女児ズ短編小説・旭編
『私が君で、あなたがあたしで』
「......ん.....あれ...........?」
気がつくと、私は保健室のベッドで寝ていた。妙に頭が痛み、身体にもどことなく違和感を覚える。
「.....私、何してたんだっけ?」
回らない頭で、此処に来るまでに何があったか思い返してみる。いつも通り学校に来て、教室に行こうとして.......そこから先が思い出せない。
「とにかく、教室に戻らなきゃ....痛てて......」
ズキズキする頭を押さえながら、私はなんとか起き上がる。....すると、さっきから感じていた身体の違和感の正体が分かった。
「えっ?」
身体が、縮んでいる。手が小さい、足も私の足に比べると短い。そもそも、着ている服が全然違う。ほとんど無地の白いワンピース、襟元にはリボンが付いている。この服.....何処かで見たことがあるような。
「......まさか............」
私は慌てて上靴を履き、近くの鏡に自分の姿を写した。そこに写っていたのは........
「あ........旭.............!?」
いつの間にか、私は旭になっていた。大きな太陽の髪留め、二つ括りにした髪、くりっとした瞳に少し猫っぽい口、そして服装。どこからどう見ても旭そのものだ。
「嘘、何で?何で私が旭に.....!?」
何度も顔を触ったり抓ったりしてみたけど、ちゃんと感覚はある。夢じゃない。
「じゃあ、もしかして私の身体は今.......」
嫌な予感がする。私は急いで保健室を飛び出し、教室に向かった。
「ねえ!私の身体は!?」
教室に入るなり、私は叫んだ。
「あっ、初ちゃん!起きたんだ!」
「っ、旭....なんだよね?」
「うん、あたし達入れ替わっちゃったみたい....」
「やっぱり...........」
予想通り、そこには私......音羽 初が居た。正確には、中身が旭になった私だけど。
「どういうこと?私達何で入れ替わってるの?」
「い、いやー、それが........」
話によると、家に忘れ物をしてしまった旭が走って戻ろうとした所にちょうど私が現れ、勢い余ってぶつかってしまい気が付いたら旭は私になっていたとのことだった。同時に、旭になった私はぶつかった衝撃で気絶してしまい、保健室に運び込まれたらしい。全く覚えていないけど。
「そんな漫画みたいなことが実際あるんだな......」
「ごめーん!どうしても取りに行かなきゃいけない宿題があって.....!」
顔の前で手を合わせ、うるうると泣きそうな顔で謝る私....じゃなくて旭。私の身体でそんな顔されると、何となく気恥ずかしい。
「い、いや良いよ、過ぎたことを言っても仕方ないし....それより宿題は取りに行けたの?」
「うん!何で初ちゃんがってママには驚かれたけど!」
「そりゃそうだよ........」
「冷静な旭ってなんか新鮮だな。」
「みっちゃんも茶化さないで〜.......」
とりあえず、今日一日は元に戻る方法を考えつつそのまま授業を受けることにした。
.......................
......................................
「じゃあこの問題を....音羽、解いてみろ。」
「へっ!?あー、えーっと......わ、分かりません.......」
「どうした、お前らしくもない。じゃあ暁星、どうだ?」
「は、はい。答えは..........です。」
「正解だ、今日は冴えてるな。」
「そんなことないよ!いっつも冴えてるよー!」
「な、何で音羽が怒るんだ....」
「ちょっ旭....じゃなくて初ちゃん!ややこしくなるから!」
先生には、一応内緒にしている。本当に困ったら頼るつもりだけど、こればかりは先生にもどうしようも出来ないと思う。
「やっぱり、もう一回頭ぶつけるしかなくね?」
「はい出たみっちゃんの脳筋アイデア。」
「んだと月那コラぁ!」
「でも、それ以外に方法はないんじゃないかな.....一回試しにやってみない?」
「猫珠さん....その......あ、危ないと思います.....今度こそ音羽さんが目覚めなくなるかと......」
