女児ズ短編小説・玲亜編
『すれ違い文化祭』
初ちゃんと喧嘩した。
喧嘩....というよりは、私が一方的に初ちゃんに怒ってそのまま別れたと言った方が正しいけど、ほぼ喧嘩別れしたも同然だった。
喧嘩....というよりは、私が一方的に初ちゃんに怒ってそのまま別れたと言った方が正しいけど、ほぼ喧嘩別れしたも同然だった。
それは、金曜日のことだった。その日は、明日青空小で行われる文化祭の準備をしていて、いよいよ大詰めということもあり皆それぞれ忙しそうにしていた。
「玲亜ー、飾り付け終わったぜ。」
「ん、ありがとねみっちゃん。ちょうどお昼だし、皆も一旦休憩しよっか。」
普段は給食制の青空小だけど、文化祭の準備期間は給食を配る為のスペースが他のもので埋まるからということで生徒達はお弁当を持参することになっていた。私は勿論、初ちゃんと一緒にお弁当を食べるつもりでいた。
「初ちゃんもそろそろひと段落した頃かな?」
教室の飾り付け担当の私とは違い、初ちゃんは外で屋台のテント張りを担当していた。私はお弁当を持って、初ちゃんが居るであろうグラウンドまでやってきた。
「初ちゃん何処だろう.....?」
辺りを見回していると、少し先にあるベンチの前に初ちゃんの姿が見えた。茶髪にベージュ色のメッシュ、遠くからでもすぐに分かる。
「初ちゃん!一緒にお弁当........」
私は初ちゃんに駆け寄ろうとして、ハッと立ち止まった。初ちゃんの側に、多分下級生であろう女の子が何人か居る。
「え........」
そして、初ちゃんはその女の子達と一緒にベンチに座り、お弁当を食べ始めた。女の子達は初ちゃんを囲み、皆楽しそうに笑っている。初ちゃんも笑いながら、女の子達と何か話しているように見えた。
「...............何..........で........................」
私は、その場から一歩も動けなかった。昨日までは私と一緒にお昼ご飯食べてたのに、何で今日は他の人と一緒に居るの?何で「玲亜と約束があるから」って断らなかったの?何で、そんなに楽しそうに笑ってるの.............?
「.....................馬鹿...........っ」
お弁当を胸元に抱え、私は元来た道へ走り出した。あと一秒でもあの光景を見ていたら、ほんとにどうにかなりそうな気がして。
「馬鹿、馬鹿っ.....!!初ちゃんの馬鹿........っ!!!!」
何度も、何度もそう言いながら、私は廊下を走り抜ける。周りに居た人達は皆驚いて私を見るけど、それを全部振り切って私は走り続けた。
「あれ、玲亜ちゃん?どこ行くの?玲亜ちゃん!」
旭ちゃんの呼びかけすら無視し、教室の前も通り過ぎ、階段を上へと駆け上がって.......私は、いつもよく初ちゃんと一緒に来ている屋上に辿り着いた。
「はぁ......はぁ.............」
夢中で走ったせいか、さっきの大きなショックのせいか、全身の力が抜け、私はドアの前に座り込んでしまった。もう、お弁当を食べる気力も残っていない。
「......何で..........何でよ初ちゃん................」
初ちゃんの優しい顔が、声が、一緒に過ごした思い出が、どんどん遠ざかっていく。気がついたときには、私の頬は涙で濡れていた。
「........初ちゃん...................」
両手で顔を覆い、私は声を殺して泣いた。作業再開のチャイムが鳴るまで、ずっと。
「皆さん、明日はいよいよ文化祭です。思う存分、だけどハメを外しすぎず、楽しんで下さいね。」
「「「はーい!」」」
校長先生の校内スピーチが終わり、下校時間になった。準備の関係で何人かは教室に戻ってきていなくて、初ちゃんもその一人だった。
「玲亜、帰ろうぜ。」
「............」
「おい、玲亜ってば!」
「えっ?....あぁ、ごめん.......」
「どうしたんだよ、昼間っからボーッとしちゃってさ。」
みっちゃんが呆れたようにそう言いつつ、私に鞄を差し出してきた。
「ほら、早く帰ろうぜ。」
「うん..........」
鞄を背負い、教室を出る。
すると、今一番見たくない顔に偶然出会してしまった。
「あっ、玲亜にみっちゃん。お疲れ様。」
初ちゃんだ。何も知らないといった顔で此方に手を振っている。
「おう初!お疲れさん!途中まで一緒に帰るか?」
「うん、そうする。荷物だけ取ってくるね。」
そんな初ちゃんを見て、私は普段なら絶対言わないような言葉を口にした。
「........ごめん、私先に帰る。」
「え?」
