「猫丸ちゃんの様子がおかしい?」
給食を口に運びながら旭は返答した。
「せめて食べながら話すなよ……。今日の体育の時、見てなかったのか?」
「そだねぇ、サッカーだったっけ。私ボールにしか目がいってなかったから、全然猫丸ちゃんなんて見てないんだけども」
おいおい、と頭を抱えながらも、向かいに座る美奈は言葉を続ける。
「そだねぇ、サッカーだったっけ。私ボールにしか目がいってなかったから、全然猫丸ちゃんなんて見てないんだけども」
おいおい、と頭を抱えながらも、向かいに座る美奈は言葉を続ける。
「うちのクラスでも下位に入る程の運動音痴な、あの猫珠丸菜が。今日のサッカー中に3点も決めたんだぜ?何かおかしいだろ」
「んーまあ、そだね。いつもならボールに触れる事すらままならないで、ゴール前をウロウロしてる筈だし」
「そう!アタシのドリブルをカットして、そこから一気に巻き上げていってホイホイと点を入れられて……このままじゃアタシの面子にかかわりかねないんだよ!」
「んーまあ、そだね。いつもならボールに触れる事すらままならないで、ゴール前をウロウロしてる筈だし」
「そう!アタシのドリブルをカットして、そこから一気に巻き上げていってホイホイと点を入れられて……このままじゃアタシの面子にかかわりかねないんだよ!」
声を荒げながらスープを口にする。ものの数秒で飲み干すあたり、面子を潰されたことによっぽどご立腹な様子だ。
「仕方ないなー。じゃあこの完全無欠の美少女、旭ちゃんが様子を探ってくるよ。じゃ、このプリンは依頼料に貰ってくね」
「完全無欠からは程遠いだr……あっ、おまっ……ちぇっ、仕方ねぇか」
「完全無欠からは程遠いだr……あっ、おまっ……ちぇっ、仕方ねぇか」
◇ ◇
「──という事があったので、プリンの分くらいは働きますかね」
独り言をつぶやき、そそくさと旭は殺気を消しながら歩く。既に今日の学業は終わって下校時間。
ランドセルを背負ったままの旭は、十数メートル先に先行する丸菜を尾行しつづけていた。
そそ、と時折電柱の影、ポストの裏、生垣の間に身を隠しつつ彼女を追い続ける。
ランドセルを背負ったままの旭は、十数メートル先に先行する丸菜を尾行しつづけていた。
そそ、と時折電柱の影、ポストの裏、生垣の間に身を隠しつつ彼女を追い続ける。
「……しっかし、調べれば調べる程、今日の猫丸ちゃんはなーんかオカシイな」
昼休み、休み時間と空いた時間中にクラスメイト、他級の児童、果ては学年下の子に聞き込みを続けると、猫珠丸菜の奇妙な事を聞く事が出来た。
例えば、虹富玲亜との話では
例えば、虹富玲亜との話では
「猫丸ちゃんね……あ、そうそう!さっき初ちゃんと二人で校庭で日向ぼっこしてた時、ひょこひょこと飼育小屋にいくのを見たよ。…でも、今日は当番じゃなかったよね」
「うーんそうねぇ。当番じゃなかったよ。何してるんだろう猫丸ちゃん?……ところでお昼から初ちゃんとお二人きりとは、お熱いですなぁ~」
「ば、ばかぁ!何言ってんのぉ!」
「おやおや~耳まで真っ赤玲亜ちゃん~」
「うーんそうねぇ。当番じゃなかったよ。何してるんだろう猫丸ちゃん?……ところでお昼から初ちゃんとお二人きりとは、お熱いですなぁ~」
「ば、ばかぁ!何言ってんのぉ!」
「おやおや~耳まで真っ赤玲亜ちゃん~」
……等と口走って、貴重な情報提供者に逃げられたり。
また、如月詩音の話によれば
また、如月詩音の話によれば
「ん……そうだね。あの子を見たのは屋上だったよ。ボクが風に当たった後に、屋上への階段ですれ違ったんだ」
「ほー」
「今考えてみれば、いつもと違った瞳をしていたよ。例えば…何かに苦悩するような存在、オルタナティブ・アイズとでも言うべきかな?」
「うーん分かったような分からなかったような……まま、ありがとう!」
「ほー」
「今考えてみれば、いつもと違った瞳をしていたよ。例えば…何かに苦悩するような存在、オルタナティブ・アイズとでも言うべきかな?」
「うーん分かったような分からなかったような……まま、ありがとう!」
