久乱をやった!?」
声を荒げ、何度も身体を揺さぶりながら私を責め立てるみっちゃん。みっちゃんが怒るところは何度か見てきたけど、今日のみっちゃんは今まで見たこともないような激しい怒りに満ちた表情をしていた。
「え...えっ....?私が、久乱さんを?」
「とぼけんじゃねえ!!てめぇだけはぶっ飛ばすッ!!!」
状況が把握出来ない私に、みっちゃんは思い切り拳を振り上げた。
「っ!」
「美奈!!!!」
今度は玲亜の怒鳴り声。みっちゃんが振り上げた拳を強く掴んで止めている。
「ッ、離せよ玲亜!!」
「誰が離すかこのバカ!!」
玲亜はそのままみっちゃんを床に突き飛ばし、私を庇ってくれた。
「っ...てぇなぁ......!」
「うるさい。初ちゃんはもっと痛かったんだよ。」
冷たい口調でそう言い放ち、玲亜は私に向き直った。
「大丈夫?」
「う、うん......でも、一体何があったの?久乱さんの身に何か起きたの?」
「それがね......」
「私......が....?」
「正確には、初ちゃんによく似た誰か......だと私は思うけどね。」
玲亜がしてくれた話の要約はこうだ。
昨日の帰り道、一緒に帰っていたみっちゃんと玲亜、そして久乱さんの前に私によく似た女の子が現れ、久乱さんに何かを囁いた。久乱さんはその声を聞いて倒れてしまい、何度呼びかけてもまるで死んだように起きなかった。昨日の有葉さんと同じように、ぐったりと。みっちゃんが追いかけようとしたけど、途中で見失ってしまったそうだ。
昨日の帰り道、一緒に帰っていたみっちゃんと玲亜、そして久乱さんの前に私によく似た女の子が現れ、久乱さんに何かを囁いた。久乱さんはその声を聞いて倒れてしまい、何度呼びかけてもまるで死んだように起きなかった。昨日の有葉さんと同じように、ぐったりと。みっちゃんが追いかけようとしたけど、途中で見失ってしまったそうだ。
「それって......」
「言葉一つでほとんど何でも出来る初ちゃんの女児符号......それと全く同じ力。」
『言刃』だ。私の力を使えば、確かにそういうことも出来る。だけど。
「でも、初ちゃんは昨日わたしや旭ちゃんと一緒に帰ってたんだよ!みっちゃん達の帰り道は逆方向だから、そっちに行く時間なんてないはずだよ!」
丸菜さんも、玲亜と同じで私を疑いはしなかった。確かに、私は昨日旭達と三人で帰り、別れてからは真っ直ぐ家に帰った。みっちゃん達の行く方向に行ける筈がない。
「......それはどうかな。」
すると、今度はアリアさんが口を開いた。
「言葉で何でも出来るんでしょ。だったら、一瞬で美奈さん達の所に転移したりすることも出来る筈.....」
「そ、それは........」
アリアさんの言う通り、確かに『言刃』を使えばそういうことも出来なくはない。二人と別れたあとは一人で家に帰ったんだから、そこから先私が何をしていたのか、アリバイを証明出来る人は誰も居ない。
「やっぱ初がやったんじゃないの?」
「初ちゃんがそんなことするわけないじゃん!」
「有葉ちゃんも初にやられたんだ!」
「何を証拠にそんなことを!」
あっという間にクラス内での意見は真っ二つに割れ、言い争いが勃発した。生徒皆が仲の良いこの学校に来て、初めてこんな光景を目にした私は、自分のせいでこんな事になってしまったと心が痛くなっていく。今すぐにでもこの場から逃げ出してしまいたい.....そう思った時だった。
「皆やめて!!!」
旭が大声で叫んだ。旭の声に、教室はしーんと静まり返る。
「......皆酷いよ......一番辛い思いをしてる初ちゃんの前で、こんな喧嘩するなんて......!」
旭は目にいっぱい涙を浮かべ、絞り出すような声でそう言った。その顔を見て、私はとうとう居てもたってもいられなくなった。
「ごめん、私早退する。私が皆の喧嘩の原因になるなら、居ない方が良いと思うから......」
そう言い残し、私は足早に教室を後にする。旭や玲亜の呼び声が聞こえたけど、聞こえないふりをして私は必死に逃げた。
「.........っ」
元来た道を走りながら、私は自分の目から涙が零れ落ちていくのを感じた。せっかく仲良くなれたと思ったのに、どうしてこんな事に......
「もう.....嫌だ.........」
走っているうちに疲れてしまい、私はその場に座り込む。涙か汗か分からないものが、アスファルトを濡らしていく。
「良いねぇ、その絶望感。最高だ。」
突然、頭上で声が響いた。ハッとして顔を上げると、一人の女の子が目の前に立っていた。
「......!?」
私はその顔を見て、思わず息を呑んだ。女の子の髪の色は白く、瞳の色は赤い。だけど、それ以外は私とほとんど変わらない外見をしていたのだ。服装も、声も、顔立ちも。
「何さ、そのアホヅラは。」
女の子はケラケラと笑いながらその場にしゃがみ、私の顎をグイッと持ち上げた。
「君は......一体......」
「ったく、ほんとに分からないんだな。良いよ、私は優しいから特別に教えてあげる。」
女の子はニヤリと口角を上げ、低い声で言った。
「私は音羽 初。お前自身だよ。」
続く