コトノハ 第6話『アタシは最強』
「もう一人の自分に会った?」
「......うん。」
旭達に助けられ、学校に戻ってきた私はさっきまでの事をクラスの皆に話した。自分と同じ「音羽 初」を名乗る女の子に出会った事、そいつが有葉さんと久乱さんを気絶させた事、そしてそいつと戦った末に自分が破れ去った事。流石に、自分が倒れていた間に見た過去の記憶のことは話せなかった。
「それは、“アナザー”......だね。」
「アナザー?」
「ボク達と似て非なる、影の存在.....と言ったところかな。その出生経緯は各々違うけれど、此方に敵意を抱いている者が殆どなんだ。」
黒いスーツに身を包んだボーイッシュな女の子、如月 詩音さんがそう説明してくれた。
「厄介な存在だよね、アナザー。ま、俺とザ・ワンが居れば一発でぶっ飛ばせるけど。」
スーパーロボット『ザ・ワン』と相棒の女の子、R子さんが自信満々に言った。
「...でも、あいつは“同じ”だって言ってた。私とあいつは、同じ『音羽 初』だって......」
「同じ?」
「多分、私とあいつは何か関係あるんだと思う。今はまだ、分からないけど......それよりも今は、これ以上被害が出ないようにしないと。あいつの狙いは私の力を発揮させる事、その為にクラスメイトを襲って私を焚きつけようとしてる。」
教室内がざわつき始める。当然だ、このクラスに居る全員が初の標的なのだから。
「ど、どうしよう旭ちゃん...次はわたしが狙われるかも......」
「大丈夫、丸菜ちゃんのことはあたしが守るよ!」
「........ぜってぇに許さねえ、久乱と有葉の仇は必ず取ってやる!!」
もう一人の自分が悪いとはいえ、私の事情で此処までクラスメイトを巻き込んで申し訳ない気持ちでいっぱいになる。だけど、起きてしまったことは仕方がない。少しでも犠牲者を減らさないと。
「ねえ、そういえば月那ちゃんは?」
玲亜が私に尋ねてきた。
「言われてみれば......さっきから見かけないね。」
「トイレにでも行ったんじゃねーか?」
その時、ガラッとドアが開いて月那さんが入ってきた。
「月那さん!」
私は月那さんに駆け寄ろうとしたが、嫌な予感がしてすぐに立ち止まった。
「月那、こんな大事な時にどこ行ってたんだよ!」
「みっちゃん駄目!!月那さんに近づかないで!!」
「え?」
月那さんは黙ったまま、ゆっくりと右手を掲げた。その手にはスパナが握られている。
「お、おい......どうしたんだよ?」
みっちゃんが後退りすると、月那さんは光を失った瞳で私達を睨みつけた。
「ゼ ン イ ン コ ロ ス」
次の瞬間、物凄い勢いで月那さんはスパナを振り下ろした。
「おわっ!?」
「みっちゃん!」
私はみっちゃんを抱き抱え、咄嗟に教壇の後ろに隠れた。ガンッ!という音と共に、振り下ろされたスパナが教壇にめり込んだ。
「月那ちゃん!?どうしたの!?」
「皆逃げて!殴られたらひとたまりもないよ!!」
私がそう叫ぶと、教室内はたちまち騒然となった。月那さんはスパナを所構わず振り回し、私達を狙って攻撃を仕掛けてくる。
「月那ちゃんやめて!」
「止まれ!月那!」
皆を逃しながら、みっちゃんと玲亜が月那さんを押さえつける。
「初!頼む!」
「くっ......やるしか、ない!」
私は瞳を赤く輝かせて叫んだ。
「眠って!!月那さん!!」
すると、月那さんはまるで糸が切れた人形のようにかくんっと首を垂らして動かなくなった。何とか止められたようだ。
「良かった......早く保健室に!丸菜ちゃん手伝って!」
「う、うん!」
玲亜と丸菜さんは、月那さんを担いで保健室に連れていった。
「一体どうしちまったんだよ......」
「......多分、もう一人の私に操られたんだと思う。『言刃』を使えば簡単に出来る事だから。」
「流石私、お見通しだね。」
「!!!」
声がした方に振り向くと、白い髪の私...初が、さっきの騒ぎでぐちゃぐちゃになった机の上に立っていた。
「お前がもう一人の初か!!」
「やっほー、みっちゃん。」
「うるせぇ!馴れ馴れしく呼ぶな!!」
激昂するみっちゃんを見下すように、初はニヤニヤと笑っている。
「初......私のクラスメイトに手を出さないで!」
「やだよ、こうでもしないと初怒んないじゃん。」
「私を怒らせて何が楽しいの!?君の目的は何!?」
「んー......そうだね。」
初はしばらく考え、やがて口を開いた。
「本気で私を殺そうとする相手と、戦いたいから......かな。」
「え.......?」
私は、初の言葉の意味がよく分からなかった。いや、正確にはどっちの意味でそう言ったのかが分からなかった。初は単なる殺し合いをしたがっているのか?それとも......
