4日目『歌と自然を愛する少女』
「.....ん.......?」
身体の上に何かがのしかかるような、僅かな重みを感じて目が覚めた。
「みゃぁぅ」
目を開けてすぐ、私は大きな瞳にじっと見つめられていることに気がついた。同時に、自分の身体にのしかかるものが何なのかも理解した。
「.......おはよ、ちゃば。早起きだね。」
「みゃー」
私のお腹の上に、ちゃばが座っていた。早く起きて、と言わんばかりの視線を向けられ、私はゆっくりと身体を起こす。
「お母さんは?もう仕事行った?」
「みぃ」
「そっか。とりあえず朝ご飯食べないとな....」
「今日も良い天気だなぁ.....」
「みゃぅ、みゃぅ」
「ふふ、ちゃばもご機嫌だね。今日は何処に行こうか?」
相変わらず、ちゃばは基本的に言葉をあまり発さず鳴き声で会話する。何を言っているのかは私にも分からないけど、鳴き声の雰囲気から何となく気持ちが分かるようにはなってきた。
「みゃ.....?みゃぅ、んにゃあ」
「ん?どうかしたの?」
「あの子は..........?」
「らら........らら...............♪」
黒く長めの髪に、緑色の瞳。背丈はちゃばより少し高いくらいの小柄な女の子が、花壇に植えられた花達の前で歌を歌っている。
「綺麗な声だけど.......この辺りでは見かけない子だな。あの子が気になるの?」
「みゃぅ、みぃ....」
「ららら.................ら.....?」
すると、女の子の方も此方に気がついた様子で、様子を伺うようにゆっくりと近づいてくる。そして。
「わぁ!猫耳が生えた女の子だ....!可愛い〜♪」
女の子はちゃばに興味を示し、瞳を輝かせてそう言った。
「みゃぁ....?みゃぅみゃ、みぃ」
「うんっ、とっても可愛いよ!尻尾もふさふさしてて柔らかそう....♪」
「みぃ、みゃーみゃ」
「あっ、触られるのは嫌かな?じゃあ見るだけにしておくね♪」
......?この子、まさか。
「ねえ、君.....もしかして、ちゃばが何言ってるか分かるの?」
「はい!....あっ、ご、ごめんなさい!急に話しかけてしまって....!」
「ああいや、此方こそ突然ごめん。立ち話も何だし、何処かで座れる場所探そうか。」
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「改めて、初めまして♪私は優木 李里です、お気軽にリリとお呼び下さい♪」
リリと名乗る女の子は、そう言って丁寧にお辞儀した。この前会った嵐華と同じで、何処か裕福な家で育ったかのような礼儀正しさだ。
「みゃあみゃ、みゃあ」
「ちゃばちゃん、可愛いお名前ですね♪...あの、失礼ながら....音羽さんはおいくつなのでしょう....?」
「私?小学5年生だよ?」
「えっ!高校生くらいかと思いました....!私も小学2年生ですし、3歳くらいしか違わないんですね.....!」
そ、そんなに大人っぽく見えたんだろうか。
「そっか、同級生じゃないんだ。道理であんまり見ない顔だなと思ったよ。これからよろしくね、リリちゃん。」
「はいっ、こちらこそよろしくお願いします♪えっと......う、初先輩!」
先輩....何だか新鮮な響きだ。今まで下級生と話したことはあまりなかったし、違う年代の子と話せる良い機会かもしれない。
「ところで、リリちゃん。さっきちゃばが言ってることが分かるって言ってたけど......」
「はい、私には動物や植物とお話出来る力があるんです。こういう力のことを、女児符号......?って呼ぶと聞きました。」
女児符号......私も、私の友達も持っている特殊能力のことだ。
「みゃぅ、みー」
「あっ、お腹がすいてるのかな?ちょうどキャンディがあるから、食べる?」
「みゃあっ」
「ふふ、はいどうぞ♪喉に詰まらせないようにね♪」
言語が全く違うのに、此処まで自然な会話の流れが作れているということは、リリちゃんの力は確かに本物だ。
「私、動物やお花が好きなんです♪あと、歌を歌うのも!だから、私の言葉を歌に乗せて、動物達に聞かせてあげてるんです♪」
「それでさっきも花に向かって歌ってたんだ。....もしかして、ちゃばもリリちゃんの歌声が聞こえてきたからそっちに行こうとしたの?」
「みゃぅみゃぅ」
「そうなんですね、それなら今からでもまた歌いますよ♪ちゃばちゃんも一緒にどうかな?」
「みゃーっ」
リリちゃんが差し出した手を握り、ちゃばは立ち上がった。
「それでは.............」
胸元に手を当て、リリちゃんはゆっくりと深呼吸をした。
「......らーららー、ららー......♪」
そして、優しく辺りを包み込むような伸びやかな歌声を響かせ、リリちゃんは歌い始めた。すると、周りの花や木がさっきよりも色鮮やかに輝きだし、空を飛んでいた鳥は次々とリリちゃんの元に集まってきた。
「凄い..........」
私はその光景に、ただ唖然とするばかりだった。私が持つ女児符号『言刃』、そして加速符号『言羽』と同じ、声が要となる女児符号。それでいて、戦う為の力ではなく歌声で周りのもの全てを穏やかにさせてしまうような、凄まじい癒しの力だ。
「みゃぁみゃぁ、みゃーん♪」
ちゃばの鳴き声も、まるで歌っているかのような楽しげなものに変化していた。リリちゃんもより一層綺麗な声で歌い続け、ひと時の間ではあったけどまるで音楽界のような賑やかな空間がそこには広がっていた。
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「......ふぅ.....はぁ〜!こんなに沢山歌うのは久しぶりでした!とっても楽しかったです♪」
歌い終わったリリちゃんの表情は、とても活き活きとしていた。ちゃばも楽しかった様子で、リリちゃんの周りをくるくると踊るように回っている。
「凄かったよ、リリちゃん。歌の力ってこんなに大きいものなんだね。」
「えへへ、先輩に褒められると何だか照れます....♪あっ、もうこんな時間!あんまり寄り道しちゃうとムムに怒られちゃうので、そろそろ失礼します!」
「うん、またねリリちゃん。ちゃばと遊んでくれてありがとう。」
「みゃーみゃー」
リリちゃんと別れた後は、私達もお昼ご飯を食べに家に帰ることにした。
「さっき、上手に歌えてたよ。ちゃば。」
「みゃ......あり、が、と......♪」
「!....ふふっ、どう致しまして。」
この後、ちゃばがよく歌番組を見ながらテレビに映る歌手と一緒に歌うようになったのは、また別のお話。