私の言葉に、初ちゃんもみっちゃんも目を丸くしていた。
「何か用事でも思い出したか?」
「違う、初ちゃんと一緒が嫌なだけ。」
しまった、言い方を間違えた。そう思ったときには、もう遅かった。
「え....わ、私と帰るの、嫌......?」
「良いでしょ別に、初ちゃんには他の子が居るんだしさ。」
その時の私は、まるで何かに乗り移られたかのような気分だった。本当は言いたくもないような初ちゃんを傷つけるような言葉を、何度も何度もぶつけてしまっていた。
「他の子....?」
「とぼけないでよ!!さっき一緒にお昼ご飯食べてたじゃん!!」
「あ、あぁ、あの子達?あれはその.....」
「私なんか居なくても、初ちゃんには他にいっぱい女の子が居るんでしょ!?だったらその子達と一緒に帰れば良いじゃん!!私のことなんかほっといてさ!!!!」
「お、おい玲亜?何があったか知らないけど一回落ち着けって......」
「結局初ちゃんは女の子なら誰でも良いんだよね!!そうだよね!?下級生の女の子達に囲まれてヘラヘラして、バッカみたい!!!」
「い、いや、私はただ.....」
「うるさい!!!!言い訳なんか聞きたくない!!!!!もう初ちゃんとは絶交だよ!!!!!!二度と私に話しかけないで!!!!!!!!!!!」
勢い任せにそう叫び、私は走ってその場を後にした。みっちゃんの呼び声も振り切って、逃げるように走って家まで帰った。
........................................
.....................
「........はぁ.................」
お風呂に入った後でも、私の気分は晴れなかった。初ちゃんと喧嘩したことや、初ちゃんが他の女の子と一緒に居たこと以上に、初ちゃんにあんな酷いことを言ってしまった私自身に腹が立っていた。相手に弁解させる暇も与えず、こっちから一方的に責めて.....今思い返せば、本当に酷いことをしてしまった。
「................初ちゃん、怒ってるかな......それとも...........悲しんでるかな............」
あの後の初ちゃんの心情を考えただけで、息をすることすら苦しくなってしまう。私が同じ立場なら、明日の文化祭なんか行けなくなって当然だとも思った。これ以上何を考えても駄目だ、今日はもう寝よう。そう思った時だった。
『プルルルルルルル』
スマホに電話がかかってきた。まさか初ちゃんが?と思って画面を見ると、相手はみっちゃんだった。
「.......もしもし。」
『あ、玲亜か?悪いなこんな時間に。初とお前の間に何があったのかどうしても気になってさ。』
「ううん、大丈夫.......実は.........」
私は、みっちゃんに今日あったことを話した。いつもバカやってる単細胞で脳筋なみっちゃんだけど、こういう時に真剣に話を聞いてくれるところは私も素直に尊敬していた。
『...........なるほどなぁ。でもよ、一個気になることがあるんだけど聞いても良いか?』
「何.....?」
『お前さ、初と昼飯食うつもりだったって言ったよな?それ、初も同じだったのか?』
「どういうこと?」
『初もお前と同じで、一緒に昼飯食うつもりだったのかなってこと。前以って約束とかしてなかったのか?』
「......それは...........!」
思い返せば、私は初ちゃんに「今日一緒にお昼食べようね」なんて一言も言っていなかった。昨日まで何も言わずとも一緒に食べてたんだし、今日も当然のように一緒に食べると勝手に思い込んでいた。
「........約束、してない..........」
『だと思った。あの後初と一緒に帰ったんだけどよ、あいつ玲亜を怒らせるような心当たりは何もないって言ってたぜ?』
「........................」
『初が嘘吐くような奴じゃないのは、アタシも玲亜も知ってるだろ?そんな奴が玲亜にいきなり怒られるなんて、おかしい話だと思ったんだ。』
「.....じゃあ.......私の勝手な思い込みだったってこと?私が、全部悪い....ってことなの.....?」
『いやいや、何も全部悪いとは言ってねえよ。思い込みなのは確かだけどな。初がどういうつもりだったのかまではアタシも知らないけど、絶対何か事情があったんだと思うぜ。』
「....そう、だよね........私も、初ちゃんが何の理由もなしにあんなことするなんて思えないし......」
『ちゃんと分かってんじゃねえか。明日、ちゃんと自分で謝りなよ?』
「うん........そうする。ありがとう。」
