(燃え落ちた居場所)
更新日:2020/07/05 Sun 12:40:14
目の前にいるーーーいやこの場合は見ていると言った方がいいかーーー貴方には、何か悩みはないだろうか?
何でもいい。テストの点が悪いとか、友達と仲直りできないとか、信じてたものに裏切られたとか……何でもいい。
例えばその悩みを解決してあげると言われたら、目の前の貴方はどう選択する?
yesと言うか、noと言うか、それは人それぞれだ。
だがそこに後悔はないか?そのyesは本当に正しいのか?noと言って本当に良かったのか?意見を突き通す覚悟はあるのか?
少なくともわたしには…あの時の愛歩には無かった。
何でもいい。テストの点が悪いとか、友達と仲直りできないとか、信じてたものに裏切られたとか……何でもいい。
例えばその悩みを解決してあげると言われたら、目の前の貴方はどう選択する?
yesと言うか、noと言うか、それは人それぞれだ。
だがそこに後悔はないか?そのyesは本当に正しいのか?noと言って本当に良かったのか?意見を突き通す覚悟はあるのか?
少なくともわたしには…あの時の愛歩には無かった。
「愛歩ちゃん、大石さんがいらっしゃったわよ」
「頑張ってね!」
「どうせまた無理だろ」
ここは野上孤児院。
「今いく~!」
職員にせっつかされた愛歩は、周りの子供達のヤジと声援を無視し、緊張した面持ちで部屋を出ていった。
「大石さんってどんな人?」
愛歩は期待を込めて呟く。
「いい人よ。愛想良くしてれば大丈夫」
職員の言葉に愛歩は鼻をならした。
「ヒメカせんせー、前もそういってなかった?」
「いい?愛想良くよ。冗談も鼻をほじるのも無し。あと、私を呼ぶ時は前園さん。少なくとも大石さんが帰るまでは」
職員は幼女の問いには答えず、彼女の肩を抱いていた。
「うん、分かった」
職員の前園の目線に、愛歩は慌てて言い換えた。
「分かりました前園さん」
「頑張ってね!」
「どうせまた無理だろ」
ここは野上孤児院。
「今いく~!」
職員にせっつかされた愛歩は、周りの子供達のヤジと声援を無視し、緊張した面持ちで部屋を出ていった。
「大石さんってどんな人?」
愛歩は期待を込めて呟く。
「いい人よ。愛想良くしてれば大丈夫」
職員の言葉に愛歩は鼻をならした。
「ヒメカせんせー、前もそういってなかった?」
「いい?愛想良くよ。冗談も鼻をほじるのも無し。あと、私を呼ぶ時は前園さん。少なくとも大石さんが帰るまでは」
職員は幼女の問いには答えず、彼女の肩を抱いていた。
「うん、分かった」
職員の前園の目線に、愛歩は慌てて言い換えた。
「分かりました前園さん」
結論を言うと、大石夫妻は本当にいい人だった。
自分の分のお茶菓子も全部くれたのだから。いい人に違いない。
「お腹すいた~!」
夫妻が帰ると、愛歩は開口一番そう言った。
「もう、さっきお茶菓子もらったでしょ」
職員の前園は愛歩のおでこをペシリと叩いて立ち上がる。
「だって緊張したんだもん!本当に本当に!昨日眠れなかったし!」
前園が興味なさそうだったので、愛歩はムッとした。
「幸太郎!あいつにまた何か言われるの、本当に嫌なんだから!やい親無し、やい孤児院暮らしって!」
「ああもう分かった、分かったから!」
前園は愛歩の早口にうんざりして、100円をいくつか取り出した。
「これで何か買ってきな。さよなら祝いよ」
「これってポケットマネー?」
「そうそう、いってらっしゃい」
愛歩は何故か連れないヒメカせんせーにあっかんべーしてから、貴重なお金を他の子に見つからないよう胸に抱えて駆けていったのだった。
自分の分のお茶菓子も全部くれたのだから。いい人に違いない。
「お腹すいた~!」
夫妻が帰ると、愛歩は開口一番そう言った。
「もう、さっきお茶菓子もらったでしょ」
職員の前園は愛歩のおでこをペシリと叩いて立ち上がる。
「だって緊張したんだもん!本当に本当に!昨日眠れなかったし!」
前園が興味なさそうだったので、愛歩はムッとした。
「幸太郎!あいつにまた何か言われるの、本当に嫌なんだから!やい親無し、やい孤児院暮らしって!」
「ああもう分かった、分かったから!」
前園は愛歩の早口にうんざりして、100円をいくつか取り出した。