「.........上等だ。」
みっちゃんがゆっくりと前に出る。
「そんなに死にてぇなら、アタシが相手になってやる。」
「えー?みっちゃんじゃ相手にならないと思うけどなぁ。」
「んな事はどうでも良い。一発てめぇをぶん殴らなきゃ、アタシの.........俺の気が済まねえんだよ!!」
みっちゃんの一人称が変わった。怒ると「俺」って言うんだ......
「ふーん......ま、良いか。どのみち潰す予定だったし。」
初は机から飛び降り、くいくいっと人差し指を曲げて挑発のジェスチャーをした。
「......旭、皆を頼む。俺と初が奴を止めるからよ。」
「そんな、二人だけじゃ無茶だよ!あたしも行く!」
「お前は最後の切り札だ!今此処でやられて貰っちゃ困るんだよ......」
「みっちゃん......まさか、死ぬ気で......」
「当たり前だろ......久乱をやった相手だ、刺し違えてでも徹底的にブッ潰す。」
みっちゃんの目に迷いはない。完全に相手を倒しにかかるつもりだ。その点、私はまだ迷っている。このまま何も知らずに、初を倒してしまって良いのかどうか。
「行くぞ、初。お前の力も必要だ。」
「う、うん......でも」
「心配すんな、簡単に死ぬつもりはねえ。......アタシは、最強だからよ。」
一瞬だけ、いつもの笑顔を見せるみっちゃん。私はそれに応えるように頷いて、再び初に目線を向けた。
「戦うなら校庭でやろう。教室だと皆にも被害が出る。」
「良いよー、広いし動きやすいしねー。」
「そのムカつくツラ......すぐにブッ潰してやる!!」
.............................
.............
空を覆い尽くす黒雲の下。私とみっちゃんはグラウンドに出て、初と対峙していた。
「さ、始めようぜ。10秒で終わらせてやる。」
「お前が10秒で負けるってこと?」
「言ってろ......行くぜッ!!《究極符号・完全武装-アルティメットコード・オールウェポン-》!!」
みっちゃんがそう叫ぶと、両手に二本の剣が現れた。
「あいつ、いきなり究極符号とか本気にも程があるでしょ......」
教室から戦いを見守っている玲亜が呆れたようにボソリと呟いた。
「究極符号?」
「ああ、初は知らなかったっけ。まー早い話が女児符号のもっともーっと凄えバージョンだ。ほら!」
私はみっちゃんから片方の剣を投げ渡された。
「貸してやる、遅れんなよッ!」
そう言って、みっちゃんは地面を蹴り宙へと跳び上がった。
「うらぁあああああああッ!!」
刃にエネルギーを込め、上空から初を目掛けて斬りかかる。しかし。
「錆びろ。」
初はその剣を素手で掴み、『言刃』を発した。すると、剣はたちまち切っ先から真っ赤に錆びつき朽ち始めた。
「やっべ!」
みっちゃんは咄嗟に剣から手を離す。剣は初の手の中で粉々に朽ち果てた。
「次は私だ!」
私は剣を握り、今度は真正面から立ち向かう。
「剣よ!炎を纏えっ!!」
『言刃』の力で刀身に炎を纏わせ、中距離から斬撃を放つ。
「はぁああああっ!!」
二発、三発と続けざまに炎の刃を生み出し、初目掛けて攻撃した。
「防げ。」
初はそれにも動じることなく、分厚い石の壁を生成し攻撃を全て防ぎきった。
「そんな....!」
「まだまだ!!今度はこいつだ!!」
みっちゃんが次に呼び出したのは、超巨大なガトリングガンだった。
「蜂の巣になれッ!!」
ガガガガガガガガッ!!という轟音と共に無数の銃弾が発射される。弾にはホーミング機能がついているのか、一点集中で初を狙い爆撃していった。
「す、凄い......」
私はみっちゃんの技にただただ圧倒されていた。
「どうだ!」
立ち込める砂煙の中、ゆらりと人影が現れる。
「へぇ〜、思ったよりやるね。」
初は無傷だった。『言刃』を使ったにしろ、あの爆撃を耐えきるなんて。
「今度は......私の番かな?」
そう言って、初は口角を吊り上げ瞳を真っ赤に光らせた。
「!みっちゃん、来るよ!!」
「こっちだ初!!」
みっちゃんは私の前に立ちはだかった。
「来るなら来やがれ!《加速符号・現実強壁-アクセルコード・リアリティシールド-》!!」
私達の周りに、分厚い光の壁が現れた。これなら何が来ても大丈夫だ。
「甘い甘い......雷よ、二人を焦がせ!!」
初がそう叫ぶと、上空に巨大な雷雲が現れた。地面を揺るがすほどの雷が、何発も私達に襲いかかる。
「ぐぅうッ!!ま.....ける、かぁあああッ!!」
雷よりも大きな声で、みっちゃんが吼える。私も負けずに叫んだ。
「壁よ、雷を地面に逃せ!!」
みっちゃんが張ってくれている壁を避雷針に変え、地面へと電気を逃していく。これで壁への負担はかなり減る筈だ。
「「うおぉおおおおおおおおッ!!!!」」
