コトノハバース・フューチャーストーリー
『覚“声”、二人の力』
「私、ようやく見つけたかもしれないんです。皆さんの為に出来ることを!」
まだ力が引き出されていない覚声機を握りしめ、祈空は月那の前に立ちはだかった。
「.....無駄だよ、お嬢さん。君にそれは使いこなせない。そもそも、君は女児符号を持っていないんだろう?」
余裕を取り戻した月那は、やれやれと言うように首を横に振る。少しずつ傷が癒え始めてきた初も、祈空を制止しようと呼びかけた。
「そ、そうだ.......私達が覚声機を使えるのは、符号で力を制御してるからだ。お前が使っても、ノイジャーみたいに暴走するだけだぞ!」
「......大丈夫です。私、今まで誤解してました.......覚声機は、人をノイジャーに変えてしまう道具だとばかり思っていたんです。」
手に持った覚声機を見つめながら、祈空はRに言われた言葉を思い出す。
「でも、覚声機に込める想いや願いによっては、人助けに役立つ道具にだって変えられる....覚声機を正しく使えるかどうかは、自分次第だって教えて貰ったんです!」
「それが分かったところで、結局符号がなければ意味がない。君が言う想いや願いとやらで、どうにかなるとでも?」
「..........そんなの......やってみないと分からないじゃないですか!!」
祈空がそう叫んだ瞬間、覚声機が光を放ち始めた。そのあまりの眩しさに、その場に居た全員が目を眩ませてしまう。
「何っ!?こ、これは.......!!」
「祈空ちゃん......!」
光り輝く覚声機を両手で握りしめ、祈空は目を閉じて祈った。
「.........私の想いは.......たった一つ..............!誰も傷つけずに、争いを鎮めたい..........!」
崩壊した建物、燃え盛る瓦礫、その中で傷つき倒れる人々。祈空は、そんな凄惨な争いをこれ以上繰り返させたくなかったのだ。
「初先輩の考えには私も賛成ですし、貴女達にも言い分はあると思います。でも.......その考え方の違いで分かり合えないからって、お互いに傷つけ合うなんて絶対に間違ってる!」
「私がこの覚声機に願うのは......誰も傷つけることなく、貴女達の争いを止められる力です!!」
再び祈空が叫ぶと同時に、覚声機は更に光を発した。周りの全てが見えなくなる程の激しい光は、やがて祈空の身体を包み込んだ。
............................................
.........................
「..................?」
気がつくと、祈空は白い光に満ち溢れた空間に立っていた。ゆっくりと目を開くと、未だ光を放ち続ける覚声機が宙に浮いていた。
「........此処は.............!」
「............ようやく会えたね、祈空。」
辺りを見回す祈空の目の前に、白いマントに身を包んだ一人の少女が近づいてきた。
「貴女は.........?」
「.....私は、君だよ。」
「.......え..............?」
少女が覚声機を手に取ると、次第に光がおさまり元の場所に戻ってきた。同時に、力を引き出した覚声機が、山羊の角や蠍の尾針のような装飾が施された造形へと変化した。
「あっ........!」
「.......君の強い想いが、この覚声機の力を呼び覚ました。そして.....君が望む力を持つ自分自身、即ち私を生み出したんだ。」
そう言いながら、おもむろにマントのフードを脱いだその少女は、祈空と同じ白い髪に薄紅色の瞳をしていた。しかし、髪の長さは祈空に比べて短く、瞳の形も少し吊り目寄りだった。
「.....!本当に......私、なんですか.........?」
「うん。私は......君を守る為に生まれた、もう一人の満昊 祈空。」
少女.....もう一人の祈空は、優しく微笑みを浮かべて祈空を見つめた。
「.....でも、同じ名前じゃ紛らわしいね。.....サラ.........満昊 紗空。私のことはそう呼んでくれるかな。」
「.......っ、はい!紗空......ちゃん....!」
「ふふ....ありがとう、祈空。」
紗空は覚声機を握りしめ、月那の方に振り向いた。