……今思い返してみても、詩音が何を言っていたのかさっぱりであるが。とにかく、やっぱり丸菜はどこか怪しいのだ。
よくよく思い返せば、いつもはコバンザメの様に旭達に引っ付いてくる筈の丸菜だが、今日は全然付いてこない。それどころか、授業中や給食時間以外では、やたらに会わないのだ。
他の児童や先生たちの話から、頻繁に教室の外へ行っている事は確認されているのだが、行先がまばら過ぎて何をしているのかさっぱり分からないのである。
よくよく思い返せば、いつもはコバンザメの様に旭達に引っ付いてくる筈の丸菜だが、今日は全然付いてこない。それどころか、授業中や給食時間以外では、やたらに会わないのだ。
他の児童や先生たちの話から、頻繁に教室の外へ行っている事は確認されているのだが、行先がまばら過ぎて何をしているのかさっぱり分からないのである。
「何かのサプライズ……をするにしても、誰かの誕生日や記念日が近いわけでもないんだよなぁ。何をこそこそしてるんだか」
こそこそと跡をつけながら旭はぼやく。
二人は大通りを抜けて、狭い路地が入り組む住宅街へと歩を進めていく。
丸菜の家はこの住宅街の中だ。そこに入られてしまうと、もう探索も難しくなる。
二人は大通りを抜けて、狭い路地が入り組む住宅街へと歩を進めていく。
丸菜の家はこの住宅街の中だ。そこに入られてしまうと、もう探索も難しくなる。
「うーんどうしたもんか……いっそ声を掛けてみるか?でも、遊びにきたってわけじゃない格好してるし、露骨に怪しまれるよなぁ」
背中に背負ったランドセルを後目に、一度置いてくればよかったと後悔をしていた。
しかしもうここまで来てしまった以上後には引けない。旭は決心を決め、尾行を続ける。
しかしもうここまで来てしまった以上後には引けない。旭は決心を決め、尾行を続ける。
「……あれ?」
丸菜の家は、目の前の十字路を左折した先にある。
いつも通り彼女はそこを左折する筈、だった。だが彼女は予想に反し、そのまま直進を続ける。
この先は小さな林になっていて、住宅なんて一つもない。丸菜はそのまま進み続ける。
いつも通り彼女はそこを左折する筈、だった。だが彼女は予想に反し、そのまま直進を続ける。
この先は小さな林になっていて、住宅なんて一つもない。丸菜はそのまま進み続ける。
「私が言えた義理じゃないけど、ランドセルを背負ったまま林に遊びにいく、なんて猫丸ちゃんがするかね?」
やっぱりオカシイ。いつもなら、彼女は遊ぶ準備は万全にする筈だろう。それが家なんて気にもしない様子だ。猫珠丸菜という人が変わってしまったかのようである。
訝しみながら旭も歩を進めると、数分もしないうちに雑木林の入り口までたどり着いてしまう。
訝しみながら旭も歩を進めると、数分もしないうちに雑木林の入り口までたどり着いてしまう。
「何か隠してる…にしては何を?」
無機質に前に進み続ける丸菜に、次第に恐怖すら覚える。地面に落ちた小枝を踏み鳴らしながら往く姿は、完全に猫珠丸菜とは思えなかった。
だが、どこをどう見ても姿は猫珠丸菜なのだ。
のじゃロリ猫みたいな怪異が変身した、という事も考えたが、それならそれでのじゃロリ猫が様子見に現れてもおかしくない。
だが、どこをどう見ても姿は猫珠丸菜なのだ。
のじゃロリ猫みたいな怪異が変身した、という事も考えたが、それならそれでのじゃロリ猫が様子見に現れてもおかしくない。
「いったい、何なの?」
間違っても枝を踏んで音を鳴らすまいと旭もゆっくり雑木林へと侵入した。
そして、林の中で気付いた。
そして、林の中で気付いた。
「ん、鳴き声……?」
街の中では全然耳にも入らなかった、様々な鳴き声の雑音。
大声で鳴く烏や、小さいながらも木霊する野犬と思えしモノの威嚇。
人間界から隔たれ、野生が棲む世界で、『彼女』は歓迎されていないらしい。
次第に強くなる烏たちの鳴き声。遥か頭上の枝の上で群棲する彼らは丸菜を敵視する様に瞳を向けた。
大声で鳴く烏や、小さいながらも木霊する野犬と思えしモノの威嚇。
