異邦の妖は、本人曰く『ばんぱいあ』というモノらしい。
人間の血を吸い、肉を喰らい、それを己の力にする異形。
吸えば吸うほど、喰えば喰うほど力が増すという。
ワシとしては人を喰う事自体は悪とも思わんし、
ましてや海の外のモノであるこやつは、
まだこの日ノ本の規範も分かってはおらぬ。
少しくらいつまみ喰いするくらい、仕方ない事であろう。
人間の血を吸い、肉を喰らい、それを己の力にする異形。
吸えば吸うほど、喰えば喰うほど力が増すという。
ワシとしては人を喰う事自体は悪とも思わんし、
ましてや海の外のモノであるこやつは、
まだこの日ノ本の規範も分かってはおらぬ。
少しくらいつまみ喰いするくらい、仕方ない事であろう。
「……と、言う事で許してやってはくれんかのぉ。
こやつも反省しておるようじゃし」
「フン。何を言い出すかと思えば、
無闇に人を喰うなだと?
私がかつて居た地では、領民達が毎日
贄を差し出して来たものだがな」
「……全っ然反省しているようには見えやせんがねぇ…。
とは言っても、許す許さないの前に、
わしらじゃあなたがた妖に敵いっこありやせん。
とりあえず、この辺りの村で手当たり次第人を喰うのを
止めていただければ、それで良いんですがねえ」
「だ、そうじゃ。どうする?『ばんぱいあ』とやら」
こやつも反省しておるようじゃし」
「フン。何を言い出すかと思えば、
無闇に人を喰うなだと?
私がかつて居た地では、領民達が毎日
贄を差し出して来たものだがな」
「……全っ然反省しているようには見えやせんがねぇ…。
とは言っても、許す許さないの前に、
わしらじゃあなたがた妖に敵いっこありやせん。
とりあえず、この辺りの村で手当たり次第人を喰うのを
止めていただければ、それで良いんですがねえ」
「だ、そうじゃ。どうする?『ばんぱいあ』とやら」
「確かにさっき私はヴァンパイアだと言ったが、
それは名前ではない!
私にはフィリア・V・レノール・アレクシアという
立派な名前があると、先刻言っただろう!!」
「あ───、そんな事も言うておったのぉ。
悪いが、ワシはそんな長ったらしい
横文字の名前は覚えられん。
……そうじゃ、さっきワシとオヌシが
じゃれあった場所のぅ、あそこには『神楽坂』という
名前が付いとるんじゃ。そこから名前を取って、
オヌシはこれから『神楽坂』と名乗るがよい」
「か、勝手に決めるな!!
私はこの名前に誇りを持ってむぐむぐ」
それは名前ではない!
私にはフィリア・V・レノール・アレクシアという
立派な名前があると、先刻言っただろう!!」
「あ───、そんな事も言うておったのぉ。
悪いが、ワシはそんな長ったらしい
横文字の名前は覚えられん。
……そうじゃ、さっきワシとオヌシが
じゃれあった場所のぅ、あそこには『神楽坂』という
名前が付いとるんじゃ。そこから名前を取って、
オヌシはこれから『神楽坂』と名乗るがよい」
「か、勝手に決めるな!!
