第3話『覚醒(めざめ)し竜の子』
焔の手助けをする為、臨時生徒会役員になった私。問題を解決する時になるべく怒らずに済むよう色々アドバイスをし、焔もそれを見て順調に弱点を克服しかけていた。
ところが、生徒同士の喧嘩を止めようとした私が一人の男子生徒に蹴り倒された時、焔はあまりの怒りに我を忘れてとうとうその生徒に手を出してしまう。
月音さんの助力で何とかその場はおさまったものの、今回ばかりは私怨が過ぎると月音さんにも怒られてしまった焔は、次同じことをすれば副会長辞退と嫦娥財団と華龍院家の契約破棄を言い渡されるという事態に陥ってしまった。
あれから三日。
「焔、おはよう。」
「っ、お、おはよう.....」
「大丈夫?顔色悪いけど.....」
「も、問題ない。今日も公務に向かうぞ。」
あの事件以降、焔はすっかり大人しくなってしまった。厳しい条件を突きつけられ、心の余裕がなくなってきているのかもしれない。そしてそれは、私も同じだった。
「もう期限の半分を過ぎた......この期間が終わったら、私も焔の傍に居られなくなる。そろそろ本腰入れないとな......」
だけど、私はやっぱり何か納得いかない気分だった。というより、ずっと妙な違和感が自分の中にあった。
あの時、喧嘩していた生徒達を掴み上げていた焔の顔は、焔のものじゃない気がしたからだ。何かに取り憑かれているような、あるいは焔とは別の人格が現れているような、そんな感じだった。
「.......ねえ、焔。あの時さ、本気であの生徒達を怖がらせたくてあんな行動取ったの?それとも、あそこまでするつもりはなかったのに思わず手が出ちゃった感じ?」
私は思い切って、あの時の心境を焔に聞いてみた。焔は少し考えて、首を横に振った。
「......分からない......僕にも.........君が傷つけられた瞬間、頭に血が昇って身体中が熱くなって.......そこから先は、自分でもどうしてあんな行動を取ったり、横暴な台詞を口走ったりしたのか.......」
「........身体が勝手に動いて、自分でも制御出来なくなっちゃった.....って感じかな?」
「そんなところだ............いずれにせよ、結局君に迷惑をかけてしまったことに変わりはない.........」
「私は全然気にしてないよ、最悪の事態は避けられたんだし。」
そう言って私が笑ってみせると、焔の目にまたうっすらと涙が浮かんできた。
「....やはり、僕は竜の血を制御出来るような器ではなかったのかもしれないな......自分がここまで未熟だなんて....思っていなかった......」
「............」
私は焔の頭に手を乗せ、優しく撫でながら目線を合わせた。
「でも、君は竜の血を引いて生まれてきた。その事実を覆すことは、今更出来ないよ。」
「それは、そうだが.....」
「こういう時はね、逆に考えれば良いんだ。自分が力を持って生まれてきたのには、必ず何か意味がある、って。焔は、月音さんやこの学校を大切に思ってるんでしょ?それなら、その大切なものの為にその力を使えば、きっと自分に与えられた力の意味にも気付けるんじゃないかな。」
「....力を持って生まれてきた意味、か.........」
「まだ時間はある。私ももう少しだけ手助けしてあげられるから....一緒に見つけよう、その答えを。」
「.....っ、ああ!凹んでばかりなどいられない....!」
「..................焔.......」
............................
............................................