「ちょ、怖いこと言わないで久乱さん.....」
「あたしはもうちょっとこのままでも良いよ!初ちゃんの身体、目線が高くて良い眺め♪」
「旭ちゃん!誰のせいでこんなことになってると思ってるの!」
「おぎゃべびー!!玲亜ちゃんってば冗談だよ〜〜〜!!」
「おぎゃべびって何.....」
結局、何も解決しないまま放課後を迎えてしまった。帰り道が途中まで一緒の私と旭は、歩きながら相談を続けていた。
「じゃあ、今日はひとまず事情を説明してこの身体のまま自分の家に帰ろうか。」
「そうだね、ママにも結局何があったか言えてないし.......ねぇ、初ちゃん?」
「ん?」
「さっきはその....冗談言っちゃったけど......ほんとは不安なんだ、このまま一生元に戻れなかったらどうしようって......」
「旭.........」
旭の感情がこもった私の顔は、まるで転校初日の時のように不安げだった。
「中身は確かにあたしだけど、見た目は初ちゃんでしょ?それって、あたしがあたしじゃなくなるってことなんじゃないかなって....初ちゃんだって、あたしの身体のままだったら初ちゃんじゃなくなっちゃう.....今のあたし達は....一体誰なんだろうって......」
みるみるうちに泣き出しそうな顔になり、その場に立ち尽くしてしまう旭。
「あたし.....もうママの子どもじゃないのかな.....やだよ、そんなの.........」
「............」
私はその横を通り抜け、旭の少し前で立ち止まる。そして、空を見上げながら、小さく呟いた。
「................別に、何も変わらないんじゃないかな。」
「え......?」
「私は私だし、旭は旭。たとえ身体は違っても、そうやって周りが認識してくれる限りは何も変わらないよ。もしこのまま旭の身体で生きることになっても、私は変わらず音羽 初として生きていくつもり。今まで通りにね。」
「初ちゃん..........」
「まぁ、最初は驚かれると思うけど.....すぐに慣れるよ、きっと。だから旭も、今まで通り旭として生きて良いんだよ。」
「........うん.....そう、だよね..........ちゃんと話せば、ママも分かってくれるよね!」
「うん。そもそも、まだ戻れないって決まったわけじゃない。絶対元に戻そう、この状況を。」
「そうだね!あたしも頑張る!よーし、自信湧いてきたー!」
良かった、旭が元気になって。あとは元に戻る方法を探すだけだ。
帰宅後、お母さんに事情を説明すると案外すんなり受け入れてくれた。
「でも大変ね、入れ替わっちゃうなんて....」
「まぁね、でも大丈夫だよ。」
ちゃばには若干警戒されつつも、私は旭の身体のまま家で過ごしていた。
その夜のこと。私のスマホに、知らない電話番号から電話がかかってきた。
「.....もしもし。」
『あ、もしもし!音羽 初ちゃんですかー?』
「そうだけど......誰?」
『ふっふっふ、誰でしょう?正解はCMの後明らかに!』
「何それ......悪戯電話なら切るよ?」
『あー待って待って!大事なお話があるんだってば〜!』
「大事な話....?」
『そう、実は旭ちゃんから聞いちゃったんだけど、今初ちゃんと旭ちゃんは中身が入れ替わってるんだってね!』
「!....旭の、知り合いなの?」
『知り合いっていうかー、実験対象っていうか?ってそれは置いといて、元の身体に戻さなきゃいけないんだよね。』
「一瞬危ない単語が聞こえたけど.....うん、早いうちに元に戻さないと。」
『それなら、この私にお任せあれ!まだ試作品だけど、私の発明品を使えばあっという間に元通り!』
「ほんとに?元に戻れるの?」
『上手くいけば、だけどね〜!それじゃあそういうことで、明日の朝青空小のグラウンドで待ってるよー!』
電話はそこで切れた。
「何か怪しいけど.....今はその手に乗るしかないよね。」
.............................
..............................................