私はこの名前に誇りを持ってむぐむぐ」
まだ何か言いたそうな『ばんぱいあ』……いや、
神楽坂の口を押さえつける。
「とにかくじゃ。ワシもこの村の連中には
世話になっとるし、あんまり次から次に喰われると
困るんじゃ。ワシに免じて勘弁してやってくれんか」
「……ふん、まぁ良い。私は誇り高き不老不死の
ヴァンパイア。そこらの畜生のように拾い食いはせん。
……あの時は余りにも腹が減っていたから、
少しばかり食い気が出ただけだ」
「ウム。万事解決じゃの!」
(……本当ですかねぇ……)
村人がそんな事を言いたそうな顔をしていたが、
ニカッと笑顔を向けて黙らせる。
さぁて、いつまでもこの村を拠点にしとっても
迷惑じゃろうし、そろそろ他の土地に行くとしようかの。
神楽坂の口を押さえつける。
「とにかくじゃ。ワシもこの村の連中には
世話になっとるし、あんまり次から次に喰われると
困るんじゃ。ワシに免じて勘弁してやってくれんか」
「……ふん、まぁ良い。私は誇り高き不老不死の
ヴァンパイア。そこらの畜生のように拾い食いはせん。
……あの時は余りにも腹が減っていたから、
少しばかり食い気が出ただけだ」
「ウム。万事解決じゃの!」
(……本当ですかねぇ……)
村人がそんな事を言いたそうな顔をしていたが、
ニカッと笑顔を向けて黙らせる。
さぁて、いつまでもこの村を拠点にしとっても
迷惑じゃろうし、そろそろ他の土地に行くとしようかの。
……………………
………………………………
…………………………………………
「それにしても神楽坂、そもそもオヌシはなぜ
この日ノ本の国に来たんじゃ?
元々おった国では、領地やら領民やらを
持っておったんじゃろ?」
「……言っておくが、その名前で呼ぶ事を
受け入れたわけではないからな。
いちいち訂正するのは面倒だから止めるが……」
「いつまでもうだうだと五月蝿いのぉ。
さっさと質問に答えんか?」
「……貴様、またバラバラにされたいのか……?」
神楽坂が怒りからかワナワナと震え始めた。
「あぁ、悪かった悪かった!今のはワシの言い方が
悪かった。謝るから許してくれんか!」
この日ノ本の国に来たんじゃ?
元々おった国では、領地やら領民やらを
持っておったんじゃろ?」
「……言っておくが、その名前で呼ぶ事を
受け入れたわけではないからな。
いちいち訂正するのは面倒だから止めるが……」
「いつまでもうだうだと五月蝿いのぉ。
さっさと質問に答えんか?」
「……貴様、またバラバラにされたいのか……?」
神楽坂が怒りからかワナワナと震え始めた。
「あぁ、悪かった悪かった!今のはワシの言い方が
悪かった。謝るから許してくれんか!」
「……まぁ良い。ふん。貴様と話していると調子が狂うわ」
神楽坂は、少しずつ自分の身の上を話し始めた。
古来より『ばんぱいあ』は日光や銀の弾丸、大蒜などが苦手だと言われておるらしいが、神楽坂はなぜか生まれつき
それら全てに耐性を持っている特異体質なのだと言う。
そのために仲間達からも恐れられ疎外されて居場所を無くし、半ば自暴自棄になって自分を知る者のいないこの国へとやって来た、というわけだ。
神楽坂は、少しずつ自分の身の上を話し始めた。
古来より『ばんぱいあ』は日光や銀の弾丸、大蒜などが苦手だと言われておるらしいが、神楽坂はなぜか生まれつき
それら全てに耐性を持っている特異体質なのだと言う。
そのために仲間達からも恐れられ疎外されて居場所を無くし、半ば自暴自棄になって自分を知る者のいないこの国へとやって来た、というわけだ。
「海の向こうでもヒトというモノは変わらんのぉ、
自分達と少しでも違っておる相手は排除する、か。
いや、『ばんぱいあ』と言うのはヒトではないのかの?
まぁ似たようなもんじゃろ」
「ヒトなぞと一緒にするでないわ!
我らヴァンパイアは誇り高き血統を持つ一族で……!
