コトノハ 最終話『自分のコトバで』
黒い大理石の床。小さな灯りがたった一つだけ点いている天井。窓から差し込む青白い月の光が、広く殺風景な部屋の中を淡く照らし出す。
その光すら届かない部屋の奥で、男が一人、背凭れの大きな椅子に座っていた。
「........................」
机に肘を突いて両手を組み、男はじっと何かを待っている。そんな中、誰かが部屋の扉をコンコンとノックする音が鳴り響いた。
「..............入れ。」
姿勢を変えないまま男が短く応えると、扉がゆっくりと開く。その隙間から、少女が恐る恐る顔を出した。
「し、失礼しま〜.....っス.........」
白いブレザーを着た、金髪碧眼の少女。歳はおおよそ小学生くらいだろうか。額に冷や汗を浮かべ、緊張気味に声を震わせている。
「............あ、あの......お話って、何っスか........?」
少女は、自分の任務である音羽 初の加速符号覚醒の阻止に失敗した。結局撤収命令を下されたが、この部屋に呼び出されるということはその件についての説教だろう。少女はそう考え、覚悟を決めていた。
「................カレン。」
「は、はい!!?」
名前を呼ばれ、背筋を真っ直ぐに張り詰めさせる少女。暫しの沈黙の後、男はカレンに向かってこう言った。
「明日よりお前には、青空小学校の生徒として潜入調査に入って貰う。」
「............えっ」
予想外の言葉に、カレンは思わず声を上擦らせる。男は表情一つ変えないまま立ち上がり、カレンに資料の束を渡した。
「これは......」
「あの学校に在籍する生徒のリストだ。彼女達が持つ女児符号、そして加速符号はこれまでのもの以上に優れている.......我々の計画の礎として大いに役立ってくれるだろう。」
「は、はぁ.......で、ワタシは何をすれば?」
「この中から最も優れた人材を選定しろ。全てお前の判断に任せる。」
「えぇ!?責任重大じゃないっスか!っていうか、それなら初サン一人で十分じゃないんスか?加速符号も手に入れちゃったわけでスし!」
「奴一人では足りん。計画には最低でも七人は必要だ。」
「うぅん......一人は確定としても、残りそんなに見つかりまスかねぇ........もし計画に支障をきたすような子だったらどうするんでスか?」
「計画に関する問題は全て我々に任せれば良い。お前の任務は人材の選定、それ以外の事を気にする必要はない。分かったな?」
男は冷たい視線でカレンを見据える。カレンは頷き、足を揃えて胸に手を当てた。
「.....承知致しまシた、敬愛なる我が主様。」
.....................................
.................
「.......ん..........初ちゃん、起きて?もう朝よ?」
お母さんに身体を揺さぶられ、私は目を覚ました。窓から差し込む太陽の光は、寝起き直後の私には少し眩しすぎる。
「ん〜.............」
「今日も学校でしょ、のんびりしてたら遅刻しちゃうわよ。」
そう言われて寝ぼけ眼でカレンダーを見ると、今日は金曜日だった。
「やば.....何かすっかり土曜日の気分だった.......」
「何言ってるの。ほら、早く着替えて朝ご飯食べちゃいなさい。」
「分かってるよ..........ん、しょっと......」
ベッドから起き上がり、私は着替え始めた。
あの戦いの後、相当疲れていた私を皆が心配してくれて、早退して家に着いてからすぐベッドに入ったところまでは覚えているけど、正直戦っている最中のことはほとんど忘れてしまっていた。何か凄く大きなものと、激しい戦いを繰り広げていたような.....そんな朧げな記憶しか残っていない。
あの戦いの後、相当疲れていた私を皆が心配してくれて、早退して家に着いてからすぐベッドに入ったところまでは覚えているけど、正直戦っている最中のことはほとんど忘れてしまっていた。何か凄く大きなものと、激しい戦いを繰り広げていたような.....そんな朧げな記憶しか残っていない。