電話を切り、ベッドに入りながら、私は明日初ちゃんにどう謝ろうか考えていた。
「昨日はごめんね........ううん、それじゃ足りないよね。それに、初ちゃんの話もちゃんと聞かなきゃ........」
そして、迎えた文化祭当日。楽しみにしていた一大イベントのはずなのに、私の心は不安でいっぱいだった。
「ちゃんと謝れるかな.........」
学校に来てすぐ、私は初ちゃんを探す。出来るだけ早く、文化祭が始まる前に謝らなきゃ。
だけど、初ちゃんの姿は何処にもなかった。チャイムが鳴っても教室に来ないから、私は先生に聞くことにした。
「音羽さんなら、今日は風邪でお休みするって親御さんから聞いたわよ?」
「えっ........!」
「音羽さん、準備で凄く頑張ってたものね。少し疲れが溜まっちゃってたのかしら。残念だけど、今年は不参加ね。」
「そんな................」
きっと、原因は疲れだけじゃない。私が昨日あんなことを言ったせいで、落ち込んで......それが原因で気が滅入ったに違いない。
「......私.........最低だ.............」
まただ。またネガティブな方向に物事を考えてしまう。こんな時、初ちゃんが居れば慰めてくれるのに。その頼みの綱すら、自分で切ってしまうなんて........
その後、文化祭は予定通り始まった。だけど、私は何処にも行く気になれず、隅の方で座って時間をやり過ごしていた。屋台から溢れる焼きそばの匂い、大音量で流れる賑やかな音楽、楽しそうに各箇所を回る皆.......今の私には、そのどれもが苦痛だった。
「こんなはずじゃなかったのに............」
もう帰っちゃおうかな、と思ったその時。
突然、ちょんちょんと誰かに肩を叩かれた。
「えっ?」
振り向くと、そこには文化祭のマスコットキャラを模した着ぐるみを着た人が立っていた。
「..........!.....、..........♪」
着ぐるみは何か身振り手振りをして、私に何か伝えようとしているように見えた。けど、今の私にはそれすら目障りだった。
「......あっち行ってよ。私は子どもじゃない、そんな着ぐるみじゃ喜べないよ。」
私がそう言っても、着ぐるみはおどけたような動きを続けていた。イライラした私はその場を立ち去り、何処か別の座れる場所を探した。
「......ここなら大丈夫かな。」
私はベンチを見つけ、そこに座った。.....そういえば、ここは昨日初ちゃんが座っていたベンチの近くだ。
「..........初ちゃん............」
また思い出してしまう。本当に、どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。後悔ばかりが募っていく。
「あれ?あなたは.......」
すると、また誰かに声をかけられた。顔を上げると、そこに居たのは下級生の女の子達だった。
「あなた達.......」
私はその顔に見覚えがあった。昨日、初ちゃんとここで一緒にお弁当を食べていた女の子達だ。
「虹富先輩、ですよね?昨日音羽先輩が話してくれた人だ!」
「わぁ、先輩が言ってた通り可愛い人だなぁ♪」
「え、えっと.....初ちゃんの知り合い.....?」
「知り合いっていうか、昨日お手伝いしてくれたんですよ!」
「私達も屋台担当だったんですけど、手が空いたからって音羽先輩が手伝いに来てくれたんです♪」
初ちゃんが、そんなことを.........
「せっかくだからお昼ご飯もご一緒しませんかって誘って、その時に虹富先輩の話も聞いたんだよね。音羽先輩って好きな人居るんですか?って!」
「そうそう、そしたら虹富先輩の名前が出てきたんです!あの時の音羽先輩デレデレだったなぁ〜♪確かに、こんなに可愛い人なら分かるかも!」
「.........っ!」
そうだったんだ.......初ちゃんは私のことを忘れてたわけじゃなかったんだ。それに、下級生の皆を手伝っていたなんて.......
「私........私..................っ」
「えっ?に、虹富先輩?」
「......私、誤解してた.....ありがとう、ほんとのこと教えてくれて。」
「.....?ど、どう致しまして......?」
不思議そうに首を傾げる女の子達と別れ、私はまたその場を離れた。溢れそうになる涙を必死に堪え、一人きりになれそうな屋上へと足を運ぶ。
「...............」
みっちゃんの言った通りだった。初ちゃんが何の理由もなしに私を忘れるわけがない。それなのに、私は勝手に誤解して、酷いことばっかり言って.......
