3日目『お嬢様はお友達』
「さ、着いたよちゃば。」
「にゃー」
私とちゃばは、風華という大型ショッピングセンターに来ていた。様々なお店やアミューズメントパークがあり、私のお母さんも此処でパートとして働いている。
「えーと、洋服屋さんは......2階だね。」
今日の目的は、ちゃばが着る服を買ってあげること。今までは私が着ていたTシャツを着せていたけど、流石にちゃんとした服を買ってあげなければと思い連れてきたというわけだ。
「って言っても、子ども服なんてどれが良いかとか分からないしな.......」
「おー」
「ちゃばはちゃばで他のことに興味が向いてるし....まぁ、こんな所に来るの初めてだから当然か。」
きょろきょろと辺りを見回すちゃばを引き連れ、とりあえず服屋に向かう。子ども服売り場に行くと、親子連れの家族が大勢居た。
「....なんか居づらいな......でもちゃんと選んであげないと。ちゃば...........あれ?」
ちゃばが居ない。手はしっかりと握っていた筈なのに、いつの間にかすり抜けられていた。
「ちゃば!」
私は慌てて探しに向かった。迷子にでもなったら大変だ、ちゃばはまだ言葉らしい言葉をほとんど話せないんだから。
「おーい!ちゃばー!......あっ」
少し遠くの方で、ちゃばがちょこちょこと走っているのが見えた。良かった、この距離ならすぐに追いつける。
「ちゃば!」
曲がり角の直前で、私はちゃばに追いつきかけた。ところがその時。
「はぅっ」
「きゃっ!」
角を曲がろうとしたちゃばが、誰かとぶつかりその場に尻もちをついてしまった。
「ちゃば!大丈夫!?」
私は駆け寄り、すぐにちゃばを抱き起こす。ちゃばは何が起こったのか分からなさそうにきょとんとした顔を浮かべていた。
「あらまぁ、ごめんなさい!お怪我はありませんか?」
不意に頭上から声がして、顔をあげるとそこには緑色の髪をした女の子が立っていた。綺麗な洋服を着て、片方の横髪はロール状に巻かれている。女の子の後ろには、黒スーツにサングラス姿の男が二人着いていた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「おばか!今は私よりもこの子の無事を確かめるのが先ですわ!」
女の子はまるでお嬢様のような口調で男達を叱りつけた。そしてすぐちゃばの方に向き直り、全身をくまなく見つめ回す。
「.....良かった、大丈夫そうですわね.....本当にごめんなさい。」
「あ、いえ....此方こそ、うちのちゃばがご迷惑を.........」
話せないちゃばの代わりに私が謝ると、女の子はじっと此方を見つめてきた。
「貴女......もしかして、旭さんのお友達ではなくて?」
「え?」
「やっぱり!音羽 初さん、お話は旭さんから伺っておりますわ♪何でも、旭さんの危機を救って下さったとか!私の大切なお友達を助けて戴いて、本当にありがとうございます♪」
「あっ、いえそんな、大したことは........」
旭の友達だと名乗る女の子のあまりに礼儀正しい態度に、今までこんなに面と向かって感謝された経験がない私は思わず焦ってしまう。
「あっ、申し遅れましたわね。私は風祭 嵐華、この風華総合ショッピングセンターを経営する風祭財閥の令嬢ですわ♪」
「風祭財閥....って、あの風祭財閥ですよね?まさかこんなところで財閥の人に会えるなんて.......」
「今日はたまたま視察に来ていたのですわ♪それにしても........」
嵐華さんはちゃばの顔を見つめながら、何度も頭を撫でていた。
「ちゃばちゃん.....本当に可愛らしいですわ〜!この柔らかそうな猫耳....思わず触ってしまいたくなります......♪」
「みゃぅ.......」
嫌そうにはしていないものの、少し緊張気味のちゃば。やっぱり玲亜が特別なのか、他の人相手だと最初は人見知りするみたいだ。
「今日はこの子のお洋服を探しにいらしたんですの?でしたら、私も一緒に選んで差し上げますわ♪」
「えっ、良いんですか?視察の途中なんじゃ.....」
「心配ご無用、まだまだ時間には余裕がありますわ!それに、これもきっと何かの縁.....もう少しお二人とお話してみたいんですの♪」
「そっか....それなら、今日はよろしくね。私も慣れないことで困ってたところだし。」
「みゃぁみゃぁっ」
「ふふ、この風祭 嵐華にお任せあれ!ですわ♪」
.....................