…いや、そうだな。私はもはや一族の者ではないのだった。
……フン、とんだお笑い種だ。
かつては至上の栄華を誇った私が、
遥か海を越えた先で得体の知れん化生相手に
身の上話をする事になるとはな」
「ん?それはワシの事か?カカカ、言い得て妙じゃの。
ワシは『正体がないのが正体』とでも言うべき妖じゃからの。得体が知れんと言うのは褒め言葉みたいなものじゃ」
「……つくづく掴み所のない奴だ。
そもそも、私達は今何処へ向かっているのだ?」
「そうか、言うておらなんだな。
今向かっておるのはここらで最も栄えておる都じゃ。
名を青天京と言うての。聞くところに依れば、
最近彼処で何やら厄介な妖が暴れておるらしくてのぉ」
自分達と少しでも違っておる相手は排除する、か。
いや、『ばんぱいあ』と言うのはヒトではないのかの?
まぁ似たようなもんじゃろ」
「ヒトなぞと一緒にするでないわ!
我らヴァンパイアは誇り高き血統を持つ一族で……!
…いや、そうだな。私はもはや一族の者ではないのだった。
……フン、とんだお笑い種だ。
かつては至上の栄華を誇った私が、
遥か海を越えた先で得体の知れん化生相手に
身の上話をする事になるとはな」
「ん?それはワシの事か?カカカ、言い得て妙じゃの。
ワシは『正体がないのが正体』とでも言うべき妖じゃからの。得体が知れんと言うのは褒め言葉みたいなものじゃ」
「……つくづく掴み所のない奴だ。
そもそも、私達は今何処へ向かっているのだ?」
「そうか、言うておらなんだな。
今向かっておるのはここらで最も栄えておる都じゃ。
名を青天京と言うての。聞くところに依れば、
最近彼処で何やら厄介な妖が暴れておるらしくてのぉ」
「おい待て。まさかそれを一緒に退治しよう、などと言い出す気ではあるまいな?」
「おぉ、察しが良いのぉ神楽坂!
まぁ退治と言うよりは都でも有名になるほどの妖の姿、
一目見てやろうと思うての。
話が通じる相手じゃなければ退治も考えるが」
「断る!!なぜ私が人助けの真似事なぞしなければならん。
妖なぞ放っておけば良いだろう」
「んん?てっきりオヌシは喜んで了承してくれると
思ったんじゃが。オヌシは所謂アレじゃ、
ワシと同じ戦闘狂の類いじゃろ?
それなら強い輩との戦いは大歓迎じゃろうに」
「フン、戦いなら何でも良いと言う訳ではない。
私は高貴なるヴァンパイアの血族。
所構わず力を見せびらかすような、
野蛮な種族ではないのだからな」
「ふむぅ、『ばんぱいあ』にも色々あるのじゃな。
まぁ良い。せっかく日ノ本に来たのじゃ、
妖退治だけでなく観光も楽しんで行け!
ホレもうすぐ着くぞ、ここが青天京じゃ!」
「おぉ、察しが良いのぉ神楽坂!
まぁ退治と言うよりは都でも有名になるほどの妖の姿、
一目見てやろうと思うての。
話が通じる相手じゃなければ退治も考えるが」
「断る!!なぜ私が人助けの真似事なぞしなければならん。
妖なぞ放っておけば良いだろう」
「んん?てっきりオヌシは喜んで了承してくれると
思ったんじゃが。オヌシは所謂アレじゃ、
ワシと同じ戦闘狂の類いじゃろ?
それなら強い輩との戦いは大歓迎じゃろうに」
「フン、戦いなら何でも良いと言う訳ではない。
私は高貴なるヴァンパイアの血族。
所構わず力を見せびらかすような、
野蛮な種族ではないのだからな」
「ふむぅ、『ばんぱいあ』にも色々あるのじゃな。
まぁ良い。せっかく日ノ本に来たのじゃ、
妖退治だけでなく観光も楽しんで行け!