「ば.....馬鹿な........!?覚声機を起動させると共に、アナザーを生み出しただと......!?」
予想外の展開に、月那は思わず動揺し何度も眼鏡を指で動かしている。
「す、凄い.......こんなの聞いてないよ!?」
「............!?」
「.........アナザー祈空.......満昊 紗空、か......」
玲亜、美奈、そして初も、驚きを隠せない様子だった。そんな四人とは正反対に、紗空は覚声機を月那に突き付けながら落ち着いた口調で宣言する。
「此処からは、私が君の相手をするよ。私が祈空を、祈空の想いを守る。」
「くっ....!...........何だ、本部から通信....?」
月那が耳に装着した通信機が、緑色に光っている。僅かに震える切っ先を紗空に向けつつも、月那は呼吸を整えて応答した。
「.....はい、此方明石 月那。」
『綾川です。先程其方に援軍を向かわせました、貴女は速やかに撤退して下さい。』
「し、しかし!」
『これ以上戦えば貴女の身が保ちません。此処は退いて下さい。』
「............了解しました........」
通信を切り、駆けつけてきたヘリに乗り込んだ月那は、初達に別れの言葉を残すこともなく《Sirius》の本部へと帰還した。それと入れ替わるように、目測で一万人以上は居る援軍が到着し紗空に銃口を向ける。
「公務執行妨害により、貴様をノイジャーと判断した!抵抗すれば発砲する!」
「.....したければそうしなよ、絶対当たらないけどね。」
「生意気な!撃てぇーーーーーーッ!!」
Hunter達が放った弾丸の雨が、紗空を目掛けて降り注いできた。
「お、おい!逃げろ!!」
美奈が慌てて呼びかけるが、紗空は覚声機をゆっくりと構えて深呼吸した。
「..........はっ!」
そして、紗空が覚声機を一振りすると、それによって生じた風がまるでクッションのように弾丸を受け止めた。勢いを失った弾丸は不発に終わり、カランと金属音を立てて地面に落ちてしまう。
「愛情を司る悪魔の力.......《愛慾 -アスモディウス・アフェクション-》、お手並み拝見といこうか。」
「ウォオオオオオーーーーーーッッッ!!」
警棒を振りかざして迫りくるHunter達に、紗空は覚声機《愛慾》を向けて叫ぶ。
「静かに!」
すると、覚声機の先端を飾る山羊の角から光のリングが幾つも飛び出した。リングはHunter達の身体や手足に嵌り、強い力で締めつけ始めた。
「な、何だこれは!?」
「動けない....!」
「心配しなくて良い、殺傷力はゼロ。単に君達の動きを封じ込めただけだ。」
「貴様!!これ以上逆らうつもりなら逮捕するぞ!!」
紗空を取り押さえようと、背後から別のHunter達が迫ってきた。
「全く.....少し血の気が多いようだね。しばらく眠ったらどう?」
後ろを振り向いた紗空が再び覚声機を向けると、今度は渦を巻いたような形の音波が放たれた。
「なっ.......んだ、こ....れ.........zzz.............」
音波を受けたHunter達は、たちまちその場に崩れ落ちて眠り始めてしまった。
「あの覚声機.......敵を拘束したり、催眠術を使ったり....相手を傷つけることなく無力化させる能力に特化してるのか。」
「はい。これこそ.....私が覚声機に込めた、私の望む力なんです。」
次々と迫り来るHunter達を、手際良く片付けていく紗空。だが、第二、第三の援軍が次々に到着するせいで、敵の数は減るどころかどんどん増えてきていた。そして、遂に紗空はHunter達に四方八方を取り囲まれてしまった。
「観念しろ、もう逃げ場は無いぞ!」
しかし、紗空はふっと笑みを溢しながら、蠍の尾針に似た覚声機の下先端部を地面に突き刺した。
「ちょうど良い具合に集まってくれて好都合だよ。試し撃ちは十分出来たし、そろそろ一気に畳み掛けるとしよう。」
紗空の瞳が、薄紅色の光を帯び始める。それと同時に、覚声機から一筋の光が放たれ、雲を突き抜けるように真っ直ぐ伸びていった。
「..........さぁ、戯(あそ)びの時間はもう終わり。聞き分けのない子は....お仕置きだ。」