「これで何か買ってきな。さよなら祝いよ」
「これってポケットマネー?」
「そうそう、いってらっしゃい」
愛歩は何故か連れないヒメカせんせーにあっかんべーしてから、貴重なお金を他の子に見つからないよう胸に抱えて駆けていったのだった。
「え?」
スーパーからの帰り道、いつもの道が大きく揺れたと思ったら、馴染みの場所が燃えていた。
「うそ…?!」
愛歩は走った。
「なんで!なんで?!」
燃え盛る炎が愛歩の家を包み込む。嫌らしい炎が愛歩の部屋だったものを舐め回す。
「待って…!」
プリンの入ったビニールが落ちた。気になど出来なかった。
近所の顔見知りに止められた。引き寄せられて身動きができなくなる。
(ああ、幸太郎達大丈夫かな……)
孤児院だった物が焼け落ちると同時に、愛歩の意識も落ちていった。
スーパーからの帰り道、いつもの道が大きく揺れたと思ったら、馴染みの場所が燃えていた。
「うそ…?!」
愛歩は走った。
「なんで!なんで?!」
燃え盛る炎が愛歩の家を包み込む。嫌らしい炎が愛歩の部屋だったものを舐め回す。
「待って…!」
プリンの入ったビニールが落ちた。気になど出来なかった。
近所の顔見知りに止められた。引き寄せられて身動きができなくなる。
(ああ、幸太郎達大丈夫かな……)
孤児院だった物が焼け落ちると同時に、愛歩の意識も落ちていった。
夢の中で狐と話した。
『そう、貴方は親がなかなか出来ないのね』
ーーーそうなの、誰も私を引き取ってくれないのーーー
『見る目がないね』
ーーーそれに、幸太郎がわたしの事バカにするの。おまえが親無しなのはバカだからって、明日も絶対失敗するってーーー
『酷い子供……ねぇ、私と組まない?』
ーーー組む?ーーー
『そう、あの子をもう二度と悪口が言えなくしてあげる。代わりに貴方の○○を頂戴』
ーーーいいよ、幸太郎がちゃんとわたしの事を見てくれるなら……わたしの○○をあげるーーー
狐が卑しい笑みを広げた。
『約束だよ、✕✕。必ずね』
そして狐の口から炎が吹き出るのだった
『そう、貴方は親がなかなか出来ないのね』
ーーーそうなの、誰も私を引き取ってくれないのーーー
『見る目がないね』
ーーーそれに、幸太郎がわたしの事バカにするの。おまえが親無しなのはバカだからって、明日も絶対失敗するってーーー
『酷い子供……ねぇ、私と組まない?』
ーーー組む?ーーー
『そう、あの子をもう二度と悪口が言えなくしてあげる。代わりに貴方の○○を頂戴』
ーーーいいよ、幸太郎がちゃんとわたしの事を見てくれるなら……わたしの○○をあげるーーー
狐が卑しい笑みを広げた。
『約束だよ、✕✕。必ずね』
そして狐の口から炎が吹き出るのだった
山田警部は頭を掻いた。どうすればいいか分からない時にする癖だ。
ベットの上の少女は見向きもしない。
野上愛歩(ノガミ アユミ)11歳。あの事故から運良く生き残った女の子。
孤児院の名前がそのまま名字なのは、父方にも母方にも身寄りが無いと言う証拠だった。彼女の場合、縁談が結び駆けていたが。
「なあお嬢ちゃん」
溜息をついて、ちょっとでも少女の気を引こうとペンをひょいと持ち上げ、遠くへ投げる。
しかし少女の視線は少しも動かなかった。まるでこの世界に体だけ置き去りにしてしまったような虚ろな目で自分の手を見続けている。
ベットの上の少女は見向きもしない。
野上愛歩(ノガミ アユミ)11歳。あの事故から運良く生き残った女の子。
孤児院の名前がそのまま名字なのは、父方にも母方にも身寄りが無いと言う証拠だった。彼女の場合、縁談が結び駆けていたが。
「なあお嬢ちゃん」
溜息をついて、ちょっとでも少女の気を引こうとペンをひょいと持ち上げ、遠くへ投げる。
しかし少女の視線は少しも動かなかった。まるでこの世界に体だけ置き去りにしてしまったような虚ろな目で自分の手を見続けている。
人形 傀儡 抜け殻 …。頭の中に少女を形容するにふさわしい単語が幾つも思い浮かぶ。どうやらこの子は一時的な失語症にかかってるらしい。あとついでに不感症にも。
無理もない。孤児院にいた知り合いは全員焼死したのだ。
職員6名、孤児13名。生き残ったのは彼女ただ1人。
彼女は病院にいるどんなカウンセラーにも心を閉ざしていた。縁談が結び駆けていた大石夫妻もだ。
