女児ズ短編小説・日常編
『少女は嘘が吐けない』
嘘。
人間は嘘を吐く生き物だ。全生物の中で唯一言葉という概念を手に入れた時から、嘘という概念も生まれたのかもしれない。
人間は嘘を吐く生き物だ。全生物の中で唯一言葉という概念を手に入れた時から、嘘という概念も生まれたのかもしれない。
街を歩いていると、今日も色んな嘘がそこら中に溢れかえっている。
「ったく、ちゃんと来月金返せよ?」
「返す返す!約束するよ!」
........嘘だ。その場をやり過ごす為に、口から出任せでそう言ってるだけだ。
「その服可愛いー!」
「あんたこそ似合ってんじゃん!」
........これも嘘だ。お互いそんなこと微塵も思っていない。上っ面だけの褒め言葉だ。
「あんた宿題は終わったの?」
「うん、終わったよー。」
........また嘘だ。一見平然としているけど、僅かに声が震えている。きっと半分も終わっていないんだろう。
別に、心が読めるわけじゃない。言葉、即ち音に関する符号に目覚めた私は、常人に比べ明らかに耳が良くなった。そのせいで、相手の発する声一つでその人が嘘を吐いているか否かくらいは見破れるようになっていた。
「あっ、そこの君!かっこいいねぇ、ちょっとお話良いかな?」
突然、スーツ姿の怪しい男の人に話しかけられた。
「.......何ですか?」
「アイドルって興味ある?今世間ではかっこいい路線のアイドルが流行ってるんだ、君のそのかっこよさなら間違いなく......」
「嘘ですよね、それ。」
「えっ..........」
「声上擦りすぎでしょ。どうせ嘘吐くなら、もうちょっと自然な感じで話せば?」
唖然とする男の人を置き去りにし、私は足早にその場を後にする。
(あーあ.........嫌になっちゃうな...........)
嘘を吐くのが悪いことだとは思わない。だけど、相手を怒らせたり、悲しませたり、失望させたりするような悪意に満ちた嘘は聞いてて嫌になる。
気づかなければ傷付かずに済むかもしれない。だけど、私は全ての嘘が見破れる。だからこそ、自分に向けて悪意を込めた嘘を吐かれることが怖くて、他人を信用することが出来なかった。
今、一緒に居る皆と会うまでは。
...............................
................
「聞いてくれよ皆!昨日釣りに行ったら川の主みたいな魚釣り上げたんだぜ!」
「えっ、みっちゃんそれほんと!?」
「っはは、ウソウソ!今日はエイプリルフールだからな!」
「何だ〜、びっくりさせないでよー!」
4月1日。今日はエイプリルフール、一年で一度だけ嘘を吐いても良いとされている日。教室内には、色んな嘘が溢れかえっていた。
「お父さんが宝くじで3億円当てちゃってさぁ。」
「私、実は......宇宙人なんです!」
「今日の給食見た?ビーフステーキらしいよ!」
どれもこれも、見破る必要がないくらい明らかな嘘。だけど、こういう嘘なら別に良いと思う。何せエイプリルフールなんだから、嘘を吐かないと少し勿体ない気分にもなる。
「あっ、初!お前は何か嘘つかねーの?」
「え?」
「いやいや、その質問はちょっと変でしょ......」
確かに、よく考えたら変な質問だ。どうせ嘘だって分かられているなら、わざわざ嘘を言う必要なんてない。
「ううん、私は特に.....嘘吐くの下手だし。」
「そっかー、まあ初って分かりやすいもんなぁ。ババ抜きめっちゃ弱いし。」
「そ、そうかな.......?ポーカーフェイス出来てないってこと?」
「そうそう、嘘吐くの苦手なんだろうなーって普段から思ってたよ。」
言われてみればそうかもしれない。私は嘘を吐くのが苦手だ、特に親しい人の前では。言おうと思えばいくらでも言える、でも嘘だとバレた時に相手を傷つけてしまうかもしれないと思うと、自然と嘘が吐けなくなってしまう。
「だったら、いつも通りほんとのこと言えば良いんじゃない?エイプリルフールだからって絶対嘘吐かなきゃいけないわけじゃないし♪」
旭がそう言うと、周りの皆も「確かに」と頷き始めた。
「ほんとのこと....か。」
それなら、いくらでも言える気がする。普段私が思っていることを、ありのまま言えば良いだけなんだから。
「........私、さ」
一呼吸置いて、私は言った。
「皆の事が...........好きだよ。」
.......................。
「あっ、えっと、す、好きっていうか、その、大切な友達として、ね?別にそんな、変な意味では......」
「.......ぷっ」
「「「あははははははは!」」」
教室はたちまち大爆笑に包まれた。やばい、何言ってるの私。言葉のあやとはいえ今のは流石に恥ずかしすぎる。
「あはははっ、何言い出すかと思ったら....大胆だねぇ初ちゃん!」
「ちがっ、旭、私が言いたかったのは......!」
「言わせといてなんだけど面白すぎんだろ、そういうとこだぜ初!」
「みっちゃんまで....もう.........」
熱くなった顔を片手で覆いながら、ひたすら後悔する私。穴があったら入りたいってこういうことなんだな.......
「あーあ、面白かった。むしろ嘘吐くって言った方が正解だったかもよ?」
「そ、そうかもしれない......けど...........」
少しずつ落ち着きを取り戻しつつ、私は言葉を続けた。
「やっぱり、嘘だとしても皆のこと嫌いだなんて言うのは無理かなって.......」
旭とみっちゃんは私の言葉に顔を見合わせ、また軽く笑いを溢した。
「ふふ、優しいんだね初ちゃん。あたしも初ちゃんのこと好きだよ♪これはほんとにほんと!」
「アタシもだぜ初。友達として、だけどな!」
「わ、分かってるってば!....ありがと。」
二人の言葉が嘘じゃないことは、私もすぐに分かった。二人が嘘でそういうことを言わないのは分かってたけど、いざ言われるとやっぱり嬉しいし少し照れくさくもなる。
「..........初ちゃん」
すると、遠くから此方を見ていた玲亜が近づいてきた。
「玲亜?どうしたの?」
「.......私も、初ちゃんのこと好き........」
玲亜は私の袖を摘みながら、耳まで赤くしつつ小さな声でそう言った。もしかしたら、少しやきもち気味なのかもしれない。
「....私も好きだよ、玲亜.......此処だとアレだからまた後で、ね?」
「........うん..................」
頷く玲亜の頭を軽く撫でながら、私は薄らと笑みを溢した。私の友達に、悪意のある嘘を吐くような子は居ないって分かったから。この学校に来て以来、私を何度も助けてくれた皆を、これから先もずっと信じていたい。そう思えるくらい、皆が投げかけてくれた本音の言葉は私にとって嬉しいものだった。
「......あの.......音羽さん........」
「ん?どうしたの久乱さん?」
「音羽さんの背後に、黒い影がいっぱい.....」
「あはは、久乱さんも冗談とか言うん......え、ほんとに.................?」
FIN.