光はやがて空全体に広がり、巨大な光のドームを形成した。ドームはHunter達を覆い尽くし、白から桃色、薄紅色、そして紫色へと変色していく。
「ぐっ!?な、何だ....!?身体が、重い......っ!」
「び、ビクとも動けないぞ.....!力が.....抜けていく.........っ」
「.....罪を罰する鞭にして、全てを赦す神(デウス)の愛.........その身を以て受けるが良い!」
「《覚声符号•神ノ寵愛 -バークコード•デウス・ファヴール-》!」
「「「うわああぁぁぁぁぁぁ........!!」」」
覚声機が放つ、強力なエネルギーが満ちるドーム内に取り込まれたHunter達は、とうとう誰一人として動けなくなった。しばらく経ってドームが消滅した後も、彼らは這うことすらままならない状態だった。
「....お......おのれ.........!何をした.....!?」
「無理に動かない方が良いよ、力を失った君達は当分まともに戦えない。ま....数日経てば元に戻るし、死にはしないから安心して。......それじゃ、また何処かで。」
紗空はそう言い残し、マントを風に揺らしながら敵に背を向けて立ち去っていった。
「紗空ちゃん.....!」
「ただいま、祈空。どうだった?あんな感じで大丈夫?」
「うん....っ、誰も傷つけずに戦う力.....私が望んだ通りだよ.....!」
「....良かった。この覚声機に込められた力は、私達二人の力だ。これで一緒に戦えるね、祈空。」
「えへへ、そうだね....♪これからも一緒に頑張ろうね、紗空ちゃん♪」
嬉しそうに瞳を潤ませる祈空を見て、紗空は柔らかく微笑んだ。玲亜と美奈も二人の元に集まり、紗空を賞賛した。
「すげえなお前!ってか、覚声機でアナザーを生み出せるなんて知らなかったな......」
「祈空ちゃんを守るアナザーなんて心強すぎるよ!紗空ちゃん、これからよろしくね!」
「はい、玲亜さん、美奈さん。此方こそよろしくお願いします。」
少し遅れて、初もやってきた。傷口は塞がったとはいえ、かなりダメージが蓄積しているせいでまだ少し動きが鈍っている。
「初さん!」
「.......平気だ、これくらい...........」
「無理はしないで下さい、私の肩をお貸しします。」
「わ、私も....!」
祈空と紗空に支えられ、初は申し訳なさそうに目を伏せた。
「............悪い.......結局お前らに助けられちまったな.........」
「いえ。初さんが時間を稼いでくれたお陰で、祈空は自分の力を引き出すことが出来た。こうして初さんの力になれて、私は光栄です。」
「私も、やっと少しは初先輩の役に立てたかなって...凄く嬉しい気持ちでいっぱいです♪」
「な、なんて良い子達なの.......!初ちゃん、後でしっかりお礼するんだよ?」
「言われなくても分かってるよ.......ありがとな、二人共。」
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「.....大型店舗連続爆破犯、突如現れた謎の少女により拘束される.........へぇ、新入りの癖にやるじゃないか。」
行きつけの喫茶店でニュース記事を見ながら、MC.ムーサは無精髭を生やした顎を撫でる。あの戦いの後、しばらく休養を言い渡された初の代わりに紗空が爆破犯のノイジャーを止めに向かっていた。
「しかしとんだ災難だったな初、まさか《Sirius》に邪魔されるとはよ。」
「全くだ.........あいつらに怪我させられたお陰で、しばらく仕事は出来そうにない。その間は給料も入らないし、これからどうしたもんか.........」
「その心配は要りませんよ、初さん。」
「うおっ!い、居たのかお前ら.....」
いつの間にか、初の背後に紗空が立っていた。ベージュ色のブレザーと薄紅色のスカート、腰にはカーディガンを巻いている。隣に居る祈空が着ているものと同じ、青空小の制服だ。
「情報屋さん、今回の戦利品です。」
「おう、ご苦労さん。約束の報酬だ。」
「ありがとうございます。ですが、このお金は初さんに預けておいて下さい。」
「え、良いのか?」
「はい。私はまだ小学生なので、金銭の受け取りは出来ません。なので、報酬は全て初さんに預け、そのお金で初さんに何か買って貰おうかと思っています。」