あの火事で残った物はたった1つ。いや、この場合は2つといえばいいか……一人の少年の目玉だけだった。
無理もない。孤児院にいた知り合いは全員焼死したのだ。
職員6名、孤児13名。生き残ったのは彼女ただ1人。
彼女は病院にいるどんなカウンセラーにも心を閉ざしていた。縁談が結び駆けていた大石夫妻もだ。
あの火事で残った物はたった1つ。いや、この場合は2つといえばいいか……一人の少年の目玉だけだった。
山田警部は考える。
あの孤児院は火事と呼ぶには不審すぎる燃え方をしていた。
出火場所はデコレーションケーキの蝋燭。
おそらく少女のお祝いのための物だったのだろう。
孤児院の聞き込みは順調だった。
「ええ、あそこはいつでも子供の笑い声が聞こえる場所でした」
「見学や縁談があるとケーキでお祝いするんですよ。あの孤児院は直ぐにケーキを焼くんです。お祝いとか慰めとか」
「院長は恰幅が良くて太っ腹でね……いいやつでしたよ。院長自らケーキを焼くんでさ」
ケーキを焼いて蝋燭をともす事に馴れている院長が、蝋燭を倒した程度で全焼するのか?それにあの奇妙な遺留品……山田警部は疑問だった。
あの時現場の一番近くにいたのは近所の大人数名とこの愛歩だけだった。
「……また来るよ」
少女の心が完全に壊れていない事を祈り、山田警部は病室を後にするのだった。
あの孤児院は火事と呼ぶには不審すぎる燃え方をしていた。
出火場所はデコレーションケーキの蝋燭。
おそらく少女のお祝いのための物だったのだろう。
孤児院の聞き込みは順調だった。
「ええ、あそこはいつでも子供の笑い声が聞こえる場所でした」
「見学や縁談があるとケーキでお祝いするんですよ。あの孤児院は直ぐにケーキを焼くんです。お祝いとか慰めとか」
「院長は恰幅が良くて太っ腹でね……いいやつでしたよ。院長自らケーキを焼くんでさ」
ケーキを焼いて蝋燭をともす事に馴れている院長が、蝋燭を倒した程度で全焼するのか?それにあの奇妙な遺留品……山田警部は疑問だった。
あの時現場の一番近くにいたのは近所の大人数名とこの愛歩だけだった。
「……また来るよ」
少女の心が完全に壊れていない事を祈り、山田警部は病室を後にするのだった。
その夜……愛歩のベットの端っこに誰かが乗り上げた。
「なんと忌まわしい程そっくりじゃの」
赤いマフラーを巻いた巻き毛の少女だ。露出度の高い服装は、病院には恐ろしい程似合わない。
愛歩がまた魘される。毎晩のように悪夢を見ているのだ。
「そりゃそうじゃろうの」
巻き毛の少女は呟き、長い爪が生えた指を愛歩のこめかみに押し付けた。
「痛みも恐れも、しばし忘れい。めんどいかもしれんが、わしぁお前さんの母親と約束したのじゃ」
巻き毛の少女の指が愛歩のこめかみから離れると、銀色の細い光が愛歩の頭から出てきた。
「記憶はもらうたぞ。じゃ、運が良ければまたな」
愛歩の目から、一筋の涙が溢れて落ちた。
「なんと忌まわしい程そっくりじゃの」
赤いマフラーを巻いた巻き毛の少女だ。露出度の高い服装は、病院には恐ろしい程似合わない。
愛歩がまた魘される。毎晩のように悪夢を見ているのだ。
「そりゃそうじゃろうの」
巻き毛の少女は呟き、長い爪が生えた指を愛歩のこめかみに押し付けた。
「痛みも恐れも、しばし忘れい。めんどいかもしれんが、わしぁお前さんの母親と約束したのじゃ」
巻き毛の少女の指が愛歩のこめかみから離れると、銀色の細い光が愛歩の頭から出てきた。
「記憶はもらうたぞ。じゃ、運が良ければまたな」
愛歩の目から、一筋の涙が溢れて落ちた。
愛歩は目を開ける。何か悪い夢を見たような気がするんだけど。眠る前よりも格段に頭がスッキリしていた。
ーーー明日、そう言えば明日、大石夫妻がくるんだっけーーー
愛歩は孤児院の子達を思い出す。職員の事も思い出す。孤児院での楽しかった記憶も思い出す。
ーーーでももうそれは戻らないんだーーー
愛歩はカラカラの喉に水を流し込む決心して起き上がった。
ーーー明日、そう言えば明日、大石夫妻がくるんだっけーーー
愛歩は孤児院の子達を思い出す。職員の事も思い出す。孤児院での楽しかった記憶も思い出す。
ーーーでももうそれは戻らないんだーーー
愛歩はカラカラの喉に水を流し込む決心して起き上がった。