ホレもうすぐ着くぞ、ここが青天京じゃ!」
───青天京。後の世では『大空市』と呼ばれる事になる、山の合間に位置する都。
山の上から見下ろすと、綺麗に区切られた四角形の街並みが見て取れる。
この景色は、いつ見ても絶景じゃな。
山の上から見下ろすと、綺麗に区切られた四角形の街並みが見て取れる。
この景色は、いつ見ても絶景じゃな。
「…………これは…………美しい、な……」
ぽつりとつぶやいた神楽坂の言葉を、
ワシは聞き逃さなかった。
「んん〜〜〜?なんじゃなんじゃ神楽坂ぁ、
人間の営みなんぞに興味はないんじゃなかったのかの?」
「な、なんだ!私は別に見惚れてなぞいない!私の国には
こんな街並みはなかったから少し驚いただけだ!」
「素直じゃない奴じゃの。ヒトは確かに愚かでどうしようもない時もあるが、なかなかどうして捨てたモンでもないぞ。じゃからの、無為に殺されるのを見過ごすのは流石に寝覚めが悪いというもの。
どうじゃ、いっちょ妖退治といかんか?」
「……言ったはずだ。私は必要な時しか力を振るわない。
もしもその妖が害をなす存在だと私が判断したなら、
その時には貴様に手を貸してやらんでもない」
「カカ、本当に素直じゃない奴じゃ」
ぽつりとつぶやいた神楽坂の言葉を、
ワシは聞き逃さなかった。
「んん〜〜〜?なんじゃなんじゃ神楽坂ぁ、
人間の営みなんぞに興味はないんじゃなかったのかの?」
「な、なんだ!私は別に見惚れてなぞいない!私の国には
こんな街並みはなかったから少し驚いただけだ!」
「素直じゃない奴じゃの。ヒトは確かに愚かでどうしようもない時もあるが、なかなかどうして捨てたモンでもないぞ。じゃからの、無為に殺されるのを見過ごすのは流石に寝覚めが悪いというもの。
どうじゃ、いっちょ妖退治といかんか?」
「……言ったはずだ。私は必要な時しか力を振るわない。
もしもその妖が害をなす存在だと私が判断したなら、
その時には貴様に手を貸してやらんでもない」
「カカ、本当に素直じゃない奴じゃ」
入り口に構えられた大きな門をくぐり、
京の中へと足を踏み入れる。
ここも普段からよく来ておる場所じゃから、顔馴染みも多い。そのおかげでヒトとは異なるワシや神楽坂の姿を見ても、大きな騒ぎにする者がいないのはありがたい。
「おぉ、のじゃの猫様じゃねぇか。どうした、
例の噂でも聞きつけて来たのかい?」
「ウム、何やら厄介な妖がおるそうじゃな。
そやつの退治、ワシと神楽坂に任せてはくれんかの?」
「うーん、そうは言ってもなぁ。あくまで噂だし、
今のところこれと言って実害も出てないって話だぜ。
夜道を歩いていたらワッ!と驚かされたとか、
林の中で怪しい影を見たとか、そんな程度のな」
「んん〜?聞いていた話と違うのぉ。
ワシは子供や女子を狙って夜な夜な食らっておる
恐ろしい妖じゃと聞いたんじゃが」
「ハハ、噂に尾鰭が付いたんだろ、人の噂なんてのはそんなもんさ。かのお代官様が就任してこっち、ここは平和なもんだよ」
京の中へと足を踏み入れる。
ここも普段からよく来ておる場所じゃから、顔馴染みも多い。そのおかげでヒトとは異なるワシや神楽坂の姿を見ても、大きな騒ぎにする者がいないのはありがたい。
「おぉ、のじゃの猫様じゃねぇか。どうした、
例の噂でも聞きつけて来たのかい?」
「ウム、何やら厄介な妖がおるそうじゃな。
そやつの退治、ワシと神楽坂に任せてはくれんかの?」
「うーん、そうは言ってもなぁ。あくまで噂だし、
今のところこれと言って実害も出てないって話だぜ。
夜道を歩いていたらワッ!と驚かされたとか、
林の中で怪しい影を見たとか、そんな程度のな」
「んん〜?聞いていた話と違うのぉ。
ワシは子供や女子を狙って夜な夜な食らっておる
恐ろしい妖じゃと聞いたんじゃが」
「ハハ、噂に尾鰭が付いたんだろ、人の噂なんてのはそんなもんさ。かのお代官様が就任してこっち、ここは平和なもんだよ」
「───宛てが外れたようだな?」
「……うぅむ、害がないのならそれに越した事は
ないんじゃがの。どうにも気にかかる。
いくらなんでも都の内と外で、
噂の内容が違いすぎるとは思わんか?
