女児ズ短編小説・アリア編
『黄昏時の図書室で』
チャイムが鳴ると同時にホームルームが終わり、皆それぞれ帰る準備を始めた。
「初ちゃーん、一緒に帰ろー?」
旭が私を呼ぶ。だけど、私は首を横に振った。
「ごめん、今日はもう少し居残るつもりだから先に帰ってて良いよ。」
「そっか、じゃあまた明日!」
「うん、また明日ね。バイバイ。」
走り去る旭に手を振り、私は鞄を背負って図書室に向かう。
今日は、お母さんが仕事で帰りが遅い。だから家に帰っても私一人で、正直寂し....じゃなくて、退屈だから図書室で時間を潰そうと考えていた。此処なら、他の人が居るお陰で私一人にはならないし。
「って言っても、読みたい本とか特にないけどね.....宿題でもしようかな、っと。」
机の上にノートと教科書を広げ、私は宿題を始めた。
図書室は好きだ。理由はその日によって違うけど、一人になりたいと思った時はいつも此処に来る。気持ちを落ち着かせたり、自分を見つめ直したり.....大袈裟な言い方だけど、私にとっては人生の休憩所みたいな場所でもある。
「................」
時計の秒針が動く音と、本のページをめくる音、そしてノートに文字を書き込む鉛筆の音。それ以外は聞こえない静かな空間で、私は黙々と宿題を進めていた。
...............................
..............
「....終わった。」
ノートを閉じ、私は小さく呟いた。
外を見ると、空はすっかりオレンジ色に染まっている。そろそろお母さんも帰ってくるだろうし、私も帰ろう。
外を見ると、空はすっかりオレンジ色に染まっている。そろそろお母さんも帰ってくるだろうし、私も帰ろう。
「......ん?」
鞄を持って立ち上がると、隣の机で誰かが本を読んでいるのに気づいた。青色の長い髪、何処か物憂げそうな赤い瞳、スラッとした長い足.....
クラスメイトの本木朋 アリアさんだ。
「.......アリアさん。」
読書の邪魔したら悪いかなと思いつつも、小声で呼びかけてみる。すると、アリアさんは2秒程間を開けて此方に視線を向けた。
「............音羽さん。」
「今日も本読んでるの?」
「....うん、私の数少ない楽しみだから.....」
アリアさんは読書家だ。教室でもよく難しそうな小説を読んでいて、他の人と話しているところはあまり見たことがない。机の上には、何冊も分厚い本が置いてある。
「......これ、全部読んだの?」
「.........ううん、まだ。これを読み終わってから。」
そう言って、アリアさんは読んでいた本の表紙を私に見せる。その本すらも、まだ半分も読めていない様子だった。
「時間をかけて読む方が好きだから......多分、今日は他の本読めないかも。」
「今読んでるその本はどうするつもり?」
「借りる。私も、そろそろ帰ろうと思っていたから。」
本にしおりを挟んで閉じ、アリアさんはゆっくりと立ち上がる。そして、机に取り置きしていた本を片付け始めた。
「私も手伝うよ。」
「....良いの?」
「うん、その方が効率的でしょ?」
「........ありがとう。」
いつも無表情なアリアさんが、少しだけ戸惑っているように見えた。
「あっ、ごめん。余計なお世話....だったかな?」
「......ううん、全然.....」
アリアさんは足早に本棚に向かい、元あった場所に本を片付けた。私もアリアさんに聞きながら本を片付けていく。
「この本棚にあるの、難しい本ばっかりだね。」
「難しい.....かな。私はいつも読んでるから、何も思わないけど.....この本とか、もう5回目だし。」
「そうなんだ。.......アリアさんは凄いな....」
「......別に、難しい本が読めるから凄いってわけじゃないと思うけど......」
「それもあるけど....何ていうか」
私はアリアさんの目を見つめ、少しだけ口元を緩めながら言った。
「自分の好きなことに熱中出来るって、凄いことだと思う。同じ本を何度も読んだり、難しい本を難しいって思わなくなるくらい沢山読んだり......さっきだって、あんなに集中して読んでたし。それって、アリアさんが自分の好きなことに一生懸命夢中になってるってことでしょ?」
「.............」
アリアさんは少し驚いて、そして僅かに頬を赤くした。
「.......初めて。」
「え?」
「私のこと.....そこまで評価する人。」
「あっ、ご、ごめん!偉そうだったよね!何様目線で話してるんだろ私.....」
「そうじゃないの、その.......私みたいな暗い人の良いところを見つけて、あんなに一生懸命話してくれる人なんて.......居なかったから........」
「..............」
私はアリアさんの手を取り、今度はもっと明るく笑って見せた。
「だったら、私がもっと沢山見つけるよ。アリアさんの良いところ。今話したこと以外にも、きっとまだまだあるはずだから。」
「え........?」
「私も嬉しいんだ、普段あんまり話さない人とか、ちょっと気が合わないなって人の良いところを見つけられた時って。それを見つけたことがきっかけで、前より仲良くなれることもあるかもしれないしね。」
「.....................音羽さん........」
「初って呼んで良いよ。私もこれからはアリアって呼ぶ。アリアと友達になって、アリアの良いところをもっと見つけたい。....どうかな?」
アリアは目線を僅かに逸らし、また少し戸惑う。けど、またすぐに目線を合わせ、ゆっくりと頷いた。
「.....私、も.........初さんの良いところ、見つけたい......初さんと、仲良くなりたい.......」
「.......うん!これからもっと仲良くなろうね、アリア!」
私の言葉に、アリアは嬉しそうに笑う。今まで見たこともない笑顔。アリアって、こんなに笑顔が素敵なんだ。また一つ、良いところを見つけた。
「二人とも、そろそろ閉めるわよ。」
図書室の管理を担当する先生が、私達にそう呼びかけてきた。
「帰ろ、アリア。」
「......うん。その....また、明日。」
「こちらこそ、また明日♪」
明日はもっと、明後日はそれよりも沢山、アリアとお話出来たら良いな。
そう思いながら、私はアリアと一緒に図書室を後にした。
FIN.