「うーん........」
あの時、焔は怒りで我を忘れていたと言うよりは、竜の血に身体を支配されていたのかもしれない。
炎を発する焔の体質、その要因となる竜の血は、怒りの感情に反応することで沸騰する。怒りが大きければ大きい程血の温度も上がっていくのなら、焔自身にもその熱を抑え込むのは確かに難しいだろう。
「焔の身体の支配権の半分は、竜の血が持ってる....ってことか。血の熱を制御する方法....私の《言羽》みたいに、焔の女児符号を覚醒させることが出来れば........」
「ふむふむ、それで?」
「うわぁっ!?」
突然、目の前にぬっと黒い影が現れた。怪しく光る赤い瞳に、黒い猫耳と二対の尻尾。
「.....ば、化け猫さん?」
「また会ったのぅ、音羽 初。」
影の正体は、前に私の悩み事を何度も解決に導いてくれた猫の妖怪、化け猫さんだった。
「久しぶりだね.....今の話、聞いてた?」
「うむ、今に限らずずっと見ておったぞ。お主もとうとう後輩を導ける程逞しくなったのじゃなぁ。」
「......いや、私はまだまだだよ。今だって必死に悩んでる、どうすれば焔を助けられるか....」
「全く、相変わらずお主は他人に優しすぎるのう。まぁ良い、お主との仲に免じて今回はワシも協力してやろう。」
「良いの?ありがとう、助かるよ....!」
「ただし、ワシがしてやれるのはあやつを試す為の相手を用意することだけじゃ。後はお主の力量次第、あやつを上手く導いてやれ。」
「......分かった、頑張るよ。今度こそ、焔に正しい道を示すんだ!」
次の日。私は、あれから化け猫さんと考えた“ある作戦”の実行のことで頭の中がいっぱいだった。
「.......い....おい、音羽 初!」
「えっ?あ、あぁ、ごめん。ボーッとしてた。」
「全く、それでは生徒会役員は務まらないぞ!さて、今日も公務を頑張らなければな!」
「....どうしたの?今日は随分元気だね?」
「き、昨日までは、初めて会長にあんなに厳しいお叱りを受けて動揺していたが.... 君が教えてくれた通り、逆に考えてみたんだ。」
「......!」
「会長の言葉は厳しかった。だが会長は、きっと僕が同じ失敗を繰り返すような人間ではないと信じている。だから最後にチャンスを与えてくれたのだと。そのチャンスを逃すわけにはいかない....そう思ったら、何だか俄然燃えてきてな。僕はもう、絶対に同じ失敗は繰り返さない!会長が僕に賭けてくれた、最後の期待を裏切らない為に.....そして、君の協力を無駄にしない為にもな!!」
焔の目は、いつになくやる気に満ちていた。それを見て、私も何だか自信が湧いてくる。両頬をバシッと叩き、気合いを入れ直した。
「よし、私も準備万端だよ!」
「うむ!では行くぞ!」
お互い軽く拳を突き合わせ、いつも通り見回りに向かおうとした時だった。
「きゃああああーーーーーーーっ!!」
グラウンドの方で、誰かの悲鳴が響いた。同時に、生徒達の騒ぎ声があちこちから聞こえてくる。
「な、何事だ!?」
「行こう、焔!」
廊下を駆け抜けていくと、生徒達が慌てた様子で此方に向かって走ってきた。
「どうした、お前達!!」
「た、大変だ!アナザー達が攻めてきた!!」
「アナザーだと....!?」
生徒達の背後に居たのは、旭と対を成すアナザー、暁星 明だった。
「ふふふ.......燃え尽きなさい、陰りし太陽の黒き炎で........!」
「何だあいつは...!おい貴様!!生徒達に手を出すな!!」
焔は生徒達を逃がしながら、明の前に立ちはだかる。すると、その背後に別の影が現れた。
「.....お前がこの学校の主導者か。此処は今から私達の城だ、邪魔者には消えて貰う。」
みっちゃんのアナザー、水無月 美華。両手に持った剣の切っ先を、焔に突きつける。
「くっ.....!誰だか知らないが、貴様らが敵だということは理解した。この学校は、副会長である僕が守る!!はぁあああっ!!!」
焔は迫り来る二人のアナザーを躱し、明にハイキックを、美華に手刀を叩き込んだ。
「ぐっ!?」
「うがぁっ!」
「どうだ!女児符号が無くとも、僕には体術の心得がある!貴様らの相手など容易いものだ!」
二人を退けた焔は、悲鳴が聞こえたグラウンドに向かう。立ち上がろうとする明達に軽く頷き、私もその後を追いかけた。
「ハッハー!!青空小のザコ共!全員まとめて死にやがれぇッ!!」
次に現れたのは、私のアナザー....というか分身、音羽 結。私と同じ力《言刃》で生み出した闇のオーラで辺りを覆い尽くしている。