これは……何やらキナ臭い物を感じるのぉ」
「ハ、何が何でも事件に結び付けたいようだがな、
噂と言うものは人から人へ伝わるうちに
全く別物になってしまう事もある。都が平和なら
良いではないか。貴様が言っていたように、
都観光と洒落込むのなら付き合ってやらんでもないぞ」
興味なさそうに話してはいるが、神楽坂は都を見てみたくてうずうずしておるらしい。
ま、幸いワシらには悠久の時がある。
都に居を据えて、じっくり手がかりを探るとするかの……。
「……うぅむ、害がないのならそれに越した事は
ないんじゃがの。どうにも気にかかる。
いくらなんでも都の内と外で、
噂の内容が違いすぎるとは思わんか?
これは……何やらキナ臭い物を感じるのぉ」
「ハ、何が何でも事件に結び付けたいようだがな、
噂と言うものは人から人へ伝わるうちに
全く別物になってしまう事もある。都が平和なら
良いではないか。貴様が言っていたように、
都観光と洒落込むのなら付き合ってやらんでもないぞ」
興味なさそうに話してはいるが、神楽坂は都を見てみたくてうずうずしておるらしい。
ま、幸いワシらには悠久の時がある。
都に居を据えて、じっくり手がかりを探るとするかの……。
……………………
………………………………
…………………………………………
それから、3年の月日が経った。
ワシと神楽坂は都の近くに建てた小屋で一緒に住んでいる。始めこそ「なぜこんな荒屋に住まなくてはならんのだ!
私に相応しい高貴な住まいを云々」などとのたまっておったが、住めば都とはよく言ったもの、いつしかすっかり馴染んでしまっていた。
基本的にワシらに食事は必要ないが、時折食人衝動が襲ってくる神楽坂のために、熊を狩りに出かけるのがたまの楽しみになっていた。
「毛深い……生臭い……人間の肉ならもっとさっぱりしていて美味いのに……」とぶつくさ言っていた神楽坂じゃったが、熊以外にも牛や豚の捌き方を教え、焼いたり香草で味付けしたりする調理法を教えてやると目を輝かせてかぶりついていた。なんだかんだと文句は多いが面白いヤツよ。
ワシと神楽坂は都の近くに建てた小屋で一緒に住んでいる。始めこそ「なぜこんな荒屋に住まなくてはならんのだ!
私に相応しい高貴な住まいを云々」などとのたまっておったが、住めば都とはよく言ったもの、いつしかすっかり馴染んでしまっていた。
基本的にワシらに食事は必要ないが、時折食人衝動が襲ってくる神楽坂のために、熊を狩りに出かけるのがたまの楽しみになっていた。
「毛深い……生臭い……人間の肉ならもっとさっぱりしていて美味いのに……」とぶつくさ言っていた神楽坂じゃったが、熊以外にも牛や豚の捌き方を教え、焼いたり香草で味付けしたりする調理法を教えてやると目を輝かせてかぶりついていた。なんだかんだと文句は多いが面白いヤツよ。
都での妖の噂は相変わらずで、「竹林を歩いていたら地面から手が出てきて足首を掴まれた」「夜に子供が泣くような声が聞こえて目を開けたら青白い顔が浮いていた」などの怪談じみたものばかり。誰かが拐われた、食べられたなどの話はとんと聞かなかった。
やはり噂に尾鰭がついたものじゃったのか……と思い始めていた、そんな頃。『その時』は突然訪れた。
やはり噂に尾鰭がついたものじゃったのか……と思い始めていた、そんな頃。『その時』は突然訪れた。
「のじゃの猫様!!助けて下さい!!