人間界から隔たれ、野生が棲む世界で、『彼女』は歓迎されていないらしい。
次第に強くなる烏たちの鳴き声。遥か頭上の枝の上で群棲する彼らは丸菜を敵視する様に瞳を向けた。
「これ、どうなって……!?」
見上げてみれば、物凄い数である。枝と枝の間から陽の光が差し込む筈の林だが、その光を遮る程の数が集まっていた。よほど、自身らのテリトリーに侵入したのが気に食わないのか。
「ガアァッ!!」
中でも一際大きな一羽…ボス烏だろうか、それは大きな翼を広げる。荒鷲の如き躯を目いっぱいに誇示した、その刹那。
ボス烏を先頭に、黒の槍は丸菜に向かって一斉に放たれた。
鋭嘴で彼女を抉らんと飛来する漆黒群。
棒立ちしたまま何もしない丸菜。
親友に迫る脅威を目の前に、旭は尾行という仕事を忘れて飛び出した。
ボス烏を先頭に、黒の槍は丸菜に向かって一斉に放たれた。
鋭嘴で彼女を抉らんと飛来する漆黒群。
棒立ちしたまま何もしない丸菜。
親友に迫る脅威を目の前に、旭は尾行という仕事を忘れて飛び出した。
「猫丸ちゃん、危ない!!」
「ッ……!?」
「ッ……!?」
後ろから叫ぶ旭に視界を向けた丸菜の頭上に、ボス烏が迫る。
「ええいままよっ!加速ッ、『胎動』!!」
瞬時に全身の力が増す。地面を一蹴りして丸菜と烏の間に滑り込み、旭は両手を大きく開く。
一瞬の集中。全身のエネルギーを掌に集めるイメージが身体を通ると、そこに一対の瞬きが生まれた。
一瞬の集中。全身のエネルギーを掌に集めるイメージが身体を通ると、そこに一対の瞬きが生まれた。
「──これは……!」
旭の耳に入らない、丸菜の小さな声。
瞬きは直ぐに閃光となって、まるで小さな太陽を生み出す。
瞬きは直ぐに閃光となって、まるで小さな太陽を生み出す。
「符号解放──『暁天』ッ!!」
両手を同時に前に突き放つ。直後、掌に浮かぶ太陽が光波となって烏たちの隙間目掛けて飛び出した。
「ガ、ガア、ガアッ!?!」
直撃はしない。だが幾つもの波となって翔けていく熱に当てられ、烏たちは一目散に逃げ出してく。
最後までアプローチを掛けようと必死に飛び回るボス烏の周囲には、もう仲間はいない。
最後までアプローチを掛けようと必死に飛び回るボス烏の周囲には、もう仲間はいない。
「私たちがここに入った事は謝る……だけど、だからって傷付けるならこっちも容赦はしないよ!」
あくまで威嚇、という意思を強く押し出しながら暁天を放ち続ける。
光波で散々に空間を荒らされ、ついにボス烏も半ば諦める様に転進した。
ガアァァ!、と一際大きな鳴き声を残しながら。
光波で散々に空間を荒らされ、ついにボス烏も半ば諦める様に転進した。
ガアァァ!、と一際大きな鳴き声を残しながら。
「……ふぅ」
脅威が去っていくのを見て、両手のエネルギーを抑えていく。次第になくなる太陽。丸菜はただただ、輝かしい光をじっと見つめ続けていた。
「……あ。いや、あの、違うんだよ猫丸ちゃん!あの、追いかけてた訳じゃなくて、いや追いかけてはいたんだけど……」
今になって我に返り、後ろに立つ丸菜へ振り向きながら適当な言い訳を並べる。納得してくれるかな、とちらりと顔を覗き込むと、その顔は感情を映しておらず。
「えっと……あの、猫丸ちゃん?」
「──貴様が『我』を追跡してきたのは知っていた」
「あ、そ、そっかー!だよねぇ!流石にそうだよねー!!」
「──貴様が『我』を追跡してきたのは知っていた」
「あ、そ、そっかー!だよねぇ!流石にそうだよねー!!」
ばれてたかー、と冷や汗を拭った。そして直ぐに疑問符が脳裏に浮かぶ。
彼女は今、自分の事を『我』と称していた。
いつもなら「私」という筈の一人称が、違うのだ。なんだか言葉のイントネーションもいつもとは感じが違うようにも思える。
彼女は今、自分の事を『我』と称していた。
いつもなら「私」という筈の一人称が、違うのだ。なんだか言葉のイントネーションもいつもとは感じが違うようにも思える。
「何用があるかは存ぜぬが……。貴様はこの個について知ってるのだな」
「な、なんだか難しい言葉を言ってるけど……いや知ってるも何も、友達でしょ!?」
