雨空の昴星 第5話『決断』
緊急サイレンが鳴り響き、たちまち喧騒に包まれるP.D.ラボ。Dr.アトラも異変に気づき、状況を把握しようと研究室を出た。
「何事だ。」
「Dr.!大変です、音羽 初が脱走しました!」
黒服の男からの報告を受け、Dr.はタブレットを開き監視カメラとリンクさせる。すると、画面上にフロアを走り抜ける初とユーマが映し出された。
「.................あの失敗作め......まだしぶとく生きていたのか。」
脱走した初よりも、一緒に居るユーマを見てDr.は舌打ちする。
「どうします?」
「ワシがユヅルを呼んでおく、奴が来るまではお前達で足止めしろ。ただし、音羽 初は殺すな。失敗作の方は殺しても構わんが、奴はまだ試していないモルモットだからな。」
「はっ!」
男が初達の足止めに向かうのを見届けると、Dr.は再び研究室に戻っていった。
「無駄な足掻きを.......此処から生きて出ることなど、到底不可能だというのに.......ククク.........」
薬品を調合しながら、一人ほくそ笑むDr.。そんな彼を、研究室の外で悠弦が忌まわしげに見ていた。
「............Dr........また、私に娘を傷つけさせるつもりなのか...........」
..............................
.................
「ブラック.....チェリー?」
黒装束にマフラー姿の少女、鬼桜 杏を見て旭が呟く。杏は切っ先をカレンに向けたまま、じっとその場に佇んでいた。
「世界中に蔓延るあらゆる陰謀を阻止する為に結成されたという特殊部隊『墨桜』......まさか嗅ぎつけられていたとは......」
「当然。我々『墨桜』の目から逃れられる者など居ない。」
「フッ、それはご大層なモンっスねぇ。でも.......」
カレンは再び瞳を赤く光らせて叫んだ。
「『PleiaDeath』の偉大なる計画を止めることなんて、アンタには不可能なんっスよ!!」
「ヤバい、逃げろ杏!操られるぞ!!」
美奈が叫ぶが、杏は再び宙を舞いながら二対の刃で素早く空を斬り裂いた。
「無駄っスよ!!ワタシの糸から逃れることなんか.........」
「.....................《断絶》。」
着地した杏がそう言った瞬間、カレンの両腕がポロッと取れて地面に落ちた。
「...........え」
そして、その断面からは機械のパーツが零れ落ち、バチバチと火花が散り始めた。
「ギャアアアアアアアアアアアアア!!腕がぁ!!ワタシの腕があああああああああああ!!!!」
「証明。荊姫 カレンの女児符号《赤い靴で踊れ-ダンス•イン•ザ•ハンド-》は、両腕を斬り落とすことで使用不能になる。」
「何呑気に解説してやがるんスかぁあああああああああ!!!許さねぇっスよ......オマエだけは絶対に殺すッ!!!」
斬り落とされて動かなくなった両腕を残し、カレンは一目散に逃げていった。杏はその後を追うことなく、残された腕を回収する。
「カレンちゃん.....機械だったんだ.........」
呆気に取られながらも、玲亜が小さな声で呟く。他の生徒達も、まだ状況を把握しきれていない様子だった。
「.......謝罪。任務の為とはいえ、突然の乱入で貴女方を驚かせてしまったようです。」
それを見た杏は、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。
「あっ、ううん!大丈夫!助けてくれてありがとう!」
旭が慌ててお礼を言うと、皆もそれぞれお礼を言ったり頭を下げたりした。
「初ちゃんが『PleiaDeath』に捕まった!?」
「ぶ、無事なんだよな?生きてるんだよな!?」
「肯定。音羽 初は、現在P.D.ラボからの脱走を試みている模様です。」
腕に着けている小型の機械から映し出される映像を見ながら、杏は落ち着いた声でそう言った。
「良かった......早く助けに行かないと!」
「制止。それは極めて危険です。彼女の事は、私にお任せを。」
「でも!.......あたし、前に初ちゃんに助けて貰ったんだよ!今度はあたしが初ちゃんを助けなきゃ!」
旭は杏の目をまっすぐに見つめながらそう言い、他の生徒達も一斉に頷いた。杏は目を閉じ、しばらくして再び口を開いた。
「了承。彼女を救出したいという方は、私について来て下さい。ただし、許可出来るのは三名までです。」
「三人まで......どうしよう、あたしは絶対行くけど........」
「.....アタシも行くぜ、相手が何者だか知らねーが、初がピンチなら助けてやらなきゃな。」
「承認。暁星 旭、水無月 美奈。残り一名です、他に立候補がなければこのまま出発します。」
静まり返る教室。やはり、相手が得体の知れない組織となるとそう簡単には決断出来ない様子だった。
「皆、怖かったら無理しないで。もしものこともあるだろうし、ここに残って他の生徒を守るっていう選択肢もあるから。」
旭の言葉に、玲亜と丸菜、他数名はいざという時の為に学校に残るという選択を選んだ。
「..................」
杏は時計を見上げ、そろそろ時間だと言うように自分が荒らしてしまった机を整頓し始めた。
「意外とそういうところは律儀なんだな....」
「確認。他に付いて来るという方は、もう居ませんね。」
「.......................」
もう誰も名乗り出ないと思われた、次の瞬間。
「............は..............はい............」
消え入りそうな声と共に、久乱が手を挙げた。静かだった教室が途端に響めき始める。
「お前は駄目だ、久乱!杏も言ってただろ、めちゃくちゃ危ねえって!」
その中でも、特に久乱を気にかけている美奈は必死に止めようとした。しかし。
「.......大丈夫........少し、怖いですけど.......初さんが居なかったら、私は今頃此処には居なかったから..........助けたいんです..........」
「久乱........」
「それに.........水無月さんが迷惑かけたら、皆困るでしょうから..............」
「かけねえよ!?アタシへの信頼薄くね!?」
「確かに、久乱ちゃんが居れば抑止力にはなるかもね。」
「玲亜まで!もー、何なんだよぉ.......」
がっくりと肩を落とす美奈を、「ドンマイドンマイ」と旭が慰めた。
「.......確認。綾川 久乱、本当に宜しいですね?」
「...........」
こくり、と頷く久乱。杏も頷き返し、三人と共に教室を後にする。
「学校のことは私達に任せて。」
「ありがとう、玲亜ちゃん。よーし!皆で力を合わせて、初ちゃんを助け出すよ!」
「おうッ!!」
「はい........っ!」
「了解。任務、再開。」
....................