私の….私の息子が妖に拐われたんです!!」
ガラッ!と勢いよく戸を開け、うら若い女子が
荒屋に飛び込んで来た。ワシらがここに住んでいる事は、近くの住民達にはすっかり知れ渡っておるからのぉ……。
「なんじゃと!?それは一大事じゃ、案内せい、
妖の姿は見たか!?どんな奴じゃった!?
強そうじゃったか!?」
「落ち着け馬鹿猫。本音が漏れているぞ。
……そこの、息子が拐われたと言ったか?
何歳くらいなんだ?いつ事件が起きた?」
いかんいかん、面白そうな……じゃなくて危険な匂いにつられてはしゃいでしもうた。
神楽坂はその点落ち着いておるのぉ。
私の….私の息子が妖に拐われたんです!!」
ガラッ!と勢いよく戸を開け、うら若い女子が
荒屋に飛び込んで来た。ワシらがここに住んでいる事は、近くの住民達にはすっかり知れ渡っておるからのぉ……。
「なんじゃと!?それは一大事じゃ、案内せい、
妖の姿は見たか!?どんな奴じゃった!?
強そうじゃったか!?」
「落ち着け馬鹿猫。本音が漏れているぞ。
……そこの、息子が拐われたと言ったか?
何歳くらいなんだ?いつ事件が起きた?」
いかんいかん、面白そうな……じゃなくて危険な匂いにつられてはしゃいでしもうた。
神楽坂はその点落ち着いておるのぉ。
「は、はい……昨夜の事です、私が寝ていたら隣の部屋で
物音がして、慌てて見に行ったらそこで寝ていたはずの五つになる息子がいなくなっていたんです!!
勝手に家を抜け出すような子ではありません、
きっと噂の妖の仕業です!」
「五歳の子供が行方不明……か。
これは確かに事件かも知れん。
例の代官には相談したのか?」
例の代官、とはワシらがここに来た時にも名前を聞いた、
青天京の政を執り行っているお代官の事だ。
名は確か……大仁田とか言ったか。
物音がして、慌てて見に行ったらそこで寝ていたはずの五つになる息子がいなくなっていたんです!!
勝手に家を抜け出すような子ではありません、
きっと噂の妖の仕業です!」
「五歳の子供が行方不明……か。
これは確かに事件かも知れん。
例の代官には相談したのか?」
例の代官、とはワシらがここに来た時にも名前を聞いた、
青天京の政を執り行っているお代官の事だ。
名は確か……大仁田とか言ったか。
「いいえ、まだ……。私はつい数ヶ月前にここに来たばかりで、お代官様とは会った事もないんです。だからいきなり訴えるのは憚られるかと……それに、妖に拐われたと言っても信じてもらえないかも知れないですし……」
「ふむ。……どうする、猫。
私達だけで探すのには限界があると思うが……」
「いいや、まずはワシらだけで探すべきじゃろうな。
妖の仕業となれば、ヒトが何人いても意味がない。
ワシらならば妖独自の痕跡も辿れるじゃろうしの。
まずは現場を見てみるとしようぞ」
「……なるほど、一理ある。お前、家に案内するが良い。
息子を見つけられるかどうかは分からんが、
できる限りの事はしてやる」
「あぁ、ありがとうございます!ありがとうございます!!すぐに案内します!!」
「ふむ。……どうする、猫。
私達だけで探すのには限界があると思うが……」
「いいや、まずはワシらだけで探すべきじゃろうな。
妖の仕業となれば、ヒトが何人いても意味がない。
ワシらならば妖独自の痕跡も辿れるじゃろうしの。
まずは現場を見てみるとしようぞ」
「……なるほど、一理ある。お前、家に案内するが良い。
息子を見つけられるかどうかは分からんが、
できる限りの事はしてやる」
「あぁ、ありがとうございます!ありがとうございます!!すぐに案内します!!」
案内されたのは都の中心から少し離れた一軒の家。小さいがしっかりした作りで、流石は都の大工たちの仕事と言ったところかの。
「こちらの部屋で息子が寝ていたはずなのですが……物音が聞こえて駆けつけてみたら誰もいなくなっていて……あぁ、どこに行ってしまったの……!」
「……ウム、匂うぞ。これは間違いなく妖の仕業じゃの。
正直ここに来るまでは何かの間違いか人攫いの仕業かとも思うておったが…この強さの瘴気は人には出せん。人ならざる何かが、この部屋におったのは間違いない」
ザワザワと尻尾が総毛立つのを感じる。
これはかなりの強者と見た。楽しくなってきたのぉ……!