「...........あ」
ただ、一つだけはっきりと覚えていることがある。もう一人の私.......私が恐れていた、自分の力への“恐れ”を、やっと克服したことだ。私は“恐れ”を受け入れて、それすらも自分の力に変えた。それが私の新しい力、『言羽』だ。
「.......良かった、ちゃんと残ってて。」
鏡を見ながら、私は小さく呟く。髪の毛先が、一部分だけ白くなっていた。少し乱暴だけど、本当は怖がりで寂しがり屋な.....あの子の髪と、同じ色だ。
「.....あら、初?その髪どうしたの?」
ダイニングルームに来た私を見て、お母さんは少しだけ驚いたようにそう聞いてきた。
「ん?あー、まあ色々あって。変じゃ.....ないよね?」
「ええ、よく似合ってるわ。何だか....前からずっとその髪色だったみたいに。」
「へへ...ありがと。いただきます。」
あの子が私の中に居る、その証拠が確かに残っていると分かっただけで、今は十分だ。バターを塗ったトーストを頬張りながら、私はそう思った。
朝ご飯を食べ終わり、私はいつも通り学校に向かう。雲ひとつない青空、穏やかな風が吹く気持ちの良い朝だ。
「あっ、猫。」
道端には、相変わらず野良猫達が沢山居る。その中の一匹に、私はふと目を留めた。
「にゃーん」
全身真っ黒の毛並みをした猫。でも、他の猫と違い首に赤い布を巻いている。この辺りでは初めて見る猫だったけど、私は何故か初めて会った気がしなかった。
「..........何処かで会ったっけ、私達。」
その場で足を止めて私が話しかけてみると、猫は「にゃー」と一声だけ鳴いて走り去っていった。まるで、私に何か伝えるかのように。
「.......ありがとね。」
何故だかは分からなかったけど、何となくあの猫には感謝しなきゃいけないと思った私は、小さな声でお礼を言いながらその背中を見送った。
「っと.....あんまり猫と遊んでると、また遅刻ギリギリになっちゃうな。」
私は再び歩き出した。転校初日は通学路を歩くだけであんなに重苦しくのしかかってきた緊張感が、今では綺麗さっぱり消えている。早く皆に会いたい、そう考えると、自然と足取りが弾んでいく。
「ちょっとだけ、走って行こうかな。」
いてもたっても居られなくなった私は、少し駆け足で通学路を走り抜けていった。
しかし、学校に着くと妙な違和感に気付いた。
「やけに静かだな......」
この時間ならいつも皆の声で賑わっているはずなのに、今日はしんと静まり返っている。やっぱり休みだったのかな、と不安になりながらも、私は教室の前までやってきた。
「おはよー........」
パンッ!!パパンッ!!
私が教室のドアを開けると同時に、大きな音と共に大量のリボンと紙吹雪が降り注いできた。
「うわあっ!?」
予想もしていなかった出来事に、私は思わず声をあげてその場で固まってしまう。
「初ちゃん!」
そんな私を、旭が満面の笑みで出迎える。その周りには、みっちゃんや玲亜、丸菜、久乱さん.......クラスメイト全員が集まっていた。
「せーの!」
「「「ようこそ、青空小学校へ!!」」」
旭の合図で、皆が声を揃えて私にそう言った。それでも私は状況が全く飲み込めず、身体に絡みつくリボンもそのままにあたふたすることしか出来なかった。
「......え、え?これって.............」
「だーからぁ!歓迎会だよ歓迎会!」
みっちゃんが駆け寄り、私の肩をグイッと抱き寄せて教室の中まで引き込んだ。
「驚かせてごめんね、初ちゃんの歓迎会まだ出来てなかったからさ。」
私の髪に付いた紙吹雪を取りながら、玲亜がにっこりと笑う。
「かん....げい、かい?」
「ほんとはもっと早くする予定だったんだけど、初ちゃんそれどころじゃないってくらい緊張してたみたいだし....それに、最近色々あったでしょ?」