「結!やめろ!!」
「お、来たな初!リベンジマッチといこうじゃん!」
「貴様は...確か、噂で聞いた事があるぞ!音羽 初が倒したという敵だな!性懲りもなくまた現れたというのか!!」
「私だけじゃないぜ?周りを見てみなよ!」
いつの間にか、私達はアナザー達に取り囲まれていた。御柱 キオン、慶光院 六、虹富 唯亜.......そして、追いかけてきた明と美華。
「しまった.....!」
「フッフッフッ、正に袋の鼠じゃのう人間共よ。」
「誰だ!!」
校舎の屋上に、小さな黒い影が現れた。真っ赤なマフラーを靡かせながら、その影は一瞬で私達の目の前に移動した。
「ワシはわる〜い化け物じゃ。こやつらと共にこの学校を乗っ取りにきたのじゃよ。」
「何だと.....!!」
「そんなことさせない、私がお前達の相手になる!」
「フン、面白い。やれ、アナザー共!」
化け猫さんが指を鳴らすと、アナザー達は一斉に私目掛けて迫ってきた。
「初!!」
「焔は避難した皆の所に行って!ここは私が食い止めるから!」
「しかし....!」
「焔は.....何の為にその力を使いたいの!?」
「!!!」
「何わけ分かんねえこと言ってんだよッ!!」
「がはぁあッ......!!」
結、唯亜、明の同時攻撃を受け、私はその場に倒れ伏した。
「......とどめだ。消えて貰うぞ.........」
動けなくなった私に、美華の剣が迫る。
「.......っ!!」
「.......やめろ................」
「僕の友に.........手を出すなぁあああああああああああああッッッッッ!!!!!!!」
焔が、美華が振り下ろした剣を片手で受け止めた。掌に刃が食い込み、傷口から血が溢れ出る。
「何....!?」
「焔!」
「.......すまない、初..........やはり、君を置いて逃げるなど僕には無理だ!」
「愚かな餓鬼じゃ、自分の命が惜しくないのか?」
「惜しいものか!はぁッ!!」
美華を蹴り飛ばし、血が溢れ出す手首を押さえながら焔が叫ぶ。
「.......今此処で、竜の血を滾らせ炎を発生させれば、お前達等敵ではない......!!」
「へぇ〜、でもそうするとお前は副会長じゃなくなるんだろ?さっきシメた会長からそう聞いたよ?」
煽るように結が笑う。会長.....月音さんがアナザー達にやられたと聞き、焔の手が一瞬震える。
「........その通りだ..........次に暴走すれば、僕は約束通り副会長を辞めなければならなくなる......!だが!!」
焔が叫ぶと同時に、辺りが灼熱の炎に包まれた。
「それで貴様らを退けられるのなら....この学校を守れるのなら!!後悔など微塵もない.....失敗したとも思わない!!自分の力を、守りたいものを守る為に使うのだからな!!!!」
炎はますます激しさを増し、化け猫さんやアナザー達の逃げ場を奪っていく。
「な、何じゃと....!」
「ようやく見つけたぞ.....僕が竜の血を受け継いで生まれてきた意味を.....この力を、どうやって使いたいのかを!」
「学校を乱す悪を退ける....確かにそれも一理ある。だが、今までのやり方ではただの暴力に過ぎない!僕は.....暴力を振るいたいわけじゃない.....僕が本当に欲しい力は、この学校に通う生徒達全員を守る為の力だ!!」
「そこに立場など関係ない....副会長であろうとそうでなかろうと!!僕はこの学校の生徒の一人、華龍院 焔として!!この学校を....生徒達を必ず守り抜く!!それが.....僕が導き出した、力の使い道だああああああああああッッッッ!!!!」
血に染まった手を空にかざしながら、焔は竜の咆哮の如く吼えた。すると、さっきまで燃え盛っていた炎が竜のような形になり、その場で何度か羽撃いた後、焔の掌に刻まれた傷痕に向かって飛び込んでいった。
「気高き火竜よ......僕に力を貸してくれ!!」
グッ、と掌を握り固めると、焔の左肩から炎が溢れ出した。炎はそのまま左腕を覆い、眩い光を放ったかと思うと、竜の頭部を模した装飾が施された真紅色のマントへと変化した。
「何じゃ、それは....!?」
「焔.....!覚醒させたんだね....《女児符号》を!」
「青空小生徒会副会長、華龍院 焔!!気高き火竜の名の下に、この学校を守る勇士となってみせる!!」
「《女児符号・憤怒ノ爆焔 -アウトレイジ•ノヴァ-》!!!!!!!!!!」
続く