「こちらの部屋で息子が寝ていたはずなのですが……物音が聞こえて駆けつけてみたら誰もいなくなっていて……あぁ、どこに行ってしまったの……!」
「……ウム、匂うぞ。これは間違いなく妖の仕業じゃの。
正直ここに来るまでは何かの間違いか人攫いの仕業かとも思うておったが…この強さの瘴気は人には出せん。人ならざる何かが、この部屋におったのは間違いない」
ザワザワと尻尾が総毛立つのを感じる。
これはかなりの強者と見た。楽しくなってきたのぉ……!
しかし、そうなると逆に不審な点も浮かび上がって来る。ここまでの強さの妖ならば、わざわざ夜中に子供だけを拐ったりせずとも、母親ごとその場で食らい尽くす事は容易だったはず。なのに此奴はまるで姿を見られる事を恐れるかのように、こそこそと行動している。一体何が目的なのか……?
「ふむ……どうやら此奴の行動原理を突き止める事が
最初の手掛かりになりそうじゃの。
人ならざる力を持ちながら、人に姿を見られないように
子供を拐うという事は……」
「普段人に紛れて生活している、そういう事だろう。
自分の正体が人に露見する事を恐れているんだ」
「ま、まさか……!この都の中に、私の息子を拐った妖がいると!?それも人の振りをして普通に暮らしていると言うのですか!?」
「ま、そういう結論になるじゃろうの。
となると、オヌシの息子や犯人の妖を探し出すのは
容易ではなくなったのぉ。恐らく其奴は、
なるべく自らの痕跡を残さないよう
慎重に慎重を重ねて行動しておる。
……妖というモノは、自らの力を誇示する者が
ほとんどじゃ。怪異存在はヒトに語られずして
力を得る事はできんからの。
都に来て早々、厄介な奴に当たってしもうたようじゃ」
人々に恐れられる必要がないほどの十分な力と、
己の痕跡を誰にも悟らせないほどの狡猾さを兼ね備えた妖。……どうやら、この都には想像以上に深い闇が蔓延っておるらしい。
「ふむ……どうやら此奴の行動原理を突き止める事が
最初の手掛かりになりそうじゃの。
人ならざる力を持ちながら、人に姿を見られないように
子供を拐うという事は……」
「普段人に紛れて生活している、そういう事だろう。
自分の正体が人に露見する事を恐れているんだ」
「ま、まさか……!この都の中に、私の息子を拐った妖がいると!?それも人の振りをして普通に暮らしていると言うのですか!?」
「ま、そういう結論になるじゃろうの。
となると、オヌシの息子や犯人の妖を探し出すのは
容易ではなくなったのぉ。恐らく其奴は、
なるべく自らの痕跡を残さないよう
慎重に慎重を重ねて行動しておる。
……妖というモノは、自らの力を誇示する者が
ほとんどじゃ。怪異存在はヒトに語られずして
力を得る事はできんからの。
都に来て早々、厄介な奴に当たってしもうたようじゃ」
人々に恐れられる必要がないほどの十分な力と、
己の痕跡を誰にも悟らせないほどの狡猾さを兼ね備えた妖。……どうやら、この都には想像以上に深い闇が蔓延っておるらしい。