次の日。学校に着くと、相変わらず私の姿をしている旭と、丸眼鏡をかけサイズの合ってない白衣を着た女の子が立っていた。
「あ、来た来た!こっちこっちー!」
「その声、昨日電話で聞いた.....」
「そう、私です!E.G.Mの天才科学者、永栄 理花!」
「ただのマッドサイエンティストだよ....」
珍しく旭が呆れたようにそう言い捨てる。この子に何かされたんだろうか。
「やだなぁ旭ちゃん、あんなの親友同士のスキンシップじゃないか〜。」
「そーゆーの良いから、さっさと元に戻してよ!」
「ハイハイ、分かってますよっと!」
理花はそう言うと、奇抜な見た目をしたヘルメットを二つ取り出した。それぞれ太いパイプで繋がれていて、二人同時に被れるようになっている。
「これが私の発明品、ヘルメットを被った人間二人の魂を入れ替える機械だ!まー今回は逆に元に戻す為に使うけど、それでも成功すれば私の発明品はやっぱり凄いということが証明される!」
「発明を試す良い機会だとか思ったんでしょどうせ。」
「機械だけに?」
「後でしばく。」
「ま、まぁまぁ.....で、どうやって使うの?」
「それじゃあ、まずはお互いヘルメットを被ってくださーい!」
私達は理花に言われた通り、パイプで繋がったヘルメットを被った。
「では次に、初ちゃん!......どっちだっけ?」
「こっちこっち。」
「おっとっとそうだった!隻翼は持ってるかな?」
「あっ、それは確か......」
「これだよね?」
旭が私のコートのポケットから隻翼を取り出す。そういえば昨日預かるのを忘れていた。
「それそれ!じゃあ旭ちゃん、そのまま隻翼に向かって“元の身体に戻れー”って叫んでみて!」
「あたしが?これは初ちゃんにしか使えないんじゃ......」
「私の推測では、女児符号も身体にそのまま残っている筈。この機械は《言羽》を利用することで起動するよう設計したからね。そして今《言羽》を使えるのは初ちゃんの身体を持つ旭ちゃんだけ!さあどうぞ!」
「....っ、い、行くよ、初ちゃん.......!」
「うん、任せたよ旭!」
「.....《加速符号・言羽》!!」
そう旭が叫ぶと、ヘルメットがガタガタと振動し始めた。
「よしよし、反応してる!その調子だよ!」
「よーし.....あたしと初ちゃんの中身よ、元の身体に戻れーーーーっ!!」
瞳を金色に光らせ、旭が隻翼に向かって叫ぶ。すると、ヘルメットが私の頭頂部から何かを吸い上げ始めた。
「うっ!?ぐ、あぁあああああああっ!!!」
「うわああああああ!!!」
旭の方もそれは同じだった。その場に膝を突きそうになりながらも、私は何とか持ち堪える。
頭がクラクラする。だんだん視界がぼやけてきた。何もかもが吸い取られていく.......
.................................................
..............................
............
「.......はぁ、はぁ.......っは........」
ようやく、ヘルメットの振動がおさまった。私は息を切らしながら、自分の身体を見回す。
.......................
「......私、だ。」
手も足も、顔も身体も、全部元の私に戻っていた。旭の方を見ると、同じように身体を見回していた。
「も......戻れた..........元の身体に戻れた!」
「旭!良かった.....成功したね!」
「うん!えへへっ、いえーい!」
私と旭は、その場でハイタッチを交わして笑い合った。
「理花、ありがとう。君のお陰だよ。」
「こ、今回ばっかりは助かったよっ。....あれ?」
実験が成功したにも関わらず、理花はガックリと肩を落としていた。
「ど、どうしたの?」
「.............こわれた」
「え」
「機械が壊れた〜〜〜〜!!」
足元に目を向けると、さっき使ったヘルメットがどちらも黒焦げになっていた。私達を元に戻した後、壊れてしまったんだろう。
「くうう.....やっぱり試作品じゃ覚声機の力には耐えられなかったか......!でも一応は成功した、あとは改良するだけだ!」
「覚声....機?」
「あっ、いえいえこっちの話!とにかく、二人が元に戻れたことはおめでとう!それじゃ、私はこれにて!」
理花は壊れた機械を抱え、ペタペタとスリッパを鳴らしながら走り去っていった。
「......変わった子だったなぁ。でも良かった、これでまたいつも通り過ごせるね。」
「うんっ!行こ、初ちゃん!授業始まっちゃうよ!」
「っとと、走るとまた誰かにぶつかっちゃうよ旭!」
慌てて旭の後を追いかけながら、私は自分の身体に戻れた喜びを噛み締めていた。やっぱり、この身体が一番しっくり来るな。
............................
.............
「未知の力......覚声機.............ふっふっふ、科学者の血が騒ぐねぇ...........音羽 初、キミも私の研究対象だ。フフッ、アハハッ!アハハハハハハハ!!」
FIN.