..................................
嵐華さんと共にやって来たのは、子ども服の店ではなく普通にレディースファッションを取り扱う店だった。嵐華さんも普段此処でよく服を買うらしく、ちゃばに似合う服も必ずあると言っていたので任せることにした。
「これなんてどうかしら?きっと似合うと思いますわ♪」
「みゃぁん、みゃー」
「うふふ、ちょっと着てみましょうか♪」
ちゃばはまだ一人で着替えが出来ない為、嵐華さんも付き添いで試着室に入っていった。
「ねえ、あの男の人かっこよくない?」
「ほんと、超イケメン!でもこんな所で何してるのかしら?」
「きっと彼女さんの着替えを待ってるのよ!」
その間、試着室の外で待っている私を見た女の人達が口々にそう話していた。
(きょ、今日はそういうのじゃないんだけどな.....というか、私ってやっぱり男に見られがちなの......?)
内心そんなことを考えていると、ようやく試着室から嵐華さんの声が聞こえてきた。
「.......はい、出来上がり!うんうん、とってもよくお似合いですわね♪」
「お.....着替え終わったみたいだね。良い感じかな?」
「ええ、やはり私の目に狂いはありませんでしたわ!ちゃばちゃん、早速初さんに見せてあげましょう♪」
「にゃあ」
カーテンが開くと、そこには綺麗なワンピースを着たちゃばが立っていた。襟周りや袖口、スカートの裾等にはフリルが施されていて、頭には同じくフリルが付いたカチューシャを着けている。まるで童話に出てくる主人公のような、無邪気で愛らしい姿だった。
「おぉ..............」
「ふふ、どうです?これなら道行く人全員を虜に出来ますわよ♪」
「うん、確かに良いね。よく似合ってるよ、ちゃば。」
「みゃぁ〜」
ちゃばもスカートをふりふりと揺らしながら、着せて貰った服を見て嬉しそうにしていた。
「どうするちゃば、これにする?」
「みゃぅ、みゃぁみゃ」
「まだ他にも気になるお洋服があるみたいですわね、どうせなら全部着てみましょうか♪」
「そ、それは流石に時間もかかるし.....というか嵐華さん、完全にちゃばのこと気に入ったね.....」
「ええ!何だか妹みたいで可愛いんですもの♪それに、こんな風に人にお洋服選んであげることってあまりなかったもので.....ついはしゃいでしまいましたわ.....♪」
嵐華さんはそう言いながら、ちゃばの頭を撫でていた。ちゃばもすっかり慣れたのか、尻尾を立てて甘えきっていた。
「....そっか。優しいんだね、嵐華さんって。」
「ふぇっ!?きゅ、急に何ですの!?わ、私はただ、お友達の為と思っていただけですわ!」
「そういうところだよ。財閥の令嬢さんって聞いてはじめは少し緊張したけど....こうしてちゃばに優しくしてくれてるのを見て、自分の立場とか関係なくどんな人にでも優しく出来る人なんだなって思ったよ。」
「.....っ、わ、私自身、そういう特別扱いみたいなのが好きじゃないだけですわ。財閥の令嬢としてではなく、一人の人間....風祭 嵐華として皆さんと接したい.....ちゃばちゃんとも、勿論初さんとも.....」
「私も同じだよ、.......嵐華。旭だけじゃなく、君とも友達になりたいな。ね、ちゃば?」
「みゃあっ」
「お二人共.........ふふっ、嬉しいですわ♪それじゃあ、今日から私達はお友達ですわね♪これからも、どうぞよろしくお願いしますわ♪」
嵐華はちゃばを抱きしめたまま、私とちゃばの顔を交互に見てにっこりと微笑んだ。
「良い服が買えて良かったね、ちゃば。」
「みゃ〜」
嵐華と別れて帰る時も、ちゃばは嵐華が選んでくれた服を着ていた。少し値段は張ったけど、ちゃばの為なら惜しくはない。
「.....みゃ、みゃ」
「ん?どうしたのちゃば?」
「.......ぉ........だ、ち.....おと....も、だち......」
「!.......また一つ、言葉を覚えたんだね。」
これから先も、ちゃばの友達はどんどん増えていくだろう。そう思うと、私も何だか楽しみになってきた。