雷がおさまるまで、私達は声が枯れそうになるくらい叫んだ。やがて雷は鳴り止み、それと同時に壁も崩壊した。
「はぁ、はぁ.......どーよ.....俺の、超・能・力!!....ぐはっ」
「みっちゃん!」
さっきのでかなり無理をしたのか、みっちゃんは既に限界を迎えそうだった。
「大丈夫だ.....まだ戦える!」
みっちゃんがそう言って立ち上がった、その瞬間。
「お前、やっぱ邪魔。」
初が、みっちゃんの腹に強烈な鉄拳を喰らわせた。
「ごはァアッ.....!?」
あまりの衝撃でみっちゃんは血反吐を吐き、その場に倒れそうになる。しかし、初はそれすら許さず、間髪入れずにみっちゃんを殴りまくった。
「邪魔。邪魔。ほんっと邪魔。私は初と戦いたいのに、余計なことばっかしてさ。」
「ガッ!ぐあッ!ごぼッ!」
「みっちゃん!!」
私は慌てて駆け寄ろうとしたけど、「縛れ」という初の一言で何処からともなく現れた鎖に手足を押さえつけられた。
「やべっ.....がはァッ!!」
みっちゃんは地面に叩きつけられる。それを再び掴み上げ、初は怒りに満ちた目でみっちゃんを睨みつけた。
「お前から潰してやる..........」
カァァ..........と、初の瞳が燃え上がるように赤く光り始めた。
「みっちゃん.....!くそっ、鎖よ斬れろ!!」
私は『言刃』を使い、鎖を断ち切って駆け出した。
「はああああああああああっ!!」
そして、渾身のタックルを初に喰らわせる。流石の初も身動ぎし、掴んでいたみっちゃんの胸ぐらを手放した。
「みっちゃん、大丈夫!?」
「ばかっ、逃げろ初.....!」
掠れ声でみっちゃんが叫ぶ。
「闇よ」
その時、初が目を閉じて静かに呟いた。
「!!」
「初ッ.....!!」
私が気づいた時にはもう遅かった。初はカッと目を見開き、憎しみに満ちた声で叫んだ。
「此奴らを喰え!!!!!」
真っ黒な闇が初の身体から放たれ、まるで怪物の口のように私達に覆い被さろうと迫ってきた。
「あ、あぁ..........」
あまりの迫力と絶望感で、私は足がすくんでしまう。此処までかと思った.........その時。
「退けぇッ!!!」
みっちゃんが最後の力を振り絞り、思い切り私を突き飛ばした。
「うわっ!?..........え?」
私は闇の外に放り出された。慌てて起き上がり、振り向くと、私を突き飛ばしたみっちゃんの腕が闇に呑まれそうになっていた。
「みっちゃん!!!!」
私は必死に手を伸ばそうとした。すると、
「来るな!!」
みっちゃんの声。まだ抵抗している、今なら助けられそうだった。しかし。
「お前まで.....巻き込まれるわけにはいかねえだろッ.....!!」
みっちゃんは、私を追い返そうとしていた。
「でも.....!!」
「言っただろ.....アタシは最強だって.....!こんなところ、すぐ抜け出してみせるさ.....だから今は退け..........!お前が負けたら、誰も.........こいつを止められねえだろ.....!」
みっちゃんの声はどんどん遠くなっていく。私は必死に手を伸ばしたけど、虚しく空を掴むばかりだった。
「みっちゃん.....みっちゃん!!」
「わりぃな.......久乱のこと、頼んだぜ.......お前なら、出来るって........信.....じ............」
その声を最後に、みっちゃんは完全に闇の中に呑まれていった。そして、闇は再び初の身体に戻っていく.......
「嘘だ.............」
教室の方で、丸菜さんがそう言ってへたり込むのが見えた。旭も、玲亜も、他の生徒達も、あまりの衝撃に何も言えなくなっていた。
「.................................」
「.......クッ」
静寂を斬り裂いたのは、初が吹き出す声だった。
「クハッ、アハハッ!アハハハハハハハハハハ!!キャハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
目尻に涙を浮かべ、お腹を押さえて初は笑い転げている。
「死んだ死んだ!!あんなにかっこつけてたのに死んじゃった!!バーカバーカ!!アハハハハハハハハハハハ!!!」
「.....................ッ!!!」
私は立ち上がった。両目が溶けそうなぐらい熱くなってるけど、そんな事全く気にならないくらい心の奥が熱く煮え滾っている。
「..........お前、だけは.................」
「アハハハ、ハハハ……..あ?」
「お前だけはぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
たった今、私は決めた。
こいつを
..................殺す。
続く