「なるほど、そっちの嬢ちゃんと同じシステムってわけか。んじゃ、ほれ。」
「っと.......そういうことなら、遠慮なく受け取っておくよ。」
ムーサに手渡された報酬金を財布に入れ替えつつ、初は紗空に尋ねた。
「.....で、紗空は何が欲しいんだ?ある程度のものなら買ってやるが........」
「そうですね、手始めに六法全書を。」
「ブーーーーーッ!!!!」
予想外の答えに、初は思わず咽せて飲んでいたコーヒーを噴き出してしまう。
「ゲホッゲホッ.......ろ、ろっぽうぜんしょ!?何でまたそんなものを.......」
「こう見えても、私はまだ生まれたばかりで知らないことも多いです。なので、まずはこの世界の規則....何が正しくて何が間違いなのかを知っておく必要があると思いまして。」
「あー....それは確かにそうだが、でもいきなり六法全書って段階飛ばしすぎだろ、弁護士でも目指す気か?」
「すみません先輩、紗空ちゃんったら学校に通い始めた途端勉強する気満々になっちゃって......」
コーヒーで汚れた初の身体を拭きつつ、祈空が困ったように笑う。
「ハッハッハッ、こりゃ嬢ちゃんは将来大物になるかもしれねぇな。」
「笑ってる場合かよ.......お前が勉強熱心なのは分かったけど、今は学校でちゃんと授業受けてればそれで十分だと思うぞ。」
「ふむ、なるほど.....参考になります。」
「じゃあ、何か美味しいもの奢って貰うのはどうかな?私もいつもそうしてるし♪」
「そうだね、今回は祈空の言う通りにしよう。初さん、甘えさせて貰っても良いでしょうか....?」
「......ほら、好きなもん頼め。」
「「やったー!」」
「こういう時だけ子どもだなお前ら........」
仲良く並んでメニュー表を見る二人を眺めながら、初は少しだけ表情を緩ませる。同時に、心の中ではある想いを抱えていた。
(......元は私一人だったこの戦いに、小学生を二人も巻き込んじまうなんてな.....けど、私の力になりたがってるこいつらの気持ちを無駄には出来ない。だったら........私がやるべきことは、決まったも同然だ。)
(......祈空、紗空......必ず、二人を守ってみせる。二人とも守り切って、この戦いを一日でも早く終わらせてやる..........)
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蛍音市の中心部に建つ、特務警察機関《Sirius》の本部。二対の剣と三日月、そして青い蝶が描かれた旗が、冷たい北風を受けてはためいている。
「......申し訳ありません、綾川総司令.......」
最高層階の奥、まるで玉座のような椅子に鎮座する久乱。その眼前に跪いて、月那は深々と頭を下げた。
「...........顔を上げて下さい。貴女は十分に活躍しました....あの“堕天使”をあそこまで追い詰めることが出来た者は、貴女以外に居ませんよ。」
「......次は必ず、息の根を止めてみせます。我ら《Sirius》を敵に回したことを後悔させてやらなければ..........」
「........そうですね.............」
久乱はすっくと立ち上がると、蛍音市の街並みが一望出来る窓の側まで近づき外を見つめた。
「..................どうして、彼女は......音羽さんは、私の考えを理解出来ないのでしょうか............」
「私が罪を裁くこと......それこそが、悪意ある者達から人類を救うたった一つの方法だというのに.................」
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『........フッフフフ...........また一つ、覚声機の力が目覚めたようです。きっとあの時の子羊ちゃんですね。』
縦、横、二つの道が交差する十字路の中心で、Rは一人ほくそ笑む。その手には、紗空が持つ《愛慾》に酷似した黒い覚声機が握られていた。
『.....お代は、キッチリと頂戴しました。是非有効にご活用下さいね.......フッフフフフフフフ........................』
FIN.