「だから、良い感じに慣れてきた時がちょうど良いかなって思って昨日わたしと旭ちゃん達とで相談してたんだ!」
玲亜の背後からぴょこぴょこと顔を出しながら丸菜が言った。
「あ、あの......お菓子、いっぱい作ってきたので......良かったら食べて下さい.........」
「ジュースもあるよ!あっ、先生にはちゃんと許可貰ってるから大丈夫!」
久乱さんと九さんが持ってきてくれたお菓子やジュースを受け取り、皆の話を聞いて、私はやっと理解が追いついた。
「そっか.....あの後私を早く帰らせてくれたのは、この為だったんだ..........」
「そうそう!喜んでもらえたかな?」
旭にそう言われた瞬間、私は自分の目に涙が浮かんでいるのに気がついた。瞬きする度に、一つ、また一つと、大きな粒が零れ落ちていく。
「あ、あれ!?何で泣いてんの!?クラッカーの音でびっくりした?」
「そんなわけないでしょバカ。」
「....ごめん、大丈夫.......嬉し泣きだから.......」
慌てて涙を拭い、私は皆の顔を見渡す。
自分の力を恐れて、誰かと話すことすら怖くなって塞ぎ込んでいた私を、皆はこんなにも気にかけてくれていた。緊張でなかなか心が開けない私を、どう歓迎しようか考えてくれていた。
自分の力を恐れて、誰かと話すことすら怖くなって塞ぎ込んでいた私を、皆はこんなにも気にかけてくれていた。緊張でなかなか心が開けない私を、どう歓迎しようか考えてくれていた。
私は、また皆に救われた。だけど、今までと違って不甲斐ない気持ちにはならなかった。凄く嬉しくて、あったかくて......上手く言えないけど、そんな気持ちで胸がいっぱいだった。
「初ちゃん.......?」
旭の呼びかけに、私は「大丈夫だよ」と伝えるように小さく頷く。
胸の中で溢れ出る自分の気持ち、皆にちゃんと伝えなきゃ。『言刃』でも、『言羽』でもない...自分自身の『言葉』で。
「 恐れるな。 」
「 お前なら、大丈夫だよ。 」
うん。私なら、大丈夫。
「...................皆、ありがとう。私........皆が居るこの学校に来て、ほんとに良かったよ。」
「この先も、沢山迷惑かけちゃうかもしれないけど.....その分、皆が困ったときは絶対助けるから。」
「..........だから」
「これからも、よろしくね!」
音羽 初
暁星 旭
水無月 美奈
虹富 玲亜
猫珠 丸菜
綾川 久乱
明石 月那
鳳 有葉
本木朋 アリア
如月 詩音
R子
慶光院 九
音羽 初
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原作 創作女児小学生ズ
作者 勇輝
.................................................
...............................
....................
「これで良し、と。」
廊下の掲示板に紙を貼りながら、私は頷いた。
「初ちゃん!何してるの?」
「旭。今月の標語、私が考えたんだ。」
「へー!どれどれ.......『困ったときは助け合おう』......うん!良いね良いね!」
「ふふ、良かった。」
「おっ、早速困ってる人が居るみたいだよ?ほら、あそこあそこ!」
「ん.......?」
旭が指差す方向を見ると金髪の女の子が、きょろきょろと辺りを見回しながら廊下を歩いている。あの子は確か.....
「おーい!どうしたの?」
「待って旭!あの子は........」
「あっ、ちょうど良いところに人が居たっス!助かったっス!」
女の子は此方に気付くと、細長い目を更に細めて笑う。そして、コテッと首を大袈裟に傾げて見せた。その仕草を見て、私はあの時と同じような言い表しようのない恐怖感を覚える。
そんな私の心中など知る由もなく、女の子は私に尋ねてきた。
「ワタシ、荊姫 カレンっス!ワタシの教室は何処っスか?」
FIN............?