「.....う.......うぅ...........っ」
とうとう、私は耐えきれなくなった。一つ、また一つと、涙の滴が頰を伝っていく。
「初ちゃん......ごめんなさい...........ごめんなさい............っ!」
絞り出すような声で、私は何度もそう叫んだ。たとえ本人の耳に届かなくても、どうしても今謝りたくて。
「ぐす.....ひっぐ........」
両手じゃ拭い切れない程の涙を必死で拭っていると、横からスッと何かが伸びてきた。
「え.....?」
いつの間にか、さっきの着ぐるみが真横に立っていた。その手には、ハンカチが握られている。
「...................」
「........あなた.....誰なの?」
ハンカチを受け取り、涙を拭いながら私は尋ねる。
「......!.........!」
「身振り手振りじゃ分かんないよ......」
「...........。!」
着ぐるみは私の質問には答えようとせず、また変な踊りを始めた。
「誤魔化さないでよ!.....っていうか、ダンス下手くそすぎ.......」
今にも転びそうになりながら、着ぐるみは踊り続けた。そのダンスはどう見ても下手くそで、正直目も当てられないけど.......でも、見ているうちに何となくおかしくなってきて、私は思わず吹き出してしまった。
「....ぷっ、ふふ.....あははは!何その動き!」
「!.....♪..........♪」
「あははっ!それやめて、お腹痛い!あははははは!」
お腹を押さえて笑っていると、着ぐるみは突然踊るのをやめて私に近づいてきた。
「え....?な、何?」
「.......、.............」
着ぐるみは自分の顔を指差したかと思うと、両手を上下に動かしてみせた。
「......頭を取って、ってこと?」
「!」
私の答えに、着ぐるみはうんうんと頷く。私は意を決して、着ぐるみの頭を外してみた。
「玲亜。」
「..........!!!初......ちゃん.........!?」
着ぐるみの中に居たのは、風邪で休んでいるはずの初ちゃんだった。
「えっ、え!?何で!?」
「あはは、ごめんね。風邪で休みっていうのは嘘だよ。先生とみっちゃんと、あと後輩の皆にも協力して貰って、ちょっと玲亜を驚かせようと思って朝から仕込んでたんだ。」
「そんな......聞いてないよ..............」
予想外の展開に、私は思わずその場にへなへなとへたり込んでしまった。
「.........そっか、初ちゃんも私と仲直りしたくて.........」
「うん、でもただ行くのも勿体ないってみっちゃんが作戦を考えてくれたんだ。」
「あのバカぁ......余計なことばっかり頭回るんだから........」
「ご、ごめんね、私もあんなに怒って落ち込んでた玲亜にどう話しかけて良いか分からなくて......でも、誤解が解けたみたいで良かった。あ、それと後輩の皆がさっき言ってたことは本当だよ。」
「そうだったんだ.....初ちゃんはただお手伝いしてただけなんだね。変な言い掛かりつけて、酷いこともいっぱい言ってごめんなさい........」
「此方こそごめん、連絡のひとつくらいすれば良かったね。玲亜を悲しませたのは私の落ち度だよ.....」
「そんな、初ちゃんは何にも.....!.....その、私も.....初ちゃんと........初ちゃんと、仲直り.....したい.........」
「勿論だよ、玲亜!私もこれから、玲亜と前以上に仲良くなっていきたいな。」
「.......!うん!」
着ぐるみを脱いだ初ちゃんに抱きしめられ、私はすっかり元気になった。初ちゃんも、いつもと変わらない優しい笑顔で私を見つめていた。
「さて、じゃあそろそろ行こうか。」
「行くって?」
「文化祭、まだまだこれからでしょ?」
「!......えへへ、そうだね♪行こっ、初ちゃん!」
初ちゃんとしっかり手を繋ぎ、私はまた走り出した。まるで羽が生えたかのようにその足取りは軽やかで、さっきまでの暗い気分はすっかり晴れていた。
「まずはどこ行く?玲亜の行きたい場所なら何処にでもついて行くよ。」
「それじゃあねー........焼きそば!焼きそば食べに行きたい!」
文化祭はまだまだ終わらない。私と初ちゃんの文化祭は、これから始まるんだ。
FIN.