「……『友達』?どういった利を得ているか、理解不能」
「ふぇぇ……なんだかしおんちゃんみたいな事言い始めちゃったよ猫丸ちゃん」
「な、なんだか難しい言葉を言ってるけど……いや知ってるも何も、友達でしょ!?」
「……『友達』?どういった利を得ているか、理解不能」
「ふぇぇ……なんだかしおんちゃんみたいな事言い始めちゃったよ猫丸ちゃん」
まだ分からない単語をつらつらと並べられ、旭は頭がこんがらがる。
「まあいい。我よりも、この個について知り得ているらしい。……付いてこい」
そう投げ掛けて、丸菜は林の中へと再び突き進んでいく。旭に付いてこいと言っておきながら、置いていき気味ではあるが。
「あ、ちょっと待って!」
跡を追いかける旭。
少しだけ振り向きながらも尚歩を進める丸菜は、しばらくして足を止めた。
林の中を抜けた先。雑木林に周りを囲まれて分からなかったが、そこは大きく開けた丘だった。木々が丸々ない草原の生い茂る丘には、遮られる事のない陽光がカーテンの様に射している。
少しだけ振り向きながらも尚歩を進める丸菜は、しばらくして足を止めた。
林の中を抜けた先。雑木林に周りを囲まれて分からなかったが、そこは大きく開けた丘だった。木々が丸々ない草原の生い茂る丘には、遮られる事のない陽光がカーテンの様に射している。
「ここだ。貴様が居れば、あの個について分かるやもしれん」
「──あ」
「──あ」
そして。
旭は気が付く。
丘の上に在るモノに。
旭は気が付く。
丘の上に在るモノに。
「……ど、どういう、こと?」
いつの間にか出ている不快な脂汗が、余計に彼女を撫でていく。
「だって、今目の前に」
眼前に立つ丸菜を見て、次いで丘の上を見やる。
「何が…」
「何故そうも、感情を荒げる」
「だって、だって…!」
「何故そうも、感情を荒げる」
「だって、だって…!」
「なんで、猫丸ちゃんが二人もいるの…?」
思わず駆け出す。
今まで目の前にいたそれではない。
丘の上に鎮座する、自分のよく知る少女の元へ。
今まで目の前にいたそれではない。
丘の上に鎮座する、自分のよく知る少女の元へ。
「猫丸ちゃんッ!」
肩先に手を触れる。手を重ねる。頬を撫でる。
だが、どうやったって。
目の前にいる少女は目を瞑ったまま動く事はなかった。
だが、どうやったって。
目の前にいる少女は目を瞑ったまま動く事はなかった。
「どう、いう……」
理解が追い付かない。
二人の猫珠丸菜が居て。
一人は自分の知らない猫珠丸菜で。もう一人は目を開ける事なく身体を地面に預けたまま。
ただただ丸菜がオカシイだけだった。ただ詩音と同じく中二病を発症しただけだった。それで終わってくれれば、どれだけよかったのだろうか。
色んな感情が、旭の中を堂々巡る。
二人の猫珠丸菜が居て。
一人は自分の知らない猫珠丸菜で。もう一人は目を開ける事なく身体を地面に預けたまま。
ただただ丸菜がオカシイだけだった。ただ詩音と同じく中二病を発症しただけだった。それで終わってくれれば、どれだけよかったのだろうか。
色んな感情が、旭の中を堂々巡る。
「その個は『器』は完全。だが、そこにあるべき『中身』が存在しない。動作を失ったのは、そのためだ」
もう一人の猫珠丸菜が後ろからそう言う。
「分からない……どういう事なの!?あんたは……あんたは誰っ!!」
恐ろしい形相で睨みつける。これまで感じた事のない、どす黒い何かが吹き出しそうになる。
「我か。……そうだな」
もう一人の丸菜は右手を頭上高くへ掲げる。細い指が陽に当てられる。すると、猫珠丸菜であった筈の姿が少しずつ欠けていく。覆われていた姿が露わになるにはそう時間は掛からなかった。
猫珠丸菜であったモノの姿は、透き通る白銀の長髪を靡かせながら旭の目を見つめる。
猫珠丸菜であったモノの姿は、透き通る白銀の長髪を靡かせながら旭の目を見つめる。
「我は特異点監査官ナンバー027。コードナンバー『ソラ』。この惑星のシンギュラリティを監査する為に来た者。そして」
「──そこの個の命を奪ったモノだ」