..................................
「止まれ!音羽 初!」
黒服の男達が、私とユーマの行手を阻む。
「チッ........しつこいな.......」
奴らの狙いは、どうやら私一人のようだ。ユーマのことは最悪殺してしまっても良いと思っているんだろう。
「大人しく戻れ、そうすれば危害は加えない。
男達は私達の四方を取り囲み、一斉に銃を構える。この状況、誰も傷つけずに逃げ出すことは到底不可能だ。
「う、初ちゃん.....どうしよう.........」
「......ここまで来たらやるしかない。ユーマ、目を閉じてその場に伏せて。すぐ終わるから。」
「....っ」
ユーマが頷き、足元に伏せたのを確認すると、私は『隻翼』を構え直した。
「何だ、何をする気だ?」
「.....ちょうど良い、お前達に《言羽》の真の力を見せてやる。」
ゆっくりと呼吸を整え、私は『隻翼』に向かって言葉を紡ぐ。
「後悔しろ、私を敵に回したことを。」
「懺悔しろ、私に歯向かったことを。」
「決して許されぬ貴様の罪、その身を以て贖うが良い!我が裁きの言葉を聞け!!」
黄金の羽毛を撒き散らし、私の背中に巨大な片翼が現れる。『隻翼』を握る手に、全身に漲る力を込めながら私は叫んだ。
「《加速符号奥義・堕天ノ鎮魂歌-アクセルブレイク・フォールン•レクイエム-》!!!」
すると、男達の足元に魔法陣が現れ、黄金の光を放って輝き始めた。
「っ!?な、何だ.....身体が........!?」
男達はその光を浴びて足元や指先から粒子化し、魔法陣の中へと吸収されていく。
「き、貴様......!!自分の力で人間を殺すのが怖いんじゃなかったのか!?」
「........殺すわけじゃない、転生させるだけだ。お前達が居るべき場所......地獄にね。」
「何ィ.....ッ!?ぐぁああああああああああああああああああああ!!!!」
断末魔をあげながら、男達は全員消滅した。残された魔法陣は集まって一つの光となり、『隻翼』に吸収される。
「.............っ.....何が、起きたの.....?」
ユーマが恐る恐る顔を上げると、私は口元を緩め安心させるようにその頭を撫でた。
「あいつらをぶっ飛ばしただけだよ、何処か遠い場所に。」
「そっか.....初ちゃん、凄いね.....!」
「さぁ、もうすぐ出口だよ。行こう、ユーマ。」
私はユーマの手を取り、再び走り出した。
しかし。
しかし。
「待て。」
フロア内に響く、低い男の声。次の瞬間、強い風が私達の真正面から吹き始めた。
「うわぁっ!」
「くっ.......!!」
私はユーマを庇い、風に飛ばされないよう必死に耐える。やがて風がおさまると、フロアの奥から腕を槍状に変形させたお父さんが現れた。
「.........大人しく収容室に戻って貰おうか、音羽 初。」
「お父さん..............」
冷徹な目をしたお父さんは、槍の切っ先をゆっくりと此方に向ける。そこには、私の知っている優しいお父さんの姿は影も形もない。あの目は.......完全に私を敵だと見做している目だ。
「あ、あの人......初ちゃんのお父さんなの?」
「...................」
私は首を横に振る。
「違う。あれはもうお父さんじゃない。」
この研究所で改造され命を落とした、顔も知らない子ども達。生き残ったユーマも、もう元の人間には戻れない。そして、お父さんも.......私のことを、完全に忘れてしまっている。
それなら、私がやるべきことは一つだけだ。
「.........もう私は迷わない。たとえお父さんでも.......ユーマを、子ども達を傷つけようとするなら...............」
グッ、と『隻翼』を握りしめ、私は遂に決意を固めた。
「私は.....お前を倒す!!!」
「................」
お父さんは......いや、その男は、一瞬眉間に皺を寄せる。だが、すぐに槍を構えて此方に突進してきた。
「防げッ!!」
私は咄嗟に光の盾を召喚し、その攻撃を弾き飛ばす。男は再び槍を構え、じっと私を見据えながら答えた。
「ならば、その言葉.........現実にしてみせろ。」
「......良いよ..........私を敵に回したこと.....後悔しても知らないからッ!!」
迷いも、思い出も、お父さんに関するものを全て捨て去り、私はその男を倒すと決めた。甘いことなんか言ってられない。ユーマを守る為には、これ以上犠牲を出さない為には.......もう、こうするしかないんだ。
続く